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【コミック1巻3月25日】最強の剣聖、美少女メイドに転生し箒で無双する  作者: 三日月猫@剣聖メイド1〜4巻発売中!
第11章 強欲の狂剣

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第11章 二学期 第359話 マイス・フレグガルト



「……では、この外套をお借りしていきますね。匿っていただき、ありがとうございました。ベアトリックスさん、お母様」


 俺のその言葉に、ベアトリックスは側に駆け寄って来ると、ギュツと俺の手を両手で握りしめてきた。


「お姉様。私も一緒に行きます!」


「ベアトリックスさん……」


「私は、お姉様のおかげで、自分の世界を変えることができました。過去の私は、他者を拒絶し、一人で生きていくことが正しいと思ってきました。ですが……今の私は違います。ヒルデガルトさんや、魔法兵部隊の仲間たち、黒狼(フェンリル)クラスの仲間たち……多くの人が、私の味方をしてくれています。私は一人じゃないんだって、気付くことができました。これも全ては、あの時、お姉様が私を追いかけて、アルファルドに追い詰められていた私を見つけてくれたおかげです。私、お姉様のためだったら、王国とも戦えます! 今度は、私がお姉様を助ける番です! 私も共に行かせてください!」


「……いや、困っているのはアネットじゃなくてあたしなんだけど……ちょっと、あたしを無視してんじゃないわよ、口悪チビ女」


 隣に立っているロザレナの声を無視して、ベアトリックスは俺にまっすぐと目を向けて来る。


 そんな彼女の肩に手を当てると、俺はベアトリックスに言葉を返した。


「ありがとうございます。ですが、今、ベアトリックスさんの力を借りるわけにはいきません」


「何故ですか、お姉様!」


「貴方がここを離れたら、誰が……お母様を守るのですか?」


 俺のその言葉にベアトリックスは背後を振り返ると、ベッドに横になっている母親に目を向ける。


 続いて、グレイも口を開いた。


「目的を履き違えるな。お前は母親の足の木質化を治すことが一番優先すべき課題だったはずだろう。今はこちらのことよりも、渡した金で、『死に化粧の根(マンドラゴラ)』を何とかする術を見つけろ。良いな?」


「……」


師匠(せんせい)のことならば、オレに任せろ、ベアトリックス。この剣とマフラーに賭けて、全力で師匠(せんせい)のお力になるつもりだ」


「いや、アネットじゃなくて、今一番大変なのはあたしなんだけど……」


 ベアトリックスは俯いた後、顔を上げ、再び開口する。


「お姉様」


「はい、何ですか、ベアトリックスさん」


「いつか、必ず、お姉様をお助けに行きます。私はどんな時も、お姉様の味方です。それを忘れないでください」


「はい。ありがとうございます、ベアトリックス」


 俺はそうベアトリックスに礼を言った後。貰った外套をロザレナに被せる。


 これで、いくらか、目立つことはないだろう。気休め程度だけどな。


「では……行って来ます」


 俺とロザレナ、グレイは、扉を開けて同時に外へと出た。


 目指すのは、ルナティエから教えられていた、ジークハルトの隠れ家。中心市街だ。


 再び市街に戻るのは、危険極まりない行為だが……マイスが来いと言ったんだ。


 他に行くあてもない。今は、あいつを信じよう。






「どうなってるんだ!!!! 災厄級の因子がこの街にいるというのは本当なのか!!」


「剣聖、剣神はこんな時にどうしてるんだ!!」


「ちゃんと駆除してくれるんでしょうね!? このままじゃ本当に税金泥棒よ!!」


 中央市街にある広場に出ると、そこには、大勢の国民の姿があった。


 その群衆に対して、剣王であるアレフレッド、ヒルデガルト、メリア、クローディアの四人が、声を張り上げて民衆を落ち着かせようとしていた。


「落ち着け!! 俺たち剣王も、このことは初耳だったんだ!! 剣聖や剣神たちも、現在、元剣神であるお爺様と共に会議を行なっている!! だからそう騒ぐな!!」


 そう叫ぶアレフレッドに、民衆たちはさらにヒートアップする。


「会議なんてやってる暇ないだろ!! 災厄級はすぐに殺すべきだ!!」


「そうよ!! 私の息子は、ベルゼブブに食べられて死んでしまったのよ!? 災厄級は人類の敵なのよ!! そんな悠長なことをしていて良いわけ!?」


「たかが小娘一人に何やってんだよ!! お前たち剣王もさっさとレティキュラータス家の娘を殺しに行けよ!! 役立たず!!」


 押し寄せてくる群衆に、ヒルデガルトとメリアが声を上げた。


「ちょ、ちょっと、落ち着いてよ!!」


「……うん。ロザレナが、まだ災厄級と決まったわけじゃない。情報の真偽を確かめずに判断するのは良くないよ。落ち着いて」


 メリアがそう言うと、一人の男が、メリアに殴りかかった。


「うるせぇんだよ、亜人!! そもそも何で亜人が剣王やってんだよ!! てめぇは黙ってろ!!」


「あぐっ」


「メリアっち!? ちょっと、あんた、何やってんのよ! あーしたちは敵じゃないでしょうが! あーしたちはあんたたちを守るために――――――――――」


 ヒルデガルトが何かを言おうとする前に、メリアがヒルデガルトの肩を掴んだ。


「……ヒルデガルト。大丈夫、平気。私の身体は頑丈。それに、素人の拳程度で傷つくほど、ヤワな闘気操作はしていない」


「メリアっち……」


「……今、彼らに食ってかかるのは悪手、だね。私たちが何を言っても信じないよ」


「ロザレナっちが災厄級だなんて……こんなの絶対におかしいよ……。何でみんな分かってくれないのかな? どう見ても、ゴーヴェンが嘘吐いているの丸わかりじゃん。ゴーヴェンが今まで悪辣な手腕で国を支配してきたこと、忘れちゃってるのかな……」


「……真偽はどうあれ、ベルゼブブが残した傷跡がまだ新しいからこそ、こうなっているんだと思うよ。みんな、今すぐに安心を得たいんだよ。だから怒ってる」


「うん……」


「……民のために剣を振る、か。まさか剣王になってすぐに課されたのが、ロザレナの討伐だなんて……思わなかった」


「あーしも。何で、こんなことになっちゃったんだろう……」


 二人がそう会話を交わしていると、両手を広げて群衆を押し留めているアレフレッドが、ヒルデガルトとメリアに声を掛けた。


「ふ、二人とも……! 手伝ってくれ! 俺一人じゃ、もう……!」


「あ、うん! 分かった!」「……分かった」


 二人は、アレフレッドと共に、両手を広げ、民衆を抑える。


 そんな三人の背後で、頭を抱えて震えている木箱を被ったクローディアは、悲鳴を上げた。


「ひぃぃぃぃ!! 非力な私じゃ、彼らを抑えることなんでできませんよ……!! というか、何でグレイレウスくんやルナティエさん、ラピスさんがいないんですか!? キールケさんはいてもさらに余計な混乱を巻き起こすので、必要ないですが……私たちだけでこの人数を抑えるのは、流石に難しいですよー!!!! こういう時こそ、場をまとめるのが得意なルクスくんの出番なのにー、もういないですしー!! うわぁぁぁん!! 死にたい!!」


「泣き言を言うな、クローディア!! お前も手伝え!! このままでは、国民たちが、剣聖・剣神の会議の場に突入しかねないぞ!?」


「剣聖を出せー!!」


「早く剣聖と剣神たちを、ロザレナの討伐に向かわせろー!」


「ロザレナを殺せー!」


 荒れ狂う民衆たち。


 俺とロザレナ、グレイは、物陰に隠れてその光景を見つめていた。


「……チッ。まったく、愚民と言わざるを得ないな。腹が立つ」


 そう悪態をつくグレイに、俺は言葉を返す。


「肩を持つわけではありませんが……こうなって当然のことだと思いますよ。王国民は今まで、災厄級の魔物の恐ろしさを知らなかったわけですから。むしろ、過小評価していた部分もあったと思います。先代剣聖のアーノイックが、王都を襲った黒炎龍を一撃で倒したわけですからね。それが、この前のベルゼブブに一件で、手のひらが返った。国の守り手である剣聖であっても、災厄級を倒せないことを知ってしまった。その反動は、大きいのだと思います」


「そう、ですね……。しかし、オレはやはり、彼らは愚かだと思います。自分で物事を考えず、他人の言葉に左右され、結果他人頼みなのに偉そうに暴れ、剣士を軽んじる。あそこにいる人間たちは、この国を命を賭けて守っている剣士たちに、感謝の念すらない。戦場を知らずに、安全圏でただ罵詈雑言を口にするだけの愚民だ」


「……それでも、全ての民を守るために剣を握る。それが……剣の称号を持つ者たちの在り方ですよ、グレイ。グレイのお母さんやベアトリックスのような善人もいれば、剣士がどれほどの努力を重ねて、その力を国民のために削っているのかを知らずに軽んじる民もいる。剣聖や剣神、剣王の仕事は、国民を守ることにある。剣士とは、善人だけを助ける仕事ではないのですよ。かつてのアーノイック・ブルシュトロームが、国民に石を投げられても、愛するべき師と兄弟弟子が住むこの国を……守り続けたように、ね」


「……」


 グレイは眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべる。


 剣の称号を持つ者は、愛する家族や仲間を守るためだけでは、駄目なのだ。

 

 この国において、剣を持つ者は、弱き者を守る責務がある。


 そう、称号持ちの剣士とは―――国を守るための、防衛装置でしかない。


 だからこそ、先ほどのジャストラムの行動は剣神としては正しいと言える。剣神として、いち早く、国民の不安を取り除こうとしたのだから。


「……さぁ、お嬢様。参りましょう。ここは危険―――」


「……」


「え……?」


 その時。俺はお嬢様の様子の変化に気が付いた。


 彼女は、荒れ狂う民衆を、瞳孔の開いた紅い瞳で、無表情で見つめていた。


 その顔は……俺が知っているお嬢様とは、異なったものだった。


「ロザレナを殺せー!!」


「災厄級の因子を早く殺してくれー!!」


「この世界に、災厄級は不要だ!! 早く殺してくれー!!」


「何なのかしら、この世界は。これが……あたしが目指す頂から見える光景なの?」


「お嬢……様……?」


「こんなものは……いらない(・・・・)。必要ない」


「お嬢様!!」


 俺がロザレナの肩を掴むと、ロザレナはハッとして、いつもの表情に戻る。


「アネット? どうしたの?」


「お嬢様、今、ご自分が何を言ったのか覚えておいでですか?」


「え? あ、何か言った気がするけど……覚えていないわ」


「……」


 いや……多分、彼女は覚えている。嘘を吐いている。


「お嬢様。貴方は……」


「剣聖と剣神が出て来たぞー!」


 その時。剣王が守護していた背後にある建物の扉が開き、そこから、リトリシア、ジェネディクト、ジャストラム、ハインラインが姿を現した。


 先頭に立ったリトリシアは、国民に向けて、威風堂々とした様子で口を開く。


「皆様、ご安心してください! 私たちは、皆様の不安を排除することをお約束いたします!」


「剣聖様! 本当に貴方を信じて良いのですか!?」


「この前、災厄級が王都を襲った時。多くの国民が、貴方がベルゼブブに苦戦していたところを見ているんですよ!!」


「本当に貴方は、私たちを守ってくださるのですか!?」


「……」


 リトリシアは目を伏せ、短く息を吐く。


 そして目を見開くと、覚悟の灯った瞳で、前を見据えた。


「私は、先代剣聖、アーノイック・ブルシュトロームから剣聖の座と意思を受け継ぎし者。師であり父であるあの御方が守ったものを守るために、この剣に誓って、命を賭けて王国を守ることを宣言致します。災厄級の因子、ロザレナは……私が排除します」


 その言葉に、国民たちは安心したように歓声を上げ、笑みを浮かべる。


 リトリシアの背後にいるハインラインは、やれやれと肩を竦め、ため息を吐いていた。


(やはり……こうなってしまうのか……)


 俺はリトリシアを見つめて、拳を握りしめる。


 すると、グレイが声を掛けてきた。


師匠(せんせい)。そろそろここから離れた方がよろしいかと」


「……そう、だな」


 生憎、人々の発する声のおかげで、ジャストラムの耳にこちらの会話は聞こえていない様子。逃げるのなら、今のうちだ。


 俺はグレイに頷きを返すと、ロザレナの手を引っ張り、【瞬閃脚】を発動させてグレイと共にその場から去っていった。


 今は……とにかく、みんなのところへ急ごう。


 ロザレナの変化も、リトリシアの敵対も……後で考えよう。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「あ……師匠! ロザレナさん! グレイレウス……無事だったんですのね!」


 裏路地を通り抜け、指定されていた家屋の前に辿り着くと、そこには、ルナティエの姿があった。


 ルナティエは俺たちに駆け寄ると、胸に手を当ててホッと安堵の息を吐く。


 そんな彼女に、グレイが声を掛けた。


「おい。外でロザレナの名前を呼ぶな。誰が聞いているかも分からないだろう」


「あっ……わたくしとしたことが……申し訳ございませんわ。だけど、いつもミスをしてばかりのグレイレウスに指摘されるなんて、何か腹が立ちますわね。成長したということなんでしょうけど」


 そう言ってグレイレウスを睨みつけた後。ルナティエは扉を開き、俺たちに家の中へ入れと促してくる。


 先導して中へと入って行くルナティエに続いて、家の中へ入ると……突如、怒鳴り声が聞こえてきた。


「―――お前はいったい何を言っている!? 今更、私に、聖王を目指せだと!?」


「あぁ、そうだ。ジーク、お前は聖王になって、レティキュラータスの姫君を救え。彼女が災厄級の因子と呼ばれたことはデマだったと、国民に表明するんだ」


「やりたければ、お前がやれば良いことだろう!! 何故、私がそんなことをする必要がある!?」


「はっはー! 何を言っている? 俺は、既に王位継承権を剥奪されているだろう! 俺は聖王にはなれないよ」


「…………お前は……いったい、何がしたいんだ……。以前まであれほど、玉座もこの国のことも諦念していたというのに、急に俺に聖王になれだと? ふざけるのも大概にしろよ、マイスウェル」


「事情が変わったんだ。俺は、仲間を守るために、戦うことにした。そして、そのためには……ジーク、お前が必要なんだ」


「ふざけたことを……言うな!!」


 ジークハルトは、マイスに向かって殴りかかる。


 だがマイスはその拳を難なく受け止め、真面目な表情で口を開いた。


「ジーク。お前だって、この状況はおかしいと分かっているんだろう? ロザレナを災厄級だと呼び、国全体で彼女を殺そうとしているこの世界。そして、ゴーヴェンとエステル、どちらが勝利しても何処にも平和など待ち受けていない現実。お前も分かっているはずだ。この国のターニングポイントは……今、ここなのだと」


「……」


「誰かが、変えなければならない。俺は、変えられるとしたら……お前だと思っている、ジーク。お前は俺の弟だ。まだ未熟だが、成長すればきっとお前はゴーヴェンやエステルと戦える器になるはずだ。俺は、誰よりもお前を評価している」


「何で……今、なんだ……何で、今更、お前は……」


 拳を下ろし、俯くジークハルトを見て、マイスは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。


 そしてこちらに振り返ると、俺たちに声を掛けてくる。


「無事だったか、メイドの姫君、レティキュラータスの姫君、グレイ。ご覧の通り、俺は、ジークを担いで新たな陣営を作ろうと思っている。ジークが聖王となり、ゴーヴェンや聖女の発言を否定すれば、ある程度この混乱は静まるだろう。お飾りとはいえ、聖王という存在は、外面的には国民にとっては最高権力だろうからな。剣聖や剣神たちも、王の言葉には逆らえまい。今、この国が混乱しているのは……聖王がいないからだ。だからこそ、俺たちはこれからジークハルト陣営として、巡礼の儀に参加する必要がある。どうかね? なかなかの妙案ではないかな?」


「ですが、マイス。巡礼の儀に参加するとしても、孤立している私たちが勝利できる可能性は……」


「何を言っているんだ、メイドの姫君。ここには、四大騎士公の子孫が既に揃っているではないかね」


「え……?」


「バルトシュタインの血族、オリヴィア」


「は、はい!」


「フランシアの血族、ルナティエ」


「……なるほど。確かに、そうですわね」


「レティキュラータスの血族、ロザレナ」


「ん?」


「オフィアーヌの血族、アネット」


「……!」


「ここには、何の偶然か、四大騎士公の末裔たちが揃っている。……もしかしたら、これも、あの男の仕業なのかもしれないが……今は考えていても仕方ないな。とにかく、俺たちは他の陣営よりも先に、全ての血族を集めているんだ。そして、俺たちは同じ目的のために、ここに集っている。他の陣営よりも結束が硬いはずだ」


 マイスの言葉に気付いた仲間達は、みんな顔を合わせて、頷き合う。


 俺は未だに不服そうな顔をしているジークハルトを一瞥した後、マイスへと小声で話しかけた。


「……マイス。私には、他の王子候補とも繋がりがあります。もしジークハルトがこの件に乗り気ではなかったら、他の候補者とコンタクトを取る手段も……」


「……メイドの姫君。2階に行こう。少し、二人きりで話がしたい」


「? はい、分かりました」


「ちょっと、マイス! うちのメイドを何処に連れて行く気なのよ!」


「はっはー! 何、少しベッドで語らいでもと……って、ぬぉわぁ!?」


 ロザレナに蹴りを放たれたマイスは、寸前で横に避けてみせた。


「な、何をするんだ、レティキュラータスの姫君!? 危ないではないか!!」


「うっさい、変態王子! あんたはいい加減、あたしのメイドをナンパすることを……って、あれ? あんた、今……あたしの蹴りを、避けたの……?」


 目をパチパチと瞬かせて、キョトンとした表情を浮かべるお嬢様。


 俺はそんなお嬢様に、声を掛ける。


「申し訳ございません、お嬢様。少し、マイス先輩と話をしてきます。大丈夫です。多分、真面目な話だと思いますので」


「……分かったわ。すぐに戻って来るのよ、アネット」


「はい」


 そうして、俺たちは話し合う仲間達を横目に、こっそりと階段へと向かい、2階へと向かって行った。





「君と語り合う機会だ。せっかくだからお茶でも飲みながら……と、いきたいところだが、生憎、そんな猶予も時間もなさそうだ。すまないね」


 そう言って、マイスは椅子を持って来ると、机の前に置き、俺に座るよう促してくる。


 彼の言う通りに着席すると、マイスは向かいの席へと座った。


「……道化を演じることは、やめにしたのですか?」


「フフフ。そうだな。俺は一生、満月亭の女好きのお調子者、マイス・フレグガルトとして生きて行きたい気持ちはあったのだが……俺の大事なものが、ああまでして傷つけられては、な。立ち上がる他なくなってしまった」


「大事なもの……?」


「満月亭さ。俺の大事なものは、あそこに住む仲間たちと、弟のジークハルト。それだけだ。他には何もいらなかった。なのに……全て、踏み躙られてしまった」


 そう口にした後、マイスは疲れたように微笑を浮かべる。


「まったく、愚かな話さ。俺は、誰かを守るために道化師となったというのに、結局、大事なものが増えて、戦わなければいけない状況になってしまうとは。やれやれ。どうして、ゴーヴェンもエステルも、争いが好きなのだろうね。ほとほと、困った話だよ」


「マイス……?」


「メイドの姫君。これからする話は……みんなには……特に、ジークには秘密にして欲しい。お願いできるかな?」


 その言葉に頷くと、マイスは口を開いた。


「俺がどうして、王位継承権を捨てたのか、君は知っているかい?」


「……以前は、王宮が窮屈だと、そう言っていたと記憶していますが……」


「窮屈、か。あぁ、その答えも間違っていない。一時的とはいえ、貴族の仲間入りを果たした君も既に分かっているのではないかな。この国の上層部というものは……常に権力争いの只中にある。俺の家族は、お互いの利のために常に騙し合って生きていた。物心つく頃に俺が最初に覚えたのは、策謀と生き残るための嘘だった。王宮が地獄だと思ったよ。ジュリアンも、フレーチェルも、エステルに殺された他の弟妹たちも……みんな、敵同士だったのだから」


「……」


 俺がアンリエッタに命を狙われていたように、マイスもきっと、常に命を狙われている立場にいたのだろう。王族も貴族も、けっして、楽な暮らしではない。前世の自分は王族や貴族は大嫌いだったが……今の俺は、それをちゃんと理解できている。


「このまま他の王子たちのように、悪辣な人間になるのだと、当時の俺は腐っていた。だが、ある時、王子に生まれたことに絶望した俺に、幼い弟のジークはこう言ったんだ。『もしこの世界に、人殺しの道具が……剣が無かったら、みんな、家族仲良く暮らすことができるのかな』……と」


「え……? 剣のない……世界……?」


 キョトンとした表情で俺がそう言葉を返すと、マイスは面白そうに笑みを浮かべた。


「当時の俺も今の君と同じように、唖然となったさ。この剣の国で、剣を否定するなど、そんな発想誰が思いつくのだ?ってね。だけど……俺はあいつの夢を、全力で叶えたくなった。それからだ。俺が神童と呼ばれ、周囲から驚かれるようになったのは。俺は、聖王になって剣のない世界を目指すべく、奮闘した。信じられないかもしれないが、当時の俺は、次期聖王候補一位だったんだ。ジュリアンでもなく、エステルでもない。もっとも貴族たちから支持を集めていたのが、俺だった。笑える話だろう?」


「楽しそうに話すのですね。貴方がそこまで無邪気な表情を浮かべているのは、初めて見るかもしれません」


「あぁ……弟と共に聖王を目指していたあの頃は、俺の中でも、満月亭の生活と並ぶくらいの楽しい出来事だったからな。ジークと共に、無茶なことばかりやったものさ。貴族に暗殺されかかったこともあったっけな。ハハハハ!」


「本当に、ジークハルトのことが大切なんですね、マイスは」


「意外かね? 女性にしか興味がないだらしのない男と思っていたかね?」


「いいえ。貴方が本当は真面目で仲間想いである人なのは、私も知っていますので」


「はっはー! 嬉しいことを言ってくれるものだ!」


「そんな貴方が……何故、王位継承権を放棄したのですか? 何故、現在、あんなにもジークハルトに嫌われているのですか?」


 俺がそう疑問を投げると、マイスは目を伏せた。


「俺は……弟が大切だという弱点を突かれたのだ。だから、王位継承権を捨て、君たちが知るマイス・フレグガルトとなった」


「いったい誰に……?」


「君も既に察しがついているのではないのかね? ……エステル、だよ」


 マイスのその言葉に、俺は目を見開き、席から立ち上がった。


「そんな、馬鹿な……エステルが、ジークハルトを人質にして、マイスの継承権を奪ったとでも言いたいのですか!? 彼女はそんなことをする人物では―――」


「以前、俺は言ったはずだよ、メイドの姫君。君が見ている白銀の乙女と、他者が見ている白銀の乙女は異なると。君の前に立つエステルは、きっと優しい人物なのだろうね。もしかしたら、君やレティキュラータスの姫君の前でだけは、エステルは素を見せるのかもしれない。少なくとも、俺は彼女の素を幼い頃の塔に幽閉されていた時代にしか見ていない。王族である俺は彼女が殺すべき対象に入っているわけだからな」


「そんな……いったい、何のためにエステルはそんなことを……」


「決まっているさ。白銀の乙女が目指すのは、世界の王。彼女は、全てを踏み潰し、覇者となるまで止まらない。あんなに早くに動くとは、きっと、俺が邪魔だったのだろう。おそらくジュリアンよりも脅威と見なされていたのだろうな。まったく光栄なことだ」


 そう言って前髪を靡き、笑みをこぼすと、マイスはポツリポツリと過去のことを話し始めた。


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



《マイス 視点》



 ―――――――――――四年前。


 俺が、14歳の頃。


 王宮で王族全員で夕食をしていた時に、当時13歳だったエステルが、幽閉されていた離れの塔から出てきたんだ。


 扉を開けて、大広間へとやってきたボロボロの服を着た彼女の姿に、王族たちは困惑した様子を見せていた。


『灰被りの鼠が、何故、こんなところに……!!』


『貴方は、幽閉されていたはずでしょう!? 何でこんなところにいるの!?』


 エステルは、叔父上や叔母上の言葉を無視して、上座に座る聖王の元へと向かう。


 そして聖王の前に立つと、静かに口を開いた。


『……父上。半年前に、母が死にました』


『……』


『いったい僕たちが、何をしたのでしょうか? 狭い塔に幽閉されて、光も届かない闇の中で、残飯のみを与えられ続けて……このような仕打ちをされるほど、僕と母は何かしましたか?』


 そう言って一呼吸した後、エステルは再び口を開いた。


『母を殺したのは、貴方、そして、ここにいる王族たちです。僕は……絶対に貴方たちを許しはしない。そして、僕は、決めました。争いのない、真の平和の国を目指すために、修羅を目指すと。もう……歩みを止めることはしない。僕は、覇王を目指す。僕を救ってくれた、あの時の彼女のように』

 

『衛兵! この汚らしい鼠をどこかにやりなさい!』


 第一王妃である、ジュリアンとフレーチェルの母親が、そう叫び声を上げる。


 しかし……衛兵は誰一人として、動くことは無かった。


 その光景を見て、第一王妃は、困惑した様子を見せる。


『な……何なんですか!? 何故、私の命令を聞かないのです!?』


『無駄ですよ。彼らは既に僕の支配下です。ここまで来るのに……半年を要しました。ようやく、僕は王宮の50%を味方に付けて、自分の手で塔の外に出ることが叶った。清々しい気分だ。これが……本当の自由なんだね、マイス』


 俺にそう声を掛けた後。エステルは両手を広げ、感慨深そうな表情を浮かべる。


『は? 50%……? いったい何を言っているんですか? 貴方は赤子の時から今まで、あの塔に幽閉されていたはず……それなのに、衛兵を支配下に置いた? い、いったい、どういうこと――――――』


『最初は、食事を配給してくる使用人を買収しました。そこから、各使用人の情報、衛兵の情報、王宮内の情報を探り、塔の中から貴族たちの情勢を掴み、弱みを握った貴族を操って、次々と僕の軍門に加えていきました。ざっと説明するのならば、チェスのようなものですね。この王宮を盤面に見立て、僕は半年間、駒取りゲームをしていたんです』


 唖然とする、王族たち。


 エステルは第一王妃、そして、他の王族たちに向けて邪悪な笑みを浮かべる。


『これからよろしくお願いしますよ、皆さん。新しい王族の仲間として……ぜひ、仲良くしてください』



 そう言って妖しく微笑むその姿は、美しい中に恐怖が宿る、不思議な雰囲気か漂っていた。


 その場にいる全員、ただただエステルのその姿に、戦慄を覚えるのだった。



 その後。エステルは一年間で、第一王妃、叔父上、叔母上、第三王子、第四王子、第一王女、名もなき生まれたばかりの第四王女を……謀殺していった。


 勿論、エステルが暗殺した証拠などひとつもない。


 だが、エステルが王女の名を名乗り、表舞台に立った時から、王族が次々と死んでいったことは間違いないだろう。


 彼女は……『白銀の乙女』は、謀略の鬼そのものだった。

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