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第肆話【Heart Drive】

【楓葉】

紅葉した楓の葉。また、カエデの葉。

(岩波書店『広辞苑』第七版より)



 いくつかの建物と木々が並ぶ路地。風はほとんど通らないが、陽光が建物の隙間からうまく差し込んでいるために、木々の発育には影響が無いのだろう。陽向に立つ『STEELファング』のボディは黒く輝いていたものの、どこか影を感じる、くすんだ印象を受ける。一方、眼前の剣豪は日陰の中にいるのにも関わらず、まるでゴウゴウと光って星々を照らす恒星のようなエネルギーを醸し出している。身のこなしに比べると華奢ではあったが、無駄の無い筋肉の付き方、隙の無い構えといった具合を見るに、鍛錬を相当蓄積していることが容易に想像できた。般若の面も相当目立つが、灰色の装束を纏っているが故に、紅色の手甲と脚絆は前衛的に感じられる。

「どうした?掛かってこい」

と彩芭はギラギラ光る獲物の先をクロガネに向けて、面の下からキンキン声で言った。

「目的は何だ。あのガキか」

クロガネは後ろにいる徹を顎で指す。徹は困惑した顔で建物の陰から事態を見ていた。青年は今起こっていることを処理しきれていなかった。超常を扱う装導者は、力も速さも普通の人間とは比べ物にならない。生身の人間が太刀打ちできていることの異常さは、素人の徹でも理解できた。

「そのような少年に興味は無い。私は御前(おまえ)のような強き装導者を倒すため、此処におる」

「倒してどうする」

「『御剣の装導者』を探し出し、これを倒す。ヤツは“勝ち抜いた強者の前に導かれる”という性質を持つようだからな」

そして少し間を空けてから、

「……それに、戦乱の元は絶たねばならぬ」

と彩芭は呟いた。クロガネは俯き、上顎と下顎の隙間から蒸気を漏らしてから愛想悪く話す。

「ソイツが誰だか知らないが、俺はそもそも強くない。相手にならない。それに、俺の目的は徹の保護と装導者からの脅威への対応、そして『煌黒装導』……お前との目的の衝突が無い以上、戦う意味はねえ。無駄だ」

相対する剣豪は少し考えた後、鼻で笑った。

「クロガネといったか。ユニークな男よのう。平和主義なのはよいことだ。しかし、これは()()なのだと今御前は言ったな?」

女は足幅を広げて中腰の姿勢になる。足元の砂が音を立てる。

「であれば、道理など通用せん。戦うかどうかを選ぶのは御前ではない――」

腰を大きく捻って刀を腰の後ろに振りかぶる。砂埃が舞う。辺りの空気が殺気で満ちる。

「私だ」

その呟きと共に彩芭は地面を大きく踏み込み、クロガネの方へ飛び込む。

(速い!)

これにはクロガネも驚いた。人間の脚力では到底不可能な、銃弾さながらの速さ。あまりの勢いに、空気抵抗でゴウッという燃えるような音がする。徹も思わずしゃがみ込んだ。クロガネは仕方が無いとばかりに、瞬時に砂鉄の刀を生成して()()()()に持ち込もうとする。弾丸のような速度で突進してくる彩芭の剣を、砂鉄刀で受けた。しかし、洗練された動きから繰り出された斬撃は、まさに一撃必殺。いともたやすく砂鉄刀は折られ、女の刀は『STEELファング』の顎を掠める。そのままの勢いをキープし、彩芭は身体を捻って袈裟斬りを放とうとした。が、竜人の足首から、幾つもの砂鉄の矢が発射。強襲し、その突撃を阻んだ。

「随分と自由度の高い能力……!」

刀で横に払いながらクロガネの上を前方宙返りで跳び越えて避ける。男はその着地の隙を見逃さない。再度砂鉄の刀を生成。今度は砂鉄同士の結合を強固にし、振り返りと同時に彩芭に斬り込もうとする、が、しかし、彼女は斬り込まれるのよりも早く方向転換、既に刀を振りかぶっていた。

「遅い!」

砂鉄刀で受ける。折れなかったが、ヒビが入った。押し返そうと思ってもビクともしない。

「……この女……強いッ……!」

『STEELファング』は後方に弾き出される。さらに彩芭は剣撃を重ねていき、激しい打撃戦となった。クロガネが防戦一方であるのに対し、彩芭は次々と必殺級の斬撃を重ねる。触れただけで全身を焼き切るようなその連撃は、まるで地獄の業火。徐々に追い込まれていくその男に対し、彩芭は煽り立てる。

「どうした!こんなモノか!証明しろ、お前の信念を!」

「……ッ!」

彩芭は目一杯に刀を下から振り上げ、相手を宙に浮かせるほど弾き飛ばした。砂鉄刀の防御があったためにダメージは幾分か軽減されていたが、それでもクロガネは着地後、ヨレヨレと片膝をつく。それを見るや、彩芭は刀を今までよりさらに大きく頭上に振りかぶり、身体を捻って斬撃の姿勢をとる。

「覚悟!」

数秒も経たずに、クロガネの命の糸が絶たれるはずであった。が、しかし、男は彩芭の踏み込みに合わせて開いた右手を伸ばし、その先に黒い物体を出現させていた。剣豪は既に男のリズムに乗せられていたのだ。

「お前、()()()()()()な」

「膝をついたのは演技か……!?」

ほんの一瞬、彩芭に生まれた隙。彩芭はただの人間であるから、どんな攻撃を受けても、頭部から腹部の範囲であればほぼ確実に死ぬ。そして目の前の男は、砂鉄を自在に操るという、暴力的な能力を持っている。……ならば。

 ならば、その攻撃を読むことは逆に容易い、彩芭はそう思った。相手が隙を見せたのなら、巨大な質量兵器を正面からブチ当てる、それが最短・最速・最強の一手だ。クロガネがそのまま鉄塊を放って来るのならば、斬撃で鉄塊を断ち切れる自信が、彩芭にはある。さあさあ、斬り落としてくれようぞ――このように紅の闘志を只管(ひたすら)に燃やしていた彩芭を襲ったのは、凶悪な鉄塊では無かった。思考外からやって来た2本の小さな砂鉄の柱――まるで文鎮のような、密度の高い棒。

「何っ……!?」

クロガネの手の先から放たれたそれは、彼女の手首に吸い込まれる。手先への攻撃など全く想定していなかった彩芭には為す術もない。重い音と共に命中した。手甲をぶち抜き、腕の筋にめり込む。激痛により、刀を取り落とし、膝から崩れ落ちる。

「あっ……ぐぅぁっ!貴、様!ぐ……あぁ……」

「安心しろ。数日の間手に力が入らないと思うが、すぐにまた刀は握れるようになるさ」

剣豪はあまりの痛さで声も出なかったが、息を切らしながら絞り出す。

「貴様、バカにしておるのか!私は御前を殺す気で……私も死ぬ覚悟で……なのに……変に生かしおって……!」

クロガネは徹にこちらに来るように呼んだ後、しゃがみ込み、三つ目で彩芭を覗きながら言う。

「お前を殺すかどうか選ぶのは、お前じゃない。俺だよな?なんせ、()()なんだからよお」

「ぐう……」

腕を抑えながら呻く彩芭から目を逸らし、外方を向いて『STEELファング』は続ける。

「立ち塞がるヤツは誰であろうと全力で倒す。だが、お前はボコボコにしなくちゃいけないほど邪魔じゃねえ……そう思っただけのことさ」

「私はお前を殺そうとした!勝手な理由で!『御剣の装導者』を……私の仲間の仇、裏切り者を討つという理由で!私を生かしておけば、またお前を殺しに来るやも知れぬぞ!」

「その時はまたこうやって刀持てなくしてやるよ」

「……」

「お前にどういった過去があるかはまるで知らないが……本気で復讐しようと思っていないだろう?導乱に参加している自分は正しいだろうかとか俯瞰して見る余裕があるだろう?想い、信念が足りねえ。じゃなかったらお前に俺が勝つことなんざ有り得ねえよ」

「私が……迷っていると言うのか……?」

「知ったことか。お前の物語はお前しか知らねえ。ただ――まあ、こっからは老害の独り言だがよ――俺からすりゃ、お前は真っ直ぐなヤツだと思う。それに、装導者ではない。今から何にでもなれる。いつも今が“ゼロ地点”だ。悪魔になるも善いトリックスターになるも、平和に暮らすもヒーローになるも……全てお前次第だ」

面に隠れた彩芭の顔を窺い知ることはできなかった。ただ俯き、クロガネの言葉を噛み締めて考えているように見えた。同時に、クロガネも『STEELファング』であったから、彼がどんな表情をしているのかは、本人にしか分からなかった。

 近くで聞いていた徹は、自分が言われているようにも感じられた。

『非装導者はいつも今が“ゼロ地点”』。

なぜかは分からないが、装導者となったクロガネは、きっと悪魔かトリックスターかヒーローか、どれかになり、もう“ゼロ地点”には戻れないのだろう。男がどれになったのか、まだ徹には見当がつかぬ。しかし、少なくとも『STEELファング』(イコール)クロガネは、僕の“HERO”ではあってほしいと、この時の徹は思った。こういう人間になりたいと、心の何処かで少し思っているから。


 クロガネは、ハァーと溜息を吐いて立ち上がり『STEELファング』を解いて、彩芭にくるっと背を向けた。

「先輩と会うのが面倒臭くなってきた。帰るぞ」

と徹に向かってダルそうに言う。

「まだ何もしてないじゃないですか!」

徹は目と口をパクパクさせて仰天した。

「何もしてねえのはお前だけだろうが」

「そんなの、戦ってるところで横から失礼ってワケにはいかないでしょうよ!」

「お前なあ〜……どうして『すみませんでした、文句言える立場じゃないです』とか『確かにそうですね』ぐらい言えねえんだ!しょうもねえガキがよお〜!」

徹には、男の眉間の皺がいつもより寄っているように見えた。負けじと張り合いたいところであったが、確かにこれ以上怒らせても何も生まれない。大人しく引き下がろう――そう徹が思った時だった。頭上から黄色――『導』が降りてくるのを感じる。といっても、もう感知能力は必要無かった。クロガネにも彩芭にもはっきり視認できるほどすぐ近くに、多数の装導者が上空から接近していた。全員が白い鎧を纏う騎士のような姿をしている。個々の鎧や翼は若干意匠が異なっていたが、全体で見ると大きな差異は無く、非常に統率がとれているように思える。各々が武器を持ち飛翔する姿は天使のようにも見えるが、太陽を背にし、逆光で黒く見えるため、襲われる側からすれば悪魔のようにも見える。クロガネは彼らを一瞥した後、横でガタガタしている徹の方を見て舌打ちをした。

「光心倶楽部か……フレン先輩の能力のせいで、感知が機能していないっつーワケか……」

敵と戦うのは一向に構わない。しかしながらこの数は。

「多いな……」

「43、いやもう少しおるな」

彩芭も立ち上がり、戦闘態勢に入ろうとする。腕に受けた打撃のせいか、フラついている。

「コイツらは俺と因縁があるヤツらだ。お前は関係ねえ、帰れ」

クロガネは彼女の方を見ないで言った。

「いいや、帰らん」

「足手纏いだ」

「それはお互い様だ。御前にここを預けて幸せに帰れる気がせん」

彩芭は、フゥーと息を吐いた後、力が入らないであろう腕で刀をグッと持ち直した。今までと何ら変わらぬ、全くダメージを感じさせない、隙の無い構えだった。

「私が勝手に加勢するだけだ。有無は言わせぬ」

クロガネは舌打ちを1回した後、砂鉄を纏いながら、三つ目の竜人『STEELファング』に変貌した。

「ま……気に食わねえ天使達より、このえげつない猛虎の方が余程頼りになるか……」


 戦場は路地から大通りへ。高層ビルと有名な企業の店が立ち並ぶ。チラホラあるアングラなリサイクルショップやマニアックな釣具店などは、日照権を主張しないのだろうか。明るさより暗さが目立つこの通りは、決して活気のある雰囲気とは言い難い。天使のような騎士団が人払いをしたのか、文字通り消し飛ばしてしまったのか、人っ気は全く無い。ほんの少しのそよ風が吹き付けるが、爽やかさは感じられない。空気が如何に鉄臭くなっていこうとも、時は見えないゴールラインへと確実に進んで行く。翼をはためかせる白い騎士団は、もう目と鼻の先。一番先頭にいる者は槍を構えながら接近してきていた。

「前方は俺が何とかする。後ろと徹はお前に任せたぜ」

「ほう、出遭ったばかりの者に背中と少年の命を預けると言うか」

「お前の背中見ながら戦うのも癪なんでなあ」

「ふん……心得た。しかしこの状況、打開出来るのか?」

「出来なかったら、そういうお導きだったってことだ……あー、あとできる限り、殺すな」

「安心せえ、我が『月下楓葉(げっかふうよう)』が断ち切るのは因果のみよ。それに――」

話が終わるまで利口に待っているような親切な相手ではない。騎士団が四方八方から襲い来る。先頭の騎士は、誰よりも早く、決まりきったセリフを発しながらこちらに突撃を仕掛けてきた。

「『STEELファング』!主の命によりその命、貰い受――ぶっ」

セリフが言い終わる前に、クロガネの鉄パイプで突かれた後、叩き落されていた。たじろいでいた後ろの1人ももたもたしている間に接近され、一瞬で吹き飛ばされていた。

「おいおいおい、これじゃあ、天使どころか羽虫にも及ばねえんじゃねえのか」

「こ、この男、フレン様に聞いていたのより、大分速いぞ……」

鉄パイプを肩に乗せて仁王立ちしている竜人を見て、騎士団はどよめく。が、すぐに陣形を整え、叩き落されたはずの騎士はスクッと立ち上がった。

「う……油断した……だが次はそうはいかんぞ」

遅れてもう1人も立ち上がる。

「この程度なら、フレン様が出向く必要もあるまい。次で確実に倒してやろう」

まるで効いていない様子だ。クロガネは鼻で笑った後、瞬時に両手に砂鉄を集める。余裕を見せつけている2人それぞれに対し、目一杯に腰を捻ってから鉄パイプを投げつける。いくらただの鉄の棒と言えども、装導者が本気で投擲するのなら、それは回避不能、即死級のレールガン。能力で作った強固なモノならば尚更。不意に受けた、重い重い一撃。顔面にグシャリとめり込み、気絶してパタリと倒れる。他の騎士達は顔面がひしゃげている騎士を見て狼狽えていた。

「次なんかあるワケねえだろうが。『導乱』は、お前等がフレン・ダーカーに教わるような綺麗なモノじゃねえ。こっからは、マジの殺し合いだからな」

クロガネが言い放つと、彼等はさらに圧倒されているようだった。騎士団を三つ目で睨みつけるその男は、

「あ?ボーッとしてんだったら、こっちから行くぜ」

興醒めだと言わんばかりに構える。鉄パイプと攻防一体のドリル状の防御壁を構え、発生させた砂鉄のミサイルと鉄球をロケットの如く一斉に発射した。


 クロガネの背後では、既に彩芭が多数の騎士を相手に絶え間ない高速の剣技を披露している。

(実のところ、もう腕が上がらぬ。どうする)

徹の眼前で『月下楓葉』が鎧を斬り裂き、火花を散らす。思わず彼は

「ひっ」

と叫ぶ。彩芭が、

「少年、いや徹。御前は微塵も戦えないのか?」

と徹の方を一瞥すると、

「む、無理、かもです……『導』もモヤがかかったみたいでうまく見えませんし……」

という情けない声で返ってきたために、舌打ちとも溜息ともとれない動作で失望を表した。

 彩芭の剣術はやはり達人のそれであった。敵の斬撃、打撃、銃撃をステップで華麗に避け、的確に必殺の一撃を入れる。騎士団は恐れ慄いていた。

「コイツ……ただの人間のクセに……!」

胸の牛の紋様が特徴的な大柄な騎士が、横殴りに大剣を振るう。決して鈍重な動きでは無かったが、彩芭はそれを人の力のみで圧倒する。

「その言葉、そっくりそのままお返ししよう!」

「あっ」

屈みながら跳び込み、繊細な一振りで両膝を斬った後、真上に跳び上がり、『月下楓葉』を豪快に打ち付けて装導ごと鎖骨を粉砕した。さらに地を駆け壁を駆け、次々と騎士の鎧を斬り裂き、貫き、弾き、破って、見事に圧倒していたが、手応えに違和感があった。

「おいクロガネ!あ〜〜、説明出来んが、小奴ら何かが変だ!」

前陣の方を見ると、丁度クロガネが騎士の首根っこを掴みながら、もう1人の敵の頭を掴んで膝蹴りをかましているところだった。

「そのようだ。装導の上から特殊な鎧を纏っている。砂鉄の攻撃があまり効かない。恐らく、フレン先輩が何らかの方法で作成したモノだろうな」

クロガネはもう砂鉄を捨て、わざわざ徒手空拳(ステゴロ)で戦っていた。地に伏している騎士が何人かいる。全員鎧がひしゃげている。相当めためたにされたのだろう。彩芭が目の前の盾を持った騎士を袈裟斬りにしながら言う。

「どうする、一人ひとりも大したヤツであるし、キリが無いぞ」

「あー、やりようが無いことは無いが、切り札に取って置きたい」

彩芭は、

(此奴、まだ実力に先があるのか……底が知れぬ)

と言う代わりに、鎧にユニコーンの紋様が刻まれた女騎士を斬り捨てながら危機を訴える。

「消耗が限界に近づいておる。もうこれ以上余裕は無い」

手甲と脚絆はボロボロに削れ、灰色の装束も手脚の部分がところどころ裂けて切り傷が見える。般若の仮面も砂埃と傷で色が剥げて見える。装導である『STEELファング』も腕部と脚部の傷が目立っていた。短時間ではあったが、激戦を終えた直後。敵との戦力差を考えると、多数を相手とした立ち回りによる体力の大幅な消耗は、まさしく危機。クロガネは顎に手を置いて考えてみるが、思考を整理する前に、細身の騎士に剣を振りかざされる。落ち着いて斬撃をスウェーバックで避け、肝臓へのブローでダウンさせた時だった。集中力が途切れていたのか、後ろにいた騎士に気づかなかった。

「セコいことしやがる……!」

後ろから組み付かれ、短剣で喉をかき切られるその時、銀の閃光が、短剣を持つ腕を貫き、吹き飛ばした。組み付いていた小柄な騎士は堪らず地面に伏し、痛みで悶えている。閃光の正体は、彩芭が投げつけた『月下楓葉』であった。離れたところに騎士の腕と共に地面に突き刺さっている。

「お前……」

「よい、気にするな」

相手の騎士団達は何度も殴られ蹴られ斬られ、流石に消耗しており、徐々に積極性を失いつつあったが、彩芭が丸腰になった途端、彼女と徹を、全方位からお手本のような隊列で狩らんとする。

「チッ、これまでか……」

「うわぁぁぁぁぁっ!!もうダメだぁぁぁっ!!」

死期を悟る彩芭。屈んで目を覆う徹。槍が彼等を串刺しにしようとする刹那、騎士達は皆後方に吹き飛んだ。鉄骨同士が勢いよくぶつかるような音が轟くのと共に。一瞬で出現して騎士達を弾き飛ばしたそれは、黒い球状の結界だった。彩芭と徹の周りをバリアーのように覆っている。各粒子が不快音を立てながら個別に回転している――『STEELファング』の砂鉄だった。結界の中にはクロガネもいた。

「……1つ聞きてえ。お前、なぜ唯一の武器を手放してまで俺を助けた」

結界の中、クロガネが後ろを向いたまま彩芭に聞いた。目がいつもより赤白く輝くその竜人を見つめてから彼女は答える。

「……そうだな……確かに出遭ったばかりの男を命懸けで救うなど……況してや殺そうとしていた相手だ、おかしな話よ……しかしながら、絆された私は既に、同じ戦いを生きる御前の戦友なのだ」

「……戦友、か」

クロガネの脳裏に、『彼』と『彼』に手を差し伸べる自分の姿が一瞬浮かんで消えた。結界を解除して、自身の周りに螺旋階段のように砂鉄を浮かせた後、こちらの様子を窺う天使の姿をした騎士団を見ながら言った。

「……はっきり言って、俺はお前への信頼は全く無かった。だから切り札も使わないつもりだった」

クロガネは中腰になって、右腕をゆっくり大きく引きながら続ける。

「だがその覚悟を信じて、俺は『起導(きどう)』を使うことにする。これはお前に対する俺なりの敬意と覚悟、お前等を生きて返すための勝利宣言だ」

「……」

彩芭も徹も圧倒されて黙ったままだった。少しして、彩芭が口を開いた。

「……で、お前の覚悟を表すという『起導』とは、いったい何だ?」

「今度ゆっくり教えてやっても良いが、簡単に言うなら……一度に多量の『導』を引き出す奥の手……人間文化の完全燃焼だ」

「意味が、分からない……」

「よく分からないです……」

口を揃えて理解不能を示す2人を一瞥してから、独り言のようにクロガネは語る。

「まあ見てな。大人の本気ってヤツを」

結界を作った時から既に『起導』を発動していたクロガネ。もう使える『導』は少ないが、やらざるを得ない。

「『形態:S(モードエス)』じゃ足りない……さらに威力の高い……アレを使うしかない……何年ぶりだか、もう忘れたが」

右腕だけでなく、左腕も大きく後ろに引いて前屈みになった時、クロガネの気配が一瞬にして変わった。彩芭だけで無く、徹にも理解できた。明らかにドスの利いた雰囲気。彩芭の闘志とはベクトルの違う、冷えた闘志。赤白く光輝く三つ目と顎の縫合の隙間から漏れる蒸気、獣のような低い姿勢は、悪魔や死神を連想させた。クロガネは鋭い、荘厳な口調で誰にともなく前方に向けて言う。

「限界があるはずだ。相手の『導』を受け付けないという導きなら、上からそれをさらに超える導きでゴリ押せば良い」

大量の砂鉄が18本の柱状の渦となって、それぞれ9本ずつ両腕に引き寄せられていく。その様は見ようによっては、上下も分からないような、巨大で混沌とした竜巻を巻き起こしているようにも見えるかもしれない。

「どちらの思いの方が強いか……俺は心の導きに従って、あんたに抗うぜ。フレン先輩……」

自分に発破をかけた後に深呼吸し、低い声で静かに呟いた。


「『起導(きどう)』・『形態:S-AD(モードサッド)』」



第肆話【Heart Drive】-END-

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