第69話 元剣聖のメイドのおっさん、再びお嬢様によって土の味を教えられる。
「うぅぅ~~・・・・アネットが帰って来ないわ~・・・・なんでぇ、なんでぇ~~」
「・・・・ロザレナ、そんなところでいったい何をやっているの?」
「あっ、ジェシカ。見て分からないかしら~?」
「玄関前で、うつ伏せになって倒れていることしか・・・・私には分からないよ」
そう呆れたように言うと、ジェシカはしゃがみ込み、玄関前のフローリングで死体のように倒れているロザレナの顔を見下ろした。
そして彼女は大きくため息を吐くと、ロザレナへとジト目を向けて、口を開く。
「・・・・ロザレナさぁ。いくらアネットが一日帰って来なかったからって、そんな、魚の干物みたいにならなくても良いんじゃないの? 危うく踏んじゃうところだったよ?」
「ぐすっ、きっとあの腹黒メイドはオリヴィアさんと駆け落ちしたのよぉ~・・・・あたしのことを捨てて新しい女の元に行ってしまったんだわ、あのメイドは~~っっ!! むきぃぃ-----っ!!!!」
「え、えぇ・・・・なんでそうなるの? アネットもオリヴィアせんぱいも同性なのに、女の子同士で駆け落ちなんてするわけないでしょー?」
「良い、ジェシカ。あのメイドはね、同性だろうが異性だろうが、どんな人間でも即座に恋の沼に落としちゃう魔性の女なのよ」
「魔性の、女・・・・?」
「そうよ。あいつはそういうチート能力を持っているの。長く一緒にいると、いつの間にかあの子のことで頭がいっぱいになってしまうの。気を付けなさい!!」
「え!? そ、そうなの!? アネットってば、夢魔のような魅了スキルを持ってるの!? こ、怖いっっっ!!!!」
「ええ。だから、貴方もあの子の歯牙には掛からないようにしなさい。・・・・新たなライバルが増えてもあたしが困るから・・・・・じゃなくて。とにかく、むやみやたらに近づいて心を奪われないように心掛けなさい。分かったわね?」
「う、うん! 分かっ-----」
「ただいま戻りました-。って、あれ、お嬢様とジェシカさん? 何で玄関に? というか、お嬢様・・・・何でそんなところで寝そべってらっしゃるんですか・・・・?」
「あっ!! アネッ------」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 出たぁぁぁぁぁぁぁ夢魔来たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「サ、夢魔・・・・?」
階段を慌てて駆け上り、叫び声を上げて去って行くジェシカを見て、アネットはただただその場で茫然と立ち尽くすしかなかった。
「それで? 何でこんなに帰るのに時間掛かったわけ? 昨日の朝、日帰りで帰るって言っていたわよね?」
食堂のテーブル席に座り、ロザレナは腕を組んで俺に怒った顔を見せてくる。
そんな彼女に対して、隣に立つオリヴィアは申し訳なさそうな顔をして頭を下げ始めた。
「ごめんなさい、ロザレナちゃん。ちょっと、私の実家の方でアクシデントがあって・・・・アネットちゃんを長く借りてしまいました。これは、私のせいなんです。本当にごめんなさい」
「あのね、オリヴィアさん。本当に謝りたいって気持ちが貴方にはあるの?」
「え? あの、それは勿論・・・・」
「だったら・・・・だったらいい加減、その固く繋いでいる手を離しなさいよっっっ!!!!! アネットの手を繋いで良いのはあたしだけなのよっっ!?!? この泥棒猫が----っっ!!!!」
「えっ? ・・・・あっ! ああっ!! す、すいません!! 私ったらつい!!」
そう言ってオリヴィアは俺の手を一瞬離そうとするが、何故か思案気な表情を浮かべ、数秒固まった。
そして次の瞬間、彼女はどうしたわけか、そのまま俺の手を再び固く結び直してくるのだった。
その姿を見て「は?」と言って眉間に皺を寄せるロザレナに対して、オリヴィアはゴクリと唾を飲み込むと、覚悟を決めた顔をして、口を開く。
「あ、あの、ロザレナちゃん・・・・アネットちゃんの手は二つありますから・・・・片方は、私が貰っても別に構わないですよね?」
「・・・・は? はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!? ダメに決まってるでしょ!?!? 何言ってるのこの泥棒猫先輩は!!!!」
「私、アネットちゃんの手はみんなで公平に分け合うべきだと思うんです。ご主人様だからって、ロザレナちゃんが独り占めして良いものではないと思うんです」
「なっ・・・・なっ・・・・・!!!!!」
「勿論、ロザレナちゃんからアネットちゃんを取ろうだなんてことは思っていません。ですが・・・・ですがアネットちゃんの一番の友達として、彼女を独占させる気はありませんからっ!」
そう言ってふぅと息を吐くと、彼女は俺の手を離し、床に置いていた旅行鞄を手に取った。
そして、ポカンと唖然とするロザレナを置いてきぼりにして、俺に対して小さく手を振ってくる。
「では、私は荷物を自分の部屋に持って行きますね。アネットちゃん、この二日間、本当に本当にありがとうございました~! ゆっくり休んでくださいね~!」
彼女はそのまま食堂を出ると、廊下を進んで行き、寮の上階へと登って行った。
後に残されたのは、青筋を立てて身体をピクピクと震わせている我がご主人様と、困った笑みを浮かべる俺だけだ。
辺りに、何とも言えない緊張感が漂っていく。
「・・・・で、では、私も荷物を片付けてきますね、お嬢様!! 行ってきま---」
「待ちなさい、このサキュバスメイド。いい加減、出会った人間を片っ端から惚れさせる貴方のその悪癖を治さなければならない時がきたみたいね。主人として、このあたし自らが矯正してあげるわ。そこに正座なさい、アネット」
「・・・・・・お嬢様。オリヴィア先輩は、そういった目で私を見ていないと思われますが・・・・」
「ねぇ? 今あたし、座りなさいって言ったわよね? アネット?」
「・・・・・・・・・・はい」
笑顔で眉根をピクピクとさせているロザレナのその剣幕に、俺はただただ頷くことしか許されなかった。
フローリングに膝を付き、正座をする。
そんな俺の姿を確認すると、彼女は席から立ち上がり、腰に手を当て俺を高圧的に見下ろしてきた。
「あの、お嬢様、できれば手短にお願い致します。昨日、お風呂に入れなかったので、今の私はちょっと汗臭いと思うんです。ですから、早くお風呂に行かせていただければと、そう思----んん゛っ!?」
ロザレナは腰を曲げ、ものすごい勢いでこちらに顔を近付けてくると---俺の発言を遮るようにして、唇を塞いできた。
まるで貪るかのようにしてきた突然のその情熱的なキスに、俺は目を見開き、ただただ唖然としてしまう。
「ん・・・・チュッ、クチュ・・・・・チュッ」
「ん゛んん----っっっ!?!?!? んー---っ!?!? んんん---!?!?」
「チュプッ・・・・クチュチュ・・・・ッ」
「んんん----!!!!!!!!」
「・・・・・ぷはぁ。フフフ、顔、真っ赤になってるわよ? 可愛いわね、アネット」
「お、おおおお、お嬢様、な、ななななな何を、何をなさっているのですか!? 舌が!! 今舌が入っていましたよ!!!!!!!」
「何って、ディ、ディープキスよ・・・・そ、それくらい流石に知ってるでしょ?」
「し、知っていますが、そ、そうではなく!!!! 急にこんなところで何をしているんですかと、私は言いたいんですっっ!!!! 誰かに見られでもしたら、いったいどうなされるおつもりなんですかっっっ!!!」
「別に他の人に見られたって構わないわ。むしろ、見せつけてやっても良いかもしれないわね。ライバルへの牽制にもなるし?」
「お嬢様はレティキュラータス家のご令嬢なのですから、もっと体裁を気にしてください!! 同性愛が認められていない王国において、こういった行為を他者に見られでもしたら、家の沽券にも関わってくることにもなりますよ!!!! お嬢様はレティキュラータス家の復興を望んでおられるのでしょう? でしたらこのようなことはすべきではな----んんんっっ!?」
「チュッ、チュッ・・・・フフッ、うるさい口はこうして塞いじゃうんだから。ねぇ、アネット。前にあたしが言ったこと、覚えている?」
「は、はい・・・・? な、何のこと、ですか・・・・?」
「もし、・・・・キス以上のことをあたしが貴方としたいって言ったら・・・・アネットはどうする? って聞いた時のこと」
その時、ロザレナの紅い瞳が情欲によってギラリと鈍い輝きを見せ始める。
彼女のその瞳は、まさに獲物を狙う獣の瞳。
そしてその目に映るのは、怯えた表情を浮かべる・・・・獲物である俺の姿だった。
「お、お嬢、様・・・・?」
「今からあたしの部屋に行きましょう、アネット。貴方が誰のものであるのかを、はっきりと分からせてあげるから」
「ちょ、ちょっと、お嬢様っっっ!?!?!?」
俺の胸に、ロザレナがそっと手を添えてくる。
すると彼女はフフッと、目を細めて、いたずらっぽく笑みを浮かべた。
「すごい。心臓、ドクンドクンって高鳴ってる」
「ちょ、ど、どこを触って・・・・・」
「剣を握った時のアネットは男の子みたいでとってもかっこよくても、やっぱりこういうことには緊張するものなのね。フフッ、可愛い~」
生前、俺は圧倒的な強さを持っていたが故に、何かに恐怖心を抱いたことは無かった。
魔物でも人間でも、この世に俺を殺しうる力を持った存在はいなかったからだ。
病気でくたばる寸前も、死ぬということについても、何ら恐怖の感情は抱かなかった。
それなのに、だ。
それなのに・・・・・今の俺は、目の前のこの少女に、襲われ-----食べられそうになっていることに、とてつもない恐怖心を抱いてしまっている。
これは、アレかな。
生前は男であったが故に、女として相手に抱かれるという行いに、忌避感を感じてしまっているからなのかな。
いや、まぁ、俺を抱こうとしている相手も女性なんですけどね、はい・・・・。
・・・・とにかく。
今、俺がしなければならないことはひとつだけだ。
獣に襲われた獲物は----食べられる前に、脱兎の如く逃げ出すのが自然の摂理。
それは、この世界では至極当たり前のこと。
だから俺もその自然の摂理に習い、この場から即座に離脱することにしよう。
「お嬢様!! お風呂、行ってきます!!!!!!!!」
「へ? あっ、ちょ、ちょっと!? アネット!?」
立ち上がり、ロザレナに背を見せて、俺はそのまま猛スピードで食堂を出て行った。
「ま、待ちなさい、アネットーっっ!! 黙ってあたしに抱かれなさいよー!!!!! 大人しく天井のシミでも数えていればすぐ終わるんだから---!!!!!」
「絶対に無理ですお嬢様!!!! あと、それは男性の台詞ですからね!?!?!?」
こうして俺は、幼少の頃に顎を殴られて無敗記録をストップさせられたのに加えて、ロザレナによって初めて恐怖というものを教えられたのだった。
・・・・・・死ぬ間際、来世は酒池肉林のハーレムを夢見てたのに、何で今の俺は女の身体で女に抱かれそうになってんだよ・・・・・。
本当、この世界の神様がいたとしたら、しばき倒してやりたい・・・・いや、原型をとどめないくらいにボコボコにタコ殴りにしてやりたいところだ。
恨むからな、俺の運命をこんなめちゃくちゃに作った神様さんよ。
オッサンが少女に犯される図なんて、誰得なんだよ・・・・畜生~~~!!!!!
第69話を読んでくださって、ありがとうございました!!
皆様、メリークリスマスイブです!!!!
良い休日をお過ごしください!!
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続きは明日投稿する予定です!!
また読んでくださると嬉しいです!!
三日月猫でした! では、また!