第35話 元剣聖のメイドのおっさん、ある計画を練る。
「・・・・・・・・・・」
ついにー----決闘の日の朝が来た。
正直、あたしは現時点においても、自分が強くなった実感はまったく湧いていない。
何故なら・・・・・結局、この5日間でアネットの剣を、あたしは受け切ることが叶わなかったからだ。
掌を見ると、あの剣を何度も何度も受けた時のあの痺れが、まだ取れていない気がする。
額も、完全に治癒魔法で塞いだというのに、未だにドクドクと血が流れているような感覚がする。
まだ、修行の最中にいるかのような・・・・そんな不思議な違和感がある。
アネットの剣を抑えきれなかったのに、修行としては失敗に終わったはずなのに、どうしてだろう。
早く、剣を持って、戦ってみたかった。
早く、この感覚を忘れない内に、アネットのあの『唐竹』を、私も真似して放ってみたかった。
級長の座とか、自分の進退とか、そんなものはどうでも良くて。
あたしはただただ、今の自分がどれだけの力を示せるのかということに、挑戦することに、高揚感を覚えていた。
「・・・・・・相変わらず、猫のような目で、常に怒っているような顔をしているわね、貴方は」
姿見の前に映る、下着姿の自分に、あたしはクスリと笑う。
腰まで伸びた、ウェーブがかった青紫色の髪。
最初はこの癖毛がかった自分の髪の毛、あまり好きになれなかったのよね。
でも、いつだったかしら? アネットが波打つようなこの髪を綺麗って褒めてくれて・・・・それから、自分の髪が好きになったんだ。
本当、今思い返してみるとあたしの人生、何でもアネットに左右されすぎなところがあるわね・・・・。
幼少の頃のあの子へ依存していた時のあたしも、今思い返せば、アネットがあたしを厳しく叱って突き放したのも納得のいく出来事だったと思うわ。
クスリと口元に手当てて笑って、あたしは再び鏡の中の自分と見つめ合う。
「・・・・・・勝利を掴むためなら、何だって捨ててみせるわ」
そう一言呟いて、あたしは戸棚の上に置いてあったナイフを手に取ると、そのまま鞘から抜き放ちー----それを自分の後ろ髪へと、宛てがった。
「お嬢様? 入ってもよろしいですか?」
「ええ。構わないわ」
ドアノブを回して、俺はロザレナの部屋へと入る。
「失礼致します。ついに、決闘の日がやってきましたね。昨夜は十分に睡眠を摂ることはできー----はい?」
俺は思わず、彼女のその姿に瞠目して驚いてしまう。
何故なら、ロザレナの腰まで伸びた長いウェーブがかった青紫色の髪が・・・・きれいさっぱり無くなっていたからだ。
彼女は制服姿で鏡の中の自分を見つめると、うんと頷き、改めて俺へと顔を向けてくる。
「どうかしら。似合ってる?」
「え、い、いや、お、お嬢様、ど、どうして髪を・・・・・」
「あの長い髪の毛のままじゃ、万が一目に入ったり引っ張られでもしたら、大きな弱点になってしまうでしょ? 今日勝つためだったら、髪の毛くらい、どうだって良いわ」
そう言って一呼吸挟むと、彼女は照れたように頬を赤く染め、前髪を触りながら、唇を尖らせる。
「そ、それで、どうなの? ショートカット・・・・似合ってる?」
「は、はいっ、それは勿論!! 癖毛がかった感じが残っていて、所々髪の毛が跳ねていてらっしゃって・・・・非常にお嬢様らしく、快活でお可愛らしい髪型だと思います!!」
「ありがとう。貴方にそう言って貰えるだけで、あたしはどんな姿の自分でも受け入れて、前へと進むことができるわ。・・・・・ねぇ、アネット、あたしはー---」
そう何かを口にしかけたが・・・・彼女は頭を振って自嘲気味に微笑みを浮かべて口を噤む。
俺はそんなロザレナの姿に、思わず首を傾げてしまった。
「お嬢様?」
「いいえ、何でもないの。ただ、昨日のように、自分が強くなっているのかを貴方に確認してみたかっただけだから。ー----もう、今更、自分がどう成長しているかなんて考える必要はないわ。あたしはただ、今のあたしのままで、真っすぐと突き進む。迷いはここで捨てていく」
凛とした迷いのない表情で、彼女はそう言った。
まったく・・・・人の成長というものには驚かされることばかりだな。
たった5日、俺と剣をぶつけ合っただけだというのに・・・・彼女の顔には以前あった甘さがない。
彼女はその顔は完全に、一端の『剣士』の顔になっていた。
「それじゃあ、朝食を摂りに食堂に行きましょう、アネット」
「はい、お嬢様。今朝の朝食はお嬢様の勝利を願って、オリヴィア先輩と一緒に私も作ったんですよ?」
「オリヴィアさんが作った料理だけなら何だか憂鬱な朝になるところだったけれど・・・・アネットが手を加えているのなら安心できそうね」
「オ、オリヴィア先輩も、私と空いた時間でお料理の勉強をなさっていて、い、以前よりは上手くはなっていられるのですよ??」
「辛うじて食べられるくらいには、でしょ?」
「・・・・・まぁ、そうなのですが」
そう言ってお互いに顔を見合わせ苦笑し合うと、俺たちは部屋を出て、階段を降り、食堂へと向かって行った。
「おはようございます、皆さん」
「おはよう、みんな」
「あっ! アネットちゃん、ロザレナちゃん! おはようございまー---えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!? ロ、ロザレナちゃん!? どうしたんですか!? その髪は!?」
食堂に現れたロザレナのその姿に、目を見開き驚くオリヴィア。
ロザレナはそんな彼女の反応に少し照れながらも、頬をぽりぽりと掻きながら口を開く。
「あ、えっと、その・・・・今日は、決闘の日ですから・・・・だから、気合い入れるために切ったんです」
「そう、なんですか? な、何というか、その、大分印象変わりましたね? まるで別人みたいです! 短い髪型も何処か凛とした雰囲気が出てて・・・・似合っていますねロザレナちゃん!」
「うんうんっ!! 何か、かっこよくなったっ!! 男の子みたい!!」
「ジェシカ・・・・・男の子みたいは、誉め言葉になっていないわ」
そう言ってテーブル席に座るジェシカに呆れたため息を吐くと、彼女は空いている席へと腰かける。
俺はそのまま席に座ることはせず、その場でオリヴィアへと顔を向けた。
「朝食の配膳、まだ終わっていないですよね? お手伝いしますよ、オリヴィア先輩」
「いえいえ~! 後はお水を持ってくるだけなので構いませんよ〜。今日は大事な騎士たちの夜典の日なんです! ですからアネットちゃんは少しの時間でもロザレナちゃんの側に居てあげてくださいねっ! ではでは~っ!」
そう言ってエプロン姿のオリヴィアは、ぱたぱたとスリッパの音を立てて、厨房へと去って行った。
俺はそんな彼女を見送った後、すでに満月亭の面々(グレイレウスを除いた)が席掛けるテーブルへと向かい、ロザレナの隣の席へと腰かけた。
「アネット!! ロザレナ!! 今日は待ちに待った決闘の日だね!! 私、観客席から全力で応援するからねっ!!」
「観客席・・・・そういえば、騎士たちの夜典って、観客がいるんだっけ? ふーん・・・・そっか、人に見られてる中、決闘をするのね・・・・何だかむず痒い気分になりそうね」
そう何処か緊張した様子で呟くロザレナに、俺の目の前に座る金髪残念イケメンは笑い声を上げる。
「はっはっはー!! レティキュラータスの姫君、そう緊張することはない!! 何らかの功績のあるような、剣の腕のある生徒でなければ、見に来るのはただのこの学校の生徒だ!! 思う存分、力の限り剣を振るいたまえ!!」
「・・・・・朝から耳障りな笑い声ね。剣の腕のある生徒でなければって、あんた、遠回しにあたしのことバカにしてるでしょ? まぁ、殆ど素人同然だし、その通りすぎて何も文句は言えないけれど・・・・何かあんたに言われると癪ね」
「フッ、不快に思ったのなら謝罪しよう。ただ、君が負けたら必然的にメイドの姫君がこの学校から去ることになりそうなんでね・・・・俺としては、君には何としてでも勝利して欲しいだけさ。単に、緊張を解そうとしていたのだよ、このマイスはね」
そう言ってマイスは白い歯を見せて笑うと、向かいの席に座っていた俺へと視線を向ける。
そして、何を血迷ったのか、奴はテーブルの上にある俺の手の上にそっと・・・・掌を重ねてきやがった。
「はっ!? てめぇ!? 何しやがるっ!?」
俺は思わず語気を荒げて、即座に奴の手を払いのける。
すると彼は、はっはっはと、顎に手を当て愉快気に笑い出した。
「まったく、メイドの姫君はいつもガードが堅いな。まぁ、そんなところも可愛らしいところではあるのだがなっ!! はーっはっはっはっ!!」
「あんた、何してー------」
ロザレナがマイスの取ったその行動に、いつものように怒ろうとした、その時。
突如、マイスの首元に、背後から剣の切っ先が突き付けられる。
何事かとマイスの背後に視線を向けると、そこに居たのはー---グレイレウスだった。
「・・・・おい、色情狂、その人はお前が気軽に触れて良い存在ではない。立場を弁えろ」
「おやおや、これは珍しい行動だな、グレイ。お前は女性になど興味が無かったと思ったが? まさか俺と同じようにメイドの姫君に惚れることになろうとは・・・・ふむ、これは意外な展開だな」
「下種な考えでオレの行動の意図を勝手に推察するな、色情狂。ただオレは、貴様の軽率なその行動を弁えろと言っているだけだ」
「このマイスの溢れんばかりの恋情を止めることは、誰にもできはしないさ。何なら・・・・その剣でこのまま俺の首を搔っ切ってみるかね? この俺の愛を止められるかどうか、試してみると良い、鷲獅子クラスの級長殿」
「・・・・・・・・死にたいのか? 貴様」
「君は俺を少々過小評価しすぎているのではないのかな? 三期生で剣の称号を得るに近い逸材は、何も君だけではないのだよ、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス」
「・・・・・・・・・・・・」
辺りに、剣呑とした空気が立ち込める。
何この、俺を巡って争われるイケメンたちの闘争は・・・・。
みんな! 私のために争うのはやめて! 私、中身は48歳のムキムキのおっさんなのよ!!
こんなおっさん相手に殺傷沙汰なんて、得することなんて何もないわ!!
「・・・・あたしもこのアネット争奪戦に参加した方が良いのかしら?」
「お嬢様、やめてください」
うずうずとした様子でマイスとグレイレウスを見つめるロザレナを、手で制して止める。
そして俺はコホンと咳払いをし、二人を止めようと、声を掛けようとしたー---その時だった。
「朝からいったい何をやってるんですか~? 二人とも~?」
「ぐふっ!?」
「ぬぐっ!?」
ボコボコと順番に鉄製のトレイで殴られ、頭を押さえて撃沈する二人。
そんな二人の背後から現れたのは、ニコリと微笑みながら額に青筋を浮かべている、オリヴィアだった。
オリヴィアはふぅと短く息を吐くと、床にしゃがみ込むグレイレウスに呆れたように視線を向ける。
「まさか、グレイくんまでマイスくんのようになってしまうとは・・・・監督生として私は悲しいです」
「ぐっ・・・・こんな色情狂と一緒にするな、オリヴィア。オレはただ単に奴の行動が許せなかっただけであって・・・・・」
「はいはい、もう早く席に座ってください~。朝ごはんにしますよ~」
オリヴィアのその言葉にグレイレウスは何処か納得がいってない様子でしぶしぶと席に着くと、その後、満月亭の皆々は手を組み、祈りの礼を取った。
そして全員がテーブルに座り、祈りの礼を取ったことを確認すると、オリヴィアは目を伏せ、食事の祈言を呟いた。
「今日も主のご加護を頂くことに感謝をー---いただきます」
「いただきますっ!!」「いただくわ」「いただく」「いただこう!」「いただきます」
こうして、俺とオリヴィアが作った料理・・・・ベーコンエッグとコンソメスープ、サラダ、パンといったメニューを、それぞれの寮生たちは皆笑みを浮かべながら食べていく。
皆、急に倒れたりしないことから・・・・どうやら今日の料理は俺も手を加えていたおかげか、大分食べれるものになっているようだ。
隣で安堵の息を吐くオリヴィアに、俺はフフッと微笑みを向ける。
「ねぇねぇオリヴィア先輩っ!! 今日は学校が休みの土曜日だから、みんなでロザレナの応援に行けるよねっ!! ねっ!!」
「そうですね~。ジェシカちゃんの言う通り、今日はロザレナちゃんの騎士たちの夜典日なのですから、満月亭のみんなで一丸となってロザレナちゃんを応援しに行きましょうね~」
「フン・・・・。オレにとってその女の進退などどうでも良いことなのだがな」
「グレイくん~? そんなことを言うんだったら、次から朝食のメニューを減らしますよ~??」
「チッ、貴様らの馴れ合いに巻き込まれるこちらの身にもなって欲しいところだな」
そう口にしながら、グレイレウスは口の中にパンを放り込む。
その後、食事の場は和やかな空気で進んでいった。
俺はそんな満月亭の風景を眺めながら、誰にも気付かれないように、短く息を吐き出す。
・・・・・今日の午後8時、ロザレナは、時計塔の最上階にある『空宙庭園』でルナティエと決闘をする。
あのドリル女がもし想像通りの手を打ってくるとしたら・・・・・俺は、恐らく、彼女の闘いをこの目で見ることは叶わないだろう。
でも、俺はロザレナが敗ける姿なんて、全くもって想像してはいない。
彼女はきっと、騎士たちの夜典の場で、覚醒を果たすだろう。
その瞬間を見れないことは非常に口惜しいが・・・・・騎士たちの夜典が行われる今夜、俺には俺の成すべき闘いがある。
悪いな・・・・ルナティエ・アルトリウス・フランシア。
お前が手段を選ばないと言うのなら、こちらも大人げなく、お前を追い詰めてやるとしよう。
卑怯な手を使ってくるのなら、観衆のいない場所であるのならば、こちらも容赦なく剣を振るわせられる。
お前が用意している策は、むしろこちらにとっては都合の良いものだ。
あとは・・・・彼女の護衛を奴が上手くできるかどうかにかかっているな。
誰にも気づかれないように、そっと、俺はグレイレウスへと視線を向けた。
すると彼はその視線に応え、コクリと、小さく頷くのであった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
続きは、今日の夜か明日、投稿する予定です。
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また、次回も読んでくださると幸いです。
三日月猫でした! では、また!