第11章 二学期 第350話 剣王会議/奈落の王女とその配下
「……まさか、剣王になって、すぐに……このような事が起こるとはな」
グレイレウスは、テーブルに上に広げた羊皮紙を見て、眉間に皺を寄せる。
すると、その時。会議室の扉を開き、ラピスと頭に木箱を被ったクローディアが姿を現した。
「やほやほー! やーん、もうっ、剣王になってすぐに全員召集するとか、新しい剣王のリーダーくんってば、大胆すぎ〜?」
「こ、こんにちわ、グレイレウスさん……」
「……一番最初に来たのは……お前たちか……」
二人を見て、グレイレウスは不愉快そうに眉を潜める。
そんなグレイレウスを見て、クローディアは悲鳴を上げた。
「ひぅ!? ご、ごめんなさい!! 私が最初に来て不愉快でしたよね!! すみませんすみません!! 責任もって死にます!!」
「死なないで良い」
グレイレウスは、ナイフを首元に突きつけるクローディアを見て、大きくため息を吐く。
そんな彼に対して、ラピスは近寄ると、腕に抱きついた。
「グレイくんって……可愛い顔してるよねー? あはっ♡」
「……勝手にオレに触るな」
ラピスの腕を弾くと、グレイレウスは鋭い目でラピスを睨みつける。
その様子を見て、ラピスは顎に指を当てて、「うーん?」と首を傾げた。
「あれれ? 何でラピスに照れないの? 最近こういうの多くてちょっとショックかもー。グレイくんってもしかして、もう心に決めている人がいるとか? 超絶一途なタイプ?」
「フン。どうやらお前、オレに色仕掛けか何かをしようと企んでいたようだが……あの色情狂でもあるまいし、そのような手はオレには通じないぞ? オレは、神を信仰しているからな」
「神様? それって、セレーネ教のこと?」
「違う。我が神を、そのような紛い物と一緒にするな」
「ま、紛いものって……ここにルクスみたいな信者がいたら大変なことになっていたと思うけど……って、クロちゃんってば一応聖騎士じゃん。怒らなくて良いの? あれ」
「ひ、人様の信仰心はそれぞれだと思いますから……」
「わぉ、まともな信徒。ルクスにも学んで欲しいね」
「我が神は、剣士の頂点に立つ御方のことだ!! フハハハハハハハハ!!」
「や、まだ続いてたの、その話。というかそのよくわからない神様にラピスの可愛さが負けたの、納得いかないんですけどぉー!」
むーっと頬を膨らませるラピス。
すると、その時。会議室の中に、アレフレッドが姿を現した。
「みんな、集まっているか? む? まだ、グレイレウスくんとクローディアとラピスしか集まっていな……」
アレフレッドはラピスの胸元の谷間を見ると盛大に鼻血を吹き出し、地面に倒れる。
「ぶはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!? ラ、ララララ、ラピス!! お前、何ていう格好をしているんだ!! 痴女か、お前は!? 最高だ!!!! いや、違った!! けしからんぞ!!!!」
「はぁ……出たよ、むっつりスケベくん。彼を見ているとラピスちゃんの能力って意味あるのかなぁとか思っちゃうよねー。まぁ、ほぼ全員入れ替わった剣王たちの中で、唯一変わらない光景だから安心感あるけどー」
「なんだ、あの阿呆は」
「気にしないで。アレフレッド・ロックベルトは、ただのむっつりスケベなだけだから。あ、そうだ。彼の前で新しい剣王の女の子とかは素肌見せないように注意しといた方が良いよ? 出血多量で死んじゃうから、アレフレッド」
「そういえば以前冒険者ギルドで会った時も、我が師……いや、我が神に対して、失礼なことを言ってきたな、あの男は。まったく、マイスと同レベルの阿呆だな。あんなのが剣神ハインラインの孫だとは、笑わせてくれる」
「ぜぇぜぇ……な、何だと、グレイレウスくん!! 我が祖父の名を馬鹿にする気ならば、許しはせんぞ!!」
「いや、ハインラインを馬鹿にしているのではない。お前を馬鹿にしているのだ」
「何だとぉ!! 祖父を馬鹿だとぉ!? 許さんぞぉ!!」
「話を聞け。なるほど。こういう猪突猛進なところは妹とそっくりだな」
「あの可愛いジェシカを猪だとぉ!? 許せん!! 俺は、家族が一番大事なんだ!!」
アレフレッドは鼻血を拭い、立ち上がると、腰の鞘から剣を抜いた。
そして、全身に闘気を纏い、グレイレウスに敵意を向ける。
その姿を見て、グレイレウスも腰の小太刀に手を当て、戦闘態勢を取る。
「やるか? 剣を抜く気ならば……容赦はしないぞ?」
一色触発の空気。
そんな中……アレフレッドの背後から、一人の少女が元気よく姿を現した。
「おっす! ヒルダちゃんの登場だぞー!」
「何だそのハレンチな姿はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ヒルデガルトの胸元……制服のボタンを外して見える胸元を見て、アレフレッドは鼻血を吹き出し、再び地面に倒れ伏した。
その姿を見て、ヒルデガルトは驚き、慌てる。
「な、何、この人!? いきなりあーしを見て倒れちゃったんだけどぉ!?」
「フン。阿呆すぎて話にならんな」
グレイレウスは戦鬪態勢を解くと、腕を組み、ため息を吐く。
ヒルデガルトは幸せそうな顔で倒れているアレフレッドを飛び越えると、彼へ不審そうな目を彼に向けながら、グレイレウスの元へと駆け寄って行った。
「な、なんなの、あの人。ねぇ、ベアトリッちゃんのお兄さん、何であの人倒れてるの?」
「気にするな、あれはただの阿呆だ。それと……オレをベアトリックスの兄と呼ぶのはやめろ、ヒルデガルト・イルヴァ・ダースウェリン」
「え? なんで? お兄さんなんでしょ?」
「オレたち兄妹の関係は、複雑なんだ。それに……オレはあいつにまだ約束の金を渡していない。そんな男が、兄とは言えないだろう」
「え? 何何? もしかして、ずっとそれを気にしていた系? やっば、お兄さん、めっちゃベアトリッちゃんに似ているんですけどー!! プライド高いっていうか、少しのことでも気にしすぎなところというか!!」
「チッ。鬱陶しい。オレを面白がるな」
グレイレウスがヒルデガルトをシッシッと追い払った、その時。
続いて、会議室の中に、ジェシカが入ってきた。
「お兄ちゃん!? こんなところで倒れて何してるの!?」
「ムフフフ……今度の剣王たちは巨乳がいっぱいだぞムフフフフ」
「すんごい最低なこと言って気絶してるんだけど!? 会議室に入った瞬間、身内の恥がいて嫌なんだけど!?」
「む……!」
突如アレフレッドは意識を取り戻し、起き上がる。
そして背後に立つジェシカを見て、ぼんやりとした様子で口を開いた。
「何だ、貧乳か」
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ジェシカに腹パンされたアレフレッドは、そのまま吹き飛んでいき―――会議室の窓ガラスを破り、中庭へと落ちて行った。
その後、ジェシカはゼェゼェと荒く息を吐き、眉間に皺を寄せる。
「ほんっとぉぉぉぉぉに、最低ッ!! 何でお爺ちゃんもお兄ちゃんも、スケベなの!! 信じらんない!!」
「えっと……ここ三階だけど、あの人、大丈夫?」
ヒルデガルトの疑問に、ジェシカはコクリと頷きを返す。
「平気平気。お兄ちゃん、かなりタフだから。ロックベルトの人間はあれくらいじゃ死なないよ」
「えぇ……? ジェシカさんのおうちって、なんか、すごいんだね……?」
ヒルデガルトがドン引きしていた、その時。
会議室の向こう側から、騒がしい声が聞こえてきた。
そしてその騒がしい声で会話している二人組は、扉を開き、中へと入る。
「ぜぇぜぇ……ルナティエ!! あんたねぇ、しょうもない勝負仕掛けてくるんじゃないわよ!!」
「はぁはぁ……わたくしは別に勝負なんて仕掛けてはいませんわよ。ただ、移動中もトレーニングは欠かせないと思い、兎跳びをしていただけですわ。あなたがわたくしの真似をして、『じゃあどっちが先に行けるか勝負よ!』と勝負を仕掛けてきたのでしょう? この戦闘狂」
「あんただってあたしの誘いに同意したじゃない!! というか、目の前でそんなことされたら勝負に誘っているようなもんでしょうが!!」
汗だくになりながら、お互いを睨みつけ、会議室の中に入って来る二人。
そんな二人の姿を見て、グレイレウスは額に手を当て頭を振る。
「馬鹿二人が。何故、そんな消耗した様子で会議室に現れる」
「あ……グレイレウスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!! あんたのせいであたし、二番手呼ばわりされてるんだけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ちょ、ロザレナさん!? 貴方、さっき、その話は納得していたのではなくって!?」
「それとこれとは別よぉぉぉぉぉ!!!!」
ロザレナは背中の大剣を抜くと、跳躍し、グレイレウスへと斬り掛かる。
グレイレウスは腰の鞘から小太刀を抜くと、ロザレナの前へと走って行く。
そして二人は……会議室の中央で、お互いに剣を寸止めして止まった。
グレイレウスの頭上数センチの距離には大剣があり、ロザレナの首元数センチの距離には小太刀がある。
二人は無言で睨み合った後、同時に剣を引いた。
「ここは会議の場だ。剣王の頂点に立つ者としてお前に命じる。今は大人しくしていろ、ロザレナ」
「あたしがあんたの命令を聞くとでも思っているの? あたしは……自分のメイド以外……誰の命令にも従わないわ。言っておくけど、あたしはあんたと同格よ、グレイレウス。指図は受けないわ。あたしはやりたいようにやらせてもらう」
「……やはり……剣王をまとめる上では、お前が一番厄介だな、ロザレナ」
二人はお互いに殺気をむき出しにして、睨み合う。
ルナティエはそんな二人の間に立つと、同時に二人の頭を小突いた。
「お馬鹿さんたち。少しは落ち着きなさい」
「むっ!?」「あだっ!」
頭を抑える二人に、ルナティエは続けて開口する。
「グレイレウス。貴方、リーダーとして剣王をまとめるつもりならば、少しは力技以外でまとめる術も覚えた方が良いですわ」
「このイカれた馬鹿女を、力技以外で言うこと聞かせる術があるというのなら、教えて欲しいところだな」
「うぐ、まぁ、確かに……。ロ、ロザレナさんも、悔しいのは分かりますが、いきなりグレイレウスに斬りかからないこと。ここは戦闘の場ではなくってよ。分別を弁えなさい」
「……わかったわ」
ロザレナは大剣を背中の鞘に納めると、そっぽを向く。
ルナティエはため息を吐くと、小声で「アネットさんがここにいなかったのは失敗ですわね」と、愚痴を溢した。
その時。殺伐とした空気の中、会議室にメリアが姿を現した。
「……何、この空気」
「メリア!!」
ロザレナは先ほどまでの様子が嘘のように、メリアへと駆けて行った。
そしてメリアの腕を掴むと、ロザレナは笑みを浮かべる。
「メリア、身体、もう大丈夫なの!?」
「……うん。平気。オリヴィアのおかげで完治した。心配してくれてありがとう、ロザレナ。ロザレナたちには助けられっぱなし、だね」
「あははははは!! メリアが元気になって良かったわ!!」
ロザレナはメリアの背後に立つと、頭に生えている角を掴み、角の間に顔を挟む。
メリアは無表情のまま、されるがまま、口を開いた。
「……何、やってるの」
「ちょうどよく顔を挟めるなぁと思って!!」
「……人の角で、遊ばないで欲しい」
二人が仲良く(?)遊んでいる中、ラピスがパンと手を鳴らした。
「それじゃあ、さっそく会議しようよー! みんな、倒れたテーブルと椅子を元に戻して、席に座って座ってー!」
ラピスの指示に従い、その場にいた全員、テーブルと椅子を直して、席に着く。
円卓のようになっているテーブルに、8人の剣王たちが席に座る。
そこで、十席ある席のうち二つの席が空いていることに、ロザレナは気が付いた。
「あれ? 残りの二つの席は?」
「あ、お兄ちゃん……アレフレッドなら、もうすぐ来ると思うよ」
ジェシカがそう言ったのと同時に、扉を開けて、部屋の中にアレフレッドが入って来る。
「え、えらい目にあった……成り行きはよく覚えてはいないが……」
ジェシカは即座に席を立つと、アレフレッドの目を布で縛り、腕を引っ張って席へと連れて行く。
「む、な、何をするんだ、ジェシカ!?」
「これ以上、身内の恥を晒したくないから。はぁ……新しい剣王は女の子ばかりだから、これから先のお兄ちゃんのお世話、私がしないといけなくなるのかな……」
「はっはっはっ。まったく、何を言っているんだ、ジェシカは。俺は良い年をした大人なのだから、世話などいらんぞ?」
「女の子見るたびに鼻血出してたら困るって言ってるの!!」
「ロックベルト兄妹も……なかなか大変みたいね……」
ロザレナは呆れた様子でジェシカたちを見つめて、そう口にした後。
残る一つの席へと目を向けた。
「……あとは、キールケの奴だけだけど……あいつ、まだ学園でシュゼットと戦ってるのかしら?」
「放っておいて良いと思いますわ。後でロザレナさんからキールケに内容を伝えておけば問題ないでしょう」
「はぁ!? 何であたしなのよ!?」
「ここにいる剣王のメンツを見てみなさい。この場に……あのキールケとまともに会話できる人間が、貴方以外にいて?」
ルナティエの言葉に、ロザレナはキョロキョロと全員の顔を見まわした後、眉間に皺を寄せる。
「あたしだって、別に、あいつと仲良しというわけじゃないんだけど」
「でも貴方、剣王試験の第二次試験で、あの子と手を組んでいたでしょう? あの性格最悪な子とまともに話をできるのなんて、貴方しかいませんわよ」
「……納得いかない」
ロザレナは「はぁ」とため息を吐く。
そんな彼女を一瞥した後、ラピスは、グレイレウスに声をかけた。
「それで、グレイくん。剣王全員に召集をかけた理由って何かなー?」
「これだ」
グレイレウスは目の前に置いてある羊皮紙を手に持つと、広げて、全員に見せる。
そこには、こう書かれていた。
―――次代の聖王を決める戦い、巡礼の儀の開催日程とルールについて。
巡礼の儀の開催日は、12月1日とする。
王子とその従者たちは、王国、帝国、共和国にある、セレーネ教と縁のある祠を巡り、王家の紋章の欠片を集めてもらう。
四つの祠にある紋章を全て揃え、形にし、王国に持ち帰ることができた王子を、次代の聖王と認める。
期間は12月10日まで。
もし王子全員が形にすることができなくとも、期間内に王国へと帰還し、より多くの紋章を持ち帰った者にも、聖王の称号を与える。
候補者は、以下の五名と定める。
・ジュリアン王子
・ジークハルト王子
・エステリアル王女
・フレーチェル王女
・ミレーナ王女
巡礼の儀までに死亡が確認された王女は、失格とする。
生きて帰還した後、敗北が確定した候補者は、王族の位を剥奪する。
四つの祠には四大騎士公の血で扉が開く仕様となっており、各候補者は四大騎士公の配下を集めることを推奨する。
女神アルテミスの名の元に、数千年続く公正な儀式の元、新たな聖王が生まれることを願う。
聖女。
「巡礼の儀、か……。そっか、聖王様も亡くなってしまったから、ついに次代の王を決める戦いが始まるんだね……」
ラピスはそう口にして、複雑そうな面持ちを浮かべる。
「というか、よくそんな聖女からの書簡を手に入れることができたわね、グレイレウス。それ、まだ世間に回っていない情報でしょう? どうやって手に入れたのよ」
「ジークハルトがオレに処分してくれと、満月亭で渡してきた」
「あー、あの王子様か。というか、あいつもよくそんなものを簡単に他人に渡すわね」
ロザレナのその言葉に、隣に座っていたルナティエは顎に手を当てて、口を開く。
「……敢えて、この情報を剣王に共有させるために、グレイレウスに渡したという線もありそうですが……」
「何か言った? ルナティエ?」
「……いいえ、何でもありませんわ。それで? その情報をわたくしたち剣王に共有させて、何がしたいんですの? グレイレウス」
ルナティエの言葉に頷いた後、グレイレウスは全院に向けて口を開く。
「ここで一度、はっきりとさせておこうと思ってな。お前たちは……今、どこかの王子の陣営に所属している者はいるのか?」
グレイレウスのその言葉に、剣王たち全員に、緊張が走る。
そんな剣呑とした空気の中、ヒルデガルトが手を挙げて開口した。
「あのさー、それ、みんなで共有して何か意味あるの? もし各剣王に推しの王子がいたとしてさ、改めてお互いを敵であるかどうかを認識するだけなんじゃない? というか、普通、いたとしてもこの場で話さなくない?」
「そうだな。だが、改めて問いを投げる必要がある。それは―――」
「以前起こったベルゼブブ騒動のように、もし何らかのアクシデントが起こった場合、王子の味方をするのか、それとも剣王の立場を優先するのか、はっきりさせておきたい……ということですわよね? 敵になるかもしれない人物と、一緒に仕事なんてできませんもの」
「その通りだ。オレは、この場にどういった思想を持つ剣士がいるのか、リーダーとして予め把握しておかなければならない。別に、嘘を吐いても構わん。だが……オレは人の嘘を見抜くことに関しては自信がある。今から一人ずつ、問いを投げていく。なるべく、正直に答えてもらおう。……ロザレナ」
「あたしはどこの王子様の陣営にも付いていないわよ。まぁ、エステルは友達だけど」
「は? エステル……? 誰ですの、それ」
「あー、えっと、エステリアル、だっけ? あの子の本名?」
「は? 貴方……エステリアル王女と知り合いなんですのぉぉぉぉぉぉぉ!?」
机に手を叩きつけて、驚きの声を上げるルナティエ。
グレイレウスは「はぁ」と大きくため息を吐き、口を開く。
「以前、ロザレナが、幼馴染である王女と会ったことを夕食で話していたと思うが?」
「わたくし、その場にいませんわよ!!」
「あぁ、まだ、お前が満月亭に入る前のことだったか。まぁ、良い。詳しく知りたいのならば、後でロザレナの奴に話を聞け。それで、ルナティエ? お前は、どこかの王子の陣営に付いていたりするのか?」
「いいえ。あることで、ミレーナ陣営の……ミレーナ陣営って言うのも何か変な気もしますが……あそこの剣神ヴィンセントに助力していただいたことはありますが、明確にどこかの王子の陣営に付いたりはしていませんわ。フランシア家も同様です」
「そうか」
「疑ったりしませんの?」
「お前たち二人を疑うことはしない。次、ジェシカ」
「え、私? 私は……王族なんて、雲の上の話だからなぁ〜。お兄ちゃんもそうだよね?」
「あぁ、そうだな。ロックベルト家は祖父の代で成り上がりはしたものの、平民の出だからな。祖父も、王家のゴタゴタに関わる気はないようだ。無論、俺たちもだ。それよりも……ジェシカ、目に巻いている布を取って欲しいのだが……何も見えん」
「ロックベルト兄妹は、どこにも付く気はない、と。次、ヒルデガルト」
「あ、あーし? あーしは……ぶっちゃけると、親友のお母さんの病気を治すために、ミレーナ陣営のヴィンセントさんとは、深く関わっちゃってるんだよねー……。でも、あそこは既にバルトシュタイン家のヴィンセントさんがいるから、あーしの血なんて、いらないと思うけど……今のところ、巡礼の儀で手助けして欲しいとも言われてないし、あーし自身、どこの陣営にも付く気はないから、保留ってカンジかな?」
「そうか。次、メリア」
「……私が、王族に歓迎されると思う? 先の剣王試験では、ジュリアン陣営のルクスに毒薬飲まされた。私は彼らにとって目の上の瘤」
「それもそうか。聞くだけ無駄だな」
「……何か、失礼。不愉快」
「次、クローディア」
「わ、わわわわ、私ですかぁ!? あの、その、私は、自分のこの病気……二重人格と付き合っていくだけで精一杯といいますか……本音を言いますと、王子なんて興味がないと言いますか……奈落出身としては、誰が王になってもどうせろくでもない世界になると思いますし……」
「ちょーちょー、クロちゃん、それ、ルクスがこの場にいたら、斬られてもおかしくない発言だよー?」
「あわわわわ! そうでした! あの、今のなしで。私は王族に興味の欠片もありませんので……」
クローディアはそう言って、縮こまる。
そんなクローディアを見て「あはは」と笑うラピスに、グレイレウスは声を掛けた。
「最後に……お前はどこかの王子の陣営に付いているのか? ラピス」
「え、あ、もうラピスの番? 私はどの王子にも付いてないよーみんなと一緒」
「……」
「え? 何、そんなにジッと見つめちゃって? やーん、もしかして、ラピスってば、グレイくんに狙われちゃってる? 可愛いのも罪かなぁ」
「グレイレウス?」
ルナティエが、訝しげな顔をして、グレイレウスを見つめる。
グレイレウスは目を伏せて頭を振ると、開口した。
「いや……こいつはマイスの女版だと、そう思っただけだ」
「あー、確かにねー。何かマイスっぽいかも」
「マイス、っぽい……」
その発言に、ルナティエは思案する様子を見せたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
俺は、フレーチェルの配下であるグリウスに連れられて、人気のない路地裏の、ある建物の前へと連れて来られた。
グリウスは周囲に誰もいないことを確認すると、コンコンとドアをノックした。
「……フレーチェル殿下。俺です。グリウスです」
「入りなさい」
「はっ」
グリウスは扉を開けて、俺に中へ入るよう促す。
俺はグリウスに会釈した後、建物の中へと入った。
するとそこには……テーブル席に座っている、眼帯を付けた長い髪の少女の姿があった。
その少女は俺と目が合うと、ニコリと笑みを浮かべた。
「お久しぶりですね、先代オフィアーヌ伯」
「え……? どなた……ですか?」
「え? もしかして、私のことをお忘れになったのですか? フレーチェルなのですが……そんなに私って影薄かったかしら……」
顎に手を当てて、困ったように首を傾げる少女。
俺は、思わず混乱してしまう。目の前の少女と、あのフレーチェル王女の姿が、合致しなかったからだ。
「フレーチェル王女、なのですか? 髪は……ツインテールだったのでは?」
「あぁ、あれはやめました。子供っぽいですし」
「ですわ口調、は……?」
「やめました。よくよく考えると、馬鹿っぽいですし。王族や貴族ってどうして、口調にこだわるのでしょうね」
ルナティエ……いや、なんでもない。
「その眼帯は……?」
「これは……馬鹿だった私と決別した時に付いた傷であり、私を庇ってくれた騎士を忘れないようにするための戒めです。別に、見えないわけではないのですよ。ただ、損傷が大きく、弱視になってしまいました」
そう口にしてフレーチェルは眼帯を外し、自分の目を俺に見せてくる。
その目は白く白濁しており、目元には、鋭利な傷跡が残っていた。
彼女は眼帯を元に戻し、続けて口を開く。
「完全に目が潰れているわけでもないので、王宮に帰れば、もしかしたら修道士に治癒していただけるかもしれませんが……例え治せたとしても、この傷を治癒するつもりはありません。この傷は、私が生きた証。そして戒めでもある。別段、片目が見えているので問題はないのですよ。今は私の目よりも、向き合わなければならない現実がありますから」
そう言って深く息を吐き出すと、フレーチェルは俺の目をまっすぐと見つめてくる。
「先代オフィアーヌ伯の言っていたことが、理解できました。この王国には、地獄がある。貴方の仰る通り、聖王国は、人々が幸せに暮らせる国などではなかった。私は、直に奈落の掃き溜めを見てきました。そしてそこで暮らす人々が、生きることも精一杯であるのだと、理解しました」
「フレーチェル殿下……」
「さぁ、座ってください、先代オフィアーヌ伯。私は貴方とこうして、またお話ししてみたかったのです」
「……」
俺は、椅子に着席する。
するとフレーチェルは、悲しそうに目を伏せた。
「この国をこんな状態のまま放置してきたのは、我が父です。そして父の意思を引き継ぎ、兄も、この国をまた地獄にしようとしている」
「お気付きになられたのですね。今のこの国の現状に」
「はい。セレーネ教というものが、人をうまく動かすための組織であることも。奈落の人々が、バルトシュタイン家によって谷底に閉じ込められ、家畜のような扱いを受けているのも。全て、気付きました。私は……本当に馬鹿でした。ただ目を塞ぎ、城の中で、都合の良いことばかりを聞いて育ってきたのですから」
この少女は……本当にあの、フレーチェルなのか?
先月会った時とは、まるで別人だ。
「きっと、変えるのならば……巡礼の儀が始まる前の、今しかない。私は、決めました。正しき聖王となり、民を正しき世界に導いてみせると」
「フレーチェル殿下は、今の体制を壊そうとは思っていないのですか? 例えば、王政や貴族制を廃止したり、セレーネ教を廃止したり」
「いいえ。私は、国を運営するシステムが悪いとは思っていません。第一、大きく国を変えようとすれば、きっと人々は混乱するはずですから。私が問題と感じているのは、上に立つ人間の存在です。王は必要ですよ。だって、導く者がいなければ、人は何に縋って生きれば良いのかわかりませんから。今現在セレーネ教が、その縋る対象になっているように」
ヴィンセントやエステルとはまた、違った思想を持っているようだ。
ヴィンセントは王政・貴族制を廃止し、民主制の元に国を導こうとしている。
エステルは大陸全ての国を統一し、唯一の王になることで、争いを無くそうとしている。
フレーチェルは……国の体制はそのままに、権力者たちを正しい思想を持っているものたちに変えたいと……そう思っているわけか。
いや、彼女の考えも間違ってはいない。
どちらかというとヴィンセントに近い、平和的な思想の持ち主だ。
ジュリアンやエステルよりは、まともな聖王になるかもしれない。
ただ……彼女にその理想を達成できる力があるのかは、まだ、不透明なところだが。
「先代オフィアーヌ伯。改めて、お願い致します。私と共に、巡礼の儀に参加していただけないでしょうか? 私は、私が変わるきっかけをくださった、貴方と共にこの国を変えたいのです」
「……フレーチェル殿下。貴方の理想は理解いたしました。ですが……国を変えるのには、力が必要です。果たして貴方はジュリアン王子、エステリアル王女、ミレーナ王女と戦う力があるのでしょうか? ジュリアンにはゴーヴェンが、エステリアルには剣神ジェネディクトが、ミレーナには剣神ヴィンセントが付いています。ですが、貴方には……その、グリウスという騎士しかいません」
「……」
「理想を叶えるためにも、力が必要です。戦うための力が」
「私の元に来てくれた四大騎士公の剣士は……実は、既にいるんです」
「え?」
「ですが、その人は、何と言うか……私の思想に共感したというわけではなく……」
その時。フレーチェルの背後にある扉が開き、そこから、見覚えのある一人の少女が姿を現した。
「あれぇ? 何でロザレナのところの子豚がここにいるの?」
「……え? キールケ……?」
「はぁ? 何呼び捨てにしてるの? 子豚。殺すよ?」
フレーチェルの背後から現れたのは……何と、キールケだった。
キールケの姿を見たフレーチェルは、声を張りあげる。
「あの、キールケさん。私が先代オフィアーヌ伯と話している間は出て来ないで欲しいとあれほど……」
「はぁ? お前に指図されるつもりはないんだけど、子豚」
「キールケ、てめぇ……姫さんを侮辱する気なら……!」
「黙ってなよ、グリウス。またキールケちゃんにボコボコにされたいわけ?」
剣を抜こうとするグリウスを、クスクスと嘲笑うキールケ。
俺はそんなキールケに、疑問を投げる。
「あの……キールケ様って、確か、ジュリアン陣営にいたはずでは……?」
「あぁ、あれ? やめた。だってジュリアンうざいし……じゃなかった。それもあるけど、違くて、どうせだったらバルトシュタインの人間が誰も付いていない陣営に付いた方が面白くない? ジュリアンに付いているお父様と、ミレーナに付いているヴィンセント兄様。そして、エステリアルに付いているジェネディクト叔父様。ハハハハハ! だったらキールケちゃんはフレーチェルに付いて勝利するしかないよねぇ? 私がバルトシュタイン家の当主になるためには!!」
「あ、あの、私はまだ、バルトシュタイン家の次代当主にキールケさんを付けるとは言っていないのですが……」
「はぁ? 私の誘いを断ることなんてできないでしょ? まっ、安心しなさい。このキールケちゃんがいるんだから、あんたの勝利は確実よ、フレーチェル」
何と言うか……絵面だけ見ると、可愛い少女たちが組んだみたいな構図だが……というかフレーチェルはあまり歓迎していない様子だが……大丈夫なのかな、この陣営……王女よりも配下のキールケの方が偉そうなんだが……。




