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第72話 元剣聖のメイドのおっさん、付き人の変人ぶりに困惑する。


 


「・・・・止めろ。その顔で私を見るな。・・・・母上と同じ顔で私を否定するな、アネット!!!!!!」



 そう叫ぶと、ギルフォードは拳を振るい、俺に殴りかかってくる。


 その拳は、余裕で避けれる速度のものだったが・・・・俺が回避の行動を取る前に、何故か、ツインテールのメイド少女が俺を庇うようにして前へと出たのだった。


 彼女はギルフォードに頬を思いっきり殴られると、俺の横を吹き飛ばされていき、壁際へと叩きつけられる。


「ッ!!!!」


「コルルシュカ!?!?」


 俺は急いで椅子から飛び降り、コホコホと咳をして倒れ伏している彼女の背を支え、抱き上げる。

 

 見たところ、頬が赤くなり、痣になっているだけで・・・・他に目立った大きな外傷は見当たらなかった。


 彼女のその様子にホッと安堵の息を吐いていると、コルルシュカは痛みに顔を歪めながら、震えた声を発した。


「ケホッ、コホッ・・・・ア、アネットお嬢様・・・・ご無事、でしょうか・・・・・?」


「・・・・え?」


「何処にも、痛いところはございませんか?」


「え、ええ、見ての通り無事ですが・・・・何故・・・・何故、私を庇ったのですか? コルルシュカ」


「・・・・私は、お嬢様のメイドなんです。ですから、ご主人様を守るのは当然のことではないでしょうか。ね? せんぱぁい(・・・・・)


「当然って・・・・そんなことを貴方に教えた覚えはないんですがね」


 そう言って彼女に微笑みを向けた後、俺は顔を上げ、ギルフォードを睨みつけた。


「お兄様。今のは・・・・今のは、良くありません。私が殴られる分には構いませんが、無関係の女性に手を上げるのは、男としていかがなものかと思います」


「・・・・・黙れ」


「黙りません。・・・・・確かに私は、お兄様のその深い憎悪を理解し、共有し合うことはできません。何しろ私は、過去にあったオフィアーヌ家の惨状を知らずに、今までレティキュラータス家で平穏に暮らしていたわけですからね。私たちはそもそもの目線が、違うのだと思います」


「・・・・・・・・・」


「ですから、貴方の過去を一切知らない私がお兄様の復讐心に対して何かを言うこと自体、きっと間違いなのでしょう。なので、貴方の憎悪を否定する気も、復讐をお止めする気も、私にはありません。私は自分が外野であることを、十分に理解しておりますので」


「だったら何故、私を否定する、アネット」


「それは、お兄様が・・・・無関係の人々を巻き込もうとしているからです。今、私を殴ろうとしてコルルシュカに怪我を負わせたことに関しても、オリヴィア様とヴィンセント様を悪だと決めつけ、対話を拒否しようとしていることに関しても、お兄様は冷静な判断ができなくなっていると思います。復讐は否定しません。ですが、他人に害を成すその一点は、間違っていると断言させていただきます」


「間違ってなどはいない」


「では、今のお兄様の御姿を見ても、お父様とお母様は怒らなかったのでしょうか? 無抵抗の女性を殴ったことを、私たちの両親はちゃんと叱らない、無責任な親だったのでしょうか?」


「・・・・・・・・やめろ」


「きっと、マグレットお婆様だって私と同じことを仰るはずです。お兄様は、今の自分を胸を張って両親にお見せできますか? 無関係の他者を傷付けても良いと、そう思うのですか? はっきり言ってそれは傲慢な考えです。そのような暴力的な行いはゴーヴェンと何ら変わりは----」


「やめろと言っているッ!!!!!!! アネットッッッッ!!!!!!!!!!!!」


 椅子を蹴り上げると、ギルフォードは肩で息をし、両手で自身の頭を押さえてギリッと歯を噛み締める。


 そして焦点の合っていない瞳で俺を睨みつけると、可笑しそうに口角を吊り上げた。


「父上と母上は、いつも私の傍で『奴らを殺せ』と、そう囁いてくるんだ。完膚なきまでに蹂躙し、嬲り、自分たちと同じ目に遭わせてやれと、そう言ってくる。フッ、ッハハハハハッハ!!!!! お前は母上と同じ顔をしてはいるが、別人だ!!!! その言葉はただの代弁で、憶測でしかない!!!! 母上ならばきっと、私を肯定してくれるはずだ!!!! そうだろう? 母上!!!!」


 そう言って、彼は背後にある虚空を見つめ始める。


 そして、何事かをブツブツと呟くと、突如、大きく笑い声を上げた。


「ハハハハッ、やはりそうか!! まったく、やっぱりお前の言うことは全てデタラメだったぞ、アネット!! 会ったこともないのに父上と母上の代弁者を気取るなよ、クズめが!!!!!」


「・・・・・・お兄、様・・・・?」


 ギルフォードのその豹変ぶりに、俺は思わず困惑気に首を傾げてしまう。


 最初、会話していた時は理路整然としていたというのに、今の彼は何処か・・・・おかしくなっているように感じられた。


 ギルフォードはハハハハハッと高笑いを上げると、突如、『うっ』と、胸を押さえて苦悶の表情を浮かべ始める。


 そして、ハッとした顔をした後、勢いよく右腕の袖を捲り上げると、自身の腕をジッと見つめ始めた。


 その後、彼は自虐気味な乾いた笑みを浮かべると、フッと鼻を鳴らした。


「そうか・・・・なるほど。浸食(・・)が進んできた、というわけか・・・・」


「お、お兄様、そ、その腕は・・・・ッ!?」


 彼の右腕は、肘から手首まで茶色い老木のようになっており----木質化していた。


 その症状は、俺が故郷であるスラム街「奈落の掃き溜め」で何度も見たことがあるものだった。


 特三級危険物 麻薬『死に化粧の根(マンドラゴラ)』。


 死に化粧の根(マンドラゴラ)には強力な幻覚作用と中毒症状があり、その幻覚は死者との邂逅を果たすことができる代物と言われている。


 体内に摂取した者は自身が出逢いたい死者の姿を思い浮かべることによって死した者の幻覚を見ることが叶うが、頻繁に摂取していると、徐々に身体が木質化していき、最終的には『死に化粧の根(マンドラゴラ)』の苗床へと変わっていってしまうのだ。


 そんな、危険な違法薬物を使用したせいで、兄の右腕は・・・・死に化粧の根(マンドラゴラ)に侵されかかっていた。


 俺はその痛々しい腕を、悲痛な表情で見つめ続ける。


「お兄様・・・・どうして・・・・どうして、死に化粧の根(マンドラゴラ)を・・・・」


「・・・・この薬物による木質化の進行速度は極めて遅い。完全に異形へと成れ果てる前に、獣どもを殺し尽くすことは可能だろう。何も憂うことはない」


「違います!! 私はそんなことを聞いているんじゃないです!! どうして薬物を使用したのかを、聞いているんです!!」


「父上と母上に会いたかった。ただ、それだけだ」


 そう言ってふぅっと大きく息を吐くと、落ち着きを取り戻したギルフォードは袖を元に戻し、ゆっくりとした動作でこちらに近付いて来た。


 そして威圧的に俺を見下ろすと、口を開く。


「・・・・・特別に、お前の我儘を聞き入れてやろう、アネット」


「え・・・・?」


「聖騎士養成学校に通うことを許可してやる。だが、今年の雪麗の節、生誕祭の日までだけだ。猶予は今から七か月。期限の日を迎えたら、私はお前を強制的に国外へと連れ出す。それまでの間、大いに友人たちとの学校生活を楽しむと良い」


「ちょ、ちょっと待ってくださいお兄様、そ、そんないきなり申されましても・・・・!!」


「これ以上の譲歩は無いと思え。多少手荒になるが・・・・反抗するのならば力づくでもお前を連れて行くつもりだ。ただのメイドとして生きて来たお前が、修羅の道を進んできたこの私に敵うなどとは思わないことだな」


 そう台詞を残し、ギルフォードはカツカツと革靴を鳴らして、壁を通って外へと出て行くのであった。


 俺はただ、彼が去って行った後の壁をジッと見つめることしかできず。


 ただただ、その場に座り込み、呆然としてしまっていた。


「・・・・お嬢様。そろそろ手を離してもらっても良ろしいでしょうか?」


「あっ! す、すみません、コルルシュカ」


 抱き留めていた手を離すと、コルルシュカはスッと立ち上がり、俺へと半開きの目を向けてくる。


 そして小首を傾げると、静かに口を開いた。


「・・・・あの、さっき外で会っていた時のように素で話してもらって大丈夫ですよ。私は、お嬢様の本来の性格がワイルドな方であることを知っていますから」


「え、ええと・・・・」


「むしろ、そっちの荒々しいお嬢様の方が非常にコルルの好みで、とても良きです。コルル、アネットお嬢様に乱暴に扱われるのが好きなドМなので」


「ドМって・・・・はぁ。わかったよ。だったら、遠慮なくそうさせて貰うとするよ」


「はい。そうしてください。私は貴方だけのメイドですから。私の前では、ぜひ、気を抜いて喋ってくださいね」


 そう言ってコルルシュカは目を細めると、俺に微笑を向けて来た。


 感情の変化が乏しい彼女だが・・・・少しだけ、その変化の差が分かるようになってきた気がする。


 俺は差し伸べられたコルルシュカの手を取ると、そのまま立ち上がり、ふぅと、短く息を吐いた。


「本当に、混乱することばかりだったな・・・・。まさか、死んだはずの兄貴が生きていて、尚且つあんなに病んでしまっているとは・・・・こんなことになるだなんて、まったくもって思いもしなかったぜ・・・・」


「心中お察し致します」


「いや、というかお前のこともまだよく分かってないんだけどな。オフィアーヌ家のメイド、だったんだよな?」


「はい。先代オフィアーヌ家ご当主様から、お嬢様の世話係の任を仰せつかっています・・・・・コルルシュカと申します。これからどうぞ、よろしくお願い申し上げます」


「ん? 本名は言えないのか?」


「・・・・申し訳ございません。本名は捨てた身ですので。なので、コルルと、気軽に呼んでいただければ幸いです。お嬢様」


「お嬢様、か・・・・。まったくもって慣れない呼び名だな・・・・」


「何を言いますか。お嬢様はお綺麗で誠実で、友情に厚く、貴族の令嬢として相応しい御方だと思いますが?」


「いやいやいや、誰だよそれ・・・・てか、俺のことそんなに知らねぇだろ、お前。屋敷で一緒に過ごしたのも一週間くらいだったし・・・・」


「いいえ。コルルはずっとお嬢様を見てきましたから。大体のことは知っております」


「は? 見てきた?」


「はい。レティキュラータス家先代当主専属メイドであるルテナー婦人にお金を積んで、彼女の養子となって5年。12歳頃くらいからの貴方様のご様子を、私は遠くからずっと見守ってきたんです。ご成長されて、どんどんお綺麗になられていくアネット様の御姿を見る度に、私はこの方に仕えるメイドなのだと思うとすごく嬉しくなったものです。ギルフォード様の許可を得て、レティキュラータス家のメイドとして雇ってもらい、直に貴方様とお話しできた時には興奮しておかしくなりそうでした。壁ドンされた時も・・・・とても、嬉しかったです。重ねて言いますが、私、ドМなので」


「・・・・・・・・・・コルルシュカ。ドМの情報はマジでいらない・・・・」


「申し訳ございませんでした」


 ペコリと頭を下げてくるコルルシュカ。


 顔を上げると、彼女はニコリと小さく微笑んだ。


「お嬢様は私の推し、なんです。なので、こうしてちゃんとお話しできたことをとても嬉しく思います」


「推し、ね・・・・。まぁ、お前が敵じゃないというのは何となく理解はしたよ・・・・」


「良かったです。私は、ロザレナ様にも負けないくらい、お嬢様の一番の味方であることを自負しているつもりですので」


 そう言って、胸の辺りで両手の拳を握ると、フンスフンスと鼻息を荒くするコルルシュカ。


 あの間延びした口調の、演技していた時とは大分雰囲気は変わったが・・・・こいつの大本の性格の部分はあまり変化は無いように感じられるな。


 能面みたいな感情に乏しい顔をしている割には、思ったよりもお茶目な奴だ。


「お嬢様? コルルの顔を見て笑われていますが・・・・どうかしましたか?」


「いや、何でもない。それよりもお前、これからどうするんだ? ギルフォードの奴と行動を共にするつもりなのか?」


「いえ、そのつもりはございません」


「まぁ、そうだよな。さっきのやり取りを見た感じだと、お前、ギルフォードに忠誠を誓っているようには思えなかったもんな・・・・」


「はい。私の主人はアネット様だけですから。これからは貴方様のお傍でメイドとしてお仕えさせていただければ、幸いでございます」


「いや、メイドとしてって・・・・俺、今学校の寮で暮らしているし、ロザレナお嬢様の付き人もやってるし・・・・メイドにメイドが付くって、もうそれどういう状況なのかわけわからないぞ・・・・」


「お嬢様がロザレナ様をお慕いしているのは存じています。なので、メイド業をお辞めになられることはないと思いますから・・・・・ロザレナ様をお世話するお嬢様を、私がお世話する形になりますかね」


「いやいやいや、だからそれ本当に意味分からないから・・・・とりあえずお前、レティキュラータス家の屋敷に戻ったらどうだ? 王都に居ても泊まる場所なんてないだろ?」


「でしたら、お嬢様のお部屋に-----」


「だから、それは無しだって。そもそも寮に生徒以外の人間が入ることは校則で禁止されているんだ。お前を連れ込んでゴーヴェンの奴に目を付けられでもしたら、それこそ目も当てられないくらいの大失敗になってしまうだろ?」


「・・・・・・・・しゅん」


「いや、そんなあからさまにガッカリするなよ・・・・。分かった。とりあえずお前にはレティキュラータス家で、マグレットの様子を見ていてもらうとするかな。お前は俺のメイドなんだろ? だったらこのお願いを聞いてはくれないか?」


「お願い・・・・命令って言ってください。上から見下ろす感じで、高圧的な感じで。あと、できれば壁ドンしながらで、強い口調で私を怒鳴りつけながらさっきの台詞言ってください。お願いします」


「・・・・・・・・嫌なんだけど?」


「えぇ? コルルぅ、そう言って貰わないと元気でないっていうかぁ、お嬢様の命令、聞けないっていうかぁ」


「その演技、やめろ!!!! お前の素を知った後だと何か怖気だつものがあるわ!!」


 そう言って、俺とコルルシュカは互いの顔を見て笑い合う。


 さっきの俺を庇った行動と、今の会話を鑑みて、こいつが俺に対して敵意を持っていないということは十分に理解することができた。


 まだ謎な部分は多いが・・・・彼女が俺のメイドだったというその点は、真実だと見て良いのだろう。


 暗殺者だと疑っていた後輩メイドが、まさか俺の付き人だったなんてな・・・・こんな真実は流石に、予想はできなかったぜ・・・・。

第72話を読んでくださってありがとうございました!!

続きは、明日か明後日か・・・・元旦に投稿する予定です。

もう年末ですね。

まだ早いですが、皆様、今年は本当にありがとうございました。

この作品を読んでくださった全ての皆様に、お礼を申し上げます。

以前言っていた通りに、来年はこの作品の良いご報告ができると思いますので、楽しみにしてくださると幸いです。


次話の幕間は、コルルシュカ目線の過去の回想になりますので、本編を読みたい方は飛ばして貰っても大丈夫です。


三日月猫でした! では、また!

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― 新着の感想 ―
[一言] アネットは武力行使でお兄様を説得すればよかったのに…。 今回は武力を行使してでも我を通さないとダメでしょ
[一言] コルルくらいには戦闘力53万って教えてあげてもいいのでは?バレてもそんなデメリットないし
[良い点] コルルは良い性格してんなww ロザレナの知らないところでライバルが増えていく [一言] このような麻薬があるなら、王国は戦争になったら使うだろうな 実験を国民に押し付けてのうのうとしている…
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