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第86話 元剣聖のメイドのおっさん、強面シスコン男と酒を飲む。



「――――そうだな・・・・。あの計画(・・・・)を実行するためにも、一応、試しておくとするか」



 スーツに着替えた俺は、机の上に置かれている一枚の銅貨を手に取り、それを右手で握りしめる。


 そして左手の人差し指に装着した指輪を天に掲げながら、呪文を唱えた。


「―――――――【転移(テレポート)】」


 すると、その瞬間。


 ぐにゃりと視界が歪み、暗転した、直後――――見慣れた寮の自室から一変、気が付けば俺はバルトシュタイン家の巨大な門の前に立っていた。


 その、来る者を威圧する巨大な漆黒の門をジッと眺めていると、門はゴゴゴと音を立てて一人でに開き、来訪者である俺を迎え入れる。


 恐る恐るといった様子で門を潜り、バルトシュタイン家の庭園へ足を踏み入れると、玄関口の前でヴィンセントが腕を組んで立っている姿が目に入って来た。


 俺はそんな彼に対して、会釈しながら挨拶をする。


「あっ、ヴィンセント様――――って、んん?」


 だが俺は、彼のその姿に思わず立ち止まってしまった。


 そんな俺を不思議に思ったのか、ヴィンセントは首を傾げながら、こちらに近付いて来る。


「? どうかしたか、アレス。早くこちらに来ると良い」


「ええと、あの、ヴィンセント様、ですよね?」


「ん? いったい何を言って・・・・あぁ、もしかして、この前髪のことか?」


「は、はい。以前は、髪を後ろに流していらっしゃいましたから、その、前髪を下ろした姿を始めて見たもので・・・・少し驚いてしまいました」


 以前会った時は、頭部の髪を後ろに流していたのに、今日の彼は前髪を下ろしていた。


 というか、普通に髪下ろしていた方が好青年っぽくて印象良いな、こいつ。


 眉無し悪人面が前髪で隠れるからか?


 髪を下ろしただけで随分と印象が変わるなぁ、と、俺は思わず彼の顔をジッと見上げてしまう。


 するとヴィンセントは何処か居心地が悪そうに、コホンと、口元に手を当て咳払いをした。


「そんなに物珍しそうに見てくるな。まるで珍獣か何かになったような気分になってくるぞ」


「あ、申し訳ございませんでした」


「というか、貴様・・・・以前この屋敷に来た時と同じ衣服を着用してはいないかね? 俺が斬った箇所を縫い合わせて縫合したように見えるが・・・・他に服は無かったのか?」


「え、えっと、その・・・・あの、何というか、こ、このスーツ、気に入っているんですよ、あはははは・・・・・」


 テメェが急に呼び出してくるから、替えの男性ものの服なんざ用意できなかったんだよ!!!!


 こちとらメイド服が一張羅なんだよオラァァッッ!!!!!!


 ・・・・なんて、当然、そんな本音を言うこともできず。


 俺は、愛想笑いを浮かべ、ヴィンセントに対して適当に取り繕うことしかできなかった。


「ふむ・・・・? まぁ、良いが・・・・お前もいずれはオリヴィアと結婚し、我がバルトシュタイン家の一門に名を連ねる身だ。他家に舐められないためにも、上等な衣服を常に身に着けて貰わなければ困るぞ?」


「は、はい。肝に銘じておきます」


 そう言って頭を下げると、ヴィンセントは扉を開け、屋敷の中へと入って行った。


「では、ついて来い。今宵は良い月夜だ。月見酒と行こう」


 手に持っていた酒瓶を掲げると、彼はクククと笑い、颯爽と歩みを進めて行くのだった。


 


 


 


「さぁ、飲め、アレスよ」


「は、はい! いただきます!」


 両手に持った盃にお酒を注いでもらった俺は、そのまま端に口に付け、一気に中身を飲み干す。


 そんな俺を「ほう」と驚いたように見つめると、ヴィンセントは盃を口に含み、ニヤリと笑みを浮かべた。


「意外だな。酒はいける口なのか?」


「んくっ、んくっ・・・・ぷはぁっ! はい。お酒は大好物なんです! それにしてもこのお酒、すっごく美味しいですねぇ~! 生前、酒場で飲んでいた安い発泡酒とは大違いです~! あっ、おかわり貰っても良いですか?」


「あ、あぁ、別に構わないが・・・・生前?」


「ごくっごくっ、ごくっ・・・・・くぅ~~、たまらねぇなぁこりゃぁ! 酒飲んで大暴れしてから長いこと禁酒していたが、やっぱり上等な酒は格別だなーっ! ・・・・しかし、酒飲むと、酒瓶片手にスロット打っていたあの頃を思い出しちまうな。よく、幼いリトリシアが飲み潰れた俺を迎えに来てたっけな~、がははははは!!」


「・・・・・リトリシア? 何故、剣聖の名がここで出てくる?」


「あっ、い、いえ、何でもありません。あははは・・・・」


「アレス、お前・・・・・見た目よりも中々豪快な男なのだな? もしや、酒だけでなく、煙草も嗜むのか?」


 そう言うと、ヴィンセントはシャツの胸ポケットから二本の葉巻煙草を取り出し、その内の一本を手渡してきた。


 俺はそれを、会釈して受け取る。


「煙草も吸っていた時期はありました。ですが、リト・・・・身内が嫌がったので、長いこと完全に止めていました。・・・・これは、市販で販売されているものではなく、手巻きですか。見た感じ、どうやら上質な葉っぱを使われているご様子で。燃焼材も入っていませんね」


「フッ、分かるか?」


「はい。私も一時期煙草にハマっていた時代がありましたので。ヴィンセント様はお酒と煙草がお好きなのですか?」


「どちらもほどほどに、な。酒も煙草も傾倒しすぎると身を滅ぼすものだからな。だから、嗜好品はほどほどでちょうど良い」


 そう言うと、彼はマッチ棒を取り出し、火を点け、煙草の先端に点火する。


 そして、スッと、無言で火の点いたマッチを手渡してきた。


 俺は盃を床に置き、マッチを受け取り、煙草に着火する。


 そして、煙草を口にし、はぁーと息を吐き出し、煙をくゆらせた。


「今宵は良い月だ」


「そうですね」


「その煙草には燃焼材が入っていないから、すぐに消えるぞ。逐一マッチを使って火を点けねばならんのが手巻きの面倒な点だ」


「構いませんよ。その面倒さも、私には好ましいものです」


 二人で床に胡坐を掻き、大きな窓の外に浮かぶ満月を眺める。


 正直、ヴィンセントに男だと嘘を付いているのは申し訳ないが・・・・本来の性別である男として、こいつと酒を飲めるのは悪い気分がしなかった。


 オリヴィアは女性としての親友だが、この男はもしかしたらこれから先、男性としての俺の親友になる奴なのかもしれないな。


 久々に、それこそ生前以来に、気持ちの良い酒を飲むことができていた。


「・・・・さて、この俺に何か相談事があったのではないのかね、アレスよ」


 灰皿に煙草の灰をトントンと捨てると、ヴィンセントは月を見上げながらそう声を掛けてくる。

 

 俺は火の消えた煙草を灰皿に置くと、口を開いた。


「はい。ですが・・・・まず、相談の前にご報告しなければならない話がございます」


「何だ?」


「私の兄――――ギルフォードが生きていました」


 そう口にすると、ものすごい勢いでヴィンセントがこちらに顔を向けてくる。


 その顔は、驚愕と困惑、そして悲しみといった、複雑な感情が織り交ざった形容し難い表情をしていた。








「そう、か。奴は・・・・バルトシュタイン家に復讐をしようとしているのか・・・・」


 ヴィンセントは悲痛そうに眉を八の字にすると、空に浮かぶ月を見上げたままギリッと歯を食いしばる。


 俺はそんな彼の横顔を見つめながら、静かに開口した。


「はい。今の兄は、バルトシュタイン家と王家への復讐に囚われてしまっています。加えて、『死に化粧の根(マンドラゴラ)』を服用し、精神が不安定になっていました。会話したところ、正常な判断ができていないと思われます」


「・・・・・そこまであいつを追い詰めてしまったのは、間違いなく当家の責任だ。いや、友として奴を救えなかった、俺自身の責任でもあるな・・・・」


「ヴィンセント様」


「ん? 何だ?」


「まさか、バルトシュタイン家の罪を、自分が死んで贖おう・・・・だとか考えてはいませんよね?」


「む・・・・」


 俺は立ち上がり、ヴィンセントの前に立つ。そして、彼を見下ろしながら、語気を強めて言葉を発した。


「以前、私に対して言ったように、命を持って罪を償う・・・・彼に殺されて、オフィアーヌ家が惨殺された事件の罪を償う、だなんて、そんなことを考えていませんよね? ヴィンセント様」


「アレス・・・・フッ、どうやら貴様には何でもお見通しのようだな」


「・・・・そんな行為は、絶対に許しませんよ。前にも言いましたが、親の罪は子供には関係ありません。いつまでもそんな自己犠牲精神のお花畑な脳みそでいるつもりなら・・・・俺がお前をぶん殴ってでも止めてやる。あの男は、ギルフォードは、お前だけでなくオリヴィアも殺すつもりでいるんだぞ? テメェがいなくなったら妹はどうなる? 聖王国の立て直しはどうなる? まさか、俺に全てをブン投げておさらばしようとはしていねぇよな? 兄弟」


 胸倉を掴み、俺はヴィンセントを無理矢理立たせる。


 そんな俺の突然の暴挙に、ヴィンセントは目を大きく見開いて驚いた。


「アレス・・・・?」


「俺は、ギルフォードを・・・・兄であるあいつのことを全く知らない。だから、奴に何かを言ったところで、それは空虚な言葉にしかならないだろう。だが・・・・お前は違う。親友であったお前ならば、ギルフォードのことを理解してやれる。奴を、止めることができる」


「・・・・・」


「兄、ギルフォードは「破壊」によってこの国を変えようとしている。だったらお前は「再生」でこの国を変えてみせろ。どっちみち、奴も次期聖王を決める巡礼の儀には出ようとしているみたいだからな。良い機会だろ」


「・・・・ギルフォードは、巡礼の儀に出るつもりなのか?」


「あぁ。巡礼の儀が始まる前に、どうやら俺を国外に追放したいようだぜ、あのクソ兄貴は」


「・・・・・奴はどの王子の騎士となった? いったい、どの王子を推挙しようとしている?」


「多分、エステル・・・・第三王女、エステリアル・ヴィタレス・フォーメル・グレクシアだ。ギルフォードが身分を隠し、彼女の従者となって行動を共にしていたのを以前、一度だけ見たことがある」


「白銀の乙女、か・・・・。なるほど、これは厄介な陣営に付いたものだな」


 そう言ってヴィンセントは大きくため息を吐くと、立ち上がり、部屋の中央にあるソファーへと疲れたようにドカッと座る。


 俺はそんな彼に、首を傾げながら疑問の声を投げた。


「厄介とは、どういう意味なんだ?」


「白銀の乙女は、絶世の美女だの何だのと何も知らない民衆の間では持て囃されているが、その実、裏では『血の粛清』・・・・暗殺を行い、自分に反する者を幾人も殺してきている謀略の鬼だ。その苛烈な手腕から、多くの貴族に恐れられている人物でもある。現時点では、第一王子ディートリッヒが最も次期聖王に有力な候補だと言われているが、俺個人で言えば白銀の乙女の方が何倍も有力な候補だな」


「エステルが・・・・謀略の鬼・・・・? 嘘だろ・・・・?」


「何だ、白銀の乙女を知っているのか?」


「い、いや、少し顔見知り程度なだけだ。会話した感じだと、普通の女の子に見えたが・・・・」


「あの王女は切れ者だ。そして、得体の知れない不気味な・・・・底が見えない暗い瞳をしている。一度王宮で会ったことがあるが、初めてあの目を見た瞬間に、俺は自然と恐怖を覚えたぞ」


 エステルの顔を思い出してみるが・・・・頭に思い浮かぶのは、俺とロザレナの前でニコニコと子供のように無邪気な微笑みを浮かべる彼女の姿だけだった。


 彼女の瞳を見ても、特に、俺は何の感情も浮かばなかった。


 だが・・・・ヴィンセントがそう言うのであれば、恐らく、エステルには俺の知らない一面がある、ということなのだろうな・・・・。


「・・・・やれやれ。ギルフォードと共に白銀の乙女を相手取らんといけないとは、な。まったく、これほど難易度の高い壁は他に無いだろう」


「とはいっても、やるしかないんだろ? まさか、諦めるだなんて言わないよな?」


「無論だ。我が野望はこれしきのことで潰えたりはしない。俺が必ず、ギルフォードを止めて見せよう。・・・・でなければ、どうやら貴様に殴られてしまうようだからな。クククッ、そうなのだろう、我が兄弟(・・)よ」


 俺を見つめ、そう言うと、ヴィンセントは拳を宙に掲げた。


 俺はそんな彼に頷き、近付くと、その拳にコツンと自身の拳をぶつける。


「まぁ、やってやろうぜ。ギルフォードの件に関しては、身内として俺も責任があるからな。手を貸すよ」


「助かる。貴様がいれば百人力だ。・・・・して、アレスよ」


「何だ?」


「先ほど言った通り、相談事というのは、この件では無いのであろう?」


「ん? あぁ、そうだったそうだった。あるストーカー野郎を倒すために、ひとつ、俺の作戦を聞いてはくれないか?」


「ストーカー野郎? 作戦?」


「あぁ」


 俺はポケットにしまい込んでいた銅貨を取り出すと、それを親指で跳ねて、空中へと飛ばし、再びキャッチした。


 こちらのその行動に、ヴィンセントは首を傾げ、疑問の表情を浮かべるのであった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「本当に今宵はお世話になりました、ヴィンセント様。しかも、お土産にお酒だけではなく、このようなアイテムまで貰ってしまって・・・・あの、これ、二枚も貰ってしまって、大丈夫だったでしょうか?」


「構わん。何らかのアクシデントがあった時のために、予備があった方が良いだろう。持っていけ」


「本当にありがとうございます。ヴィンセント様」


 そう言って俺は丸められた羊皮紙二枚を手に持ち、頭を下げる。


 そんな俺に対して、ヴィンセントは腕を組み、鷹揚に首を横に振った。


「フッ、遠慮などするな。それに・・・・もともと、屋敷の宝物庫にこのアイテムが無いかどうかを俺に聞きたかったのが、一番の目的だったのであろう? お前のその作戦には、そのアイテムは必須だろうからな」


「はい。ですが、まぁ、無かったら無かったで、別の方法を考えてはいましたが」


「直接的にリーゼロッテを殺す、か。まぁ、それをすれば間違いなく、父上・・・・ゴーヴェンは真っ先にお前を疑うだろうな」


「はい。なので、このアイテム―――『強制契約の魔法紙コンパルジョン・スクロール』をいただけたのは、嬉しい限りです。これがあればスムーズに・・・・あの女教師を無力化することができますから」


「聖騎士団元副団長、『蛇影剣』リーゼロッテ・クラッシュベルと一騎打ちで戦う、か。貴様が常人の剣士であれば、やめておけと、そう止めるところなのだろうが・・・・無論、貴様の実力であれば、止める必要などないのだろう?」


「勿論です。敗ける気など一切ありません」


 そう言って頭を下げた後、転移(テレポート)魔道具(マジックアイテム)を使用しようと、俺は空中へと指輪を掲げる。


 そんな俺に対して、ヴィンセントは静かに口を開いた。


「・・・・・ギルフォードのことは・・・・オリヴィアには聞かせないでおいてくれないか?」


「分かっています。彼女に、今の兄の状況を教えては・・・・気を病んでしまうのは間違いないでしょうからね」


「あぁ、すまないな。それに・・・・お前はオリヴィアの現在の婚約者だというのに、以前の婚約者であるギルフォードが現れては、複雑な心情だろう? その点についてもすまない」


「え? あっ、そ、そうですね、はい。で、でも、まぁ、そんなに複雑な心境でもないですよ? 大丈夫です」


 いかんいかん、オリヴィアの婚約者であるこの立ち位置を、すっかり忘れてしまっていた。


 酒を飲んだせいか、さっきは思わず素の自分を出して喋ってしまっていたし。


 まったく、気を引き締めなければ。


 俺は佇まいを正してコホンと咳払いをする。


 そして再び指輪を、宙へと掲げた。


「では、ヴィンセント様。失礼いたします」


「あぁ。オリヴィアによろしく言っておいてくれ」


 その言葉に頷いた後、俺は魔道具(マジックアイテム)を使い、バルトシュタイン家を後にした。

第86話を読んでくださってありがとうございました!


いつも、いいね、ブクマ、評価、感想ありがとうございます!!

とても励みになっております!!


次回は近いうちに投稿する予定ですので、また続きも読んでくださると嬉しいです!


三日月猫でした! では、また!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 男装での身バレ防止&酒で気が緩んだのか色々ダダ漏れしてるww [気になる点] この先も箒の出番は少なそう。何なら魔法杖にNTRされてるまである? 持ち歩けないからお屋敷外では活躍させにくい…
[一言] 本来の実力とか出生とか裏の正体はバレてるが、表側はまだバレてないのか
[良い点] 相変わらずヴィンセントは顔以外好青年でいい奴だ、親父が反面教師として完璧だからかな [気になる点] タイミングを見て性別の事を打ち明けるべきなんだろうけど、女だとバレたら絶対求婚されるよ…
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