第11章 二学期 第357話 覚悟を決める満月亭
午後12時。
ルナティエとアルファルドが満月亭に戻ると、そこには、座り込むオリヴィアとそれを抱き抱えるマイスの姿があった。
「!? 二人とも、大丈夫ですの!?」
ルナティエは、すぐに二人の側へと駆け寄る。
すると、その時。満月亭から、ゴーヴェンが姿を現した。
ゴーヴェンの姿を見たルナティエは、驚きの声を溢す。
「ゴーヴェン……!! やはり、満月亭に来ていたんですのね……!」
「ルナティエ・アルトリウス・フランシアか。安心しろ。もう、この場所に用はない。今し方、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスが、奈落にいると部下から報告が上がったからな」
「奈落……!? 何故、あの子が、奈落の掃き溜めにいるんですの……!?」
「さて、な。だが、万が一、上層の包囲網を突破して、この寮に来る可能性もある。念の為にここにはフォルターを配置しておこう。後は君たちは普段通りの平穏な生活を送りたまえ」
そう口にして、ゴーヴェンは「ククク」と笑みを溢すと……寮から出てきた聖騎士たちを引き連れて、去って行った。
一人残ったハット帽を被ったフォルターは、コートのポケットに手を突っ込み、玄関の横にある柱に背を付けて、ルナティエたちを監視していた。
その様子にチッと舌打ちをした後、ルナティエはオリヴィアとマイスに小声で話しかける。
「その様子を見るに……聖騎士団が、寮を荒らしに来たんですわね」
「はい……ごめんなさい、ルナティエちゃん。私、監督生なのに、この寮を……みんなのおうちを、守ることができませんでした……!」
「気にする必要はありませんわ。仕方ありませんわよ。相手は、一個体最強である剣聖や剣神に並ぶ、この国の最高戦力そのものなんですもの……」
「この家は、みんなの帰るべき場所なのに……みんなの思い出が詰まった大事な寮だったのに……私、また、お父様に居場所を奪われた……! 悔しい……悔しいです……! 私にもっと力があったら良かったのに……!」
「何言ってるんですの、オリヴィア。満月亭はまだ、無くなっていませんわ。そうでしょう、マイス?」
ルナティエの言葉に、マイスは笑みを浮かべて頷いた。
「あぁ……あぁ! その通りだ! フランシアの姫君! はっはー! 荒らされたのならば、また元通りに直せば良いのさ! 建物が壊れたわけでもない! 誰かが欠けたわけでもない! 俺たちはまだ……何も失ってはいない! まだ何も終わってなどいないのだよ、バルトシュタインの姫君!」
「ルナティエちゃん……! マイスくん……!」
涙を瞳の端に溜めたオリヴィアは、二人の言葉にハッとする。
そして袖で涙を拭うと、オリヴィアは力強く頷いた。
「そうですね……! 私、何を弱気になっていたんだろう……! まだ、お父様……いいえ、ゴーヴェンにロザレナちゃんが捕まったわけではないのですから! 私はまだ、何も失ってはいない……この居場所を守るのが……みんなの帰るべき場所を守るのが、私の役目なのですから……!」
オリヴィアは立ち上がり、ルナティエとマイスの顔を見つめる。
そんなオリヴィアの様子を見て、ルナティエとマイスは笑みを浮かべた。
「まったく。手の掛かる寮長ですわね」
「はっはー! らしくなったではないか、バルトシュタインの姫君!」
「お二人とも。ロザレナちゃんを助けるために、手を貸してください」
「何を当然のことを言っているんですの。最初からそのつもりですわよ」
「当たり前のことを聞くな、バルトシュタインの姫君。このマイスを、仲間を見捨てる薄情な男だと思っていたのかね? 彼女を助けるためならば……何だってやるさ。任せておきたまえ」
そう言ってマイスは、チラリと、背後で監視しているフォルターへと視線を向ける。
「だが……あの男がいる以上、目立って動くのは得策ではないかもしれないな。まずは、残りの仲間が集うのを待った方が良いのかもしれん」
「ですが、こうしている間にも、ロザレナちゃんは……!」
「安心しろ。レティキュラータスの姫君の側には、必ず彼女がついている。この寮にいる全員、理解していることだろう。彼女がついていれば、絶対に大丈夫だと」
「あ……そうですね、あの人がついていれば……!」
「それに、わたくしたち3人だけが……満月亭ではないでしょう? わたしくしたちには……この一年を、一緒に過ごしてきた仲間たちがいますわ」
「みんなー!! 大丈夫ー!?」
その時。三人の背後から、ある少女が、猛スピードで走って来た。
道着姿のその少女は、ルナティエたちの前に到着すると、ゼェゼェと荒く息を吐き、顔を上げる。
「ロザレナはどこ!!!! 大丈夫なの!!!! 私にできることがあったら何でも言って!!!! 親友を守るためなら……たとえ聖騎士団でも容赦しないよ!!!! ロックベルト道場のみんな総出で、戦ってやるんだから!!!!」
「こ、声が大きいですわよ、ジェシカさん! ここには監視の目があるのですから、もう少し静かに……!! というか、貴方、今までどこにいたんですの? 何故、道着を……」
「王都一周してた! ランニングだよ! 押忍!」
「なんて滅茶苦茶な修行をしているんですの、貴方……」
ルナティエがため息を吐いた、その時だった。
「ぽっぽー」「ほーほー」「ぽぽぽぽぽぽ」「ひゃっぽぉぉぉぉ!!!!」
突如、鳩の群れが、上空を舞い始める。
そしてその鳩の群れは、屋根の上に集まり……一人の少女の像を模った。
無数の鳩が折り重なり、そこに現れたのは―――――黒い傘を肩に乗せた、不適な笑みを浮かべる白い肌に白髪の少女。
漆黒のドレスを身に纏ったその少女は、片目を押さえてポーズを取る。
「妾は、【変魔剣】……じゃなかった、【冥王邪龍剣】フランエッテ・フォン・ブラックアリアである。真祖の吸血鬼にして、冥界の邪姫とは、妾のこと。人間たちよ、特別に妾が力を貸してやろう。光栄に思うと良いぞ」
「あ、鳩女ですわ」
「誰が鳩女じゃ、ルナティエ!! 不敬じゃぞ!!」
満月亭の屋根の上でルナティエに指を指してプンプンと怒るフランエッテ。
すると彼女は、屋根の上から足を滑らせて、地面へと落ちていった。
「へ? な、なんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「え?」
そしてフランエッテは……フォルターの頭上へと落ち、彼の頭に頭突きをかました。
「ごはぁ!?」
「痛いのじゃ!?」
頭を押さえて、よろめくフォルター。
そしてフォルターは、血走った目でフランエッテを睨みつけ……剣を抜いた。
「ヒ……ヒヒヒヒヒ!! やはり一番警戒していた剣神である貴方が、私に牙を剥いてきます、か。子供のお守りに退屈していたんですよ……貴方ならば、私の相手に相応しい。ちょうど血に飢えていたところなのでねぇ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!? なんじゃこやつは!? 骸骨みたいな顔をしておるのじゃ!! 怖いのじゃ!!」
頭を押さえて座り込むフランエッテは、にじりよって来るフォルターに発狂する。
だが、フォルターがフランエッテに向けて剣を振ることはなく。
そのままフォルターは、フランエッテの目の前で、地面に倒れ伏すのだった。
その光景を見て怯えていたフランエッテは「え」と口にして、硬直する。
そしてすぐさま立ち上がると、不適な笑みを浮かべ、ポーズを取った。
「見たか、お主ら。これが妾の力じゃ。妾の手にかかれば、全て計画通りのことよ! フハハハハハハ! 崇め奉ると良い!」
その姿を見て、ジェシカは両手の拳を握り、目をキランと輝かせた。
「流石、剣神!! すごいよ、フランちゃん!!」
「いや……全部偶然でしょ。何信じ込んでいるんですの、ジェシカさん……」
ルナティエは目を輝かせているジェシカにドン引きした様子を見せる。
そしてルナティエは、あたりをキョロキョロと見渡した。
「残るは……グレイレウスとジークハルトですわね。いつも個人行動をしているジークハルトはともかく、グレイレウスがまだ寮に来ていないのは不思議ですわね。皆の中でもあの男が一番足が速いというのに」
「ふむ。確かにそうだな。グレイは、いつものように裏山にでも修行に行っているのかね? 誰か行き先を知っている者はいないのか?」
マイスのその言葉に、誰も答えない。
そんな中、オリヴィアが口を開いた。
「いつもはそうだと思うんですけど、裏山にいたら、すぐに戻って来るのではないのでしょうか? ということは、グレイくんは他の場所にいるような気がします」
「確かに、その可能性が高いな。まぁ、何はともあれ、ここで待つのが得策だろう。とりあえず、フォルターとかいうゴーヴェンの部下は縄か何かで縛っておくとするか。そこで突っ立っているフランシアの姫君の従者、手伝ってはくれまいか? 俺と一緒に寮に戻り、縛れるものを探して欲しい」
マイスがそうアルファルドに声を掛けると、アルファルドは眉を顰めた。
「はぁ? 何でオレ様を指名すんだよ?」
「はっはー! うら若き女性たちに手伝わせるわけにはいかないだろう? 俺はこれでも紳士なのでね。荒事はなるべく女性の手を借りずに行いたいものだ」
「テメェ、何か腹立つ軟派野郎だな。まぁ、良いけどよ」
そう言って、アルファルドはマイスと共に、縄を探しに寮の中へと入って行った。
フランが「こやつ、起きないよな?」と言って気絶しているフォルターを棒で突く中、ルナティエが、顎に手を当てて開口する。
「こうなっては……何処かにロザレナさんを匿う必要がありますわね。恐らく既に、聖騎士団の手はレティキュラータス家に向かっていることでしょう。わたくしの実家、フランシア家を頼るのがベストだとは思いますが……お父様も、ロザレナさんを助けることには賛成してくださると思いますし……」
ルナティエのその言葉に、オリヴィアは首を横に振る。
「でも、そんなことをしたら、ルナティエちゃんの実家とバルトシュタイン家が、全面戦争になってしまうのではありませんか? ただでさえ、夏にあった闇組織の襲撃でマリーランドは疲弊していると聞きますし……かなり、厳しい状況になるのではないでしょうか?」
「ですが、わたくしの実家以外で、バルトシュタイン家と戦える力がある家なんてありますの? オフィアーヌ家は新体制を築いたばかりだと聞きますし、当主はまだ幼い身の上ですわ。当然、レティキュラータス家には、聖騎士団を相手取る財力も兵力もない。戦えるのは……フランシアだけではなくって?」
ルナティエのその発言に、ジェシカは首を傾げる。
「ちょっと待ってよ、ルナティエ。よくよく考えると、敵って、バルトシュタイン家だけじゃないよね? これからは、剣聖や剣神も、冒険者たちも……ロザレナを狩るために動くってことでしょ? それってさ、この国全体が私たちの敵になるってことだよね? フランシア家だけで、王国全てと戦うことって……できるの?」
「ですが……ロザレナさんを救うにはこれしかないのですわよ!! 他に方法があると思いますの!? ないですわよね!! 国と戦える戦力なんて!!」
「駄目ですよ、ルナティエちゃん!! 絶対に駄目です!! フランシアの地が……マリーランドがフィアレンス事変の二の舞になるなんて、絶対に許すことはできません!!」
「だったら、他に手段は―――」
「すとーっぷ! 一旦落ち着こう! ね! そりゃあ、私たちただの学生だけで国と戦うなんて、無茶な話だよ! でも、こういう時だから落ち着こうよ、ね! 私たちの司令塔であるルナティエが慌ててたら、どうしようもなくなっちゃうからさ!」
ジェシカのその言葉にルナティエは短く息を吐き、「そうですわね」と答える。
ジェシカはニコリと微笑むと、フォルターを木の棒で突いているフランエッテへと視線を向けた。
「フランちゃんは何か、良い手を思いつかないかな?」
「ほへ?」
フランエッテはぽけーっとした顔で振り向いた後、木の棒を捨てて立ち上がり、ポーズを取る。
「こ、この妾に任せておけ!! 必ず何とかしてみせよう!! 妾は剣神じゃからな!!」
「流石フランちゃん!! 何か良い手はないかな、フランちゃん!!」
「フハハハハハハハハハ!! うん!! 妾はマイスたちの手伝いをしてくるのじゃ!!」
そうフランが声を張り上げた、その時。
満月亭の3階の窓が割れ、そこから細長い何かを手に持った何者かが地面に降り立つ。そしてその謎の人物は猛スピードで駆けると、王都へと向かって消えていった。
その光景を見て、オリヴィアは驚きの声を漏らす。
「あれは……!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
抜け道の地下水道を通り抜け、梯子を登って、鉄製の丸い扉を開けて……地上へと出る。
その広場には、人影は見当たらなかった。
俺は先に地上へと上がると、穴に手を差し伸べて、ロザレナを引っ張り上げる。
「ん……ありがとう、アネット」
「いえ」
地上にロザレナを立たせた後。
俺は、広場の街路樹に身を潜ませて、堀の近くへと目を向ける。
するとそこには、堀の周囲を囲むように聖騎士たちが包囲している姿があった。
ヴィンセントの言う通り、既に聖騎士たちは俺たちが奈落にいたことを突き止めていたというわけか。
「ねぇ、アネット。これから……どうするつもり?」
振り返ると、そこには、不安そうな面持ちのロザレナの姿があった。
俺はロザレナの手を握りしめると、ニコリと微笑みを浮かべる。
「そうですね。まずは……何処かに身を隠して、休みましょうか」
「何処かって、何処? もう、満月亭にも帰れないわよね? そうだ、レティキュラータスのお屋敷も……」
流石にその点には気付くよな。
お嬢様の想像通り、レティキュラータスのお屋敷にも聖騎士がやって来ているに違いない。
だけど、今、彼女に余計な不安を抱かせるのは悪手といえる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。エルジオ伯爵は、フランシア家と友好な関係を結びました。もしレティキュラータス家に何かあったら、ルーベンス伯爵が黙っていません。私の家族……オフィアーヌ家もです。必ず、ゴーヴェンの暴挙には、意を唱えるはずです。一先ずは家族のことよりも、自分のことだけをお考えください」
「うん……大丈夫、だよね。満月亭のみんなも、レティキュラータスのみんなも。あたしのせいで何かなったりは、しないよね」
ロザレナは一度、自分の行いがきっかけでキールケがジェシカに危害を加えた際に、大きな怒りを見せている。
故に、今度、身内に何かが起きたら……あれ以上の感情の爆発を見せる可能性も捨てきれない。
ここ最近のロザレナお嬢様が、何かを奪われることに酷く感情の揺れを見せることは……既に俺も理解している。
慎重に、ことを運ばなければな。
万が一にでも、お嬢様が怒りのままに剣を振り、市民を傷つけたとなったら……今のこの状況を覆すことが難しくなるからだ。
「……今は、あそこに行ってみるべき、か……? いや……リーゼロッテが復活した以上、あの場所を使うのは得策ではないか……」
俺が初めてギルフォードと会談を交わした、幻惑魔法の魔道具で扉を隠している、王都市街にある隠れ家。
アンリエッタを罠に嵌める際に、俺はあそこに潜伏して自分の死を偽装していたわけだが……あの場所は、俺がリーゼロッテを策に嵌めた場所でもある。
今、あそこに行くのは、得策ではない。
「だったら、他に潜伏できる場所なんて……」
「おい! そこのお前たち! 顔を見せろ!」
その時。街を巡回している聖騎士に、背後から声を掛けられた。
俺はお嬢様の腕を掴むと、そのまま振り返らずに、街の中へと走り出す。
「あ、おい、待て!」
とにかく……ここにいるのは良くない。
俺は【瞬閃脚】を発動させると、ロザレナの手を掴んだまま跳躍し、民家の屋根の上に降り立った。
そして屋根の上を猛スピードで、駆け抜けて行った。
「とりあえず、人気のない場所に行きましょう、お嬢様。王都の中心街……特に堀の近くと聖騎士駐屯区は危険です。王都の外れを目指します」
「うん! 分かったわ!」
そうして俺は、街の中を走って行った。
数分、民家の屋根を程走った後。
俺は、屋根の上から降り、人気のない路地へと着地した。
「ふぅ……ここまで来れば、追っ手はいないでしょう。聖騎士たちの間で手配書が回っているのかもしれませんが、街の人々は、青紫の髪という情報くらいしか頭に入っていないと思います。そうですね……何か、頭を隠せるものがあれば、安全だとは思うのですが……」
キョロキョロと辺りを見回してみるが、顔を隠せそうなものは何もない。
すると、その時。
俺は、自身のスカートにかかるエプロンに目を向ける。
それを引き裂こうと手を伸ばすと、ロザレナが止めてきた。
「ストップ! アネット! 何をやろうとしてるの!」
「え? エプロンを割いて、お嬢様の頭巾にしようかと……」
「逆に衣服ボロボロのメイドが街を歩いていたら目立つから! それはなし!」
怒るお嬢様に、俺は仕方なく手を下ろす。
「では……何処からか布を拝借してきましょう」
「え……まさか、盗む気……?」
「はい。勿論、お嬢様ではなく、私が、です」
「はい、じゃないわよ!! アネットって、たまに考えがずれているというか、野蛮になるわよね!! どうしてメイドが物を盗むって発想に至るのよ!!」
そりゃあ、前世の俺が奈落出身だったから、か……?
生きるためなら何だってやる。それが、奈落の流儀だからな。
「……分かりました。積極的に窃盗することは避けます。ですが、お嬢様をお助けできるチャンスがあれば、私は手を汚す覚悟はできています」
「あたしに不用意なことはするなって言っておいて、アネットは自分で手を汚すとか言うわけ?」
「ええ。私の手は、最初から汚れていますので」
「はぁ。あのね〜。あたしだって、アネットに、そんなことさせたくなんか――――」
その時。俺は、何かを感じ、振り返る。
路地の向こうには、誰もいない。
普通だったら、何かを感じること自体、おかしい。
だが、俺の長年培ってきた剣士の勘が、何かを訴えていた。
「アネット? どうしたの?」
「……来る」
「え?」
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「見つけた」
王都中央市街にある、教会の屋根の上。
そこには、青い髪の獣人が立っていた。
獣人の少女は、目を見開き、水色の瞳で遠くにある街の外れを見つめる。
そして彼女はフードの穴から出ている耳をピクリと動かすと、地面に膝を付けて、クラウチングスタートの構えを取る。
そして、次の瞬間―――腰の鞘からナイフを取り出すのと同時に、姿をかき消した。
「【瞬閃脚】」
青い光の軌跡を薄暗い街に走らせながら、獣は宙を舞い、駆ける。
その眼光は、一点だけを見つめていた。
「ごめんね―――――――――――――――【死閃】」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
凄まじい悪寒がする。
これは……まずい。この場に立っていたら、俺とロザレナは、間違いなく殺される。そんな直感を覚える。
「お嬢様!! 私に剣を貸してください!!!!」
「え? 剣? どうして? 敵はどこにもいないわよ?」
「早く!!!! 良いから四の五の言わずに俺に貸せ!!!!」
「え!? う、うん、わかっ――――――――」
薄暗い路地の奥で、青い光がキラリと光る。
俺は全身に闘気を纏うと、お嬢様を脇に抱え、跳躍する。
するとそれと同時に……青い剣閃が目の前に飛んできた。
「あれは……【死閃】……か!!!!」
死神と呼ばれた剣士が得意とする、神速の剣。
直撃すれば、相手の肉を確実に断つ技。
闘気や魔力を貫通してダメージを与える【怪力の加護】と似ているが、その本質は異なっている。
【死閃】は……相手に確実に「死」を与える技なのだ。
運命を捻じ曲げ、回避できない死を相手に与える。それが、死閃。
【剣神】『死神剣』ジャストラム・グリムガルドの編み出した、絶空剣から派生した奥義……!!!!
俺は身体を逸らし、寸前で、その剣閃を回避する。
背後に飛んでいった【死閃】は、建物に衝突していった。
通常、斬撃が何処かに衝突すれば、それで終わりだが……あれはそうじゃない。
対象に「死」を与えるまで、死神の刃は止まらない。
地面に着地した俺は、ロザレナを脇に抱えながら、即座に【瞬閃脚】を発動させて、近くにあった建物の屋根へと降り立つ。
予想通り、先ほどまで俺が立っていた場所に、青い剣閃が通っていった。
そのまま剣閃は俺を追いかけ、屋根の上へと向かってくる。
その光景を見て、ロザレナが驚きの声を上げた。
「何……あれ……!!」
ロザレナがそう口にした、その時。
俺の背後から、声が聞こえてきた。
「……驚いた。君、私の能力を知っていたの?」
振り返る。
野郎……完全に気配を絶っていやがったな。
この俺が気付かないとは、やはり現代でも速剣型暗殺者タイプの頂点は……この女か。いや、当時よりも実力を上げていやがるな、こりゃあ。
「ジャストラムさんの予想では、今ので君たちは死んでいた。なのに、生きている。すごいね、驚いた。メイドの子……君、何者?」
棒付きの飴を口から取り出し、フードを被った小柄な獣人族の少女は、首を傾げる。
その眠たそうな目は、俺のことを興味深そうに見つめていた。
そして彼女……ジャストラムは俺の背後に指を指し示す。
「それ」
分かっている。【死閃】はまだ、何者にも「死」を与えていない。
あの剣は、誰かに「死」を与えない限り、消えることはない。
俺が肩越しに背後に視線を向けると、案の定そこには、こちらへと向かって飛んでくる青い剣閃の姿があった。
そして前を振り向くとそこには――――ナイフを構え、既にこちらの懐へと入ってきている、フードを被った少女の姿があった。
「アネット!!」
「早く終わらせよう。君たちのためにも」
「師匠!」
その時だった。
聞き慣れた声が聞こえるのと同時に、俺の頭上へ向けて、弧を描くように箒が降ってくる。
反射的に頭上に手を伸ばし、その箒丸を手に取った瞬間……俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「お前は……いつの日かも俺に箒丸を届けにきたな。あれは、ディクソンの時だったか。懐かしいぜ」
俺は背後を振り返ると、自分に向かってくる【死閃】に向けて……箒丸を横薙ぎに放った。
「――――――【覇王剣・零】」
その瞬間、死を与える剣閃は、全てを消し去る斬撃によって消滅していく。
「は……? 何で、君が……その剣を……?」
俺はすぐさま振り返ると、俺の首元へ向けてナイフを放ったジャストラムに対して、箒丸を構えた。
キィィィィンと音が鳴り響き、箒丸とナイフがぶつかり合う。
鍔迫り合いの中、俺は困惑するジャストラムに向けて、笑みを浮かべた。
「悪いが……お前じゃ俺を殺すことはできねぇよ、【死神剣】」
「何で……箒が……切れないの……? 何、これ……おかしいよ。だって、それ、【折れぬ剣の祈り】じゃ……?」
俺はジャストラムのナイフを弾くと、肩に箒丸を乗せた。
「俺の剣は誰であろうと折ることはできない。例え、運命を捻じ曲げる「死」であってもな。おら、かかって来いや、死神。相手してやるよ」




