第49話 元剣聖のメイドのおっさん、金髪ドリル髪お嬢様に惚れられる。
放課後。
クラスメイトたちが皆、帰宅し、誰も居なくなった教室。
そこで行われているのは、とある怒り狂うお嬢様方の会談であった。
「本当にムッカつくわね!! あの毒蛇王クラスの蛇女!! 偉そうに扇子片手に人のこと見下しちゃってさ!!!! なーにが、この学校で私を倒せる存在はいません、よ!! 絶対に対抗戦でボコボコにしてやるんだから!!!!」
「珍しく、貴方と意見が合致しましたわね、ロザレナさん。ええ、わたくしも同じ四大騎士公の一角として宝物番程度のことしかできないオフィアーヌにここまでバカにされたのには、流石に苛立ちを隠せませんわ。魔法の才がいくらあろうとも、天才的な策略の前では何者も太刀打ちできないということをこのわたくし自らの手でお見せしてやるとしましょう」
そう言って一呼吸挟むと、ルナティエはロザレナと見つめ合い、口を開く。
「ですが、何よりも・・・・」
「そうね、何よりも・・・・」
「あんな奴にビビッてしまったことが、途轍もなく悔しいですわ!!」
「あんな奴にビビッてしまったことが、途轍もなく悔しいわ!!」
そしてその後、ロザレナとルナティエは肩でゼェゼェと息をした後、互いの顔を見つめ合うと、コクリと頷き合った。
「非常に不本意ではありますけれど、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス、学級対抗戦までに一時共同戦線を張ると致しましょうか」
「そうね。あたしもついこの前まで争い合っていたあんたなんかと手を組むのなんか、すっごくすっごく嫌だけれど、もう、今においてはあの蛇女をブチのめすことができればこの際何でも良いわ!!!!」
二人はそう叫ぶと、俺の机の上で硬く握手を交わし合う。
あの・・・・二人が仲良くなることは俺も望んでいたことだから別に構いはしないんだけど・・・・何故、俺の机の上で談合を開いているんですかお嬢様方・・・・・。
正直、帰りの支度が全く進められないので、別の場所で話し合いをして欲しいところです、はい・・・・。
そんな俺の気持ちなど露知らず、ロザレナはこちらへと顔を向けると、満面の笑みを見せてくる。
「アネット!! さっそく帰って特訓するわよ!! 夏季休暇前の対抗戦まであと二か月!! 怠けている暇などありはしないわ!!!!」
「そうですね、お嬢様。ですがその前に、私はルナティエ様にお聞きしたいことがあるのです」
そう口にした後、俺はルナティエへと視線を向けてみる。
すると彼女は何故か俺と目が合った瞬間、頬を茹蛸のように真っ赤にさせ始めた。
「な、ななななななな、なんで、なんですの、アネットさん・・・・」
「あの、毒蛇王クラスには副級長というものがいらっしゃったじゃないですか? それなのに何故、私たちのクラスには副級長というものが存在していなー----ルナティエ様? 何処か落ち着かないご様子ですが、大丈夫でしょうか?」
「ひぅっ!? へ、平気ですわよ!?!?!? ふ、副級長がいない件についてですわね!? そ、それは、あの獣人族の幼女教師がこの学校のルールをロザレナさんにちゃんと全部伝えていないからですわ。だって副級長は、級長が自ら指名した人だけが、その役職に付けるんですもの」
「え? そうなの? じゃあ、副級長になるのは誰が良いか、あたしが自由に決めて良いってこと?」
「そうですわ。ですが・・・・副級長は謂わば部隊長の補佐である副官の身。絶対の信頼の置ける者だけを選ぶことを推奨致しますわ。副級長というものは、クラスの中枢、すなわち参謀的立ち位置にあるものですから」
「絶対の信頼・・・・。毒蛇王クラスの副級長は、あの蛇女に対して物凄く反抗的だったみただけれど?」
「きっとあの蛇女は、例えあの赤髪の下品な男に反抗されても、彼を御しきれる自信があるのだと思いますわ。・・・・・いえ、違いますわね、逆に敢えて反乱分子を副級長に置いて楽しんでいる節もありそうですわね、あの女だったら・・・・」
そう言ってハァとため息を吐くと、ルナティエはショルダーバッグを肩に掛け、掌をヒラヒラとさせて教室の出口へと向かっていく。
「まぁ、頑張って剣の研鑽を積みなさいな、ロザレナさん。貴方が斬りこみ、わたくしが策略で毒蛇王クラスの牙城を落とす。そのフォーメーションで、これからわたくしたちは戦っていくことになるのですから」
「まさか、ついこの前までいがみ合っていたあんたと手を組むことになるなんてね。味方だと心強・・・・くもないかしら? だってどうせ、せこくて汚い手しか思いつかないのだろうし?」
「やかましいですわね。勝つためなら手段を選ばないのが、わたくしのポリシーですの。・・・・それじゃあ、また明日、御機嫌よ・・・・」
突如口を噤み、足を止めると、ルナティエはチラリと肩ごしに俺へと視線を向けてくる。
そして頬を蒸気させながら、クルクルと巻き毛を弄ると、小さく口を開いた。
「・・・・・あの、その・・・・昼食の時、突き飛ばされたわたくしの元にいち早く駆け付けてくださって・・・・・守ってくださってありがとうございますわ、アネットさん」
そう言って顔をボッと真っ赤にさせると、「失礼しますわ!」と大きな声で叫び、ルナティエは教室から去って行った。
そんな彼女の姿に、うげぇという顔をして、ロザレナは目を細める。
「なんなの、あれ。まるで恋する乙女みたいなー----」
ハッとした顔をした後、何故かこちらにジト目の視線を送ってくるロザレナ。
俺はそんな彼女を無視し、帰宅の準備を整え、鞄を手に持って席を立つ。
「さぁ、お嬢様、帰りましょう」
「・・・・・・・貴方、まさかルナティエに浮気」
「っと、そうだ、今日は帰りに商店街に寄って夕食の材料を買わなければならないんでした!! ささっ、行きましょう、お嬢様」
「ちょっと!! 話を遮らないで頂戴!!!! 貴方、今朝、ルナティエといったい何の話をしてー---」
面倒そうな空気を察した俺はロザレナの背中を押して、さっさと誰も居ない教室を後にしていった。
《ルナティエ視点》
赤い夕陽に目を細めながら、校門を出て、帰路に着く。
聖騎士駐屯区の白い街並みを眺めながら歩いている途中、ふいに熱っぽいため息が口からこぼれ出てしまった。
「何なの、これ・・・・わたくし・・・・おかしくなってしまったのかしら?」
今日一日、アネットさんの顔を見る度に、目が合う度に、何故か痛いくらいに胸が高鳴ってしまっていた。
いったい何なのですの、これは・・・・?
あの、食堂での騒動の時・・・・飛んできた陶器の破片を彼女がキャッチし、わたくしを守ってくださったあの一件から・・・・・どうにもアネットさんのお顔が頭から離れてくれない。
そんな、ま、まままままま、まさか、こ、これが俗に言う・・・・恋、というものなのかしら?
で、でも、おかしいですわ! だって、普通、恋って男女がするもののはずでしょう?
わたくしと彼女は互いに女性・・・・王国において同性間で愛し合うことは、認められてはいません・・・・。
それなのに、わたくし、まさか本当にアネットさんのことを・・・・?
それも他家の、貴族でも何でもないただの使用人である彼女に・・・・?
だ、だだだだだだ、駄目ですわ、そんな、はしたない!!
栄光あるフランシア家に産まれた以上、家の繁栄のために子孫を残すためにも、わたくしはそれなりの身分の殿方と結ばれる運命にあるのであってー-----。
「はぁぁぁぁ・・・・・・・・・・ですわ」
自分が何処の誰か知らない男と結ばれる想像をしてしまって、わたくしは思わず大きくため息を吐いてしまった。
何だって、こんな・・・・わたくしは恋などという、今まで馬鹿にしてきたどうでも良い感情に左右されなければなりませんの?
確かに、確かにあの時の・・・・わたくしを守ってくださったアネットさんは、世界中のどの殿方よりもかっこいいと、そう思ってしまいましたけれど・・・・胸がキュンって、なってしまいましたけれど、そう、これとそれとは別の話ですわ。
明日になったら、いつも通りの自分に戻っているはず。
忌まわしきレティキュラータスのメイドに恋してしまった事実など、すっかり消えてなくなっているはずですわ。
わたくしの名はルナティエ・アルトリウス・フランシア。
いずれ父の名を継いで、聖騎士団を影で支える、常勝の指揮官になる女。
たかがメイドの女如きに惑わされるなんて、あってはいけないことなのですわ!!!!
「さ、さぁ、フランシアの御屋敷に帰るとしましょう、うん、アネットさんのことなど、忘れて・・・・・はぁ・・・・・でもやっぱり・・・・かっこよかったですわぁ・・・・」
そう、独り言を呟きながら、わたくしはぼんやりとした顔で王都の町の中をとぼとぼと歩いて行った。
深夜、満月亭の修練場。
墓標のように木人形が並んでいる小高い丘の上で、もう馴染みのメンツとなったロザレナとグレイレウスの剣の修練の風景を、俺はぼけーっと眺めていた。
「師匠!! どうですか、オレの剣捌きは!!!!」
ヒュンヒュンと空斬りながら木剣を振り回すグレイレウスに、俺は適当に声を掛ける。
「あー、まぁ、良いんじゃねぇの? 見た感じ大体の型は綺麗にできているしな。その感じを見るに・・・・速剣型だな、てめぇは」
「速剣型? 何それ?」
唐竹の素振りを止め、ロザレナはこちらに疑問の声を投げてくる。
俺はそんな彼女にコクリと頷くと、言葉を返した。
「剣士の得意とする戦い方には、主に三つのタイプがあるんです。鍛えられた筋力によって威力の高い一撃を放ち、相手を圧倒するタイプの剛剣型、剣や肉体に魔法を宿し、バフによって能力を倍増させる魔法剣型、そして最後に、威力を殺し、刺突剣や双剣、ダガーなどを装備して速さだけを追求した速剣型、と言った感じです」
「あたしはどれなの?」
「フン、貴様はどう見ても剛剣型だろう。最も威力の高い型である唐竹を好んで使っていることから見ても、間違いなくな」
「グレイレウス先輩の言う通りですね。お嬢様は高火力の一撃を放つことが得意な、剛剣型の剣士です」
「そうなんだ。じゃあアネットは?」
「私は・・・・魔法が使えないので魔法剣型では絶対にないと分かるのですが・・・・うーん、どちらかというと剛剣型でしょうかね、多分」
「何だか曖昧な言い方ね? 必ずその三つのタイプに分類される、というわけでもないのかしら??」
「その通りです、お嬢様。上一級越えの剣士・・・・つまりは称号持ちとされる者たちのことなのですが、彼らは基本、二つか三つの戦闘タイプを扱えるエキスパートが多いです。私が幼少の時に戦った、ジェネディクト・バルトシュタインは、速剣型と魔法剣型を合わせて極めた最上級剣士でしたからね」
「あっ、確かに、あのオカマの人はものすっごい速かったし、それに加えて魔法も使ってー---」
「せ、師匠!? い、今、さらりと言ってのけましたが、かの【迅雷剣】ジェネディクト・バルトシュタインを倒されたと、今、そう言ったのですかッ!? しかも幼少の頃にッッッ!?」
あー、ミスったー・・・・面倒な奴に過去のこと知られちまった・・・・。
絶対後で根掘り葉掘り聞いて来るんだろうな・・・・。
とりあえず、キラキラとした目でこっちを見つめているマフラー野郎は面倒くさいから無視し、俺はコホンと咳払いした後、続けてロザレナに向けて口を開いた。
「ですからお嬢様、唐竹ばかりに注目するのではなく多様な攻撃手段を会得することが、今後、『剣聖』を目指す上で最も大切なことになってくるのです」
「・・・・・その通りね。何と言っても、相手は魔術師なのだから。真っ向から唐竹を打ち込む前に、遠距離から攻撃魔法を放たればそこで終わり、だものね」
「? 魔術師? ロザレナよ、貴様、また新しい敵と戦うことになったのか?」
「ええ、そうよ、グレイレウス。今度は一期生の毒蛇王クラスと学級対抗戦で戦うことになったの。だから、あのクラスの級長の・・・・シュゼットとかいう女には絶対に負けられないのよ」
「・・・・・上一級魔術師、シュゼット・フィリス・オフィアーヌ、か。オレも実際に会話をしたことがある相手ではないから、その実力の程がどれくらいのものかは定かではないが・・・・伝え聞く話では、相当な実力者らしいな。貴族界隈では、『串刺しの吸血姫』という忌み名で恐れられていた人物だ」
「『串刺しの吸血姫』? 何だか物騒な呼び名ね。何でそんな風に呼ばれるようになったわけ?」
「奴は4、5歳程度の頃、土塊で出来た槍を突出させる地属性魔法【アース・ランス】を使い、自分の兄弟を・・・・・串刺しにし、皆殺しにしてしまったのだ。しかも、屋敷に居た使用人が見た話では、あの女はその殺した兄弟の血を啜って嗤っていたらしいぞ? まったくもって悍ましいことこの上ない。間違いなく奴は、善か悪かで言えば邪悪に分類される人間だろう」
その言葉を聞いて、ロザレナはうげぇとした顔で吐く真似をした。
そんな彼女の様子に微笑を浮かべた後、俺は顎に手を当て、考え込む。
(シュゼット・フィリス・オフィアーヌ・・・・)
出逢った瞬間、彼女は自分と同じ目をしていると、そう言っていた。
確かに、この王国で青い目をしている人間はいても、シアンブルーの瞳の人間は滅多に早々見かけはしない。
これは、単なる偶然、なのだろうか。
コルルシュカに似たメイドのこともある・・・・大きな謎がいくつも転がっているこの現状。
何か・・・・そう、何か、繋がりそうで、繋がらない。
今の俺の胸中には、漠然とした違和感だけがモヤモヤとした雲のように広がっているのであった。
第49話を読んでくださって、本当に本当にありがとうございました。
続きは明日か今日の夜、投稿する予定です!
皆さま、良い休日をお過ごしくださいね。
出来たら、モチベーション維持のために、評価、ブクマ等、お願い致します。
三日月猫でした! では、また!