第76話 元剣聖のメイドのおっさん、ツインテールのメイドに睨まれる。
ゴーンゴーンと鐘が鳴り、四限目の授業が終わる。
黒いスーツを着た薬学科の教師はその音を聞いた瞬間に手を止めると、チョークを粉受に置き、教卓の上に置かれている教科書と名簿を手に取った。
そして一言「12ページの予習を忘れないように」と口にすると、そのまま教室から出て行くのだった。
先程の、黒髪黒目の暗そうな雰囲気の男性教諭の名前は、ブルーノ・レクエンティーと言う。
彼は一期生の鷲獅子クラスの担任教師だ。
口数が少なく、基本、勉学のことしか喋らない非常にストイックな性格で、授業中に雑談の類は一切しない。
生真面目すぎる性格からして、あまり生徒に人気が無いのかと思いきや・・・・その整った顔つきから一定数の女生徒に人気のある教師らしい。
現に今も、周囲の女生徒たちはキラキラとした熱い視線を、去って行く彼の後ろ姿へと向けているのであった。
クソッ、生前の俺なんて女にちやほやされたことなんて一度も無いのに・・・・あのイケメン元騎士様は学校で常日頃女に囲まれ注目されやがって・・・・きぃぃぃぃぃ!! 思わずハンカチ噛んでまで嫉妬してしまいますわ!!! 非モテ男子(前世)の恨みですわ!!! んぎぃぃぃぃぃぃ!!!!!!
「・・・・・・いったい、何をやっていますの? アネットさん・・・・」
心の中でルナティエの口調を真似していたら、いつの間にか本人が俺の机の前に立っていた。
まずいまずい、今はルナティエとはできるだけ友好な関係を築きたいところなのに、こんな様子を見られては狂人のように思われてしまうぜ。
俺はハンカチを口から取り出し、首を傾げて、ニコリとルナティエへと微笑みを見せる。
「ルナティエ様、こんにちわ」
「こ、こんにちわ・・・・・・」
目をまん丸にさせて俺を見つめるルナティエに対して、隣からロザレナの呆れたため息が聞こえてくる。
「ルナティエ。うちのメイドの奇行は無視して構わないわよ。たまに自分の世界に入ってはわけのわからない行動を取るのよ、この子」
「お嬢様、まるで私を変な人間のように言うのはやめてください。私は何処にでもいる普通の女、の子・・・・・ではないかもしれませんね。ははは・・・・自分のことを自然と女の子だと言ってしまうとか、私、もうやばいですね・・・・・はははははは・・・・・」
「こ、今度は急に暗くなりはじめましたわよ!? ロザレナさん!?」
「あー、これもいつものことよ。気にしないで良いわ」
そう言ってやれやれと肩を竦めると、ロザレナは席を立ち、机の中からポーチと一冊の本を取り出す。
その本は、今朝、彼女の部屋の机に置いてあったものと同じものだ。
そして彼女はそれら荷物一式を脇へと抱えると、俺へと視線を向け、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「アネット、ごめん。今日はちょっとルナティエと昼食を摂ることにするから」
「? はい、分かりました。ご一緒致します」
その言葉に頷いて立ち上がると、ロザレナは何故か俺の肩にポンと手を置き、首を横に振ってきた。
「違うの、そうじゃなくてね。今日はちょっとルナティエと二人で話したいことがあるから、アネットは一人で昼食を摂って欲しいのよ」
「・・・・・え?」
「ほら、貴方、前にオリヴィアさんの実家に行って一日学校を休んでいたじゃない? あの時からあたし、ルナティエとは度々昼休みは学級対抗戦についての作戦を二人で企て・・・・討論することにしていたのよ。今日も元々そのつもりだったの。だからアネット、今日は一人で昼食を食べてくれないかしら? 本当ごめんね?」
そう言って手を合わせて、眉を八の字にしてウィンクをしてくるロザレナ。
まさか、俺が居ない間にルナティエとそこまで・・・・二人で昼食を摂るほどまでに仲が深まっていたとはな。
おじさん、感激で涙が溢れ出てきましたよ、お嬢様。
「ロ、ロザレナさん!? 今度はアネットさん、急に泣き始めましたわよ!? や、やっぱり、可哀想なのではなくって? 別に私は、彼女が昼食の席に居ても問題は無いと思いますわよ!?」
「良いのよ。この目はたまに出る・・・・何か気持ち悪い、後方母親面の生暖かい目だから。無視して平気よ、平気」
「そ、そうなんですの・・・・? でも、何故、そんなに頑なにアネットさんにあの話を秘密になさるのですか? 聡明な彼女になら、別に話しても問題ないと思いますけれど?」
「・・・・・アネットには後で見せてびっくりさせたいのよ。さっ、行くわよ、ルナティエ」
そう言って、ロザレナはずかずかと歩いて行き、俺の様子を肩ごしにチラチラと伺ってくるルナティエを引き連れて、教室を出て行った。
まだ若干のぎこちなさは残るが・・・・あの二人は俺が見ていない間に、少しでも友情を深められていたみたいだな。
ロザレナが俺に対して秘密にしておきたいという事柄に関しては、少し、気になるものはあるが・・・・いずれ彼女が明かしてくれる日を楽しみにしておくとしようか。
俺は元々、学級対抗戦に対しては手を出すつもりはないから、彼女たちの作戦会議に参加しても意味が無いしな。
異物である俺が、才気あふれる彼女たちの活動に手を出すものじゃない。
オッサンが本気を出して学級対抗戦で相手の生徒全員を蹴散らしでもしたら、それこそ興ざめな展開だろう。
成長の芽がある学生たちが切磋琢磨して剣を交わらせるからこそ、その光景は美しいものになる。
「さて・・・・老兵はひとり寂しく、食堂で昼食でも摂るとしましょうかね」
俺は机の中から可愛らしい刺繍の入ったピンク色のお財布(マグレット作)を取り出し、お弁当を広げて和気藹々と食事をするクラスメイトたちを横目に、教室を出た。
何だか若干、寂しい気もするが、まぁ、たまにはひとりで食事をするのも悪くはないだろう。
俺は廊下をまっすぐと進んで行き、一階にある食堂を目指して歩みを進めて行った。
「さて・・・・何処で食事をしましょうか」
購買でサンドウィッチを買った俺は、それを手に持ちながら食堂をウロウロする。
だが、周囲の何処を見渡しても、食堂の席はどこもかしこも学生たちの姿で埋まっていた。
どうやら今日はいつもよりも食堂が盛況のようで、この学校の大多数の生徒がここで食事を摂っている様子だった。
俺は深いため息を吐いた後、食堂を出て、すぐ右にある渡り廊下を歩いて行き、テラスへと向かう。
食堂の屋外に面して造られたそのテラスには屋根が付いており、数席分のテーブルと椅子が置かれてある。
今日は生憎の雨ということもあり、流石にテラスで食事を摂る者は少ないだろう。
そう予想した俺は、連絡通路を渡り切り、奥にある扉を開けて外へと出てみた。
「ビンゴ」
予想は的中し、テラスには生徒は誰一人として見当たらなかった。
俺は安堵の息を吐いた後、テーブル席に座り、サンドウィッチの包みを広げる。
少々肌寒いが、別段、凍えるほどのものでもない。
雨が降る中庭を見ながら食事をするというのも、中々乙なものではあるだろう。
俺はザーザーと振り続ける雨を見つめながら、ハムとキャベツが挟まれたサンドウィッチを口へと運んでいく。
辺りは静寂に包まれていて、とても穏やかな空気が流れていた。
「・・・・・・おや?」
その時、ふいに静寂が破られ、背後から声が掛けられた。
振り返ると、そこには―――――毒蛇王クラスの級長、シュゼットと、彼女のメイドであるエリーシュアの姿があった。
シュゼットは俺の姿を見ると、微笑を浮かべ、こちらへと優雅な佇まいで近づいてくる。
そして閉じた扇子の端を口元に当てると、静かに口を開いた。
「こんなところで奇遇ですね。アネットさん」
「そうですね。シュゼット様」
「フフフフフッ、奇遇ついでに、ご一緒に昼食を摂ってもよろしいでしょうか?」
「私は構わないですが・・・・シュゼット様はメイドと同席するということに、不快感は感じませんか?」
「いいえ? 私はそのような貴族特有のくだらない階級思想は持ち合わせてはおりませんので、ご安心ください。―――――では、失礼致します」
そう言ってシュゼットはメイドであるエリーシュアに視線で命じると、向かいの椅子を彼女に引かせる。
そしてエリーシュアが椅子の上に布を敷いたのを確認すると、その上に座り、彼女は目を細めて俺を見つめてきた。
「貴方とは一度、ゆっくりとお話してみたいと思っていたのですよ、アネットさん。こうして偶然に機会が産まれたことには、女神アルテミス様に感謝しなければなりませんね」
「シュゼット様が、ですか? 私のようなただのメイドにご興味を持ってくださるとは恐縮です」
そう口にして頭を下げると、彼女はニコニコと笑みを浮かべた。
「アネットさん。以前、私が貴方に言ったことを・・・・覚えていますでしょうか?」
「ええと・・・・?」
「貴方からは私と似た匂いを感じる、と言ったことです」
そう言ってキツネのように目を細めると、フフッと、子供のように無邪気に笑うシュゼット。
そんな彼女の前にスッと、エリーシュアは空のティーカップを置く。
そしてペコリと頭を下げると、ツインテールのメイドは食堂の方へと向かって行った。
「・・・・やっぱり、似ているな」
「? 何かおっしゃいましたか?」
「いえ、何でもございません」
去って行くエリーシュアから視線を外し、俺は再びシュゼットへと視線を向ける。
すると彼女は俺の目を真っすぐと見つめ、テーブルの上に肘を置き、手を組んだ。
「何でしょうね・・・・表現するのが難しいのですが、やっぱり貴方を前にするとどうにも他人のようには思えない・・・・そんな不思議な雰囲気を感じます」
「そう・・・・でしょうか?」
「ええ。まるで生き別れの姉妹に再会したかのような感覚、とでも言うのでしょうか。・・・・とにかく、私は貴方のその青い瞳を見てからというもの、アネットさんのことが気になって仕方がないのです。フフフッ、強者でもない人間に理由もなくこんなに惹かれるのは初めてのことなので、少々、困惑してしまっています」
首を傾げて微笑を浮かべるシュゼット。
俺もそんな彼女に合わせるように、微笑みを浮かべる。
「シュゼット様がもし私のお姉様だとしたら、きっと、自慢の姉だったのでしょうね。貴方様のようなお綺麗な方は、王国中を探しても中々居ないと思いますから」
「あら、お世辞だとしても嬉しいものですね」
「お世辞ではありませんよ。本心からそう思っております」
「フフッ、そうですか。では、その御言葉、素直に受け取っておくとしましょうか」
「-----シュゼット様、ご昼食でございます」
「ありがとう、エリーシュア」
机の上に海鮮パスタの乗った皿をそっと置く、エリーシュア。
そして、彼女は再び食堂へと向かって行くと・・・・手にティーポットを持って、シュゼットの元へと戻ってきた。
そのティーポットの中身を、シュゼットの前に置かれたカップに慣れた手つきで注いでいくエリーシュア。
・・・・以前見た時も思ったが、やっぱり彼女のその出で立ちはどう見ても・・・・・俺の付き人であるメイド、コルルシュカと瓜二つにしか思えない様相をしているな。
結局、コルルシュカにエリーシュアとの関係性を聞くのを忘れていたが、オフィアーヌ家のメイドということは、彼女とコルルシュカは血縁者なのだろうか?
ここまで瓜二つの見た目をしているからには、双子、とかか?
今度、コルルシュカに会ったら彼女との関係性については聞いておきたいところだな。
「・・・・・何か?」
俺がジッとエリーシュアを観察していることに気付いたのか、彼女はお茶を注ぎ入れると、ギロリと俺を睨みつけてきた。
俺はそんな彼女に笑みを向けて、口を開く。
「いえ。同業者として、素晴らしい仕事をなさる方だなと、そう思っただけでございます」
「・・・・・当然よ。貴方のような没落貴族の専属メイドであるイークウェス家と一緒にされては困るわ。私は、栄えあるオフィアーヌ家に仕えるメイド、レーガン家の末裔だもの。貴方とは格が違うのよ」
そう言ってフンと鼻を鳴らして、嘲笑の笑みを俺へと向けてくるエリーシュア。
そんな彼女に対して、シュゼットはフゥと短く息を吐き出す。
「・・・・エリーシュア。アネットさんはメイドですが、今は私と席を共にする客人です。その態度はいかがなものかと思いますよ」
「!! も、申し訳ございません、シュゼット様!!」
顔を青ざめさせ、主人に向けて深く頭を下げるエリーシュア。
そんな彼女をつまらなそうに一瞥すると、シュゼットは再び俺へと顔を向けてくる。
「すいません、アネットさん。彼女は昔からイークウェス家を目の敵にしているんですよ」
「そう、なのですか?」
「ええ。先ほど自分で言っていた通りにこの子、エリーシュアはオフィアーヌ家に代々仕える使用人の一族、レーガン家の末裔なんです。レーガン家のことはご存じでしょうか?」
「え、ええと・・・・多分?」
オフィアーヌ家に代々仕える使用人の一族・・・・ということは、やはりコルルシュカと何か関係があるのだろうか。
彼女の本名は聞いていないから、レーガンという名前は今初めて聞いたのだが。
首を傾げて考え込んでいると、そんな俺の態度が気に入らなかったのか・・・・エリーシュアが怒りの形相を俺へと向けて来た。
俺はなるべくエリーシュアに視線を合わせないようにして、そのままシュゼットに顔を向けたまま、口を開く。
「四大騎士公に代々仕えている使用人の一族ということは、私の実家であるイークウェス家と似た家系なのですね」
「そうですね。ですが、この王国において使用人の一族で最も歴史が深く格式高いのは、レティキュラータス家に仕えるイークウェス家なんですよ。ですからメイドとして、エリーシュアはアネットさんをライバル視しているんです」
「は、はぁ・・・・ライバル視、ですか・・・・」
そう口にしてエリーシュアに視線を向けると、彼女はツインテールを揺らしながら相変わらず俺を鋭く睨みつけてきていた。
コルルシュカと彼女は瓜二つのようにそっくりな顔立ちをしているのだが・・・・その中身に関しては、どうやらまったくの別人のようだな。
あの常に感情の起伏のない顔をしているコルルシュカが、こんな怒った顔をするはずがないし。
何だか、コルルシュカに喜怒哀楽の感情が宿ったように見えて――――見ている分には面白いな、この子。
「・・・・・何、その笑みは。馬鹿にしてる?」
「いいえ。していませんよ」
あんまりからかうのも良くはないか。
察するに、ロザレナのツンツンしたところを十倍くらい強くした感じっぽいしな、この子。
今はゴーヴェンの刺客に目を配らなければならない状況なのだから、あまり敵は作らない方が賢明だろう。
そう判断して俺はエリーシュアから視線を外し、サンドウィッチを口に運び、静かに食事を進めて行く。
そんな俺に対して、ティーカップを片手に紅茶の香りを楽しんでいるシュゼットが、ぽそりと口を開いた。
「アネットさん。こうして偶然に昼食の席を共にしたのですから・・・・そうですね。ひとつ、忠告でもしておきましょうか」
「・・・・・もぐもぐ・・・・・ごくん、忠告、ですか?」
サンドウィッチを手に持ちながら首を傾げると、シュゼットが切れ長の目を俺へと向けてくる。
その瞳は、嗜虐の色が見え隠れしており---俺という獲物を観察している、蛇のような目つきだった。
「ええ。正直言って、私は今度の学級対抗戦など単なる児戯にしか思っていないんですよ。ある伝手で貴方がた黒狼クラスの生徒全員の能力審査表を見させてもらいましたが・・・・はっきり言ってその結果には失望しました。黒狼には戦う価値もない、雑魚しかいないということが分かってしまいましたから」
「・・・・それは、私の主人であるロザレナ様も、でしょうか?」
「ええ。あの程度の闘気の数値を持っている人間など、私のクラスには何人もいます。そうですね・・・・強いて、黒狼クラスで面白い素材であると思わせてくれた存在を上げるとするならば・・・・私と同じ多重呪文詠唱士である貴方くらいのもの、でしょうか」
「・・・・・・・・・・・」
「とは言っても、貴方は魔法はろくに扱えないと聞きました。それでは貴方と戦っても何の面白味もありません。私は戦うことは好きですが、雑魚を掃除する趣味はありませんので」
そう言ってティーカップを机の上に置き、一呼吸挟むと、シュゼットは続けて口を開く。
「ですから、貴方がその才を発揮するまでは、私は、貴方に手は出すのは止めておきましょう。そう、私は、ね」
「・・・・シュゼット様はいったい、何を、仰りたいのですか?」
「フフッ。では、本題に移りましょうか。貴方が力を付ける前にあの方に倒されては、私としては興ざめも甚だしいですから」
「あの方に、倒される・・・・?」
「・・・・・・・・・・私のクラス、毒蛇王クラスの担任教師、リーゼロッテ・クラッシュベルが貴方を狙っています」
「え・・・・・?」
「ただのメイドにしかすぎない貴方を、元聖騎士団副団長殿が狙う・・・・これはいったいどういうことなんでしょうかね? フフッ、フフフフフッ。アネットさん、貴方はいったい何者なんですか?」
その言葉に、俺は目を見開いて、唖然とせざるを得なかった。
第76話を読んでくださってありがとうございました!!
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三日月猫でした! では、また!