第10章 二学期 第301話 剣王試験編ー⑲ 第二次試験の始まり、バルトシュタイン家の失敗作たち
試験官であるラピスが全員にネックレス、腕輪、マップを手渡した後。
再びラピスは横一列に並んだ受験者6人に対して、口を開いた。
「ここは、南エリアになっているけど、他の受験者たちもこのフィアレンスの森を囲むようにして、東、西、北に別れてスタートすることになっています。基本的な攻略方法は、最終ゴール地点であるあの山の頂上を目指して森を進んで、その途中でネックレスを6つ集めることだよ」
そう言ってラピスは、フィアレンスの森の最奥にある巨大な山を指さした。
その方向に視線を向けてみると、確かに、切り立った大きな岩山の姿があった。
そして彼女は再び横一列に並んでいる受験者たちに顔を向けると、続けて開口する。
「リタイアしたい場合は、エリアの外に出るか、腕輪を破壊してその場に待機すること。すぐに、その場所に担当エリアの試験官、剣王が救援に向かう手筈になっています。以上。何か質問がある子はいるかな?」
彼女のその問いに、ブリュエットが恐る恐ると手を挙げる。
「あ、あの。もし、ネックレスが奪われてしまった場合は、そのままリタイアになるのでしょうか?」
「そんなことはないよ。ネックレスか奪われた場合はただ手持ちの個数が減るだけです。奪われた相手を倒して再び奪うか、それとも、別の相手から奪い返すか。リタイアするか。選択は以上となります」
ラピスの言葉に、踊り子の装束の女性、エイシャが手を挙げる。
「勿論、殺しはなし、なのよね?」
「はい。受験者を殺害した場合は、失格となります。【剣王】は人を殺す者ではなく、人を救う者……ですので。……ルクスくんの受け売りだけど」
ということは……戦ってネックレスを奪った場合、相手を戦闘不能にまで叩くことは可能というわけか。もしくは、縄などで動きを封じることも可能なのだろう。
他の受験者からネックレスを6つ奪わないとゴールに到達しても意味がない以上、奪われた者たちが徒党を組んでゴール前の山のふもとで待ち伏せしていてもおかしくはない。
やはり……ルール的に見ても、なかなかにハードな試験とみえるな。
「他に質問がある人はいないですかー?」
既に分かっていることだが、俺は敢えて、この質問を投げてみる。
「食料や水の確保は、どうすれば良いのでしょうか?」
「んー、あ、それねー。食料と水の確保は申し訳ないけど、フィアレンスの森で各自調達してください。森の中には動物や山菜、綺麗な小川、湖がありますので、そこで補給するように。火が必要な場合も、魔法や火起こし器などを使って、自分で火を用意してください。あ、森に放火するのは禁止だよ? 火の扱いには十分に気を付けるように」
ザワザワと困惑の声を溢す受験者たち。
だが、アンナは自信満々な様子で鼻の下を指で撫でていた。
「ふふん。冒険者をやっていたから、サバイバル術はお手の物よ。バトルロイヤルタワーではギリギリの戦いだったけど、このサバイバル・ランニングでは活躍できそうね!」
確かに、アンナのようなサバイバル知識がある者にとっては、有利に働く場面もありそうだが……この試験の根本的なルールは、相手のネックレスを奪うことにある。
つまり、バトルロイヤルタワーと同じく、受験者の純粋な強さが鍵だということ。
あとは……有力な受験者と出会わない運も重要か。
「他に質問は……ないね。それじゃあ、みんな、丘の上に横一列に立ってね。試験開始時刻になったら、東西南北にいる剣王たちが一斉に角笛を鳴らすから。それと同時に、第二次試験『サバイバル・ランニング』のスタートとなります。みんな、フィアレンスの森に向かって、ゴールの山頂を目指し、ネックレスを6つ集めるように」
ラピスの言葉に、俺たち南エリアの受験者6人は、丘の上で一列になって並ぶ。
目の前にあるのは青い空と広大なフィアレンスの森の姿。
まさか、またここに来ることになるとは思いもしなかった。
「……」
チラリと、受験者たちの顔を覗き見てみる。
皆、緊張した面持ちを浮かべていた。
南エリアの受験者たちは、ジェシカ、アンナ、ラティカ、ブリュエット、エイシャ、俺……という、俺以外全員若い女の子だった。いや、俺も一応、見た目は女子に含まれるのか……まぁ、そこは置いておいて。
ブリュエットという女剣士の実力は知らないが、この中での優勝候補は、間違いなくジェシカだろうな。ムラがあるが、ロザレナ以上の闘気を見せた彼女だ。コンディションが整えば、他を圧倒する実力を持っているのは間違いない。とはいっても、今のお嬢様も修行を乗り越えて、さらに闘気の量を増やしている。今となってはどちらが多く闘気を持っているのかは定かではない。
「3、2、1……0。第二次試験、スタートです!」
そう口にした直後、ラピスが「ブォォォォォン」と角笛を鳴らす。
それと同時に、東西北の各所から同じように角笛の音が鳴り響いた。
「はっ!」
スタートと同時に、踊り子の格好をしたエイシャが腰の曲刀……王国ではあまり使われることのない砂漠の民の刀、シャムシールを抜き、隣の列にいたブリュエットへと襲いかかった。
鎧を身に付けた女剣士ブリュエットは即座に奇襲に気付き、腰の鞘からアイアンソードを抜いて、その剣を使って横薙ぎの一閃を受け止める。
「くっ! 開始と同時に奇襲とは……! 卑怯ですよ!」
「卑怯? 帝国とバルトシュタイン領の間で生きてきた過酷な砂漠の民にとっては、その言葉は、誉め言葉よ」
エイシャは剣を引くと、軽やかな動きでバク転し―――ブリュエットの横を通り過ぎる。そしてその一瞬で、彼女が握っていたネックレスの宝石部分だけを剣で斬り裂き、それをキャッチして奪うと、ラピスに微笑を向けた。
「試験官さん。合格に必要なのはネックレス本体ではなく、宝石よね? これで私のネックレスの数は、二つになったのかしら?」
「はい、そうです。集めるのは宝石の方だから、これでエイシャさんの持っているネックレスは二つになったね」
「フフ」
エイシャは腰の鞘に剣を仕舞うと、丘の上から飛び降り、フィアレンスの森へと向かって走って行った。
「あ! ま、待て!!!! 私のネックレスを返しなさい!!!!」
ブリュエットは顔を青ざめながら、丘を飛び降り、エイシャを追いかけて行く。
その光景を見て、隣に立っていたアンナが、驚いた表情のまま固まっていた。
「は、はぁ~。開始早々、バトルが始まってしまったわね……っていうか、あ、あれ?」
アンナが、周囲をキョロキョロと見渡す。
既にスタート地点に立っているのは、俺とアンナのみとなっていた。
崖下を見下ろすと、そこには、器用に崖を降りて行くジェシカとラティカの姿があった。
「あ、アネットちゃん! 私たちも急いで行かないと!」
「そうですね」
このまま崖下を降りて行っても良いが……全員があちら方向に行ったとなると、接敵するリスクも上がるだろう。俺は極力、敵に出会わずに、お嬢様と合流を果たしたい。
「は、早く、行かないとー!」
慌てて崖を駆け降りていくアンナ。
その背中を見送った後。俺は崖を飛び降りることはせずに、敢えて迂回して東側から森へ降りることに決めた。
箒を手に持ち、肩にショルダーバッグを掛けながら、何とか、崖を降りることに成功する。
普通に【瞬閃脚】を使用して飛び降りても良かったのだが、何処に人の目があるか分からないからな。
それに、この試験の最中、俺は、剛剣型と速剣型の技を封印した、剣王試験を受ける一魔法剣士となる予定だ。
この剣王試験にゴーヴェンの手の者が紛れ込んでいる可能性もゼロではない。慎重に、事を進めて行かなければ。
「ふぅ……さて。この森の中を進み、どうやってお嬢様を探し出そうか……」
崖を降りきった後に目の前に広がっていたのは、深い森の姿。
マップを確認してみると、ここは南のスタート地点と東のスタート地点のちょうど間に位置する場所だった。
ゴール地点である最奥の岩山までは、まだ、かなりの距離がある。
(まぁ……焦っていても仕方がない。のんびり行くとするか)
現状、やみくもにお嬢様を探したところで、見つけられる算段はない。
できればこちらの事情を知るルナティエやグレイ、アルファルドに会って、お嬢様の情報を獲得したいところだが……そう上手くもいかなそうだな。
「俺はどうせ第二次試験を合格する気はない。故に、ネックレスを餌に、他の受験者からお嬢様の情報を買う手もあるが……いや、それは最終手段にしておこう。相変わらず頭に血が上って受験者をタコ殴りにはしていたが、今日のお嬢様は安定していた。闇属性魔法を暴走させる可能性は低いだろう。早急に探し出す必要はない」
お嬢様の闇属性魔法を暴走させた張本人、キールケが試験に参加していることは気がかりだが、あいつもロザレナに完膚なきまでに叩き伏せられたからな。無暗に下手なちょっかいは出さないだろう。
ジェシカも、相当強くなった。あの時のような悲劇はもう起こらないと見える。
「さて……サバイバルのセオリーとしては、まず水元の確保が第一条件だ。湖は位置的に遠いから……とりあえず、川を目指すとしよう」
俺はマップを手に、自分の現在地を脳内で想像して、森の中を進んで行く。
ここは、大森林のような人類未踏の地ではない。
故に、あそこのようなわけのわからない危険な動植物はいないだろう。
だから……気を付けるべきは、他の受験者たちだけだ。
――――――――――――ガサッ。
俺は足を止める。草むらが揺れる音が聴こえたからだ。
周囲を確認してみる。人の気配は感じられない。
動物……か? それとも、大森林から出てきた魔物か……?
目を閉じ、集中力を高め、周囲の音を聴く。
風の音。木々が揺れる音。草原が揺れる音。小鳥の囀り。
その中に、人の話し声らしきものが聴こえる。
俺は目を開くと、草原に身を屈めて姿を隠し、物音が聴こえてきた方角へと足を進める。
そして、そこに見えてきたのは―――開けた場所に立つ、3人の受験者の姿だった。
(あれは……)
そこにいたのは、キールケ、ヒルデガルト、アグニスという、わけのわからない組み合わせの3人だった。
3人はお互いに一定の距離を保ち、睨み合っている。
見たところ、偶然、出くわしたと言ったところか。
俺は草むらに隠れて極限まで闘気を減らして気配を消し、3人のやり取りを見つめる。
「まさかぁ、こんなところでバルトシュタイン家の血族と出会うなんてぇ、キールケちゃん、想像もしてなかったよ~。初めまして、子豚ちゃん。私はキールケ・ドラド・バルトシュタイン。バルトシュタイン家の正当なる血族であり、正統なる思想を受け継ぎし者よ」
そう言ってキールケはスカートの端を掴み、優雅にカーテシーの礼をする。
その姿を見て、ヒルデガルトは眉間に皺を寄せた。
「学園に入学して、随分と好き勝手にやったみたい……ですね。オリヴィアさんとは以前、話したことがありますが、こうして向かいあってみて分かりました。貴方は、オリヴィアさんとは違う。どちらかというと、アルファルドと近い人種です」
「はぁ? キールケちゃんをあの化け物女と比べないでくれますかぁ? というかぁ、分家の癖に、なんか貴方生意気じゃない? ヒルデガルト・イルヴァ・ダースウェリン、だっけ。ダースウェリンの人間なんだから、キールケちゃんをもっと敬うべきなんじゃないのかなぁ」
顎に人差し指を当て、可愛らしく首を傾げるキールケ。
ヒルデガルトはそんな彼女を見て、ギリッと奥歯を噛む。
「何で……何で、バルトシュタインの血を引いている人間というのは、どいつもこいつも偉そうなわけ!? あんたと言い、アルファルドと言い、どうしてもっと他人に優しくできないのよ!! あんたのような貴族がいるから、ベアトリッちゃんみたいな子が傷付くことになるのよ!! 大嫌い!!!!」
「はぁ? 急に意味分からないことでキレないで欲しいんだけど? まぁ、文句があるのなら私に向かって来れば良いんじゃない? この世界は強者にしか、物事を語る資格がないんだから。私は強い。だから、好き勝手できるの」
「……!!」
ヒルデガルトは腰の剣を抜いて、構えながら、キールケに鋭い目を向ける。
そんな彼女を見て、キールケはフフッと笑みを溢す。
そしてキールケは、未だ腕を組み無言を貫いているアグニスに視線を向けた。
「どうしたの? 貴方は何も話さないのかな? デカ豚」
「……今は、お主らバルトシュタインに連なる者が論争を繰り広げているのであろう? 俺には関係ないことだ」
「はぁ? 私、最初に言ったよね? まさか、こんなところでバルトシュタイン家の血族と出会うなんて、って。それは勿論……貴方も含まれているんだけど?」
「え?」
「は……?」
俺とヒルデガルトが、同時に、驚きの声を溢す。
アグニスは疲れた表情で首を横に振ると、ため息を吐いた。
「世迷言を。何故、俺がバルトシュタイン家に連なる者だと?」
「デカ豚ぁ。あんまりキールケちゃんを舐めない方が良いよ? キールケちゃんは特別任務に参加する時、あらかた各クラスの生徒を調べつくしてあるんだから。アグニス・イフリート・バルトシュタイン。お前は、先々代バルトシュタイン家当主、ゴルドヴァークが共和国に攻め入った時に捕虜にして孕ませた獣人族の孫だ」
なっ……!? アグニスが……ゴルドヴァークの孫、だと……!?
俺が驚いて声を失っていると、キールケは目を細め、気持ちよさそうに続けて開口する。
「ゴルドヴァークお爺様は、【剣聖】アーノイック・ブルシュトロームを倒すために、最強の戦士を作ることに拘っていた。だから、各地で見込みのある女性を見つけては、種を残し、自分の血族の中から最強の戦士を産み出そうとしていた。貴方の親もその一環で産まれてきた存在でしょう? まぁ、立ち位置としては、ジェネディクト・バルトシュタインと似たような存在かしらね?」
「……」
「あれあれあれあれ~? だんまりになっちゃって? このことは、あんまり突っ込まれたくなかったのかなぁ? クスクス……でも、キールケちゃん的にはちょっと貴方が羨ましいかなぁ。だって、バルトシュタイン家の能力は本来、剛剣型だったんだもん。それを、お爺様が、血族に魔法因子を組み込みたいために、お父様の結婚相手を帝国の人間にしてしまったせいで……剛剣型の血が薄れてしまった。その結果産まれたのが、剛剣型の才を持たないヴィンセントお兄様と私というわけ。戦士として名を馳せたバルトシュタイン家に産まれてしまった純粋な魔法剣型。つまり、私とお兄様は、失敗作なのよ」
「……オリヴィア・エル・バルトシュタインは、剛剣型であり、魔法の才もあると聞くが?」
アグニスのその言葉に、キールケは憤怒の表情を浮かべる。
「ええ……その通りよ。あの化け物女は、ゴルドヴァークお爺様が求めていた、完成作。【怪力の加護】を持ち、剛剣型の才を持ち、信仰系魔法の才もある。ヴィンセントお兄様や私、貴方やジェネディクトという失敗作を超えて産まれたバルトシュタイン家最強の素養を持った存在……それが、オリヴィアの正体。まぁ、お爺様はオリヴィアが産まれる前に亡くなっているから? 自分の最高傑作を見ることはなかったんだろうけど。見たとしても絶望するんじゃない? 完璧な能力を持っていながら、あの化け物女は、誰かを傷付けることを怖がっているんだもの。バルトシュタイン家の人間の癖にね。あの女は当主には向いていないわ」
キールケの言葉に、ヒルデガルトが口を開く。
「あーしは、貴方よりオリヴィアさんの方が、バルトシュタイン家を導くに相応しい存在だと思うんだけど」
「……生意気な口を……殺すよ、ダースウェリンの雑魚女」
キールケにギロリと睨まれ、ヒルデガルトはたじろぐ。
だが彼女は意を決して、続けて開口した。
「もしかして、貴方……オリヴィアさんに嫉妬してたんじゃないの? だから、力にそこまで拘ってるんじゃないの?」
「……」
図星だったのか、キールケがチッと舌打ちする。
なるほど……キールケがどうしてオリヴィアに対してあそこまで辛辣なのかが、ようやく分かった気がした。
彼女は、才能のあるオリヴィアに嫉妬し、その力を使わないオリヴィアに対して、怒りを覚えていたのだと思われる
兄は失敗作ながらも純粋な魔法剣士として【剣神】にまで上り詰め、姉であるオリヴィアは類まれな才能を持ちながらも、力を使うことを恐れ、満月亭で料理や家事をして過ごしている。
その光景を見た時のキールケの気持ちは、簡単に察することができるだろう。
「あー、気分悪っ、まだ先代ダースウェリン当主の方が、同じ奴隷コレクターとして趣味が合ったわー。新しいダースウェリンの娘が、ここまで馬鹿だとは思いもしなかったー」
そう言ってキールケは踵を返すと、二人とは反対側へと歩いて行く。
「ちょ、どこに行くのよ!?」
「水を探しに行くに決まってるでしょ。ネックレス狩りは補給地点を見つけてからにするから。運が良かったわね、ダースウェリンの子豚ちゃん。次会ったら容赦しないから」
そう言って去って行く途中、キールケは「あ、そうだ」と言って立ち止まり、アグニスに向けて声を掛ける。
「勿論、キールケちゃんは、ルーファスが何か企んでいることも理解してるから。あの男の周りにいるの……デカ豚も含めて、遠縁の四大騎士公の血を引く者たちでしょ? 薄い血を使って、聖王になるつもりでいるのか、それとも新たな主君を探そうとしているのかは知らないけど……この私にバレてるくらいだから、お父様にもすぐにバレると思うけど? まぁ、どうでもいいや。今度会ったらそのネックレス、奪うから。じゃあね、デカ豚ちゃん、ダースウェリンの子豚ちゃん」
そう言い残して、キールケは去って行った。
続いて、アグニスも森の中に入って消えていく。
一人残されたヒルデガルトは、ホッと、安堵のため息を吐いた。
「あの二人に出会った時は、終わった……って、そう思ったけど、何か、見逃されたっぽい? はぁ……頑張らないと。あーしは、絶対にルナティエには敗けない。ベアトリッちゃんのためにも!」
そう独り言を呟くヒルデガルトに、俺は草むらから出て、声を掛ける。
「あの、ヒルデガルトさん」
「うぎょわぁ!? だ、だれだー!?」
驚いて振り返り、剣を構えるヒルデガルト。
俺の姿を捉えると、彼女は目をパチパチと瞬かせて、胸に手を当て笑みを浮かべる。
「な、なんだ、アネットっちかぁ。―――って、なんだとか言っている場合じゃないか! ち、近くに、ロザレナっちがいるかもしれないもんね!!」
キョロキョロと辺りを見回すヒルデガルトに、俺は困ったように微笑を浮かべる。
「いや、あの、実はですね。お嬢様とはスタート地点が異なっていまして。今、私は、ロザレナお嬢様を探している途中なんです。ヒルデガルトさん、お嬢様を何処かでお見掛けしませんでしたか?」
「え、あ、何だ、そうなんだ。残念だけど、ロザレナっちは見てないよ。ねね、逆にアネットっちは、ミホっちを見なかった?」
「ミフォーリアさんは、見ていませんね。南のスタート地点にはいませんでした」
「なーんだ、そっかぁ。あ、あーしは東のスタート地点だったんだけど、キールケとアグニスと一緒だったんだ。あとは、満月亭にいた、マフラー撒いてる人と……」
「グレイは、東地点だったんですか!?」
「え、うん」
ということは、グレイに話を聞けるチャンスが―――ないな。
あいつは確実に、スタートと同時に【縮地】で森の中を疾走している。
恐らくもうこの付近にはいないだろう。
俺が残念そうにため息を吐いていると、ヒルデガルトが声を掛けてきた。
「アネットっちも大変だねー。メイドなのに、剣王試験にまで参加して、ロザレナっちを探さないといけないとかさ。いやー、従者の鏡だよ。うんうん」
「それを言ったら、ヒルデガルトさんについてきたミフォーリアさんも同じなのではないでしょうか?」
「あ、確かに。あーしとロザレナっち、結構メイド使い荒いかも?」
クスクスと笑みを溢した後、ヒルデガルトは、真面目な表情を浮かべる。
「アネットっちはさ……正直、ルナティエがアルファルドをクラスに入れるって言った時、どう思った? アネットっちもあの男には色々被害受けていたわけじゃん? 魔法の杖を壊されたりとかさー」
「そう、ですね……。ベアトリックスさんのことを考えると、ヒルデガルトさんが怒る気持ちも分かります。ですが……こう言ってはヒルデガルトさんが怒るかもしれませんが……」
「全然いいよ。あーしらの仲じゃん? 好きに自分の考えを言ってよ」
「私は……ルナティエ様の言うことも、分かる気がします。クラスのことを考えたら、少しでも強い人材を入れるのは正しいことですから。それに、アルファルドさんも、以前とは大きく変わった気がします。クラスでも、特に問題を起こすことはせず、休み時間もただ本を読んでいるだけですから。彼は、現時点では、無害な存在かと」
「そう……だね。うん。あーしも、ルナティエが言っていることは間違いではないと思っているよ。アルファルドも変わったのかもしれない。でも、さ……あーしは、ベアトリッちゃんの一番の友達だからさ。ただ正論を言われて黙ってることなんて、できないんだよね。ベアトリッちゃんがお母さんのことでずっと苦労してきたの、傍で見てきて分かってるから。親が元凶だとしても、それでも、あーしはアルファルドを許すことができない」
「ヒルデガルトさん……」
「あーし、馬鹿だからさ。ルナティエよりも力を持つことができたら、友達を守れるようになるのかなって、そう思ったんだ。剣王試験を受けた理由は、ただ、それだけ」
そう言って笑みを浮かべると、ヒルデガルトは、再度、口を開く。
「これからどうするの、アネットっちは? あーしとチームでも組んじゃう? って、それは難しいか。あーしもミホッと会ったらチーム組みたいし、アネットっちもロザレナっちとチーム組みたいだろうしね。途中まで一緒に、協力して目的の人物探しちゃう?」
「いえ……私は、一人で行動しようかと。その方が、ヒルデガルトさんも悩まずにいられますよね?」
そう言って俺は、ヒルデガルトの腰に視線を向ける。
そこには、震える手で、剣を握ろうか迷っている姿があった。
俺のその指摘に、ヒルデガルトが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「や……ごめん、アネットっち。友達に対して、ネックレスを奪おうとか一瞬でも考えるの、酷い話だよね。切羽詰まりすぎてたかも。許してもらえないかもしれないけど……ほんと、ごめん」
「いえ。当然の考えですよ。むしろ、友達だからといって、その考えが一度でも頭に過らなかったら、この試験を勝ち残ることなんできません。ヒルデガルトさんは、真剣に、剣王を目指している。それは、正しい行いです」
それに、恐らく、彼女は一緒にいても剣は抜かなかったと思う。
その手の震えには、かなりの迷いが見て取れたからだ。
「ふぅ……駄目だね。やっぱり、私も一人で行動することにするよ。この試験、チームを組まない相手は完全に敵にしか見えない仕様になっちゃってるの、なかなかにやばいかも。できればこの先は、アネットっち以外の受験者と遭遇したいところだよ」
「やっぱり、相変わらずお優しいですね、ヒルデガルトさんは」
そう言って笑い合った後、ヒルデガルトは「じゃあね! お互いに頑張ろう!」と言って、森の中に消えていった。
さて……俺も、事前の目的である川を目指して歩いていくとするか。
そうして俺は、鬱蒼とする森の中を一人、進んで行った。




