第39話 元剣聖のメイドのおっさん、久々に本気を出す。
聖騎士駐屯区内から離れた、王都南西の居住区にある某倉庫。
俺はそこで後ろ手にロープを括りつけられたまま、床に膝を付け正座して座っていた。
「もうそろそろ、お嬢様の決闘が終わる頃ですかね・・・・・」
本当に、彼女の成長をこの目で確認できなかったことだけは、残念でならないな。
彼女の内に宿る獰猛な獣のような闘争心が解放されたその時・・・・この5年間振り続けて来たロザレナの『唐竹』は、絶大な威力を伴った必殺の一撃へと変貌を遂げるだろう。
今まで無能貴族の烙印を押され、レティキュラータスの末裔だからと馬鹿にしてきた連中が、皆、一様に彼女のその剣に恐怖し慄くことになる。
ロザレナが幼少の頃から苦しんできた呪縛から解き放たれる。その瞬間に立ち会えなかったことは、非常に残念で口惜しい。
「は!? 何っ!? ジェシカ・ロックベルトの確保に失敗しただってっ!?!?!?」
数人の男と共に椅子に座っていたディクソンは、突然乱暴に立ち上がると、テーブルに拳を叩きつける。
そして耳元に手を当て、念話相手へと怒りの言葉を巻き散らした。
「おい、ガルゴ、てめぇ!! お嬢様が借金の全額返済を約束してくれたってのに、その体たらくは何なんだ!!!! ジェシカ・ロックベルトと旧知のお前なら、怪しまれずに間合いに入って催眠薬の塗られたハンカチを嗅がすことくらいワケねぇだろうに!!!!! 何やってやがんだ、てめぇ!!!!!!」
椅子を蹴り飛ばし、怒りを露わにするディクソン。
あの常に飄々とした男がここまで感情を発露させた様子を見せるとは・・・・余程、ジェシカを捕らえられなかったことが予想外の失敗だったのか。
彼はギリッと歯を噛みしめると、眉間に皺を寄せ、憤怒の表情を浮かべる。
「クソがッ!! こんなことなら俺が直にジェシカ・ロックベルトの元に向かうべきだったぜ!! あんなクズに全権任せたのが間違いだった!!!! チッ、今からでも俺が出向いて探しに行ってくるか!? いや、本命のメイドはこっちの手にあるんだ。それだけでもまずは良しとしー---」
「・・・・・・・どうやらジェシカさんは、無事に貴方の配下の手から逃れられたようですね」
「あぁ!?」
突如口を開いた俺に対して、ディクソンはこちらに鋭い眼光を見せてくる。
俺はそんな彼の顔を真っすぐと見据え、無表情のまま言葉を続けた。
「貴方の配下、ガルゴさんでしたか? 彼は背後からジェシカさんに薬を嗅がそうとした直前、ある学生の手によって、それを阻止されー----気絶させられた、といったところでしょうか。どうでしょうか? 私の推測は当たっていますか?」
「ッ!? ど、どうして、そのことを!?」
「申し訳ありません。先ほど貴方は私を罠に嵌めたと仰っていましたが・・・・それは、私も同じだったんですよ。ディクソン・オーランドさん」
俺は予め袖に隠していた小型ナイフを取り出し、それで手首を縛り付けている縄を即座に切断した。
そして、立ち上がると、手首をコキコキと鳴らしながら、倉庫内にいる男たちひとりひとりに視線を向けていく。
「ざっと見たところ、15人、といったところでしょうか。よくもまぁ、ただのか弱いメイドである私のために、ここまで人を集めたものです」
「お前さん・・・・ナイフを隠し持っていたのか?」
「ええ。こうなることは、予め分かっていましたので」
「予め分かっていた、だと? お嬢ちゃん、いったい何を言って・・・・」
困惑するディクソンを他所に、他の男たちは俺を見て下卑た笑い声を上げ始める。
「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッッ!!!! ナイフで縄切ったからって、俺たちから逃げきれるとでも思ってんのかい、メイドちゃん!!!!」
「そのナイフで挑んでみるかー?? 運が良ければ俺の頬にかすり傷くらい付けれるかもな!!!! ギャハハハハハハハッ!!!!!」
「それよりも俺たちと遊んでいこうぜー?? そのでかい胸、揉ませてくれよ!! ハッハッハッハッ!!!!!」
彼らは完全に、俺を、力の持たないただの小娘だと思い込んでいやがる。
まぁ、そう仕向けたのは俺だから、この状況は上手く策が運んだものと見て喜んで良いのだろうがな。
少しムカツクけれど・・・・まぁ、後でしっかりとこの怒りは清算させてやるから問題は無い。
俺はふぅと大きく息を吐き、奥の扉へと視線を向け、声を掛ける。
「おい、もう入って来て良いぞ、グレイレウス」
その声を発したのと同時に、扉を蹴破り、倉庫内にグレイレウスが姿を見せて来た。
彼は、瞠目して驚くディクソンたちを無視し、俺へと目掛けてあるものを投擲してくる。
そのあるものは空中で弧を描くと、俺の前へとカランカランと音を立てて転がってきた。
俺はそいつを拾い上げー----ディクソンたちに向けて、構える。
「さて・・・・愛刀箒丸もこの手に渡ったことだし・・・・久々に本気で剣を振ってみるとするかね」
そう口にして、俺は笑みを浮かべた。
そんな俺の姿に、ディクソンは肩を竦め、呆れた表情を浮かべ始める。
「お、おいおい、仲間が来たことには素直に驚いたが・・・・嬢ちゃん、まさかその箒で、俺たちとやりあう気じゃねぇだろうな??」
「そのまさか、だとしたら?」
「おいおいおいおい・・・・流石にそいつは笑えねえ冗談だ。俺は敵意を向けられて容赦できるほど、大人じゃねぇ。その綺麗な顔に傷を付けたくなかったら、さっさとその箒を地面に置いてー---」
「クククク、なぁ、おい、ディクソン・オーランド。てめぇらの敗因はいったいなんだと思う?」
「な、なんだ、いったい、どうして急にそんな乱暴な言葉遣いになった? まさか、そんなんで俺たちが怖がるとでも思っていやがるのか?」
「いいや、単に、てめぇら如きゴミクズどもに敬語なんて使う必要はねぇと思っただけさ。もう猫被るのは止めだ。マグレットも、お前らみたいな奴らに敬語を使う必要はねぇって、きっと理解してくれると思うぜ」
そう言ってクククと笑うと、俺はディクソンを見据え、口角を上げる。
「メイドの土産に教えてやるよ。てめぇらの敗因はー------------」
「ー---ー---大事な人が酷い目に遭う、ですって?」
その聞き捨てならない台詞にあたしは思わず上段に構えていた手を振り降ろさずにそのまま止める。
するとこちらのその様子に、ルナティエは不気味に微笑んだ。
「そうですわ。貴方の大事なメイド・・・・何て言ったかしら? アネットさん、だったかしら? フフフフ・・・・そのメイドは今、わたくしの配下の手にありますの。確か、試合が始まる直前くらいのことでしたわ。情報魔法【コンタクト】による念話で、捕獲することに成功したと、従者から連絡を受けたのは」
そう言って、口元に手の甲を当て高らかに笑うと、ルナティエは先程とは一変、勝者の笑みを浮かべ始める。
「もうじき、貴方のお友達のジェシカさんも、わたくしの配下の手に落ちることでしょう・・・・フフッ、フフフフフフフフフフフッッッ!!!! オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!! 騎士たちの夜典である今日この日は、賭け事に興じる客人がこの学園区内へと多く足を運ぶ日・・・・・ですからわたくしの手の者をこの学校に忍ばせても、何の不自然も無いのですわぁ!! 本当、わたくしってば策士ですわねっ!! オホッ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あら? あらあらあらあらあらー? 突然、俯いて無言になってしまわれて、どうしたのですか? ロザレナさーん? さっきまでの威勢は何処にいったんですのぉー??」
「・・・・・・・プッ」
「は?」
「プッ、クスクス、あー-っはははははははははははははははっっっっ!!!!! さ、攫う、ですって!? アネットを? 貴方の手下が? あはっ、あははははははははははははははははははっっっ!!!!! やばっ、お腹痛いっ!!!!」
「な、何がそんなに可笑しいんですの!? 貴方の大事なメイドが傷付けられても良いんですのッ!?」
「どうぞ? 傷付けられるものなら、やってみなさいよ」
「なッー------」
「貴方、喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩、売っちゃったわね。勝利のためにどんな手段も使おうとするその姿勢だけは、あたし、嫌いじゃなかったけれど・・・・・ちょっと、調子に乗りすぎちゃったんじゃないかしら?」
「こ、これを聞いても笑っていられるのかしらぁ!? 貴方のメイドを攫ったわたくしの従者は、何を隠そう、元フレイダイヤ級冒険者の男なのです!! 荒れ狂う火吹き翼龍をも殺したこともある、英雄の領域と言われる、最上級冒険者なんですわよッッ!!!! ですからー----」
「あの、ごめん、それが何?」
「・・・・・はい?」
呆けた顔でポカンとあたしの顔を見つめるルナティエ。
あたしはそんな彼女の顔にフフッと軽く笑うと、再び剣を上段に構えた。
「ルナティエ・アルトリウス・フランシア。貴方の敗因はひとつだけよ」
そう口にして、あたしは地面を蹴り上げ、ルナティエの頭上目掛けて『唐竹』を放つ。
「貴方の敗因、それはー----あたしたちを」
「お前たちは俺たちをー----」
「「舐めたことだッッッ!!!!!!!!」」
あたしが放った上段の剣、5年間振り続けて来たその『唐竹』は、ルナティエの剣を粉々に打ち砕き、そのまま彼女の脳天を叩き伏せた。
俺が放った上段の剣、何百何千何億と振り続けた『唐竹』から派生した奥義、【覇王剣】は、倉庫の中の世界を全て破壊していった。
後に残るのはー---崩落し、瓦礫の山となった世界だけだった。
第39話を読んでくださってありがとうございました!!
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続きは明日投稿する予定なので、また次回も読んでくださると嬉しいです!!
では、三日月猫でした! また明日!