第40話 元剣聖のメイドのおっさん、先輩の豹変ぶりにドン引きする。
「-----------これが、アネット・イークウェスの本当の力、か」
グレイレウスは目の前の瓦礫の山を唖然とした表情で見据え、驚愕の声を漏らす。
そしてその後、彼は、二日前に起きた出来事をゆっくりと思い返していった。
『何? 騎士たちの夜典の開催日に、ジェシカ・ロックベルトの護衛を頼みたい、だと?』
『はい。お願いしてもよろしいでしょうか?』
深夜。
いつものように訓練を終え、疲れ果てたのか・・・・ぐーすかと地面に横たわって眠るロザレナを見下ろすと、アネットは肩ごしにこちらに振り返り、微笑みを浮かべながらオレにそう言葉を投げてきた。
オレはそんな彼女に首を傾げつつ、疑問の声を返す。
『まるで話の意図が掴めないな。何故、騎士たちの夜典の日にあのアホ女の護衛をする必要があるんだ? いや、そもそも何故その護衛をこのオレに? 他を圧倒する剣の腕を隠し持つお前がやれば簡単に済む話なのではないのか?』
『・・・・恐らくルナティエは、決闘当日、勝利を確実にするためにお嬢様の弱みを的確に突いてくることでしょう。お嬢様の弱みは、自分が傷付けられることではなく、自分のせいで他人が傷付く姿を見せられること。ですから、彼女のその弱点となり得るのが最も交友の深い、私とジェシカさん、というわけなのです』
『なるほど。人質を取って脅しを掛けてくる、ということか。フン、確かにあの女がやりそうな手段ではあるな。お前のその推測は十中八九当たりと見て良いだろう』
ルナティエ・アルトリウス・フランシア。
幼少の頃、養父に連れられた社交会で何度か会話を交わした記憶があるが・・・・あの女は7,8歳にして、勝利に対して異常な執着心を持っていた子供だった。
たかがボードゲームですら奴は負けそうになると、札束をテーブルに置き、相手から『勝利』を買収しようとしてくるし、徒競走で相手が運動神経の高い男子だった場合は事前にその男子の昼食に下剤を混ぜ、無理やり不戦勝を掴み取ろうとする。
勝つということに対して、並大抵ならぬ執着心を、あの女は持っていた。
だから、決闘に勝利するために、人質なんて汚い手を使ってくることも容易に想像することができる。
『・・・・・・相も変わらず下種な女のようだな、奴は』
『? グレイレウス先輩?』
『いや、なんでもない。それで? オレにあのアホ女・・・・ジェシカ・ロックベルトの護衛を任せたいことは理解したが、お前はその間どうするつもりなんだ?』
『私は、敢えて、そのまま敵の手中に飛び込みたいと思います。その方が、ルナティエの配下たちを一掃するのに手っ取り早いですから』
『・・・・・・実力を出して、戦うつもりか?』
『ええ。この学校の関係者がいない、何処か別の場所に連れて行ってくれるのならそれはそれで好都合ですからね。それに・・・・ロザレナお嬢様に敗北したルナティエの従者が、ただのメイドごときに敗北しただなんて、さらに恥の上乗せのようなことを学校中に流布する理由はありませんでしょう? 人質に取ってくれるのはむしろこちらにとって利点なことしかないのですよ』
そう言うと、どう見てもか弱いメイドでしかない目の前の少女は・・・・その様相とは似つかない程の、邪悪で不敵な笑みを浮かべた。
オレはそんな彼女の姿に、フンと鼻を鳴らし、微笑を浮かべる。
『良いだろう。ジェシカ・ロックベルトの護衛の件は承った。だが・・・・その代わりにひとつ、お前に頼みたいことがある』
『頼みたいこと? それはいったい何でしょうか?』
『お前がルナティエの配下と戦うその時・・・・実力のすべてを・・・・オレにお前の本気の剣を見せてくれないか』
『本気の剣、ですか? それならこの前、お嬢様との特訓の時にお見せしてー---』
『お前がこの前放っていた、あの唐竹・・・・確かにアレにはとてつもない威力が宿っていた。間違いなく、【剣王】クラスの実力はある剣技だということは間違いようがない。だが・・・・・どうにもオレには腑に落ちないことがある。それは、あの剣技を何度振っても、お前は汗ひとつをかいていなかったことだ』
『・・・・・・・・・』
『現に今、ロザレナの訓練をし終え、何百回も唐竹を放ったというのに、お前は疲れた様子を見せていない。・・・・・そのことからオレは確信した。お前がまだ、力を隠し持っているということにな』
そうオレが言葉を放つと、目の前の少女はー----まるで別人が憑依したかのように、様子を一変させた。
額に手を当て、クククと低い笑い声を溢すその姿は、さっきまでの礼儀正しいメイドの少女ではなく。
対面しているだけで全身の毛穴から脂汗が噴き出てくるような・・・・異様な気配の宿る少女の形をした怪物へと、変貌を遂げていた。
『クククク・・・・・・・俺の実力を訝しんで仕掛けてきた時から、どうにも洞察力が高いガキだとは思っていたが・・・・・まさか、汗の有無で俺の実力の底まで見破ってくるとはな。流石にこれには驚いたぜ。俺は少々、お前を見くびっていたようだな、グレイレウス』
『な、何なんだ、お、お前は・・・・い、いったい、いったい何者なんだ!?』
『俺が何者かなんてことは、今はどうでも良いことなんじゃねぇのか? お前は、俺の実力を知りたかった、そうなんだろう?』
『あ・・・・あ、あぁ!! その通りだッ!! アネット・イークウェス、オレはただ純粋に、お前と言う剣士がどこまでの存在なのかを知りたい!!!! オレが初めて師事したいと感じた存在であるお前が、いったいどれ程のものなのかをこの目で計らせてくれッッッ!!!』
『良いだろう。だが・・・・俺の全力を見た奴は、その殆どが俺に恐怖することになるぞ? お前も俺に恐怖をしてこの学校を辞める、だなんてことにならなきゃいいがな』
そう言って肩に箒を乗せて不敵に笑う強者然としたメイドの姿に、オレは思わず身震いしてしまった。
「なるほど。確かに・・・・この力を前にしては、恐怖するなと言う方が無理があるな」
そう言って、オレは目の前に広がる光景・・・・先ほどまで倉庫が建っていた場所に視線を向ける。
そこには、建造物が在った面影などひとつもなく、現在はただの瓦礫の山と化していた。
事前にアネットからは、『俺が箒を上段に構えた時は、周囲から猛ダッシュで逃げろ』と言われてはいたが・・・・・まさか、倉庫そのものを壊滅させることになるとは、思ってもみなかった。
単なる箒の一太刀で、一瞬で瓦礫の山を造り出したこの光景には、流石のオレも口をポカンと開けて唖然とせざる負えなかった。
「けほっ、こほっ! 畜生、自分も一緒になって巻き込まれちまうとは、アホ丸出しだぜ。・・・・てか、胸がつっかえて出れなくね? これ? 瓦礫の下からうんともすんとも身体が出て来ないんだが?? もしかしてこれって、詰み??」
「!!!! アネットッッッ!!!!!」
瓦礫の山のてっぺんから這い出てきたアネットを見つけたオレは、即座に山を駆け上っていく。
そして、彼女の腕を掴むと、勢いよくアネットの身体を地上へと引っ張り上げた。
「おおっ、とっ! 悪い、助かったぜグレイレウス! ありがとな!」
「い、いや、別に礼を言う必要は・・・・いえ、その・・・・」
「ん? どうした? 青ざめた顔で俺を見つめて・・・・って、あぁ、もしかして・・・・やっぱりお前も俺の【覇王剣】に恐怖したのか? そうか・・・・まぁ、それは仕方のないことだー----」
「これまでのご無礼の数々、誠に申し訳ございませんでしたッッッッッ!!!!!!!!」
「・・・・・・はい?」
勢いよく頭を下げるオレの姿に、アネット師匠は瞠目して驚く。
そしてオレは頭を上げた後、地面に片膝を付け、胸に手を当て、騎士としての忠誠の礼を彼女に対して行った。
「このグレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス、今日この日より、貴方様の弟子としてアネット師匠に忠誠を誓いたいと思います。ですから、どうか! 今までのご無礼の数々をお許し頂ければ幸いです!! これからは親しみを込めて、師匠と、そうお呼びさせてもらっても宜しいでしょうか!! 我が師よ!!」
「え・・・・? あの、嫌だけど?」
ヒュゥゥゥと、辺りに冷たい風が吹き抜けていった。
第40話を読んでくださって、ありがとうございました。
実は今日で、この小説を書き始めて1か月目となりました。
ここまで続けて来られたのは、この作品を支えてくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。
続きはまた明日投稿しますので、読んでくださると嬉しいです。
最近は特に寒くなってきましたので、皆さま、お体をご自愛ください。
三日月猫でした! では、また明日!