第4話 元剣聖のメイドのおっさん、冒険者ギルドでブチギレる。
王都の中央に聳え立つ冒険者ギルド、『栄華の双剣』。
ゲラゲラと、酒を煽る男たちの喧騒が鳴り響くそこに、扉を開け、一人の少女が入ってくる。
彼女の様相は、豪奢なドレスを着こんだ、どこかの貴族令嬢のような風貌をしていた。
そんな少女の姿に男たちは会話を止め、思わず彼女に対して奇異な視線を向けてしまう。
だが、少女はそんな視線など物ともせず。
彼女は堂々とした装いでギルドの中を闊歩していくと、カウンターの前に立ち、腰に手を当て、書類整理をしている受付嬢に向けて大きく口を開いた。
「ちょっと良いかしら。あたし、冒険者になりたいのだけれど」
「あ、はい、冒険者志望の方ですね~。でしたらこちらの書類にサインを・・・・・って、アレ??」
声を掛けてきた人物が何処にも見当たらず、受付嬢は思わず辺りを見回してしまう。
「ちょっと、ここよ! ここ!」
「へ?」
驚きつつも、眼鏡を掛けた受付嬢は声のする下向へ視線を向けた。
するとそこには、カウンターよりも背が小さい幼い少女が、背伸びをしながら立っている姿があった。
「え、えっと、き、君、冒険者になりたいの??」
「そうよ。何度も同じことを言わせないでくれるかしら」
「うーんと、ね・・・・当ギルドは、15歳未満の未成年が冒険者になることは禁じているんだ。だから、また大きくなってから来てくれるかな」
「15歳から、ですって!? だ、だったらあたしはどこで剣の修行をすれば良いのよ!! あたしは今すぐにでも『剣聖』になりたいのよ!!!!」
少女のその発言に対して、テーブル席に座っていた冒険者たちは一斉にゲラゲラと下品な笑い声を上げ始める。
「お、おいおい、嬢ちゃん!! 『剣聖』になりたい、だってー!? 笑わせんじゃねえよッ!!」
「それがどんなに叶いっこのない夢なのか、最近の子供だって殆どがちゃんと理解していることだぞ!?!? 嬢ちゃん正気かーッ!?」
「というかお前さん、その身なりからして貴族のガキだろ?? こんなところで怖いおじさんたちに泣かされる前に、さっさと帰ってお茶会してた方が身のためだぜ」
がははははとフロア全体に広がる嘲笑の声に対して、少女はスカートをギュッと握ると、眼の端に涙を貯めながら叫び声を上げる。
「うるさいうるさいうるさい!! あたしは絶対あきらめないんだから!! あんたたちみたいな昼間から安酒飲んでる底辺冒険者が、あたしの夢をバカにするなんて許さないわよ!!」
「あ? 底辺冒険者、だと??」
「そうよ!! あたしはあんたたちとは違う!! あたしの名前はロザレナ・ウェス・レティキュラータス!! 初代剣聖の末裔にして、いずれ剣の頂に立つ女の名前よ!! 覚えておきなさい!!」
その瞬間、先ほどの倍以上の嘲笑の声が、ギルド内に巻き起こる。
「レ、レティキュラータスって、あの没落寸前の貴族のか?? わ、笑わせんじゃねぇよ、ぷくくっ」
「無能すぎて王政からも爪弾きにされた伯爵家だよな?? 確か、領民の税だけで暮らしてる放蕩貴族だって噂だぜ??」
「四大騎士公の名を冠しているのに金が無さすぎて家中に一人も騎士がいないって俺は聞いたぞ??」
「ククク、なんだよそれ、ギャグかよ! よくもまぁそんな恥ずかしい貴族の名を堂々と名乗れるもんだな、お嬢ちゃん」
彼らの心の無い罵倒の声に、ロザレナはついに堰を切ったよう涙を溢し、嗚咽を溢しながら大声で泣き始めてしまう。
それと時を同じくして、ギルドの入り口に新たな少女の姿が現れた。
「あ、いた!! ロザレナお嬢様ー--!!」
メイド服姿のその少女は血相を搔いたように焦りながらテーブル席の合間を駆け抜けると、俯いて泣くロザレナの腕を掴み、ホッと安堵の表情を浮かべる。
「よ、良かった、無事に見つけられて・・・・・って、お嬢様、どうしてそんなに泣いているのですか!? いったい、如何されたのですか!?」
「うわぁぁぁぁぁぁん、ぶぇぇぇえええええん!!!!!!」
「ど、何処か痛むのでしょうか?? 怪我に効く薬草や、斬り口の縫合なら知識があります!! 痛むところをお見せください!!」
「違うぅぅぅぅぅ!! 怪我じゃないいぃいぃぃぃぃぃい!!!!」
「? でしたら、何故・・・・」
心配げにロザレナの顔を覗き込むアネット。
そんな彼女に、男たちは乾いた笑みを浮かべながら乱暴な言葉を吐き捨てる。
「おら、ちっこいメイド、さっさとそのお嬢ちゃんを連れて消えな」
「あと、二度とこのギルドに顔を出さないようにも言っておくんだな。生意気すぎて酒がまずくなる」
「そうだな。もしかしたら恨みを持つ、レティキュラータス領出身の奴がいるかもしれねぇんだし。誘拐なんてことがあっても知らないぜー??」
ゲラゲラと嗤い声を上げる冒険者たちを無表情のまま静かに見つめると、メイドの少女、アネットはロザレナの手を握り、そのまま出口へと向かって歩き出した。
だが、その途中。
丸太のような屈強な冒険者の足が目の前に投げ出され、アネットはそれに躓き、盛大に地面に転んでしまったのであった。
勿論、手を繋いでいたロザレナ共々に、身体を強く床に打ち付けてしまっていた。
「痛っ! お、お嬢様、大丈夫でしょうか??」
「うぐ、ひっく、うぅぅぅぅ・・・・」
顔を真っ赤にして立ち上がるロザレナ。
どこも怪我をしていないその様子に、アネットは思わずホッと安堵の息を吐く。
「おっと、すまんなぁ。俺は貴族って連中が大嫌いでよ。まっ、日ごろ領民の税を食らってるご身分なんだ。これくらいのこと、笑って流してくれるよなぁ??」
髭を生やした顔中傷だらけの冒険者はそう口にし、美味そうにジョッキの中の麦酒を煽る。
その様子に苛立ったアネットは思わず、メイドのアネット・イークウェスではなく、『剣聖』のアーノイック・ブルシュトロームとして、口を開いてしまった。
「・・・・・・てめぇ、ガキ相手に何やってやがる」
「は?」
その、少女とは思えぬドスの効いた声に、一瞬、冒険者たちはその声がメイドの少女から発せられたものであることが分からなくなってしまう。
唖然とする冒険者たちを置いてけぼりにしながら、続けて、アネットは捲し立てるように声を発する。
「なぁ、おい、等級プレートを貰う際に習わなかったのか?? 冒険者は人々を魔物から守り、騎士は人々を敵国の兵から守る。王国の安寧のために働くのが、武器を持った者の定めだ、と。・・・・・だが、てめぇが今やったことは、何だ? 今てめぇ、ガキ転ばして酒のツマミにしたよな、オイ。・・・・・まったく、こんなゴミが冒険者になれるだなんて、ハインラインの野郎は何やってんだ?? まだあいつがギルド長やってんだよな?? どうせまだくたばっちゃいねぇだろ、あの偏屈親父は。悪いこと言わねぇから奴に教育し直してもらえや、クズ野朗」
「な、何だ、てめぇ・・・・大人相手に舐めた口聞いてっと・・・・」
「黙れ、三下が。どうせ落ち目のレティキュラータスの令嬢だからこんな暴挙に出たんだろ。他の貴族相手じゃ、どうせお前みたいな野郎じゃ、報復が怖くて手も足も出せねぇだろうからなぁ。ククク、だからいつまで立っても最下級のブロンズプレートなんだよ、てめぇは。度胸もねぇクズが、未来のあるガキに迷惑かけてんじゃねぇ」
「て、んめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」
テーブルに立て掛けてあった剣を取り、鞘から刀身を抜き、男はアネットに向けて斬りかかる。
だがー----。
「ッ!?!?!?」
男は剣を振り降ろそうとした手を止め、突如、凍り付いたように固まる。
目の前にいるのは可愛らしい小さな果物ナイフを構えただけの、幼いメイドの少女だ。
その姿に脅威を感じる者は、いかに最下級ランクのブロンズプレートの冒険者であろうと、誰ひとりとしていないだろう。
何故ならどう考えても、刀身が長い剣を持った者の方が強いからだ。
そして大人の男であれば、少女の扱うナイフなど、いかようにでも抑え込むことができるだろう。
だから、男がこの少女に脅威を感じることなど通常であればあり得ないこと。
だが、しかし。
目の前の少女から放たれている、鳥肌が立つほどの悍ましい程の剣気が、何故か男の手を反射的に止めていたのだった。
(な、なんで、俺がこんなガキ相手に、ビビらなきゃなれねぇんだ・・・・・)
玉のような汗を流し、男はガタガタと震えだす。
彼は、困惑していた。
この剣気の前に、数ミリでも身体を動かせば、即座に首を落とされるー---そんな、理解不能な未来が、何故だか予測できてしまっていたから。
本能的に、彼は分かってしまっていたのだ。
この少女は、少女の形をしただけの異質な化け物だということが。
ついには剣をカランと床に落とし、怯えて尻もちを付いてしまう男。
そんな男にハッと乾いた笑い声を上げると、アネットは果物ナイフを仕舞い、そのままロザレナの手を引っ張り冒険者ギルドを後にするのであった。
「い、いや~、どうなることかと思った~~~」
額の汗を拭い、ふぅっと、俺は大きく息を吐く。
思わず生前のアーノイックの短気さが顔を出してしまい、色々とキレ散らかしてしまったが・・・・。
あれは本当に、失策だったな。
危うく、剣で斬りかかられてあのまま真っ二つにされるところだったぜ。
この幼女の身体じゃ、大の大人、それも冒険者になんて当然勝てるわけがないのに。
ついつい、生前の癖で、自分が強いままだと思って行動してしまいやがる。
本当、駄目だな、俺は。
このまま短気さが表に出るようになったら、それこそ寿命がどんどん縮んでいってしまうこと間違いなしだ。
いや、俺の命だけが危機に陥るのは良いが、無関係の幼子であるロザレナも巻き込んでしまうのは、剣士の恥だな。
その点を踏まえても、あの行為は失策だったといえるだろう。
「しかし、気休めにナイフ構えただけだったんだが・・・・相手が意味わからずビビッてくれて助かったぜ。九死に一生を得たな。ふぅ・・・・」
「・・・・・・ねぇ、アネット。手、放して。もう、どこにもいかないから」
「あっ、すいません、お嬢様!!」
慌てて手を離すと、ロザレナは袖で涙を拭い、赤くなった目でこちらに視線を向けてくる。
「・・・・・どうして、アネットがここにいるの」
「あんな書き置きを見たら、心配して、嫌でも探しに来ちゃいますよ」
「・・・・・・」
「『王都に剣の修行に出ます。探さないでください』。あの書き置きを見て、馬車を乗り継いで急いで王都にやってきたんです。あ、お父様とお母様も王都にいらっしゃっていますよ。マグレットも。みんなで手分けしてお嬢様を探しに来たんです」
「そう・・・・・あたし、みんなに迷惑を掛けちゃっていたのね」
そう言って、沈痛な表情で俯くロザレナ。
俺は努めて優しい笑顔を浮かべながら、しゃがみ、彼女の顔を下から覗き込んだ。
「申し訳ありません、お嬢様。私は、お嬢様に失礼な態度を取ってしまいましたね」
「そんなことは・・・・ないわ。本当に、貴女の言う通りだと思ったもの。病気でハンデを負っている私は、他の人よりも剣を握っている時間を失っている。だから、その遅れを取り戻すためにも、今から剣を握らないといけない・・・・・今の私は、ただの無謀な夢を語るだけの、何の努力もしていないただのお嬢様だもの」
「いいえ。そんなことはありませんよ。私は・・・・お嬢様の『剣聖』を目指す心意気を、少々甘く見すぎていました。剣の修行がしたいから、冒険者ギルドへと足を向ける・・・・・それも、10歳前後の子供が、大勢の屈強な大人たちがいる場所に。フフッ、言うだけなら簡単ですが、ただの夢見がちな人間には、このような行動すらもできることではありませんよ。お嬢様の己を信じて突き進む、その勇気。賞賛に値するものです」
「・・・・・言ってること、意味わかんないわ」
「申し訳ありません」
「でも、ありがとう。アネットが来てくれたおかげで、あたし、完全に挫けずに済んだ。とっても・・・心強かったわ」
照れたように頬を赤く染めながら、プイッと、顔を横に向ける。
娘のように育てていた弟子のリトリシアは、幼少時、全く感情を表に出さない子だったが・・・・ロザレナのようなはっきりと感情を表に出してくれる子は、見ていて微笑ましいな。
思わず、頭を撫でたくなってしまう。
「・・・・・ねぇ、頭撫でるのやめてくれるかしら。私、貴女の主人よね?? 非常に不愉快なのだけれど」
あ、いかんいかん、普通に手が出てしまっていたぜ。
謝罪しながら、慌てて手を引っ込める。
すると、ロザレナはますます顔を赤く染め、怒ったように口をとんがらせながら、声を発した。
「・・・・・さっきの貴女は何だったの? まるで、別人みたいだったけれど」
「? 別人・・・・?」
「だから、足引っ掛けてきた奴に怒鳴っていた時のこと! 何か凄い勢いで怒ってたじゃない!」
「あ、あぁぁ・・・・あ、あれは、たまに出る私の素というか、何と申しますか・・・・」
「ふーん? まぁ、良いけど・・・・・あの時の貴女、素敵だったわ。またお目にかかりたいものね」
いや~、マグレットのババアがいる限り、無理なんじゃないかなぁ。
今よりもっと小さい頃に、素をモロダシにしたまま生活してたら、あのババアには散々ぶん殴られてたからなぁ。
未だに思い出すとむしゃくしゃするぜ、箒で剣の修行していたとき喰らったゲンコツのことはよぉ。
「って、そんな無駄な回想なんて今してちゃ駄目だ駄目だ。今は、早くお嬢様を旦那様と奥方様の元にお連れしないと」
「お父様とお母様が今何処にいるのかわかるの??」
「私とマグレットが王都の中心部を捜索しておりましたから、恐らく、旦那様と奥方様は東と西にある商店街通りを捜索されていることかと」
そう言って、俺は大勢の人々が行きかう大通りを外れ、薄暗い小道へと入る。
城門へと続く人通りの多い大通りを歩くよりも、この細道を通る方が、最短で商店街に辿り着くことができるからだ。
くぅ~、こういう時は生前の知識があって良かったと、本当に実感できるぜ。
「? アネット、この道は? 大通りから行かないの??」
「近道です。こっちの方が早く、商店街通りに着くんです」
「へぇ。意外に王都に詳しいのね。お父様からは、アネットは産まれてからずっとレティキュラータスの屋敷で育ってきたと聞いていたのだけれど。何度かこっちに来る機会があったのかしら??」
「あー、あははは、はい、そうなんです、何度か、何度かね」
「そう。アネットは何でも知っているのね。少し、羨まー----ー---アネットッッッッ!!!!」
「え?」
次の瞬間、俺は頭を何かで思いっきり殴られ、地面に倒れ込んでしまった。
ぼやけた視界にあるのは、泣き叫びながら俺の顔を覗き込むロザレナの姿。
そして、耳に入ってきたのは、何者かの声だった。
「どうする? レティキュラータスの娘だけ攫っていくか??」
「いいや・・・・このメイドのガキも一緒に連れて行こう。目撃者も連れてこいと、ボスの命令だ」
全身黒装束の、フードマントを被った怪しげな二人組が、俺とロザレナの口元に薬品の付いたハンカチを嗅がせてくる。
意識を失う間際、男の首元にあるサソリの尻尾のタトゥーを確認した俺は、かつて『剣聖』の仕事で仕留めそこなったある人物を脳裏に浮かべながらー----夢の中へと、誘われていくのであった。