第11章 二学期 第366話 巡礼の儀―③ 帰郷
「おいおい、縄で縛るなんて、ひどいことするじゃないか」
その後。俺たちは一度馬車を止めて、武器を捨て馬を降りたルーファスたちを拘束していった。
草原の中で縛られた牛頭魔人クラスの生徒たち。
そんな状況の中でも、ルーファスは特に動揺した素振りを見せず、片目を閉じて微笑を浮かべていた。
そんな彼の前に立ったルナティエは、腰に手を当てて開口する。
「ルーファス。貴方は、ジークハルトの紋章を奪うためにわたくしたちに攻撃を仕掛けたんですわね?」
「その通りさ、レディ」
「どこかの陣営の差し金……というわけではないんですわよね?」
「当然さ。俺は元々共和国の族長の息子だし、王族との繋がりなんてない。ここにいる連中も、俺の目的にただついてきてくれただけのことさ。まっ、元騎士公アステリオス家の末裔という部分は、俺に残る唯一の王国との繋がりと言えるが……今更没落したアステリオスに頼る王族なんていないだろう?」
オーバーリアクション気味に肩を竦めるルーファス。
そんな彼の姿を見て考え込むルナティエに、ジークハルトが声を掛ける。
「ルナティエ。ルーファスは、嘘を吐くのが上手い。全ての言葉を鵜呑みにするのは間違いだ」
「おいおい、ジークハルト。そりゃないぜ。一緒に同じ学園で過ごした仲間じゃないか」
「お前は私にとって、リューヌと並び、信用ならない人物だ。仲間だと思ったことは一度もない」
「釣れないねぇ」
ルーファスはため息を吐く。
そんな彼に、ルナティエは声を掛けた。
「貴方……もともと、王国を乗っ取るつもりでしたの?」
「どうしてそう思うんだ?」
「貴方は以前、マリーランドに傭兵を派遣していたのでしょう? レティキュラータスのメイド、クラリスが、貴方を目撃していたと言っていましたわ」
「あのお嬢ちゃん、か」
「貴方はロシュタールの襲撃に乗じて、マリーランドの様子を傭兵に任せて経過を観察していた。全ては、この王国を少しでも弱体化させて、自分が付け入る隙を見つけるため……違いますか?」
「あぁ、その通りさ。俺たち共和国の人間は、他国とは異なり、異種族同士で暮らしている。だが、共和国の一歩外に出れば、そこには差別が待っているんだ。お前たちは、差別を生み出してる元凶が何だか知っているか?」
「……セレーネ教か」
ジークハルトその言葉に、ルーファスはコクリと頷く。
「御名答。人間と亜人を分けて、壁を作ったのは、この王国に巣食うセレーネ教そのものだ。俺は、その壁をぶっ壊して、王国、帝国、共和国の三国の隔たりを無くしたかったのさ」
「エステリアルが追い求めている、統一国家のようなものを、貴方も作りたかったんですの?」
「あの王女と一緒にしてもらっちゃ困る。俺は別に暴力で解決したいわけじゃない。王国を内側から変えて、次に帝国も内側から変える。そして、三国で統一を成し遂げて差別の壁を無くすのが、俺の目的だ。何年かかってもな」
その話を聞いたルナティエは目を伏せ、静かに呟く。
「……ルキウスとフレイヤが喜びそうな話ですわね」
「何だって?」
「何でもありませんわ。まるで夢物語のような話ですわね」
「だろ? だけど俺は不可能だとは思っていない。この俺を王だと認めてついてきてくれる仲間たちもいるからな」
ウィンクをするルーファス。
そこで俺はあることに気付き、彼に声を掛けた。
「なるほど。時間稼ぎですか。残念ですが……ここは既に私の間合いに入っています」
「? ししょ……アネットさん?」
ルナティエが俺に疑問の声を掛けた、その直後。
俺は【瞬閃脚】を発動させて、姿を掻き消し、馬車の裏手へと即座に移動する。
するとそこには、草原に身を潜ませながら馬車へと接近している、傭兵たちの姿があった。
傭兵は、突如目の前に現れた俺に、驚いた様子を見せる。
俺は箒丸を構え、静かに口を開いた。
「一歩でもこの馬車に近寄れば……斬ります」
「な……何だ、このメイドは!?」
「突然目の前に現れたことには驚かされたが、問題ねぇ!! たかが箒を持っているだけのメイド!! このまま押し切って馬車を奪い、ルーファスたちを助け―――」
「は……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? って、ス、ストーップ!! や、やめろ!! お前たち!! まいったまいった!! 俺たちの降参だ!! 武器を捨てろ!!」
そう、背後から、ルーファスの叫び声が聞こえてくる。
そんなルーファスに対して、以前マリーランドでロザレナに剣鬼の称号をあげたと思しき傭兵のリーダーは……首を傾げ、声を張り上げた。
「良いのか、ルーファス!! こいつらを倒すことを諦めてしまっても!!」
「良いんだよ、ブラッシュ!! お前も分かってんだろ!! そのメイド……今、【瞬閃脚】を使いやがった!! つまりは、だ!! グレイレウスを含め、少なくともそっちの陣営には剣神クラスの実力者が二人いるってことだ!!」
「……まぁ、な。にわかには信じ難いが、先ほどこのメイドが見せたのは間違いなく【瞬閃脚】であった。そして、こちらの姿を見ても一切動じた様子を見せていないことからして……本気で、一人で俺たちを倒し切れる自信があるのだろう」
傭兵のリーダーブラッシュはそう言って手に持っていた剣を捨てる。
仲間たちは困惑した様子だったが、ブラッシュの「我らが王の言葉に従え」と声を掛けると、全員武器を地面へ捨てた。
その光景を見つめた後。俺は箒丸の構えを解き、遅れてやってきたグレイに「あいつらの監視を任せる」と告げて、ルナティエとジークハルトの元へと戻った。
するとルーファスが、唖然とした様子で俺に声を掛けてくる。
「あんた……俺が想像したよりもやばそうな奴だな……しくったぜ」
「何故、傭兵たちを止めたのですか? 私はまだ、【折れぬ剣の祈り】と【瞬閃脚】しか見せていません。もしかしたら、私には、戦闘能力が無かったかもしれませんよ?」
「いいや? あんたはさっき、自分の剣の間合いだとそう言った。あとは直感さ。あんたからは……今まで感じたことがない強者の気配をプンプンと感じる。奇襲なんて通じる相手じゃない。だから、部下たちを無駄に死なせたくなくて引かせた。そんなところさ」
危機管理や状況把握能力がずば抜けているな。前にも思ったが、能力的にルナティエに近い才能を持っているように感じる。この男、ルーファスは、兵の上に立つ指揮官の器だ。
「本当に、抜け目ありませんわね。この男は」
「ハハハ。あと、お前たち、随分と手厚くあの馬車を守っているんだな。何が何でも守りたいものでもあそこにあるのか?」
「……!!」
ギリッと奥歯を噛むルナティエ。
そんな彼女に対して、ルーファスは首を横に振る。
「いや、詮索が過ぎたか。忘れてくれ。多分それは、俺には興味のないことだ。安心してくれ。俺は別に、あいつが本物の魔物になるだとか思っていないぜ。ただ、あいつがいなくなると学園の競い合いがつまらなくなるんでね。早く戻って来て欲しいとは思っている」
「どうだか。わたくしが貴方を素直に信じると思いまして?」
「いやいや、本当に悪かったよ!! これはマジだって!! お詫びと言っては何だが、情報をやるよ。見たところ、方向を見るに、お前たち……レティキュラータスへ向かってるんだろ? なら、急いだ方が良い。今、レティキュラータス領は、バルトシュタイン家の傘下に入ったオルベルフが実効支配しようと動いている。完全に奴らの手に落ちる前に祠探しをした方が、得策だぜ?」
ルーファスのその言葉を聞いて、馬車の中に隠れていたロザレナが窓を開け、叫び声を上げた。
「ルーファス、それ……本当の話なの!?」
「あのお馬鹿さんは……オリヴィアとフランと一緒に引っ込んでいなさいと言ったでしょう、ロザレナさん!!」
「うるっさいわねぇ!! あたしだって本当は戦いたくてうずうずしてたんだから!! それよりも、ルーファス、レティキュラータスがオルベルフに支配されているって、どういうことなのよ!!」
「言った通りの意味さ。まぁ、俺も実際に見に行ったわけじゃないから知らないが、本家に恨みがあった分家のオルベルフ家が、虎の威を借る狐……ではないが、息女が災厄級の因子という醜聞を機に、バルトシュタインの傘下に入って、本家を潰そうと動いている。実際、殆どの領地がオルベルフのものになっているって話だ。結構前に聞いた話だから、今どうなってるのかは定かじゃないがな」
「そ、そんな……お父様、お母様……あたしのせいで……」
顔を青ざめるロザレナ。
俺はそんなお嬢様の顔を一瞥した後、ルナティエへと声を掛ける。
「ルナティエ。もしその話が本当なのだとしたら、急いだ方が良さそうです」
「そう……ですわね」
「おおっと、もうひとつお得な情報をあげよう。俺の胸ポケットに入っている紙切れを取りな、そいつをやるよ」
ルーファスのその言葉にルナティエは訝しげな様子を見せつつ、彼の胸ポケットに手を伸ばして一枚の紙を手に取る。
その紙を広げてみせると、そこには、どこかの地図が手書きで書かれていた。
「これは?」
「アステリオス領の地図さ。四角マークが元屋敷跡の廃墟、そのバツ印が、アステリオスの祠と思しき場所だ」
「!? 没落した騎士公のアステリオスの祠が……まだ、生きているんですの!?」
「恐らく、な。どうだ? 面白いだろう? 聖女は四つの騎士公の祠を巡れと言ったが、実際、祠は五つある。もしかしたらこれ、五つの祠を巡って王の器を満たしたら、他の陣営よりも多くの紋章を回収できるんじゃねぇのか? ルールは、最も多くの王の器を満たし、誰よりも早く王都に持ち帰った者が聖王となる。速さよりも量で勝負に出たら、隠し祠であるアステリオスの祠を回った王位継承者の圧勝だ。これを知っている奴がどれだけいるか知らないが、すげぇ情報だろ」
「貴方……何故、この情報をわたくしたちに?」
「ルナティエ、お前はさっき俺の理想を聞いた時、感情を動かしている様子を見せていた。恐らく、異種族が排斥される姿を見たことがあるんだろ? ならお前がこの巡礼の儀で勝利したその時、俺の理想に近い国を作ってくれる可能性があるということだ。まっ、一種の賭けだな、これは」
「ルーファス……」
ルナティエは、ルーファスの言葉を聞いて、目を細める。
するとジークハルトが、ルーファスに言葉を投げた。
「しかし、アステリオスの祠に入るには、アステリオスの血族が必要となるのだろう? まさか、お前が私たちの仲間になるとは言い出さないよな?」
「おぉ、それも面白い手だ――――と、言いたいところだが、生憎手下たちを見捨てるわけにはいかなくてね。それに、見てわかるだろ? 俺は誰かの下につくタイプじゃない。まぁ、なんだ、血族に関しては当てがあるはずだろ? レティキュラータス家には、アステリオスの遠縁がいるみたいだし。ちょうど良い機会じゃないか?」
「クラリスさん、ですか。まさか回り回って彼女の力が必要になるとは思いもしませんでしたわ」
ルナティエはため息を吐くと、馬車へと戻って行く。
「傭兵たちに縄を解いてもらうにしても、この人数の両手両足の縄を解くには結構な時間がかかると思いますわ。ここに放置して行っても、すぐにわたくしたちに攻撃してくることはないでしょう。別働隊にも連絡して、動くよう指示いたします。改めて……レティキュラータスに行きますわよ」
「あぁ、そうだな。まったく、とんだ食わせものに出会してしまったものだ」
ルナティエとジークハルトはそう言って、馬車に乗り込んでいく。
傭兵を警戒していたグレイも、馬車へと入って行った。
最後に残った俺は、周囲を警戒しながらも、馬車へと向かって歩いて行く。
「アネット・イークウェス」
背後から、ルーファスに声を掛けられる。
振り返ると、ルーファスは微笑を浮かべながら、開口した。
「恐らく、この先、各地には地獄が待っていると思う。俺はまだ諦めきれないから、他の陣営にちょっかいを出すかもしれないが……もし、エステリアルが王位を継ぐようなことがあるのなら、俺たちは共和国に戻るつもりだ。あいつが作る地獄は、この巡礼の儀の延長線上にあるものだからな」
「貴方は、この先、誰が勝利すると思いますか?」
「多分……エステリアルか、希望をこめて、お前たち、かな。まぁ、何かあったらロザレナを連れて共和国に来たって良いぜ? お前たちなら歓迎するよ。共和国の民は来る者拒まずだからな」
そう言ってウィンクをするルーファス。そんな彼に笑みを返して、俺は馬車へと戻った。
午後1時。
その後。俺たちは旅路を再開させ、馬車を走らせてレティキュラータス領へと向かっていた。
窓の外を見てみると、王都周囲に広がっている草原地帯から、どんどんと見慣れた森林風景に近付いて行っている。
俺はその風景を確認した後、ソファーに座っているロザレナの様子を見る。
ロザレナはルーファスの話を聞いてから、ずっと顔を俯かせ、不安げな様子だ。
常に前向きであるお嬢様のそのような姿を見るのは珍しい。
学園に入学した当初、ルナティエと決闘した時から分かっていたことだが……この人は、自分が傷付くよりも身内が傷付くことに大きく精神ダメージを負う人だ。
きっと自分が災厄級の因子と呼ばれたことで、家族に迷惑がかかっているのが、我慢ならないのだろう。
「ご、ごめんなさい、ロザレナちゃん。バルトシュタイン家のせいで……」
隣に座ったオリヴィアがそう声を掛けると、お嬢様は首を横に振った。
「別に、オリヴィアさんのせいじゃないでしょ。悪いのは全部、ゴーヴェンなんだから……」
「ロ、ロザレナちゃん、大丈夫ですよ! まだ完全に実効支配されていないというお話ですし! レティキュラータス伯爵様夫人様もきっと無事ですよ! すっごく良い人ですもん! お二人とも! 神様が見放すはずがありません!」
ロザレナを励ますオリヴィア。
するとロザレナは自分の手を見つめて、苦悶の表情を浮かべる。
「あたし……本当に化け物なのかな……。こう、みんなから化け物だ化け物だと言われていると、本当に自分が魔物なんじゃないかって思えてくるわ。結果的に、お父様もお母様も、あたしが巻き込んでしまったようなものだし……あたし、本当に人に不幸を運んでくる化け物だったりして」
「ロザレナちゃん……」
心配そうにロザレナを覗き込むオリヴィア。
するとテーブル席で地図を眺めていたルナティエが、口を開く。
「貴方が化け物だから、家族を巻き込んでしまったと? ロザレナさん。貴方、この先、もし誰かが死んだとしても……自分が化け物だったせいだからと、自らゴーヴェンの元に行く自己犠牲精神を見せるのだけはやめてくださいましね」
「ちょ、ルナティエちゃん!?」
ルナティエの容赦のない言葉に、オリヴィアが強い反応を見せる。
そんなオリヴィアを無視して、ルナティエは続けてロザレナに言葉を投げた。
「わたくしたちは、命を賭けてこの戦いに臨んでいるんですわ。というか……その程度で止まるほどの夢だったんですの? 貴方の剣聖への思いは? 笑わせてくれますわね。だったらわたくしが剣聖になりますわよ。貴方には相応しくありませんもの」
ルナティエの言葉に同意するように、部屋の奥で上裸で素振りをしているグレイが口を開く。
「同意だな。そんな程度で夢を諦めるような奴ならば、このオレが剣聖になってやろう」
「うむ! であるのならば、妾も剣聖に――――――」
「そう、ね。うん。ごめん。ちょっとだけ、弱気になっちゃった。こんな態度を見せること自体、あんたたちに失礼よね」
ロザレナは頰をパチンと叩くと、ふぅと大きく息を吐く。
そして、ルナティエを見つめた。
「ルナティエ。あたし、やっぱりレティキュラータスのお屋敷を見に行きたい」
「その話はダメだと、さっき言ったはずですが? 貴方は祠だけ探しに行きなさいとも、言いましたわ」
「ごめん、無理。オルベルフ家がレティキュラータス家を支配しようとしているのなら……ぶっ飛ばしてやらなきゃ気が済まない」
ロザレナのその発言に、ルナティエは一瞬笑みを浮かべると、大きく呆れたため息を吐く。
「まったく。貴方は本当に制御できませんわね。なら、祠探しはわたくしたちでやりますから、貴方はアネットさんと共にレティキュラータス家の様子を見てきなさい。アネットさんが側にいるのなら、大丈夫でしょう」
「分かりました。私がお嬢様をお守りいたします」
ルナティエのその言葉に頷くと、何者かの視線を感じる。
視線の先を辿ると、壁に背を付けて腕を組んで立つジークハルトの姿があった。
目が合うと、ジークハルトは口を開く。
「色々と、アネット・オフィアーヌに関しては疑問が残っているが……」
ジークハルトは、背後にある窓へと目を向けた。
「どうやら、もうすぐ、レティキュラータス領へと到着するようだ。話は、後にするか」
10分後。馬車が停車する。
俺は先に馬車から降りると、手を伸ばし、フードマントを被ったお嬢様を馬車から地面へと下ろした。
「ありがとう、アネット」
「いえ。しかし……久しぶりにここに戻ってきましたね。マリーランドへと向かう際、この村を経由したことを思い出します」
レティキュラータス領、アルフの村へと降り立った俺とロザレナ。
そこに広がっている光景に、ロザレナは苦悶の表情を浮かべる。
「この村……こんなに酷い状態だったっけ?」
以前まで貧しいながらも活気溢れた村だったと記憶しているが、今、目の前に広がっているこの村にはどんよりとした空気が漂っており、村の中には人の気配が少ない。
すると、その時。目の前を、よろよろと、やせ細った男が桶を持って歩いて来た。
その男は井戸の前へと歩いて行き、桶で水を汲むが……その桶の中には、水が入っていなかった。
空の桶の中を見て、涙を流す男性。
その光景を見て、ロザレナは眉間に皺を寄せる。
「いったい、どういう状況なの、これ……?」
「分かりません。ですが、ひとつわかることは……この地が、エルジオ伯爵の手から離れた、ということでしょう」
俺とロザレナは、みんなが馬車から降りて来るのを待たずに、村の中へと足を踏み入れ、進んでいく。
そして、広場へと辿り着くと、そこには――――――――信じられない光景が広がっていた。
「嘘……何、これ……!!」
広場に聳え立つ、丸太で作られた十字架。
そこに磔にされていたのは―――――――血だらけの、エルジオだった。
「お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッッッッ!!!!」
悲鳴を上げて、エルジオを助けようと、十字架に駆け寄るロザレナ。
そんな彼女の姿を見てか、家屋から、ゾロゾロと村人たちがクワや包丁を持って出て来る。
「やめろ……その人を下ろそうとするな」
「そうだ。やめろ……」
「そんなことをしたら、ダメなのよ……」
村人たちのその発言に、ロザレナは激怒した様子を見せる。
「ふっざけんじゃないわよ!! あんたたち、ぶっ殺してやるわ!! お父様が、この人が、どれだけレティキュラータスの領民を愛していたのか、知らないくせに!! 昔っから腹が立っていたのよ!! お父様のせいでこの土地は貧乏だとか文句を言っているあんたたちには!! この人が、どれだけ、レティキュラータスのために頑張ってきたと思って――――――――」
「お嬢様、待ってください」
俺がそう言ってロザレナが大剣を抜こうとするのを止めると、ロザレナは驚きの声を上げる。
「アネット!? どうしたのよ!?」
「村人たちの様子が……変です」
俺のその言葉に、ロザレナはハッとして、村人たちに顔を向ける。
すると村人たちは全員……涙を流していた。
「は……? 何で、泣いて……」
「げほっ、ごほっ。こ、これは……僕が臨んでやっていることなんだ、ロザレナ。だから、村人たちを怒らないでやってくれ」
「お、お父様!?」
磔にされていたエルジオが目を覚まし、朦朧とした様子の中、こちらに笑みを向けてくる。
「ロザレナ……アネット君も。お帰り。良かった、二人が無事で……本当に良かった……」
「お父様!! 今、そこから下ろします!!」
「ダメだ、ロザレナ。僕がここで磔になっていないと、村の子供たちが、殺されてしまうんだ。だから僕はここでこうしていないといけない」
「そ、そんな……!! 何故、そんなことに……!!」
「驚かないで聞いてくれ。今、レティキュラータスは、バルトシュタインの参加に入ったオルベルフ家に支配されている。お屋敷は乗っ取られ、僕は伯爵の座を奪われた」
「な……なんで、そんな、ことに……」
「良いかい? オルベルフ家の息女……魔剣を操るアイリスには気を付けるんだ。彼女は、レティキュラータスに深い憎悪を抱いているせいか、魔剣に精神を飲み込まれて……残虐な剣士となっている。彼女の力は、想像を絶するほどの……ぐっ」
苦悶の表情を浮かべるエルジオ。
そんな彼を、心配そうに見つめるロザレナ。
すると、その時。屋敷へと続く道から……複数名の騎士が歩いて来た。
その光景を確認したエルジオは、俺たちに声を掛けてくる。
「また、見せしめ……僕への拷問の時間か……行きなさい、ロザレナ、アネット君。ここにいては危険だ」
「……アネット。あいつら……ぶっ飛ばしても良い?」
背中にある大剣に手をかけ、憤怒の表情を浮かべるロザレナ。
正直、この状況をロザレナに見せてしまったことは失策だったかもしれない。
彼女の闇属性魔法が暴走する可能性も捨てきれないからだ。
だが――――――最早、お嬢様を止めることはできないだろう。
俺の怒りも既に、頂点だ。
「止めても、無駄なのですよね」
「当たり前」
「だったら……共に奴らを蹴散らしましょう、お嬢様」




