第89話 元剣聖のメイドのおっさん、学級対抗戦に向けて気合いを入れる。
チュンチュンと囀る小鳥たちの声に目を覚ますと、そこは裏山の修練場だった。
上体を起こし、キョロキョロと周囲に視線を向けて見る。
すると修練場には、ボロボロの姿で地面に倒れ伏す、ロザレナ、グレイレウス、ルナティエの姿があった。
俺はズキズキと痛む頭を押さえて、昨晩の記憶を思い返し――――思わず大きなため息を吐いてしまう。
「いや、俺、何やってんの・・・・・?」
深く泥酔してしまった結果、どうやら俺は大人げなくガキどもをボコボコにノシてしまったらしい。
クソッ、前世であれだけ酒でやらかしてたってのに、まさか今世でも悪酔いしちまうとはな。
ヴィンセントからお土産にと貰ったお酒を寮に戻ってから追い酒してしまったのが、仇となってしまったか。
いやしかし、ここ最近の俺、しょうもないミス連発しまくってるなぁ・・・・。
計画通りに事が進めば、あと数日であのリーゼロッテの野郎と戦うってのに・・・・本当、何やってんだか。
「んん・・・・・あれ、朝、ですの・・・・?」
その時、俺の横で倒れていたルナティエが、寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと上体を起こし始めた。
そして彼女は俺の姿を視界に捉えると、目をパチクリとさせ、コホンと小さく咳払いを溢す。
「お、おはようございますわ、師匠」
「・・・・・師匠?」
「ええ。昨晩、弟子にしてくださいと言ったら、二つ返事でOKしてくれたではありませんの。ええと・・・・まだ、名前をお聞きしておりませんでしたわよね? そのお顔から察するに、アネットさんの血縁者かと推察致しますが・・・・何てお名前なんですの?」
「ちょ、ちょっと待て。俺、君を弟子にするとか、言ったのか?」
「ま、まぁ!? 昨晩、あんなに激しい行為に及んだというのに!? まさか、認知しないとでも言うおつもりですの!?」
「待て待て待て、その言い方はなんかちょっと良くないぞ? 不当な悪評が付きそうだからやめてくれないかな!?」
「でしたら、わたくしを弟子として認知してくださりますよね? 断ったら・・・・周囲の人間に、わたくしを手籠めしたと言いふらしますわ」
「・・・・・・・ワカリマシタ。キミハ、オレノデシデス」
「ウフフッ、それで良いんです。これからよろしくお願いしますわね、師匠」
こうして、俺は泥酔した結果、何故か四人目の弟子を作ることとなってしまったのだった。
いや、というか何でルナティエは俺がアネットだって分かってないんだ?
ヴィンセントの奴と良い、この男装、そんなに人を騙せるレベルの代物とは思えないけどな・・・・。
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それから休日を挟んで、二日後。
魔法兵部隊に復帰したベアトリックスは、放課後、久しぶりに俺たちの前で教鞭を取っていた。
今日は修練棟ではなく、何故か図書室で行うということだったので、実習棟二階にある図書室に魔法兵部隊の全員で集まっていた。
「―――――良いですか、みなさん。『魔法の顕現』を成功しても、それを詠唱して行使しなければ、『魔法の発動』とは呼びません。魔法というものは、『魔力感知』→『顕現』→『詠唱』→『発動』という四段階のステップを踏むことで、初めて、みなさんの知る攻撃魔法や治癒魔法というものが完成するんです」
「うーん、でも、魔法の詠唱? って、どうやって学べば良いんだろ?」
「そうですね。ヒルデガルトさんの疑問はもっともです。ですから、今からみなさんには・・・・よいしょっと、こちらの本を読んでもらいます」
ベアトリックスは自身の鞄の中から何冊もの分厚い本を取り出すと、それをテーブルの上に並べ始めた。
彼女は大量の本をひとつずつ横に並べ終えると、身近にあった本の背表紙をポンと叩き、丸いテーブルを囲む俺たちへと静かに口を開く。
「これらは、属性別に分かれた低五~三級クラスの魔導書です。この魔導書には、現在発見されている低級呪文の効果、詠唱等の全ての情報が事細かく記載されています。ですので、この本に書かれている詠唱文を記憶して、読み上げて・・・・今からみなさんには、千はある魔法の中から、即座に発動できる自分と相性の良い魔法を探してもらいます」
「え・・・・? えっと、この分厚い本の中からひとつひとつ、記載されている呪文を唱えていって・・・・発動できるかどうかを試しては、トライアンドエラーする、ってこと?」
「その通りです。魔導書に記載されている無数の呪文の中からひとつを選び、詠唱し、『魔法の発動』を実行する。その時に、上手く魔法が発動することができれば成功と言って良いでしょう。・・・・ですが、そう簡単にはいかないのが魔法というものです。呪文というのは人それぞれとの相性があるものですから」
「そうなの? それじゃあ魔術師の人は、みんな、自分と相性の良い魔法だけを習得している、って感じなの?」
「いいえ、そうではありません。目当ての呪文との相性が悪かった場合、大抵の魔術師は、何か月も詠唱を唱え続けて・・・・成功するまで修行を続行します。それが、本来の魔法の修練というものですから」
「本来の魔法の修行・・・・では、今から行う、魔導書の中からランダムで使用できる魔法を模索するこの行為は、通常の魔法の修行とは異なるものなのでしょうか?」
俺がそう言うと、ベアトリックスはコクリと小さく頷いた。
「はい、その通りです。学級対抗戦まであと一週間もないのですから、みなさんにはできるだけ、自分が使える魔法を急ピッチで探してもらいます。まぁ、本番までに一つか二つ程度見つかれば良い方でしょうね。運が悪ければ、ゼロ、の可能性もありますが」
「そ、そんなに難しいんだ・・・・」
「はい。人族は、森妖精族と違って精霊の寵愛を受けていない種族なので、元来、魔法との関わりは薄い種族なんです。ですから、相性は必然的に悪くなります。・・・・なので、ほら! ボサッとしてないで、さっさと自分の属性にあった魔導書を手に取って、修練棟に赴いてください!! 時間はもう残されていませんよ!! これが最後の修行なのですから、気合いを入れなさい!!」
「「「「はい!!!!」」」」 であります!!!」
魔法兵部隊の他の四人は、急いで魔導書を手に取っていく。
そんなみんなの姿を視界に納めると、ベアトリックスは奥にある書架へと歩みを進めて、その場から去っていった。
俺は「さて」と呟き、仲間たちに習い、魔導書を手にしようと、机の前に立つ。
どうやら彼女が言ったように魔導書は属性別に分かれているようで、表紙に火や水、雷の紋様が描かれた書物が、テーブルの上には大量に並べられていた。
俺は氷の魔法を習得したいから、この場合は氷結属性の魔導書を探せば良いのだろうか。
ええと、氷結属性は、氷結属性は、っと・・・・。
「ねね、アネットっち」
「ん?」
背後から声を掛けられたので、後ろを振り返ってみる。
するとそこには、雷属性の魔導書を腕に抱えたヒルデガルトが笑みを浮かべて立っている姿があった。
「ヒルデガルトさん? どうかしましたか?」
「・・・・アネットっち。ベアトリっちゃん、元気になって良かったね」
「あぁ、そうですね。彼女が部隊長に復活してくれたことは、とても喜ばしいことですね」
「アネットっちが、何かしてくれたんだよね?」
「え? 私は、特に何も・・・・」
「そうなの? でもベアトリっちゃん、けっこうアネットっちのこと気にしてる感じしたけど?」
「気にしている感じ、ですか?」
「うん。何か、アネットっちのことをを時々チラチラと見て気にしてた感じとゆうか。 ・・・・あーし、これでも女の勘? は良い方だからさ、そーゆうの分かっちゃうんだよね~」
んふふふふと口をωの形にして、目を細めて笑うヒルデガルト。
そしてその後、突如真剣な表情を浮かべると、彼女はふぅと短く息を吐き出した。
「・・・・あーし、後でベアトリっちゃんに謝まらなきゃだよね。この前、けっこう酷いこと言っちゃったわけだし」
「ヒルデガルトさんならきっと仲直りできますよ。貴方はお優しい御方ですから」
「本当? だったら良いなー。あーし、ベアトリっちゃんのこと、別に嫌いなワケじゃないからさー」
そう言ってはにかむ彼女に笑みを返した後、俺は、先ほどから手に持っていた魔法の杖をギュッと両手で握りしめた。
そんな俺の様子に、ヒルデガルトは小首を傾げる。
「そういえば、さっきから気になっていたけど・・・・その魔法の杖、どうしたの?」
「あ、これですか? この杖は、今日から魔法の詠唱の修行の段階に移りますから・・・・何か役に立つのではないかと、寮に置いてあったものを学校に持ってきたんですよ」
「へぇ、そうなんだ。ふふふ、何だか大切そうに持っているね。その杖って、もしかしてアネットっちの宝物って奴なのかな?」
「ええ、そうですね。・・・・実はこの魔法の杖は、以前、私の主人であるロザレナ様が贈り物としてくださったものなんですよ。ですから、私にとっては何よりもかけがえのない、宝物と言っても良いものなのかもしれません」
「そっか。それじゃあ、ますます魔法の修行、頑張んなきゃだね!」
「はい!」
「・・・・しっかし、それにしても・・・・前から思っていたんだけど、ロザレナっちとアネットっちって・・・・やっぱ、デキてる?」
「はい?」
「なーんか、キミたち、度を越えて仲が良い感じがするんだよね~。女子の間でもたまにウワサになってるよ? 主従の関係を超えているんじゃないか、って。そこのところ、どうなんスか? アネットっち? んん?」
「あっ、某もその辺は気になっていたであります! どうなんですか、アネット殿!!」
ヒルデガルトの横からヒョイとミフォーリアも顔を出し、二人して拳をマイクにして俺にそう疑問を投げてくる。
俺はそんな主従に呆れたため息を吐いた後、ポカッと、杖を使って二人の頭を順番に小突いた。
「いたっ!」「痛いであります~!!」
「まったく。ふざけたこと言ってないでさっさと修行しますよ。こんなところで遊んでいたらベアトリックス先生に叱られるんですからね!」
「げっ!!」「確かに、であります!!」
そうヒルデガルトたちと笑いあった後、俺は、表紙に雪の結晶の絵が描かれている氷結属性の魔導書を手に取った。
学級対抗戦まで、残されたタイムリミットは少ない。
お嬢様から貰ったこの杖を使うためにも、何としてでもここで魔法を習得したいところだな。
「・・・・・ん?」
何者かの視線を感じ、背後を振り返る。
すると、そこには、少し離れた場所から俺をジッと見つめているベアトリックスの姿があった。
彼女は目が合うと、ふっと視線を外し、本を抱えながら一人、図書室の奥へと去っていった。
彼女の先ほどのその視線は、何か意味ありげな様子だったように感じられたが・・・・まぁ、別段、気にすることもない、か。
俺はヒルデガルト主従と共に並んで、図書室を出て、そのまま修練棟へと向かっていった。
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二日後。学級対抗戦まで、残り五日となったある日。
ルナティエは、放課後の校庭に黒狼クラスの生徒全員を集めると、ロザレナと共に皆の前に立ち、大きく声を張り上げた。
「みなさま! 五日後は、ついに、毒蛇王クラスの生徒たちと戦う、学級対抗戦の日となりますわ!!!! この日に至るまで、ここに居るみなさんはそれぞれの部隊で必死に研鑽を積んできたことでしょう!! ですが、最後に、みなさんには覚えて欲しいことがありますの!! それは―――――――陣形ですわ!!」
そうルナティエが言葉を発したのと同時に、列の中からソバージュヘアーの女子生徒が姿を現した。
彼女は確か・・・・ルナティエが長を務める情報部隊の隊員の、メーチェ、という名前の生徒だったか。
メーチェは白い筒状の紙を腕に抱えて前に出ると、その紙を広げ、みんなの前に見せてきた。
大きな真っ白な紙、そこに書かれていたのは、三つの陣形の図だった。
一つ目は、剣兵部隊を前衛に置き、中間に、弓兵、魔法兵部隊を置いて、後方に大将、情報、治癒兵部隊を据える、オーソドックスな攻撃の型、【鋒矢の陣】。
二つ目は、剣兵部隊を円形状に配置させ、中央に大将、情報、治癒兵部隊を配置し、円の後方に弓、魔歩兵部隊を据える、全方位からの奇襲を防衛できる防御型の陣、【方円の陣】。
そして三つ目は、後方に大将、治癒兵部隊。中間に弓、魔法兵部隊。そして前衛の剣兵部隊をV字型に配置させ、相手の先兵を囲い込んで叩く、相手が攻撃の陣を取ってきた際に有利に働く型、カウンター型の【鶴翼の陣】。
この三つの陣の図形の詳細が、その大きな紙には書かれていた。
その分かりやすく描かれている陣形の図に俺が「おぉ」と感嘆の息を溢していると、ルナティエはコホンと咳払いをして、再び口を開いた。
「今からみなさまには、この陣形を五日間で頭に叩き込んでもらいますわ。そして、学級対抗戦では、わたくしが状況に応じて適宜指示を出していきますから・・・・その時は、みなさまはわたくしの指揮に素直に従って、陣形の編成をなさって欲しいんですの。ウフフッ、このわたくしのパーフェクトな指揮能力があれば、毒蛇たちなど他愛もないですことよ!! 大船に乗ったつもりでいなさぁい!! オーホッホッホッホッ!!!!!」
なるほど。これが軍略といものか。
相手の軍勢の様子を適宜観察し、前衛、中衛、後衛に、状況に見合った部隊の編成を行う。
その采配が正しければ、戦況を有利に進めることができるし、一人の強者だろうとも、戦況次第では数人の弱者で叩くことも可能、か。
まさに、個の強者には持ちえない、群が持つ強みと呼べる力だろうな。
「・・・・・・しかし、それでも、圧倒的な力の前では、軍隊というものは無に帰すものではあるのだがな」
シュゼットが使用する魔法がどれほどの威力のものなのかは分からないが、彼女がもし、一個軍隊を破壊するほどの力を持っていた場合―――一撃で大多数の前衛を崩すことが出来れば、陣形の編成をさせる間もできず、情報系統は混乱し、軍は一気に崩壊してしまうことだろう。
それは、俺が生前、帝国軍相手によくやっていた手でもあった。
陣形に関してはズブの素人の俺だが、軍の崩し方に関しては、その辺にいる剣士よりは理解している自負はある。
・・・・・まぁ、とはいっても、本物の戦場ではないのだから、そこの点を心配するのも野暮という話か。
その辺はこのクラスの長であるお嬢様とルナティエの手腕次第、といったところでもあるだろうからな。
本来であれば後で多少アドバイスでもしてやるところだが・・・・悪いが、俺は学級対抗戦では、他にやるべきことがある。
今回、学級対抗戦で俺がやるべき点は、ただ一つ。
背後を付きまとう、監視者の排除だ。
「・・・・・・・」
顔を動かさずに、チラリと、周囲を窺う。
グラウンドに集まっている俺たちを遠巻きで見ているのは、蛇の腕章を付ける一期生、毒蛇王クラスの生徒たちと、あの見たことがない腕章は・・・・鷲獅子と、天馬クラスの生徒か。
見たところ、シュゼットや他クラスの生徒たちがこちらを観察し、敵情視察しているようだが・・・・まぁ、そんなことはどうでも良い。
俺が相手をするのは、ただの学生ではない。本職の暗殺者だ。
「・・・・・いた」
時計塔の三階の窓から、こちらを見下ろしているリーゼロッテの姿があった。
聖騎士団元副団長 【蛇影剣】 リーゼロッテ・クラッシュベル。
ヴィンセントから聞いた話だと、あの女は、鞭のような刀剣、蛇腹剣なる武器を使うらしい。
蛇腹剣というのは、ひとつひとつの小さな刃を等間隔でワイヤーで繋ぎ、柄を振ることで、鞭のように剣を撓らせて攻撃することができる剣だという。
彼女のその蛇腹剣は、黒く染められており―――夜闇の中だと不可視となるため、死角を突いた攻撃ができるそうだ。
暗闇の中、予期しない箇所から相手を狙う蛇の剣・・・・だから、【蛇影剣】。
俺が最も苦手とする、気配を殺すことに長けたレンジャーや暗殺者といったタイプの戦士。
聖騎士団の副団長を努めていたことからみても、実力は恐らく『剣王』、『剣神』クラス相当。
相手にとって、不足はない。
「・・・・・・」
一瞬、リーゼロッテと目があったが、彼女はそのまま踵を返し、窓際から離れて行った。
俺は改めて計画を思い直し、不備がないかを確認する。
少しでも誤りがあれば、不覚を突かれてこちらがやられる可能性もある。
暗殺者というのは、敵の急所を狙うことを得意とした邪道的な戦い方をする。
生前の自分を思い出し、気合を入れて、慎重にことに望まなければならないな―――――――。
そう、意気込んでいた日から、三日後。
学級対抗戦まで残りあと二日という日に――――――その事件は、起こった。
第89話を読んでくださってありがとうございました!
いいね、評価、ブクマ、感想、本当に励みになっています! いつもありがとうございます!
また次回も読んでくださると嬉しいです!
来週、誕生日を迎えて歳を取ることに鬱々としている三日月猫でした! では、また!