第57話 元剣聖のメイドのおっさん、後方腕組父親面して、お嬢様に怯えられる。
満月亭に帰り、夕食の場で今日あったことをみんなに話すと、ジェシカが眼を見開き驚愕の声を上げた。
「えー--っ!! ロザレナ、『剣聖』に・・・・リト姉に会ったの!?」
そう叫ぶと、ジェシカはフォークで刺していたハンバーグの欠片をポロリと皿へと落とす。
そして、前のめりになると、目の前に座るロザレナへとキラキラと目を輝かせ始めた。
「リト姉、元気だった!? 相変わらず綺麗で格好良かった!? 私のこと何か言ってたかな!?」
「ちょ、ちょっとジェシカ!! あたしの顔に大量に唾が飛んできているわ!! 落ち着きなさい!!」
「あっ、ご、ごごごごめん!! 食事中にはしたなかったよね!! 本当ごめんね!!」
そう言ってしゅんとなって縮こまるジェシカに、ロザレナは呆れたようにため息を溢し、口を開く。
「ジェシカ、『剣聖』と知り合いだったの? 愛称で呼ぶくらいだから、結構仲が良いのかしら?」
「あっ、そういえば言ってなかったっけ? 私のお爺ちゃんは、リト姉のパパの・・・・つまりは先代『剣聖』の兄弟子だった人なんだ! だから、昔からうちの家とリト姉の家は交流があったんだよ!」
「先代『剣聖』って・・・・まさか、歴代最強の剣聖、アーノイック・ブルシュトロームのこと?」
「そうだよー! うちのお爺ちゃんとリト姉のパパのアーノイックさん? は、幼少のころから同じ師匠の元で育った兄弟分だったんだって!」
「へぇ・・・・何かジェシカって思ったよりも凄いところの出なのね。『剣聖』と知り合いだなんて、驚いたわ」
「えへへ。リト姉は、私の憧れのお姉ちゃんみたいな人なんだー。子供のころからよく遊んでもらっていたんだよ。本当、昔から強くて、かっこよくて、綺麗で・・・・私もいつかあんな人になりたくて、剣の道を志したんだー」
そう言って照れたようにはにかむジェシカに対して、ロザレナは優しく微笑んだ。
「憧れの人、ね。その気持ちはあたしにも分かるわ。あたしも、アネットに憧れ-----」
「フンッ、『剣聖』リトリシア・ブルシュトロームなど、我が師匠に比べたら矮小な存在だな。そんなくだらぬ存在に憧れを抱くなど、笑止。バカ女、貴様の底が知れるというもの・・・・・・ねぇ、そうですよね、師匠っ!」
隣から、目を輝かせて俺に声を掛けてくるグレイレウス。
俺はそんな彼を無視して、今日作った自分の夕食を黙々と口に運び、ひとり、評価を呟いて行く。
「もぐもぐ・・・・んー、ちょっと味が濃すぎましたかね。ハンバーグにかけたデミグラスソースの作りが少々、いまいちだったかもしれません。これじゃあお婆様にお叱りを受けてしまいますね」
「----だそうだ! バカ女、この世界には『剣聖』よりも偉大な存在がいることを理解すると良い!」
「・・・・・・いったい何を言っているの、このマフラー男は・・・・今、アネットは料理の感想しか言っていなかったじゃない・・・・」
「黙れ、ロザレナ。オレは我が師の偉大さを、このバカ女に知らしめないといけないのだ。尊敬すべき偉大なる彼女の二番弟子として、な」
そう言って不敵な笑みを浮かべながらジェシカを睨みつけるグレイレウス。
だが、ジェシカも負けじと彼を鋭く睨みつけた。
「・・・・・・先輩、私をバカバカと言うのは構わないけど、リト姉を馬鹿にするのだけは許しておけないよ。リト姉は王国最強の剣士なんだ。アネットには失礼な物言いになるかもしれないけれど・・・・たかがメイドと比べて良い存在じゃないんだよ。私はリト姉の剣を直に見たことがあるから分かる。あの剣は、常人が語れるレベルのものなんかじゃない。だから、不用意な発言は控えた方が良いよ、グレイレウス先輩」
「ほう? 普段はヘラヘラと呆けているばかりのバカ女が・・・・一端にこのオレに殺気を放つとはな。フン、面白い。『剣神』の孫の実力が如何ほどのものか試してやろう。表へ出ろ、バカ女」
「望むとこ----」
「二人とも~~~? 夕食は仲良く、食べましょうね~~~?? せっかくアネットちゃんが作ってくれたんですから・・・・残したら、私、許しませんよ~~~?」
バキっと、手に持っていた鉄製のスプーンの持ち手をへし折るオリヴィア。
柔和な笑みを浮かべながら青筋を立てる彼女のその姿に、グレイレウスとジェシカは佇まいを正し、食事の手を再開させた。
「・・・・・フン、オリヴィアに助けられたな、バカ女。自分の幸運に喜ぶと良い」
「私、この寮の人たちは基本みんな好きだけど・・・・やっぱりグレイレウス先輩のことだけは嫌いだよっ! 絶対にこのマフラー先輩とは仲良くなれる気がしないっ!!!!」
「まったくもって同感だな」
そう言って二人は剣呑な雰囲気を漂わせながら、食事を進めて行った。
何処か重い空気が漂う中、満月亭の中で一番空気の読めない男が、堂々と口を開く。
「ふむ。それよりもメイドの姫君たちは『白銀の乙女』に会ったのだろう? 伝え聞く話によれば彼女は、王国の至宝とも呼ばれる美貌を誇るらしいが・・・・どれだけの美人だったのかね? このマイスに詳細を教えてみると良い! はっはっはー!」
年中女のことしか考えていないこの残念イケメンは、前髪をファサと靡かせると、爽やかな笑みを俺とロザレナに向けて来るのだった。
・・・・・俺は最近、自分の出生について色々と頭を悩ませているというのに、こいつは毎日幸せそうに生きてやがるな・・・・。
この男の能天気さには呆れを通り越して、少しばかり羨ましいものがあるなと、そう思ってしまう俺であった。
翌日、いつものように満月亭の面々と時計塔に登校し、各々のクラスへと向かって行った皆を見送った後。
俺とロザレナは何事も無く廊下を進んで行き、6階最奥にある黒狼クラスの教室に入る。
すると、そんな俺たちの姿に反応したルナティエが席を立ち、こちらへと近付いて来た。
「おはようございますわ。ロザレナさん、アネットさん」
「おはよう、ルナティエ。・・・・なんだか、朝、あんたに普通に挨拶されるのはどうにも慣れないわね」
「ふん、慣れなくても結構ですわ。わたくしたちはただ、打倒毒蛇王クラスのために手を組んだにすぎませんもの。学級対抗戦が終わったらまた敵同士ですわ」
「まぁ、あんたが素直にあたしに従うとも思えないから、別にそのスタンスでも構わないけれど・・・・でも、クラスにとってマイナスな行動はしないようにしなさいよね。あんた、もうこの黒狼クラスの副級長なんだからね?」
「当然ですわ。このわたくしが副級長になったからには、フランシア家の名に賭けて、必ずこのクラスを邁進させてみせることを誓ってあげますわ。その点については安心なさい! オーホッホッホッホッ!!!!」
あらあら、また高笑いしていらっしゃいますわ。ドリルティエ様が朝からご機嫌な様子で何よりです。
でも、朝早くからその高笑いはちょっと耳にキンキンと響くので止めて欲しいところですわ・・・・切実に。
「さて、無駄話はこれくらいにしておきましょうか。ロザレナさん、こちらに目を通してもらえます?」
「何これ? ノート?」
「中をご覧なさい」
ロザレナは不思議そうに頷くと、ルナティエから手渡されたそのノートをペラペラと捲って行く。
俺も隣から覗き込み、そのノートの中身を確認していった。
「これは・・・・」
そこには、黒狼クラスに在籍している36名全員の名前がびっしりと書かれており、各生徒を5つのグループに分けて編成してある、部隊表が書かれていた。
剣兵部隊に16名、魔法兵部隊に6名、衛生兵部隊に5名、弓兵部隊に6名、指揮系統部隊に3名。
その中でロザレナは剣兵部隊、俺は魔法兵部隊に組み込まれていた。
昨日の能力適性検査の結果を踏まえて、ルナティエはこの表を一晩で書き終えたのだろうか・・・・やはり、俺が思った通り彼女は副級長に適任な存在だったな。
ロザレナだったらこのような編成表を作るのに、頭を悩ませて一週間くらいはかかってしまうことだろう。
この表を見た感じ、明らかに間違った人選もないと見えるしーールナティエの事務処理能力がかなり高く、彼女が補佐役としては完璧な人材だということが窺えるな。
「どうですの? 何か、おかしなところはないかしら?」
「う、ううん。これで大丈夫・・・・というか、昨日の検査結果に応じて、本当、僅かなミスもなく完璧に編成できていると思うわ。やるわね、ルナティエ!」
「当然ですわ。わたくしはこの学級対抗戦、本気で勝ちに行くつもりですもの。手札のカードを完璧に使いこなせなくては、気高き指揮官の家、フランシア家の名が廃りますからね」
「指揮官というか、あんたは中間管理職に向いてそ----何でもないわ。さて、じゃあ今朝のミーティングは、さっそくこの部隊でグループ組んでもらうことにしようかしら。これから学校対抗戦まで、このグループで各自に見合った特訓をしてもらうことになるのよね? だったら、今の内に連帯感高めといた方がいいわよね」
「ええ。そう思って、既に各部隊での訓練を取り仕切る、部隊長なるものを準備しましたわ。そのノートの次のページをご覧なさい」
「部隊長? どれどれ・・・・剣兵部隊 部隊長〖マルギル・ロウルス・カストール〗。魔法兵部隊 部隊長〖ベアトリックス・レフシア・ジャスメリー〗。衛生兵部隊 部隊長〖アストレア・シュセル・アテナータ〗。弓兵部隊 部隊長〖ガゼル・ヴァン・オルビフォリア〗。指揮系統 部隊長〖ルナティエ・アルトリウス・フランシア〗。・・・・・あたし、何で部隊長じゃないの? 級長なのに?」
「当然ですわ。貴方はこのクラスで一番剣の才能があるのかもしれませんけれど、まだ素人に毛が生えたレベルですもの。部隊長には各自生徒の特訓を見てもらうことになりますから、必然的に一番経験のある生徒を付けなければなりませんの。お分かり?」
「むー・・・・。まぁ、言いたいことは分かるけれど、何だか釈然としないわねぇ。・・・・それに、アネットっていう最強の師匠がいるから、他の生徒からの指導なんて今さら受ける気が微塵も起こらないのだけれど・・・・」
「何か言いまして?」
「いいえ、何でも。でも、気になったんだけど、弓兵部隊の生徒ってどういう風に選別したわけ? 昨日、弓の技能に関しては確かめていなかったわよね??」
「簡単ですわ。弓の才能のある人間は総じて、剣の闘気も、魔法の因子も持たないものですから。昨日の結果で、何の能力もない生徒たちを全員集めて編成したのが、この弓兵部隊ですの。あぁ、部隊長に関してはその中から元々弓の経験がある生徒を事前に調査して、配置しましたから。ご心配なく」
「へぇ~・・・・。ルナティエっていっぱい色んな知識持っているのね~・・・・」
「貴方が何も知らなすぎるだけなのではなくって?」
「素直に感心してあげてたのに・・・・相変わらず嫌味な奴ね、あんた」
「オホホホホホ!! 脳筋ゴリラ女がこちらを睨んでおりますわ~。怖いのでわたくしは自分の席に戻ります。ご機嫌よう、ロザレナさん。・・・・ア、アネットさんも」
そう言って一瞬チラリと俺に熱のこもった視線を向けると、ルナティエはぴゅーっと自分の席へと戻って行った。
そんな彼女に呆れたため息を溢しながら、ロザレナは自分の席へと向かって行く。
俺も遅れずに、彼女の後ろをついていった。
「まったく、あの女はアネットに声を掛ける時だけ別人のようになるのだから・・・・あの突然しおらしくなるルナティエの姿を見るだけで、何だか吐き気が込み上げてくるわね」
「フフフッ、私はお嬢様がルナティエ様と仲良くなられて嬉しい限りです。先ほどのやり取りは、まるで仲の良い姉妹同士の喧嘩のようでしたよ?」
「うげーっ、朝から気持ちの悪いこと言わないでよ! あんな女と姉妹だとか想像するだけで寒気が立つわ!」
そう言いながらも、ロザレナの顔からはそんなに嫌な気配は感じられなかった。
ついこの前までロザレナとルナティエはあんなに険悪な関係だったというのに・・・・今のこの二人の様子を当時の俺に言ったら、きっと驚いて腰を抜かすだろうな。
シュッゼットという共通の敵が産まれたから仲が深まった、という要因も勿論あるのだろうが・・・・きっとこれは、互いに人として、ライバルとして認め合ったからこそ、こんなに距離が深まったのだと、俺は思う。
まさか、黒狼クラスでのお嬢様の最初の友達がルナティエになろうとは・・・・本当に人生という奴は、何が起こるか分からないものだな。
この調子でお嬢様にはもっともっと、お友達を作ってもらいたいところだ。
「・・・・・何よ、急に温かい目であたしのこと見てきて」
「あの私の背中に隠れていたお嬢様が、こんなにご立派になられて・・・・私はとても嬉しいです。よよよよ・・・・」
「は? い、いったい、急に何を言っているの、貴方?」
「ファイトですよ、お嬢様! 私は陰ながらお嬢様のことを見守っていますからね! お嬢様なら友達100人、できますよ!!!!」
「え、待って、怖い怖い怖い! 友達100人って何!? い、いったいアネットはあたしの何を応援しているの!?」
娘を見守るように後方腕組み父親面していたら、何故か恐怖心を持たれてしまうおじさんでした。
うんうん、今日もロザレナは頑張っているなー、見習ってお父さん(偽)も、頑張らないとなー。
「怖いっ!! 何かアネットがすごく怖いわ!!!!」
「待ってくださいお嬢様、席は隣なのですから、逃げても無駄ですよ?」
「い、いや-----っ!!!!! その生暖かい目、止めて-----!!!!! 何か凄いゾワゾワするの!!!!」
こうして、平和な朝の時間が流れていったのでした。めでたしめでたし。
「来ないでぇぇぇぇ!!!!! その目であたしを見ないでぇぇぇぇ!!!!!!」
第57話を読んでくださってありがとうございました!!
ここから第二章の物語をどんどん先へと進めていきたいと思います!
お付き合いいただければ、幸いです!
いいね、ブクマ、評価、本当に励みになっております! いつも皆様、ありがとうございます!
続きは明日投稿する予定ですので、読んでいただけると嬉しいです!
皆様、良い日曜日をお過ごしください。
三日月猫でした! では、また!