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第10章 二学期 第296話 剣王試験編ー⑭ 赤の扉

《ルナティエ 視点》



「……メリアさんの方は、何とか難を逃れた様子ですわね」


 そう言って、わたくしは安堵の息を吐く。


 古くからセレーネ教の信徒として名高いフランシア家の末裔としては、こんなことを言うのはおかしいのでしょうが……わたくしは、マリーランドでの戦いを経験して、メリアさんと話してみて、亜人はただ人々から迫害を受けているだけの種族であることを理解しましたわ。


 過去の英雄をアンデッドとして召喚し、マリーランドを支配しようとした『闇に蠢く蟲』の頭領、百足のロシュタールも、元は自分たちの住む土地を取り戻そうとしただけであることを、後で知りました。


 結局、亜人というのは、意味もなく人々から怖がられている存在であることは間違いありません。では、何故、亜人が差別されるようになったのか。


 それは――――聖グレクシア王国の国教である、セレーネ教の教えによるもの。


 聖典に書かれた亜人たちが悪しき者であることが嘘ならば、何故、セレーネ教は亜人を迫害する道を選んだのか。わたくしには、まだまだ、知らないことが多い。


(……きっと……わたくしのこの考えをお婆様が聞いたら、激怒なされるのでしょうね……)


 【剣神】『黄金剣』キュリエールは、セレーネ教とこの聖グレクシア王国を誰よりも愛している、最も高潔で、最も信仰深い、聖騎士の中の聖騎士だった。


 通常、フランシア家の人間ならば、お婆様のような敬虔な聖騎士を目指さなければいけないのでしょう。

 

 だけど……わたくしは、別の道を征く。わたくしの目指す世界に、亜人差別などあってはいけませんから。


 そう意気込んでいると、背後に並んでいるアルファルドが声を掛けてきました。


「亜人のガキの騒動は治まった、か。……にしても、さっきグレイレウスに絡んでいた奴らって、弧月流の連中だろう? オレ様はガキの頃、少しだけ弧月流の門下だったことがあったが……確かお前も同じだったよなぁ、クソドリル。お前が他の生徒に下剤を仕込んだりして無理やり戦績を稼いでいたのは有名だったからなァ」


「ええ、まぁ、そうですわね。そんなこともありましたわね。ですが、聖王国の貴族の嫡子は、大体が、十歳くらいになると王宮主流剣術である弧月流の門下に放り込まれるのが貴族の常ですわ。ロザレナさんのように幼い頃病気がちだった人を除けば、貴族の嫡子の殆どが、一度は、弧月流の門下生だったはず」


「……あのマフラー野郎、大丈夫なのか? あいつって確か、ガキの頃、弧月流の連中にかなりいびられていただろ」


「あら、貴方が人の心配をするなんて珍しいこともあるものですわ。気色悪いですわね、アルファルド?」


「ケッ、心配なんざしてねぇよ。ただ、もしあいつと当たった時、精神的に病んだりして、本気の力を出せねーようだったら寝覚めが悪いってだけの話だ。オレ様は今度こそ、実力で称号を獲ってやりてぇからなぁ」


 そういえば、アルファルドは、不戦勝で【剣鬼】の座を勝ち取ったと言っていましたわね。もしかしてそのことがきっかけで、彼、今度はちゃんと称号を獲得したいと考えているんでしょうか?


「あぁ、何だ、ジッと見つめて。言っておくが、オレ様はテメェにも【剣王】の座を譲る気はねぇぜ、クソドリル。最初に言った通り、共闘できる試験の場合は手を貸してやるが、それ以外はテメェとオレ様は敵同士だ」


「分かっていますわよ。勿論、貴方と戦うようなことになったら、全力もって倒してさしあげますわ。安心なさい、アルファルド」


「ハッ。それでいい」


 ニヤリと笑みを浮かべるアルファルド。


 彼とそんな会話を交わしていた、その時。


 砦から、大勢の聖騎士を引き連れた……美しい顔立ちの、白銀の聖騎士が姿を現した。


「あれは……」


 白銀の聖騎士は、集まった試験参加者たちの前に立つと、全員に向けて口を開く。


「我が名は、【剣王】『聖剣』ルクス・アークライト・メリリアナ。この中に、人族(ヒューム)獣人族(ビスレル)森妖精族(エルフ)鉱山族(ドワーフ)以外の者はいるか? 先ほどは別の剣王が亜人の参加を特例で認めたようだが、基本的に亜人が剣王採用試験に参加することを、私は許可しない。もしここに亜人がいるようなら、この場で名乗り出ていただこう!」


 しーんと静まり返る参加者たち。


 その光景を見て、ルクスはため息を吐くと……部下たちに向けて口を開く。


「改めよ」


「「「はっ!!!」」」


 聖騎士たちが、参加者たちの列の間を通り、一人一人の顔を確認しながら―――亜人がいないか確かめ始める。


 それと同時に、ルクスが、わたくしの並ぶこの列へとやってきた。


 わたくしの列の顔ぶれを見て、亜人がいないか探していくルクス。


 そしてルクスは、ついに、わたくしと目が合った。


「ほう……? ルナティエ・アルトリウス・フランシア……か。まさかフランシア家の令嬢がこの場に来ているとは思わなかった」


「……久しぶりですわね、ルクス」


「聞いたぞ。大聖堂の司教であるリューヌが、『死に化粧の根(マンドラゴラ)』に手を出し、逃亡したとな。キュリエールお婆様に選ばれておきながら、嘆かわしいことだ。これで、フランシア家は跡目を失ったということになる」


「何を言っていますの。わたくしがいますわよ」


「馬鹿も休み休み言うことだな。お前はお婆様から無能の烙印を押し付けられた、フランシア家の恥だ。セイアッドも同様に、当主の器ではない。こうなっては……私が、フランシア家を導くしかあるまい」


 そう言って、右手を腰に当てると、ルクスは長い前髪を左手で靡く。


 そんなルクスに向かって、わたくしは目を細めた。


「分家の貴方が、何を大層なことを言っているんですの? 弁えなさい」


「まるで状況を理解していない奴だ。聖王陛下亡き今、巡礼の儀の勝敗で、本家と分家はいつでもひっくり返る可能性がある。私は、ジュリアン殿下を聖王とする。ジュリアン殿下はお約束してくださった。自分が聖王になった暁には、メリリアナ家をフランシア本家にしてくださると。いつまでも自分の陣営に付かないルーベンスよりも、殿下は、私たちメリリアナ家をお選びになった、ということだ」


「……」


「ルーベンスもそうだが、お前にも甚だがっかりだ。未だ、仕えるべき主も持たず、騎士学校などで遊び惚けているとはな。どう見ても、お前にフランシア家当主たる資格はないだろう。落ちこぼれの無能が。キュリエールお婆様の反対を押し切って、ルーベンスが平民と結婚した結果がこれだ。才能の無い兄妹が産まれ、フランシアは滅亡の一途を辿っている」


「お父様のことを悪く言うのは許し―――」


「否定したいのなら、実績を作ってから物を言うのだな。本家の貴様は無称号、分家の私は【剣王】だ。どちらが力を持っているかは、言わずとも分かるだろう」


 そう言って、ルクスは、わたくしを鋭く睨み付ける。


 わたくしもその視線に受けて立ち、目に力を込めた。


「――――ルクス様! 亜人の参加者を発見致しました!」


 その時。聖騎士の一人が、フードを被った小柄な少年の腕を掴み、ルクスの元へとやって来た。


 ルクスはその聖騎士の元へと向かうと、少年のフードを取り、顔を確認する。


「ほう、『小鬼族(インプ)』か。言い伝えでは、ゴブリンやオーガの近縁種とされる亜人だな。顔を隠して人間に紛れ込むとは、亜人らしいやり口だ」


 灰色の肌の、額に小さな角が生えた小柄な小鬼族(インプ)の少年は、懇願するように手を組み、ルクスへと口を開く。


「お願いします! 試験だけでも受けさせてください! 僕は、ずっと、伝記に載っている【剣聖】様に憧れて剣の修行を積んできたんです! 村のみんなも、身を削って、僕のために王都までの旅費を出してくれて……だから、お願いします! 夢を叶えるために、剣王試験に―――」


 小鬼族(インプ)の少年が、ルクスのマントを掴んだ、その瞬間。


 ルクスは嫌悪感丸出しの表情で、小鬼族(インプ)の少年の腹部を蹴り上げた。


「汚らわしい手で、この私に触れるな! 亜人!」


「かはっ!?」


 お腹を押さえてよろめく小鬼族(インプ)の少年。


 そんな彼の頭を踏みつけて地面に倒すと、ルクスは少年に向かって、何度も足を振り降ろす。


「貴様ら亜人は、異端審問に掛けられるべき魔の存在だ!! 女神アルテミスに歯向かいし悪魔の徒よ!! 貴様らは、産まれてきたこと自体が罰なのだ!!」


 その光景を見て、わたくしは思わず前に出て、ルクスの肩を掴んで止めた。


「やめなさい! 相手は子供ですわよ!」


「驚いたな。フランシア家の人間であるお前が私を止めるのか。亜人を庇い立てする不心得者が、まさかフランシア本家の末裔とは、皮肉な話だ。キュリエールお婆様も浮かばれないだろう」


「わたくしは、お婆様とは異なる道を選びましたわ。亜人だからといって子供を排斥するような世界など、言語道断! わたくしが目指すフランシア家当主としての在り方は、立場や地位など関係なく、自由を追い求めることができる世界! 子供の夢を奪う世界ではありませんわ!」


「無称号の落ちこぼれが、偉そうなことを言うようになったものだ。立場や地位に関係なく、だと? 私がどれだけ……どれだけ、フランシア本家に産まれたお前を恨んだか、分かっているのか……!」


 ルクスが鋭い目でわたくしを睨んでくる。


 だが、すぐにわたくしから目を逸らし、短く息を吐いた。


 そしてわたくしの手を払いのけると、ルクスは部下に声を掛けながら、踵を返す。


「そいつは試験会場から追い出しておけ。また、他の【剣王】が気まぐれで亜人を迎え入れては敵わないからな」


「はっ!」


 聖騎士団で、中隊長を務めるルクスには、自分の兵を動かす権限があります。


 【剣王】の中でも……最も、武力と権威がある存在と言えるでしょう。


 わたくしは試験会場からつまみ出される亜人の少年を憐憫の眼差しで見つめた後、去って行くルクスの背中へと視線を向けた。


 そして、その背中を見つめながら、ポソリと、小声で呟く。


「まったく。変わりませんわね、あの子も。どれだけお婆様を信奉していたとしても、貴方もわたくしと同様に、見限られた存在だというのに」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《アネット 視点》



「なんなの、あの男……! 亜人の男の子をボコボコにして……! 最低ね!!」


 そう言って、前に並んでいるロザレナは、肩を震わせながら激怒する。


 そんな彼女に対して、俺の後ろに並んでいるエリニュスが、呆れたようにため息を吐いた。


「こんなことでいちいち怒ってんじゃないわよ。この国に住んで居れば、一度は見る光景でしょうが」


「エリニュス! あんたには、心ってものがないの!? 見損なったわ!!」


「あのねぇ、世の中、どうしようもないってことはたくさんあるの。私は別にセレーネ教の教えとかどうでもいいから、亜人をどうこうしたいって考えはないけど……それでも、この国が亜人は悪だって決めたんだから、見て見ぬふりをするしかないのよ。それが一般的な考えって奴。そうでしょ、アネット・オフィアーヌ」


「まぁ……そうですね。大陸に住む人間にとって、亜人は、嫌悪されるべき対象として広く認知されていますからね。エリニュスさんの考えが一般的であることは、正しいと思います」


「アネットまで!」


「お嬢様。以前にもお話しましたが、この世界には、お嬢様が受け入れられない考えをする者が多くいるのです。理不尽な出来事など、そこら中に転がっている。惨いようですが……この国の在り方を変えない限り、全ての人間を救うことはできません。堪えてください」


「…………うん……そう、よね。分かっている、わ……」


 そう言ってギュッと拳を握った後、ロザレナは俯き、唸るように小声で開口した。


「あの男の子は、【剣聖】になりたいって、そう言っていたわ。あの子は、勇気を振り絞って、この場所に来たんだと思う。その姿は……幼い頃、冒険者ギルドの門を叩いたあたしと同じだった……でも、亜人だから、夢を目指すことすら許されなかった……」


 そう言って顔を上げると、彼女は覚悟を決めた表情で、砦を睨んだ。


「それが神の教えだというのなら、あたしは、間違っていると思う。そんな神様、いらないわ! あたしは、誰もが平等に夢を追いかけられる世界の方が楽しいって思うもの!」


「そうですね。そのような世界になってくれたら、私も嬉しいです」


 俺はロザレナの視線を追い、砦へと戻って行くルクスの背中を見つめる。


 その姿を見て、俺は、思わず妙な違和感を抱いた。


「……? 厚手の鎧を着込んでいたので気付きませんでしたが……よく見ると、鎧の隙間から見えるウエストが細い……? 思ったよりも身体が華奢なんですね、あのお方?」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「……ラピスが無理やり認可した龍人族(ドラグニクル)……確か、メリア・ドラセナベルと言ったか、あの亜人」


 砦へと戻る途中、ルクスはそう言って、背後をついて来る部下へと声を掛ける。


 部下はコクリと頷くと、ルクスへと向けて口を開いた。


「はっ。ラピス様の気まぐれで試験参加を許可してしまったようですが……如何いたしましょう? 参加認可を取り下げますか? 流石に栄えある【剣王】試験の場に、亜人を入れるのはよろしくないかと……【剣神】様や王族の方もいらっしゃるようですし……」


「私が剣を教えた弟子も、試験には参加する。どうせ、あの亜人は最終試験までは残るまい。放っておけ。それよりも……キリシュタットの奴は、まだ、会場に来ていないのか?」


「は、はい……他の【剣王】様は、既に会場入りしていらっしゃいますが、『餓狼剣』キリシュタット様だけは、まだ御姿を見ていません……」


 部下のその言葉に、ルクスは額を手で押さえ、ため息を吐く。


「珍しくやる気が出たと思ったら、結局これか。いつも通り、剣王試験は私が仕切ることになりそうだな。まぁ、その方がこちらも都合が良い。あの男がいたら、場が荒れるのは確実。公正な試験の場に、あいつは試験官としては不向きだ」


 そう言って、ルクスは、砦の中へと入って行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


「―――では、次の方、前へお進みください」


 受付にそう催促され、やっと、お嬢様の番になる。


 前に出て、カウンターの前に立ったお嬢様に、受付の男性は口を開いた。


「お名前と階級、ご所属の流派を教えてください」


「名前は、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスよ! 階級はないわ! 所属は流派・箒星! 以上!」


「……お嬢様。一応、貴方様は、マリーランドで【剣鬼】の称号を手に入れておいでですよ」


「あ、そうだったわね!」


 ロザレナはポケットをゴソゴソと漁ると、剣鬼のバッジをカウンターの上へと置く。


 それを受け取った受付の男性は、バッジを至近距離で見つめ、裏に刻まれている王家の刻印を確認する。


「……はい。確認し終えました。本物の剣鬼のバッジですね。【剣鬼】ロザレナ様の参加登録を認可します。称号持ちのご様子ですが、二つ名などは持っていますでしょうか?」

 

「二つ名?」


 バッジを受け取り首を傾げるお嬢様に、俺は再度、背後から声を掛ける。


「【剣聖】『閃光剣』リトリシア・ブルシュトローム様のように、称号持ちの剣士には、二つ名というものがあります。この二つ名は、師から与えられるか、周囲からそう呼ばれるようになるかのどちらかで、会得することができるものです。剣士としての名を広めるための、通り名のようなものですね」


「そうなんだ。……あたしは、二つ名は持っていないわ」


「了解致しました。では、こちらにサインを」


 ロザレナは頷いた後、受付の男性から渡された用紙に目を通す。


 お嬢様の後ろから窺って見ると、その紙には、剣王試験に関する注意事項が書かれていた。大まかに言えば、試験最中に起きた怪我の保証はしかねるといった内容だ。まぁ、怪我をする覚悟ができない奴は受けるなという、試験官からの念推しといったところだろう。


 お嬢様はざっとそれに目を通すと、名前記入欄に豪快にサインをする。


 そしてそれを、受付へと手渡した。


「ご記入、ありがとうございます。これでロザレナ・ウェス・レティキュラータス様の剣王試験参加登録お手続きは完了です。こちらの用紙を持って、砦で待機してください」


「分かったわ。……アネット、先に行っているわね」


「はい、お嬢様」


 ロザレナが去った後、俺は前に進み、カウンターの前に立つ。


「お名前と階級、ご所属の流派を教えてください」


「アネット・イークウェスです。階級はありません。所属の流派もありません」


「え、あ、そう……ですか?」


 俺の言葉に、キョトンした表情を浮かべた受付の男性は、チラリと、俺が着るメイド服と、俺の手にある箒丸に視線を向ける。


 そしてその後、困ったように笑みを浮かべた。


「あ、あの……本気で、剣王試験を受けられるのですか?」


「はい」


「わ、分かりました。こちらにサインをお願い致します」


 受付の男性から、注意事項が書かれた用紙を受け取る。


 一通り注意事項を読み終え、サインを記入していた、その時。


 背後から、声が聴こえてきた。


「察するに、さっきの嬢ちゃんの付き添いって奴か」


「使用人が剣王試験を受けるなんて、世も末だねぇ。まぁ、没落貴族のレティキュラータス家の人間なんだから、お付きと一緒の参加も当然か」


 肩越しにチラリと振り返ると、周囲の剣王志望者たちが、呆れた様子で笑みを浮かべていた。


 まぁ、こういう反応にも慣れている。冒険者ギルドでライセンスを習得する時も、こんな感じだったしな。


 嘲笑が交じった声を受けながらも、俺は気にせずサインを記入し終え、用紙を受付の男性へと手渡す。


 それを受け取り、問題がないか確かめた後。男性は引き出しから一枚の用紙を取り出し、それを俺へと手渡した。


「これで剣王試験の参加登録は完了です。こちらをお持ちになって、砦の方で係員の指示に従い、待機をお願い致します」


「了解しました」


 俺は紙を受け取ると、列を離れ、砦へと向かって歩いて行く。


 手に持っている紙に視線を向けてみると、そこには、先ほど用紙に書かれていた誅事項と、何故か【赤】の文字が。


 【赤】って……何だ? 何のことだ?


「あ、やっぱり、アネットちゃんだ! おーい!」


「え?」

 

 砦へと向かっている途中、顔を上げてみると、前の方に同じように用紙を持った二人の男女の姿があった。


 その二人は……俺が大森林に行くときに再会した、冒険者仲間、アンナとギークだった。


 俺は笑みを浮かべて、駆け寄って来る二人に声を掛ける。


「アンナさん、ギークさん。お久しぶりですね。お二人も、剣王試験を受けに?」


「うん! というか、アネットちゃんも出るんだ! これはなかなかに……やばいですな~」


 汗を垂らし、アンナは顎に手を当て険しい表情を浮かべる。


 そんなアンナに対して、ギークは肩を竦めた。


「アンナ。アネットさんはオイラたちを助けてくれた命の恩人だよ? オイラはアネットさんほど【剣王】に相応しい人はいないと思うけど? いや、アネットさんの実力でいえば、【剣神】になってもおかしくないか」


「だから、やばいって言ってるのよ! この子は、あの【剣神】ジェネディクトを幼いころに倒した天才剣士なのよ!? アネットちゃんが出場する以上、剣王の枠はひとつ埋まったも同然でしょうが!」


「わーわー! ちょ、お二人とも!? 人が多いところであまり私の過去を大声で話さないでいただけると助かります!!」


 アンナとギークは、幼い頃、奴隷商団に捕まっていた時に出会った幼馴染だ。


 あの場にいたお嬢様は勿論、エステル、ミレーナ、そしてアンナとギークは、俺がジェネディクトを倒したことを知っている。つまり、俺の実力を知っている数少ない人間の一部というわけだ。


「あ、そうだった。実力隠しているんだっけ? ごめんねぇ、アネットちゃん~」


 たははと笑って後頭部を撫でるアンナに、俺はコホンと咳払いをする。


「安心してください。今回、私はお嬢様の付き添いとしての参加ですので、本気で戦うつもりはございません。なので、【剣王】を目指す気もありません」


「あ、そうなの? なーんだ、それなら安心だよ~」


 胸に手を当てホッとするアンナに、隣に立ったギークがジト目を向ける。


「アンナ、本気で【剣王】になれると思ってるの?」


「あったりまえよ、ギーク! 称号持ちの剣士っていうのは、何処からも引っ張りだこでお金もウハウハなんだから! 【剣王】になれる可能性があるのなら、挑戦あるのみよ! 棚から牡丹餅で運よく勝ち残れるかもしれないし!」


「結局、運試しなんじゃないか……。アネットさん、オイラは受ける気なんてなかったのに、アンナに無理やり連れて来られたんだよ~。酷いよね~」


「不幸体質のミレーナがいない今こそ、チャンスなのよ、ギーク! 今思うと、私たち、ミレーナが傍にいるから冒険者としてもずっとランクが上がらなかったと思うの。あの子、人一倍、不運だから!」


「そ、その言い方は酷いんじゃないかな、アンナ。否定はしないけど」


 冒険者仲間にボロクソ言われているミレーナさんに、思わず同情……はしない。うん。日頃の行いのせいで全然同情できる気がしない。心底同情できない。


 俺は二人にクスリと笑みを溢すと、砦へと向かって歩いて行く。


 そんな俺に合わせるように、二人も隣をついてきた。


「ねぇねぇ、アネットちゃん。受付で貰ったこの紙に、変なこと書いてあったよね?」


「あぁ……【赤】という文字のことですか?」


「え? 【赤】? 私の紙には、【青】って書いてたんだけど?」


「オイラは【黄色】だったよ?」


「全員……違う色が書かれていたんですね……」


 この色はいったい、何なのだろうか? 


 いや、考えられることは、ひとつしかない、か。


「もしかして、これ……色ごとに分けた、試験のグループだったりするのかな?」


 俺と同じ考えに至ったアンナが、そう呟く。


 俺はそんな彼女に、コクリと頷きを返した。


「恐らくは、そうだと思います。人数が多いため、ブロックごとに分けて審査するのかもしれませんね」


「うー、まじかぁ。二人とブロック違うのかぁ。何だか心細いなぁ」


「何言ってるんだよ、アンナ。試験が始まればどっちみち、オイラたちは敵同士じゃないか」


「ま、そうなんだけど。でも、知らない人だらけのブロックに行くのは、不安だよねぇ」


 そう言って、アンナは、がっかりしたようにため息を吐いた。




 砦の中に入ると、入り口には、試験の運営関係者と思しき係員が立っていた。


 係員は俺たちの姿に気付くと、こちらへと歩いて来る。


「剣王試験を受けられる方ですね。先ほど受付でお配りさせていただいた用紙に、赤、青、黄色、緑の色が書かれていたかと存じます。あちらに、四つの色が張られた扉がありますので、用紙に書かれている色と同じ扉の中へと入ってください」


 係員の指し示す室内の奥へと視線を向けると、そこには、四つの扉があった。


 扉には確かに、赤、青、黄色、青の色の紙が貼られている。


「ここでお別れみたいだね、アネットちゃん、ギーク」


 そう言ってアンナは小さく手を振ると、青の扉へと向かって進んで行った。


 ギークも頷き、そのまま、黄色の扉へと向かって行く。


(できる限り、お嬢様のお傍を離れたくはなかったのだが……確率は四分一。自分の運を信じるしかねぇな)


 俺も、赤の扉を目指して、歩いて行く。


 そして扉の前に立つと、俺は意を決して、中へと入った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「メイドボインちゃん!? まさか、剣王試験に来ていたのか!!」


 砦の二階、来賓室。そこはガラス張りになっており、一階のロビーフロアが見渡すことができる部屋となっていた。


 アレフレッドはガラスに張り付き、赤の扉へと向かって歩いて行くアネットを興奮した様子で見つめる。


 そんな彼の襟首を掴んだラピスは、呆れた様子で口を開いた。


「ちょーちょー、ムッツリスケベ。今、みんなで試験の内容を改めて打ち合わせしてたところでしょーが。何、突然窓ガラスに張り付いてるのー」


「だ、誰がムッツリスケベだ! 良いか、ラピス。俺は、大森林で出会ったあの可愛らしいメイドさんを心配してだな―――」


 アレフレッドは振り返ると、ラピスの胸元を見てギョッとし、手で顔を覆い隠した。


「お、おおおおおお前は!! いつまでそんなハレンチな恰好をしている!! ここは、神聖な剣王試験の会場だぞ!! ル、ルクス!! こんなことが許されて良いのか!! ハレンチすぎるだろ!!!! 許されて良いのか!!!! ハレンチ王国の開催を!!!!」


 最奥にある上座のソファーに座った白銀の騎士、ルクスは、ため息を吐く。


「私が言ってどうにかなる問題でもないだろう。再三、このことについてはラピス本人に言ってきたことだ。本人が直さない限り、どうしようもない」


「だ、だが……! そんなハレンチな恰好をされては……! ……ちらっ。ブフォォォォァァァァァアアッッ!!!!」


 アレフレッドは指の隙間を開けて、ラピスの胸元を見る。その瞬間、鼻血を噴き出し、彼は床に倒れ伏した。


 白目になって鼻から血を流すアレフレッドに、ラピスがドン引きした様子を見せる。


「馬鹿なの? この人」


「ボ、ボインがひとつ、ボインがふたつ……」


 うわぁと言った様子でアレフレッドを見下ろすラピスに、壁に背を付けて手鏡で自分の顔を見つめるロドリゲスが、声を掛ける。


「ラピスガール。あまりアレフレッドボーイの前で身体を晒すのはやめていただこうか。彼はこの通り、純情なのでね。ファサ……今日も私は美しい……」


「純情っていうか、これ、ただのアホでしょ。……クロちゃーん、ティッシュか何か持ってなーい? この人、鼻血止めないと、出血多量で死にそうだよー」


 ラピスの言葉に、ソファーに座っていた紙袋を被った少女は、慌てて立ち上がる。


「は、はい……! 分かりました……! もし、アレフレッドさんが出血多量で死んでしまう場合は、言ってくださいね。私のような者の血でよければ、全て輸血してさしあげますので。……あぁ、でも、私のような駄目人間の血をアレフレッドさんの中に入れてしまうのは忍びないです……私の血は、穢れていますから……はぁ、駄目だ、もう、死のう……この世界に生きていても意味なんてないんだ……」


「ちょーちょー、クロちゃん、手首ガリガリやめてー。これ以上血を流すのはやめてー」


 ポケットティッシュを地面に落とし、手首をひっかき始めたクローディアを、ラピスが止めに入る。


 そんな【剣王】たちの姿を確認したルクスは、ソファーから立ち上がると、窓ガラスの傍へと寄って行った。


「メイド……そうか。アンリエッタを降した若き四大騎士公、いや、元四大騎士公アネット・オフィアーヌが参加しているらしいな。あのメイドは、ジュリアン様に仇を成す可能性があるとして、目星を付けていた存在だった」


 そう言ってルクスはガラスの下を見下ろすが、既にアネットの姿はなかった。代わりに、そこには、砦に入ってきたばかりのルナティエとアルファルドの姿があった。


 ルナティエは係員から紙を貰った後、二階にある窓ガラスへと視線を向ける。


 お互いに睨み合うルクスとルナティエ。


 ルクスはフッと鼻を鳴らすと、窓ガラスから離れた。


「……面白くなりそうだ」



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