第66話 元剣聖のメイドのおっさん、因縁の男の幼少期の姿を知る。
執務室を後にした俺とオリヴィアは、ヴィンセントに連れられ、バルトシュタイン家の食堂へと招かれていた。
バルトシュタイン家の食堂はレティキュラータス家のものに比べて何倍も広く、天井には大きなシャンデリアと、最大数十人以上は座れそうな巨大な長テーブルが部屋の中央には置かれている。
そんな豪奢な食堂の一室を眺めながら、俺はオリヴィアと共に朝食の席へと着いた。
向かいの席には黒髪のツインテール姿の幼女がいるが・・・・彼女はオリヴィアの妹なのだろうか?
不機嫌そうな顔をしてこちらを見つめている彼女に首を傾げていると、ヴィンセントが上座に豪快にドサッと座り、その後、コホンと咳払いをする。
そして彼は全員分の朝食の配膳が終えられたことを確認すると、テーブルの上で手を組み、静かに口を開いた。
「では、これより朝食の会を始める。皆、今日も主のご加護を頂くことに感謝すると良----」
「お兄様、ちょっと待ってくださいますか?」
そう言ってガタッと席を立つと、向かいの席に座っていた10代前半くらいの黒髪のツインテール幼女が、俺へとキッと鋭い視線を向けてくる。
そしてその後、彼女は俺から視線を外すと、今度はヴィンセントへと剣呑な視線を向けるのだった。
「あの人は誰なんですか? 何でしれっと、バルトシュタイン家の朝食の場にいるんです?」
「クククッ、キールケよ。どうせ貴様のことだから、手下のメイドから彼の情報は既に習得しているのだろう? わざわざこの俺が説明してやる必要もなかろう。余計な手間を取らせるな」
「ですがお兄様、あの者からの挨拶がこの私に未だにないのは可笑しいではありませんか? 名も名乗らぬ見知らぬ人間と食事をするほど、私の懐は大きくはありません」
「キ、キールケちゃん、あの、この人は私の恋人で----」
「怪力グール女は黙っていてくださいますか? 私は、あの者自ら私に挨拶をさせないことには、気が済まないのです。下々の人間であるそこの汚らしい男と、特別に、この私が、会食の席に付いてあげているのですから。私に礼を尽くさぬのはおかしいことだと思いますが?」
そう言葉を放つキールケに対して困惑した表情を浮かべるオリヴィア。
そんな彼女を横目に、俺は席を立ち、キールケという名の少女に向けて頭を下げた。
「お初にお目にかかります、キールケ様。私はオリヴィアさんとお付き合いさせていただいております、アレス・ブルーウェスと言う者です。この度は挨拶が遅れてしまい誠に申し訳ございませんでした」
「アレスさん、ですか。・・・・なるほど、グール女に相応しい貧相な身体の、脆弱そうな男ですね。聞いたところ平民の出、みたいですし? 進んでそこのゾンビ女の伴侶になりたがるとは、特殊な趣味の人もいたものですね。クスクスクス」
ふむ。どうやらこの子は、ヴィンセントやオリヴィアとは違い・・・・どちらかというと、あのゴーヴェンとジェネディクトに似た性格をしている気がするな。
この俺を弱者だと決めつけ、心の底から見下すようなその冷たい視線は、俺の知っているバルトシュタイン家特有の傲慢な目つきだ。
彼女は愉快気に目を細めると、緑色の口紅が塗られたその口を、嗜虐的に吊り上げる。
「貴方、そんなグールの伴侶になるくらいならば、いっそ私の犬になりませんこと? 丁度、前の犬が壊れて使い物にならなくなってしまったんです。ですから代わりに、貴方が私のおもちゃになってくださらないかしら?? 怪力怪物女の夫となるよりも、私の犬となる方がまだマシな人生を送れると思いますわよ??」
「ッ!? キールケちゃん、貴方、また奴隷を使ってあんな酷い遊びをしているんですかっ!?」
突如席から立ち上がり、キールケに向けて怒声を放つオリヴィア。
そんな彼女に意も返さず、キールケは口元に手を当てクスクスと嘲笑の声を溢す。
「私が自分のお小遣いをどう使おうと勝手ではないですか? そもそもお父様に許可を得て、私は闇市で奴隷を購入しているんです。当主が許可を出したことに、何か文句でもおありですか?」
「文句あるに決まっているでしょうッ!? 人の命を何だと思っているんですかッ!! それに、アレスくんを犬にするですって!? そんなことは私が絶対に許しま----」
「オリヴィアよ、少し落ち着け」
「あっ、す、すいません・・・・・朝食の場だというのに、失礼しました・・・・」
そう言ってしゅんとなって席に座るオリヴィア。
そんな彼女に勝ち誇った笑みを浮かべているキールケに対して、ヴィンセントは鋭い眼光を向ける。
「それとキールケよ。まだこの家の当主ではない俺が、貴様の悪辣な趣味をどうこうできる力はないが・・・・アレスを犬に相応しいと、そう侮辱するつもりならば俺は容赦はせんぞ? そこの男は俺と兄弟の契りを交わした、謂わば同胞だ。それ以上、友の名誉を傷つけるつもりなら、今ここで貴様の片腕をたたっ斬ってやっても良いが?」
「は、はぁ!? お、お兄様、このグール女に肩入れする気なんですかぁ!? 次期当主として、お父様に兄弟間の揉め事については中立に立つようにと、そう言われていたではありませんか!? お父様の命令に逆らうおつもりですか!?」
「兄弟間の揉め事には、無論、そうするつもりだ。だが彼は客人だぞ、キールケ。まだオリヴィアとも籍を入れていない、バルトシュタイン家に関係の無い人間だ。ならば・・・・アレスだけにこの俺が肩入れしても問題はなかろう?」
その言葉にキールケは席を立つと、目を見開き、激昂した様子を見せ始める。
「ふざ・・・・ふざけてんじゃねぇぞこのクソ兄貴がッ!!!! このキールケちゃんじゃなくて、そこのグール女の彼氏側に立つ、だってぇ!? もう、本当に信じられないッッッ!!!!! 絶対に次期当主の座から引きずり降ろしてやるから今に見てろよっっ!!!!! あーもう、本当にムカつくムカつくムカつくムカつくー---ッッッ!!!!!!」
そう叫ぶと、目の前に置かれた朝食の乗った皿を全て地面へと叩き落とし、席から離れる。
そして癇癪を起したように髪の毛を掻きむしりながら、専属のメイド引き連れ、彼女は食堂を後にした。
その場に残された俺とオリヴィア、そしてヴィンセントは、そんなキールケの後ろ姿を静かに見送って行く。
そして、バンと扉が勢いよく閉められ彼女の怒声が聞こえなくなると、隣に座っていたオリヴィアがふぅと疲れたようにため息を吐いた。
「ごめんなさい、アレスくん。あれが、うちの問題児の末女の・・・・キールケです」
「え、ええと、な、なんというか、すごい女の子ですね。 ・・・・うちの元気いっぱいのお嬢様でも、幼い頃はあんなに激しい性格はしていませんでした」
「いや・・・・キールケと比べるのは流石にロザレナちゃんが可哀想ですよ・・・・。あの子は本当に、この家の人間を体現したかのような子供ですから・・・・。傍若無人さと、生粋のサディストさを持った、他人の命をおもちゃとしか思わない子なんです、あの子は」
なるほど・・・・弱者を嬲ることが好きなジェネディクトとは仲良くなれそうな子ではあるな・・・・いや、奴とは逆に同族嫌悪で互いに嫌悪しそうではあるか。
いずれにしても、あの子とはどうにも仲良くなれる気はしない。
平民を家畜としか見ていないあの姿は、俺が一番嫌いなタイプの貴族であることは間違いようがないだろう。
「見苦しい光景を見せてすまないな、アレスよ。さぁ、食事としよう。この家は、帝国との国境沿いにあるからな。これらすべては帝国から輸入した材料で作られた帝国料理となっている。帝国では、辛みが強い香辛料をふんだんに使ったものが多い。このような料理は王国ではあまり見ない味であるから、存分に楽しむと良いぞ」
「は、はい。いただきます」
メイドたちがキールケが床に叩き落した料理を黙々と片づける姿にチラリと視線を向けた後、俺はバルトシュタイン家の朝食メニューを確認していった。
朝食の献立はとてもシンプルなもので、魚介パスタとコンソメスープ、それとサラダにコーヒーだ。
まずはメインの献立であろう、パスタから手を付けてみることにしようか。
俺はフォークを手に持ち、それにパスタを巻き付け、口へと運んでみる。
すると、濃厚な魚介風味のクリームソースの味が広がると共に、ピリッとした香辛料が舌の上を痺れさせていった。
とてつもなく、辛い。
だが思わず続けて食べたくなるあと引く美味さで、辛い味の料理があまりない王国料理とはまるで異なるその食感に、俺はただただ無言でやみつきになってしまっていた。
そんな俺を隣から見つめて、オリヴィアが微笑みを向けてくる。
「そんなに気に入りましたか? アレスくん」
「あっ、す、すいません、何か黙々と食べてしまって・・・・」
「全然構いませんよ。むしろ、帝国の血が半分入っている身としては、この帝国風の料理を気に入って貰えるのはとても嬉しいことですから」
「あっ、オリヴィアさんのお母様って、帝国出身でしたっけ。・・・・そういえば、お母様はこの御屋敷にはいらっしゃらないのですか? 見たところ、朝食の場にいるのは私たち三人と、キールケさんだけのようですが?」
その疑問の声に、ヴィンセントはコップの水を飲んだ後、静かに答える。
「我が母上は7年前、ある奇病によって亡くなっているのだよ、アレス。この屋敷にはもう二人、俺の弟と妹がいるが、奴らは帝国にある魔法学校に通っている故、滅多にこの屋敷には帰って来ない。したがって、この屋敷に常に住んで居るのは俺とキールケの奴だけとなっている」
「そうでしたか・・・・申し訳ありません、不躾な質問をしてしまいましたね」
「構わん。母上に関しては、俺もオリヴィアも良い記憶はあまりないからな。別段、気にすることも無い」
「そ、そうですか・・・・・って、あれ?」
その時、ヴィンセントの背後の頭上、そこの壁に掛けられていた、とある絵画が目に入ってきた。
その絵画に書かれているのは、耳の尖った幼い黒髪の美少年と、椅子に座る金髪のエルフの美女の姿だ。
何となく、あのエルフの女性がリトリシアに似ているなと思ってしまうのは・・・・俺が彼女以外の他の森妖精族を見たことがないからなのか。
伝え聞く話によると鉱山族とかは、みんな似たような髭モジャの小さいオッサンみたいな風貌をしているらしいし、もしかしたら森妖精族も、みんなリトリシアみたいな整った顔立ちをしているのかもしれないな。
そう考えながら俺がボケーッとその絵画を見つめていると、ヴィンセントが背後を振り向き、後ろにある絵画へと視線を向けながら口を開いた。
「ほう、この絵に興味があるのかね? ふむ。まぁ、王国ではあまり居ない森妖精族が題材になっているから、不思議に思うのも無理はないか」
「お兄様、確かこの絵に描かれている少年は、私たちの大叔父様に当たる方なのですよね?」
「良く知っているな、オリヴィアよ。この少年は、我がバルトシュタイン家にとっては恥ずべき汚点のひとつではあるのだが・・・・絵画に罪はないからな。この絵は物置で腐っていたのを俺が見つけて拾って来て、食堂に飾り付けてやったのだ。きっと、叔父殿にとってはこの行いは不服であるだろうがね・・・・クククッ」
「恥ずべき、汚点・・・・・?」
そう疑問の声を溢した俺に対して、彼は苦笑いを浮かべて、返答してくる。
「悪名高き【迅雷剣】ジェネディクト・バルトシュタインの名は知っているだろう? この少年は、さる高名な画家が幼少のジェネディクトをモデルにして描いたものなのだよ。横の椅子に座っているのは、奴の母親だ」
「・・・・・・・・は? え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!?!?!?!?」
勢いよく席を立って、俺は思わず驚愕の叫び声を上げてしまう。
そんな俺に対して、オリヴィアはびっくりして目をまん丸にさせていた。
「ど、どうしたんですかアレスくん!? きゅ、急にそんな大声を出して!?」
「あ、い、いえ、そ、その・・・・何でもありません・・・・」
俺はオリヴィアとヴィンセントに頭を下げながら、静かに席へと着席する。
そして再び絵画へと、視線を向けてみた。
(あれが・・・・あの、不機嫌そうに目を逸らした美少年が、子供の頃のジェネディクト、なのか・・・・?)
そして、そんな彼の横で悲しそうな瞳でまっすぐとこちらを見つめている金髪のエルフの女性が、奴の母親か。
・・・・・にしても、やっぱり彼女はどう見てもリトリシアにしか思えない姿をしているな。
リトリシアは元々俺と同じ、奈落の掃き溜めに捨てられていた孤児だった。
4歳くらいの幼子の時に、飢えて死にそうなあの子を偶然スラムで拾い、俺はその後、彼女を傍でずっと成長を見守ってきたわけだが・・・・そういえば一度もリトリシアから過去を聞いたことは無かったな。
絵画に描かれている、リティそっくりの森妖精族の女性、か・・・・。
もしかしたら、あの子は・・・・いや、これらは全ては憶測にしかすぎないな。
むやみやたらに想像して、彼女の過去を勝手に決めつけるのは父親としてやってはいけないことだ。
この考えは胸の奥にそっとしまい込んでおこう。
それが、義理だとしても、かつてあの子の父親であった俺がすべき行いだ。
「オリヴィア、アレスよ。お前たちは朝食が終わったらすぐに王都へと帰るのかね?」
「はい、そのつもりです、お兄様。今日の学校は無断で休んでしまいましたしね。満月亭のみんなが心配しているかもしれませんし・・・・早めに帰ることにします」
「あっ、その件については本当に申し訳ございませんでしたオリヴィア先輩。私がつい昨晩、寝てしまったばっかりに・・・・」
「ア、アネッ・・・・アレスくんのせいじゃないですよっ!? そ、そんな、私は貴方を責めるつもりなんか全然ありませんっっ!!!! 本当に、これっぽっちも!!!!」
「フフッ、ええ。オリヴィアさんならそう言うだろうと思って、少し、からかいに興じてしまいました。申し訳ありません」
「あ----っ!! もうっ!! ロザレナちゃんのように私をからかわないでください、アレスくんっ!!!! 私は彼女の代わりじゃないんですよっ!?」
プクッと頬を膨らませ俺に怒った表情を見せてくるオリヴィアに微笑んでいると、ヴィンセントがコホンと咳払いをし、俺たちへと声を掛けて来た。
「さて、じゃれ合いは後にしてもらうとして・・・・良いかね、二人とも」
「あ、す、すいません、ヴィンセントさん!!」
「何でしょうか? お兄様?」
「うむ。帰る前に少し、貴様らには渡したいものがあってな」
「渡したいもの、ですか?」
「あぁ。あの男への対策として、貴様たちと俺の連絡手段を整えておきたいと、そう思ってな。戦局というものは時と次第によっては情報戦が制す、とは良く言ったものだろう?」
そう言うと、ヴィンセントは邪悪な笑みを浮かべるのであった。
第66話を読んでくださって、ありがとうございました!!
もしかしたら今後、クオリティアップを目指して投稿が1日遅れたりするかもしれませんが、決してやる気がなくなったわけではありませんので、安心してくださいね!!
皆様に近いうちに・・・・いえ、恐らく来年には、この作品にとって、とても喜ばしいニュースをお聞かせできるかもしれません!!
楽しみにしてくださると、幸いです!!
三日月猫でした! では、また!