第10章 二学期 第299話 剣王試験編ー⑰ 第一次試験終了、波乱の予感
《エリニュス 視点》
―――まるで、姿を捉えることができなかった。
私はこれでも、速剣型の剣士として、それなりに研鑽を積んだつもりだった。
だけど、気付いた時にはあのマフラー男が私の背後に現れ……即座に振り返ったが、鎖鎌で防御の構えを取る前に、私の腹部に小太刀の峰が叩きつけられていた。
「かはっ……!」
肺の中にある全ての空気を吐き出し、私は、膝を地面に付く。
【縮地】は、私だって使用することができる。
だけど……あの男が使用した【縮地】は、私が使うものとはまるで別の技かのような、信じられない速度が宿っていた。
私は痛みに耐えながら、顔を上げる。
そこにあるのは、こちらを見下ろしている、長髪の男の姿。
彼はマフラーを揺らしながら、私のことを、静かに見つめていた。
あいつの瞳は、私を障害だとは思っていない。まるで路傍に堕ちている石ころでも見るかのような目だ。対戦者ではなく、別の場所を見据えている。……気に入らない。
その後、マフラー男はすぐに【縮地】を発動させ、私の前から姿を掻き消した。
私はお腹を押さえながら、地面に拳を叩きつける。
(くそ……くそ、くそくそくそくそくそくそ!!!!! 同じ速剣型、それも、歳が近い奴なのに、こんなにレベルが違うなんて!! ふざけるな!! 私は、首狩りに復讐するために剣を執ったんだ!! このままじゃ、餓死した弟に報いることができない!!!!)
「だ、第一次試験、終了だ!! 青ブロックの美しき勝者6名はたった今、決定した!!」
気付けば、試験官のそんな声が、耳に入ってくる。
周囲を見ると、同じように腹を抑えて座り込む参加者が四名の姿。そして、その場に立っているのは、アグニスの奴とマフラー男だけだった。
「あの野郎……私に……私に慈悲でもかけたっていうのか!」
私はお腹を押さえながら立ち上がり、マフラー男の元へと向かう。
痛みで立つのもようやくだったが、あいつに文句でも言わないことには、私のプライドが許さない……!
「おい、マフラー野郎! 何で私を見逃した!」
そう声を掛けると、マフラー野郎は肩越しにこちらを一瞥して、口を開く。
「お前はオレの剣に反応することができた。その時点で他の参加者よりも第二次試験に通過する価値があると、そう判断したまでのことだ」
「お前……試験官気取りか? ふざけんじゃねぇぞ……!」
私は、腹部を押さえつつ、右手に持っていた鎖鎌をマフラー野郎に突きつける。
マフラー野郎は私をじっと見つめた後、小太刀をクルクルと回し、慣れた手つきで腰の鞘へと納めた。
「フン。オレはさっさとこのくだらない試験を終わらせたかっただけだ。オレが脅威とする相手は、この場にはいない。ロザレナとルナティエ以外の者に、時間も余力も割きたくはないのでな」
「てめぇ……!」
「ほう?」
その言葉に、私は奥歯を噛み、奥に立っていたアグニスの奴は、腕を組みながら眉をピクリと動かした。
だがマフラー野郎は、私やアグニスのことなど気にせず、そのまま私の横を通り過ぎて行く。
「おい、待て! マフラー野郎! 私と勝負しろ!」
「試験はもう終わりだ。貴様を相手にする必要はない」
「お前になくても、こっちにはあるんだよ! 勝手に私を見逃しやがって! 良いか? 同性代の速剣型で最強なのは、私なんだ! もう一度私と勝負して、完全な勝敗を付けろっていうんだ! それが、剣士としてのけじめだろ!」
「断る。どうしても戦いたいのなら、第二次試験で挑んで来るのだな。もっとも、第二次試験で、貴様と相対するかは試験内容次第だが」
そう言って、さっさと去って行くマフラー野郎。
私はその背中を見て……眉間に皺を寄せた。
「絶対に……ぶっ飛ばしてやる……!」
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「な……なんなんだ、この結果は……?」
ガラス窓から地下を展望できる一室。
そこで、試験終了を見届けたルクスは、額に手を当ててよろめいた。
「い、いったい、あいつらは、何者なんだ……? ロザレナ・ウェス・レティキュラータスに、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス。それに……信じられない……御婆様の才能を継ぐことができなかった、落ちこぼれのルナティエまで……あの3人は、受験者の中でも別格の強さを誇っていた。あいつらだけだ、複数人をまとめて相手にして、1人だけで倒してみせた受験者は。本来だったら、1時間は予定していた試験だったんだぞ? そ、それを、たったの十数分で……」
ルクスはよろめきながら、ソファーへと座り込む。
窓際に立って試験を見下ろしていたキリシュタットは、そんなルクスを一瞥した後、再び闘技場へと視線を向けた。
先ほどまで嘲笑の笑み浮かべていたというのに、その顔は打って変わり、無表情になっていた。
「……ロザレナ・ウェス・レティキュラータス、か。まさか、あの生意気な女が、レティキュラータス家の令嬢だったとはな。しかも、あそこまでの力を持っていたとは驚いた。……おい、ルクス、奴ら、確か同じ流派だって言っていたな? その流派について何か情報はないのか?」
「お、おかしい……あんな力を持っている連中が、今まで無名だったというのは……いったいこれはどういうことなんだ……」
「おい、ルクス! この俺が聞いてやっているんだ、さっさと答えろ!」
キリシュタットの言葉に、ルクスはハッとして顔を上げると、開口する。
「な、なんだ、キリシュタット?」
「だから……あの3人は流派は、何という名だったか、聞いている」
「あ、あぁ。奴らは、3人とも、『箒星』という流派の門下生らしい」
「『箒星』、か。やはり、聞いたこともない流派だな。だが、共通してあそこまでの力を持っているんだ。その力の秘密は、『箒星』にあるのだろう。ハハハッ! 察するに、奴らの上にいるのは、相当な腕前の剣士なのだろうぜ? 剣聖か剣神の秘蔵っ子か……いずれにしても、この試験、退屈はしなさそうだ。あの3人以外にも、粒が揃っているようだからな。屈服させて、俺の子分にしてやるのも悪くはなさそうだ」
「……」
「おいおい、暗い顔をして、どうしたというんだ? 『聖剣』ルクス? 常に自信過剰なお前らしくもないぞ?」
「あの3人……下手をしたら、私たちの【剣王】の座を揺るがす可能性があるのではないのか? もし奴らが剣王になったら、私たち上位陣の序列も入れ替わるのでは……」
ルクスのその言葉に、キリシュタットは呆れたため息を吐き、振り返る。
「馬鹿か、お前は? 確かに連中は第一次試験を突破してみせたが、所詮は、あの中でも際立って強い程度の実力だ。ロザレナの放った剣圧も、グレイレウスが使用した【縮地】も、ルナティエが使った格闘術も、はっきり言って、全然大したことはない。あれは、はりきって第一次試験から全力を出しただけの結果だ。あの程度じゃ、俺やお前、クローディアの足元にも及ばないだろう」
「そう、だよな。あぁ、お前の言う通りだ。ルナティエが思ったよりも力を付けていたから……少し、戸惑ってしまっていたようだ。取り乱してすまない」
胸に手を当てて深呼吸をして、落ち着きを取り戻すルクス。
そんな彼の姿にハンと鼻を鳴らすと、キリシュタットはつまらなさそうな目で、ルクスを見つめる。
「何だ、お前。あのフランシア本家の令嬢に相当、思い入れがあるようだな?」
「……お前なら、分かるのではないか? 分家の者が抱く、本家への思いが……」
「生憎、分家すらも追放された俺には、その考えは分からないな」
そう言って、キリシュタットは、再び闘技場にいるロザレナを見つめた。
「さて……これからどれほどの活躍を見せてくれるのか、あのご令嬢は。そして可能なら、お前たちの背後に誰がいるのか教えて欲しいところだ」
そう呟いたキリシュタットの背後で、ソファーに座るルクスはブツブツと呟いた。
「……【剣王】の座だけは……【剣王】の座だけは、何があっても死守しなければならない。私は、あの落ちこぼれとは違うんだ。才能があるんだ……そうですよね、御婆様……」
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《アネット 視点》
無事に第一次試験が終了し、俺たちは元通りになった吊り橋を渡り、赤ブロックの控室を通って―――地下から一階にあるロビーへと戻る。
そこには他のブロックで勝ち残った受験者たちも集まっていた。
第二次試験合格者の24名は、各ブロックごとに四列並び、待機する。
その先頭に試験官である【剣王】たちが立ち、遅れて、白銀の鎧を着込んだルクスが姿を現した。
「諸君。第一次試験突破、おめでとう。まずは、合格者の名を記した紙をここに掲示する」
ルクスがそう言った瞬間、係員が姿を現し、滑車付きの掲示板を持ってきた。
見た感じ、第一次試験の合格者は、このような結果になっていた。
赤ブロック合格者
・ロザレナ・ウェス・レティキュラータス
・アネット・イークウェス
・アイリス・フェイン・オルベルフ
・ボルザーク・ゲインブール
・ラティカ・オーギュストハイム
・エイシャ・ダージリオン
青ブロック合格者
・グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス
・アグニス
・エリニュス・ベル
・マリィ・トゥ・ルゥ
・ポンティキ・ベンラット
・アンナ・ハーミット
黄色ブロック合格者
・ルナティエ・アルトリウス・フランシア
・メリア・ドラセナベル
・ジークハルト
・ブリュエット・スタインルーク
・ミフォーリア・ロキシネン
・ヒルデガルト・イルヴァ・ダースウェリン
緑ブロック合格者
・キールケ・ドラド・バルトシュタイン
・アルファルド・ギース・ダースウェリン
・ジェシカ・ロックベルト
・クラウザー・トリステン
・バド
・ルキウス・ブルシュトローム
なるほど。なるほど。こんなところか……て、あれ?
ヒルデガルトやミフォーリアも参加者だったのか。制服を着ていたなかったから気付かなかった―――って、驚くのは、そこじゃない!
ルキウス・ブルシュトローム……だと? ブルシュトローム?
それって……前世の俺の名じゃねぇか!!!!
こいつはどういうことなんだ!? リトリシアに隠し子でもいたのか!?
俺は、即座に、緑ブロックの列へと視線を向ける。
恐らくバドは、バドランディスの偽名と見て良いだろう。
ということは、俺が知らないのは、クラウザーとルキウスの顔だけだが……どっちだ?
一人は、目の焦点が合っていない、一見普通の一般人に見えるが何処か雰囲気的に危ない男。もう一人は……グレーアッシュの髪で、何かキラキラとしている男。
あれ……か? あいつか? ブルシュトロームの名を名乗っている奴は?
いったい、どういうことなんだ? リトリシアに子供がいるなんて聞いたこともないが……。
俺がジッと見つめていると、黄色の列にいた女性……恐らくブリュエットという名の女性が、隣の列に並ぶルキウス・ブルシュトローム(?)へと声を掛けた。
「あ、あの。貴方が、ルキウス・ブルシュトロームさんですか? ブルシュトロームという名前が付いているようですが……先代剣聖のアーノイック様のご親戚か何かなのでしょうか?」
その言葉に、ルキウスはキランと輝く白い歯を見せて、笑みを浮かべた。
「ハハハハハハハハッ! 何を隠そう、僕は、【剣聖】アーノイック・ブルシュトローム様の正当な血を引く、彼の孫なのだ! 今まで世俗から隠れていたのだが……ついに、人里へと出てきたのだ! 全ては……世界を救うために、な……」
は……?
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
俺は思わず、叫び声を上げてしまう。
すると、ルクスがこちらに鋭い目を向けて、注意してきた。
「急に大声を出して、何かあったか?」
「あ、い、いえ、すみません……何もないです……」
「悪いが、今は静粛にしてもらおう。それで……この合格者の名前の順序は、第一次試験における、戦績、成績順となっているわけだが―――」
ルクスが再び、参加者に向け、口を開く。
俺はこっそりと、ルキウスの方へと視線を向けてみた。
グレーアッシュの髪……は、確かに生前の俺と同じだ。
だけど、俺の孫、だと? 生憎、俺は生涯童貞を貫いた男なのだが?
いったい全体、何がどうなって……。
「アーノイック様は、生涯独身だというお話でしたが……いったい、奥方様は誰だったのでしょうか?」
再び、黄色列にいた女性が、ルキウスへと質問を投げる。
ルキウスは前髪を靡き、キランと歯を輝かせた。
「祖母は、リトリシア・ブルシュトローム様さ! 俺は、先代剣聖と今代剣聖の孫なのだ!」
「ブフォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!!!!」
盛大に吹いてしまい、前にいたロザレナの頭に唾を吐いてしまう。
ロザレナは振り返ると、「は? は?」と言って、困惑した様子で俺を見つめた。
「……アネット・イークウェス。また君か」
ルクスが、呆れたようにこちらを見つめてくる。
俺は申し訳なくなり、深く頭を下げて、縮こまった。
「す、すみましぇん……」
だって……あの歯をキラキラ輝かせている男、俺とリトリシアの孫だとか分けのわからないことを言うんですもん……俺とリティはそんな関係になったことは一度もないやい。純粋な親子関係だったやい。
俺の気持ちを知らずに、ブリュエットさんは目を輝かせて、手を組み、ルキウスへと小声で話しかける。
「すごいです! では、ルキウス様は、伝説の剣聖たちの間に産まれた、サラブレッドということなんですね!」
「まぁ、そういうことになるかな。ハッハッハッ!」
嘘を吐くな!! 俺は、義理の娘であるリトリシア以外、子供も孫もいない天涯孤独の身だ!! お前なぞ知らん!! というかお前どう見ても森妖精族の血入ってねぇだろうが!! 見た目、純粋な人族だろうが!! この詐欺師!! 俺は認知しないぞ!!
ルキウスを睨み付け、歯をギリギリとしていた、その時。
ふと、何者かの視線を感じ、俺は、黄色ブロックの先頭に視線を向ける。
「……」
何故か……ルナティエさんが、酷く怒った顔でこちらを睨み付けていらっしゃいました。
な、何で怒っているの、あの子。俺、何かしたかしら?
ルナティエは口パクで、こちらに言葉を投げてくる。
ええと、何々? ……ま・ご・が・い・た・な・ん・て・き・い・て・ま・せ・ん・わ・よ。こ・の・お・ん・な・た・ら・し。
もしかしてルナティエちゃんもあいつの話を聞いてたんですかぁ―――!?
俺は慌てて、口パクで、ルナティエに弁明をする。いや、弁明するっていうのも何かおかしいが。俺は何も悪いことはしていない!
「ご・か・い・で・す。あ・の・お・と・こ・は・さ・ぎ・し・で・す」
ルナティエは俺にジト目を向けた後、前を向いた。
誤解、解けたのかしら。とにかく。あいつが俺の孫ではなく、俺の親族を騙る詐欺師であることは理解した。畜生……あの歯ピカピカ男め……何が目的なんだ。俺の遺産か? そんなもんろくに残ってねぇぞ? 俺の資産は全部博打―――いや、リトリシアの養育費に当てたんだ。価値ある遺産なんてものは、青狼刀くらいだ。
そうだ。リトリシアがこのことを知ったら、あいつ、どうするんだろう……?
リトリシアのことだから、まず間違いなくキレるだろう。いや、何か変な妄想が働いて、いつのまにか俺との孫ができていたなんてと、分けのわからない方向で納得する可能性もありそうだ。どちらに転ぶかまるで分からん。
(まぁ、これ以上嘘を言いふらしても、いずれボロが出るのは免れないだろうな。ハインラインやジャストラムもいるんだ。俺が義理の娘に手を出すような畜生ではないことは、あいつらも理解しているだろ)
第一次試験を生き残ったことは見事と言えるが……できることなら、俺の悪評を広めるのはもうやめてほしいところだ。第二次試験で脱落しろ、ルキウスとやら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「合格者の説明は以上となる。では、これから諸君らを第二次試験の控室へと案内する。ついてきたまえ」
そう言って、ルクスは、二階へと階段を上って行った。
俺たち受験者も、赤ブロックを先頭に、順番に階段を上がって行く。
「次の試験は、どんな内容になるのかしらね」
そう、前を進むロザレナが、俺に声を掛けてきた。
俺は頷き、お嬢様に言葉を返す。
「そうですね。事前の説明によると、第一次試験では100数名の中から24名が選出されて、第三次試験は、9名が参加すると言っていました。ということは、第二次試験は24名中9人が選出され、残りの15名は脱落するということになります。さらに厳しい試験が待ち受けていること間違いなしですね」
「この中で最終試験に生き残れるのは、9人だけ、ということね。ここからがある意味、剣王試験の本番といったところかしら」
そう言ってお嬢様は手のひらにパシッと拳をぶつけて、笑みを浮かべる。
俺は元々、お嬢様を見守るために、この試験に参加した。
だから、お嬢様の闇属性魔法が暴走することもなく、このまま安定している様子のままだったら、途中で退場するつもりでいる。
俺の中の算段としては、第二次試験を終盤まで見守りつつ、最後になって自然に脱落するのが一番良策に思える。
もしかしたら、第二次試験脱落者だったら、第三次試験の見学も許してくれるかもしれないしな。
とにかく、何も問題がないようなら、俺は、この第二次試験で退場する。それは確定だ。
「控室はここだ。入りたまえ」
そう言って、二階に辿り着くと、ルクスは最奥にある扉を開き、受験者たちを全員、部屋の中へと通した。
そこは、第一次試験の控室よりも上等な部屋になっており、ソファーやテーブル、書架やトイレ、バスルームも常設されていた。
ルクスは広い部屋の中央に受験者24名を立たせると、その前に立ち、再度、開口する。
「第二次試験は、昼開始となる。開始時刻は12時。それまでの間、1時間は休憩時間とする。第二次試験の説明は、試験開始前に行おう。その間に、この部屋にある水や食料を好きに摂ってもらって構わない。以上だ。何か、質問はあるか?」
特に質問がないのを確認すると、ルクスは口を開く。
「基本、この部屋を出ることは禁止する。許可なく部屋を出た場合は、その者の受験資格を取り下げるので、注意するように。何かあれば、扉を守衛している私の部下……聖騎士に声をかけたまえ。それでは、試験開始まで、しばし失礼する」
そう言って、ルクスは来た道を戻り、部屋を出て行った。
その後、扉の前は、二人の聖騎士ががっちりと道を塞いだ。
反対側の奥にある扉にも、聖騎士二人が、扉を守っている。
恐らくあちら側は、第二次試験会場、といったところだろうか。
【剣王】がいなくなった瞬間、室内の空気は弛緩し、受験者24名の殆どが大きくため息を吐いていた。
そして誰とも会話することなく、各々、ソファーに座ったり、トイレに向かったり、書架へと向かったり、キッチンにあるアイスボックスへ向かったりし始める。
その光景を見つめながら、ロザレナは俺に声を掛けてきた。
「さて……あたしたちはどうしましょうか、アネット」
「そう、ですね……お昼時ですし、ご飯でも摂りましょうか」
「分かったわ。よーし、いっぱい食べるわよー!」
「い、いや、次の試験内容が分からない以上、あまり胃に物を詰めるのはよくないと思いますよ、お嬢様……」
俺とロザレナがそんな会話をしていた、その時。
グレイがこちらに近寄ってきた。
「師匠、お疲れ様です。ロザレナも……案の定、第一次試験を突破したようだな」
グレイはそう言って、ロザレナに不敵な笑みを向ける。
そんなグレイに対して、ロザレナも笑みを返した。
「当然よ。あんたこそ、随分と派手に暴れたみたいじゃない? ここに来るまで、青ブロックの受験者たち、みんなあんたを警戒しているみたいだったけど?」
「フン。お互い様だろう。貴様こそ、随分と赤ブロックの受験者に嫌われたようだ。ここに来るまで、赤の連中がお前に向ける視線には、恐れの色が宿っていたぞ?」
お互いに見つめ合い、ビリビリと火花を散らす弟子二人。間にいるアネット師匠のことも忘れないで欲しいです。
「それで……ルナティエはどうしたんだ? 奴はどこにいる?」
「さて、ね。あの子、何か最近あたしのこと嫌っているから、こっちに来ないんじゃないの? ……って、あれは……」
ロザレナの視線の先には、ルナティエとアルファルド、そして、ヒルデガルトとミフォーリアの姿があった。
向かい合う主従二組。
ヒルデガルトは真剣な表情で前に出ると、ルナティエへと向けて口を開く。
「ルナティエさん。貴方、前に、あーしがアルファルドを黒狼クラスに入れるのを反対した時、クラスのためを思うなら代わりの方法を提示しろって、そう言ったよね?」
「ええ……言いましたわね。それがなんですの?」
「だったら……あーしが……あんたやアルファルドより強くなれば、アルファルドを黒狼クラスに入れる必要性もなくなるよね? あーしがあんたたちより有能であることを示せば、あーしの言葉を聞いて貰えるんだよね?」
ヒルデガルトのその発言に、ルナティエは目を見開いて、驚きの表情を浮かべる。
「貴方……そのために、剣王試験を受けたんですの?」
「あーしは、【剣王】になって、黒狼クラスの副級長になる。確かに、ルナティエさんの言う通り、あーしは今までずっと目的もなくダラダラしてきただけだったよ。親に言われただけで学校に入っただけだし、聖騎士になることに、興味なんてなかった。でも……今回は、マジ本気。魔術師ではなく、魔法剣士として、あんたを倒す気でいるから。覚悟してよね」
「黄色ブロックで、わたくしの実力を見たでしょう? ギリギリ運よく試験を勝ち残った貴方では、到底、勝てるとは思えませんが?」
「だとしても、あーしは絶対に、ルナティエさんとアルファルドを倒す。ダースウェリン家、次期当主として、ね」
そう言ってヒルデガルトは踵を返すと、ミフォーリアと共にその場を離れた。
ルナティエはフッと鼻を鳴らし、面白そうに口の端を吊り上げる。
「ええ。むしろ貴方が本気になってくれて良かったですわ。これで……黒狼クラスは、さらに強くなることでしょう。フフッ。貴方は今のわたくしと何処か似ていますわね、ヒルデガルトさん」
そう呟くのと同時に、ルナティエの目が、俺たちに向けられる。
彼女はアルファルドを引き連れて、優雅な所作でこちらに歩いて来ると、声を掛けてきた。
「御機嫌よう、皆さん。恥ずかしいところを見られてしまいましたわね」
「あんた……相変わらず、ヒルデガルトに嫌われているのね。損な嫌われ役ね」
「別に、好き好んでやっているわけではありませんわ。級長があまりにも無能だからこそ、わたくしがこのような仕事もやらないといけなくなっただけです」
「はぁ!? 誰が無能よ!?」
反論したロザレナに対して、ルナティエは、鋭く目を細める。
「無能を無能と言って、何が悪いんですの? 今の黒狼クラスを回しているのは、実質、わたくしではなくって?」
「あたしは、戦闘面で貢献しているわ! 忘れたわけ? 学級対抗戦でシュゼットを倒したのは、このあたしよ!!」
「わたくしのサポートがあったからこそ、ですわ」
お互いに睨み合う二人。あの、ちょうど二人の間にいる師匠のことも考えてくださると嬉しいです。
「良いですか、ロザレナさん。わたくしは、何度も言ってきたはずですわ。隙があれば……貴方の級長の座を、わたくしがいただくと」
「それは……そうだったわね」
「ええ。ですから、今回の剣王試験は、どちらが上かを決めるにおいて、絶好の機会なのではないでしょうか? わたくしが上に立つか、それとも貴方が上に立つのか。これから始まるのは、わたくしのリベンジです。お覚悟は……よろしくって?」
「上等。いつでもかかってきなさいよ。返り討ちにしてやるんだから」
不敵な笑みを浮かべ、見つめ合うロザレナとルナティエ。
その中に、グレイも割って入る。
「馬鹿どもめ。このオレを無視して何を盛り上がっている。この3人の中で、オレが一番最強に決まっているだろう。第二次試験でぶつかった時は、容赦なく斬り捨ててやるから、楽しみにしているんだな」
フフフフ、オホホホホ、ククククと笑い合いながら3人は殺気を放つ。
やっぱり、この弟子たち、何処でも喧嘩するんだな……最近加入してくれたフランエッテちゃんが唯一の癒しかもしれない。
フランちゃん、どこにいるの! 早くここに来て、この3人を止めて!(無茶ぶり)
「あははは……相変わらずだね、3人とも……」
「……どこにいても変わらないようだな」
そう言って声を掛けてきたのは、弁当を手に持った、ジェシカとジークハルトだった。
俺は満月亭の中でも比較的常識人である二人に、涙を流しながら助けを求めるのだった。




