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第64話 元剣聖のメイドのおっさん、両親の仇が誰なのかを理解する。




「・・・・・・・・・何処だ、ここ・・・・」




 意識が覚醒すると、そこはピンク色の家具が並んだ見知らぬ部屋だった。


 目を擦りながら天蓋付きのベッドから上体を起こし、辺りを見回してみる。


 カーテンの隙間からは陽ざしが漏れており、チュンチュンと小鳥の囀りが聴こえることから、今の時間帯が朝だということが何となく察することができた。


「・・・・・・そうか、俺、亡くなった母親と兄貴の顔を知ったんだったな」


 チラリと、本棚の上に置かれている写真立てへと視線を向けてみる。


 すると、そこにあるのは昨日見た時と変わらない、幼いオリヴィアと兄ギルフォードの姿だった。


 そんな二人の肩に手を添えている優しい微笑みを浮かべた女性が、俺の母である、アリサだ。


 まさかオリヴィアが、俺の母と兄と知り合いだったなんてな・・・・これは本当に奇妙な偶然といえるだろうな。


 自分が四大騎士公のオフィアーヌ家の娘であり、貴族の出身であったなんてことは・・・・ロザレナと共に満月亭に来る選択をしていなかったら、この事実に一生俺は気が付くことはなかったんだろう。


 あまり好きな言葉ではないんだが・・・・こういうのは運命、巡り合わせ、というものなのかもしれないな。


 神を信じていない不信心者の俺ではあるが、このオリヴィアに会えた奇跡には、思わず月の女神アルテミスに感謝の祈りを捧げ----って、あれ?


 ベッドから降り、キョロキョロと辺りを見回してみる。


 ベッド脇の床には、枕や毛布が敷かれている様子があったが・・・・そこにオリヴィアが寝ている姿はなかった。


 いったいどこに行ったのだろうかと首を傾げていると、机の上に新しいサラシと洋服一式、そして一枚の紙切れが置かれていることに俺は気が付く。


 なんだろうと机へと近寄りその紙切れを手に取ってみると、そこには、「お風呂に入ってきます。新しい着替えを用意したので着てくださいね」とのメッセージが。


 俺はその手紙にニコリと微笑むと、ボロボロで血だらけになっている、今着ている衣服を脱いで、彼女が用意してくれた新しい衣服へと着替えることにする。


「んしょっと・・・・・よし、後はサラシで胸を潰して、っと・・・・うぐぐぐっ、何度やってもこれは苦しいな。エステルにこいつの巻き方を教えてもらえば良かったぜ」


 何とかサラシを雁字搦めに胸へと巻き終え、俺はそのままオリヴィアが用意してくれた衣服へと着替えて行った。


 その服は何処かの貴族のお坊ちゃんが着ていそうな服で、人生で一度も着たことがない豪奢な衣服なためにどうにも着心地が悪いが・・・・まぁ、ドレスを着るよりは百億倍マシかな。


 俺はスーツジャケットを羽織り、髪を後ろに結んで、姿見の前でふぅと息を吐く。


 元男が女の身体で男の格好をするというのは、やはり、どうにも意味が分からない状況と言えるが・・・・これもオリヴィアのためだし、仕方ないな。


 よし、衣服の乱れもないし、完璧だ。


「・・・・しかし、よくこの格好で男だと思い込んだよな、あのシスコン兄貴」


 声も、あえて低く喋っているとは言え、流石に限度があるだろう。


 どう見てもこの姿は、自分が見ても女としか思いようがないんだが・・・・見事に騙されているところをみるに、案外あのお兄様は天然なのか?


 そう、ヴィンセントのことを考えていると、突如、窓の外から「ヒュン」と、空を斬る音が聞こえて来た。


 何事かと思いカーテンを引き、窓を開け、崖下を見下ろすと、そこには上半身裸で素振りを行っているヴィンセントの姿が。


 彼は俺の視線に気付くと、素振りを止め、肩のタオルで頬の汗を拭いながらこちらにニコリと微笑みを向けてくる。


「アレスか。おはよう。昨夜はよく眠れたかね?」


「噂をすれば何とやらだ・・・・」


「噂?」


「あ、い、いえ、何でもないです! はい、おかげさまでぐっすり眠ることができました!」


「ククク、そうか。それは何よりだ」


「・・・・あの、昨夜は突然お屋敷に泊まることになってしまって、本当にすいませんでした、お兄様。ご迷惑、でしたよね?」


「気にするな。次期当主であるこの俺自らが貴様とオリヴィアの関係を認めたのだから、何も遠慮することはない。好きに泊っていけ」


 彼のその極悪人顔から発せられたとは思えない優しい発言に、俺は思わず笑みを浮かべてしまう。


 そんなこちらに対して、ヴィンセントは不思議そうに首を傾げてきた。


「何だ? どうかしたかね?」


「フフッ。いえ。本当にヴィンセント様はお優しい方なのだなと、そう思っただけです」


「俺が優しい、だと? ・・・・・クッ、クハハハハハハハッ!!!! 何を勘違いをしている、アレスよ!! 俺はただ単に、貴様がこのバルトシュタインに利益をもたらす人間であると見なしたからこそ、優しく振舞っただけにすぎない!! 貴様がオリヴィアの恋人として相応しくない人物であると判断した時は、即座に貴様をたった斬ってやる気でいたぞ!? この俺はそういう男だ!!!!」


 いやー、こいつ、悪人顔で悪人みたいなノリの喋り方をするだけで、言っている内容は普通にただの妹思いの優しいお兄ちゃんなんだよなぁ。


 やっぱこの男、普通に良い奴っぽいわー、会話する度に俺の中でどんどんこいつの善人キャラが更新されていくわー。


 というか会ってからというもの、あまりこいつに欠点という欠点、見当たらなくねーか?


 いや、強いて言うならシスコンなところか? こいつの欠点?


 そう、ヴィンセントに対して勝手に好感触を抱いていると、ふいに彼は神妙な顔をして口を開いた。


「アレスよ・・・・今から少し、俺と話をしないかね?」


「話、ですか? 構いませんが・・・・今からそちらに向かえばよろしいのでしょうか?」


「いや、そこで待っていろ。道着を着替えた後、すぐにそちらの部屋に出向く。その後は、5階にある俺の執務室へと行くぞ。その部屋では誰が聞き耳を立てるかも分からんからな」


「あ、はい。分かりました。・・・・聞き耳?」


 首を傾げる俺を無視すると、ヴィンセントは剣を手に持ったまま、屋敷の中へと去って行った。


 俺に話、というのはいったい何なんだろうか。


 もしかして、今すぐオリヴィアと結婚しろ、とかじゃないだろうな?


 それか、女なのがバレて・・・・ガチでブチギられる展開、とかか?


 わ、分からん・・・・あの兄貴が俺にいったいどんな話をしようとしているのかがまったくもって見当が付かない・・・・。


「待たせたな。行くぞ」


「ひぅっ!? は、はい!! というか着替えるの速いですね!?」


 扉を開けてそう俺の背中に声を掛けてきたヴィンセントに驚きつつも、俺は彼の後に続き、部屋を後にするのだった。







「適当にソファーに座れ」


「は、はい。失礼致します・・・・」


 昨日の談話室に比べると、執務室は狭い部屋だった。


 いや、狭くはないか・・・・ただ単に、ものがゴチャゴチャと置かれていて、相対的にこの部屋が狭く感じてしまっているだけなのかもしれない。


 俺は、壁際に積まれている塔のような段ボール箱を横目に、部屋の中央にある一人用のソファーへと腰かける。


 目の前の机の上には大量の書類が散乱しており、開かれたファイルが乱雑に置かれていた。


 部屋の奥にある仕事用のデスクの上も散らかり放題なところを見るに、このシスコンお兄様はあまり整理整頓が得意ではないのだろうか。


 メイドとしては、思わず手を伸ばして片づけを始めたくなる光景ではあるが・・・・きっと、この部屋の惨状は彼が使いやすいように意図して作ったものなのだろう。


 でなければ、あんなにメイドがいるのに、部屋の片づけを命じない理由もない。


「フッ・・・・こんなに散らかっている部屋は気になるかね?」


 そんなことを思いながら部屋の中を見回していると、向かいのソファーにドカッと座ったヴィンセントが、膝の上で手を組みながらこちらに笑みを浮かべてきた。


 そして彼は目を伏せ、続けざまに口を開く。


「このバルトシュタイン家というのは、権力争いが激しい家でな。俺を飼いならそうと企む父上や、虎視眈々と次期当主の座を狙う妹たちが、間者としてこの俺の元にメイドや従者を嗾けてくることが珍しくはないのだ。したがって、部屋には掃除婦すらも入れぬ故、この部屋はこのような有様になっているのだよ。見苦しくて申し訳ないな」


「いえ・・・・大丈夫です」


「む? 何か疑問を抱えた顔をしているが、何かね?」


「あ・・・・いえ、あの、お兄様は次期当主なのですよね? それなのに、信用に値する使用人の方はいらっしゃらないのかと、そう思いまして・・・・」


「ククク、これは痛いところを突かれたな。少ないが、いるにはいるぞ。だが・・・・メイドや掃除婦に俺の手の者はいない。何故ならこの家の殆どのメイドを手駒にしているのは末妹である、キールケの奴だからだ。あやつはとてつもないバカだが、野心家ゆえ、この俺から次期当主の座を奪い取ろうと常に隙を窺っているのだよ。クククククッ、身の程を知らないと言うのは、愚かなことだな」


 そう言って一頻り笑い声を溢すと、ヴィンセントはふぅーっと疲れたように息を吐き、その後、真剣な眼差しを俺へと向けてくる。


 そして、数秒程何かを思案する素振りを見せると、彼はゆっくりと口を開いた。


「では、本題に入るとするが・・・・・構わないかね?」


「あ、は、はいっ!! 何でしょうか!!」


 何を言われるのかと思いドキドキしていると、彼は、俺の目をまっすぐと見つめて来た。


「・・・・・昨晩、オリヴィアが俺にある頼み事をしてきてな」


「ある頼み事、ですか?」


「あぁ。奴は俺に、我が父上からお前を守るようにと・・・・この俺にお前の後ろ盾になるようにと、そう懇願してきたのだ」


「・・・・・・・・・・ぇ?」


 父上っていうことは・・・・あの学園長総帥のことだよな? 


 あいつの手から俺を守る・・・・? い、いったいそれはどういうことなんだ?


 まったくもって、話が見えてこない。


 そう混乱し呆けた顔をしていると、そんな俺に対してヴィンセントはフッと鼻を鳴らし、目を伏せた。


「その反応を見るに、やはりオリヴィアの言った通り、貴様は先代オフィアーヌ家が滅ぼされた一件を知らないようだな? 『フィアレンス事変』という言葉も聞いたことがないか?」


「え? あ、はい。フィアレンス事変という言葉は、今初めて聞きました」


「そうか。では、かいつまんで話すが・・・・貴様の両親、そして兄を殺したのは何を隠そう、俺とオリヴィアの父親である現バルトシュタイン家当主、ゴーヴェン・ウォルツ・バルトシュタインなのだ。フィアレンス事変というのは、旧オフィアーヌ家の屋敷の周りにあったフィアレンスの森を聖騎士団が火責めした時に付いた名だ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


 その言葉に、俺は目を丸くし、唖然とせざるをえなかった。


 そんなこちらの様子を見て、ヴィンセントは鋭い目で俺を睨んでくる。


「お前の出生については昨日、オリヴィアから直に聞いているぞ、アレス。貴様が先代オフィアーヌの子息だということは、俺も既に把握している」

 

 そう言って一呼吸挟むと、彼は机の横に立て掛けてあった剣を手に取り、それをドンと、勢いよく俺の前へと置いた。


 そしてこちらに再び鋭い眼光を向けると、ヴィンセントは続けて口を開く。


「貴様にとって見たら、俺とオリヴィアは仇の子供だ。憎悪を抱くのには、当然の理由がある」


「・・・・・・・・」


「俺たちを憎む気持ちがあるのなら、その剣を取って今すぐに俺を斬ると良い。だが、その時は・・・・どうかオリヴィアにだけは危害を加えないで欲しい。奴は、この魑魅魍魎(ちみもうりょう)蔓延るバルトシュタインにとって、ただひとりの優しい心根を持った稀有な存在だ。俺にとって奴は、この家で唯一の・・・・・救い、家族と呼べる存在だった。だから、頼む。オリヴィアのことはどうか、許してやって欲しい。奴は・・・・奴はお前を心の底から想っているのだ」


 そう口にすると、ヴィンセントは俺に向けて深く、頭を下げてきた。


 彼は、決死の想いでこの真実を俺へと打ち明けてきたのだろう。


 そして、自分が直接手を加えたわけでもないのに・・・・父親の罪を、自らが受けようとしている。


 それもすべては、愛する妹のため、か・・・・。


 この兄妹は、本当に善人だな。悪行を成してきたクソ親父の被害者でしかない。


「・・・・・・・・・・」


 俺はソファーから立ち上がり、彼の肩をポンと、優しく叩いた。


「・・・・・顔を上げてください。別にヴィンセントさんもオリヴィアさんも、私の両親と兄を直接手に掛けたわけではないじゃないですか。貴方たち二人を恨む理由なんて、私には何もありませんよ」


「ッ!! アレス・・・・・すまない」


 顔を上げたヴィンセントは、目を潤ませ、悲痛そうな表情を浮かべていた。


 そして、眉間に皺を寄せると、彼は背もたれに背を預けて大きく息を吐いた。


「・・・・・俺はな、お前の家が襲撃されたフィアレンス事変のあの日、ただただ怯えて何もできなかったのだ。オリヴィアのように父上を止めようと、あの父親に剣を向けて挑むことすらできなかった。お前の兄は、俺の親友だったというのに・・・・俺は父に怯え、何の抵抗もできずに、友を見殺しにしてしまったのだよ」


「私の兄、というと・・・・ギルフォードさん、ですか?」


「そうだ。幼少の頃、俺とギルフォードは将来、この国を変えようと互いに誓いあっていてな。オフィアーヌ家当主にギルフォードがなり、俺がバルトシュタイン家当主を継いで、二人で腐った貴族どもを粛清しようと、そう理想を語っていた。・・・・・それなのに、ギルフォードは我が父の手によって殺されてしまったのだ。真に腐っていたのは、このバルトシュタイン家だったということを、過去の俺とあいつは知らなかったのだよ」


 そう過去を語るヴィンセントは悔しそうに歯を噛み締め、唸るような声を上げた。


 俺はそんな彼を見つめながら、疑問の声を溢す。


「・・・・・・・あの、どうしてオフィアーヌ家は聖騎士団に襲撃されたのですか? 私の両親と兄が殺された理由が、まるで見えてこないのですが・・・・・」


「お前の両親が殺された理由、か。・・・・・オフィアーヌ家が代々、王家の宝物を守護する財務卿を担っていることは知っているな?」

 

「あ、はい。確か、王家が持つ宝物庫の番人をしているんですよね?」


「その通りだ。だが、オフィアーヌ家の者は宝物庫の扉を守衛するだけで、その中身を知ることを王家からは固く禁じられているのだ。自分たちが代々いったい何を守っているのか・・・・彼らはそれを把握していない。可笑しなことに、な」


「それは・・・・・どうにも不可思議な話ですね。宝物庫というのですから、通常であれば宝石や財宝などが保管されているような気がしますが・・・・王家が主導してオフィアーヌ家にすらもその内容を隠そうとするということは、何か他の意志を感じざるを得ませんね」


「ククク、その通りだ、アレスよ。王家はな、建国以来、誰にも知られないように得体の知れぬ何か(・・)を、宝物庫の中に隠して持っているのだよ。それも、知った者は一家郎党皆殺しにするほどの秘密を、な」


「一家郎党皆殺し・・・・・ッ!? そ、それは、まさかっ!?」


「そうだ、アレス。貴様の父は、宝物庫の中のパンドラの箱を覗いてしまったのだ。自分たちがいったい何を守っているのかを・・・・知るためにな」


 ヴィンセントのその言葉を聞いて、オフィアーヌ家が襲撃された事件、『フィアレンス事変』は、バルトシュタイン家と王家が何らかのものを秘匿するべく起きたのだということが・・・・理解できてしまった。


 そして俺の家族を殺したのが・・・・・ゴーヴェンと国王、だということも。


 この国が抱えている大きな闇の一端を、この時、俺は知ってしまった。

 

第64話を読んでくださってありがとうございました。

よろしかったらモチベーション維持のために、評価、ブクマ、お願い致します。

続きは明日投稿する予定ですので、また読んでくださると嬉しいです。

三日月でした。では、また!

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― 新着の感想 ―
作者様からの返信恐れ入ります。 「そうか。では、かいつまんで話すが・・・・貴様の両親、そして兄を殺したのは…中略 「お前の出生については昨日、オリヴィアから直に聞いているぞ、アレス。貴様が先代オフィア…
アネットが告白してもいないのにいつの間にかヴィンセントがアネットを女判定しているし、アネットもしれっと自分がその兄じゃなくて妹の方だと言外に言ってますよね。 そんな状況でもアネットをアレスと呼んでいる…
[一言] 国王を断罪するにしてもこの兄妹とエステルを味方につけたのは大きいのか 逆に考えば王族なら知っていてもセーフなら、 やっぱりエステルの求婚を受け入れるべきなのか……?(あれ?
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