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第壱話【『導』】

【導・標】

①道案内。先導。

②知るたより。みちびき。てびき。

(岩波書店『広辞苑』第七版より)



 事務所2階の一室。夜が明けるのと共に、グラス一杯のミルクが朝風徹(あさかぜとおる)の前に出された。部屋の窓からは、日の出を歓ぶ木々と都会の様相を見ることができた。朝日はゴウゴウと昇り、ビルの窓とアスファルトを照らして、影とのコントラストを作り始めている。

(夜が明けるところ初めて見たな……結構、綺麗なんだな)

数十分前に殺されかけて失禁したことは棚に置き、彼は思いにふけった。

「ガキには物足りないかもしれないが、生憎ジュースとかは切らしてる」

『クロガネ』と名乗るその男は、低い大声でそう言いながら、1階の冷蔵庫の中をもう一度覗いた。先ほどまでの勇姿をまるで感じさせないくらい冴えない容姿。ただでさえ目立つ濃いクマを際立たせる目つきの悪さ、ボサボサの髪、高い背丈、そして皺だらけのスーツが特徴的だ。

 徹にはこの男の年齢は分からなかった。老けて見える人物なのかもしれないし。しかし、高校1年の自分よりはだいぶ年上だろうな、とは推理できた。朝風徹は、パッチリとした目と藤色のパーカーが目を引く、活力溢れる純粋無垢な青年であった。先ほど『導き』を体感したものの、まだ自分が大きな()()の一部になっている実感は全く無かった。



 日々ト市(ひびとし)は、都心としての開発が進んでいながら、自然の景観を多く残している都市として有名だ。特に、東の方にあるターミナル駅の裏側、都市の狂騒から忘れ去られたかのようにズシリと鎮座している羽間山(はまやま)は、それなりに人気な観光地となっている。

 しかし朝風徹(あさかぜとおる)は観光のために日々ト市に来ているのではない。彼は羽間山とは逆、西に進むバスに乗っている。この都市に着くまでに新幹線、電車を乗り換えた回数は計5回。今乗っているターミナル駅発の深夜バスが最後に乗る交通機関となる。

(長い旅だ……)

キャリーバッグから日々ト市に行く理由となったビラを取り出した。

【『導関連対策所しるべかんれんたいさくじょ』アルバイト募集】

とショッキングピンクで大きく書かれた見出し。ビラの中央には、薄い水色で要項が印刷され、その上から黒のサインペンで

【約束通り。開戦は半年後とのこと。『クロガネ』】

と書かれている。その下には『導関連対策所』へのアクセスが書かれていた。


 このビラは丁度半年前、食卓に出現したのを徹の母が発見した。誰かが置いたモノでなく、突然現れたのだと母は訴えた。またいつもの冗談かと徹は流していたが、父の様子を見て、本当に突如現れたのだと分かった。約束というのは要するに、今から半年後、『導関連対策所』という場所で徹が『クロガネ』という男の元で暮らすもしくは保護される……ということであった。何のことだかさっぱりだった。が、

「いつでも一人で生きられるようにしなさい」

という教育を両親から受けていたからか、幼い頃からこうなることを示唆されていたからか、それとも出発が夏休みだったからか、心の準備とかそういったことには不思議とあまり時間がかからなかった。子供の歯が生え変わるのと同じくらい当たり前な、最初から決まっている運命だったのではないかとも思った。寧ろ、両親の方が色々な意味で準備は大変だったに違いない。2人は多くのことを知っていたようで、予期もしていたようだった。しかし徹にそれを教えることは終ぞ無かった。

「向こうでクロガネさんに聞きなさい」

「クロガネさんは信頼できる人だから」

と言われるばかりであった。会ったことも無い人を信頼できるワケないじゃないか、とは言えなかった。


 この半年間は、嬉しいこと、悲しいこと、悔しいこと、辛いこと、本当に色々なことがあったが、徹にはあっという間のことに感じられた。日々ト市に行く前の徹にとっては、中身の濃い半年間だった。


 徹はバスを降りる。街は真っ暗だが、幸い等間隔に街頭が並んでおり、また目が慣れてきたのもあって、建物も道もよく見える。車もこの時間になると流石に少ない。道に迷う心配も事故に遭うことも無さそうだ。真夏なのに涼しく、セミがそれ程鳴いていないというのも、高評価ポイントだろう。しかしながら、どの街頭もまだLEDに変わっておらず、独特の駆動音を発しながら蛾を誘引するためか、漠然とした不安は解消されなかった。

 地図をライトで照らしながら歩く。道はそれほど入り組んでいない。まだ眩しく灯りを灯しているコインランドリーを横切ったくらいで、段々目的地へ近づいてきている実感がしてきた。街並みからどことなく物々しい雰囲気を感じたからだ。『導関連対策所』という珍妙な名称なのだから、さぞかし怪しい場所にあるのだろうと推測していた。また、彼自身うまく説明できなかったが、「この街に(いざな)われている感じ」

があったから、というのも理由としてある。

 都会を分け入って進むにつれ、人の住む感じが減ってくる。空地や取り壊し予定の建物、老朽化した何かの建物などが何となく多くなってくる。それに、『黄色い』。

 それはそれとして、しかし長い。かなり歩いた。足が棒のようとはまさにこのことで。かなり疲れた。徒歩で行く距離では無い。

(わざわざ彼から来るように催促しているんだから、クロガネさんが迎えに来てくれれば良いのに。僕はもう高校生なんだから、まあ、我慢するけど。大人には大人の事情っていうのがあるらしいし)

彼がそんなことを考え、大通りに出るために、街頭が無い路地に入っていった時だった。『()()()()()()。考える前に、キャリーバッグと共に右方向へ飛び込んだ。そうしなければならないと身体が訴えた。その直後、黒い何者かが後方から途轍もない速さで突っ込んできて、徹の身体を掠めていった。

「な、何?」

目で追う。黒い何者かの正体は、無灯火ライダーであった。その殺意すら感じるスピードには驚いたが、轢かれなくて良かったと心底ホッとした。しかし、バイクが停止して目で追うのが容易になった時、彼の背筋は再び凍った。

「人が……乗ってない……!?」

無人バイクはエンジンを吹かせながら、方向転換を始める。同時に、銃器のような何かをフロントから展開する。徹は嫌でも命の危険を感じた。するとバイクは、喋り出す。

「間違いないな、『ROGUE(ローグ)』はコイツだぜ」

どこから声を発しているのか皆目見当もつかなかったが、とにかく面食らった。

「しゃべ……しゃ、喋れる、なら、会話ができるんならさ……た、頼むよ、悪いこと……したかな?僕、わかんなくて、」

「うるさい!お前を殺せば俺が儲かる、そんだけだ!黙って死ね!」

エンジンから爆音を鳴らし続けながら、武装をさらに展開する無人バイクの威圧と、『黄色』が辺りの空気を支配する。全身の危険感知器が甲高い警告音を鳴らしている。逃げなければ。しかし身体が動かない。脚がガタガタ震えているし、ズボンの股間部はびっしゃり濡れている。この時徹はようやく、簡単に車に轢かれるタヌキの気持ちが分かった。言いようのない恐怖に出会った時――理解できない恐怖に生物が直面した時――逃げる選択肢は取れないのだと。これは恐怖ではないと否定したくて、ただ、じっとしてしまうのだと。

 地面を蹴り、砂埃を上げながら、無人バイクは徹の方へ勢い良く走り出す。マフラーは鮮烈な火の粉を噴き出す。銃器の照準は徹に向く。徹は声にならない叫び声を上げる。徹は、目を瞑って自分の不運を呪うた。それぐらいしか、もう彼にできることは無かった。


 なんで僕なんだ。おかしい。何かしたか。してない。おかしいじゃないか。死ぬのか。嫌だ。悔しい。こわい。帰りたい。くやしい。嫌だ嫌だ嫌だ、いやだ――――――――


 エンジン音の次に聞こえたのは、自分の肉が千切れる音と自分の叫び声――では無かった。代わりに金属同士が激しくぶつかる音がした。目を開けると、そこにいたのは無人バイクだけではなかった。黒い大柄な男が立ち塞がっていた。

「遅いぞ徹。迎えに来ちまったじゃねーか」

声の主は、無人バイクを受け止めている人間――いや、人ではない。(くろがね)の鎧に身を包み、大きな三つ目で夜を切り裂く、悪者にしか見えない竜人であった。


 「邪魔しやがって……ヒーロー気取りか?」

無人バイクのその問いに対して竜人は、

「邪魔なのはお前だ、『追跡者(チェイサー)』」

と返した。徹は、竜人が直接無人バイクを受け止めたと思っていたが、少し落ち着いて見てみると、バイクの進行を妨げていたのは分厚い壁であることが分かった。先ほどまでそこに無かったモノだ。竜人が出現させたのだろう。彼が左腕を横に振ると、壁は瞬時に球状に変化した。そして無人バイクへ向けて高速で射出され、車体から火花が出るほどに強く激突した。

「ぐっ……!」

バランスを失い、大通りの方へ吹き飛ばされた無人バイクは、みるみる内に姿を変える。徹は

「あっ」

と驚きの声を上げた。

「バイクじゃ……ないじゃないか」

無人バイクは人型に変形した。大通りの街頭に照らされて、その姿が現れる。頭はバイクの前方部分のようなカタチ。ヘッドライトが眼の役割を果たしているようだ。エンジンは心臓部に移動している。身体の各所にはタイヤのような造形が見られる。まさに、バイクを無理矢理人のカタチに纏めようとした結果、と言えた。身体の色は竜人同様に黒色だ。しかし、同じ黒と言っても『チェイサー』は灰色がかった黒で、竜人の方はそれより遥かに深い黒であった。竜人が具体的にどんな造形かは、光の加減でよく分からなかったが、赤白く光る三つ目と、嫌悪感を覚えるほどの獰猛な顎は暗闇の中でもハッキリ分かった。竜人は徹の方ににじり寄り、しゃがみ込んで言う。

「もう分かってると思うが、俺がクロガネだ」

「は?あなたがクロガネさん!?に、人間じゃない!」

「……勘が良いんだか悪いんだか。俺もアイツも人間だ」

「でも見た目が……」

顎を閉じたまま喋っていて、声は喉から出ているようには思えない。人と同じ構造をしていないということは、徹にも分かった。

「ともかくだ。『チェイサー』を追い払う。後ろにくっ付いとけ。……大丈夫だ。俺は人を殺せる程弱くないし強くもない」

 クロガネはかつての戦い方を思い出すかのように、ゆっくりと構える。さっきまで壁及び球となっていた“砂鉄”と、地面に埋まっている残りの“砂鉄”を大量に引き寄せ、自身を中心に渦状に展開する。

「これは……?」

「これから分かるさ……さあ、第2ラウンドだぜ」

『チェイサー』がビルの柱に手を付きながら、ヨレヨレと立ち上がる。

「どうする『チェイサー』。さっさとハウスに帰るんだったら見逃してやる。まだ続けるんなら……分かっているな?」

「せっかく……せっかく『ROGUE』の導きに邂逅したのに……邪魔しやがって……!ぶっ殺してやる!」

『チェイサー』はクロガネの警告を無視し、変形を始めた。周囲の建物を破壊しながら、内側から装甲を継ぎ接ぎするように肥大していき、やがて巨大な戦車となった。ぎらついた砲塔と無限軌道が、これが戦車である紛れもない事実。無人バイクの時とは比べ物にならない轟音を機関部から立てている。重量も相当変化しているようで、地面がミシミシと沈む音が足の下から伝わる。

「どうだ……最大火力の変形だ……これでぶっ潰してやる!」

ゆっくり前進した後、駆動音と共に砲塔をクロガネに向けると、

「撃てェェェ!!」

『チェイサー』の怒声と共に砲弾が放たれた。発射音と閃光は、何かを訴える徹の悲鳴も吹っ飛ばす。戦車の弾丸の速度は砲口の近くであるほど上がる。『チェイサー』とクロガネの間には10mの距離も無い。必殺の威力であった――はずであった。確かに砲弾はクロガネに向けて撃たれた。けれども命中していない。複雑に高速回転する砂鉄の集合が防御していた。クロガネが構えている右腕の手首から先を、まるで傘のように覆っている。一粒一粒が異なる方向に回転する砂鉄が、弾丸が爆発する前に木端微塵に切り刻み、攻撃をシャットアウトする。『チェイサー』は激しく狼狽えた。

「この威力は……お前、まさか」

クロガネはこの隙を逃さんとばかりに、砂鉄を纏った右腕を振りかぶりながら、前方に大きく跳ぶ。先ほどよりも砂鉄は回転を上げ、牙のような攻撃的な形状へと変化していく。

「こ、後退だ!」

「無駄だ!既にお前の運命は()()()()!」

一気に距離を詰めたクロガネが、竜巻のような右腕で戦車(チェイサー)の前面を思いっきりぶん殴る。金属が擦れ合う音とグシャッという音が聞こえ、眩しい火花が飛び散る。明滅する光は、クロガネの猛烈な一撃をコマ送りのように映した。そして直後、戦車はその威力に負け、悲鳴と共に車体全体を大きくひしゃげさせた。クロガネが瞳を赤白く光らせ、さらに力を加えると、勢いよくぶっ飛び、大通りの大型積みブロックに打ち付けられた。その衝撃波は離れたところにいた徹をも吹き飛ばし、

「うっ」

という小さな悲鳴の後、一回転して尻もちをついた。

 徹が態勢を立て直し、戦車が飛ばされた方向まで近づいて見てみると、さっきまで『チェイサー』だったであろう男が、うつ伏せになってのびていた。

「本当に人間だった……」

男は黒ずくめのバイクウェアを着ていた。全身傷だらけで、骨が何本か折れていそうだったが、息をしていた。ぶつぶつクロガネを罵りながら右手をピクピクさせている。彼が打ち付けられた部分の積みブロックは、砕け落ちて土の部分が見えていた。

 徹が男をまじまじと見ていると、クロガネが誰かと話す声が後ろから聞こえた。徹が振り向くと、耳に携帯電話を当てている辛気臭い成人男性がいた。目つきの悪さと濃いクマは、変身した時の鋭い三つ目を連想させる。シワシワのスーツとボサボサの髪からはガサツな感じが伝わってくる。

「クロガネさんも、人間だったんだ……」

『チェイサー』の回収に関する連絡だったようだ。電話を切ると、先ほどまで砂鉄を操る竜人だった男は、戦車だった男に近づき告げた。

「お前の雇用主だか上司だかに言っておけ。俺はお前等の敵、『STEEL(スティール)ファング』だ」

『チェイサー』は何かに気づき、顔を上げようとしたが、すぐに無理だと分かり顔を伏した。

「じゃあ帰るぞ」

「あ、あの!」

「あ?」

「なんで僕はここに来ることになって、なんで、『チェイサー』?さんに襲われたんですか?なんで2人は変な力が使えて、なんで『黄色』が、」

「全て説明すると長くなる……が、一言で言うなら、そうだな……お前はそういう運命に『導かれた』ってところか」

「え……?」

「まあガキだもんな、分からなくても無理はない。だが……これだけは胸に刻んでおけ。お前は今までもこれからも、世界を導き、世界に導かれる運命にある。そして、導乱(どうらん)の――大きな戦争の1ピースとして組み込まれている」

勿論、俺もな、とクロガネは最後に付け足した。徹には何が何やらさっぱり分からず、呆然と立ち尽くすしか無かった。たとえこれが徹でなくとも理解できないだろう。ただ、徹にも何故だか分からなかったが、クロガネが誇張抜きで本当のことを言っているんだなということは、心で感じられた。


 「帰るぞとは言ったが……目の前なんだよな」

路地を抜けた先、右に曲がり、のびている男の前を横切った左側。少しだけ古びた、2階建ての高級住宅くらいの大きさの事務所。そこが『導関連対策所』だった。中は暗く、誰もいないようだ。徹はクロガネの顔色をうかがいながら、

「やっぱり知らない人の家で泊まるのは、ちょっと怖いんですけど……」

と言うと、

「だったら、『両親がよく知る人物だが自分にとっては他人』の下で世話になるか、さっきみたいなヤツに殺されて楽園で暮らすのか、どちらか選べ」

と返された。徹は一瞬楽園を選びそうになった。

 鍵を開けて入ると、実際、人っ子一人いなかった。徹は中の様子を詳しく見たかったが、カーテンが閉められていて物凄く暗いのと、クロガネが階段を上れと急かすせいで、一階の様子はほとんど確認できなかった。

(デスクが並んでいたような気がする……)

というのは、徹の気のせいだったかもしれない。

 2階は窓のカーテンが開いていて、また、空が若干明るくなってきていたため、何とか様子を確認することができた。そこは居住スペースになっていた。入口は廊下になっていて、奥の方はクロガネの()()とも言うべき場所のようだったが、そこにクロガネが立ちふさがりながら移動するため、徹はそれを見ることができなかった。徹はクロガネと共に、廊下の途中にある左側の部屋に入った。



 「夜冷たい牛乳を飲むとお腹が冷えるから温めて欲しい」

というリクエストに対し、クロガネは大きく2回舌打ちをしたものの、しっかりミルクを耐熱カップに移し替えて、レンチンで温めてやった。それを受け取った後、徹は先ほどのことを恐る恐る聞こうとする。

「あ、あの……」

「聞きたいことが山ほどあるだろうが、今日はそれ飲んだらそこのベッドでさっさと寝ろ。寝るガキはよく育つらしい」

部屋にはふかふかのベッドが備え付けられていた。

「もう夜が明けちゃったんですけど……」

日の出は終わりかけていた。

「とりあえず寝ろ。疲れてんだろうから嫌でも寝られるだろ。ガキにその辺ウロチョロされるのもムカつくし」

「……」

「大丈夫だ、俺は不審者じゃない」

「それは無理ありますよ……」

部屋からクロガネが出た後、全身を拭き、持ってきたパジャマに着替え、床に就いた。漏らしたズボンはクロガネが洗濯機に入れてくれるらしい。読みづらい彼の表情は、嫌そうな顔をしているように見えたが、徹は気のせいだと思うことにした。

 導きって何だろう……あの『黄色』は何だったんだろう……僕は『何者』なんだろう……そんな幾つもの疑問が頭を駆け巡るが、眠気という御伽に支配され、意識は闇に呑まれて行くのだった。



 クロガネが()()()()()に行くと、窓が開いていて、カーテンがふわふわ揺れていた。窓枠に腰掛けた馴染み深い女が微笑んでいた。

「で、クロガネくんは『ROGUE』を殺さないの?」

ウィスパーボイスで話すこの女は、白のタンクトップの上に青いブラウス、下は黒のジーパン、丸眼鏡着用という、奇抜ではない、良い意味で普通の格好であった。日の出の時間に窓から2階に入り、堂々と腰掛け、タバコをプカプカ吸っていなければもう少しまともに見えたかもしれない。

「お前『耳が良い』んだからそれくらい分かるだろ。あとここ禁煙な」

壁にデカデカと貼られた禁煙ポスターを指差す。

「あ、ごめん。換気してるから良いかなーって……」

微笑みを崩さず尚も吸い続ける。艶っぽいとは程遠い、掠れた息漏れ声は、煙草の煙を余計に拡散させる。少しの沈黙の後、口を開いたのはクロガネだった。

「……殺していたらどうしてた」

「友達やめてたかな」

「そうかい」

クロガネは自分の机の上に腰掛ける。

 また静寂が空間を支配した。地平線近くから発せられる陽光は、女と立ち昇る煙草の煙、空気中に舞う埃を暖かく照らしていた。先に口を開いたのは女の方だった。

「本当は最初から殺す気無かったでしょ?」

「……どうだかなあ」

「次の相棒にしようとか思ってるの?」

「……」

「『彼』の幻影を見たんじゃないの?私も付き合い長いからそれなりに――」

「今日はもう疲れた。おやすみ」

クロガネはくるりと背を向け、床に就いた。

「あっそ……キレそうなんだけど」

そう言いながらも、やはり女は微笑みを崩していなかった。

 女はいつの間にか朝日の中に姿を消していた。窓は開けっ放しだった。



第壱話【『導』】-END-

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