第10章 二学期 第313話 剣王試験編ー㉛ 怪物と呼ばれた男
―――――……十六歳の頃、俺は、アレスを倒し【剣聖】の名を継いだ。
災厄級『黒炎龍』を一撃で倒し、街を救った俺は、新たなる【剣聖】、英雄……なんて、そんな呼ばれ方をされることは一切なく。
剣聖となった俺は、王国の民から魔物を見るような目で、化け物と呼ばれた。
怪物を超えた怪物。人間の形をしただけの化け物。全ての生命を脅かす存在。
人知を超える災厄級をも超える、怪物。破壊の王。覇王、と―――。
「はぁはぁ……!」
何とか、咄嗟に闘気でガードしてみせたが……俺の身体は全身痣だらけ、満身創痍となっていた。
うつ伏せに地面に倒れ伏した俺は、顔を上げる。
部屋の奥にいるのは……かつての……全盛期の俺の姿。
二十代半ばの、アーノイック・ブルシュトロームの姿。
いったい何がどうなってこうなったのかが、分からない。
何故、目の前にかつての俺がいるのか。何故、肉体が死に転生した俺が、男性だった前世の時の姿で目の前に立っているのか。
いや……冷静になれ。確か、この部屋に入る前に、石碑を読んだキールケがこう言っていたはずだ。
汝、自分一人で自分と対峙し、己を乗り越え、真の強さを手に入れるべし、と。
恐らくは、あの煙は、己を投影する幻影魔法の一種なのだろう。
己を乗り越えろということは、自分自身の幻影に打ち勝て、ということなのだろうか。
(いや……そうだとしたらおかしい話だ。だって、己を投影するのなら、アネットである今の俺のはずだ。なのに何故、前世の俺……アーノイック・ブルシュトロームが投影されて現れるんだ?)
もしかして姿ではなく、魂を投影するとでもいうのだろうか?
なら何故、全盛期の俺が姿を現すんだ? わけがわからねぇ。
そうこう考えている内に、幻影のアーノイック・ブルシュトロームが俺の前に立った。
そして奴は青狼刀を上段に構える。
「おまっ……なんつー容赦ねぇことを……!」
『【覇王剣】』
上段に振った青狼刀が振り降ろされ、俺に向かって、視界いっぱいに斬撃が放たれる。
俺は【瞬間脚】を使用して【覇王剣】を逃れようとしてみせたが……避けれるわけがなかった。
だって、全盛期の俺の【覇王剣】は、今の俺の【覇王剣】とは訳が違う。
山を割り、海を割る。それが、アーノイック・ブルシュトロームの【覇王剣】だからだ。
全てを―――一瞬にして、消し去る威力を持っている。
「……うそ、だろ……?」
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!
巨大な音が鳴り響き、全てが消し飛ばされる。
「かはっ……!」
俺は血を吐き出し、その威力に為す術もなく、壁に叩きつけられる。
するとそれと同時に煙と幻影は消え去り、後ろにある扉の鍵が開錠された。
つまり……勝敗は喫したということ。試練は失敗、来た道を引き返して戻れということ。
「くそっ……たれ、が……っ!」
……分かってはいた。今の俺とアーノイック・ブルシュトロームには、絶望的なまでの差があるということは。
最強の剣聖【覇王剣】アーノイック・ブルシュトロームと、美少女メイドであるアネット・イークウェスの能力は、大きく乖離している。
肉体的能力差も勿論あるが、闘気の量が、そもそも異なる。
俺の【覇王剣】では、山や海を割ることはできない。
俺の【覇王剣】の威力は、せいぜい城を割る程度のものだろう。
いや……待てよ? 何故、前世の俺が全力で【覇王剣】を使っているのに、この洞窟は壊れていないんだ?
起き上がり、周囲をキョロキョロと見回してみるが……どこも壊れてなどいない。
いや、それどころか、先ほどまで全身に傷を負っていたというのに、俺の身体にはダメージが残っていなかった。強いて言うなら、壁に叩きつけられた時の背中が痛む程度だろうか。
「この幻影魔法で投影された者の攻撃は……魔法解除後には、残らない……いや、俺の脳が敵が現れて、ダメージを負ったと認識しているだけで、本当は何も起こっていない、ということか?」
とはいえ、見た目は傷を負っていないとしても、脳が勘違いしてしまっているため、身体はズキズキと痛んでいた。
俺は痛む身体を持ち上げ、再び、石碑の前へと歩いて行く。
「自分を乗り越えろ、か……」
本来、オフィアーヌ家の当主となる者はこの試練を受けていたはずだ。
なら……俺も乗り越えなきゃいけないのかもな。
俺は再び、石碑に手を当てた。
すると煙が舞い、背後の扉に鍵がかかって……俺の目の前に、アーノイック・ブルシュトロームが姿を現すのだった。
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「ラピス。キリシュタットがお前に修理させた魔道具というのは、具体的にはいったいどういうものだったんだ?」
山頂にある野営地。
焚火の傍で座り込み、マグカップを両手に持っていたラピスに対して、ルクスがそう声を掛ける。
ルクスのその言葉に、ラピスはマグカップに入っているお茶をズズズと飲んだ後、言葉を返した。
「過去で一番強かった頃の自分を投影して、幻影として出力させる魔道具みたいだよ。使用者の記憶に干渉して、その姿を投影させるみたい」
「ただでさえ疲弊している受験者に対して、容赦の無い魔道具だな」
「そうだねー。でも、投影されるのは自分自身だからさ。自分の癖とか苦手なところを見極めることができたら、攻略することは難しくないかも。投影される幻影体も、受験者レベルだしね。難易度は高いけど、不可能ってレベルでもないんじゃないかなー」
「まぁ……それもそうだな。強者である程、幻影体は強くなり厄介になるだろうが……所詮は受験者相手の試練。受験者レベル同士が戦うのなら、問題は何もない、か」
「あと、その魔道具が仕掛けられている部屋は、この山頂に辿り着くための四つのルートの内のひとつにしかないから。他のルートは、みんなで話し合った通り、普通の仕掛けのままのはずだよ」
「ひとつのルートは、ハズレというわけか。あの男の面白半分で勝手な行動をするのにはほとほと困り果てたものだ」
そう言ってため息を吐くルクス。
そんな二人の前に――――――ある人物が姿を現した。
「……フン。どうやら、オレが一番乗りのようだな」
「は……?」「え……?」
驚き、硬直するルクスとラピスの前に現れたのは……マフラーを風に靡かせる、グレイレウスだった。
グレイレウスは、驚き声を失っている二人に対して、声を掛ける。
「おい。これでオレは、第二次試験合格ということで良いのか?」
「なっ……こ、こんなに早く……お、お前……本当に、ネックレスを三つ集め終わったのか!?」
「当たり前だろう」
グレイレウスは懐から三つのネックレスを取り出すと、それをルクスの前に放り投げた。
そして彼は腕を組み、口を開く。
「これで十分か?」
「……グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス。お前を、第二次試験合格者として認めよう」
「フン」
「ご、合格者の人は、専用のテントがあるので、そっちに……」
ラピスが立ち上がりグレイレウスを案内しようとした、その時。
ルクスがグレイレウスの前に立ち、声を掛けた。
「ひとつ、質問がある。お前たち箒星という門下は、いったい何なんだ? 何故、無名のお前たちが、他の受験者たちと乖離した実力を持っている? お前たちの師はいったい誰だ。剣神の誰かなのか? 答えろ」
「何故、オレがお前の疑問に答えなければならない?」
「お前……少し、態度が大きすぎるのではないのか?」
ルクスはグレイレウスに詰め寄ると、鋭い眼光を見せる。
「私は【剣王】二番手、『聖剣』ルクス・アークライト・メリリアナだぞ? お前はまだ、一受験者にすぎない。もしお前が【剣王】になった時に、私とお前は同僚となる。そうなった時に、上下関係は学んでおいた方が良いと思うが?」
「フン。くだらん。【剣王】だから、何だと言うのだ? そんな地位に、オレは固執するつもりはない。悪いがオレは、自分が尊敬する人間にしか、敬う気持ちは持てない」
「貴様……! どうやら今回の試験のルーキーは、随分と生意気な奴が多いようだな……!」
険悪な雰囲気を見せるルクス。
そんな彼の横を通り過ぎて、グレイレウスはラピスの後をついて行くのだった。
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「【瞬閃脚】」
「【覇王剣】」
俺は事前に動きを予知して、幻影体アーノイックが上段に剣を構える前に【瞬閃脚】を発動させてその場を離れる。
すると、先ほどまで自分が立っていた場所に巨大な斬撃が飛んでいき……爆発音が鳴り響き、土煙を巻き上げた。
元は自分だ。その動きを読むこと自体は容易い。
そもそも、上段の剣には隙が多い。その弱点を知らない俺ではない。
(恐らく、俺の記憶上にある過去のアーノイック・ブルシュトロームを投影した幻影体なのだろうが……所詮は幻の産物。どちらが脳みそのある本体なのか、分からせてやるぜ)
正直に言うと、ここは退くべきだと、脳内でもう一人の自分が警鐘を鳴らしていた。
自分で言うのも何だが、俺の知る過去のアーノイック・ブルシュトロームは、比類なき最強の剣士だった。
俺の知る剣士の中で、俺が勝てない剣士を挙げるとするのなら、間違いなく前世の俺と答えるだろう。
俺が今まで戦ってきた、どんな人物よりも、過去の俺は強い。
ジェネディクトよりも、リーゼロッテよりも、暴食の王よりも、アレスよりも、ハインラインよりもゴルドヴァークよりもキュリエールよりもジャストラムよりも―――――ベルゼブブ・クイーンよりも、全盛期の俺の方が圧倒的に強い。
剛剣、速剣、闘気、何を取っても過去の俺に並ぶ存在はいない。
過去の俺より強い存在など、何処にもいない。
それが、アーノイック・ブルシュトロームという剣聖だ。
俺は、【瞬閃脚】を使用して幻影体の背後へと回る。
そして、その巨大な背中に向けて、箒丸を上段に構えた。
「【覇王―――」
「【瞬閃脚】」
俺が上段に箒丸を振り降ろす前に、アーノイックは姿を掻き消すと、俺の目の前に現れ……俺の腹に、丸太のような腕で拳を叩き込んできた。
「ぐはっ!?」
肺の中の空気を全て吐き出し、呼吸ができなくなった俺は、その場に膝をつく。
そんな俺に対して、アーノイックは上段に青狼刀を構え……刀を振り降ろした。
「【覇王剣】」
その瞬間、視界の全てが吹き飛んでいった。
「……はっ」
目が覚める。
上体を起こすと、そこは、試練の部屋の中。
煙は消え去り、アーノイック・ブルシュトロームの姿はなくなっていた。
俺は、幻肢痛が残る身体を無理矢理動かし、立ち上がると、石碑の前に立つ。
二度目の敗北。アネットの身体が、悲鳴を上げている。
この身じゃ、奴には勝てないと―――――そう、訴えてくる。
俺はそんな身体の悲鳴を無視して、再び石碑の窪みに手を嵌めた。
その瞬間、周囲に紫色の煙が舞い……幻影体のアーノイック・ブルシュトロームが姿を現す。
俺の目的は、第二次試験までお嬢様をお見守りすること。
ここで幻影体を打ち破ったところで、大した意味はない。
この試練に挑むのを止めて、引き返し、第二次試験の終了を待った方が得策だろう。
だが……本当に、そのままで、良いのだろうか?
この先、過去の俺以上に強い存在が現れないとは言いきれないろう。
暴食の王も、ベルゼブブ・クイーンも。
災厄級の魔物は、過去の俺に届き得る強さ、邪悪な能力を持っていた。
もし、暴食の王がハインラインやジャストラムを喰い殺していたとしたら。
もし、ベルゼブブ・クイーンが、俺の【覇王剣】の耐性を得ることができていたのなら。
戦況は、おおいに変わっていた可能性もあり得る。
災厄級というのは、それほどの可能性を秘めていた相手だった。
普通、災厄級の魔物が出現するのは、数百年に一度と言われている。
なのに、このペースは、異常な事態だ。次、また災厄級が現れてもおかしくはない。
ならば……弟子だけに修行を強いるわけにはいかない。
俺自身も、強くなる必要性がある。
弟子たちが立派な剣士となり、これからの世代を彼らに託すまで、俺は、みんなを守る強さがいる。
「過去の自分自身に挑む。これも、良い機会だな」
生憎、この部屋は試練が始まれば出口が封鎖される仕組みとなっている。
この戦いを目撃する者は、誰もいない。
思う存分、自分自身と戦い合えるというわけだ。
「いいぜ。思う存分、やりあうとしようじゃないか、最強の剣聖」
俺は箒丸をブンブンと振り回し、構える。
魔法剣縛りは、この最後の試練で終幕だ。
俺はここで、怪物と呼ばれた、過去の俺を乗り越える。
この15年で、俺は姿も性格も変わった。
俺はもう、剣聖アーノイック・ブルシュトロームじゃない。
俺は……メイドの、アネット・イークウェスだ。
「【裂風烈波斬】!」
俺は箒丸を逆手に持ち、高速で振ることで、瞬時に斬撃を放つ。
幻影体アーノイックは、それを児戯に等しいと言わんばかりに、右腕で払いのけ、掻き消してみせた。
(おいおいおい……過去の俺、化け物すぎやしねぇか……?)
圧倒的な筋肉と、圧倒的な闘気。
素手だけで斬撃を止めるとか、この身体になって見てみると、改めて化け物だと感じるな、あの男は。
『……』
幻影体アーノイックは、上段に剣を構える。
また開幕【覇王剣】か。あれを止めないことには、先に進めないな。
しかし、【瞬閃脚】を使用して背後に回ったところで、あいつの方が速度は上だ。
さっきみたいに、即座に間合いを詰められて腹パンされて終わりだろう。
「まぁ……何度でも挑めるのなら、攻略法を地力で見つけていくしかないよな」
俺は【瞬閃脚】を使用して、幻影体アーノイックの背後に回る。
そして、上段に構える振りをして……一歩、後ろへと下がった。
すると、予測していた通り、俺の腹部に向けて拳が放たれた。
リーチが足りず、空振る拳。ここまでは良い。問題は、ここからだ。
「【旋風剣】!」
俺は足元に竜巻を起こし、上空へと舞い上がる。
その後、竜巻はアーノイックに襲い掛かるが……またしてもアーノイックは腕を払うことで、竜巻を消し飛ばしてみせた。
そして、奴は、ジロリと俺を見上げる。
こう呼ばれるのは、当時の俺にはトラウマにも等しいものだったが……確かに、あれは、化け物を超えた化け物だ。
俺は上空で箒丸を腰に当て、抜刀の構えを取る。
そして――――――瞬時に箒丸を抜き放ち、世界を斬り裂いた。
「【絶空剣】」
一文字の剣閃が、空間を斬り裂き、アーノイックへと向かって飛んで行く。
【絶空剣】を使用した後、手がビリビリと痛んだが……俺はそれを堪えて、落下しながら、足元に手を向けた。
「氷塊よ、我が盾となれ―――【アイス・ウォール】」
空中で氷の盾を産み出し、俺はそれを足場にして、即座に【瞬閃脚】を発動させる。
踵を数度ぶつけたことで氷の盾は砕け散ったが、元々足場に使用しただけの魔法。問題は何もない。
俺は勢いよく宙をクルクルと旋回し……【絶空剣】がアーノイックに当たるよりも先に、奴の背後へと着地した。
そして、箒丸を上段に構える。
前方から迫り来るのは【絶空剣】、背後からは、俺の【覇王剣】が飛んでくる。
これで―――――奴に、逃げ場はない。終わりだ!
「―――――【烈波斬】」
アーノイックは、青い斬撃を飛ばす。
すると俺の絶空剣は……真っ二つに斬り裂かれた。
俺はその光景を見て、思わず驚き、目を見開いてしまう。
「は……? 【絶空剣】を……【烈波斬】で……?」
【烈波斬】は、威力が低い、遠距離攻撃特化の速剣型の技だ。
何度も斬撃を放つことで、威力が増し、【裂風烈波斬】という技になる。故に、【烈波斬】自体に、攻撃力はない。
それなのに、あいつは……俺の【絶空剣】を、【烈波斬】で止めてみせやがった。
そんなにも……そんなにも、過去の俺と今の俺は……実力差があるというのだろうか……?
俺が困惑していると、アーノイックがジロリと、こちらに目を向けてくる。
俺は即座に箒丸を上段に構えて、振り降ろした。
「【覇王剣】!!!!」
アーノイックへと飛んでいく、全てを消滅させる斬撃。
この至近距離では、逃げ道はない。【瞬閃脚】を使用する時間もない。
しかし、あろうことか幻影体アーノイックは振り返ると、俺の【覇王剣】に対して……腕を伸ばしたのだった。
「いったい、何を……」
『……』
そして、奴は、手のひらを広げ、【覇王剣】を受け止めてみせた。
ゴゴゴゴゴゴと音を立てながら、アーノイックは、地面に靴の跡を残して、後ろへと追いやられる。
だが……途中で斬撃の軌道を変え、アーノイックは、壁へと斬撃を弾き飛ばした。
「……うそ……だろ……?」
片腕で押さえこまれた、俺の【覇王剣】。
俺が絶望していると、再び目の前に、幻影体アーノイックが立つ。
【覇王剣】を抑えた左腕は多少ボロボロとなっていたが……ほぼ無傷。
――――――これが、最強の剣聖の、全盛期。
まるで……お前はそこまで堕ちてしまったのかと、言わんばかりのアーノイックの顔。
弱体化してしまった未来の自分に対して、怒りを込めるかの如く……幻影体アーノイックは俺に対して、上段に青狼刀を構え、振り降ろした。
幻影体に怒りなど、あるはずがない。あれは、俺の記憶を元に造り出された幻でしかない。
俺がそういうふうに見えたのは、俺自身が、お前はぬるま湯に浸りすぎていると、叱咤していたからにすぎない。
そりゃあ、そうだな。
アーノイックの人生と、アネットの人生じゃ、全然違う。
最強の剣聖は、奈落の掃き溜めで産声を上げ、憎悪と再生によって強くなった。
片や俺は、大好きな祖母と、大好きなお嬢様やレティキュラータス家の一族、満月亭のみんなに囲まれて、ぬくぬくと今まで過ごしてきた。
剣士にはもう戻りたくないって気持ちがあったのかもしれないが……それにしたって、半端者すぎだ。
弟子たちには厳しい修行を課して、俺は過去の経験があるから、修行しなくても良いってか?
――――――そんなわけ、ねぇだろうが……!
いつから俺はそんなに甘ったれたガキになりやがった!!
今まではアネットの実力でも乗り越えられる敵が出てきたから良かっただけのことだ!!
過去の俺レベルの敵が現れたら……いったい、どうするつもりだったんだ!!
お嬢様もグレイもルナティエもフランも守れなかったら、どうするんだよ!!!!
てめぇは、あいつらの……箒星の……師匠だろうがっっっ!!!!!!!
元剣聖? 最強の覇王剣? 調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソガキがぁ!!!!
大切なものを守りたいのなら、しゃんとしろ!! アネット・イークウェス!!
俺は箒丸を杖代わりにして、起き上がる。
身体に怪我はないが、今までのダメージが幻肢痛として残っている。
立ち上がると、身体全体に、激痛が走った。
だが俺は歯を食いしばり、石碑の前に立つ。
そして……窪みに、手を嵌めた。
その後。俺は何度も、アーノイック・ブルシュトロームにやられた。
レベルが違いすぎた。あいつの使う技と俺の使う技は名前は一緒だったが、その威力が桁違いに異なっていた。
唯一、俺があいつより秀でているものは、魔法くらいのものか。
魔法因子以外、パワー、スピード、剣技、闘気、全てにおいて俺は勝つことができなかった。
だが、俺は諦めることができなかった。
奴に敗北することが、今の俺の否定に繋がるのではないかと、そう思ってしまったからだ。
57回目の挑戦――――。
「はぁはぁ……【閃光剣】!」
俺は腰に当てた箒丸を抜刀し、高速の剣閃を放つ。
アーノイックはそれを素手で払いのけてみせる。
俺の剣の威力じゃ、あいつの闘気を超えることはできない。
だが……唯一、あいつの腕に傷を付けた剣がある。
それは――――――【覇王剣】だ。
片腕で抑え込まれたものの、【覇王剣】だけは、アーノイックの身体に傷を負わせることに成功していた。
あいつを討伐するには……【覇王剣】の威力を、もっと、研ぎ澄ませる必要がある……!
意識を集中させ、身体の中にある闘気をもっと引き出す。
一瞬でも気を抜けばアーノイックの【覇王剣】によって消し飛ばされる中、これをするのにはなかなか過酷なノルマだけどな。
俺は、空中に飛び上がる。
すると、俺の真下を、青狼刀が通って行った。
これが幻影体で本当に良かった。本物の青狼刀で斬られたら、傷を治すことができないからな。
俺は空中を旋回しながら、アーノイックの首へ向けて回し蹴りを叩き込む。
だが、アーノイックは避ける動作すら取らなかった。
奴は肩に蹴りを叩きこまれても無表情のまま。何のダメージも負っていなかった。
「……っとに。幻影体だから仕方ねぇのかもしれねぇが、元の俺はもっと表情豊かなナイスガイだったはずだぜ? そんな無表情でいられると、ますます化け物みてぇじゃねぇか」
いや……前世の俺は、こんなものだったか。
表情がよく動くようになったのは、アネットになってから、だったのかもしれないな。
世界に絶望しきった瞳。
アレスやハインライン、ジャストラム以外の前では、俺は、こんな顔をしていたのかもしれない。
(今の俺とは……まるで別人だな)
俺がそう、アーノイックを見つめながら、足を引こうとした……その時。
アーノイックが、俺の足を掴んで来た。
「しまっ……」
そのまま足を折られるのかと思ったのだが……何故かアーノイックは手を離し、俺から離れ、そのまま両手を顔に載せて恥ずかしそうな素振りを見せた。
「いったい何をやって……はっ!」
そこで、俺は気付いた。あいつ、俺が蹴りをしている時に、俺のパンツを見たのだということが。
「そういうところはコピーしなくて良いんだよ、この童貞野郎が!!!! 未来の自分のパンツ見て恥ずかしがってんじゃねぇぞ、幻影野郎ゴルァ!!!!」
女性免疫ゼロ。それがアーノイックの弱点か。
なら、俺のパンツを見せまくって動揺させれば、闘気チャージの時間稼ぎも間に合う――――って、馬鹿野郎。どこの世界に自分に色仕掛けするアホがいるってんだ。気色悪いこと考えてんじゃねぇぞ、アネットさんゴルァ。
「なるほど……どうやら、前世の俺の弱点までコピーしているみたいだな……」
俺はそう呟きながら、アーノイックの剣をギリギリのところで避ける。
腕から大量に血が噴き出したが……何とか、避けることができている。
これも、何度も挑戦して、あいつの動きを予測できるようになったおかげか。
この試練を通して、俺は着実に、過去の自分の動きを思い出すことができるようになっていた。
一時間後。
そろそろ闘気のチャージが万全となった頃。
俺の身体は、度重なるアーノイックの猛攻により、ボロボロになっていた。
多少過去の自分の動きを思い出せるようになったとはいっても、かすり傷でも当たれば、あいつの攻撃は大ダメージを負うのは免れない。
俺の闘気じゃ、あいつの攻撃は防ぎようがない。少しでも闘気ガードの意識を間違えれば、腕や足を斬り落とされてもおかしくない。まさに、ギリギリの攻防だ。
俺は額から流れ落ちる血を腕で拭う。
勝負を仕掛けるのは、確実にあいつに【覇王剣】を当てられる好機を探ってからだ。
遠距離では、【瞬閃脚】で逃げられるのは、必至……!!
『……』
アーノイックは俺に向かって突進してくる。
俺は箒丸を構え――――――意識を集中させた。




