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第77話 元剣聖のメイドのおっさん、ただのメイドの少女を演じきる。



「ただのメイドにしかすぎない貴方を、元聖騎士団副団長殿が狙う・・・・これはいったいどういうことなんでしょうかね? フフッ、フフフフフッ。アネットさん、貴方はいったい何者なんですか?」



 切れ長の目を細め、面白そうに微笑みを浮かべるシュゼット。


 恐らく彼女は今、俺の反応をつぶさに観察していることだろう。


 俺は即座に思考を切り替え、何も分かっていないただのメイドを演じることを決める。


「ええと・・・・申し訳ありませんが、仰っている意味がよく分かりません。リーゼロッテ先生が私を、狙う・・・・? 狙うとは、いったいどういう意味なのでしょうか・・・・?」


「・・・・・・・・・・」


 俺のその答えに、一瞬、不快気に顔を歪ませるシュゼット。


 だが瞬時にいつもの微笑をその顔に浮かべると、彼女は目を伏せ、口を開く。


「先日、朝のミーティングでリーゼロッテ先生は私たち毒蛇王(バシリスク)クラスの生徒にこう仰ったんです。学級対抗戦までの間、黒狼(フェンリル)クラスのアネット・イークウェスに可能な限りに精神的揺さぶりを掛けろ、と、ね。この任務に参加した者には報奨金も出す、とまで言っていました」


「それは・・・・それは本当の話なのですか? 一生徒に対して教師がそのような命令を・・・・・?」


「他クラスの級長の言葉を信じろ、というのも難しい話かもしれませんが・・・・これは事実です。私も正直、驚いてしまいました。ただのメイドであるアネットさんに、どうしてそのようなことをしなければならないのかと、疑問に思わざるを得ませんでしたから。勿論、先生にその問いを投げてはみましたが・・・・まともな返答はありませんでしたよ」


「・・・・・・・・・・」


 今のところ、今朝の『音斬り針』を投擲された一件以来、俺に対して何等かのアクションが起こった形跡は無い。


 彼女のその言葉を信じろというにはまだ情報は少ないが・・・・シュゼットがここで俺にその嘘を付く理由も特に無いだろう。


 リーゼロッテのその命令で多少、俺の存在に疑問を抱いていたと思われるが、現時点で彼女から見えている俺の人物像はただのか弱いメイドの少女でしかない。


 そんな単なる従者相手に、シュゼットが直接的に行動を起こすメリットは何も無いと思える。


 俺は顔を上げ、パスタを口に運んで上品に咀嚼している翠髪のお嬢様と視線を交差させた。


「・・・・・・何か、リーゼロッテ先生が私に対して思い違いをなさっている可能性があると思いますね。私としては彼女より上の立場の人間に・・・・学園長総帥にこの件を持って行って、一教師が他クラスの生徒に敵意を向けるのは不条理ではないかと、直談判したいところです」


「そうですね。それが最善策・・・・と言いたいところですが、生憎、学園長総帥殿は騎士団の任務で今節は学園を留守になさっているそうです。彼に掛け合うのは難しいでしょう」


「そう、ですか・・・・」


 まぁ、元々ゴーヴェンに掛け合う気なんざさらさら無いわけなのだがな。


 あいつがリーゼロッテを動かした張本人だということは、目に見えて分かっている。


 これは・・・・恐らく俺からオフィアーヌ家の情報を得るための罠でもあるのだろう。


 まったくもって、面倒なことこの上ない。


 「はぁ」と疲れたため息を吐くと、俺のその様子に微笑みながら、シュゼットはそのまま話を続けた。


「ですが、一先ずはご安心ください。毒蛇王(バシリスク)クラスの生徒の大部分には、その件には首を突っ込まないように私自らが先導して釘を刺して置きましたから」


「え・・・・? 何故、そのようなことを・・・・?」


「さっき言ったじゃないですか。今の貴方を潰すには惜しいと。ただ、それだけのことです」


 彼女はキツネのように目を細めると、ペロリと、唇を舐める。


「ですが、私の手が届く範囲にも限界があります。覚えていますでしょうか? この前、食堂でアネットさんたちにちょっかいを掛けていた・・・・副級長のアルファルドくんを。彼の周りにいる複数名の生徒たちは、私を嫌っていますので、何を言っても我を通すことでしょう。そして、リーゼロッテ先生自らが動いた場合、ただの生徒である私にはどうすることもできません。フフッ、フフフフフッ。さて、困りましたね、アネットさん。貴方はこの窮地をどう乗り越えるのでしょうか? 貴方の行動がどういう結果に繋がるのか、とても楽しみです」


 そう言って口元を紙ナプキンで拭くと、席を立ち、シュゼットはエリーシュアを引き連れ、カツカツと革靴を鳴らして俺の横を歩いて行く。


 そして、通り過ぎる瞬間、小さく言葉を溢した。


「―――――もし、もし私の推測通りに貴方が何らかの力を秘匿しているのならば・・・・さっさとその実力を私にお見せください。どうせ貴方も、私を愉しませてくれる力などは持ってはいないのでしょうが、ね。期待して焦らされるのも面倒なので、早々に底を見せて欲しいところです」


 そう言葉を残し、シュゼットはエリーシュアを連れて、校内へと戻って行った。


 まったく、リーゼロッテとかいう教師のせいで面倒な奴に目を付けられてしまったみたいだな。


 これ以上、俺の力に疑問を持つ奴が現れる前に、この件に関しては早々に処理しなければならないな。


 以前、騎士たちの夜典(ナイト・オブ・ナイツ)の時にルナティエがロザレナにやったような嫌がらせの類を毒蛇王(バシリスク)クラスの生徒が俺に対して行使するだけならば、無視して相手が飽きるまで我慢すれば良いだけだろう。


 けれど、俺以外の人間に直接的に手を出す気配があるのならば・・・・こちらもそれ相応の一手を打たなければならなくなる。


 まったくもって面倒だが、仕方がない。


 俺もいざという時のために、不本意ながらも戦う意志を見せなければならない、か。


 敵の正体は分かった。ならば後は、やれるだけのことをやってやろう。


 ディクソンの時みたいにこちらに都合の良い舞台を用意してくれると助かるが・・・・今度は元副団長殿が相手だ、そう簡単にもいかなそうだな。


 さて、どうしたもんかね・・・・。


 俺は席を立ち、サンドウィッチの包みを近くにあるごみ箱へと放り投げる。


 そして、チラリと中庭に視線を向けた後、そのままテラスを後にした。







 放課後。


 今日の朝のミーティングはロザレナのルグニャータへの叱責で幕を閉じたために、修練棟での訓練は翌日に回されていた。


 ジェシカとランニングしてから帰宅するというロザレナと教室で別れ、俺はひとり、帰りの支度を整えていく。


 机の中にある教科書一式と筆記用具、財布を鞄へと入れて、忘れ物が無いかを確認した後、かぶせをベルトで締め、持ち手を握りしめ―――――机から立ち上がる。


 ふと、教室の窓へと視線を向けてみると、そこには街へと沈んでいく紅い夕陽の姿があった。


 日中、ザーザーと降っていた雨も今現在では止んでおり、空にはまばらに浮かんでいる雲の姿が見受けられる。


 もうすぐ緑風の節が来るということもあり、何処か夏の夕刻時を彷彿とさせるような朱色の空だった。


 その光景を一瞥した後、俺は誰も居なくなった教室を後にして、廊下に出る。


 連中が狙いやすいように、わざわざ放課後に教室でひとりになってみたんだがな。


 リーゼロッテや毒蛇王(バシリスク)の生徒が手を出してくる様子は、今のところ無い、か。


 人の目が無い状況なら、リーゼロッテを極秘裏に処理することも考えてはいたんだが・・・・いや、それは打つ手が無くなった時の最終手段だな。


 リーゼロッテを殺してその死体を秘密裏に隠しても、彼女がこの学校から消えたという事実は変わらない。


 そうなれば、ゴーヴェンの疑惑の目は真っ先に俺へと向けられることだろう。


 ・・・・何たって彼女は、まさに()、俺を監視している真っ只中なのだからな。


「・・・・・・・・・・」


 ポケットから鏡を取り出し、自分の身だしなみを確認する振りをして、背後へ―――廊下の奥と鏡を傾ける。


 するとそこには、廊下の奥から歩みを進める・・・・眼鏡を掛けた女教師の姿があった。

 

 あいつは俺とシュゼットが昼食を摂っている最中や、その後の休み時間、そして放課後に至るまで俺の様子を遠くから常に監視している。


 その動きはとても自然なもので、端から見たら俺を尾行しているなどとは到底思えないものだった。


 風景に溶け込み、監視対象に違和感を抱かせないその動作は、諜報員としてとても洗練された技術といえるだろう。


 物陰に潜み、気配を断つ暗殺者は二流。


 周囲の風景に違和感なく溶け込み、対象に警戒心を抱かせない暗殺者こそが一流だ。


 流石は元聖騎士団副団長、暗殺や諜報を得意とする毒蛇王(バシリスク)クラスの担任である特務教官、といったところだろうか。


 ただ・・・・彼女のその足音を立てない歩き方は、どう見ても諜報職の人間特有の動きすぎて笑ってしまうけどな。


 学生相手にならそこまで気を配らなくても余裕で騙せるだろうから、気を抜いているのかね。


 まぁ、何にしても、あの女がこちらに対して何らかのアクションを見せるような素振りは今のところ何もない。


 この後も、校舎を出て行く俺を横目に、そのまま一階にある職員室へと向かって行くのだろう。


 ならば、ここは・・・・こちらから一手、動いてみるとしようかね。


 俺は足を止め、背後を振り返る。


 そしてニコリと微笑みを浮かべ、リーゼロッテへと口を開いた。


「あっ! こんにちわ、リーゼロッテ先生」


「・・・・・あぁ、こんにちわ」


 俺のその言葉に動じた素振りは特に見せず、彼女は藍色の髪の奥にある眼鏡を光らせると、俺の前に立ち、こちらを高圧的に見下ろしてくる。


 その瞳の奥にある感情は、今、俺がどういった行動をするかということに思考を巡らせているのだろうか。


 彼女は、シュゼットとの昼食会を・・・・リーゼロッテに気を付けろとシュゼットが俺に忠告していたあの現場を、中庭の奥の校舎から監視していた。


 ならば、今リーゼロッテが考えているのは、その情報を得て自ら接触を図ってきた俺の次の行動だろう。


 ここであの件を隠し、本人に問いただすことをせずに情報を引き出そうとする素振りを見せれば、それなりに頭の回る奴だと判断されるだろうな。


 だから俺は、その反対・・・・彼女の前で、ただの馬鹿な女であることを演じることに決める。


「あの、先生、昼食の時にシュゼットさんから聞いたのですが・・・・」


「何だ?」


「せ、先生が毒蛇王(バシリスク)の生徒を使って私を追い詰めようとしているって噂を聞いたんです。そ、それって何かのデマ、ですよね?」


「私がお前を? 何故、ただのメイドであるお前を私が追い詰めなければならないんだ?」


「そう、ですよね。これは、シュゼットさんが私をからかうために仕掛けてきたブラフ、なのでしょうか・・・・。毒蛇王(バシリスク)黒狼(フェンリル)はもうすぐ学級対抗戦を行うクラスなのですし・・・・やっぱり、私、彼女に騙されたんですかね」


「私たち教師は、お前たち生徒の争いに関しては絶対に関与しない。それは校則上にも書かれていることだ」


「そうですか・・・・。うん、そうですよね。先生にそう言って貰えたら何だか安心できました! ありがとうございます!」


 俺の精一杯のアネットちゃん可愛い可愛いスマイルに、リーゼロッテは呆れたようにため息を吐く。


 そして、一瞬だけ失望したような目を俺へと向けると、何も言わずに廊下の奥へと彼女は去って行った。


 ・・・・今のやり取りでどれだけ彼女の警戒を解けたのかは分からないが、俺がただのバカ正直な頭の回らない可愛いだけが取り柄のぽわぽわメイドというイメージを奴には印象付けられたことだろう。


 ただ、これから先もあいつの監視の目が俺へ向けられる可能性もゼロではないから、学校生活ではいっそう実力を表に出さないように気を引き締めなければならないんだけどな。


 ・・・・・これ以上、何かをしてこなければ良いんだが。


 俺はただ、平穏無事にロザレナと学校生活を送りたいだけだ。


 オフィアーヌ家も、お前ら聖騎士団も、知ったことではない。


 俺は、大事な人たちがただ幸せで居てくれるだけで、それで良い。


 俺の今世の幸せな生活を邪魔するんじゃねぇ、クソどもが。


 俺はもう剣聖じゃない、ただのメイドのアネット・イークウェスなんだ。


 こんなかよわい少女を争いに巻き込むんじゃねぇ。


「・・・・・・もう、懲り懲りなんだよ。大事な人が傷付けられたり、誰かを傷付けたりするのはよ」

 

 俺はそう呟いた後、廊下をまっすぐと、静かに進んで行った。


第77話を読んでくださり、ありがとうございました!

これからはまた、できる限り毎日投稿を目指していきますので、お付き合いの程、よろしくお願いします!

もっともっとこの物語を盛り上げていけるように、頑張りたいと思います!


いいね、ブクマ、評価をくださる皆様、本当にありがとうございます!!

また次回も読んでくださると嬉しいです!!

三日月猫でした! では、また!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 知ったことではない、とは言うが王様や学園長がいる限り必ず付きまとってくるし避けられない問題になるぞアネット… 特に大事な人たちには何もない、ということはないはずだ 何せ人の体をオモチャ…
[一言] >オフィアーヌ家も、お前ら聖騎士団も、知ったことではない。 えー、剣聖√よりオフィアーヌ因縁√のが超面白いんですけど…。
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