第46話 元剣聖のメイドのおっさん、金髪ドリルお嬢様を即落ちさせる。
「ルナティエ様。突然、不躾けなことを申しますが・・・・私とお友達になりませんか?」
「・・・・・・はい?」
そう言葉を放った俺に対して、ルナティエは呆けた顔で二三度パチパチと目を瞬かせた。
そして次の瞬間、彼女は緩んだ表情を引き締めると、キッと、こちらに鋭い目線を向けてくる。
「いったい、何が目的なんですの? 勝品としての入学金だけじゃ足りないと、お金をせびってくるのかしら? それともわたくしの家の情報? 素直に白状なさい」
「ち、違います、ルナティエ様! 私はただ、純粋な気持ちで貴方様とお友達になりたかっただけでして・・・・」
「嘘仰い!! わたくしに友達になりたいと、そう言ってすり寄ってくるのは、何らかの益を求めてくる者だけなのですわよ!!!! 貴方も、そういった下種な考えで、わたくしの元にすり寄ってきた・・・・そうなのでしょう!?」
まぁ、実際、メリットが大きいという理由で彼女にすり寄ってはいるのだが・・・・ひとつだけ、彼女に対しては利益とは別に異なる想いがある。
それは、俺がただ純粋に・・・・彼女にはもっと、強くなって欲しいからだ。
リトリシアのように父の影を追いかけるだけで自らの特色を潰してしまうのは、他人になろうと自身の才能を捨ててしまうのは、流石に勿体なさすぎる。
一度敗けたからといって、人間の成長がそこで終わることなど、決してないのだから。
彼女にはこの敗北をバネに成長し、我が主人であるロザレナと切磋琢磨するような関係性を築いて欲しい。
だから、このままプライドがズタズタになって、孤独に耐えきれすに学校を辞める・・・・だなんてことには俺が絶対にさせはしない。
「ルナティエ様。私の目を見て、判断してください。私は、貴方に対してそのような邪な考えは抱いてはおりません。どうか信じてください」
「・・・・・・・・・」
そうして数秒間俺の目をジッと見つめると、ルナティエはハンと鼻を鳴らした。
「・・・・・・わかりました。貴方は自分の意志ではなく、ロザレナさんの指示によって、ここに来たのですわね。弱ったわたくしの懐に入り込めと、そう命令されて貴方はここに来た、と・・・・そういうことですわね?」
「ルナティエ様・・・・・・」
「メイド風情が! 身分差を弁えず、このフランシア家の令嬢たるわたくしと友達に、ですって? まったく、身の程を知らない不敬な使用人ですわね!! これだから格落ちの卑しいレティキュラータス家というものは!!!!」
そう言って、ルナティエは勢いよく席を立ってしまった。
少し、距離を詰めるのに性急すぎてしまったのだろうか。
彼女は傲慢で高飛車な性格をしてはいるがー----常に他人と貴族である自分の間に一線の壁を引いているせいで、本心では人の情に飢えているのでは? と、勝手に解釈して行動してみたのだが・・・・この様子だとその一手は失敗に終わったようだな。
ひと一倍プライドが高く、そのくせ人の温もりを誰よりも求めていたリトリシアに何処かルナティエは似ていると思ってたんだが、流石に何もかも一緒ではないか。
ベンチから立ち上がり、この場から去ろうとしているルナティエの背中を、俺は静かに見つめる。
何か嫌味のひとつでも吐いて、即座にそのまま他の場所へと移動を開始し始めるのかと思ったが・・・・何故か、ルナティエは歩みを進めることはしなかった。
目の前で背中を見せたままその場に立ち尽くすと、彼女は肩ごしにチラリと、こちらに視線を送ってくる。
そしてその後、肩に掛かっている巻き毛をクルクルと指で回すと、頬を蒸気させながら池の方へと視線を向け、ゆっくりと口を開いた。
「・・・・・・まぁ、ですが。あえて、その口車に乗って差し上げても構いませんわよ」
「へ?」
「ちゅ、昼食くらいでしたら・・・・ご、ご一緒しても構いませんわ!! し、失礼致しますわ!!」
そう叫ぶと、猛スピードで走って行き、ルナティエは時計塔の中へと消えて行った。
俺はそんな彼女に対して思わずポカンと口を開き、小さくなっていく金髪ドリルの後ろ姿を啞然として見つめるしかなかった。
「・・・・・・・・思ったよりもチョロすぎやしないか? あの金髪ドリルお嬢様・・・・・」
こちらの行動を訝しんでいたというのに、後ろ髪を引かれ、まさか俺の誘いに乗ってくるとはな・・・・。
頭が良く警戒心の強いお嬢様なのか、それとも内面は人恋しさに飢えているツンデレチョロお嬢様なのか、どちらが彼女の本質なのかまったくもって分からなくなってくる。
「まぁ、何にしても・・・・汚い手を使う割にはあいつ、どうにも極悪人には見えないんだよな。身分差がどうとか言いながら、メイドである俺の言葉を最後まで聞いてくれてたし」
そのポツリと呟いた独り言は去って行くルナティエには当然聞かれることはなく・・・・そのまま虚空へと静かに消えていった。
ゴーンゴーンとお昼休憩を知らせる鐘の音が鳴り、それと同時に、黒板の前に立っていたルグニャータは大きく口を開け、欠伸をする。
そして彼女は眠たそうに眼を擦ると、教材を手に持ち、尻尾で握っていたチョークをぺいっと、チョーク入れへと放り投げた。
「それじゃ、丘陵における各種陣形の授業はこれでお終いでーす。次の授業はお昼休憩挟んだ1時間後に行いまーす。じゃ、日直の丸ハゲくん、黒板消しといてニャー」
「せ、先生、ですから私の名前はマルギルですと何回言えば・・・・って、もういない・・・・」
眼鏡のブリッジを押さえながらやれやれと肩を竦めると、丸ハゲくんは教壇の前へと出て、黒板消しを手に持ち、チョークで細かく書かれた文字を丁寧に消していく。
そんな彼の姿をボーッと眺めていると、隣の席に座っていたロザレナがうーんと疲れた声を上げ、バンザーイと大きく手を伸ばし始めた。
そしてその後、彼女はこちらへと顔を向けると、ニコリと笑顔を見せてくる。
「アネット!! 昼食にするわよっ!! 今日は前から約束していた通りに、食堂に行ってみましょう!! 食堂に!!」
「そうですね。・・・・・しくしく・・・・どうやらお嬢様は私の作るお弁当に飽きてしまわれたようですからね。・・・・しくしく、レティキュラータス家の専属調理師として、私はとても悲しい限りです」
「は、はぁっ!?!? だ、誰もそんなこと一言も言ってないでしょぉっ!? あ、あたしはただ、この学校の食堂がどんなものなのかを、一度確かめてみたかっただけよ!?」
「はい、勿論分かっております。ただ、からかってみただけでございます♪」
「・・・・・相変わらず性根の捻じ曲がったメイドね。主人をからかって遊ぶだなんて、いったいどういう神経をしているのかしら・・・・」
「それはもう、お嬢様の想像通りの、主人の慌てふためく姿を純粋に楽しむ性悪メイドでして・・・・っと、そうでした、お嬢様。今日は、ある方も食事の席にお誘いしてもよろしいでしょうか?」
「ある方?」
そう呟くと、ロザレナは考え込むように顎にてを当て、片目を瞑り、チラリとこちらに視線を向けてくる。
「ふむふむ。この名探偵ロザレナの推理によると・・・・・三期生の野外学習も終わってる頃だと思うから・・・・わかったわ! オリヴィアさんのことね! どう? あたしの推理は当たっているかしら?」
「ぶっぶー、外れです」
「えー? それじゃあジェシカ? ・・・・って、まさかグレイレウスとかマイスとか言わないでしょうね!?」
「いえいえ、満月亭の皆さまのことではありません。フフッ、後方でチラチラとこちらの様子を伺っているようなので、さっそく声を掛けてきますね。ー----ルナティエ様~!!」
「は・・・・? え? ル、ルナティエですってー---っ!?!?!?」
驚くロザレナを無視し、席を立つと、俺は後方の席でチラチラと俺に視線を送っていたルナティエの元へと歩いて行く。
レティキュラータス家のメイドが敵対関係にあったルナティエへと気軽に話しかけにいくその光景は、他の生徒にとっても不可思議な光景に映ったことだろう。
黒狼クラスの生徒たちは皆一様に昼食に向かう足を止め、一斉にこちらへと視線を向けて来た。
俺はそんな彼らに特に反応をすることはせずに、ルナティエの席の前に立ち、笑みを浮かべる。
「今朝のお約束通り、昼食のお誘いに参りました、ルナティエ様」
「・・・・・そ、そうですの。な、中々大胆に食事の誘いに来ますのね、貴方・・・・」
「ええ。今朝の一件から、授業中、ルナティエ様が後ろの席から私のことを常時見つめていたことは、理解しておりましたので。そんなに昼食が楽しみなのかなと思い、こうしていち早く馳せ参じた次第でございます」
「あ、あああああああああああああああ貴方を常時見つめていたなどと、デ、デタラメを仰らないでくださいますかぁっ!?!?!? わ、わたくしはただ、真剣に黒板を見ていただけであって・・・・その・・・・」
「なるほど、そうだったのですね。申し訳ございません。どうやらこちらの勘違いだったようですね」
「そ、そうですわ・・・・。か、勘違いしないで欲しいですわ」
「フフッ。それでは、昼食に参るとしましょうか? 食堂ですが、よろしいでしょうか?」
「え、ええ。し、仕方ありませんわね。丁度、お昼は暇でしたから、つ、ついて行って差し上げますわ」
「はい。ー---というわけで、ロザレナお嬢様、ルナティエ様もご一緒に食事の席に参られるそうです。どの程度の規模の食堂なのか分かりませんから、席が埋まる前にさっそく行くとしましょう」
そう声を掛けた俺に対してロザレナはゆっくりとこちらに近付いて来ると、頬を染め、髪をクルクルと指で弄ぶルナティエへとジト目を向ける。
「・・・・・・あのルナティエがこんなにしおらしくなるだなんて・・・・いったいどんなマジックを使ったのよ、アネット・・・・・」
マジックと言っても、な・・・・ただ、ルナティエが想像の倍以上にチョロすぎたというだけなんだが。
伯爵家の箱入り娘という背景のせいもあるのだろうが、この子・・・・他人からの純粋な好意に対して、自分でもどう対処して良いのかが分からないのだろうな。
知らない男にナンパされたらヒョイヒョイついていきそうな感じがあって・・・・おじさん、ちょいと心配です。
聖騎士養成学校の食堂は、思ったよりも広大な一室となっていた。
天井からは大量のシャンデリアがぶら下がっており、四列に並べられた大きな長テーブルの下には、高級感溢れる赤い絨毯がフロア全体を通して敷かれている。
俺とロザレナはそんな光景に感嘆の声を溢しながら、料理を購入するために、カウンターの前に並ぶ多くの生徒たちの後ろに並び、ほっと一息を吐いた。
「な、何だか、この学校の食堂は凄いわね、アネット。入学式の時に行った迎館ホール? と同じくらいの広さなのではないのかしら!?」
「そ、そうですね、お嬢様。私も、食堂がこんなに豪華な造りをしていて、尚且つこんなに広いとは、思いもしませんでした」
そうして食堂を見渡し、キャッキャッと騒いでいる俺たちに対して、ルナティエは背後から呆れたようにため息を吐き、声を掛けてくる。
「・・・・・・まったく。あまり、子供のようにはしゃがないで欲しいですわね。一緒にいるこのわたくしまで田舎者だと思われそうでとても不愉快ですわ」
「はぁ!? 別に素直に驚いたって良いでしょうが!! こんな凄いところ、あたし初めて見たんだもの!! いちいちケチ付けてこないでよね、この金髪ドリル女!!!!」
「あらあらまぁまぁ、この程度の広さの部屋に感動なされるだなんて、レティキュラータス家の御屋敷はよっぽど貧相な出来のようですわね!! オーホッホッホッホッ!!!! 我がフランシアの御屋敷を一度ご覧になったら、腰が抜けてしまわれるんじゃありませんの??」
「こんのッ・・・・決闘に敗けたというのに口が減らないわね、こいつは・・・・・」
そう歯をギリギリと噛みしめて睨みつけるロザレナに対して、金髪ドリルお嬢様は突如神妙な顔をして、口を開く。
「ロザレナさん、貴方にこんなことを言うのは不本意ですが・・・・決闘に敗けた者としてひとつ、助言しておきましょう。こういった他クラスの生徒が集まるような場所では、あまり、緊張を解いて素を出されない方がよろしいですわよ?」
「えっ? それはどういう意味なわけ?」
「あちらをご覧なさい」
ルナティエはそう言って、肩ごしにチラリと、テーブル席の方へ視線を向ける。
彼女のその視線の先にあるのはー---6人掛けのテーブル席。
その席に座るのは、腕に大蛇の絵と1という数字が書かれた腕章を付けた6人組の生徒の姿だ。
男女混合のそのグループは、あからさまにロザレナへと敵意のこもった視線を向け、静かに食事を摂っていた。
その姿にフッと鼻を鳴らすと、ルナティエは再び俺たちへと顔を向けてくる。
「あそこにいらっしゃるのは、一期生、毒蛇王クラスの級長と副級長、それと彼らに従順なその配下たちですわ」
「え、他のクラスの級長が何であたしのことを・・・・・」
「お馬鹿さん、そんなに堂々と目を合わせてはいけませんわ」
そう言ってルナティエはロザレナの視線を身体で遮り、コホンと咳払いをする。
「良いですこと、ロザレナさん。入学して早々、貴方がわたくしを倒したことはこの学校に広まっているんですの。それと同時に貴方のその類まれな剣の腕も含めまして、今、他クラスの注目は貴方へと集まっているのですわよ」
「? それが何なのよ?」
「まったく、わたくしはこの学校のシステムを事前に把握していたから良いものの・・・・あの獣人族の女教師は、級長にさえこの学校の全てのルールを教えていないだなんて、職務怠慢もすぎますわね。貴族の子息が多く集められただけの黒狼クラスだからといって、舐めているんじゃありませんの? あの猫耳幼女教師は」
そう言って大きくため息吐くと、ルナティエは俺の方をチラリと見て、肩に掛かった巻き毛をクルクルと指で弄ぶ。
そしてほんのりと頬を赤らめさせると、あらぬ方向に視線を向けて、口を開いた。
「・・・・・・・金銭や家の外交抜きで、純粋に友達になりたい、と、そ、そう仰ってくれた人は初めてで・・・・・い、いいいいいいいいいい、いいえ、な、なななな何でもありませんわッッ!!!!! これは、そう! 敗者の責務として、貴方がたには二人分の入学金とは別の勝品として、特別にこの学校の情報を教えて差し上げましょう!! という、格上の貴族としての計らいですわ!! このルナティエ・アルトリウス・フランシアに奇跡的に勝てた褒美として有難く受け取りなさい、ロザレナさん!!!! オーホッホッホッホッ!!!!!!!」
「・・・・・・・こんのドリル女は・・・・・今朝は物凄く落ち込んでいたくせに、何で今はこんな元通りに元気になっているわけ?」
「さ、さぁ・・・・」
ロザレナのその問いに、俺は困ったように笑みを浮かべつつ、小首を傾げた。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
いいね、評価、ブクマしてくださる皆さまのおかげで何とか毎日投稿できております!!
続きは明日投稿する予定ですので、また読んでくださると嬉しいです。
三日月猫でした! では、また!