第11章 二学期 第362話 それぞれの戦う理由
―――11月7日。午後21時過ぎ。ジークハルト陣営隠れ家。
一日中走り続けて疲れたのか、ソファーの上で眠るロザレナ。
俺はそんな彼女の身体に、そっと毛布をかける。
今現在、この隠れ家にいるのは、俺とロザレナ、そしてフランだけだ。
他のみんなは巡礼の儀に向けて準備を整えるために、外へと出かけている。
グレイは武器の調達。ルナティエはフランシア当主と連絡を取りに行き、アルファルドは商店街通りでアイテムの調達。
ジェシカは閉館した冒険者ギルドから食料や野営道具を調達しに行き、ジークハルトは街を見に行き敵情視察、マイスは馬車の調達。オリヴィアは……一度、外の空気を吸いたいと、隠れ家を出て行った。
フランは2階で鳩を使って、周囲を警戒している。
みんな……ロザレナのために、頑張ってくれている。
「良き仲間に出会いましたね、お嬢様」
そう言って俺は、ロザレナの前髪を撫でる。
最初はロザレナのことを理解している人間は俺一人だったというのに、今では、たくさんの人たちがロザレナの味方をしてくれている。
学園に入学してこの一年近くで、お嬢様は、かけがえのないものを手にいれることができたんだ。
最初こそ反対していたけれど、結果的に、俺はロザレナと共にこの学園に入学できて良かったと思っている。
俺たちはみんなと……出会うことができたのだから。
「だけど、このままじゃ……ゴーヴェンが巡礼の儀で勝利すれば、俺たちはお終いだ」
できる限り、打てる策は打っておきたい。
「念の為に……箒丸は持っていくか」
俺はお嬢様から離れると、箒丸を手に取って、そのまま静かに隠れ家を出て行った。
そして人気のない通りで、念話の魔道具を発動させた。
「……すみません。夜分遅くに申し訳ございません。アネットという者です」
俺はある服屋の中に入り、中年の女性店主にそう声を掛ける。
すると店主は俺をジッと見つめた後、口を開いた。
「前にここに来た人だね」
「覚えていらっしゃったのですか?」
「あの御方が、あれほど嬉しそうに客人を迎え入れたのは初めてのことだからね。よく覚えているさ。我が主人には、貴方とロザレナ・ウェス・レティキュラータスがここに来れば無条件で通すよう仰せつかっている。通りなさい」
そう言って店主は、カウンターの裏手にある階段を指で指し示す。
俺は頷いて、屋上へと上がって行った。
「やぁ。どうやら大変なことになったみたいだね、アネットさん」
そこには、以前と変わらない様子で、月光が照らすバルコニーでティータイムを楽しむ白銀の髪の絶世の美少女が座っていた。
彼女は妖しく微笑みを浮かべると、自分の前の席へと手を指し向ける。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ。さぁ、どうぞ。座って」
「エステル……」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ後、彼女の案内に従って、向かいの席に座る。
以前と状況は同じだが、異なる部分がある。
それは……俺が、マイスからエステルの裏の顔を聞いてしまっている点だ。
エステルはそんな俺の変化など気付いていないのか、カップを手に持ち、紅茶を口の中へと流し込む。
そして飲み終わると、カップを手で揺らし、目を細めた。
「……ふぅ。夜のティータイムというのも、なかなか良いものだね。ここのところ、休む暇もなかったから、とても癒されるよ」
「エステル。ゴーヴェンが……いや、国中がお嬢様を狙っていることは、知っていますね?」
「勿論さ」
そう言ってエステルは目を伏せ、眉間に皺を寄せた。
「……ゴーヴェンがジュリアンを傀儡にするところまでは読めていた。だけどまさか、ロザレナさんが災厄級などと、おかしなことを言うとは思いもしなかったよ。君の強さを知っている僕にとって、彼女を狙うことは、どんな自殺行為なことか理解しているつもりだ。まったく、あの男も救いようのない馬鹿だね。もしくは……君の強さを敢えて引き出すために、君の大切なものを狙ったのか。どちらかだ」
「……」
「彼はどこまで君の異常さに気付いているのだろうね、アネットさん。ゴーヴェンは眠れる獅子を呼び起こす単なる愚者か、それとも、最強のカードを動かし何かを成したい智者か。どちらだろう」
そう言ってエステルはカップをソーサーの上に置き、観察するように俺をジッと見つめてくる。
エステルは俺が転生していることを知らない。敵か味方か分からない今の彼女に、俺の現状を伝えるのは得策ではないだろう。
それに、マイスのこともある。彼が巡礼の儀に参加しようとしていることは、マイスの命を守るためにも絶対に悟らせてはいけない。
今、俺がやるべきことは、俺がどんな道に転ぼうとも、お嬢様の身の安全を計る。ただその一点のみだ。
「単刀直入に申し上げます。エステル様は、お嬢様に危害を加えるつもりがあるのでしょうか?」
「心外だね。僕が今まで、君たちに何かしたことがあったかな? 僕は……君とロザレナさんのことは、大事な友達だと思っている。それは、どんな状況になろうとも変わらないよ」
「不躾な質問、申し訳ございません。ですが……」
「分かっている。この状況において、敵味方を確認するのは当然のことだ。アネットさんを責めはしないよ。さっきのは、なかなか僕に会いに来てくれない、君へのいじわるさ。忘れてくれ」
そう口にしてフフッと笑みを溢すと、エステルは続けて開口した。
「安心して欲しい。もし僕が聖王になっても、ロザレナさんに危害を加える気はないよ」
「ありがとうございます」
「ただ……」
その瞬間。エステルは目を光らせ、俺に、敵意を向けて来る。
「僕の目指す道に、君は邪魔だ、アネットさん」
「え……?」
「君、ジークハルトと手を組んだのだろう?」
俺は表情を動かさず、心の中で舌打ちをする。
時間を掛ければいつかはバレると思っていたが……今日陣営を結成したばかりなのに、どうして、今、そのことをエステルが知っているのだろうか?
まさか……こちら側の動向を把握できている、監視者でもいるのか?
俺は微笑みを浮かべたまま、首を傾げた。
「何のことでしょうか?」
「アネットさん。君、表情には出さないが、僕を警戒しているだろう? 今まで君がここまでの警戒を僕に見せることは無かった。何故かな?」
「お嬢様が狙われている状況だからです」
「そうだね。普通なら、そう考える。僕も7割はそうだと考えているよ。だけど、何となく……君は誰かから僕のことを聞いて、警戒しているように感じるんだ。ヴィンセントやフレーチェルがゴーヴェンに捕まったこの状況でいえば、君が手を組む確率が高いのは、必然的にジークハルトだけだ。ジークハルトは、僕の裏の顔を知っている王子。君が彼から何かを吹き込まれてもおかしくはない」
「そこまで考えついた理由を伺っても?」
「勘だ」
……勘、か。恐ろしいな、この王女は。
俺やロザレナが今まで見てきたエステルと、今目の前にいるこの王女は別人だ。
これが、白銀の乙女の正体、か。
その理想が暴力で成就されるものでなければ、きっと彼女は稀代の名君となっていたことだろう。
彼女が世界に絶望を抱き、破壊によって世界を創り直そうとしていることは……非常に残念でならない。
エステルは俺に、底冷えのする暗い眼光を向け、見つめてくる。
俺は短く息を吐くと、エステルに言葉を投げた。
「……もし。もし、私が、ジークハルト陣営に付いたとしたら? 貴方はどうするおつもりなのですか?」
「もし君が本気でジークハルトを聖王にしようと考えているのならば、僕にとって君は最大の障害となる。君は、ただの兵士などではない。全ての盤上をひっくり返すことのできる、破壊者だからだ。そうなった場合……僕は君を止めるために、あらゆる手段を用いるだろう。君が全力で戦えば、僕の駒では太刀打ちはできないからね。もしかしたら……僕も、ゴーヴェンと手を組んでロザレナさんを狙うかもしれない」
「和平の道はないのでしょうか?」
「ない。君があの夜……大森林で僕の手を取って逃げなかった時点で、僕の道は覇王となる道だけとなった。今、君がここで取れる選択は三つ。ここで僕を殺すか、巡礼の儀で真っ向から僕と戦うか、ジークハルトを王にするのを諦め、僕の目の前から消えるか。どれかだ」
「……」
三つ目の選択肢が、恐らくエステルの本心なのだろう。
彼女は先ほど言っていた。どんな状況になろうとも、俺とロザレナは友達だと。
その言葉は、間違いなく本心だと思いたい。
「……なるほど。貴方は、私が貴方を殺せないと踏んで、そのような選択肢を提示したのですね?」
「いいや? 君はきっと、ロザレナさんのためならばどこまでも冷徹になれる人だろう。君は目的のためならば僕だって簡単に殺せるはずだ。僕が憧れた君は……そういう人さ」
「少し、納得がいかないです。自分の身を売るなんて、貴方らしくない行動だ」
「どうかな。僕は案外、もう疲れているのかもしれない。君の手で僕の命を止めてくれるのなら……それはそれで僕は満足かもね」
俺はテーブルに立て掛けてあった箒丸を蹴り上げ、椅子から立ち上がるのと同時に箒丸をキャッチし、その箒の先をエステルの首元へと差し向けた。
エステルはニコリと微笑むと、首を傾げ、口を開く。
「その選択を取るのも、君の自由だ」
むしろ本望だと言わんばかりに、瞳の端に涙を溜めて、笑みを浮かべるエステル。
ここで彼女を殺せば―――――――――ジークハルト陣営の勝利は近付く。
エステルは、俺がジークハルト陣営に付けば、お嬢様を狙うと宣言した。
ゴーヴェンと同じく危険因子だ。ここで殺しておいた方が得策なのは明白。
だけど……だけど。
「…………」
一瞬、シエルとエステルの顔が重なって見える。そして次に、アレスの顔とエステルの顔が重なって見える。アレスと同じ白銀の髪に、白い肌。ホムンクルスの特徴。自分の手で失ってきた、大事な過去の人たち。
そして、それと同時に、大森林でエステルを抱きしめた時のことを思い出した。
(そうか……今になって、分かった)
彼女は、俺に……止めて欲しかったんだ。この残酷な王族の世界から、連れ出して欲しかったんだ。ロザレナではなく、自分を、選んで欲しかったんだ。
それを理解した瞬間、俺の手は震え……エステルを斬ることができなくなっていた。
脳ではここで殺した方が良いと理解しているのに。こんなこと、初めてのことだ。
「どうしたんだい? 護衛のいない今なら、目撃者もない。簡単に僕を殺せるよ?」
「……エステル。聖王の道は諦めてください」
「無理だ」
「なら……せめて、世界を破壊することはやめてください」
「無理だ」
「何故、ですか?」
「僕が、僕として、産まれたからだ」
「……」
「ジェネディクトを倒した当時の君なら、今ここで躊躇なく僕を斬っていたはずだよ。君は、変わったよ。とても人間らしくなった。反対に、僕はどうかな。どんどん怪物に近付いていっている気がする。この手で、たくさんの血を吸ってきた。もう……止まることなどできはしない」
「私は……貴方と戦いたくはありません、エステル」
「もう、遅い。遅いんだよ、アネットさん。君は僕を選ばなかった。君は今僕を殺さなかった。君は……ロザレナさんを選んだ。ならあとは、僕と戦って殺してでも彼女を守るか、僕の目の前から消えるか。どちらかだけだ」
「何故、そんな……そこまでして、聖王の座を……」
「君が教えてくれたんだよ、アネットさん。人の在り方に、男も女も関係ない。大事なのは……目的を達成するまで、血だらけになっても立ち向かい続ける、諦めない心だと。ロザレナさんだけじゃない。あの時、ジェネディクトに挑み続けた君の姿を見て、僕は、覇王になることを決めたんだ。僕もあの後ろ姿を見て、ロザレナさんと同じ感情を持った。君に憧れ、君のようになりたいと、夢を見た」
エステルは箒を手で掴み、下げると、椅子から立ち上がる。
そして俺の横を通り過ぎる間際、声を掛けてくる。
「もし、この先、君が僕を殺す覚悟も持てず、どうしようもない状況なった時は……僕と取引しよう。簡単な話だ。僕が聖王になったら、ロザレナさんの身の安全は保証しよう。代わりに、君には二度と王国に足を踏み入れないでもらう。勿論、今の仲間たちとも連絡は取らないでもらうよ。強制契約の魔法紙で、君にはそういった契約を結んで貰う」
「……申し訳ありませんが、私は、ジークハルトを王にします」
「そうか。だけど、気が向いたらいつでも良い。いつまでも……連絡を待っているよ」
そう言って、エステルは去って行った。
どうやらエステルは……どうにかして俺を、自分の前から排除したいようだな。
俺が王族に、ジークハルトに近づいた結果、俺に対するエステルの警戒度は跳ね上がったようだ。
俺は自分の手のひらを見つめる。
そして、目を伏せた。
「きっと俺は……エステルの言う通り、もう、以前の自分じゃないのだろうな……仲間たちに囲まれて平和に暮らしていたせいか……大事な人を守るために……友人をこの手で殺す覚悟が……もてなくなってしまった……」
だから、あの時、シエルやアレスの姿を思い出したのだろう。
俺は、肉体的にも精神的にも弱くなってしまった。
エステルにも、満月亭のみんなと一緒に笑っていて欲しいと、考えてしまっている。
エステルは、あの子は、本当は無邪気に笑う子なんだ。
ここで俺やロザレナと一緒にお茶をしていたあの時。彼女は心の底から笑っていたんだ。
エステルにも幸せになって欲しいというのは……俺の我儘なんだろうか……?
「何かを捨てる覚悟を持てない奴は、弱い。再会したアレスはアーノイックよりも今の俺の方が良いと言ってくれたけど、今の俺は剣士としては相応しくないのかもな……なぁ、どう思う? アレス」
アレスと同じ、ホムンクルスの面影が残る少女。
アレスの願い。彼が剣聖になった理由。それは……きっと、幼い頃に助けることができなかったホムンクルスの仲間たちのような弱き人々を、守ることではなかったのだろうか。
エステルのような、絶望の底に堕ち、世界に破壊をもたらそうとしている少女を、助けることではなかったのだろうか。
生前の俺はアレスの想いを継いで、剣聖となり、この国を守った。
剣聖ではなくなった俺が、今、成すべきこととはいったい、何なのだろうか。
国を変える? エステルを止める? ゴーヴェンの野望を阻止する?
それとも――――――――何を捨ててでも、かつての友人を斬ってでも、愛する人を守る?
俺は、今、岐路に立たされているのかもしれない。
いや、俺だけじゃない。俺たち満月亭の仲間たちは、今から国を相手にしようとしているんだ。
人生の岐路に立たされているのは、みんなも……か。
この戦いで……全員の未来の立ち位置が変わりそうな、そんな予感がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ。これで、野営道具一式と、当面の食料は大丈夫かな」
閉館した薄暗い冒険者ギルドの倉庫の中。ジェシカは巨大なリュックに荷物を詰め終え、額の汗を拭う。
「さぁ……早く、急いでみんなのところに戻らなきゃ」
ジェシカがそう言ってリュックを背負った、その時。
暗闇の中から、声が聞こえてきた。
「何をしようとしているんじゃ、ジェシカちゃん」
「!?」
ジェシカは慌てて振り返り、腰の鞘から青龍刀を抜き、構える。
すると暗闇の中から現れたのは……ハインラインだった。
その姿を見て、ジェシカは驚きの声を上げる。
「おじい……ちゃん……!」
「……」
ハインラインはジェシカの大きな荷物と、荒れた倉庫の中を順に見つめ、大きくため息を吐いた。
「まさか……自分の孫娘に、非常用の物資を盗まれることになるとはのう。困ったもんじゃわい」
「……そこを退いてよ、お爺ちゃん」
「無理じゃと言ったら?」
「……だ、だったら……!!」
青龍刀を持った手を震わせるジェシカ。
その姿を、鋭い眼力で、ハインラインは睨みつけた。
「迷うな」
「……え?」
「迷えば死ぬ。それが、今からお主が行こうとしている世界じゃ。剣士とは、何かを成すために、そして、何かを守るために剣を握る者を指し示す。良いか、ジェシカ。お主は友を守るために立ち上がった。ならば……ワシやアレフレッドを殺すつもりで、戦い抜け。己が信じる信念のもと、剣を研ぎ澄ませ続けろ」
「……!!」
ジェシカは瞳の端に涙を溜めた後、ぶんぶんと頭を横に振り、覚悟のこもった目でハインラインを睨みつけ……強く頷いた。
その光景を見て、ハインラインは優しく微笑みを浮かべる。
「うむ。自分の手足で歩ける、一端の剣士になったな。さぁ……行きなさい、ジェシカ。お主の信じる道へ」
「え……? 良いの……? 私を見逃して……?」
「ワシは今、何も見ておらんし聞いておらん。歳のせいか、目と耳が悪くての。コソドロ一匹、見逃してしまう始末じゃ。歳は取りたくないもんじゃのう〜ほっほっほっほっ」
「……!! お爺ちゃん……ぐすっ、ありがとう……!!」
涙声でそう礼を言うと、ジェシカは身体の倍以上ある大きさのリュックを背負い、ギルドから駆け足で出ていった。
その後ろ姿を見送ったハインラインは、目を伏せた。
「何とも、残酷な世になったものじゃ。ジェシカ……絶対にゴーヴェンを勝利させてはならぬぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……お父様。わたくしは、自分が進むべき道を決めましたわ」
そう言って、人気のない路地に立ったルナティエは、耳元に手を当てると、念話で会話をする。
念話を飛ばした相手……フランシア家当主ルーベンスは、短く息を吐いた。
『なるほど。ロザレナを守るために、ジークハルト王子の陣営に付くことを決めたのか』
「お父様は……わたくしの決定に、反対しますか?」
『ハッハッハッハッ! 何を言う! 私が同じ立場なら、きっと、お前と同じことをしたことだろう! ゴーヴェンの奴は昔からいけ好かなかった。奴と……否、聖騎士団長の座をフランシアから奪ったバルトシュタイン家とぶつかることになるのは、フランシア家としては運命にも等しいこと……!! 私は全面的にお前とジークハルト王子を支援するぞ、ルナティエ!! 全面戦争の開始だ!! 旅費のことなら遠慮するな、いくらでも送ってやろう!!』
「……お父様……ありがとう……」
ルナティエは瞳を潤ませて、そう、礼を告げる。
そんな彼女に、ルーベンスは高らかに笑い声を上げた。
『ハーハッハッハッ!! フランシア家は、貴族の矜持と礼節を重んじる家!! ロザレナは、マリーランドを守るためにロシュタールが率いる軍と戦ってくれた!! 貴族として、恩は返すのが定めである!! 当然のことだ!!』
「お父様。レティキュラータス家は今、どうなっているのか、ご存知ですか?」
『いや……エルジオに何度か念話を送ったが、連絡がつかない。故に、今から私はフランシアの私兵と共にレティキュラータスへと向かおうとしていたところだ。……勘違いするでないぞ? 奴が心配というわけではなく、あくまでも、バルトシュタインの動向を探るための挙兵だ』
「はいはい。分かっていますわ。では、その間は、セオドアお兄様が、マリーランドを統括するんですか?」
ルーベンスは『いや……』と、不機嫌そうな様子を見せ、再度、開口した。
『あの馬鹿息子は、この緊急事態だというのに、ある人物の救援へ向かってしまった。まったく……あやつは何故、あんな男を信頼しているのか……』
「ええと……その男とは?」
『ゴーヴェンの息子、ヴィンセント・フォン・バルトシュタインだ』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……お兄様は今、お父様に捕まっている……」
オリヴィアは夜の街を歩きながら、そう、独り言を呟く。
街には松明を手に持ってロザレナを探す王都の人々が多く歩いていた。
その光景を見つめた後。オリヴィアは、苦悶の表情を浮かべる。
「お父様は、やっぱり、この国を地獄にしたいんですね……。何かを変えるには、力がいる……」
オリヴィアは自身の手のひらを見つめた後、脳裏に、ヴィンセントと共にリューヌの修道院に潜入したことを思い出す。
そこで、出会った、布を被り顔を隠した巨大な男。
その男との会話を、オリヴィアは思い返した。
『フッ……ハッハッハッハッハッハッ!!!! まさか【怪力の加護】の継承者が、こんな小さな女子だとはなッ!!!! 鷲獅子の神託を得て選ばれた者よ!! 貴様が、バルトシュタイン家の次期当主で相違ないな?』
『……? バルトシュタイン家の次期当主は、お兄様ですが……?』
『ふざけたことを抜かすな、小さき者よ。バルトシュタイン家の当主は、鷲獅子の神託を得て選ばれた、【怪力の加護】の継承者が代々務める習わしとなっている。まぁ、【怪力の加護】の継承者が産まれ出ぬ年もあるから、一概にその限りとは言えぬがな』
『??? お父様はそんなことを一言も、仰ってはいませんでしたが……』
『……なるほど。ということは、あやつが何等かの意図をもって貴様に伏せていたということか。まぁ、良い。貴様、力を求めるのならば、バルトシュタイン家の宝物庫を開け、鷲獅子の神具を持て。そして、闘気操作を覚えろ。さすれば、俺と同等の能力を得られることであろう。そうなった時こそ、貴様と殺し合う意義が産まれるというもの』
「……鷲獅子の神具……バルトシュタインの神具を、私が持てば……お父様を止めることができるのでしょうか?」
回想を終えたオリヴィアは、そう呟き、ギュッと拳を握りしめる。
そして顔を上げると、彼女は覚悟を決めた表情を浮かべ、街の中を歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて。馬車の手配も済ませた。あとは巡礼の儀までにどうにかできれば……ん?」
街を歩いていたマイスは、見慣れない魔術師の格好をした男を見つけ、足を止める。
そのマントには、王国では見たことがない、杖と太陽の国旗が描かれていた。
「あれは……帝国の国旗、か……? 帝国の魔術師が、何故、こんなところに……?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
11月8日。
「良いですか、皆さん。今ここで……巡礼の儀に参加する人間の役割分担を決めたいと思いますわ!」
翌日。アジトに集結した仲間たちを前に、ルナティエは黒板の前に立ち、口を開く。
「まず、王子であるジークハルト、そして、四大騎士公の血を引くわたくし、ロザレナさん、アネットさん、オリヴィアは、強制的に巡礼の儀に向かう本隊に組み込ませていただきますわ! あとは戦闘員としてグレイレウス、周囲の警戒に便利な諜報員のフランエッテも、本隊入りです。この7人で、巡礼の儀を回っていきますわ!」
「え? 妾、諜報員ではなく魔術師なんじゃが――――――――」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私とかマイス先輩は!?」
ジェシカのその言葉に、ルナティエはチラリとマイスを一瞥する。
エステルと別れたあの後……マイスの許可を得て、一応ルナティエには、マイスの契約のことを話しておいた。
このチームの参謀役であるルナティエには、伝えておいた方は得策だろう。
「ジェシカさん、マイス、アルファルドは、別働隊として動いていただきますわ。別働隊の戦闘員がジェシカさん、参謀がマイス、諜報がアルファルド。この別働隊は、本隊とは遅れて馬車でついていただきます。別働隊は、いざとなった時、四大騎士公の血族を一人乗せて別の祠に向かったり、要であるジークハルトやロザレナさんを万が一逃さなければいけない時に、動いていただきます」
なるほど。マイスを表立ってジークハルトと関わらせるのは危険だからな。
エステルに悟らせないように、別の馬車にマイスを乗せて動かすのは、良い手だ。
「……? ええと、遅れてついて行くってだけで、私、みんなの旅に置いていかれるってわけじゃないの?」
「そうですわ。休憩する時は、合流することもあります。それに……戦力は、偏らせてはいけませんからね。別働隊には、ジェシカさんについていただけたら嬉しいです」
「わ、分かった」
「アルファルドには、念話の魔道具を渡してあります。わたくしとアルファルドで周囲の状況を随時報告し合い、馬車の周囲に他の王子の陣営や敵がいないか、警戒しながら旅を続けていきますわ」
流石はルナティエだ。
こういった場でみんなをまとめて、適材適所で人間を配置するのは、彼女しかいない。
以前ロザレナのカリスマ性を見て同じようなことを言ったが、ルナティエにも人の上に立つ才があるのは間違いない。
「人員の配置は完了しましたわ。何か意見のある方はいらっしゃいますか?」
「妾、諜報員ではなく魔術師――――――――――」
「では、次に移りますわ。巡礼の儀が始まる当日の、12月1日。そこで、巡礼の儀の開催式パレードが執り行われます。そこで王子王女たちは聖女から洗礼を受けて、初めて、旅に出ることになるんですわ。勿論、その開催式には、参加者であるジークハルトには出ていただきますが……」
ルナティエの言葉に、ジークハルトはコクリと頷く。
「そこで……私を狙う者が出てきてもおかしくはない、か?」
「その通りですわ。現状、目下の敵は、ジュリアン陣営改めゴーヴェン陣営と、エステリアル陣営の二つ。きっと、彼らは、四大騎士公の配下を持たないジークハルトのことなど気にも留めていないでしょう。ですが、万が一のこともあります。そこで、グレイレウスとジェシカさんでジークハルトの護衛を務めていただきますわ。勿論、狙われているロザレナさんや有名人のフランエッテには、表には出ないでいただきますが」
「分かったわ」
「あの、妾、諜報員ではなく魔術師――――――――――
「無事、開会式が終わったら、事前に城門前に待機させていた馬車に急いで乗り込み、レティキュラータス領……レティキュラータスの祠へと向かいます。レティキュラータスの血族は元々少ない方ですわ。ロザレナさんに、キリシュタット、アイリス。故に、競合する可能性が低い祠と言えます。なので、最初に向かった方が良いと、わたくしは考えましたわ」
「レティキュラータス……」
ロザレナは、ルナティエの言葉に顔を俯かせる。
……家族が心配なのだろう。当たり前のことだ。
俺も、マグレットが無事なのか、心配でたまらない。
「……それで……わたくしが提示する作戦に、何か、間違いなどはないでしょうか?」
そう言ってルナティエは俺に顔を向けてくる。
俺はそんなルナティエに、首を横に振った。
未だに俺に答えを聞いてくる癖は無くならないが……お前は立派だよ、ルナティエ。お前の作戦に、異論はない。
ホッと安堵の息を吐いたルナティエは、全員の顔を見つめ、口を開く。
「では……作戦結構日まで、各々、物資の調達や訓練などに、励みますわよ」
「ええ、分かったわ!」「フン。腕が鳴るな」
「分かったよ!」「わ、分かりました!」
「王子として、全力を尽くそう」「はっはー! そう気負うな、ジーク!」
「キヒャヒャ!! あの悪人面の男に、一泡吹かせてやるぜ!!」
「あの、妾、魔術師―――」
やる気を見せる、仲間たち。
俺はその頼もしい姿を見つめた後、目を伏せた。
(……迷いは、捨てなければいけない)
お嬢様とみんなを守る。
そのために、俺は……ゴーヴェンを……エステルを、倒す。
今の俺は、剣聖ではない。大事な仲間を守りたいと願う、ただのメイドだ。
悪いな、アレス。
俺は……お前が守ろうとした国ではなく、お嬢様を守るために剣を振るう。
その後。瞬く間に、日々は過ぎていった。
ロザレナ、グレイ、ジェシカ、フランは、剣の腕を磨き。
ルナティエ、ジークハルト、マイスは、作戦を練り。
アルファルドは街を歩いて敵情視察をし。
オリヴィアは何か考え込むことが多くなりつつも、俺と共に物資の管理をした。
隠れ家が聖騎士団に見つかることもなく、ロザレナの身に問題は無かった。
あの、時折見せる、お嬢様の中にある闇の顔も……見せることはなかった。
想像したよりも、平穏な毎日を、送ることができていたと思う。
だが、俺にはそれが、嵐の前の静けさのような気がして、ならなかった。
そして、俺たちはついに……12月1日―――――――巡礼の儀、開催の日を迎えるのだった。




