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第83話 元剣聖のメイドのおっさん、魔法の研鑽に励む。


 朝のミーティングの時間。


 ルグニャータは以前約束していたクラスの腕章を、ダンボールに入れて持ってきていた。


 彼女はせっせとクラス全員にその腕章を配り終えると、教壇の上でふぅと大きくため息を吐く。


 そんな彼女をジト目で見つめた後、ロザレナは手に持っていた腕章を興味深そうに眺め、静かに口を開いた。


「―――へぇ。これが黒狼(フェンリル)クラスの腕章かぁ。あたしたちのクラスのものには、黒い狼の絵が描かれているのね」


「や、約束通り、腕章はみんなに配り終えたよ! 先生、ちゃんと仕事したからね!」


 そう口にし、教壇の上でえっへんと胸を張るルグニャータ。


 そんな彼女に呆れた顔を向けつつ、ロザレナは腕章を肩に付けると、席を立つ。


 そして教室全体に身体を向けて、大きく声を響かせた。


「腕章も貰ったところで・・・・みんな! 学級対抗戦に向けての訓練に行くわよ! さっそく今から修練棟に行きましょう!」


 その言葉に頷いた黒狼(フェンリル)クラスの面々は、それぞれの部隊の生徒同士で集まり、移動を開始し始めた。


 ロザレナも俺と軽く別れの挨拶を交わすと、すぐさまに自分が所属する剣兵部隊へと合流していく。


 そんなロザレナの背中を見送っていると、トントンと、隣から肩を叩かれた。


 何事かと視線を向けると、そこには、微笑みを浮かべるヒルデガルトとミフォーリアの主従二人があった。


「アネットっちー、一緒に修練棟に行こー!」


「行きましょう、アネット殿!」


「そうですね。では、他の魔法兵部隊の方にも声を掛けましょうか?」


「うん! ええと、あいつらは・・・・あっ、居た! おーい、魔法兵部隊の男子コンビー、それとベアトリっちゃんー!」


 ヒルデガルトの大きなその声に反応し、シュタイナーとルークは雑談を止め、こちらに近付いてくる。


 遅れて、部隊長であるベアトリックスも不機嫌そうに腕を組みながら、こちらへとやってきた。


 そんな彼らの姿を確認したヒルデガルトは、席を立つと、勢いよく拳を天へと掲げる。


「よぉうし! 全員揃ったことだし、黒狼(フェンリル)クラス、魔法兵部隊出動だー! 行くぞー!」


 元気いっぱいのギャル子ちゃんこと、ヒルデガルトの号令によって、俺たち魔法兵部隊は朝の活動を開始し始める。


 さて、今日こそは魔法を発現させたいところだが・・・・・果たしてどうなることかな。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「おぉ~! 雷が出たよ! 雷が! やったー☆ ヒルダちゃん大勝利っ!」


「ヒルダお嬢様、見てください! (それがし)は毒属性魔法が出たでありますですよ! ・・・・うーん、何だか、ねばねばした液体が掌の上で浮遊していて気持ち悪いであります・・・・何だかあんまりかっこよくないであります・・・・」


「フハハハハハッ! どうやら我は風属性魔法が発現したようだぞ! 見よ! この掌の上に浮かぶ風の力を!」


「あ、あははは・・・・風魔法は透明ですから、端から見ると存在を感知することは難しいですね。あっ、僕は火属性魔法が発現できましたよ」


 俺を除いた魔法兵部隊の四人は、ついに魔法の発現に成功したようで、掌の上に浮かぶ魔法の残滓にそれぞれ喜びの声を上げていた。


 残された最後の一人である俺はというと・・・・・魔法の発現に成功した皆の姿を横目に、自分の空っぽの掌を見つめて苦笑を浮かべるしかなかった。


 この魔法の修行を始めてからおおよそ二週間くらいが経っただろうか。


 メイドの仕事の合間を見てちょくちょく魔法の修練には励んでいたんだが・・・・正直言うと、あれから何の成長も見られていない。


 こんなにはっきりと魔法の才が無い現実を見せられると、流石にメンタルにくるものがあるな。


 クソ、いったい何がダメなんだろうか。


 この身体に魔法が使える素養があるのは分かってるんだ。


 だったら、足を引っ張っているのはやはりアーノイックの精神部分なのだろうか?


 ・・・・うーむ・・・・とはいっても、前世の記憶も俺の一部なんだし・・・・いったいどうしろってんだよ・・・・。



「・・・・コホン。よろしいですか、アネットさん?」



 頭を悩ませていると、いつの間にかベアトリックスが目の前に立っていた。


 彼女は大きな咳払いをすると、ジロリと俺の顔を睨みつけ、不機嫌そうな様子で口を開く。


「アネットさん。御覧の通り、魔法兵部隊で魔法の発現が未だにできていないのは貴方だけです」


「ベアトリックス先生・・・・」


「まさか貴方が、ここまで魔力をコントロールすることが苦手だとは・・・・。正直、予想以上の結果に私も驚いています。数週間も教えてきて、初歩の初歩である、『魔力感知』、『発現』すらできないとは、はっきり言ってお手上げです。手の施しようもありません」


 そう言って両手を上げると、ベアトリックスはやれやれと首を横に振る。


 そして腕を組むと、彼女は再度、口を開いた。


「諦めて、他の部隊に入り直した方が良いのではないでしょうか? 衛生兵部隊か指揮系統部隊なら、まだ雑用として活躍できる余地があると思いますが」


 顎を上げ、フンと鼻を鳴らすと、ベアトリックスは高圧的な態度を見せてくる。


 その突き放すような冷たい一言に、ヒルデガルトはむっとした表情を浮かべると、肩を怒らせながらこちらへと近付いて来た。


「ちょっとベアトリっちゃん! そんな言い方ないでしょ! アネットっちは仲間なんだよ!」


「仲間? くだらない言葉ですね。魔法の使えないアネットさんをこの部隊に置いておいても、彼女はお荷物になるだけですよ? クラスのことを考えるならば、他の部隊へ誘導するのは妥当な判断だと思いますが? ・・・あぁ、その何も入ってい無さそうな頭では考え付きませんでしたか。配慮が欠けていました。申し訳ございません」


「む、む、むっかぁぁぁー!! 前々から思ってたけど、ベアトリっちゃんって性格悪いよね!! 何でそんなあーしたちに攻撃的なわけ!? 帝国の人だから、王国の人間は全員悪人に見えちゃっているとか、そういうこと!?」


「まぁ、そうですね。両国の歴史を鑑みれば、過去の戦争で帝国領土を蹂躙した貴方がた王国の人間を、あまり好きになれないのは事実です。・・・・ですが、それとは関係なく、私は単に怠け者が嫌いなだけなんです。前にも言いましたが、帝国では魔法の研鑽を怠る貴族の嫡子は家から追い出されるのが当然の世界なんですよ。それなのに、あなた方は剣も魔法もろくに努力せずに、貴族という位で胡坐をかいて苦悩もなくのうのうと生きている。私はそれが許せないんです」


「はぁ? 何それ!! 意味分からない!! そんな他国のことで、あーしたちにあたらな――――」


 途中で言葉を止めると、ヒルデガルトは「ははーん」と目を細め笑みを浮かべる。


「あぁ・・・・そっか、そういうことね。なるほど」


「? 何ですか? 急に勝ち誇ったような笑みを浮かべて。不愉快なので、やめてほしいのですが」


「・・・・ベアトリっちゃんは羨ましいんだね、あーしたち王国の人間が」


「ッ!?」


 ヒルデガルトのその言葉に、ベアトリックスは眉間に皺を寄せると、下唇を強く噛む。


 その姿にフフンと鼻を鳴らすと、ヒルデガルトは不敵な笑みを浮かべた。


「あーしたち王国の人間が自由に暮らしているのが、羨ましいんでしょ? だからベアトリっちゃんは嫉妬して、アネットっちやあーしに酷いこと言うんだ? そうなんでしょ?」


「ち、違う!! 私は、貴方たちみたいな脳みそお花畑な連中なんかを、羨んでなんか・・・・!!!!」


「どう見ても図星でしょ? まったく、あーしたちのこと馬鹿にして、見下しながら、内心羨ましがってるとか・・・・ちょーダサいんだけど! というかベアトリっちゃん、王国に居るってことは帝国の家から追放されてこっちに来たってことなんじゃないの? そんなに魔法の腕を磨きたいなら、普通、聖騎士養成学校じゃなくて帝国にある魔法学校に通うはずでしょ!?」


「・・・・・・・」


「やっぱりそうなんでしょ? まったく、そんな自分勝手な考えをあーしたちに押し付けないでよ! 八つ当たりなんて、本当にいい迷惑――――」


「ヒルデガルトさん!!!!!」


「あ・・・・・」


 俺は俯くベアトリックスの前に立ち、ヒルデガルトの口撃を止める。


 反撃する余地もなくへこんでしまったベアトリックスのその様子を確認すると、ヒルデガルトは申し訳なさそうに眉を八の字にさせた。


「・・・・ごめ、流石に言いすぎた。その、さっきの言葉は撤回する」


「・・・・・・・・・・いいえ。別に撤回しないでもらって結構です。私が帝国の家を追放されたのは、事実なのですから」


「え?」


 そう一言呟いて悔しそうに歯を噛むと、ベアトリックスは背中を見せ、修練棟を後にして行った。


 俺はそんな彼女の背中をジッと見つめ、小さく息を吐く。


 できれば、リーゼロッテに監視されている現状においては、学級対抗戦までは目立ったトラブルは避けたかったんだけどな。


 まさかガキどもの喧嘩に巻き込まれることになるとは、思いもしなかったぜ。


「ア、アネットっち・・・・あーし、ベアトリっちゃん追いかけて謝ってきた方が良いかな?」


 不安そうにそう声を掛けてくるヒルデガルト。


 俺はそんな彼女に対して、やめておいたほうが良いと、左右に首を振る。


「いいえ。今、ヒルデガルトさんに追いかけられても、ベアトリックスさんは嫌がるだけでしょう。現状は放っておくのが一番得策だと思います」


「そ、そうなのかな?」


「ええ。彼女は王国の人を毛嫌いしています。その時点で・・・・私たちがベアトリックスさんに何かしても、火に油を注ぐようなものでしょう。今、彼女に対してできることは、こちらの誠意と努力を見せることくらいしか無いと思われます」


「・・・・何だか、難しいね。他国の人と関わるのって」


「そうですね。同じ人族(ヒューム)だとしても、国によって人の生き方というのは変わってくるものですから。異文化を理解するというのは、とても難しいことだと思います」


 そう言って落ち込むヒルデガルトの肩を叩いた後、俺は暗い表情の魔法兵部隊のみんなに、大きく声を張り上げた。


「さぁ、暗くなっている暇はありませんよ! 魔法の修行を続行致しましょう! 皆さんはまだ魔法を『感知』『発現』しかできていないのですから、喜んでなんていられません! 次は詠唱を覚えて、本格的に魔法を発動させる段階に入るんです! ですから・・・・成長した姿を見せて、帰ってきたベアトリックスさんに認めてもらいましょうね!」


「・・・・うん、そうだね。その通りだ! 頑張って、ベアトリっちゃんに認めてもらおう! ・・・・って、ちょい待ち! アネットっちはまだ魔法の発現もできていないんだから、あーしたちよりももっと頑張んなきゃダメじゃん! 何、外野の人みたいな発言してんの!!」


「うぐっ、はい・・・・その通りです・・・・・ガンバリマス」


 そう言葉を返した後。


 俺は腕を伸ばし――手のひらをまっすぐと宙に掲げ、魔法の発現をするべく、うぅ~と唸り声を上げながら修行を続行していった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 昼休憩、校舎裏の貯水池前。


 ベンチに座り、分厚い本を読むシュゼットの元に、黒狼(フェンリル)の腕章を付けたひとりの女生徒が近付いて行った。


 彼女はシュゼットの前に立つと、眉間に皺を寄せ、不安そうな面持ちで口を開く。


「・・・・シュゼットさん。あの約束、忘れていないよね?」


 その言葉に顔を上げ、前方へと視線を向けると、シュゼットはニコリと柔和な笑みを浮かべた。


「これはこれは、黒狼(フェンリル)クラスのアリスさん。フフッ、不安になって、私の元にやってきたのですか?」


「当たり前よ。私はあの約束のために、黒狼(フェンリル)クラスの生徒の能力検査表を貴方にリークしてあげたのですから。このままでは私は単なる裏切り者よ。あの話が有耶無耶にされたのではないかと、不安に思うのも当然ではなくて?」


「そうですね。仰る通りだと思います。ですが、ご安心してください。毒蛇王(バシリスク)クラスの級長として、約束を反故にする気など毛頭ありませんので。何なら念書でもお作り致しましょうか?」


「・・・・別にそんなもの、いらないわ。あってもなくても貴方が了承しなければ、結果は変わらないでしょう?」


「流石はリテュエル家のご息女であるアリスさん。その通りです。あってもなくても変わらない・・・・ならば、今は私を信じてください、としか言えませんね。ですが、これも友好関係を築く最初の一歩なのではないでしょうか? 何と言っても貴方は、来月から私たち毒蛇王(バシリスク)クラスの仲間になるのですから」


「・・・・・・本当に、毒蛇王(バシリスク)クラスに・・・・私が行くことはできるのよね?」


「ええ。この学校のシステム・・・・・騎士たちの夜典(ナイト・オブ・ナイツ)を使えば、可能です。過去に行われた級長同士の決闘の賭けで、勝者が、敗者のクラスから希望する生徒を自身のクラスに引き入れることに成功したのは、上級生に聞いて把握しておりますので。ですからご安心ください、アリスさん。学級対抗戦が終わったら、私がロザレナさんに直接決闘を申し込んで、貴方を我がクラスに引き抜いてみせますから」


「・・・・・・フン。だったら良いわ。じゃあ、約束通り頼んだわよ、シュゼットさん」


「はい。学級対抗戦までの間、ご協力、お願い致しますね」


 シュゼットがそう答えると、アリスは頷き、その場を後にして行った。


 小さくなっていくその背中に、シュゼットは不気味に口角を吊り上げる。


「フフッ、フフフフフッ。まったく、猿山のボス猿さんは予想通りの行動をしてくれるので見ていて飽きませんね。貴族に産まれただけで、自分が選ばれた者だとでも思っている。とても愉快ですね、ああいう身の程知らずなお馬鹿さんは」


 愉し気に笑い声を溢しているシュゼットに対して、ベンチの横に立っていたエリーシュアは静かに開口する。


「・・・・シュゼットお嬢様。あの者との取引は、本気、なのでしょうか?」


「まさか。簡単にクラスを裏切る人間を受け入れるメリットなんてないですから。利用価値が無くなったら即座に捨てますよ」


 そう言って口元に扇子を付けた後、シュゼットは目を細め、唇の端を舐める。


「ですが・・・・黒狼(フェンリル)クラスには、他に欲しい人がいるのは事実です。フフッ、アネットさん。貴方をロザレナさんの元から引き離して私のメイドにしたら・・・・いったい貴方はどんな表情をなさるのですかねぇ。あぁ、想像しただけで笑みが溢れてしまいます」


「シュゼット様。前から思っていたのですが、何故、あのアネットとかいうメイドにそこまで執着なされるのですか? リーゼロッテ教諭が注目しているから、という理由だけですか?」


「いいえ。前にも言いましたが、彼女からは私と似た匂いを感じるんです。ですから・・・・いや、違いますね、訂正します。アネットさんは、どうか私と同じ(・・)であって欲しいと、私はそう願っているんです。フフフッ、フフフフフッ。もしかしたら私と同等の力を、アネットさんは隠し持っているのかもしれない。そう思うと、胸が高鳴って仕方ありません。股間もビショビショで―――」


「私には、あのメイドの女がそんな力を持っているとは到底思えませんが・・・・」


「別に、期待が外れても良いんですよ。学級対抗戦などただの余興。どうせこの学校生活に特に意味など無いのですから。私が待ち望むのは、数年後に起こる、次期聖王を決める巡礼の儀です。そこで行われる、四大騎士公の末裔同士の殺し合いが・・・・今から楽しみで仕方ありません。剣神であるヴィンセント・フォン・バルトシュタインや、その他の強者たちと戦える日を、恋焦がれるように待ち望んでいます」


「・・・・・・・」


「そんな顔をしないでください、エリーシュア。巡礼の儀に関わらないようにするために、お爺様が私をこの学校に放り込んだことは十分に理解していますから。ですが・・・・私は必ず巡礼の儀へ参加しますよ。強者との命の削り合いこそが、私が望む全てですから」


 そう口にすると、シュゼットは本を閉じ、ベンチから立ち上がる。


 そして―――彼女はエリーシュアを引き連れて、その場を後にするのであった。

投稿遅れてしまって、本当にすいません〜!!!!

次回は、近いうちに投稿する予定です!!

引き続きこの作品を読んでくださると、とても嬉しいです!!


三日月猫でした! では、また!

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