22.噂の真相
私が遠慮なく本音をぶちまけた次の日から、旦那様ことニコロは毎晩ちゃんと帰ってくるようになった。
またしばらく帰ってこないものだと思ってたから、予想外というかなんというか。
とはいえ昼間は私一人だし、一緒にごはんを食べる相手がいるっていうのは、やっぱりいいものだなって思ってる。
「ところで、聞いてもいいか?」
「はい?」
改まって、ちょっと言いにくそうにそう切り出したニコロ。
今夜の夕食は、ミートソースのパスタとサラダ。サラダは千切って塩とオイルだけで美味しくいただけるからいいけど、パスタは茹で時間とか塩加減を覚えるまで苦労したよ。
でもおかげで、こうやって普通に食卓に上るようになったからね。私頑張った!
「その……答えたくなかったら、そう言ってくれればいいんだが……」
できればパスタが冷めちゃうから、食べる手を止めずに会話を続けて欲しいところなんだけど。
けどきっと、ニコロからすれば大事なことだろうから。あえてそこには口を出さずに、次の言葉を待ってみる。
私は遠慮なく食べるけどね。
「君に関する噂は、どこまでが本当でどこからが嘘なのか、真実を知りたいんだ」
「あー」
なるほど、それは確かに聞きにくい。
まぁ別に、私は気にしてないんだけどね。
(でも、そっか)
噂の真相かぁ。
正直なところを言うと、種明かしはできる限りしたくないんだけどね。誰の口から広まるか分からないし。
とはいえこれでも書類上は夫婦なんだし、せっかく私のことを信じてくれたんだから、教えておいてもいいのかもしれない。
たぶんこの人、口止めしておけば誰にも言わないだろうし。
「ニコロは、これから私が話すことを絶対に誰にも言わないって、約束できる?」
もしも私の汚名を晴らすつもりなら、むしろやめておいて欲しい。そんなことしなくても、あのバカ王子の化けの皮はすぐにはがれるから。
でも純粋に、ただ本当のことが知りたいだけってことなら、教えてもいい。
というか、そのくらいの制約はつけさせて。私の人生がかかってることだから。
「それは構わないが……。名誉を挽回したいとは、思わないのか?」
「そんな必要はないかな。むしろ今下手なことをして連れ戻されるほうが、私にとっては困るの」
バカ王子がしでかしたことが両陛下に伝わったとしても、お二人はすぐにお戻りにはなれない。だって今回の外遊は、他国と何か月もかけて予定をすり合わせたうえで決めたものだから。
そしてだからこそ、私にとっても都合がよかったわけで。
「そもそも本当に私が嫉妬するような女なら、ダミアーノ殿下の好みを把握していたのに、みすみすブラスキ男爵令嬢と面識を持たせるわけがないでしょう?」
「いや、同意を求められても……」
確かに。ニコロはあんまり私のことを知らないもんね。
とはいえ本気でやろうと思えば、きっと誰も近づけないなんてこともできたんだと思う。
それを、しなかっただけで。
「まず大前提として、ブラスキ男爵令嬢を見つけてダミアーノ殿下に引き合わせたのは、他でもない私なの」
「え!?」
まぁうん、そうだよね。驚くよね。
彼女の貴族登録の申請がされた日に、たまたま私が登城してて。庶子からなんて珍しいし、どんな子なんだろうと調べてみたら、バカ王子の好みドストライクっぽかったからさ。
で。これまた都合がいいことに、同い年。
つまり学園に通う予定があるってことは、私の計画に利用できそうって思ってさらに調べてみて。
そこで、確信したんだ。
あぁこの子、使えるなって。
「世間では色々と言われているみたいだけど、私にとってブラスキ男爵令嬢は天の使いであって生贄なの」
「両極端だし、言葉は隠してないし」
どこから突っ込めばって感じ?
でもね、本当にそうとしか言いようがないから仕方がないの。
もし彼女を見つけられなかったら、他の手を考えないといけなかったから。
「幸いなことに、ブラスキ男爵令嬢も大きな夢を見てくれて、ダミアーノ殿下と恋人関係にまでなってくれたから」
「恋人!? 婚約者がいる第一王子が、恋人を作ったのか!?」
「あら。学園では有名な話だけど?」
世間ではそこまで知られてなかったのかな?
でも、そんなことはどうでもよくて。
大事なのは、そこじゃない。
いやいや、大事だろう! ってニコロが言ってるけど、そこはあえて無視。
「確かにブラスキ男爵令嬢に対して、ちょーっときつめに注意をしたりマナーを指摘したりもしたけど、逆に言えば私がしたのはそれくらい」
教科書を破り捨てたり、池に突き落としたりなんかしていない。
というか、それってだいぶ問題行為だし。王族の婚約者としてどころか、貴族令嬢としての教育を疑われる。
「それならどうして、君の名前が悪名として広がったんだ?」
「誰もやってないことを、さも本当にやられたかのように言いふらした、誰かさんがいたからでしょ?」
「……おいおい、それってまさか」
「まさかもなにも、一人しかいないでしょ。そんなことができるのは」
ブラスキ男爵令嬢の、一人芝居。ただそれだけの話。
現にそんないじめ、学園始まって以来だって言われてるらしいし。
「やってもいないことの罪まで背負ったって言うのか!?」
「私は否定したけど、ダミアーノ殿下が認めなかった。ただそれだけ」
女子生徒のほとんどは、ブラスキ男爵令嬢の生活態度に嫌悪感を抱いていたし。先生方も、私がそんなことをしない人間だって知ってる。
学園内であの噂を広めたのは主に男子生徒たちと、アルベルティーニ公爵家と対立している一部の家の女子生徒たち。
でもその程度だったら、本来なら口止めして終わりになったはずだった。
あのバカ王子が、軽々しく王族命令だなんて言わなければ。
「そのおかげで、私は解放されたわけだけど」
「だがっ、二人の婚約は陛下が決めたことでっ」
「それでも、よ。あの場で最も偉い人物が、そう決めたの。従わなければ投獄されていたんじゃない?」
「そんな理不尽、あってたまるか!」
「そうね。普通ならね」
でもそれがまかり通ってしまうのが、学園内という限られたコミュニティ。
もしあの場に他の大人が、たとえば陛下とは言わずとも宰相がいたとすれば、止められていたはず。
けど、そうじゃなかった。
そして収集がつかないほどに、噂は瞬く間に広げられてしまった。
「どうして、そんな……」
「そうなるように、全部私が準備を終わらせていたから」
「は!?」
そもそも学園内の噂なんて、外部に簡単に漏れるはずがない。
だから噂を吹聴してまわるための人材確保に、愚かな第一王子を引きずり下ろしたいと願っていた第二王子派への顔つなぎ。あの瞬間までには、全て終わらせていたの。
特に第二王子派と口裏を合わせておいたのは、本当によかったと思う。これで問題なく、王太子の座はプラチド殿下のものになる。
「自分よりも身分の低い令嬢に嫌がらせをするような人物なら、王妃には向いてないと勝手に判断してくれる」
「だが! 実際男爵令嬢にも非はあったんだろう!?」
「だとしても、うまく導くこともできず逆に誤解されて王族に婚約破棄されるなんて、それはそれで適性なしと判断される」
「そんな理不尽な!」
「もっと言えば、どうせ嫌がらせするのならバレないように。バレてる時点でダメだし、噂も自分自身でしっかりと制御できなければダメ」
「っ……!!」
貴族の世界というのは、そういうもの。
弱みを少しでも見せてしまえば、一気に崩されてしまうのだから。
「だからこそ私は、逆にそこを利用した。ただそれだけ」
この国を、傾かせないために。
適性のない人物に、王位を継がせないために。
私が、自由になるために。
「……君は、したたかだな」
「当然でしょ?」
そうじゃなきゃ、今ここに私はいないんだから。




