第53話 元剣聖のメイドのおっさん、自分のルーツに疑惑の念を抱く。
手をかざすと、その瞬間、目の前の水晶玉が徐々に色を変化させていった。
その変化を、俺の代わりに記録を付けてくれているロザレナが、口に出しながらノートに書き写していく。
「赤、青、緑、茶色・・・・え、ちょ、ちょっと待って!? ま、まだ続くの!? む、紫、水色、黄色、肌色、灰色・・・・あっ、や、やっと終わった!?」
その次々と色が変わっていく水晶玉の光景に、背後にいるクラスメイトたちはザワザワとざわめき声を上げ始める。
「な、何であのメイド、あんなに魔法の適性を持っているの!? おかしくない!? だって、ただの使用人でしょ!? あの子!!!!」
「ど、どうなってるんだ!? 魔法の名門の家系出身でもない奴が、何故、あれほどの適性の数を・・・・!?」
「こ、壊れてるんじゃないのか!? あの魔道具!? そうとしか考えられないだろ!!!!」
そんな喧騒を横目に、水晶に映し出されたその魔法適性の多さに驚いたロザレナが、俺へと急いで詰め寄ってきた。
「・・・・ア、アネット!! いったいこれは、どういうことなわけ!!」
「どういうことなわけ、と言われましても・・・・」
どういうことだと言われても、正直俺自身、目の前に起こったこの事実に混乱していたため、上手く説明することが叶わなかった。
だから、周りと同じように、俺もただただ慌てふためくことしかできはしない。
「も、申し訳ございません、お嬢様。自分でもいったい何が何だか---」
「貴方、以前に自分は魔法の才能が無いとか言ってなかったっけ!? 何でこんなに魔法適性があるのよ!? まさか、今まであたしに嘘付いていたってわけ!?」
「う、嘘などは付いてはおりませんよお嬢様!! 現に私は以前、レティキュラータスの領村のシスターに信仰系魔法を教わった時には、貴方には魔法の才は無いと直接言われましたから・・・・・それに、生前は魔法因子が無かったので、ひとつも呪文を使えなかったわけですし・・・・」
「生前って何よっ!?」
「あ、い、いえ、すいません、何でもないです! と、とにかく! 私が魔法の適性があるというのはおかしな話だと思われます!! ルナティエ様、この魔道具が、故障している可能性はございませんか・・・・!?」
そう目の前のルナティエに声を掛けると、彼女は驚愕の表情を浮かべながら首を横に振った。
「い、いえ、アネットさん。この水晶は間違いなく故障などしてはいませんわ。・・・・にしても、本当に驚きましたわね。火、水、風、地の四大元素の適性に加えて、毒、氷結、雷、補助、情報、の適性をお持ちだとは・・・・・まさかこんな身近に掘り出し物があるとは思いませんでしたわ!! 複数の適性を持つ『多重呪文詠唱士』は、この学院中の生徒を探しても、他にはシュゼットさんくらいしかいらっしゃらないのではなくて?」
「・・・・・俺に、魔法の適性がある? 本当に? い、いったいこれは・・・・どうなっていやがるんだ・・・・?」
元来、魔法の適性があるかどうかというのは、身体の血中に宿る因子が大きく関わってくる。
例えば父親に火属性の適性があり、母親に水属性の適性があると、産まれてくる子供は両方の適性を持って産まれることが多い、といった風にな。
勿論、両親がその適性を持っていたからといって、子供が完全に魔法の適性を受け継ぐかどうかは定かではないのだが・・・・・自分の祖先に魔法の因子を多く持っていた子孫ほど、魔法の能力というものは多く受け継がれやすくなっていく、それが魔法の因子の仕組みとなっている。
分かりやすい例をあげるとするならば、帝国という国自体が、良い例となっていることだろう。
剣の国である王国と違い、隣国帝国では、魔法こそが最も偉大な力とされており、魔法を多く使える者が高貴な出の者とされている・・・・所謂、魔法因子血統至上主義が掲げられている。
したがって、帝国貴族の殆どが魔法の因子を多く含む家系と繋がることを、切望している者が多いのだ。
それは、自分の家の子孫に多くの魔法因子を残したいが故のことであり、その結果、帝国貴族に名を連ねる殆どの者には『多重呪文詠唱士』が多く、皆、上~特位級を持つ最高位魔術師が多いと聞く。
だが、ここは・・・・聖騎士が国を守護する剣の国、王国だ。
王国では魔法因子というものはそこまで重要視されてはおらず、魔法の才のある家系というのは、本当に限られた一族しかいないとされている。
何故なら王国にとって魔法は、剣士のサポートをする程度ものでしかないと、そう認識されているからだ。
だから、魔法だけに心血注いで研究に没頭する者は、滅多にいない。
・・・・・それなのに、だ。
それなのに何故、王国で産まれたはずの俺に、こんなにも・・・・・魔法適性の因子があるのだろうか。
ただの使用人であるイークウェス家に、これほどの数の魔法の因子などがあるわけがない。
間違いなく、俺のこの魔法因子には・・・・父方の血が、大きく関与していると見て良いだろう。
(・・・・・・・・アネット・イークウェス、お前はいったい何者なんだ?)
王国にはあまりいないシアンブルーの瞳に、魔法の因子のある家系・・・・・まだ憶測の段階を抜けてはいないが、段々と何かが、繋がっていきている気がする。
だが、その背景を詮索するのには・・・・同時に危険な予兆も感じられる。
マグレットから聞いた、母、アリサ・イークウェスの最期。
彼女は何故、背中から矢を撃たれ、殺害されたのか。
それは間違いなく、俺の父方の血と因果関係があるものなのだろう。
どうにも、きな臭い。
何者かが裏で暗躍している、そんな気配を感じざるを得ないな。
「ど、どうしたの、アネット? 何だか怖い顔をしているけれど・・・・?」
不安そうな顔でこちらを覗き込むロザレナに、俺は慌てて佇まいを正す。
「あっ、い、いえ、お嬢様。何でもありません。少し考え事をしていただけです」
「考えごと? 何か、深刻そうな雰囲気を出していたけれど? 大丈夫?」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありません。・・・・では、お次はルナティエ様の番ですね」
俺はルナティエから水晶玉を受け取り、彼女に微笑みを向ける。
するとルナティエはコクリと、神妙な顔をして小さく頷いた。
「ええ、分かりましたわ」
そうしてルナティエは木剣を持って、木人形の前へと立つ。
そして大きく息を吐くと、ぽそりと呟いた。
「・・・・・ロザレナさんとアネットさんの能力を見た後では、何だかどちらの分野に置いても今のわたくしでは勝てそうにはない気がしますわね・・・・ですが、かといって挑戦しないという道は、わたくしの道にはありませんわ!!」
そう言った後、ルナティエは横薙ぎに一閃、木人形へと剣を放っていった。
その後、木人形の上に表示された数値は〖88〗。
〖88〗は、このクラスにおいてはロザレナの次に高い闘気の値だ。
間違いなく彼女にも、剣の才があると見て良いだろう。
見た感じ速剣型のようなので、剛剣型のロザレナに威力で劣るのは仕方のないことではあるのだが。
続いて、ルナティエは俺の持つ水晶玉へと手をかざす。
変化した色は、青、水色、灰色。
どうやら、水属性、氷結属性、情報属性の適性が彼女にはあるようだ。
その結果を見て息を吐くと、ルナティエは誰にも聞かれないように、小声で口を開いた。
「・・・・・・分かってはいたことですが、わたくしはやはり、剣も魔法も才能があるとは言えませんわね。ですが・・・・・積み重ねた努力は裏切りませんわ。敵わないと知っても尚、絶対にわたくしは剣も魔法も諦めはしません」
そう言って納得気に頷くと、勝ち誇った笑みを浮かべるロザレナの元へ、ルナティエは堂々とした佇まいで向かって行った。
彼女は・・・・ルナティエは、ロザレナに敗北したことによって何処か大きく成長したように感じられるな。
以前までは妄信的に自分を天才だと信じ込んでいる傾向が見られたが、今の彼女はちゃんと状況を理解し、自分に足りないものを自覚し始めている。
剣の道においては過度な自信を抱くことは時には良いこともあるが、それだけでは成長の兆しが見られることはけっしてない。
自分に足りない能力を認識して、それでも尚、諦めずに研鑽を積める者だけが、名うての剣士となれる。
俺はやはり、この学校の在り方・・・・敗けた者を廃棄物のように捨てる教育方針には、どうにも大きな疑問を抱いてしまうな。
何事においても勝負事というのは、常に、勝った者だけが栄光を掴めるものだとは限らない。
徹底的に打ちのめされ、敗けた者が、いずれ勝者を越えて高い位置に登ることだってある。
敗因を理解し、前へと進める道を自身の手で切り開いていく、それが人の成長なのだと、俺は思う。
放課後。
明日のミーティングでは、クラスメイトひとりひとりをそれぞれの特色に合った部隊に編成すると告げて、ルナティエは教室から去って行った。
部隊編成・・・・あの結果から鑑みるに、俺は間違いなく魔法兵部隊に組み込まれることになるのだろうが・・・・・生活魔法の、周囲を明るくするだけの信仰系魔法【ホーリーライト】しか使えない今の俺が、魔法兵部隊に編制されたところで、何か役に立てるとは到底思えないんだよなぁ。
適性があるなんて言われても、そもそも魔法が上手く使えるかはどうかは定かじゃないんだし。
むしろ、魔力のコントロールなんてものが未だによくわかっていない素人同然の俺じゃ、低一級の攻撃魔法をこの二か月で習得できるかどうかも怪しいものだ。
まぁ、どっちみち学級対抗戦では全力を出すつもりなんてさらさらないし、魔法部隊で役立たずの魔導士としてぼけーっと突っ立てるのも、悪くはないかな。
前線に立つ剣兵団に組み込まれでもしていたら、サボることなんてできなかっただろうしな。
結果オーライと言えば、結果オーライ、かな。
俺は教科書とノートを鞄の中に適当に詰め込んで席を立ち、肩にショルダーバッグを掛けると、隣の席で腕を組んで「うーん」と悩まし気な声を上げているロザレナへと視線を向ける。
「お嬢様、帰りましょう」
「あっ、う、うん、アネット。わかったわ。ちょっと待ってて」
「先ほど、何かお悩みの様子でしたが・・・・いかがなされましたか?」
「いや、ね。さっき、別れ際にルナティエに言われたのよ。学級対抗戦までに木剣ではなく、刃の付いた真剣に少しでも慣れておきなさいって。ねぇ、学級対抗戦って真剣を使うものなの? それって結構危なくないかしら?」
「いえ、そんなはずは・・・・・ルグニャータ先生から聞いた話では、対抗戦において全生徒は木剣を使用して戦うと、そう聞いていましたが?」
「え? そうなの? じゃあ、何で真剣・・・・?」
「刀身の付いた剣の方が重いですから・・・・それを素振りして筋力を付けろ、ということなのではないのでしょうか?」
「そうね・・・・そういうこと? なのかもしれないわね。あいつのことだから何か裏がありそうな気がしないでもないけれど」
そう言って席を立つと、鞄を肩に掛け、ロザレナはこちらに笑みを向けてくる。
「それじゃ、今から武器屋、見に行かない? 聖騎士団駐屯区にあったわよね? 武器が多く並んだ商店街!」
「そうですね。行ってみましょうか。・・・・っと、そうでした、お嬢様。武器を見た後、中央区の方にある洋服屋を見ても構いませんでしょうか?」
「洋服屋? 何、アネットったら服欲しいの? だったら、とびっきり可愛い奴をあたしが見繕って---」
「い、いえ・・・・その、男性ものの服を、見に行きたいんです・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
その瞬間、ロザレナは肩から鞄をズルリと落とし、こちらに絶望した表情を見せてくる。
そしてその後、俺の肩を掴むと、ガクガクと力いっぱいに身体を激しく揺らしだした。
「あ、貴方・・・・・だ、だだだだだだ、誰にその服をプレゼントするわけぇッッッ!?!? グレイレウス!? マイス!? それとも、あたしの知らない男子生徒かしらぁぁぁッッッ!?!?!?」
「お、おおお、お嬢様!? 落ち着いてくださいっ!!!!!!!」
「いつから!!!! いつから私の目を盗んで、そんな、知らない、お、おおおお、男に、心と身体を許したというの貴方は!!!!!!!! 殺す!!!! ことと次第においては絶対に殺してやるわ!!!!! どこの誰よ!!!!!! あたしのアネットを寝取った奴は!!!!!」
「寝取られてませんよ!?!? というか目が、目がマジですお嬢様!!!! は、話を最後まで聞いてください!!!! その服は誰かにプレゼントするわけじゃありません!!!! 私が着るんですよ、その男性ものの衣服を!!!!!!!!」
「へ・・・・・・?」
そう言うと、彼女は目をパチクリとさせて、呆けた顔を見せてきたのだった。
仕方ない・・・・バルトシュタイン家のことだけは隠して、上手く事情を説明するしかないな。
どっちみち四六時中ロザレナとは一緒に行動を共にしているのだから、隠れて衣服を買いに行くなんて隙はどう見てもないのだし。
今ここで打ち明けてしまった方が得策かな。
俺はため息を吐いた後、今週末、オリヴィア先輩の婚約者役をするということをロザレナへと打ち明けた。
第53話を読んでくださってありがとうございました。
前話で、ロザレナの適正に信仰系魔法がありましたが、あれは誤りだったので修正致しました。
先に読んでくださった皆様、申し訳ございませんでした。
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続きは明日投稿する予定なので、また読んでもらえたら幸いです。
今週も半ばですので、残りも頑張っていきましょう!
三日月猫でした! では、また!