第11章 二学期 第356話 逃走劇
《ルナティエ 視点》
「今のは、いったい……!!」
王都でアルファルドと共に買い物をしに来ていたわたくしは、先ほど聞こえてきたゴーヴェンの念話に、驚きの声を溢してしまう。
すると、アルファルドにも聞こえていたのか、背後に立っていた彼は片手に紙袋を手に持ちながら、耳に手を当てて、チッと舌打ちをした。
「何だ、今のは!?」
「貴方にも聞こえていたんですの、アルファルド!?」
「あぁ……周囲の様子を見るに、どうやらオレ様たちだけじゃねぇみたいだぜ」
アルファルドは、周囲をキョロキョロと伺う。
わたくしもそれに倣い、周囲の状況を確認してみた。
王都を行き交う人々は、混乱した様子だった。
中には、「また災厄級が来るのか!」と、恐慌している者もいた。
「まさか……王国全体に念話を飛ばしたんですの!? そんな情報属性魔法、わたくし、知りませんわ!」
「みたいだな。あの騎士団長の底が知れねぇな」
わたくしは顎に手を当て、思案に耽る。
「先ほどの発言から察するに、ゴーヴェンは恐らく、ジュリアンとその配下に付く宰相セオドアを強引に支配下に置いたのでしょう。結果、王国の主導権はゴーヴェンに握られた……ですが、一番の問題はそこではありませんわ」
「あぁ。あの男、ロザレナが災厄級の因子だとか何とか言っていたよな。いまいちよく分からない話だが、この街はただでさえベルゼブブの影響もあって、災厄級に対しては敏感だ。あんなこと言われたら、集団リンチにあっても仕方がねぇぜ?」
「ロザレナさんのことですから、一般人に囲まれたところでどうとでもないでしょうけれど……ゴーヴェンは直接、剣の称号を持つ者たちと冒険者たちにロザレナさんを討伐するように命じました。王国中の強者たちが、彼女の敵になる可能性がある。流石に剣聖や剣神が徒党を組んで襲いかかってきたら、彼女でも危ないですわ」
「ロザレナは今、どこにいるんだ?」
「分かりませんわ。今朝、アネット師匠と何処かへ向かったのは見ていますけれど……行き先までは……」
「だったら一先ずは大丈夫だろ。アネットがいるんだ。この国のどんな猛者が挑んできたところで、あいつが負けることはねぇ。何たってあいつは、マリーランドでゴルドヴァークとキュリエールを相手に一歩も退かなかったんだからな」
「ええ……そうですわね……。アネット師匠という最強のカードがある以上、現代の剣士に勝ち目はない。一先ずロザレナさんは大丈夫……だとしたら、まずは優先すべきなのは……」
ハッとした表情を浮かべたルナティエは、突如、走り出した。
「おい、どうした、ルナティエ!?」
「満月亭に帰りますわよ!! オリヴィアが、危ないですわ!!」
「どういうことだ!?」
「聖騎士団がロザレナさんを捕えるために最初に向かう先……それは、満月亭ですわ!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《エステル 視点》
「……なるほど。随分と手荒な真似をしてくれるね、あの男も」
僕は自室の窓際に立ち、目を細める。
そんな僕の背後に立っていたギルフォードは、疑問の声を上げた。
「ロザレナ・ウェス・レティキュラータスというのは……確か、アネットの雇い主だったか……? 勝手にオフィアーヌの当主になり表舞台に立ったことも許し難いことだったのに、まさかまたあいつの周りで面倒ごとが起こるとはな……こうなっては、予定よりも早めにあいつを帝国に亡命させた方が得策か」
「ギルフォード。ゴーヴェンは恐らく、今度は僕たちを消そうと動いてくるだろう。僕たちを消せば、最早、敵はいないも同然だからね」
「ふん……ようやく、あの男と決着を付ける日がやってくるということか。望むところだ。これで我が望み……父と母の復讐を叶えることができるというもの」
「以前から気になっていたけれど、君は復讐を遂げた後は、どうする気なんだい?」
「決まっている。バルトシュタインの一族を根絶やしにし、紛いものが集まる今のオフィアーヌ家を一掃する。それでようやく、我が悲願は達成されるのだから」
「シュゼットは、君と血の繋がった妹だと聞いているが? 彼女も殺すのかい?」
「ふざけたことを言うな、エステリアル。あの女は私とアネットとは異なる異分子だ。奴は……アンリエッタ……バルトシュタインの血を引く、許し難い大罪人だ。必ず殺さなければ、気が済まない」
「そうか。よく分かるよ、その気持ちは。僕も、王家を皆殺しにしないことには気が済まない。最後の良心が、これから歩む僕の道を止めようとしてくるが……」
瞼を閉じると、脳裏に浮かぶのは、大森林で泣き噦る僕を優しく抱きしめてくれるアネットさんの姿。
多分、あそこが……ターニングポイントだったんだろうな。
僕は目を開ける。
窓に映るのは、憎悪に目を光らせる自分の姿。
僕は自分自身を睨みつけながら、口を開いた。
「僕がこれから行くのは、血塗られし覇道。甘さは捨てる。理想の世界の成就のために、全てを殺し尽くそう。そのためにはゴーヴェン、お前は僕の敵だ。ようやく僕と渡り合える存在が出てきて……とても嬉しいよ。いや、お前がジュリアンの下などに収まらないことは理解していた。これは、最初から決められていた運命だ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《リトリシア 視点》
「ロザレナ・ウェス・レティキュラータス……まさか、彼女が、災厄級の因子だというのですか……?」
王都の中央市街に立っていた私は、ポツリポツリと雨が降る曇り空を見つめ、息を吐く。
「私は一体、何を信じれば良いのでしょう、お父さん。この国は今……混乱の最中にある」
私はそう呟いた後、腰にある青狼刀に触れた。
「……私が成すべきこと。それは、我が師から受け継いだこの国を守る剣となること。それが、剣聖の役目。そうですよね……お父さん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
「じゃあ、私たちは、ヴィンセント様をお迎えに行って来ますね」
「私はフレーチェルを迎えに行って来るよ」
「はい。お願い致します、お二人とも」
「私たち以外が来ても、鍵かけて無視して良いから。それじゃあね」
そう言って部屋を出て行く、リーリヤとシェリー。
二人には、後で合流する手筈だったヴィンセントとフレーチェルをここに連れてくる案内をお願いした。
先ほど念話で二人にはここに潜伏をしていることを伝えたから……もうすぐやってくることだろう。
「……」
窓際で、ジッと、外の風景を眺めるお嬢様。
俺はそんな彼女の背中に、そっと、声を掛けた。
「雨が……強くなってきましたね」
するとお嬢様は、外の風景を見つめながら、静かに口を開いた。
「あたし……元から誰かに嫌われることには慣れていたわ。レティキュラータス家の息女ってだけで、子供の頃から、周囲から馬鹿にされ続けてきたから。でも、まさか、世界全部があたしの敵になるだなんて、ね。ちょっと驚いたかも」
「……絶対に、何かの間違いでございます。お嬢様が災厄級の魔物であるはずがありません」
「ねぇ、アネット。もしもの話よ。もしあたしが、化け物になっちゃったとしても……あたしのこと、嫌いにならないでくれる?」
そう言って振り返ったお嬢様のお顔は、珍しく、意気消沈したものだった。
こんな顔のお嬢様を見るのは久しぶりだ。
幼い頃の、ジェネディクトの奴隷商団に捕まった時以来だろうか。
いつも前向きなお嬢様が、今回の一件で精神に大きなダメージを負っている。
こんな時に、メイドである俺ができることは、ひとつだけ。
俺はお嬢様の隣に並び、同じように暗い空を見つめた。
「何を仰っておられるのですか、お嬢様。私は、お嬢様のメイドです。貴方様をお嫌いになることなど、絶対にありませんよ」
「でも、あたし、災厄級の魔物だって……」
「もし、仮にですよ? もしお嬢様が怪物となり、自分を見失いそうになった、その時は。私が必ず貴方様の心を取り戻してみせます。それに、私と約束したじゃないですか。お嬢様は【剣聖】になって、私と戦うのだと。私を超えるのだと。怪物になんてなっている暇はありませんよ。貴方はいつか、世界最強の剣士となる御方なのですから」
「アネット……」
ロザレナは瞳の端を潤ませると、袖で拭いて、笑みを浮かべた。
「アネットは、やっぱり、あたしの光そのものだわ」
「そうでしょうか? 私にとってはお嬢様こそが、光そのものですよ」
お嬢様が俺を恐れずに側にいてくれたおかげで、俺の心は救われたのだから。
「でも、アネット。ひとつだけ約束して。もしあたしが自我を失い、心を取り戻すこともできない怪物になったとしたら……貴方があたしを殺して」
「お断りいたします。そんなことにはならない。させません」
「あたしね、今のあたしが好きなの。友達もいて、ライバルもいて。学校生活も楽しくて、幼い頃、狭い病院に入院していた時が嘘のように、とっても充実しているわ。だから……もしあたしが、あたしの大事なものを壊そうとした、その時は。アネット、貴方があたしを殺しなさい。貴方に殺されるのなら、あたし、満足だわ」
「お嬢様。そもそも闇属性魔法を使用できるからといって、災厄級の魔物に転化するというのは、確定した情報ではありません。あのゴーヴェンの言葉を、鵜呑みにしないでください」
フランが話したエルルゥの話が過るが……それでも絶対的な情報ではないはずだ。
エルルゥだって、世界に絶望さえしなければ、魔物にはならなかったのかもしれない。
解決の糸口は必ずあるはずだ。
「先ほど、念話で、ヴィンセント様とフレーチェル様にここに潜伏していることを伝えました。後は彼らと協力をして、解決策を探して行きましょう。いざとなったら、エステルも味方になってくれるはずです。大丈夫です。味方はいます。むしろ、王族の陣営だけで言えば、私たちの味方になってくれる人の方が多いです」
俺がそう口にした、その時。
ドアをコンコンとノックする音が聞こえてきた。
ノック二回……リーリヤとシェリーと予め決めていた、味方が部屋を訪れた時の合図だ。
俺はドアの側に近寄り、扉の向こうに声を掛ける。
「……どちら様でしょう?」
「アネットさん。私です、リーリヤです」
近場にいるヴィンセントを迎えに行ったリーリヤさんが戻って来たようだ。
俺は頷き、扉を開ける。
すると、そこに立っていたのは―――――――傷だらけのヴィンセントに肩を貸しているコルネリアと、その前に立つリーリヤとシェリーだった。
「ヴィンセント様!?」
コルネリアはヴィンセントに肩を貸しながら素早く部屋へと入る。
リーリヤはすぐに扉を閉め、鍵を掛けた。
俺はすぐにヴィンセントの元に駆け寄り、声を掛ける。
「どうしたのですか!? その怪我は!?」
「……ルティカの足止めには成功した。今頃、奴は、広場で凍りついていることだろう。だが、思ったよりもてこずってな。トドメを刺すことはできず、このザマだ。流石は腐っても元剣神といったところか。あの女と俺の実力はほぼ互角……いや、相性的にはこちらが不利と言ったところだろう。奴は剛剣型だからな」
そう言ってヴィンセントは床に胡座をかいて座り込むと、コルネリアが慣れた手つきで手早く鎧と籠手を外し、体に包帯を撒き始める。
「わ、私もお手伝いします!」
リーリヤも、ヴィンセントの怪我の手当てを手伝い始めた。
治療を受けながら、ヴィンセントは俺に目を向け、続けて開口する。
「残念な知らせがある。お前たちが奈落にいることが、聖騎士団にバレたようだ」
「……そうなるだろうとは思っていました。あれだけ大胆に逃げていれば、聖騎士の耳に入ることも予見できます」
「堀の上に、大量の聖騎士たちが集まりつつある。まるでフィアレンス事変を思い出すかのような状況だ。このままでは、奴ら……奈落に押し寄せてくる可能性も否めないな。お前たちを見つけるために、虐殺を行なってもおかしくない」
悪い予想が当たったな。
どうやらゴーヴェンは本気で……お嬢様の命を奪おうとしているようだ。
「奴らが来る前に、今すぐに上層へ逃げよ……と、言いたいところだが、関所が封じられている以上、上へ渡る手段は……」
「いえ。実は関所の他にもうひとつ、抜け道があるんです。先ほどまでそこを通って、上層に行こうかと考えていました」
「ほう? もしや、マフィアどもが使う裏ルート、か?」
「仰る通りです」
「しかし、マフィアの頭領キリシュタットは、以前までゴーヴェンの手下だったと聞く。そのルートが奴らに漏れている可能性はないのか?」
「十分に、あり得ますが……今はこのルートに賭けるしかないかと」
「キリシュタットに連絡を取り、確認したいところだが……フレーチェルの配下となったと言えど、奴が今、どういう行動を取るのかは分からん。あの男はフレーチェルの意図通りに動かない可能性もある。我らの敵になる可能性も捨てきれんだろう」
ヴィンセントがそう口にした、その時。
扉がコンコンと、二回ノックされた。
それと同時にヴィンセントは床に置いた剣の鞘を手に取り、戦闘態勢を取る。
コルネリアも立ち上がり、腰の剣に手を当てた。
二人の視線にリーリヤはコクリと頷くと、扉へと近寄り、声を掛けた。
「どなたですか?」
「私。シェリー」
フレーチェルを連れて戻って来たのだろうか?
リーリヤはホッと安堵の息を吐くと、扉を開けた。
すると、そこには、シェリーと――――――――聖騎士に首元に剣を突きつけられた、涙目の幼い女の子が立っていた。
その聖騎士と女の子の背後には、身なりの良い男が立っている。
「ほれ、いましたぞ!! ワシの目に狂いはなかった!! なーんか、怪しいと思ったんですよ、この二人!!」
「ごめん、リーリヤ……下手打って、娼館主のガルバリーにバレちゃった……それで、アリエルが人質に取られちゃって……ごめん、本当に、ごめん……!!」
「くっ……!! 最早、落ち着いて話すことすらままならないか!! だが、たかが雑兵ごときならば、俺一人でも……!!」
ヴィンセントがそう口にして立ち上がった、その時。
「―――――――――まったく。貴方たちは相変わらず、ゴーヴェン様に反抗しているのですね、ヴィンセント様。コルネリア」
そう言って、廊下の奥からカツカツと、革靴を鳴らして……ある女騎士が姿を現した。
その姿を見て、ヴィンセントとコルネリアが、驚きの声を上げる。
「リーゼロッテ……!?」
「姉上……!? 何故、貴方がここに!?」
俺も同時に、思わず驚いてしまった。
「は……? リーゼロッテ、だと!?」
女騎士……リーゼロッテは部屋の中に入ると、不適な笑みを浮かべる。
「さて。大人しく、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスの身柄を私たちに渡していただこう。でないと……って、なっ!? ア、アネット……イークウェス……! やはり、ロザレナと一緒にいるメイドというのは貴様のことだったのか!」
俺と目が合ったリーゼロッテは、目を見開き、身体をガタガタと震わせる。
そして彼女は眉間に皺を寄せると、ギリッと、奥歯を噛んだ。
「聖騎士たちよ! 無闇に動くな! 手負いのヴィンセントとコルネリアならば、私の剣でどうにかできるが……あのメイドだけはそうはいかない!! 至急、増援を呼ぶようにゴーヴェン様に報告を! そして、剣聖と剣神にも協力を仰ぐのだ!! 相手は……剣聖相当の敵だと考えよ!!」
「……? け、剣聖、ですか? 相手は武器も持っていない、ただのメイドですよ? いったい何を仰っているのかが……」
「黙って私の指示に従え!!」
「は、はい!」
リーゼロッテの言葉を聞いて、一人の聖騎士が、半信半疑な様子で廊下を走って去って行く。
何故、リーゼロッテがここにいるんだ?
あいつの口は、『強制契約の魔法紙』で、封じたはずでは……?
「ふん。驚いた様子だな、アネット・イークウェス。何、簡単な話だ。お前は魔封じの儀というものを知っているか?」
「魔封じの儀……?」
「王国で使用できる者は、お前の父である先々代オフィアーヌ伯しかいなかったが……魔術師が扱う魔封じの儀で、呪いは解除できるのだ。『強制契約の魔法紙』は、呪いと同義とされているもの。故に私は、長い時を掛けて帝国へと渡り、解呪に成功したというわけだ。全ては……ゴーヴェン様の理想のために」
『強制契約の魔法紙』は、魔封じで解除できるだと!?
自分に魔封じが施されていたというのに、灯台下暗しとはこのことだ!
ということは、最初から俺自身に『強制契約の魔法紙』の効果は、適用されないということだったのか……くそっ! 何処かで気付けるチャンスはあっただろうに、俺はまた見落としをしてしまった……!
(それに……リーゼロッテが帰って来たということは……俺の実力は既にゴーヴェンに知れ渡っているということ……!)
あいつに、俺が転生していることが、バレてしまった……!
ここから先、ゴーヴェンが何をしてくるのかが分からない……!
リトリシアやハインライン、ジャストラムに危害が及ぶ可能性も十分にあり得る……!
「……さて。どうする? アネット・イークウェス。お前が強いことは勿論、私は知っている。だからこそ、私は、不用意にお前には近付かない。いや、むしろ近付く必要がない。このまま増援を待てば良いだけのことだからな」
「……」
「そしてお前が一歩でも動けば……私はこの幼子と娼婦を殺す。無論、お前が目的のためならば心を捨てることのできる強者だと、私は分かっている。お前は冷徹で、他者を殺すことに一切の躊躇を抱かない、鬼そのものだ。だが、お前を庇った娼婦どもはどうだ?」
リーゼロッテの部下の騎士が、アリエルと呼ばれた幼い少女の首元に剣の切先を当てる。すると、首から血が流れ落ちていった。
「や……やめて! アリエルを離して!!」
リーリヤがそう叫んでリーゼロッテに近付いて行く。
そしてリーリヤがリーゼロッテの肩を掴んだ瞬間、リーゼロッテは平手打ちをして、彼女払い除けた。
「黙っていろ、奈落民」
頰を押さえて、床に座り込むリーリヤ。
そんな彼女に対して、リーゼロッテは口を開く。
「良いか、娼婦ども。お前たちは災厄級の魔物を匿おうとした大罪人だ。お前たちはどのみち後で処刑となる。だが、この子供は別だ。この子供の命を救いたければ……アネット・イークウェスに懇願するのだな。そこから一歩も動くな、と。アネットが一歩でも動いた瞬間、指先一つの命令で、この子供の首を断ち切る」
リーリヤが俺とロザレナに顔を向けてくる。
「お願いします、お二人とも! どうか……どうか、そこから動かないでください……!」
「というわけだ。無論、逃げても構わないが……その時は、お前たちは奈落の人間の援助を得ることは叶わないだろう。奈落民はお互いを仲間だとは思っていないが、同じ奈落民が上層民に裏切られた時の結束力は高いと聞く。幼子が災厄級に殺されたと知ったら……よりいっそう、ロザレナ探しに奔走するだろうな」
懇願するリーリヤの姿を一瞥した後、ヴィンセントはリーゼロッテを睨みつけた。
「これが……聖騎士のやることか……!!」
「ヴィンセント様。貴方はいったい何を言っているのですか? そこにいるのは、災厄級なのですよ? 災厄級を狩ることは、聖騎士の務めだと思いますが?」
「ゴーヴェンの犬がッ!!!」
血を吐き出しながら、咆哮を上げるヴィンセント。
コルネリアはそんなヴィンセントの腕を支えて、リーゼロッテを睨みつける。
「……姉上。貴方はこの行いが、本当に正義だと思うのですか? ここにいる娼婦たちは、かつての私たちと同じような弱者なのですよ? 弱者を人質に取って目的を遂行することに、果たして正義があるのですか?」
「ゴーヴェン様の理想の果てにこそ、正義はある。コルネリア、お前こそ、何故ゴーヴェン様のお考えを理解しない? 幼い頃、ゴーヴェン様に救われたことを覚えていないのか? あの方こそが……正義そのものだ」
睨み合う、リーゼロッテとコルネリア。
そんな中……ロザレナが静かに口を開いた。
「……ゴチャゴチャと……くだらない」
その瞬間、ロザレナは【縮地】を発動させ……俺の隣から、姿を掻き消した。
「え? お、お嬢様!?」
俺は手を伸ばすが、一足遅く。
ロザレナは背中の大剣を抜いて、リーゼロッテに向かって走って行った。
その姿に気付いたリーゼロッテは、指を動かして、背後の聖騎士に命令を出そうとする。
だがロザレナは、リーゼロッテが指を動かすよりも早く……剣に圧縮した闘気を纏い、剣閃を放った。
「【閃剣】!」
「!? は、早い……!? この屋内で、【瞬閃脚】を使って退避することは……!?」
リーゼロッテは苦悶の表情を浮かべると、腰の剣に手を当て、剣を抜こうとする。
だがそれよりも早くリーゼロッテの胴体に斬撃が衝突し……リーゼロッテは後方へと吹き飛ばされて行った。
後方にあった扉をぶち破り、そのまま向かい側にあった部屋の壁に衝突して、血を吐き出すリーゼロッテ。
その光景を見て唖然としていたヴィンセントだったが、即座に地面に手を当てて、詠唱を唱え……魔法を発動させる。
「【フリーズドライ】!」
アリエルとシェリーを人質に取っていた聖騎士の男の足元が瞬時に凍りつく。
「コルネリア! 今だ!」
「はい!」
コルネリアは聖騎士に駆け寄ると、そのまま剣を振り上げ、聖騎士の身体を肩口から切り下ろした。
倒れ伏す聖騎士。
解放された幼い少女……アリエルの手を引くと、シェリーはすぐにこちら側へと駆け寄って来る。
ロザレナは土煙の中倒れ伏しているリーゼロッテに向けて、咆哮を上げた。
「ゴチャゴチャとうるさいのよ、あんたたち!! あんたたちが狙っているのは、あたしの命でしょ!? 関係ない人間巻き込んでんじゃないわよ!!!! 真っ向から挑んで来なさいよ!! 相手になってやるんだから!!」
「お、お嬢様……」
「あ゛。ごめん、アネット……約束破っちゃって、剣、抜いちゃった……」
ダラダラと汗を流し、振り返って、俺を見つめてくるお嬢様。
俺はそんなお嬢様に、笑みを浮かべる。
「いいえ。良い判断だったと思います。リーゼロッテは、私にばかり注意を向けていましたから。まさか、お嬢様が動くとは思っていなかったのでしょう」
必要以上に俺を警戒していた奴のミス。
それに、速剣型は、狭い屋内では歩法は使えない。
状況的に、お嬢様が動くのは良い判断だった。
「お嬢様。申し訳ございませんが、こうなっては――――――」
「【蛇影剣】」
「ッ!!!!」
俺は即座にお嬢様の前に出て、腕に闘気を纏い、ロザレナの顔に向けて放たれた剣を弾いてみせた。
すると、向かいの部屋で起き上がり、鞭のような剣を抜いていたリーゼロッテが「チッ」と舌打ちをする。
「私の能力を知っている奴がいるというのは……厄介な話だな」
手自体は無傷だったが、袖には鋭利な二本の剣の跡が刻み込まれていた。
ワイヤーに繋がれた折り重なる刃の鞭を降る、リーゼロッテの【蛇影剣】。
その剣は柄から二本生えており、実体化した鞭の剣の後に、幻影魔法で透明化した影の鞭の剣が振るわれる。
特定の場所へ向けられた剣ならば闘気で防ぐことも可能だが、奴が屋内で高速で剣を振れば、攻撃の軌道を読むことは難しく、並の剣士では対処することは難しい。
加えて奴は【瞬閃脚】を使用できる、速剣型を極めた剣士。
剛剣型であるお嬢様とは、相性が悪いのは明白。
【剣神】相当の相手に対して、俺が素手で対処するには……倒せなくはないだろうが、少しばかり時間が掛かるかもしれないな。
コルネリアから剣を借りて、戦うのが得策か……?
「……ここは俺たちに任せて、行け!! アネット!! ロザレナ!!」
ヴィンセントは俺たちの前に立つと、ゼェゼェと息を荒げながら、咆哮を上げた。
俺は、そんな彼の背中に、声を掛ける。
「ですが、ヴィンセント様。貴方のお怪我では……!」
「奴の目的は時間稼ぎだ!! このまま奈落に閉じ込められては、兵糧攻めでもされて、奈落の民と共に殺されかねんぞ!? 奈落の民のことも思うのならば、今すぐに上層へ行け!! そして……ジュリアン、いや、ゴーヴェンを王位に就かせるな!!!! お前は、俺ではなく、フレーチェルでもなく、エステリアルでもなく……その娘の手を取った!! ならば、その娘を最後まで守り抜くことだけを考えよ!! 俺のことなど気にするな!!!! 良いな!!!!」
「ヴィンセント……!!」
俺は一度目を伏せた後、お嬢様の手を掴み、窓の側へと寄る。
そして、振り返らずに、ヴィンセントに声を掛けた。
「死なないでくださいね。生きて、必ず巡礼の儀に出てください。貴方はフレーチェル殿下と同じく、この国の希望なのですから」
「無論だ。我が野望はここで潰えたりはしない。ククク……また必ず上層で会おう、兄弟」
俺は窓を開けて、雨の中、お嬢様と共に娼館の二階から飛び降りる。
「させるか!!!!」
背後からリーゼロッテの剣が飛んできた音が聞こえてきたが、振り返ることはしない。
キィィィンという、誰かが剣を止めてくれた音が聞こえてきたからだ。
「……残念だが……俺はここでお前を何としてでも、止めてみせるぞ? リーゼロッテ」
「そこを退けぇぇぇぇぇぇ!!!! ヴィンセントぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「通りたければ……ここで俺を殺して行くのだな!! 【蛇影剣】リーゼロッテ・クラッシュベル!!!!」
俺は地面に着地した後、ロザレナの手を握りしめながら、即座に【瞬閃脚】を発動させて通りを疾走して行った。
向かうべきは、上層への抜け道。
曇天の雨の中。俺はヴィンセントの勝利を祈りつつ、抜け道へと向かって走って行った。
いつだったか、フランを助ける際に使用した上層への抜け道へと辿り着く。
するとそこには……ある人物の姿があった。
「よぉ。思ったよりも遅かったな」
「キリシュタット……?」
そこに居たのは、行く手を塞ぐようにして立つ、キリシュタットだった。
彼は雨で濡れた葉巻を口からペッと吐き出すと、俺とロザレナの元に歩いて来る。
ロザレナは俺の手を離すと、背中の大剣を抜き、構えた。
「何? あんた、またあたしとやる気なの?」
ロザレナの言葉に対して、キリシュタットは口を開く。
「いいや? 言っただろ。俺はまだ、剣聖を狙うつもりは無いってな」
「じゃあ、何? ゴーヴェンの言う通り、あたしの命を狙ってるの?」
「確かに、お前が災厄級かどうかというのは気になるところだな。というかお前、闇属性魔法なんてものも隠してたのかよ? おいおい……闘気石と良い、どんだけお前はこの俺を馬鹿にすれば気が済むんだ? まぁ、その借りはいずれ返してやるよ。それと、お前も知っての通り、俺はもうゴーヴェンの犬じゃねぇ。あいつの言う通り動いてやる義理はもうねぇのさ」
「……? あんたが何言いたいのか、分からないんだけど?」
「ただ、見送りに来ただけさ。好きに通れよ」
そう言って俺たちの前に立ったキリシュタットは、どうぞ通ってくれと大仰に道を譲ってきた。
その行動にロザレナは首を傾げると、隣に立つ俺に声を掛けてくる。
「行きましょう、アネット。あの強面のヴィンセントの覚悟を無駄にしないためにも」
「はい」
俺は頷いて、ロザレナと共に、抜け道へと向かって歩いて来る。
キリシュタットの横を通り過ぎた……その時だった。
「シャアッ!!!!」
突如、キリシュタットが腰の鞘から剣を抜いて、俺に斬りかかってきた。
俺はその剣を、軽く胸を逸らすことで難なく避けてみせる。
その光景に驚いたように目を見開くと、キリシュタットは興奮した様子で笑みを浮かべ、続けて俺に剣を振ってきた。
「アネット!?」
「ヒィアアア!!!!」
キリシュタットは猛スピードで俺に連続で斬りかかってくる。
一撃でも奴の攻撃を喰らうのは、今の状況では、まずいな。
流石は元剣王のトップ。剣の動きに一切の乱れがない。
ロザレナやグレイ、ルナティエにも引けを取らない実力者だ。
加えて、強力な加護の力を有しているとは……恐ろしい存在この上ない。
(だが……お前の剣はまだ、成長の途中にある)
俺は連続して振られた剣を全て紙一重で避けた後、キリシュタットの膝に蹴りを叩き込んだ。
「なっ!?」
体勢を崩すキリシュタット。
俺はそんな彼の首元に闘気を纏った手刀を突きつけ、寸止めする。
その闘気を見て、キリシュタットはゴクリと唾を飲み込む。
そして完全に勝敗が決したその光景に、キリシュタットは両手を上げて、降伏を示した。
「ハハハハハハハハ!! マジかよ……何だ、テメェ!! 丸腰のメイドの癖して、まさか、この俺をまるで子供みたいに遇らうとはな……! なるほど、なるほど。俺の推測は当たっていたと言うことか!!」
「……」
「テメェが……箒星の師匠だな、アネット・イークウェス!!」
俺は手刀を引くと、目を細める。
「私を試すために、襲いかかってきたのですか?」
「ゴーヴェンが、前からお前を特別視していたことを、俺は気にかけていた。最初は、オフィアーヌ家をアンリエッタから取り戻した手腕を評価してのことだと思っていたが……箒星というわけのわからない門下が剣王試験に出てきたことで、今の剣聖、剣神以外に、化け物じみた強さを持つ剣士がいることに気が付いた。加えて? 第二次試験で、突如山が割れたときた。ルクスや他の馬鹿どもは自然災害だと片付けたが、俺はそうじゃないと思った。ハハハハハハ!! 眉唾な話だったが、まさか、本当に表に出てきていない剣聖、剣神相当の剣士がいるとはな!! いや、山を割るくらいだ、お前はそれ以上か? アネット・イークウェス」
「……私の実力を知って、貴方はどうしたいのですか?」
「どうも? ただ、ロザレナの師匠がどんな奴なのか、知りたいと思っただけだ。ほら、通れよ。抜け道の先に俺の手下を探らせたが、まだこのルートはゴーヴェンにバレちゃいない。だが、時間の問題だ。上層に逃げるのなら、急いだ方が良いと思うぜ?」
「……」
俺はキリシュタットを見つめた後、ロザレナの手を引いて、抜け道へと続く鉄製の扉を開けて中へと入って行った。
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アネットとロザレナが去った後。
一人残ったキリシュタットは、曇天を見上げながら、開口した。
「……なぁ、箒星の師よ。俺もあんたの元で剣を学んでいたら、道を間違うことも無かったのか? だったら、今からでもお前の元で剣を学ぶことができたら……」
そう言って振り返ったキリシュタットは、寂しそうな笑みを浮かべる。
「なんてな」




