第54話 元剣聖のメイドのおっさん、愛弟子と再会を果たす。
「ふーん? 縁談を断るために、オリヴィアさんの恋人を演じるための男装を、ねぇ・・・・。何だかいつの間にか突拍子もない頼み事をされてしまっていたのね、アネットは」
俺の隣でそう呟きながら、ロザレナは商店街を眺め、道を歩いて行く。
夕刻時のため、辺りには下校する学生たちの姿が多く見受けられた。
中には黒狼クラスの生徒の姿もあり、皆、各々仲の良い生徒たちと楽しげに雑談しながら帰路についている様子が窺える。
聖騎士団駐屯区の商店街通りには、そんな和気藹々とした雰囲気の学生たちの姿があちらこちらに散見できた。
俺とロザレナは学区内の寮暮らしなので、少しだけ、ああいう風に下校する光景には憧憬の念を抱いてしまうところだな。
そう、赤い夕陽に目を細めながらその光景をボーッと眺めていると、横からロザレナがムッとした顔をこちらに見せてくる。
「ちょっとアネット! あたしの話、ちゃんと聞いているの!?」
「あ、も、申し訳ございません、お嬢様。オリヴィア先輩の話、でしたよね?」
「そうよ。しっかし、意味が分からないわね。何でアネットが男装しなければならないのよ? わざわざ女性を変装させるより、元々男であるグレイレウスとかマイスとかに頼めば手っ取り早く済む話なんじゃないの?」
「勿論、私もそう、オリヴィア先輩には申し上げました。ですがどうにも、先輩はあの二人には任せたくはない様子のようでして・・・・」
「なんでよ?」
「それが、理由を聞いても答えてはくださらないんですよ。ただ分かったのは、この件をどうしても私に依頼したいという強い思いがあることだけで・・・・その、普段のオリヴィア先輩らしからぬ強情さに、思わず私も断り切れなかったんです」
「なるほど、ね。確かに、聞いているだけでも何だかオリヴィアさんらしからぬ行動のような気はするわね。ルナティエのような性悪女だったら、いつもと違う行動を取ったりしたら、何か裏があるんじゃないかと疑うところなのだけれど。・・・・あのオリヴィアさんがアネットを騙すようなことをするわけがないだろうしねぇ。うーん、ただ純粋に、アネットを頼りたかったか・・・・・それか・・・・・」
そう言って顎に手を当て、複雑そうな面持ちをすると、ロザレナはチラリとこちらに視線を向けて口を開く。
「単に、オリヴィア先輩が男装する女性が好みなだけ、だったりして?」
「・・・・・・・・仮に男装女子が好きだとしても、あのオリヴィア先輩が、自分の欲を満たしたいがために後輩にそんなことを強要するとは思えませんが・・・・・」
「はぁ、まったく。アネットは女なのに、たまに女心を分かっていない時があるわよね。女の子はね、好きな人のためなら時には強情にもなるものなのよ。目的のためなら手段は選ばないの」
「好きな人のため、ですか? 勿論、オリヴィア先輩が後輩として私に好意を向けてくれていることは理解していますよ? ですがお嬢様の言う、恋愛的な意味で私を好きだとは・・・・どうにも思えませんよ。やはり彼女は、私を純粋に頼ってくれているからこそ、この件を持ってきたのだと思います」
「・・・・・・でも、ねぇ。何か時々、オリヴィア先輩ってアネットのことを熱のこもった目で見ている時があるのよね。あれは、間違いなく恋愛的な視線・・・・ううん、やっぱ、ちょっと違うかも。あれは、まるで・・・・そう、他の誰かとアネットを重ねているような・・・・そんな雰囲気がするわね」
「他の誰かと、重ねる?」
「ただのカンよ、カン。あたしがそういうふうに感じたってだけだから。あんまり深く考えないでちょうだい」
そう言ってロザレナは大きくふぅと息を吐くと、剣や槍、盾、鎧などが店先にディスプレイされている武器屋の店舗へと歩みを進めて行く。
そしてくるりとこちらへと振り返ると、後ろに手を回し、歯を見せてはにかんだ。
「オリヴィア先輩のことは一先ず置いておくとして・・・・。今日の目的はここよ! この武器屋よ!! ささっ、どんな剣があるのか見に行くわよー、アネット!!」
「あ、はい! 了解致しました! ・・・・・って、お嬢様、店頭に置かれている武具の値札をざっと見るに、この武器屋は結構、お高めなものが並んでいるのではないのでしょうか? 先ほど通り過ぎたあちらの武器屋の方が、もっと手ごろな値段のものが置いてありましたよ?」
「ギクッ! い、いいのよ! 見るだけなんだから! そう! この店でどれだけのものがあるのか、記念に見るだけなのだからっ!!!! 値段は気にしなくてもいいの!!!!」
「・・・・・まさか、昨日学校から渡された決闘の勝品の入学金二人分を、ここで使うわけではありませんよね? あれはお爺様とお婆様に渡すお金ですよね? お嬢様・・・・」
「そ、その通りよ!? な、何を言っているのよアネット!!!! あたしがそんな恩知らずの女だと思った!? 失礼しちゃうわね!!!!!」
「・・・・・・・・・・お嬢様?」
「あーもう、何よ、その疑惑の眼差しは!! 本当にそんな気は一切ないから!! ほら、行くわよ!!」
そう言ってロザレナは俺の手首を掴むと、無理やり店の中へと入って行った。
「うわぁ、武器屋って初めて入ったけれど、すごいわね! 所狭しと剣や槍、鎧や盾が飾られているわ!!」
ロザレナは店内の中を感嘆の息を溢しながら見回すと、ふいに足を止め、入り口付近の壁に掛けてある一本の刀へと視線を向ける。
その刀の刀身は夕闇をそのまま映し出したかのように紅黒く染め上げられており、一切の光を反射しておらず、見るだけでも異様な雰囲気を辺りに漂わせていた。
「この刀剣・・・・なんだか、すごい気配を感じるわね・・・・・」
目を見開き、紅黒い剣を凝視するロザレナ。
俺はそんな彼女の隣に立ち、同じように刀剣を見上げる。
その見覚えのある形状の刀に、俺は思わず目を見開いて驚いてしまった。
「・・・・・・・・これは、もしかして・・・・」
「? この刀を知っているの? アネット」
「あっ、はい。これは王国の刀匠、ラルデバロンの傑作と言われる【狼の牙】の二対の内のひとつ、『赤狼刀』ですね。まさか、このような路端にある武器屋にこれが置いてあるとは・・・・正直、自分も驚きました」
稀代の刀匠ラルデバロンが寿命で亡くなる寸前の臨終の際、過去に戦争で失った娘の復讐のために、帝国への恨みを込めて作ったとされる呪いの妖刀。
その内のひとつが、この『赤狼刀』であり、そしてもうひとつが、生前の俺、アーノイック・ブルシュトロノームが好んで愛用していた『青狼刀』だ。
妖刀という名前の通り、この刀はどちらも呪われた代物であり、装備した者がこの刀の力を掌握できなかったその時は、使用者のその身に不幸な災いが招かれるとされている。
そんなマイナス効果が宿る剣ではあるが、その分、この刀に宿っている殺傷性は並みの剣を軽く凌駕していた代物だった。
俺が生前持っていた『青狼刀』には反・治癒魔法効果が付与されており、一度この刀で相手に傷を付けるとその斬り傷は治癒魔法でも永久に癒すことが出来ず、対象に刻み付けられたダメージは一生蓄積し、残り続けることとなる。
そんな、非常に強力な魔法封じの効果が、俺の持つあの刀には宿っていた。
この、今、目の前にあるもう片方の『赤狼刀』に関しては、あまり文献もないため、いったいどんな効果が宿っているのかは定かではないが・・・・恐らく、『青狼刀』と同等の高位スキルが付与されていることは間違いないだろう。
額を付けるのならば金貨数千万はくだらない程の、最上級の業物であることは間違いがない。
「・・・・・・・しかし、懐かしいな」
姉妹剣というからには、やはり、見た目は殆ど『青狼刀』と変わらないんだな。
敢えて異なる箇所を探すとするならば・・・・そうだな、刀身の色だけが、違うかな。
青狼刀は青黒く鈍い色をしていたのに対して、この赤狼刀は紅黒く鈍い色をしている。
一介の剣士としては、一度試し斬りをさせてもらいたいところではあるが・・・・値札が付いていないことを鑑みるに、恐らくこの剣は売り物ではないのだろう。
誰彼構わずむやみやたらに簡単に持ったり、振ったりして良い代物ではないことが目に見えて分かる。
「・・・・・お嬢様。確かにこの剣は・・・・素晴らしい代物ですね」
「ええ、そうね。・・・・・・いつかあたしも、こんな刀に見合うような剣士になれたら良いわね」
そう言って彼女は漆黒の剣から目を離すと、こちらへと顔を向け、ニコリと俺へと微笑んできた。
俺も彼女に対して同じようにして微笑み、コクリと頷く。
「お嬢様。業物と呼ばれる高位の刀剣というものには、意志が宿っているとされております。ですから、剣は持ち主を選ぶものであると、古くからそう言い伝えられているのですよ」
「意志が、宿る・・・・?」
「ええ。お嬢様がご成長なされれば、いずれ、貴方様の相棒となる業物の剣と巡り合う機会が必ずやってきます。それは、この剣なのかはどうかは定かではありませんが・・・・・・努力を惜しまなければきっと、お嬢様の運命の刀剣に出逢えるはずです。ですからこれから、多くの研鑽を積んでいって、剣の修行を頑張っていきましょうね」
「・・・・・うん。そうね。次にまたこの武器屋に来たら、この剣をもう一度眺めて、この子に見合った自分になれているか・・・・・改めて自分の成長の度合いを確かめてみるとするわ」
「フフッ、はい。とても良いことだと思います。お嬢様ならきっと、いつか業物に見合った立派な剣士に-----」
「私にあの剣を売れないというのは、いったいどういうことなのですかっっっ!?!?!?!?」
その時、店内に・・・・聞き覚えのある、懐かしい叫び声が鳴り響いた。
何事かと思い、俺とロザレナは声が聞こえて来たカウンターへと同時に視線を向けてみる。
するとそこには、長い耳をした森妖精族の少女、リトリシア・ブルシュトロームの姿があった。
彼女は、カウンターの奥で新聞を眺める初老の店主に食って掛かるような勢いで、もう一度大きな叫び声を上げ始める。
「あの刀・・・・『赤狼刀』が入荷したと聞いて来てみれば・・・・貴方、私が誰なのかを理解しているのですか!? 私は王国最強の『剣聖』、【閃光剣】リトリシア・ブルシュトロームです!! この私に剣を売らないというのは、ひいては王国の安寧を脅かすことに加担するという意味合いにとられかねませんよ!?」
「・・・・・・まったく、ピーピーとやかましいお嬢さんだ。『剣聖』だろうが何だろうが、あの剣とお前さんはどう見ても相性が悪いことは一目見て理解できる。売ったところで腰にぶら下げるアクセサリーになるのがオチだ。わかったんならとっとと帰んな」
「申し訳ありませんが、帰ることはできません。私は何としてでも、あの刀を手に入れなければならない責務があります。・・・・・貴方はいったい何を求めているのですか? お金ですか? でしたら希望額を教えてください。どんな手を使ってでも必ず支払ってみせますので」
その言葉に大きくため息を吐くと、店主の男は新聞の上からリトリシアの腰へと視線を向ける。
「・・・・・お前さん、その腰に付けている青狼刀を御しきれていないと見えるな。普段は別の剣を使ってんだろ? 鞘に付いた汚れの差から見て、一目で分かるぞ?」
「・・・・・・・だから、何だと言うのですか?」
「剣の特色を理解し、ちゃんと扱える能力の無い奴に、あの『赤狼刀』を売るわけにはいかないんだよ。そもそも妖刀っつーのは、修羅の道を通ったことのある、血に飢えた悪鬼にしか扱えない代物だ。お嬢さんのようにまっすぐな性格の剣士とはどう考えても相性が悪い。いくら腕があっても、これだけは仕方がないってもんだ」
そう口にした店主に対して、リトリシアは深く、頭を下げ始めた。
「・・・・どうか、お願い致します。あの『赤狼刀』は、ラルデバロンの姉妹剣のもう一対は、私の父、アーノイック・ブルシュトロームが生前、とても欲していた刀なんです。ですから、父の墓標に、あの刀を添えてあげたいのです。なのでどうか・・・・・私にあの刀を購入させてください」
悲痛そうな声でそう発するリトリシアに対して、店主の男は新聞をたたむと、眉間に皺を寄せ静かに口を開いた。
「悪いな。俺は死んだ奴によりも、生きている奴に、この剣を扱える者だけに、あの剣を売ってやりたいんだ。お前さんの親父さん・・・・かの高名な【覇王剣】様ならきっとこの気持ちを理解してくれると思うぜ。剣っていうのは飾りじゃない、人を殺すための道具なのだからな」
「・・・・・・・・・・・・」
リトリシアは無言で頭を上げると、キッと店主を睨みつけ、怒りを込めて言葉を放つ。
「・・・・私の父を勝手に解釈して語らないでください。師匠なら、そんなことは絶対に言いません。一度も会ったことがない貴方が・・・・アーノイック・ブルシュトロームを語ることなど到底許されることではない発言です。次にその口で妄言の類を吐いてみなさい・・・・・二度と喋れないように、私がこの手で貴方の首を切断します」
そして、一瞬だけ殺気を放つと、リトリシアは踵を返し、俺たちの真横を通っていく。
すれ違い様、俺はリトリシアに憐憫のこもった目を向けるが・・・・彼女はそんな俺の様子になど気が付くはずもなく。
そのまま店の外へと、怒気を含んだ雰囲気を漂わせながら、出て行くのであった。
そんな彼女の姿に、店主は呆れたようにため息を溢す。
「あれが、今代の剣聖様、か。何か、色々と歪んでいるように感じられるな」
我が娘のことながら・・・・本当に申し訳のないことだな。
というかこの身体になって、アネットに転生してから初めてあいつを見たが・・・・姿かたちもそうなんだが、俺が亡くなる前と一切、様子は変わってはいないように感じられるな。
・・・・いや、俺が生きていた時よりも酷くなってはいそうか。
相も変わらず俺の影を追い続け、俺の意志を優先して、剣聖の座に居座り続けている。
ルナティエのように、敗北を知って自身の過ちを理解できるのなら、それで良いのだが・・・・あいつは天才が故に、敗けるということを知らなかった。
それが助長した結果、あのように、この世に居ない父親へと歪んだ愛情を向け続け、死んだ父に成り替わろうと、歪な有様となっている。
俺ではない、他の誰かが彼女のあの暴走を止めてくれることを願いたいばかりだが・・・・。
俺が知る限り、あの天才を止められる剣士など、現時点においてこの王国には存在していないだろうな。
【閃光剣】リトリシア・ブルシュトロームは、間違いなくこの国最強の剣士であることは揺るぎようがない。
「何、今の・・・・。相変わらず感じ悪いわね、あの森妖精族。幼少の時見た時から印象がまるで変わらないわ。剣聖なのか疑わしい奴ね、本当に!」
「・・・・・・・・お嬢様の目から見て彼女は、剣聖に相応しくないと、そう思いますか?」
「え、うん、それは昔会った時からそう思っていたけれど・・・・・どうしたの、アネット。何だかとても悲しそうな顔をしているけれど? 何処か具合でも悪いの? 大丈夫?」
「・・・・・・・・・・・いえ。何でも、ありません・・・・・大丈夫です」
今、店から出て行ったリトリシアを追いかけ、俺がアーノイック・ブルシュトロームだという事実を彼女に教えてあげたら・・・・リトリシアはきっととても嬉しそうな顔をしてくれるだろう。
彼女なら溢れんばかりの涙を溢し、俺が生き返ったことを、手放しで喜んでくれることは間違いがない。
だが・・・・・・それでは彼女は結局、俺という呪縛から解き放たれることはこの先、二度とないと思われる。
またあの雪山で俺と共に暮らし、俺だけのために生を全うし続ける、人形のような人生を送ることになってしまうだろう。
俺は父親として彼女に、そんな人生を歩んでほしくはない。
いつか彼女が誰かに敗北し、俺という呪縛から解き放たれ、ひとりの人間として自分の意志を持って自立したその時は・・・・・また、二人でゆっくりと話をしてみたいものだな。
俺はふいにちらりと、剣を物色するロザレナの顔を盗み見る。
彼女のその顔は、その紅い瞳は、変わらず前だけを見据えて、闘志の炎を燃やし続けている。
いつの日にかロザレナが・・・・・リトリシアに敗北を知らしめてくれる剣士になってくれることを・・・・・・・・俺は今、強く切望してしまっていた。
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三日月猫でした! では、また!