第50話 元剣聖のメイドのおっさん、書記になる。
ー------翌日。
俺とロザレナは時計塔へと登校をしていた。
何事も無く教室に辿り着くと、席に着席し、黒狼クラスで授業の始まりを待つこと数分後。
ゴーンゴーンという始業の鐘の音が鳴ったのと同時に、教室の扉を開き、担任教師のルグニャータが名簿片手に姿を現した。
「ふわぁぁ~・・・・・」
眠そうに眼を擦り、毎度の如く気だるげな表情を浮かべる猫耳幼女ルグニャータ。
彼女は自身の背に合わせて作ったのであろう通常よりも小さい教卓の上に手を着くと、大きく腕を伸ばし、尻尾をクネクネとさせる。
そして、雑談を止め、静まり返った教室を見渡すと、ゆっくりとした口調で口を開いた。
「出席確認しまーす・・・・アストレアさん」
「はい」
「アネットさん」
「はい」
「次は、ええとー----」
名前順で出席を取り、全員欠席がないことを確認したルグニャータは名簿を閉じ、短く息を吐いた。
「えー、出席確認も終わったことだし、今朝のミーティングは終わりですー。特に連絡事項も何もないので各自、次の授業の準備をしてくださいね。以上、解ー---」
「先生、少し聞きたいことがあるのですが、良ろしいでしょうか?」
「ロザレナさん? 何ですかー?」
手を上げたロザレナに対して、ルグニャータは気だるげに目を擦りながらそう答える。
そんな彼女に対してロザレナは眉間に皺を寄せると、スッと席を立ち、言葉を投げた。
「昨日、毒蛇王クラスの方から聞いたのですが、どうやら来月末、彼ら毒蛇王クラスとあたしたち黒狼クラスとで学級対抗戦なるものを行うみたいですね。先生はそのことをご存じでしたか?」
その言葉にルグニャータは、しまった、という顔をして後頭部をポリポリと搔き始める。
「あー・・・・そういえば、そんな話もあったかニャー・・・・ごめんごめん、先生、朝になると本当頭働かないから・・・・・」
「学級対抗戦? それはいったい何のことですの?」
「毒蛇王クラスと戦うの? 何それ、初耳なんだけど!?」
聞きなれないその単語に、クラスメイトたちがザワザワと騒ぎ始める。
そんな光景の中、突如、後方の席から深いため息を吐く声が聞こえてくる。
何事かと思いチラリと背後を振り返ると、そこには額に手を付け、呆れた表情を浮かべるルナティエの姿があった。
そしてその後、彼女は勢いよく席から立ち上がると、ルグニャータに向けて大きく声を張り上げる。
「先生! もう他のクラスの生徒たちはこの学校のルールを全て把握してきている頃合いですわ!! そろそろ、わたくしたちにも事細かに学校のことを説明した方がよろしいのではなくって?? もしかして、出世チャンスが望めそうにないこの黒狼クラスを受け持ってしまったからやる気がない、ということではありませんわよね!?」
ルナティエのその声に、大きく目を見開くと、ルグニャータは慌てふためくようにブカブカの両手の袖をブンブンと振り回し始める。
「も、勿論、そ、そんなことは思ってないですよー?? せ、先生は、黒狼クラスの担任に付けられたからって、ハズレだなんて、まったくそんなこと微塵にも欠片にも思っていないニャー?? SSR枠の鷲獅子クラス、毒蛇王クラスの方が良かっただなんて、うん、全く思っていないニャッッ!!!!」
「絶対に思っていますわよね!? わたくしたちのこと、ノーマル枠のハズレだと思っていますわよね!?」
「うーん、ノーマル以下、かニャ?」
「何開き直って素直に答えているんですの!? こっちからしたら貴方の方がハズレ枠の教師ですわよ!!」
バンと机を叩くと、ルナティエは肩でゼェゼェと息をし、歯をギリギリとしてルグニャータを睨みつける。
そんな彼女に汗をダラダラと流し始めたルグニャータは、コホンとわざとらしく咳払いをした後、何処か裏返った声で喋り始める。
「さ、さぁ、今朝のミーティングは、この学校のルールと学級対抗戦のお話を、し、しようかニャー。あっ、ま、まずはロザレナさんに、副級長と書記を決めて貰おうかなー。ロザレナさん、前に出てー」
「・・・・・・何なのかしらね、あの教師は・・・・これから4年間、あの担任とこの学校でやっていくってことを考えると不安でしかないわね・・・・一年ごとに担任の変更って、できないのかしら?」
そう俺に対して小さく呟くと、ロザレナは大きくため息を吐きながら、教壇の前へと向かって行った。
「先生、副級長と書記という役職がどういったものなのかを、改めて教えて貰ってもよろしいですか?」
ロザレナのその質問に頷くと、ルグニャータは胸を張り、人差し指を立てて、説明し始める。
「良いですか、よく覚えとくんですよー。副級長はその名の通り、級長の補佐をする、相談役みたいな立ち位置なんです。どちらかというと、頭の良い子が最適な役職かな。書記は、その名の通り記録係。情報戦を得意とする子に向いている役職だよ。これらの特色を踏まえてよく考えて人選してね、ロザレナさん」
「なるほど、分かりました。・・・・再度聞くようですが、その二つの役職を誰に付けるか、級長であるあたしが自由に判断して決めて良いんですよね?」
「はい、その通りです。まぁ、あんまり真剣に考えなくても良いかもニャー。級長権限で、後で役職は違う人にも変更することもできるからー」
その言葉にロザレナはコクリと頷くと、顎に手を当て考え込む。
ロザレナはまだ、このクラスの生徒それぞれの特色を理解しきれていない。
だから、誰が副級長に向いていて、誰が書記に向いているかなどは、明確に把握しきれていないことだろう。
まぁ、役職は後で変更することができるようだからー---今は適当に人選をピックアップして、後々生徒一人一人をよく知って行ってから改めて考える、というのも悪くはなさそうだな。
そんなことを考えていると、ふいにロザレナの目が俺に向けられていることに気付く。
その目を見るに、どうやら彼女は俺に助けを求めている様子だったが・・・・俺は首を横に振ってそれはダメだと、断りを入れた。
恐らくロザレナは、昨日ルナティエから副級長の話を聞いた時から、俺を副級長の座に据えたかった思いがあったのだろう。
けれど、この学校でなるべく実力を隠さなければならない俺には、そんな目立つ役職など絶対に任されるわけにはいかない。
それに自身のメイドを副級長に任命したら、ただの身内びいきだと周りに思わせてしまうことにもなりかねない。
そうなれば級長としての資質を、クラスメイトに疑われることになってしまうだろう。
(まぁ・・・・俺が断ることは目に見えて分かってはいただろうし・・・・現状で誰が副級長に相応しいかは・・・・お嬢様も薄々気付いてはいるだろうがな)
現状において副級長に相応しいのは誰か・・・・それは、どう考えても一人しか思い浮かばない。
ロザレナの補佐として、このクラスを、この部隊の大黒柱になり得る人物はー---先ほど、ルグニャータに対してお嬢様と共に抗議の声を上げた彼女しかいないだろう。
やはり、ロザレナもその人物以外に副級長に相応しい人物はいないと思ったのか。
目を伏せ納得気に頷くと、ゆっくりと後方へと視線を向けた。
「じゃあ、副級長は、ルー----」
その言葉に被せるようにして、突如、ある一人の生徒が席を立ち、名乗りを上げる。
「ロザレナ様、お待ちください。副級長に、この私、アリス・キェス・リテュエルをご指名してくださらないかしら。必ずしや、お役に立ってみせますわ」
そう、アリスという名の少女・・・・ルナティエの元取り巻きの女生徒が宣言すると、彼女の言葉に続いて、取り巻きの連中が一斉に声を上げ始める。
「私も、アリス様に一票を投じますわ!! リテュエル家は王国でも歴史深く高名な一族ですから!! この黒狼クラスの副級長にぴったりかと!!」
「同意見でございます!! ロザレナ様、このクラスにおいて、女生徒のグループで最大派閥をお作りになられているのはアリス様です!! 彼女こそが、クラスの中枢を担う副級長に相応しいのではないのかと思います!! 最も人徳がおありの御方ですわ!!!!」
そう言って、この前まで俺たちの机に好き勝手に中傷の言葉を書いていた六人の生徒たちは、ロザレナへのごますりといわんばかりに、リーダー格であるアリスを推薦してきた。
まったく・・・・つい先日、ロザレナをあれだけ怒らせたっていうのに、あいつらもよくやるぜ。
級長である我が主人に白旗を上げ、完全敗北してしまってから、どうやらこのクラスでの立ち位置を築くのに相当躍起になっているみたいだな。
まぁ、貴族の嫡子が多いこのクラスにおいては、カースト・・・・つまり立ち位置というものは家の外聞にも関わってくるから、それなりに重要なものだということは理解はできるが。
とはいっても、ついこの前まで争っていた奴にも尻尾を振るとはな。
蝙蝠野郎ってあだ名が相応しい女だぜ。
何かあったらコロッと裏切りってきそうな気配があるな、ありゃ。
そう、俺がアリスという生徒を分析していると、教壇の前に立ったロザレナは呆れたように首を振り、ため息を吐いた。
「歴史深い貴族の一族? 最大派閥のグループを作っている? だから何なの? そもそもあたしはあんたをどうにも好きになれないわ。悪いけれどあたしは、自分が好きになれそうな人間しか副級長に据える気はない。申し訳ないけれど、あんたを補佐に付ける気は毛頭ないわ」
「なっー---!! そ、それは、クラスのことよりも私情を優先しているのではありませんの!? ロザレナ様!!」
「私情結構。あたし、自分と上手くやっていけそうな奴を副級長に指名することにするから。それじゃー----ルナティエ・アルトリウス・フランシア。あんたがこの黒狼クラスの副級長よ。前に来なさい」
「はぇ?」
まさか、自分が指名されるとは思っていなかったのか。
ルナティエは巻き毛を弄りながら、呆けた声を溢していた。
そしてその後、勢いよく席を立つと、ロザレナへと鋭い目を向ける。
「・・・・・・わたくし、昨日言いましたわよね、ロザレナさん。副級長には、最も信頼のできる生徒を置いておけ、と」
「ええ。言ったわね。それが?」
「まさか、手を結ぶと言っただけで・・・・このわたくしを信頼したなどと、甘いことを言う気ではありませんわよね?」
「勿論よ、当然じゃない。つい数日前まであたしたちはあれだけ争い合っていたんだもの。手を組むと言っても、あたし、このクラスの中だと未だに貴方が一番の敵だと認識しているわ」
「だったら、何故ー----」
「敵だと思っているのと同時に、あたしは貴方のことをこのクラスで一番認めている。その勝利への貪欲な執着心と、敗北しても、けっして折れずにあたしに対して敵意を向けてくる精神力。あたしはね、ただのいい子ちゃんを自分の周りに置いておきたくないの。見ているだけで剣を振って挑みたくなるような・・・・そんなテンションが上がる強者を、近くには置いておきたい」
「・・・・・・・・・・・・フッ、フフッ」
ロザレナのその発言に顔を俯かせ、笑い声を溢すと、顔を上げ、ルナティエは口元に手を当て盛大に高笑いを上げ始めた。
「オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!!!!!!! ロザレナさん、まったくもって貴方はお馬鹿さんですわね!!!!!! わたくし、副級長の座に甘んじる女ではありませんわよ? 貴方が隙を見せたその瞬間に・・・・いつでも級長の座に返り咲く気は満々ですことよ? 良ろしくて?? そんな、危険因子を副級長の座に据えてしまっても??」
「あの蛇女も副級長に反乱分子を据えているんでしょ? だったら、あたしもそれくらい度量が無ければいけないんじゃないかしら。あのシュゼットに勝つためにも、ね」
そう言って一呼吸挟むと、ロザレナはルナティエをまっすぐと睨みつけ、不敵な笑みを浮かべる。
「あたしは絶対に、このクラスを強くする。そのためなら敵だろうと何だろうと、有能であれば腹中に収めるわ。あたしと共についてきなさい、ルナティエ・アルトリウス・フランシア!」
その言葉にルナティエは目を伏せると、満足げに頷いた。
「良いでしょう! 非常に不本意ではありますが・・・・このフランシア家の名を継ぐわたくしが、貴方の補佐となってあげますわ。光栄に思いなさい!」
そう言ってルナティエは優雅な所作で、教壇の前へと向かって行った。
そんな光景を見て、アリスは机を叩き、大きく声を放つ。
「ちょ、ちょっとロザレナ様、正気ですか!? ルナティエはこのクラスの調和を乱そうとした戦犯なんですわよ!? 絶対に、私の方がお役にー---」
そんなアリスに対して、すれ違い様にルナティエは勝ち誇った笑みを向ける。
「アリス・キェス・リテュエル。貴方のような蝙蝠女など、このクラスの副級長には相応しくありませんわ。特に、これからあの毒蛇王クラスと戦うことになるのですから。家の外交にしか興味のない女は、出る幕などありませんの。一昨日きやがれ、ですわ」
「なッー----き、昨日まで私たちに言いたい放題言われて涙目になっていたくせに!! 何で元に戻っているんですの!? 敗者の烙印を付けられた負け犬のくせして!! ちょっと頭が高いんじゃありませんこと!!」
「オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!! 雑魚がピーピーとうるさいですわね!! さぁ、ロザレナさん、あんな蝙蝠など無視して、続けて書記をお決めになられなさいな」
「書記、ね・・・・。字が綺麗で記憶力が良い人が良いんだけど・・・・うーん・・・・・」
当然、俺とルナティエ以外にまともに会話したクラスメイトのいない彼女に、そんな人物の心当たりはないのだろう。
うーんと腕を組んで、ロザレナは悩まし気に唸っていた。
これからこのクラスのひとりひとりの生徒の特色を掴んでいくことが、ロザレナの大きな課題になりそうだな。
昔よりは社交的になったとはいえども、彼女の根っこにあるのは、あの俺の背中に隠れていた幼少の時の人見知りっ子体質だからなぁ。
何とか、ルナティエが間に挟まって、生徒たちと交流を深めていければ良いんだが・・・・。
お父さん(偽)、ロザレナちゃんがちゃんとお友達作れるのか、不安で不安で夜しか眠ることができません。熟睡です。
「・・・・・・じゃあ、書記は・・・・とりあえずうちのメイドのアネットで」
「ロザレナちゃん、お父さん、嫌です。断っても良いですか?」
「は? お父さんって何よ・・・・別に書記くらいなら構わないでしょ? 目立たないし。はい、決定ねー」
「ア、アネットさんが書記・・・・よ、良いのではありませんの? え、ええ、わたくしも彼女の推薦を支持致しますわ。近くでアネットさんの顔を見れるなんて、なんて至福のひと時ー---コホン、な、なんでもありませんわ!」
ぐすんぐすん、こうしてお父さん(偽)は、黒狼クラスの書記になったのでした。
めでたしめでたし・・・・・・・いや、全然めでたくはないです、はい・・・・・。
極力目立ちたくないと言ったのに、何故、俺を書記するんですかお嬢様・・・・この選択、恨みますからね・・・・・。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
ついに、50話まで到達致しました!
ここまで書いてこれたのは、読んでくださり、いいね、評価、ブクマを付けてくださった皆様のおかげです。
本当に本当に、ありがとうございました。
続きは今日の夜か、明日には投稿したいと思います。
出来たらモチベーション維持のために、評価、ブクマ、お願い致します。
皆様、良い日曜日をお過ごし下さい。
三日月猫でした! では、また!




