第78話 元剣聖のメイドのおっさん、黄金のドリルを振り回す。
「おや、アネットちゃん! 今日も夕飯の買い物かい?」
学校の帰り道。
夕飯の材料を漁りに商店街通りを歩いていると、俺は馴染みの店の店主にそう声を掛けられた。
彼は店の奥から外へと出ると、ニコニコと笑みを浮かべ、腕を組む。
このスキンヘッドの男の名前は、ベルセル・ハーネット。
ここ、王都の商店街区で八百屋を営んでいる店主だ。
満月亭の夕飯当番を俺が担当してからと言うもの、頻繁に商店街を利用する機会が多くなって、その結果、彼とは世間話をする程度には仲が良くなった。
このハゲ頭は気前が良く、お店を利用する度によく値段をオマケしてくれる優しい奴でもある。
だから度々利用・・・・ゴホン、いや、この店に立ち寄らせてもらっているってワケだ。
俺は野菜が並ぶ店の前で立ち止り、ニコリと、店主へと微笑みを返した。
「こんばんわ、ベルセルさん。今日も良いお野菜は入っていますでしょうか?」
「おう、今日はフランシア領から大量に野菜を仕入れたんだ! これなんか、オススメだぜ!」
「ふむふむ・・・・見た感じ、葉物系のお野菜が多いみたいですね。あっ、このフランシアリーフ、安いかも・・・・」
「ガッハッハッ! そろそろアネットちゃんが来ると思ってな! 今日の野菜は全品セールにしといたんだ! ・・・・君の喜ぶ顔が・・・・見たくてな。なーんちゃって! ガッハッハッ!!」
そう豪快に笑う彼の背後から、ぬっと、呆れた顔の女性が現れる。
彼女は赤ん坊を抱きながら「はぁ」と大きくため息を吐くと、ジロリとベルセルを睨みつけた。
「まったく、子供も産まれたっていうのに、あんたは・・・・いくらアネットちゃんが天使のように可愛いからって、デレデレしてんじゃないよ!」
「あ、あいたたたた!! 耳、耳を引っ張るんじゃない!!」
奥さんに耳の先を思いっきり引っ張られたベルセルは、苦悶の表情を浮かべる。
そんな彼から手を離すと、彼の妻---ケイリは、俺に視線を向け、ニコリと優しく微笑んだ。
「いらっしゃい、アネットちゃん。今日も夕食の材料を買いに来たのかい?」
「はい、そうなんです。今日は学校から帰るのが遅れてしまったので、帰ったら急いで作らないといけないんですよ」
「そっか。相変わらず働き者なんだねぇ」
「これでも一応、メイドですので。えっへん」
腰に手を当て胸を張ると、ケイリは愛おしそうに目を細めた。
「まったく、あんたを見ていると何だか元気が出てくるよ。本当に可愛い子だね」
「そうだろ、ケイリ! アネットちゃんは俺たち商店街の男たちにとってはアイドルだからな! 一目見ただけで一日の疲れを癒してくれる女神様だぞ! ほら、向かいの肉屋の奴が悔しそうにこっちを見てら!」
そう言ってベルセルが指を指す方向に視線を向けると、悔しそうな顔をした肉屋の主人の姿があった。
俺は引き攣った笑みを浮かべ、彼へと手を振っておく。
「まったく、あんたって奴は・・・・」
やれやれと首を振った後、ケイリは俺へと視線を向けると、続けて口を開いた。
「あんなのほっといて、野菜選びなよ、アネットちゃん。あっ、今日、入荷したばっかの葉物野菜オススメだよ! 美味しいから買って行きな!」
「そうですね。奥様の仰る通りにしたいところ・・・・なのですが、ちょっと、葉物野菜には悩ましい問題がありまして」
「ん? アネットちゃん、葉物系の野菜嫌いなのかい?」
「いえ、私ではなくてですね。その、私のご主人様が、ですね・・・・」
「あぁ、アネットちゃんがよくお話してくれるロザレナお嬢様のことだね」
「はい。私のお嬢様は葉物野菜は絶対に口にしない御方なんですよ。根菜は食べるんですけどね。まったく・・・・本当に困ったものです」
「アネットちゃんも苦労してるんだね~。それじゃあ、今日は他の野菜を買う?」
「・・・・いえ。お嬢様の付き人を任された身としては、彼女を立派な貴族の淑女にするためにも、今日は心を鬼にすることに致します。このフランシアリーフを三束、あと玉ねぎを三個と、それとそこのジャガイモを五個ください」
「まいど! フフッ、アネットちゃんは将来、きっと良いお嫁さんになるだろうね。ご主人様を甘やかさないその姿勢から鑑みるに、旦那の財布の紐をちゃんと握れる強い奥さんになると見た。私が保証するよ」
「はははは・・・・良い、お嫁さん・・・・ですか」
苦笑いを浮かべながら、俺はケイリに銅貨を渡して、代わりに紙袋に包まれた野菜を受け取る。
そしてその後、「アネットちゃん、またね~!」と大きく手を振るベルセルとケイリ夫妻へと手を振り返し、俺は八百屋を後にした。
今日の献立『カルパッチョ』を考えるに、あとは魚と調味料を買わないといけないから・・・・もう何軒かはお店を回らないといけないかな。
俺は、帰路に着く人々が密集している雑踏の中、目的の店へと向かってしっかりとした足取りで歩いて行く。
満月亭の食費は寮を運営する経費・・・・つまりは学校側から支払われている。
けれど、当たり前だが人件費だけは経費には無く、俺という料理人には一切金は与えられていない。
結論を言うと、俺は寮での夕飯をただ働きで作っていることになる。
いや、お嬢様のお世話としてレティキュラータス家からはお給金を貰ってはいるから、まぁ完全なただ働きというわけでは無いんだけどね、うん・・・・。
ただ、この帰宅ラッシュの中、食材を買いに行くのは15歳の少女の身だと中々酷なものだなと、そう思うオッサンなのでした。
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「こんなものですかね」
傘を腕に掛け、右手に大きな紙袋を抱えながら雑踏の中を歩いて行く。
買い物に結構時間が掛かったせいか、周囲はすっかり暗くなりはじめていた。
食材を販売する商店のシャッターは閉まり、代わりに居酒屋が店開きを始め、客引きが姿を見せ始める。
この商店街通りは日中は食材を販売する店が多く建ち並んでいるが、夜になると一変、大人の街へと様変わりする。
ここら一帯は夜になると、仕事終わりの冒険者たちや旅商人などの旅人が酒を飲みに足を運び、飲んだくれの荒くれものが多くなるのだ。
あまり、治安が良い場所とは言えないだろう。
夜の商店街区は冒険者のテリトリーなため、無駄な諍いを避けるために、聖騎士でさえもここにはあまり姿を現さない。
そのため、夜間は暴動などが起こっても、騎士団が取り締まれないこともしばしばあるようだ。
「・・・・・しくったな。ちょい買い物に時間掛かっちまったぜ。生前の俺だったらこの辺で酒を飲み歩くなんざ日常茶飯事なことだったが、今の俺はっていうと・・・・・」
「おっ、君可愛いねぇ~! お嬢ちゃん、一緒に酒飲まないかぁ~?」
「大きな荷物持ってどこ行くの? 俺、手伝ってあげようか?」
「・・・・と、まぁ、こうなるのも必然だよな」
俺の左右を同じ歩幅で歩いてついてくる、いかにもな酔っ払いと、いかにもなナンパ野郎。
俺はそいつらに対して完全無視を決め込み、歩みの速度を上げて無理やり彼らを振り切って行った。
綺麗な女の子に声掛けられるなら満更でもないが・・・・男に興味はねぇ! お断りだ!
・・・・・いや、生前の時に一度、綺麗な客引きの女の子に引っかかって、ぼったくりの飲み屋で財布をすっからかんにした記憶があるから、美少女に声掛けられるのもダメだな、うむ。
畜生、嫌な記憶を思い出しちまったぜ・・・・って、ん?
そんな折、ふいに懐かしい路地裏の前を通りかかり、俺は歩みを止める。
「・・・・・ここは・・・・・」
その路地裏は、生前、ロザレナの祖母であるメリディオナリスを悪漢から助けた場所だった。
もう数十年前だというのに、変わらないその薄暗い路地裏の光景に、俺は思わず懐かしさに目を細めてしまう。
「ここで、メリディオナリスを助けたんだったな。まったく、懐かしいぜ。確かにこんな飲み屋街で貴族のお嬢様が歩いていたら、問題事になって当然―――――」
「無礼者! そこの道をお開けなさい!!!!」
「へ?」
路地裏から目を離し、声がする方向---雑踏が行き交う通りの中心部へと視線を向ける。
するとその場所には、見慣れた金髪ドリル髪のお嬢様の姿があった。
彼女は片手に大きなキャリーバッグを引きずりながら、自分を取り囲むようにして歩いている男たちへと鋭い目を向ける。
そして、足を止め、眉間に皺を寄せると、ハンと鼻を鳴らして大きく口を開いた。
「わたくしを誰だと心得ておりますの? 貴方たち、私の歩む道を遮るとはどのような行いか理解していて!?」
「え? ルナティエ? 何でこんな時間にこんなところを歩いていやがるんだ・・・・・?」
俺はその光景に驚いて口を開けた後、思わず呆れたように笑みを溢してしまう。
この通りで貴族のお嬢様を助けた昔の出来事を思い出していたら、まさかまた同じような光景を目にしていまうとはな。
いや、メリディオナリスの時は人攫いっぽかったが、今回のルナティエはただナンパ野郎どもがしつこく付きまとっているだけのようだな。
あの時とは、大きく状況は違うといえるだろう。
「・・・・とは言っても、彼女をこのまま無視するわけにはいかねぇか」
俺は深く息を吐いた後、ルナティエの元へと歩みを進める。
そして取り囲む男達の中に無理やり身体をねじこむと、ルナティエの手首を強く握った。
「ちょっと、離しー----え!? ア、アネットさん!?」
「ルナティエお嬢様、こちらです」
男たちから無理やりルナティエを引き離し、小走りにその場から離れていく。
するとその直後、背後から男たちが追ってくる足音が耳へと入ってきた。
「おいおい、ちょっと待ってよ、メイドのお姉さん~」
「ってか、君も良く見たら可愛い顔してんね? 一緒に飲まない?」
「何なら、チップも弾むよ? 一晩、俺たちと良い思い出作らないか~?」
「このっ----」
怒鳴り声をあげようと、背後へ視線を向けようとしたルナティエの唇に―――俺は静かにと、人差し指を突き付ける。
そして彼女ににこりと微笑むと、一言、言葉を発した。
「ルナティエお嬢様、走りますよ」
「・・・・・え? って、ちょ、待っ・・・・・うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」
勿論全速力ではないが、それなりの力を込めて地面を蹴り上げ、人波を潜り抜け、通りを疾走していく。
その速さについていけず、ルナティエは驚愕の声を上げながら、俺に引っ張られて行った。
「ちょ、ちょちょちょ、ア、アネットさん!?!?!?!?」
「走るの、結構得意なんですよ」
「あ、あああああ足が!!!! わたくしの足が浮いてますわ!?!?!? 今これ!! わたくし!! 貴方に引っ張られるだけの女になってますわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
「あははははは! やっぱりルナティエ様は面白い反応をなされる方ですね!」
「笑いごとじゃありませんわよ!?!? も、もうとっくに先ほどの人たちは振り切っているでしょう!? は、走るのをお止めになってくださいまし!!!!!!」
「そうですね。ですが、この通りを抜けた後にしましょう。ここは女性が歩くには少々、危ない場所ですので」
「うぎぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 目が、目が回りますわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
その夜、王国に不可思議な怪談が誕生したのであった。
商店街を目にもとまらぬ速さで通り抜けて行く金髪ドリルの妖怪、『黄金ドリル』。
後日、その妖怪の噂が子供たちの間では瞬く間に広がっていったというのは、また、別のお話。
「ゼェ、ゼェ・・・・ア、アネットさん、貴方、どれだけ足が速いのですか・・・・」
げっそりとした顔でルナティエはそう言うと、王都の街並みを一望できる高台のベンチにそっと腰かけた。
そんな彼女の前に立ち、俺は口元に手を当て、クスリと微笑みを浮かべる。
「申し訳ございません。少し、興が乗ってしまいました」
アネット・イークウェスは、金髪ドリル髪お嬢様を前にすると、ついついからかってその反応を見たくなってしまう性質があるのだ。
ルナ虐最高! ルナ虐最高!
「・・・・・もう、あんなのはこりごりですわぁ・・・・二度と経験したくはありません・・・お゛えっ」
「そうですか。少し、悪ふざけが過ぎましたね。申し訳ございませんでした」
謝罪の意味を込めて、頭を下げる。
するとルナティエは目を逸らし、頬を染めると、巻き毛をクルクルと指で弄び始めた。
「でも・・・・・そ、その。た、助けてくださって、あ、ありがとうございました。わたくしの手を握ってくださった貴方の姿を見た時、ま、まるで白馬に乗った王子様かと思って、胸が張り裂け----な、なんでもありませんわ!!!! 貴方のような端女、没落貴族に仕えるメイドにしては、良い働きをしたのではなくって? ふ、ふんっ!!!! 特別に栄光あるフランシア家の息女たるわたくし自らが、褒めて差し上げますわ!!!! 光栄に思いなさいっ!!」
わー、すっごく分かりやすいツンデレだぁ。
いかに恋愛経験皆無の童貞48歳の俺だとしても、この反応には流石に鈍感系主人公ムーブはできないなぁ。
この場面で、鈍感系主人公の最強固有スキル『ん? 何か言ったか?』を発動してはまずいな、うむ。
それをやっては大ヒンシュク間違いなしだ。
そう、デレたヒロインに対して、鈍感系主人公は絶対にやってはいけない!
「ちょっと、聞いてますの!? アネットさん!!」
「ん? 何か言ったか?」
「むきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!! これだからレティキュラータス家に連なる者はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
顔を真っ赤にさせて地団太を踏むルナティエ。
少々、からかいすぎてしまったかな。
俺はコホンと咳払いをして、ルナティエへと口を開いた。
「ルナティエ様、どうしてこの時間にあのような場所にいらっしゃったんですか? それも、そんなに大きなスーツケースを持って」
「・・・・つーん」
「お怒りをお沈めください。どうか、私のお話を聞いてくださいませんか? ルナティエ様」
そう言うと、チラリと俺に視線を向け、ルナティエは静かに開口した。
「・・・・・ロザレナさんから何も聞いていなかったんですの?」
「? え、ええ。お嬢様からは何も・・・・」
「・・・・学級対抗戦のために、少しでも訓練に費やす時間を作ろうかと思いまして。ほら、フランシア領は王都からとても離れた場所にありますでしょう? 通学を考えると、自主訓練に時間を費やせないと、そう思いましたの・・・・ですからわたくし、今日から満月亭に入寮することに決めたんですわ」
「へ・・・・?」
「その・・・・こ、これからよろしくお願いしますわね、アネットさん」
その言葉に、俺は目をパチパチと瞬かせてしまった。
第78話を読んでくださってありがとうございました!!
続きはほぼ完成していますので、明日、投稿する予定です!
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三日月猫でした! では、また!