第61話 元剣聖のメイドのおっさん、兄妹喧嘩に巻き込まれる。
「今度は剣の腕も奴に似ているかどうかを確かめてやる!!!! こいつを手に持って、ついて来いッッッ!!!!」
そう言うと彼は、背後に飾ってあったロングソードを手に取り、その柄を俺へと差し向けて来たのだった。
俺は唐突に向けられたその剣の柄を呆然と見つめた後、思わずヴィンセントに困惑げな表情を向けてしまう。
「あ、あの、こ、これは・・・・?」
「見て分かるだろう!! 剣だッ!! 今から俺と斬り合うぞ、小僧!! 俺に勝てたらそこの愚妹の婚約を認めてやろう!! だから、ついて来いッ!!!!!」
え、えぇ・・・・まさか本当に『俺と決闘して勝てれば妹はやろう』事案が起こることになろうとはな・・・・面倒なことこの上ない。
目の前に差し出されたその剣に引き攣った笑みを浮かべていると、オリヴィアがソファーから立ち上がり、ヴィンセントに向けて大きな声で怒鳴り声を上げ始める。
「やめてください、お兄様っ!!!! 彼を傷付ける気であるならば、私は容赦はしませんよ!!!! 加護の力を使って、全力を以て貴方と戦いますっ!!!!!」
今までに見たことがないオリヴィアのその怒り狂っている様子に俺が瞠目して驚いていると、ヴィンセントは愉快気な嗤い声を部屋に轟かせる。
「クククク・・・・愚妹よ、お前がこの俺と戦う、だと? 【怪力の加護】の力に怯え、常に加減癖が付いてしまったお前が、か? クッ、クハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!! なかなかに、嗤わせてくれるではないか!! どうやら余程、この男を大事に思っているようだな!? ・・・・いや、違うか。ギルフォードの影をこいつに重ね合わせている、といった方が合っているかな?」
「ッ!?」
大きく目を見開き、眉を八の字にするオリヴィア。
そんな彼女に、ヴィンセントは目を伏せ、呆れたように首を振って口を開く。
「その反応を見るに、やはり図星か。いつまでも過去に引きずられている阿呆めが。だから貴様は愚かなのだ。何の成長もしない貴様は、この家にとってただの荷物でしかない」
「・・・・私、は・・・・私は・・・・」
「バルトシュタイン家に弱者はいらぬ。故に、貴様はこの兄の躍進のために他家へ嫁いでもらうぞ。それしか貴様には価値などないのだからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「何も言い返せぬ、か。くだらんな。呪いの力と呼ばれた貴様のその【怪力の加護】を俺が受け継いでいれば、もっと高みに立てただろうと、俺は今でもそう思って仕方がない。何故、貴様のような弱者にその加護が遺伝したのかが未だに不思議でならんな。力を持っているのに、他者を傷付けることに怯え、力を封印し使わんとは・・・・まったくもって愚かすぎて腹立たしい」
そう言って呆れたため息を吐くと、ヴィンセントは俺に視線を向ける。
「すまんな、小僧。この女は結局、自分のことしか考えていない阿呆なのだ。こいつはな、どうやらお前のことを過去の男と重ねて見ていたようでな。まったくもって我が妹ながらに恥ずかしくて仕方がないことだ。バルトシュタインの長子として、貴様には詫びの品を献上してやろう。好きな額を言え。礼金くらいならいくらでも渡してや----」
そう言い、彼が引っ込めようとした剣の柄を、俺はガッと掴む。
そして、ヴィンセントに向けて、鋭い目を向けた。
「お兄様、決闘、致しましょうか?」
「・・・・・・ほう? 何故だ? 縁談に対して反抗の意志が無くなったオリヴィアとお前は、最早関係がないと思われるが?」
「ええ。自分の未来をどうするか決めるのは、オリヴィアさん自身の意志の問題です。そのことについては、とやかく言うつもりは何もありません。彼女の過去に何があったのか、私は何も知らないわけですしね」
「だったら何故、俺と戦う? 無意味だろう?」
「私が貴方と戦いたい理由・・・・それは------単にてめぇがムカついたからにすぎねぇんだよ、悪人面が。ゴチャゴチャと上から訳の分からねぇこと言いやがって。せっかくの休日にわざわざこんな辺境の地にまで来て兄妹喧嘩を見せられてるこっちの身にもなりやがれ、クソ野郎が」
「クッ、クハハハハハハッッッッ!!!!! それが貴様の本性かッッ!!!! ククッ、ほ、本当に貴様は面白い男だな、小僧ッ! いや、アレスッ!! この談話室で話してからというもの、俺の中で貴様の株は鰻登りで上がって行くぞ!!!! こんなに心が湧きたったの久しぶりだッッ!!!!」
ヴィンセントから奪うように剣を受け取った後、俺は不敵な笑みを浮かべる。
「で、どこで戦り合うつもりなんだ? まさかここでやるってわけじゃねぇんだろ?」
「勿論だ。この談話室には貴重品も多いのでな。ここで暴れたら、父上に何と言われるのか分からん。この棟の一階に屋内模擬戦場があるのでな、そこに行くぞ」
「了解した。案内は頼むぜ、オッサン」
「オッサ・・・・これでも俺はまだ24歳なのだがな・・・・まぁ、良い」
そう言って扉を開け、部屋から出て行こうとするヴィンセントの背中を追い、俺も彼に続いて部屋を出る。
すると、慌てた様子で俺たちの背後を追いかけてきたオリヴィアが、悲痛な声を廊下に轟かせた。
「ア、アネッ・・・・アレスくん!! やめてくださいっ!! 兄は『剣神』の称号を持つ類まれな腕を持つ剣士なんです!! 【氷絶剣】ルクレール・ヴィンセントの名前を聞いたことはあるでしょう!? それが、兄の別の名前なんです!! ただのメイ・・・・いえ、ただの男の子である貴方が、戦って勝てる相手ではないんですよ!!!!!」
そう、甲高い声で俺に叫ぶと、オリヴィアは続けて叫び声を上げる。
「貴方がそんな無理する必要はありません!! し、死んじゃうかもしれないんですよ!? 止めてください!!!!」
その声に足を止め、俺は泣き叫ぶ彼女へと肩ごしに振り返った。
「・・・・オリヴィア先輩、貴方は私に、全てを打ち明けてくれました。バルトシュタイン家出身であることも、目の火傷のことも・・・・そして、私に似ている誰かのことも、後で話すと、そう約束してくださいました。ですから・・・・俺も、貴方を信じて、俺という人間をお見せしたいと思います」
「ア、アレスくん・・・・?」
「どうか、俺のこの秘密のことは・・・・内密にしてくれると助かります」
そうオリヴィアに言葉を放ち、俺はヴィンセントと共に階段を降り、屋内模擬戦場へと向かって行った。
「さて、これから決闘をするわけだが・・・・俺は別段、お前を殺す理由は何もない。だが、バルトシュタイン家の長子としては、挑まれたからには全力を以って敵を討たねばらない。言いたいことは・・・・分かるな?」
「腕や足の何本かは失っても文句を言うな、だろ?」
「ククククッ・・・・理解してもらっていて何よりだ」
そう言って鞘からプラチナ製のロングソードを抜き放つと、ヴィンセントは歯を剝き出しにして、笑う。
「剣神の実力が俺にあると知っても尚、向かってくるとはな・・・・その勇気と決意、感服に値する。世の剣士たちは貴様を無謀だと嘲笑うかもしれないが、俺はけっして貴様を愚か者だと罵る気はない。愚かな人間というのは、そこでこちらを呆然と見つめている、我が妹のような人間のこと指すからな」
チラリと壁際に立ちながら不安そうな顔をこちらに見せるオリヴィアを見て嗤うと、ヴィンセントは再び俺へと視線を向けてくる。
「俺にとって愚かな人間というのは、自身を変えるための努力を何もしない、勇気がない人間のことを指し示す。俺は、挑むことを諦めた逃げ癖の付いた人生を歩んでいる奴が大嫌いだ。見ているだけで反吐が出る」
「・・・・・・・・・・」
「貴様もそうは思わないか、アレスよ。努力することを諦め、何の挑戦もしない人間ほど愚かだと・・・・そうは思わないかね?」
当初、俺は、この男は・・・・ヴィンセントは、残忍で冷徹な雰囲気を持つゴーウェンやジェネディクトによく似ていると、そう思っていた。
だが、こいつの言葉を聞いていて徐々に分かってきたことがある。
それは・・・・こいつは、口こそは悪いが・・・・その言葉の裏に見え隠れするのは、妹への深い愛情の気配がある、ということだ。
そもそも俺は、彼はオリヴィアのことを真に想って単に説教をしているだけなのだと、さっきの談話室の一件で察しが付いていた。
そして彼が、俺を怒らそうとして、オリヴィアを貶していたことも・・・・理解していた。
だからそれにわざと乗せられてやって、怒った素振りをする、演技をしてやっていたのだ。
奴が俺を評価してくれたように、俺も奴みたいな兄妹愛のある奴は、別に嫌いじゃないからな。
その深い愛情に免じて、オリヴィアの成長のためにもいっちょ、協力してやるとするか。
「それで? この決闘の勝敗はどう決めるって言うんだ? さっきの発言を見るに、殺し合いをするわけじゃないんだろ?」
「あぁ、そうだ。勝敗に関しては・・・・そうだな、先に剣を落とした方の負けとする。それと、降参の宣言をしても負けとしよう。まぁ、俺が降参を口にすることはないから・・・・このルールは貴様にだけ適用されるものだがな」
「そうかよ。まぁ、いいや。さっさとやるとしようぜ」
そう言って、俺は剣を鞘から抜き放つ。
そんな俺を見てククッと不気味に嗤うと、ヴィンセントは長剣を構え、口を開いた。
「では-----行くぞ!!!!!!」
地面を蹴り上げ、跳躍すると、ヴィンセントは俺へと向かって肩を狙った袈裟斬りを放ってくる。
だが、そのスピードはどう見ても剣神クラスとは思えない代物だった。
せいぜい、剣王の中でも下位に位置するくらいの・・・・大したことのない俊敏性だろう。
バルトシュタイン家の長子として挑まれたからには全力を以って敵を討たねばらない、とか言っていたくせに・・・・殺意のない手加減丸出しのその動きには、こちらも思わず吹き出しそうになってしまう。
「ア、アレスくん!! 危ない!!!!」
だが、称号持ちの剣速のレベルの違いなど知らないオリヴィアにとっては、それは剣神の全力の一太刀にしか見えていなかったのだろう。
オリヴィアは壁際で、大きく叫び声を上げていた。
俺はそんな彼女の姿を横目で確認しつつ、何とかギリギリ、偶然に振った剣がたまたま当たって防いだように見せかけて、ヴィンセントの袈裟斬りを相殺してみせた。
辺りに、キィィンという、剣同士がぶつかった鈍い音が響いて行く。
「----むぅ!?」
俺の胸を軽く斬って脅してみせたかったのだろうが、その思惑が外れ、俺が剣を防ぎ切ったことに瞠目して驚くヴィンセント。
そして彼は一瞬瞳をキラリと光らせると、歯を見せ、オリヴィアに届かないくらいの小さな声量でこちらに声を放ってきた。
「やるな、貴様。どうやら素人ではないな」
チッ、やっぱ気付いたか。流石に、ディクソンとは格が違うな。
あいつは偶然を装ったように見せた俺の剣を、ただの偶然であると、そう受け取って飲み込んだ。
だが、どうやらこいつは、今の適当に振ったように見せた剣を見て、一瞬にして俺に剣の経験があることを察知したらしい。
やはり、思った通り・・・・流石に『剣神』を騙すことはできないか・・・・。
次代の剣聖候補の一角と呼ばれる、四席しかない剣神の席のひとつに居座っているだけはあるな。
「面白い・・・・ククク、本当に面白いな、お前は。お遊びでお前を相手にする予定だったが・・・・純粋にお前の力がどれほどあるのか、試してみたくなってきたぞ?」
「それは勘弁してくれねぇかなぁ。お前、オリヴィアが俺を庇う行動を取るまで、俺を死なないように痛めつける算段なんだろ? それと、俺が降参宣言をし弱音を吐いた瞬間、俺とオリヴィアの婚約は端から無しにするつもり・・・・といった狙いもあるか。まぁ、お前が手を抜いている理由はそんなところだろうな。このシスコン野郎め」
「!? 貴様・・・・何故、それを・・・・!?」
目を見開いて驚くヴィンセント。
俺はそんな彼にフッと鼻を鳴らして笑みを浮かべる。
「俺もてめぇみたいな面倒臭い奴は、嫌いじゃねぇ。その作戦、特別に付き合ってやるよ。おら、次は防がないからよ、思いっきり斬って来いや。あっ、胸の辺りは斬らないでくれよ? そこはサラシが----いや、その辺は痛そうだから勘弁して欲しいんだ。極力、痛くて苦しむのは俺も勘弁だからな」
そう言って俺はヴィンセントから離れて、剣を構える。
すると彼は----今までに見せたことがない、朗らかで優し気な表情を浮かべた。
「フッ・・・・感謝するぞ、アレス。貴様は・・・・俺の妹に相応しい男だ。この戦いが終わったらぜひ、お前とは共に酒を飲みかわしたい」
そうポソリと呟いた後、ヴィンセントは剣を振り上げると、再度袈裟斬りを放ってくる。
俺はその剣をそのまま受け入れて・・・・肩をバッサリと斬られていった。
第61話を読んでくださってありがとうございました。
よろしかったら、モチベーション維持のためにブクマ、評価、お願い致します。
皆様、寒い日が続きますので、お身体の方をご自愛くださいね。
三日月猫でした!