第弐話【Killer Tune】
【キラーチューン】
「たいへん魅力的な曲」を意味する語。特に「多くの人が一度の試聴ですぐに気に入るような受けの良い曲」や「コンサートで最高に盛り上がるようなノリの良さが感じられる曲」、代表曲と位置づけられるような曲を指すニュアンスを込めて用いられる表現。
(実用日本語表現辞典[http://www.practical-japanese.com/]より)
午前11時頃、カーテンの隙間から陽光が差し込み、埃がチカチカ瞬く。
「お前アレルギーとかあるか?」
徹が頭痛に悩みながらヨレヨレと部屋から出た時、クロガネから最初にかけられた言葉はそれだった。
「特に無いです」
と半分寝ぼけながら答え、声のした方向――クロガネの場所に向かった。
綺麗にカバーが装丁された本が並ぶ棚、探偵が座りそうな横長のデスク。そこがクロガネの安息の地であることを示していた。しかし、実際はリビングダイニングキッチンであって、彼の部屋では無かった。食卓、キッチン、居間が空間のほとんどを占領しており、まるで端っこに追い詰められているようなつくりだ。
シワシワのスーツを着た、目つきの悪いクロガネという男は、キッチンでちょうどご飯を炒めているところだった。
「ご馳走になるんだから文句言わずに食えよ」
室内への直射日光というモノは威力が非常に高く、特に真夏となると南中高度の関係で窓から強烈な熱線が入ってくる。本来ならば、南向きの窓の前に座るクロガネから後光が差しているように見えるのだろう。しかしなるほど、庇というのは優秀なモノで、ほどよく調光し、男を神様などとは程遠い、相応の容姿に見せていた。
男の向かいに座る徹は、市販の素を使用して作ったであろう炒飯をパクパク食べながら、クロガネに尋ねた。
「あの、僕まだ分かんないことだらけなんですけど……」
「俺が説明するより、これから雰囲気で覚えていった方が良いだろ。説明めんどくせえし」
クロガネは皿を傾け、炒飯を片側に寄せる。スプーンと皿が擦れる不快な音は、昨晩の“砂鉄と戦車の激突”を徹に想起させた。
「クロガネさんと『チェイサー』さんって人は、変身?できるんですか?」
「あー、アレな。鎧みたいなヤツ?」
「そうです」
クロガネは麦茶をひと口飲んでから答える。
「身に纏う『導』の鎧。略して『装導』と呼ばれている。例えば、俺の装導は『STEELファング』。“砂鉄の有様”を導ける」
「『“砂鉄の有様”を導く』?回りくどくてよく分かんないんですけど」
「装導ってのは、導かれるだけでしかない俺達が『世界を異なる方向に導く力』を使うためのモノだ。装導一つ一つに割り振られた能力は、“~を導く”という言い回しになる」
「導き……ですか」
「『導』だ。お前をこの場所に辿り着かせたのだって――そう、要するに『運命力』が働いたワケだよな」
「……なるほど」
「まあ実感ねえだろうけど」
徹はスプーンを置いた後、顎の下に指を置いて考えた。
「いや……えーと、あの『黄色』のことですよね?」
クロガネは炒飯をかき込んで、思い出したかのように言う。
「あー、そうだった。お前は『ROGUE』だもんな」
「『ローグ』?」
『チェイサー』が自分のことを『ROGUE』と呼んでいたことを徹は思い出した。
(「『ROGUE』との邂逅がナンタラカンタラ」
と言っていた記憶がある……)
「そういえば、『チェイサー』さんも僕のことそう呼んでました。何なんですか?それって」
「『導』の動きを視認できるヤツのあだ名みたいなモノだ。今は世界にお前しかいない」
「えーっ!え、え、でも、どうして僕がその『ROGUE』?って分かるんですか?」
スプーンをくるくると回しながら男は答える。
「色んなツテで分かるんだよ。んなことより早く食え。お前待ちだ」
クロガネは表情をあまり変えないため何を考えているのか分かりづらい。しかしながら、イライラしている雰囲気は感じられたため、徹は急いで残りを口にかき込んだ。
食事を済ませた後、2人は1階へ降りた。『導関連対策所』は正確に言うと、クロガネの住むこの建物の1階のことを言う。内装はよくある少人数オフィスのモノに近い。中央に6台のデスクが2✕3で並べられ、入口近くには相談者用のデスクと椅子が2台ずつ。階段近くの部屋の端には流し台とコーヒーメーカーと奥へ続く扉、反対側の端にはコピー機と観葉植物が設置されている。コピー機横の奥まったところには、さらに部屋が続いていて、怪しげにランプを点滅させる大きな装置とパソコンが置かれている。天井には
【キャッチ装置】
と赤文字で書かれたプレートが紐でぶら下がっている。
なぜこんなにも設備が大層なのかと徹が聞くと、ここは公的機関で元々は結構人がいたからだとクロガネが答えた。今は自分1人であるということも示唆していた。
クロガネは、【キャッチ装置】の近くの半分錆びているロッカーを物色しながら、後ろにいる徹にダルそうに言う。
「お前でもできそうな書類仕事が溜まってっから、やってもらいたいところなんだが……ひとまず『キラ』に会いに行く。お前に会いたいんだとよ」
「お友達ですか?」
徹は藍色のベストを羽織りながら尋ねる。
「まあ――そんなとこだ。持ち物準備しておけ」
そう言って振り返ったクロガネの手には、拳銃が1丁、握られていた。
「うわぁぁぁっ!!ほ、本物!?ですか!?」
徹は尻餅をついた。
「何驚いてんだ。本物に決まってんだろ。言ったよな?これは戦争だと」
まだ始まっていないが、護身用にな、とその後に付け足した。戦争だという実感は未だ無いものの、確実に異常な場所にいるということを、徹は改めて思い知った。一応お前も着けとけ、とクロガネに促され、ホルスターと共に拳銃を腰に装着させられた。思っていたより遥かに重量があり、揺れる度に重い金属音がする。
「こ、これいつ使えば良いんですか?テレビで見たことあるんですけど、確か拳銃って全然当たんないんですよね?」
「ああ、全く当たらねえ」
男は即答した。
「やっぱそうなんですか!?じゃあ他のモノ持ってった方が良くないですか!?」
徹は目をパッチリ開けて訴えた。クロガネは舌打ちをしてから、無表情のまま乱暴に説明を始めた。
「うるせえなあ〜!あのなあ、いいか?装導に有効打となり得る攻撃は、
➀装導による攻撃
➁拳銃で発射された弾丸(他の銃器ではダメ)
③地殻変動レベルのヤバいエネルギー
基本的にこの3つしか無い。特に拳銃の弾丸は、そこら辺の装導の攻撃より断然威力が高い。お前なんかのなまっちょろい蹴りなんかよりもよっぽど役に立つんだよ!黙って着けとけ、ガキが」
徹はクロガネの鋭い視線に圧倒されてしまった。
「な、なんで、拳銃の弾は特別なんですか?」
「んなこた知らねえよ。『なんで』『どうして』ばっか言わずに、ちっとは自分で考えてみろ」
そう言って男は、柱のフックに掛けてあった、探偵が使うような帽子を被った後、真っすぐ扉に向かい、ついて来いのジェスチャーをした。
昨日は深夜に訪れた故に分からなかったが、徹が思っていたより日々ト市はかなり都会的で、しかしその中でも『導関連対策所』の周りは人も建物も多いとは言えず、狂おしい程静かであった。『キラ』の住む場所はさらに駅から遠く、さらに閑静な市街地である。事務所からそこまでは徒歩で約20分。近いとは言えない距離だが、クロガネ曰く、「歩いて行った方が咄嗟の事に対処しやすい」。
2人は建設中のビルの横を並んで歩いていた。遠くでクラクションの音やカラスの鳴く声がしたが、構わず徹は話しかけた。
「『キラ』さんって方も装導者なんですか?」
「ああ。凄まじく強い。マジで強い。個人が有して良い戦力を大幅に超えている。機嫌損ねさせるなよ。殺される」
「友達なんですよね!?」
「一応な」
「はあ……」
その後は特に会話が弾むことも無く、沈黙が続いた。徹は何か話題を振ろうかと思ったが、クロガネの無意識の圧力に負けて口を開く勇気が無くなった。揺れる木々の艶やかな緑は、2人の緊張感を解すほどではなかった。
出発から10分くらい経つと、『導関連対策所』からは結構離れた、ある種の住宅街に来た。両脇のドラッグストアと八百屋は大盛況していると言えば嘘だが、それなりに人が入っていた。徹は、店の前でトマトを選んでいる子供連れの母親を一瞥して、平穏を覗いた。戻れないことに未練はない。というより、戻れない実感が無かった。戦争を知るクロガネは、望んでこちら側に来たのだろうか――思い立ち、質問してみた。
「クロガネさんは、どうして装導者になったんですか?」
「……」
「僕は正直、強引に連れてこられた感は、多少なりとも、あります。受け入れてますけど。実際感じないと自分だけじゃ分からないじゃないですか、『導』のことって。クロガネさんももしかして他の人に――」
「俺は自分のことを易易と話すほど、お前を信用しちゃいない」
クロガネが遮るように頭を振った。昨日会った人間に打ち解けるような男では無いということは、既に徹には分かっていた。しかしながら、どうしても知りたかった。この冴えない人間ごと『導』を知ることが、今の自分にできる唯一にして最善の策だ、という理屈から来ていた。
「チッ……」
「えっと……」
バツの悪さをどうこうできるほど、徹は大人ではなかった。けれども徹はそれに気付かなかったし、反省もしなかった。なぜ自分が気を遣わなければならないのかと、腹立たしく感じてまでいた。
(もしかして……クロガネさんは幼いんじゃないのか……?やっぱり僕が気を遣わなくちゃいけない……)
一旦、おどけるように誤魔化そうとした。が、
「っ!」
瞬間、徹は目をバチッと見開き、素早く辺りを見回した。
「何か見えたか?」
「は、はい!今、『黄色』――じゃなかった、『導』がぼんやりと」
「どこからいくつ来ている」
「半径100m以内、1人で、方向は……ちょっと分かんないです」
「そんだけ正確に分かるんだったら十分だぜ」
クロガネは徹の言葉を受けて、辺りを確認する。左は八百屋。右はドラッグストア。後ろも前も人の往来は多少あるが、それよりももっと大事なこと。装導者であろう人物が――見つからない。見えない。
「時間が無い……ここで戦う」
腕をまくりながら言うクロガネ。
「え……?え?ダメに決まってるじゃないですか!こんなに人がいるんですよ?……みんな、それぞれの生活があるんですよ?」
それに対して徹は困惑の顔を浮かべた。男が静かに、しかし苛立ちが籠もった口調で返す。
「人の少ない場所まで逃げてみろ、その道中で民間人が死んじまったら、お前はどうやって責任を取ってくれる?ここで戦った場合の犠牲者数を優に超えるだろうな。アイツはお前を追って来ている、お前に導かれて来ている。だがお前しか見えてねえワケじゃねえんだよ」
何か言い返せるハズが無かった。被害が増える前にその場で叩かなければならない。クロガネの言っていることは尤もだと納得せざるを得なかった。昨日来たばかりの自分が口を出して良い話では無かった。徹は謝ろうとしたが、男はそれを遮った。青年の顔を見て大きな溜息を吐いた後、ホルスターから拳銃を引き抜き、構えながら言った。
「……お前の言っている事は間違いでは無い。いや、寧ろ合っている」
「え?」
クロガネは八百屋の方を見ながら続ける。
「俺があともう少し強かったら――『キラ』並みに強かったのなら、敵を難なく誘導することだってできた」
徹の方を向いてさらに続けて言う。
「俺は、目の前の人間を思うように助けられないくらいに弱い。強くないからよ、できる限り敵を早く倒すぐらいしかできねえんだよ」
徹は一瞬、男が寂しそうに笑ったように見えた。青年はこの男のことがまだよく分からない。だが、男が今、嘘を吐いたのだろうということは予測できた。深呼吸してから徹は発言する。
「……できることはありますか。足手纏いかもしれないけど、戦います。僕も」
――きっとクロガネさんは弱くなんかない。僕は昨晩強さを見たから分かる。
「……上等だぜ」
クロガネは徹を近くに引き寄せ、また拳銃を構え直す。
「いいか徹、恐らく相手は姿を消せる能力を持つ。残念ながら、俺の能力は敵が見えていることが前提となる能力で、相性がそこまで良くない。だからお前が見つけろ。ヤツの位置が分かる時――つまり『導』の見え方がはっきりする時は、ヤツが必殺の一撃を撃ち込む時。早撃ちで負けないようにとは善処するが、敵の方向が分かったらすぐ知らせろ」
徹は口をキッと結んで大きく頷いた。
男は五感全てを使って周囲を探知する。青年も素人なりに感覚を研ぎ澄ましてみる。触覚で感じられるのは、吹き付けるそよ風。視界の隅でのぼりが揺れた。遅れて、揺れる木々。枝が音を立てて葉を揺らす。さらに、下水の流れる音とコオロギの鳴き声。クロガネがガチッと撃鉄を起こす音も同時に響く。その後、再び風が肌を撫で、滴る汗を冷やしていく。寄せては返す波のように、『黄色』もどこかから漂う。何とも言えぬ緊張感により、お互いの鼓動までもが伝達される。
さあ、いつ来る。
いつ来る。
来るのか?来ないのか?
来て欲しい、とは思わないが。
来い。
今か?それとも今か?
今なら……
一瞬の出来事であった。徹が
「上空後ろだ!」
と振り向き、何も無い場所を指して知らせるのと、クロガネが
「『STEELファング』」
と発声しながら振り向きざま虚空に発砲するのは、ほぼ同時だった。クロガネは発声と同時におびただしい量の砂鉄に包まれた後、黒き鎧の竜人、『STEELファング』に変貌した。鋭く光る三つ目、狂暴な恐竜のような顎とそれを縫合する鉄の糸、各部に目と同じ意匠の赤い宝石が埋め込まれた頑強な鎧、そして夜へと誘うような漆黒のボディ。圧倒的な存在感を発しながら、銃弾3発に加え、細かく振動する鉄杭を創り出し、それを5本発射した。何も無い場所に撃ち込まれる8つの攻撃。敵がどのように対応したのかは、徹もクロガネも確認できなかったが、空が一瞬光った後、全ての鉄杭がザクッという音を立てて命中する音がした。何かしらの反撃行動を取ったものの、銃弾に気を取られて回避できなかったようだった。
「ううっ」
という小さな呻き声と共にバランスを崩し、その装導者は地面に落ちた。土煙を上げた後、それは不可視であった姿を現した。
右膝をつくその装導者は、全身がいくつもの半透明の水晶のような宝石でできていて、それぞれ六角形の結晶を形作っている。角度によって色が七色に淡く変わり、特に顔は一際大きな六角形の宝石でできており、目や鼻、口が無い分、非常に美麗であった。
「誰だお前……よくも俺の宝石を……!」
肩や腕、腿の宝石が抉れており、グレーのアンダースーツのようなものが一部見えている。
「俺は、お前の敵……『STEELファング』」
竜人の名を聞き、宝石の装導者は立ち上がる。人々は装導者の落下時に何かを感じ取ったのか、それとも買い出しが済んだのか、既にほとんどいなくなっていた。
「そうか……聞いてるぞ、お前が『ROGUE』の保護者なんだってなァ」
「よく知ってんな。誰から聞いた」
「言うワケねえだろ」
「そりゃあそうだよな……ま、検討はついてるが。目的は『ROGUE』か?」
「そうさ、『ROGUE』を手に入れれば良い話……だが今そんなことはどうでもいい!この『オーロラデザイン』に傷を付けたキサマはァッ!絶ッッ対に許さァァん!!」
『オーロラデザイン』が右腕を伸ばし、掌を『STEELファング』に向ける。
「何か来ます!」
徹がクロガネの右後ろの方に下がりながら指を差して訴える。『STEELファング』は瞬時に両手を振り、『オーロラデザイン』の前方に砂鉄の壁を構築する。先程の発砲した時もそうであったが、長年の勘で身体が勝手に動いていた。徹が足手纏いかというとそんなことは無く(近くにいるのが邪魔ではあったが)、彼の感知能力で勘を確信に変えていた。
ピキーンという音と共に、『オーロラデザイン』の右手が光り、光線が目にも留まらぬスピードで砂鉄の壁に直撃した。閃光に、徹は思わず目を瞑る。至近距離で光が弾けたからか、発射した本人も一瞬たじろぐ。クロガネはここぞとばかりに砂鉄を攻撃のための形状に変化させようとした。しかし、全く変化しない。コントロールを受け付けない。それどころか砂鉄は、みるみるうちに勝手に形状を変化させていく。半透明になりながら、幾つもの平面と角、柱が連続した物体――言ってみれば、天然の水晶の結晶と化していた。未知の力を警戒し、クロガネは1歩後ろへ跳ぶ。
「この野郎~!盾のつもりならもっと自分に近いところに作れよなァ!」
「……上から導かれたか」
クロガネがそう呟いた後、『オーロラデザイン』は、今度は両手を構えながら勝ち誇ったように言う。
「どうやらお前より俺の方が導きが強いみたいだな!名前が売れてるからって粋がらなきゃ良かったなァ!」
そんな挑発には目もくれず、クロガネは右手を頑強な顎の下に置いて推理していた。
「水晶にする能力か……であれば姿が見えないのは……」
「無視すんじゃねェェェッ!!」
「両脇と両腿に来ます!!」
再び光線を発射する。今度は両手から2本ずつ、計4本のビームを放出していた。『STEELファング』は牙の間から湯気を出しながら左後方に跳び、そのうち半分は避けたが、空中に砂鉄の壁2枚を出現させて残りをガードした。着弾と同時に砂鉄は淡い七色の光を放つ結晶に姿を変え、地面に落ちた。逸れた2本の光線は民家の屋根とドラッグストアの看板を宝石化させていた。日の光の屈折で幻想的に光る。
「まだまだ行くぜェェ」
また両手を構える。
「わ!?」
徹は、クロガネが瞬時に生成した砂鉄の檻に入れられ、そのまま後ろの方に飛ばされる。そして『STEELファング』は近くにある砂鉄を引き寄せ、かき集めた。
「さあ、いつまで保つかねェ?」
「こっちのセリフだ」
「あ?」
「もうお前の能力は割れてんだよ」
「う、嘘をつくな!」
徹も
「マジですか?」
と狼狽えた。
「装導が持てる能力数は例外無く最大2つ。お前の能力の1つ目は“物体を水晶の組成に導く”。相当な導きの強さだ。砂鉄が上書きされるとは思わなんだ。だがデメリットとして、完全に静止した状態でなければ発射できない」
「な……!?」
「図星か。鉄杭が全弾命中したのも射撃体勢を取っていて避けられなかったからだろう。やけによく喋るのも照準合わせるための時間稼ぎだな」
「なぜ分かった!?」
「射撃精度が低いのに、俺がいくら下がっても一歩も近づいて来ねえからだ」
「くッ……だが2つ目は割れていな――」
「2つ目は“光の屈折で姿を透明に見えるように導く”。ここで使わない理由は、建物が多くて日光が十分に届かないから、そうだろ?」
「ななな、何ィ~~~~ッ!?!?」
「勘で言ってみたが当たっていたようだな。はっはっはっ、笑いが止まらないぜ」
棒読みでそう言い、
「~~~~~~~~~~~ッ!!!!」
『オーロラデザイン』は悶絶した。
「す、すごい……!」
徹は半分感動していた。装導を付けているせいで顔は見えないが、この男の顔はきっと真っ赤だ。それでも、『オーロラデザイン』は装導者。まだ己の運命を導こうとしてみせようとする精神力が残されている。
「フッ……ハハハッ!だがお前が知らないことがある!硬直時間が長ければ長いほど、威力と数が多い光線が使えるッ!ベラベラ喋ってくれたおかげでフルチャージできたぜ!喰らえェェェェッ!!!」
計6本もの光線が手に収束している。徹は砂鉄の檻の中から悲鳴を上げる。
「多いぃぃぃぃ!!!うわぁぁぁぁぁ!!!」
クロガネは両手を前方に掲げて怒鳴りつけるように、
「多かろうが……関係ねえ……!」
と三つ目を赤く光らせながら言う。男の声とともに、砂鉄は『STEELファング』の手から少し離れたところに勢い良く集まっていく。
「最大威力の光線だァァァ!!!」
構わず『オーロラデザイン』は光線を発射し、周囲は眩い光に包まれる。余波で道路と八百屋、ドラッグストア、その店員達は、硬度や材質に関係なく、全てが水晶になっていた。時が止まったこの場所は、まるで洞窟の中のように神秘的であった。しかし結晶が屈折させる光に目が慣れ始めた時、『オーロラデザイン』は自分が見た光景に驚愕した。
「……ッ!?」
光線が当たった先の砂鉄の塊は、水晶化していない。真っ黒な巨大な鉄球となっていた。各砂鉄が異なる回転をしていて、キリキリと音を立てており、時折火花を散らす。圧倒的な大きさで、直径は『STEELファング』の身長の5倍ほどはあった。水晶化していた砂鉄も上書きして強引に導いてこの大きさのモノを作り上げていた。
「どうして、だ……!?」
「お前よりも俺の方が強かった、それだけさ」
当然クロガネも、檻に入った徹も無事であった。
「本気出してなかったのかよオメェ!!」
「そんなこと、どっちでも良いだろ。既にお前の運命は導かれた……これは確かなんだからよ」
巨大な砂鉄玉は、『オーロラデザイン』の方へ地面を抉りながら真っ直ぐ飛び、着弾時に削岩機のような音を立てながらドリルのような形状を取った後、放電しながら爆散した。
水晶化していたモノと人々は、何事もなかったかのように本来の活動を再び行っていた。
「う、ううう……」
爆散地点には敗れた『オーロラデザイン』が伏していた。周囲には大量の砂鉄が散らかっている。各部の宝石は砕け散り、水晶に関する能力を持っていたとは思えないほど無残な姿だった。
「コイツ……まだ装導を維持できてやがる……なんて硬いヤツなんだ」
「ひいっ!?今動きましたよ!?」
徹が素っ頓狂な声を上げると、『オーロラデザイン』は呻き声を上げながらゆっくりと四つん這いになる。そして、
「う、うおおおお!!」
『オーロラデザイン』は力を振り絞り、小鹿のように立ち上がって逃走した。面食らってクロガネは対応できなかった。まだ走るだけの力は十分あるのか、結構な速さだ。
「に、逃げちゃいます!追いかけましょうよ!」
「分かっているが……見ろよ、アレを」
『オーロラデザイン』の走る先には、クロガネが指差す先には、女が1人立っていた。
「最悪だ。『キラ』だ」
「ねえ、勝負しない?勝ったら相手の装導もらうの」
陽光が強く照り付け、女の姿はよく見えなかったが、ヒョロヒョロしていてすごく弱そうだ、と『オーロラデザイン』は思った。
「『STEELファング』の仲間か?」
「んー、そんなとこかなあ」
「だったら、話は早い、失せろッ!」
腕を構え、光線を放った。
「そう来なくっちゃ」
女は唇を舐めた後、腰を捻るという最低限の動きで光線を避けて、いつの間にか男の懐に入っていた。一瞬の出来事であったため、『オーロラデザイン』は、装導を使われたことに気付かなかった。命の危機を感じて思わず情けない声が出る。
「はッ……!?」
「『狂奏・キラー・ドープ』」
女はエコーのかかった声でそう呟きながら、脇腹に音速でパンチを入れた。その時初めて『オーロラデザイン』は彼女の装導を見ることができた。猫耳ヘッドホン、ガスマスクのような顔、黄色く光る目、青い身体に浮かぶ全身の五線譜模様。何とも言えぬ美しさだった。しかし見とれる暇など無かった。悲鳴のような衝撃音と同時に、アスファルトはヒビ割れ、両脇のビルとドラッグストアの窓、そして堅固な装導は粉微塵になった。『オーロラデザイン』の持ち主だった男は全身の骨が砕かれ、各所から血を噴き出してその場で倒れた。女は既に装導を解除しており、『オーロラデザイン』だった男を踏みつけながら、手にした小型化した装導を見て不満気な顔をしていた。クロガネは無表情だったが、聞いて分かるくらい不機嫌そうに呟いた。
「やり過ぎだ……」
「あ、遅かったねクロガネくん。で、君が徹くんだね。私は『音響支配』。『キラ』って呼んでね」
そう名乗る女は、丸眼鏡と咥えたタバコ、掠れたウィスパーボイスが特徴的だった。
まだ、導乱は始まらない。
第弐話【Killer Tune】-END-