第45話 元剣聖のメイドのおっさん、金髪ドリル髪お嬢様の攻略に挑む。
「貴方、私たちを偉そうに見下してたくせに、何なのよ、あの無様な敗けっぷりは!!!!!」
ロザレナと教室に入った途端、そんな怒鳴り声がキンキンと耳に響いて来た。
声がする方向に視線を向けてみると、後方の席に座るルナティエの周りで、彼女の取り巻きたちが捲し立てているようにルナティエを責めている光景が見て取れた。
いつもだったら、あんなふうに大きな声で怒鳴られでもしたら、ルナティエも容赦なく口撃を返していただろう。
だが、今の彼女はー----顔を俯かせ、ただ、取り巻き達の暴言に震えながら耐えているだけだった。
そんなルナティエに向かって、取り巻きの女生徒たちは続け様に声を荒げさせる。
「何かと四大騎士公であるフランシア家の名を盾にしていましたけれど? 貴方自身はただの七光りのお嬢様、なのではありませんの!? 剣の段位が低五級の素人に傷ひとつ付けられないで負けるだなんて、恥ずかしいとは思わないのですか!?」
「そうですわ、アリスさんの仰る通りです!! 貴方なんてこの学校で学ぶ価値のない、ただの愚物ですわ!! よくもまぁ恥ずかしげもなく登校してきましたわよね!! 即刻、退学届けを提出した方が良ろしいのではなくって??」
「勝てると踏んだ貴方だからこそ策に乗ったというのに・・・・。私たちのこのクラスでの立ち位置を、どうしてくれるんですかっ!? 級長であるロザレナ様に、私たちはあんな、テーブルに中傷の落書きを書く、なんてことをしてしまっていたのよ!! 貴方のくだらない命令のせいで!!」
「そうよ!! そうよ!!」
「あっ、待って! み、みんな、ロ、ロザレナ様よ!!」
教室に入ったロザレナに気付いた六人の女生徒たちは、ルナティエから離れ、一斉にこちらへと駆け寄ってくる。
そして祈るように手を組むと、皆一様に瞳を潤ませ、眉を八の字にし、ロザレナを懇願するように見つめ始めた。
「ロ、ロザレナ様! 私たち、今までルナティエに無理やり命令されて、貴方様に嫌がらせの数々をなさってきましたの!! ですから全て、本意ではなかったのです!!」
「ええ、ええ、そうですわ!! 私たちもあんなことはしたくはなかったのです!! ですが、四大騎士公のフランシア家であるルナティエに、小領貴族の息女である私たちは、反発することはできなかったのです・・・・ぐすっ、ひっく」
「泣かないで、キャシーさん、ロザレナ様はきっと許してくれますわ」
「そ、そうですよわよね・・・・これからクラスをまとめていかなければならない級長であるロザレナ様なら、寛容な心で私たちをお許しになってくださいますわよね・・・・・」
何とまぁ、物凄い掌返しなことで。
てかテメェら、結構ノリノリで遠巻きから俺たちの陰口言ってたこと、俺は忘れてねぇからな。
蜥蜴の尻尾きりみたいにルナティエを切り捨てたところで、決してテメェらの悪印象は覆えはしない。
俺だったらこの場でこいつらを容赦なくブン殴るくらいのことはするが・・・・さてさて、我が主人がどういった手を取るのかね。
俺は、背後からチラリと、ロザレナの顔を伺いみる。
すると彼女は腰に手を当て、瞳を閉じ、大きくため息を溢し始めた。
そして、ゆっくりと目を開くと・・・・心底呆れたような表情をその顔に浮かべる。
「はぁー----っ・・・・・あたし、貴方たちみたいな自分の意志で動かない腰ぎんちゃくのような人たち、本っ当に大っ嫌いだわ」
「え・・・・?」
「貴方たちよりまだルナティエの方がマシね。だってあいつは級長の座を欲して、自分の意志であたしに挑んできたもの。でも、あんたらは何なわけ? ルナティエが敗けた途端、突然被害者面してさ・・・・あんたたちにはあたしと戦おうって気概すらないんでしょ? そんな奴らに媚びられても、ただただ不愉快なだけだわ」
「そ、そんな言い方ー----わ、私たちは、本当に悪かったと思ってー---」
「頭も下げてないのに、適当なこと言ってんじゃないわよっっっ!!!!!!!!!!!!」
そう怒鳴り声を上げると、ロザレナは女子生徒たちの前へと詰め寄り、その中のリーダー格と思しき生徒・・・・・先ほどアリスと呼ばれていたクリーム色の長い髪の少女に指を突き付ける。
そして、眉間に皺を寄せ、怒りの形相を浮かべながらロザレナは口を開いた。
「あんたたちはこの一週間、楽し気な様子であたしの家を・・・・レティキュラータスの名を馬鹿にしていたでしょうがっっ!!!!!! もしかして忘れているとでも思った? 残念でした! 中傷された側は、いつまでだってそのことを覚えているものなのよッ!! あたしは絶対に貴方たちを許さない!! いきなり掌返しされたからって許すとでも思ったのかしらね、まったく、この期に及んであたしを舐めるんじゃないわよ!!!!」
そう言って、彼女は手袋を脱ぎ捨て、床に放り投げる。
そして鋭い眼光でアリスたち6人を睨みつけると、牙を向き、吠えた。
「全員、順にブチのめしてあげるわ。騎士たちの夜典、受けてくれるわよね?」
その発言に、女生徒たちは同時に一様に顔を青ざめさせ始めた。
そして、身体をビクビクと震わせながらー---取り巻きのキャシーと呼ばれた女子生徒が、恐る恐ると言った様子でアリスに声を掛ける。
「ア、アリスさん、わ、私たちの剣の腕じゃ、中二級のルナティエを降したロザレナ様には、ぜ、絶対に勝ち目がないと思われますが・・・・」
「そ、そんなこと、わ、分かっていますわ・・・・。彼女のあの獲物を狩る獣のような、猛追する剣は・・・・私も騎士たちの夜典の場で見ていましたもの・・・・」
そう口にすると、アリスは泣きそうな顔をしながらロザレナに対して深く、頭を下げ始めた。
それに続いて、他の5人の女子生徒たちも、慌てて頭を下げ始める。
「も、申し訳ございませんでした、ロザレナ様!!!! 私たちはその決闘の申し入れは、謹んで辞退させていただきます!!!! 本当に今までのご無礼の数々、申し訳ございませんでしたっっっ!!!!!」
その光景を見てため息を吐くと、ロザレナは手袋を拾い上げ、腕を組む。
「・・・・・結局あたしに挑む気概もないわけ、か。もういいわ。貴方たちがその程度の存在だということは、理解したから。それとー----次、あたしの名を馬鹿にしたその時は容赦しないから。決闘の場でなかろうと何だろうと、その脳天に必ず『唐竹』を叩きこんでやる」
「は、はい・・・・」
「あと、ルナティエを責めるのはもう止めなさい。見ていて見苦しいわ」
「で、でも、この学校は敗者の烙印を押された者は、誰でも嬲って良いと校則で決められていて・・・・」
「このクラスの級長はあたしよ。他は知らないけれど、このクラスにおいてはそんなくだらない校則は適用させないわ。良いわね?」
「わ、わかりました・・・・」
そうして、頭を下げる彼女たちの横を悠然と通り過ぎて行くロザレナ。
俺はそんな彼女に続いて席へと向かう途中、チラリと、深く頭を下げるアリスたちの顔へと視線を向けてみた。
彼女たちのその顔は真っ赤になっており、悔しそうに眼の端に涙を浮かべているが・・・・もう、ロザレナへの反抗心は完全に失ったと見て良いだろう。
一応は四大騎士公であるレティキュラータスの方が彼女たち小領貴族の家よりは格が上だし、そもそも剣の腕自体も敵わないと敗けを認め、決闘の申し込みを辞退している。
この光景を見て、クラスの全員の誰もが再確認したことだろう。
ロザレナがルナティエ一派を、完全に降したという、勝利の結果を。
「・・・・何か、この一週間溜めに溜まった怒りをすべて放出してしまった気がするわね・・・・」
自分の席に座ると、ロザレナはそう言って大きくため息を吐いた。
俺はそんな彼女にクスリと微笑みを向けながら、席に座り、鞄を膝の上に置きながら声を掛ける。
「お見事でしたよ、お嬢様。見ていて思わずスカッとしてしまいました」
「そうかしら? で、でも、ちょっとやりすぎだったかしらね??」
「いいえ。まだお優しい方ですよ、お嬢様は。私だったら・・・・問答無用で二、三発は顔面を拳で殴って、その後は指の何本かを折っていたところです。ムカつく奴はボコボコにしておかないと、気が済まない性質なので」
「貴方・・・・温厚そうな顔しているくせに、結構行動が過激よね。しかも、本当にそれを実行できる力も持っているわけだし・・・・本当、恐ろしいメイドだわ」
「何を仰りますか、お嬢様も似たようなものではありませんか。先ほど、彼女たちに決闘を挑まれておりましたでしょう?」
「そ、それは、その・・・・やっぱり、今まで散々言いたい放題だったのに、突然ヘラヘラと媚びてきたあの子たちには流石にイライラしてきちゃったし・・・・・ね?」
「フフフッ、短気なところが似た者同士の主従で何よりです」
「貴方ねぇ・・・・あたしは貴方ほど過激ではないわー----」
「・・・・ロザレナさん。先ほどのアレは、何だったんですの?」
「え?」
俺とロザレナは会話を止め、同時に前方へと視線を向ける。
するとそこには、頭に包帯を巻いた・・・・ルナティエの姿があった。
ルナティエは腕を組みながらロザレナに鋭い目を向けると、不機嫌そうな顔で口を開いた。
「貴方・・・・もしかしてわたくしを庇ったつもりなんですの? あの子たちにわたくしを責めることを辞めさせるだなんて、いったい何のおつもり?」
「別に。ただ、見苦しくて不快だっただけよ。ただ、それだけのこと」
「・・・・・見苦しくて不快だった、ですって? ふざ・・・・ふざけたことを仰ってッッッ!!!! この学校のシステム上、今のわたくしは聖騎士養成学校の生徒全員から『嬲られて良い存在』と認識されておりますわ!! それなのに、敵であったわたくしをそんなくだらない理由で助けるなどと・・・・何なのですか貴方はッッッ!!!! 決闘で敗けた者は斬り捨てられるべき存在、そんな騎士として当然の矜持も分からずに、貴方はわたくしに勝利なさったと言うのですか!?!?!?」
「な、何を急に怒り出しているのよ貴方は!! べ、別に、あたしがどう思おうがそんなのこっちの勝手でー----」
「絶対に、貴方みたいな甘い考えをしている方を認めはしませんわ!!!! 失礼致します!!!!!」
「あっ、ちょっと!! もう、朝のミーティングが始まるのにどこに行くのよ!?!?」
そうして、ルナティエは肩を怒らせながら教室から出て行ってしまった。
そんな彼女に対して呆れたため息を吐くと、ロザレナはやれやれと肩を竦める。
「なんなのよ、あの子は・・・・いったい何にそんなに怒っているのかが理解できないわ」
「お嬢様・・・・私には彼女の気持ちは、少しだけ、理解できる気がします」
「え? そうなの?」
「はい。なので・・・・少々、ルナティエ様とお話してきても構わないでしょうか?」
「え、えぇっ!? 今から授業が始まるのに!?」
「はい。彼女と対話し、理解を深めることは・・・・後々になってこのクラスにとっての重要なキーになるような気がしますから」
そう言うと、ロザレナは顎に手を当てうーむと考え込む。
そしてチラリとこちらに視線を向けると、渋々と言った様子で口を開いた。
「・・・・・仕方ないわね。わかったわ。先生にはあたしから言っておくから。行ってきなさい」
「ありがとうございます」
そう礼を言って、俺はルナティエの後を追っていった。
目立つ髪型をしている長い金髪の巻き毛の少女の背中を追いかけて行くと、いつの間にか校舎裏へと辿り着いた。
時計塔の裏手にある人気の無い貯水池の側のベンチに座ると、彼女は顔を両手で覆い、泣き始める。
俺はそんなルナティエの隣にそっと腰かけ、静かに声を掛けた。
「ルナティエ様。こうして貴方とお話するのは初めてでしょうかね。私はレティキュラータス家にお仕えしているメイドの、アネット・イークウェスと申す者です」
「ぐすっ、ひっぐ・・・・知っていますわ。わたくしはディクソンを使い、貴方を罠に嵌めようとしていましたから」
「そういえば、今朝から何処にも姿が見当たらないのですが、ディクソンさんはどうしたのですか? もしや、怪我の度合いが酷いのでしょうか? 何分、倉庫が突然勝手に崩落したわけですからね。無事だと良いのですが・・・・」
「・・・・・・・ディクソンは、昨日付けで従者を止めると言って、わたくしの元から去って行きましたわ。理由は分かりませんが、剣士として生きて行くのに絶望したと、そう言っていました。・・・・怪我の度合いはそこまで酷いものではありませんでしたのに・・・・本当に意味が、分かりませんわ」
あの時の【覇王剣】に、そこまでの殺意は込めていなかったからー---生きているだろうなとは思っていたが、なるほど、奴は精神的にダメージを負ってリタイアしたというわけか。
まぁ、【覇王剣】を目の前にしたら、大抵の奴らは恐怖心を抱いて心を折るのが、通常の光景だったからな。
あの剣を見ても忌避感を抱かずに、俺に憧れを抱いてくれたロザレナとグレイレウスの二人が、特殊な例だったと言えるだろう。
俺はフゥと短く息を吐き、池に浮かぶ鴨の姿を眺めながら、ルナティエに声を掛けた。
「ルナティエ様は、勝ち続けることにこそ意味を見出して今まで生きて来られたのですよね?」
「・・・・そうですわ。フランシア家の人間に産まれたからには、どんな手を使ってでも勝利を納めていかなければなりませんから。一度敗北を許せば、家紋に泥を塗った者として、わたくしはお父様の栄光に傷を付けることになる・・・・わたくしのお父様は、聖騎士団の常勝の指揮官として、とても高名な御方ですから・・・・・」
高名な父親の名に泥を塗るから、娘である自分も勝利し続けなければならない、か。
その言葉を聞いて、ふと、俺は脳裏に生前の愛弟子であった、長耳の金髪エルフ少女の姿を思い浮かべる。
リトリシアは父親である俺を目指して、剣を振っていた。
彼女は・・・・リティの奴は、俺が死んで三十数年の月日が経った今でも、未だに俺という父親の影を背負い込み、剣を振っているのだろうか。
あいつはロザレナお嬢様とは違い、最後まで俺に依存し続け、【覇王剣】アーノイック・ブルシュトロノームの名に拘り続けた。
ロザレナとグレイレウスは俺に憧れを持っていてはくれているが、各々、各自自分が目指す剣士像というものを胸の内には抱いている。
だが、リトリシアは・・・・・俺そのものになろうと、努力し続けた。
人は他の誰かには、けっしてなることはできはしないのに。
アーノイック・ブルシュトロノームになろうと、彼女は修練をし続けた。
自分自身の特色を潰し、ひとりの人物を完璧に模倣するために剣の頂を目指し続けるその有様は・・・・痛々しい程この上なく、見ていてとても心苦しいものだった。
だから隣に座るこのルナティエも、かつての俺の愛弟子と同じように著名な父親に縛られ、成長の芽を自ら閉ざしてしまっていることが今の俺なら理解することができる。
・・・・・彼女はロザレナを陥れようとした憎き敵ではあったが・・・・ロザレナと同様、ルナティエのその勝利に対する執着心は、俺から見ても賞賛に値するものだった。
それに、俺の予想が正しければ・・・・この学校は生徒間で戦うものではなく、いずれこれからはクラス間で戦うものへと変わっていくことだと予想できる。
以前オリヴィアはこう言っていた。
級長同士の騎士たちの夜典は、とても人が集まり、盛り上がる、と。
その発言からして・・・・クラス同士が相争うイベントがこの学校にはあると、そう俺は推察をしていた。
だから、今後のクラスにとっては、必然的に高い能力を持つ生徒がひとりでも必要になってくる。
現時点において、黒狼クラスの他生徒の実力がどれほどのものかは分からないが・・・・ルナティエの手段を選ばない策謀を練る能力と、統率力を持つその力は、今のロザレナには無い大きなスキルといえるだろう。
彼女がロザレナの良きライバルになってくれれば・・・・我が主人の成長にも繋がることにもなるだろうしな。
少々打算すぎる考え方かもしれないが、レティキュラータス家の今後を鑑みれば、フランシア家との繋がりも考慮に入れておいた方が得策だとも言える。
諸々のことを踏まえて、今は彼女との交友を深めるのには多くの利点があることが明白だ。
俺はルナティエに顔を向け、優しく微笑んだ。
「ルナティエ様。突然、不躾けなことを申しますが・・・・私とお友達になりませんか?」
「・・・・・・はい?」
そう言葉を放った俺に対して、ルナティエは目をパチパチと瞬かせたのだった。
とあることがあって心が折れそうですが、頑張って毎日投稿を続けたいと思います。
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次回も読んでくださると嬉しいです。
三日月猫でした! では、また!