第32話 元剣聖のメイドのおっさん、お嬢様を本気で鍛え上げる。
「あの、一連の流れ・・・・・本当にただ運が良かっただけの、偶然なのか?」
中庭で起きたアネットとディクソンの模擬戦を見て、グレイレウスは顎に手を当て考え込む。
自分のように違和感の感じた者がいないかと周囲を確認してみるが、そこにいるのはただ目の前で起きた奇跡的な偶然に、笑い声を上げる観衆たちの姿だけだった。
そんな光景にフンと見下すように鼻を鳴らすと、グレイレウスは灰色がかった黒い瞳で、ロザレナと共に去って行くメイド服の少女の背中へと視線を向ける。
「・・・・そういえば、あのメイドの女は、オレの木人形が破壊されていたあの現場に居たのだったな」
そして踵を返した後、「・・・・まさかな」と呟くと、彼はその場を後にした。
放課後。
ロザレナと共に満月亭に帰ろうと、校庭を歩いている最中。
突如、背後から、聞き覚えのある元気いっぱいな声に話しかけられた。
「二人ともー--っ!! 一緒に帰ろー--っ!!!!」
「わっ、ちょっ、ジェシカ!?」
後ろから飛びかかられ、ロザレナは驚いた顔で振り向き、自分の背中に抱き着いたジェシカへと視線を向ける。
そんな背中に張り付いたお団子頭の少女はえへへと照れたように笑うと、ロザレナから離れ、後頭部をポリポリと掻いた。
「ごめん、馴れ馴れしかったかな?」
「い、いえ、そんなことはないけれど・・・・。少し、びっくりしただけだわ」
「本当? 良かったぁ! 私ね、今、ロザレナとアネットしか同級生の友達いないからさ。ロザレナに嫌われたかなと思ったら、ちょっとドキドキしちゃったよ!」
そう呟く彼女の顔は、珍しく何処か寂し気な表情をしていた。
俺はそんな普段とは異なった彼女の様子に、思わず、気になったことを質問してしまう。
「そうなんですか? ジェシカさんは社交的なので、すぐお友達ができそうだと思うのですが?」
「いやー・・・・実は、私、鷲獅子クラスで新しい友達作れてないからさー・・・・。この学校だとロザレナとアネットの二人しか、まだ友達がいないんだよぉ・・・・。だから、また一緒に帰ってくれると嬉しいなぁ」
「そうなの? まぁ、あたしも似たようなものよ。黒狼クラスにアネットがいなかったら、友達なんて誰もいないわ。それに、もうみんな仲の良い子で固まっちゃってる感じだし」
「そうですね・・・・。この学校は貴族の子息の方が多いですからね。親同士の繋がりで幼少時から社交場などで会ったことがある方々が、入学前からすでにグループを作っていらっしゃったのかもしれません。ですから、新しく友人を作ろうと思うと、結構難しいのかもしれませんね」
「やっぱ、そうだよねー・・・・。うーん、私、『剣神』の孫というだけで、身分はただの庶民だからさぁ。貴族の人たちとはどう接して良いのか分からないんだよぉ・・・・」
そんな彼女の言葉に、ロザレナはクスリと笑みを浮かべる。
「あら? 私、これでも一応貴族なのだけれど?」
「あっ! そ、そういえばそうだったっ・・・・!! いや、何というか、他の貴族の子たちと違って、ロザレナはすっごく話しやすいんだよ!! だって、鷲獅子クラスの子たち、お茶の話なんかを私に振ってくるんだよ!? そんなの私、全然分からないもん!!」
「フフッ、紅茶を嗜む貴族の方は多いですからね。でも、そういえば・・・・ロザレナお嬢様はお茶の作法なんてまったく知らずに、幼少時から茶器をコップのように持ってガブ飲みしていましたよね?」
「う、うっさいわねぇ。そんなこと今バラす必要ないでしょ! まったく、相も変わらず性格が悪いのだから・・・・・!!」
そう言ってフゥとため息を吐くと、ロザレナは、何処か気落ち気味のジェシカに優しく声を掛ける。
「ジェシカ。今からあたしと、特訓をしない?」
「えっ? 特訓?」
「そう。ほら、あたしってあと5日後、あの金髪ドリル女と決闘しなければならないでしょ? だから、そのための体力作りをしておきたいの」
「今朝の階段の時のように?」
「そうそう。だから、何処かで一緒に走ってから帰りましょう?」
「あっ・・・・・。う、うんっ!! そうだねっ!! 走ろうっ!! ロザレナが決闘に勝つために、私も一緒に特訓に付き合うよっ!!」
ロザレナの言葉に、パァッと顔を輝かせるジェシカ。
何となく、この二人は良いコンビになりそうな予感があるな。
まっすぐで曲がった事の大嫌いなロザレナと、天真爛漫で元気いっぱいなジェシカ。
性格的に見れば、非常に相性は良さそうだ。
お嬢様が俺みたいな似非少女ではなく、本物の女の子のお友達ができて、おじさんは凄く嬉しいです。
記念に二人の写真を撮ってアルバムを作りたいレベルです。ぐすん。
「じゃっ、あたし、ジェシカと何処かで走ってから帰るからー---って、何泣いてんのよ、アネット」
「グスッ。我が子の成長に少々涙を」
可愛がっていた子供に初めてのお友達ができると、父親(偽)って感動して涙が出るんだなぁと、元剣聖のおじさんはそう思いました。まる。
深夜。午前0時。
満月亭の寮生が全員自室に入って就寝したのを見計らって、俺とロザレナは寮を抜け出し、修練場に来ていた。
これから五日間、俺は本気でロザレナを鍛え上げる。
本来であれば、基本となる型をじっくり鍛えながら、セオリー通りの剣技を教えていくところだが・・・・。
最早、そんな時間も猶予もない。
だから、俺はこれから先、ロザレナには荒療治のようなキッツイ修行を課さなければならないのだ。
「えいっ!! えいっ!! えいっ!!」
人の気配のないしんと静まり返った修練場で、ロザレナの剣を振る風切り音だけが周囲に鳴り響いていく。
俺は目の前で『唐竹』の素振りを行う彼女に、静かに声を掛けた。
「お嬢様、素振りはもう結構です」
「え? そ、そう?」
そう言ってこちらに振り返ると、彼女は袖で額の汗を拭い、ふぅと大きく息を吐く。
そしてその後、小首を傾げて、俺に疑問の声を投げてきた。
「ねぇ、アネット。前は他の型も練習すべきだと言っていたわよね? 何で昨日急に、『唐竹』だけを練習するようにって、あたしに言ってきたわけ?」
「お嬢様。貴方が修道院に行って5年間、培われてきたものはいったい何ですか?」
「ええと・・・・信仰系魔法と、『唐竹』の素振り・・・・?」
「その通りです。決闘までのたった5日・・・・その少ない日数でそれ以外のものを得ようとするなど、それは単なる付け焼刃にすぎません。相手が基礎をしっかり学んでいる剣士ならば尚更です。今更、通常通りのセオリーで相手に勝とうというのは甚だ無理な話なのです」
「通常通りのセオリー? えっ、じゃあ、あたしはどうやってあのドリル女に勝つというの? 魔法・・・・とかで? でもあたし、信仰系魔法で覚えてるの治癒魔法だけよ?」
「いいえ、そうではありません。お嬢様には今から・・・・・身体で私の速さを覚えて貰います」
「え? 身体でアネットの速さを覚える・・・・? そ、それはどういうことなの?」
「頭を守るようにして木剣を構えてください。ほんの少し程度力を出します」
「えっ? いや、ちょ、まっー-----」
俺は愛剣箒丸二世を構え、跳躍し・・・・・大上段の振り降ろし、『唐竹』をロザレナに放つ。
脳天を狙ったその一撃は、ロザレナがギリギリで構えた木剣に当たり、防がれた。
だがしかし、その木剣は反動でロザレナの額に直撃し、威力を殺しきれなかった彼女は後方へと吹き飛ばされて行った。
土煙の中、倒れ伏したロザレナはゴホゴホと咳をしながら、上体を起こす。
「立ってください、お嬢様」
俺のその冷徹な一言に、ロザレナはガクガクと身体を震わせて、こちらに視線を向けて来た。
そして額から流れる血に手で触れると、赤く染まった掌を見て、彼女は怯えるような顔をして口を開く。
「な、何を、やっているの、アネット・・・・。い、今の、完全に、あたしを殺すつもりだったんじゃ・・・・」
「いいえ。死なない程度には加減しました。直撃したとしても、大怪我程度で済んだでしょうね」
「大怪我程度って、あ、貴方っ・・・・・!!」
「何をしているんですか、立ってください」
「え?」
「今のお嬢様は分水嶺に立っていることを御自覚ください。フランシア家の令嬢に倒され、『剣聖』の夢を閉ざすか、それともこの私と剣を打ち合って、勝利を掴むか。どちらかです」
「アネッ・・・・ト・・・・・?」
その顔は、俺が最も彼女にはして欲しくは無かった、『俺に対する恐怖の表情』だった。
だけど、彼女を勝たせるためには、俺は鬼にならなければならない。
今ここで俺は彼女を単なる『令嬢』から一端の『剣士』にするべく、メイドのアネット・イークウェスではなく、剣聖のアーノイック・ブルシュトロームとして、彼女の甘さを完全に捨てさせなければならない。
俺は大きく息を吐き、肩に箒を乗せると、怯えるロザレナへと鋭い目を向ける。
「ー-----おい、お前があの女と戦うことを決めたんだろ、ロザレナ。だったら早く立て」
「・・・・・・・・・・・・・」
「昨日約束した通り、俺がお前を必ず勝たせてやる。だから、そのためにはさっさと立ちやがれ。そして死にもの狂いで俺の剣を受け止めてみせろ。剣士として生きたいのならば、ここで甘さを捨てて、今、お前の本性を見せてみせろ。・・・・何をボサッとしてやがる、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!!!」
彼女の内に宿るのは、頂だけを見据える、貪欲で獰猛な獣。
相手が決して手の届かないであろうルナティエだろうとも、襲い掛かり、牙を向く。
今までは戦場という窮地に陥ったことがなかった故に、その獣は檻の中で囚われていたが・・・・。
俺は今ここで、彼女のその瞳に宿る獰猛な獣の心を、無理矢理解き放つ。
「な、生意気なメイド、ね・・・・だ、誰に対して、そんな乱暴な言葉を、つ、使っているのかしら・・・・」
額から血を流しながらも、膝をガクガクと震わせながらも、ロザレナは木剣を杖替わりにして立ち上がる。
そしてまっすぐと、紅い目で俺を見据え、彼女は木剣を額の上に構えた。
「・・・・・・・・・・来なさい、アネット」
その声を聞いて頷くと、俺は再び跳躍し、大上段からの振り降ろし、『唐竹』を放った。
またもやその剣の威力を殺しきれなかったロザレナは、後方へと吹っ飛んでいき、彼女は背中を地面に擦り付けながらゴロゴロと転倒する。
だが、先ほどとは違い、ロザレナは怯えながらも即座に立ち上がった。
そして再び額の上に剣を横にして構え、叫ぶ。
「来なさいっっっ!!!!!!」
そう勇ましく叫んだ彼女に、俺は笑みを浮かべながら、また容赦なく『唐竹』を放っていく。
人は・・・・人間を殺すためだけに造られた剣という武器の怖さを知って、初めて戦士になる。
何度も何度も死の死線を搔い潜り、生きる活路を見つけたその時、戦士は『目』を得ることができる。
この平和ボケした学校の生徒に、戦士としての『目』を持っている奴など、早々居はしないだろう。
俺のこの手から放たれる『唐竹』を受け止め切ったその時、彼女は『目』を持った本物の剣士となる。
その地点に到達できさえすれば、お勉強と称して剣を習っているただの貴族の令嬢など、相手にはならない。
彼女は、一気に多くの騎士候補生のレベルを超えることになる。
「来なさいっ!! アネット!!」
俺は、何度も何度も立ち上がっては、何度も何度も燃えるような紅い瞳で俺を見つめる彼女の姿に、思わずワクワクしてしまった。
こんな感情、愛弟子のリトリシアに剣を教えていた時だって、覚えたことはない。
不思議な、気持ちだ。
俺は・・・・多分、高揚しているんだ。
彼女の、決して消えない燃え盛る炎の灯った紅い瞳に、惹かれているんだ。
散々、悪魔だの魔人だの化け物だの言われてきた俺が、初めての敗北を知り、ただの人間であることをいつの日か誰かが証明してくれるー----その念願だった存在にいつの日か彼女がなってくれるのではないのかと、俺は彼女のその眼を見て、強い期待を抱いてしまっていた。
続きは明日投稿する予定です!
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三日月猫でした! では、また!