19.ちょっとした提案
「ところで、旦那様」
食事中ならゆっくり話せるだろうと思って話しかけた私に。
「なぁ」
旦那様は一言で、待ったをかける。
「どうされました?」
「いや、どうもこうも。その"旦那様"って呼び方、やめないか?」
「あら」
どうやらお気に召さなかったらしい。
言われてみれば、私たちは強制的に結婚させられただけの仲。そんな相手から、まるで本当の夫婦のように呼ばれるのは、確かに納得いかないのかもしれない。
「大変失礼いたしました」
「いやだから! そうじゃなくて!」
どこか必死に否定をしてくる旦那様が、何を訴えたいのかが分からなくて。私は思わず首を傾けてしまう。
目の前では左手で目元を隠しながら、小さくうめく旦那様。
「だから、その……。あぁもぅ! ニコロ! ニコロでいい!」
「ニコロ様?」
「様はいらない!」
察しの悪い私に対してなのか、それとも自分の発言に対してなのか。
まるでなにかを吹っ切るかのように言い切ったその顔は、やっぱり赤くなっていて。
「俺は平民出身だから、そういう堅苦しい呼ばれ方に慣れてないんだよ!」
「まぁ。でしたら私のことも、気軽にジュリアーナと」
「呼べるかぁ!!」
どうして!?
平民出身だから、気軽に呼び合うことに慣れているのでは?
え、違うの?
「あとその口調も! 君の素は昨日のアレだろう!?」
「アレ……?」
「第一王子への本音をぶちまけた時の!」
「…………あー……」
確かに、そうだった。
つい婚約中の時のことを思い出して熱くなりすぎて、口調とか気にする暇もなく言葉にしてた。
「それで、いいんだよ。別に無理に令嬢であり続けなくたって。俺は名ばかりの男爵位なんだし」
これは、もしかして……。
「慰めてくれてるの?」
「ちっ……! ……がわ、なくも、ない……」
「っ……!!」
待って! なにそれ!
顔どころか首まで真っ赤にしながら、それでも一度否定しようとした言葉を飲み込んで、私の言葉を肯定したりとか……!
(なにそれ可愛いっ……!!)
やっぱり私の旦那様メチャクチャ可愛いよ!?
あ、違った! 旦那様じゃなくて、ニコロ!
「だから、その……俺からの、提案だと、思ってくれれば……」
「ん゛っ……!!」
待って待って! これ以上私を悶絶させないで……!!
なんでそんなに可愛いのよー!!
「……? どうした?」
「……イエ、ナンデモナイデス」
「なんでカタコトなんだよ」
「ちょっと……こういった経験は、はじめてなもので……」
年上の男性に可愛いと思うのも、こんな風に不器用に慰めてくれるのも。
「そっ……! ……そう、か」
一人納得したらしい旦那様は、スープを口に運んで食事を再開する。
あ、違う。ニコロ、だ。
「でもそれならなおさら、私のこともジュリアーナって呼んで欲しい」
「ゴホッ」
あ、むせちゃった。
でもおかしくないよね? むしろ私だけが名前で呼ぶのはおかしくない?
まだちょっと慣れなくて、普通に旦那様って言っちゃいそうだけど。
「それはっ、そのっ……」
「ダメ……?」
「うっ……」
ちょっと上目遣いでお願いすれば、たじろぐニコロ。
たぶんね、この人女性に対する耐性がないんだと思う。
今まで魔術にばっかり目を向けてたから、興味も関心もなかったんだろうなぁ。
「ぜ……善処する……」
「愛称でもいいよ?」
「だ、からっ……!」
真っ赤な顔で反論しようとしてるけど、真っ直ぐ見つめ返すと目が泳いじゃうし、言葉にも詰まっちゃう。
こういうところが、本当に可愛すぎる。
「な、慣れたらな!」
「はーい」
くすくすと笑う私を、真っ赤な顔のまま睨みつけてくるけど。
それすら、可愛いだけなんだよなぁ。
「あぁでも。それなら私からも、ちょっとした提案をしてもいい?」
「……なんだよ」
ちょっと警戒モード?
なんかこう、猫が警戒してるだけのように見えて、ただただ可愛いだけなんだけど。
これはまずい。ちゃんと私が真面目モードにならないと。
「家にあまり帰ってこない予定なら、ニコロの自室と書斎以外を色々と変更する権利が欲しいの」
「変更する権利? この家になにか不自由があるのか?」
一転してどこか怪訝そうな顔つきになったのは、家主としてというよりは魔導士としてな気がする。
だってこの家、ほとんど魔術で管理されてるもんね。
「不自由はないけど、気になることがあって……」
「どこがだ?」
「その……下水のニオイが……」
部屋の中にいると気にならないけど、流しに近づくとどうしても気になっちゃう。
この家って基本的に洗い物をする必要がないから、長時間いることはないんだけど。それでも気になるものは気になる。
「ニオイ、か。俺は使うことがないから、それは盲点だったな」
そう言って、黙り込んでしまう。
たぶん色々対策を考えてるんだろうけど、ここは魔術じゃなくて知恵で解決したいから。
「下水管の形を少し変更して、ニオイが上がってこないようにしたいの」
「形?」
「そう、形」
定期的に水を流さないと、結局同じことだけど。それでも今よりはずっといいはず。
そもそもこのニオイがするってことは、下水管が下水道まで真っ直ぐになってるってこと。
それなら、途中で水を溜められる場所を作って、ニオイが上がってくるのをせき止めてしまえばいい。
「費用は私のいらなくなったドレスを売って出すから、お金の面では迷惑をかけないって約束する」
「は? 待て待て。別にそこまでしなくても」
「これは私の勝手な要望だから、私が費用を出すのが当然でしょう?」
言ってしまえば、私のただのワガママ。そんなものにお金を出させようなんて、はじめから思ってない。
ん、だけど。
「いやだから、そうじゃなくて。そもそも形程度なら、魔術で変えればいいだろ」
「…………はい?」
なにか言い出したよ? この人。
「下手に他人が触って魔術の繋がりを断たれるのも、俺が困るんだよ。だったら形だけちゃちゃっと変更すれば楽だろ」
「ん……?」
それは本当に、楽ですか?
というか一般人にはそんなことできないし、最初から発想もないんですが?
~他作品情報~
明日10/17は、コミカライズ版『王弟殿下のお茶くみ係』第3話の更新日です!
よろしくお願いします(>ω<*)