第10章 二学期 第295話 剣王試験編ー⑬ 流派・箒星、試験の参加登録に向かう
王都南西、端にある砦――――剣王試験会場。
砦の前に設置されている仮設テントの前には、多くの剣王志望者が試験の参加登録をするために、列を成していた。
その光景を見たロザレナ、グレイ、ルナティエは、同時に驚きの声を上げる。
「わぁ……ざっと見た感じ、100人はいるんじゃない? 凄いわね」
「そうだな。恐らく王国中にいる剣士たちが、成り上がりを目指して、この試験会場に訪れているのだろう。フン、剣王の座はたった四枠しかないというのに、ご苦労なことだな」
「それほど、剣王の座というのは、多くの人に求められているということなのでしょう。ですが、勝ち残れるのは、真の実力者のみ……!」
弟子たち三人は、緊張した面持ちで仮設テントを見つめる。
そんな弟子たちを見つめていると、突如、背後から声を掛けられる。
「……ロザレナ、見っけ」
「え?」
全員で一緒に背後を振り返ると、そこには、二本の大きな角(一本中ほどから折れて無くなっている)が生えた、戦斧を背中に装備している小柄な少女の姿があった。
ワインレッド色の髪のその少女は、爬虫類を思わせる黄色い瞳を瞬かせた後、ロザレナを見つめて再び口を開く。
「……来たよ、ロザレナ」
「メリア!!」
ロザレナは笑みを浮かべると、メリアの傍に駆け寄り、彼女の角を持ってブンブンと頭を左右に揺らす。
「この前はゆっくり話せなかったけど、ついに剣王試験に来たのね! メリア! メーリーアー!」
「……わーわー。ちょっと、それは、やめて、ほしい。目が、グルグルと、回って、しまう。切実に」
ロザレナが頭を揺らしている最中、メリアの背後から、別の人物が声を掛けてきた。
「ロザレナ、メリアの角を握って……何やってるの?」
そう声を掛けてきたのは、青龍刀を背負った、ジェシカだった。
ロザレナはメリアの角を両手で握りながら、ジェシカにも笑みを向ける。
ロザレナの顎の下にいるメリアは、ジト目で不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「ジェシカ! 朝、寮にはいなかったみたいだけど……貴方も剣王試験に来たのね!」
「うん、当然だよ! できる限り、試験が始まるまでは、お爺ちゃんの道場で稽古してたんだ。それで、ジャストラムさんの門下生のメリアとは、度々交流試合もしていたの。ね、メリア?」
ジェシカのその言葉に、メリアはコクリと頷く。
「……ジェシカとは剛剣型同士、切磋琢磨した。ロザレナ、もう、貴方には敗けない。私はマリーランドの時よりも強くなった」
「へぇ?」
ロザレナはメリアの角から手を離すと、ジェシカとメリアを順に見つめて、不敵な笑みを浮かべる。
「あたしも、すっごくすっごく成長したんだから。【剣王】になるのは、あたしよ! メリア、ジェシカ! あんたたちには敗けないわ!」
「……違うでしょ、ロザレナ」
「うん、そうだよ、ロザレナ。私たちが目指すのは……【剣聖】でしょ? 【剣王】はただの通過点でしかない。【剣王】になるのは、当然の話」
【剣聖】を目指す少女たちは、お互いに睨み合う。
ロザレナは腰に手を当てると、威風堂々とした様子で、口を開いた。
「【剣聖】になるのは、あたしよ。あんたたちじゃない」
「……それを決めるのはロザレナじゃない」
「うん。私たちはお互いに一つの席を争い合う。絶対に、負けないよ!!!!」
ジェシカとメリアはロザレナの左右横を通り過ぎていく。
メリアは俺にチラッと視線を向けると、こちらに近付き、小声で話しかけてきた。
「……もしかして、アネットも試験に出るの?」
「はい」
「……それは……困る。アネットが出るとなると……ひとつ枠がなくなる」
困った表情を浮かべるメリアに、俺はクスリと笑みを溢した。
「安心してください。私は、本気で【剣王】を目指しているわけではありませんので。私が実力を表に出したくないのは知っていますよね? 私は途中でフェードアウトする予定です。なので、枠が埋まることはありません」
「……そっか。了解。流石にアレスに勝った貴方には勝てない。良かった」
ホッとした様子のメリアは、先に歩いて行ったジェシカを追いかけて、仮設テントの元へと向かって行った。
二人の背中を見送ったルナティエとグレイは、呆れた様子でため息を吐く。
「まったく。ジェシカもツノ女も、わたくしたちには目も向けないとは。敵がロザレナさんだけだと思っていますの? 舐めていますわね。誰が一番の強者か分かっていないようですわ。ここに、剣王の座を確実に取る最強・美少女・オールラウンダー剣士がいるというのに。オーホッホッホッホッホッ!」
「まったくだ。アホ女もマリーランドのドラゴン娘も、箒星流派で誰が一番強者であるか分かっていないようだな。ここに、最強の速剣型の剣士がいるというのに」
「は?」「は?」
ルナティエとグレイが、お互いに意味が分からないと様子で見つめ合い、首を傾げる。
そんな二人の横を、ロザレナが歩いて行く。
「よーし! さっそく、試験に参加登録しに行くわよー! 【剣王】になるのは、あたしなんだから!!」
「ちょ、待ちなさい、貴方! 最初に登録するのはわたくしですわ!!!!」
「待て、馬鹿ども。箒星流派で一番まともなオレが最初に登録すべきだ。お前らは引っ込んでいろ。オレが代表をする」
「あんたが一番おかしいでしょうが!!!!」
「貴方が一番おかしいですわよ!!!!」
仲違い(?)しているのに、相変わらずグレイへのツッコミは息ぴったりだな、このダブルお嬢様は。
俺は喧嘩しながら仮設テントへと歩いて行く弟子三人を笑みを浮かべて見つめながら、遅れて後をついて行った。
受付をしている仮設テントの前には、四列の列が形成されていた。
その光景をロザレナと俺が見つめていると、グレイとルナティエが俺たちの横を通り過ぎ、声を掛けてきた。
「では、師匠。お先に列へと並ばせていただきます」
「わたくしも、別の列に並んできますわ。また後でお会い致しましょう」
そう言って、グレイとルナティエは、左右にある別々の列へと並んで行った。
「あたしたちも行きましょうか」
「はい」
ロザレナのその言葉に頷き、俺とロザレナは、目の前にある列へと並んだ。
すると、前の方に並んでいる大柄な男の姿が嫌でも目に入る。
彼……アグニスは肩越しにこちらを振り返ると、微笑を浮かべ、ロザレナに向けて軽く手を挙げる。アグニスは何故か、フードマントを被っていた。
「アグニス……! あいつも、剣王試験に来ていたのね! ってことは、ルーファスの奴もいるのかしら?」
付近の列を隈なく探してみるが、ルーファスの姿は見当たらない。いや、これだけ数が多いのだから、見落としている可能性もありそうか。
「うーん、見た感じ、ルーファスの奴はいないわね。もしかして、他の級長たちも来ているのかしら?」
「……ざっと見てきたけど、ルーファスは来てないわよ。代わりに、面白い奴はいたけどね」
背後から声を掛けられたので振り返ると、そこには、エリニュスがいた。
ロザレナは驚いた表情を浮かべ、彼女に声を掛ける。
「エリニュス! あんたも来てたの!?」
「当然よ。【剣王】になれるチャンスがあるというのなら、何が何でも挑戦するに決まっているわ。それなのに、学園の騎士候補生ときたら、情けない。軽く見て回ったけど、制服を着ている奴は殆どいなかったわ。この場に来ているのは、あんたと私、ルナティエと、マフラー撒いている上級生、アグニス、ジークハルト、ジェシカくらいのもの。ベルゼブブの一件でみんな日和ったのかしらね」
「シュゼットは来ていないの?」
「来るわけないでしょ。あいつは剣士じゃなくて魔術師なのだから。ルーファスも同じなんじゃない? あの男、特別任務で、剣じゃなくて銃を使っていたもの。純粋に力を試す試験には向いていないって、そう判断したんでしょ」
「ふーん? シュゼットもルーファスも強いのに、勿体ないわね。ということは、級長はあたしとジークハルト、ジェシカだけってことか」
「それよりも、ロザレナ。面白い奴がいたわよ。あそこを見てみなさい」
エリニュスが、左にある列の中間あたりを指差した。
するとそこには……医療用の白い眼帯をしている、キールケの姿があった。
キールケはロザレナの姿に気付くと、一瞬ビクリと肩を震わせ……こちらに鋭い目を向けて来る。
「キールケ!? あいつ、剣王試験に来ていたの!?」
「学園に来なくなったと思ったら、まさかこんなところで出会うなんてね。ロザレナ、あいつ、あんたのこと相当恨んでいるんじゃない? 剣王試験で戦うことになったら、無我夢中であんたを倒してくるかもよ?」
「だったら、また返り討ちにしてやるだけよ!」
「ハハハ、いいね。そういうのは嫌いじゃないよ。そうだ、あともう一人、元学園関係者で面白い人間がいたわ。今度はさらに奥」
エリニュスが、さらに奥を指さす。そこには……キャスケット帽で顔を隠している、バドランディスの姿があった。
「は? バドランディス!? 何でリューヌと一緒に学園を辞めたあいつがここにいるのよ!? リューヌの手先が何で剣王試験に!?」
「理由は分からないわ。まぁ、でも、私としては、あの裏切者に制裁を加えることができる機会ができたのは大助かりだけど。私はあの陰気野郎を叩きのめしたい。もし、戦闘がバトルロワイアル形式なら、あいつを私に譲って欲しいわ」
「まぁ、あたしはあいつは興味がないから、良いけど。それよりもこのことをルナティエに報せなきゃ!! ルナティエー、どこー!! もがぁぁ!!」
「お嬢様、あまり騒がないでください! この場でルナティエ様をお呼びしても、距離的に彼女には応えられませんよ!!」
俺が背後からロザレナの口を押えていると、左の列のやや前の方に並んだルナティエが、何事かとこちらに視線を向けてきた。
そして、暴れるロザレナを見て、呆れた表情を浮かべる。
その後、彼女は背後にいるある人物へと何かを話しかけた。
その人物とは……アルファルドだった。
どうやらアルファルドも、剣王試験を受けに来たようだ。
「……ぷはぁ。あれ、アルファルド? あいつも来てたんだ」
「そうみたいですね」
どうやら、各クラスの副級長クラスは殆ど参加しているみたいだな。
まぁ、ルナティエだけは実力的に副級長クラスではなく、級長クラスだと思われるが。
「あのクソ男も、すっかりフランシアの犬になってしまったってわけね。はっ、心底どうでもいい」
エリニュスが、アルファルドを見て苛立ち気味にそう呟く。
そんな彼女をチラリと窺うと、エリニュスと目が合った。
「そういえば、あんたも剣王試験に出るんだね。オフィアーヌ家の血を引いているのだから、もしかしてあんたもシュゼット並に強いの?」
「いえ。私はシュゼット姉様ほど、魔法を使用することはできません。私はただ、ロザレナお嬢様の付き添いとして参加するだけです」
「とことん従者根性に染まっているってわけ、ね。アンリエッタを引きずり降ろしたって聞いた時は結構ワクワクしたんだけど、まさかメイドに戻るなんて。つまらない女」
そう言って、エリニュスは落胆した様子を見せる。
こいつ、確か、血は繋がっていないが……テンマさんと一時期姉妹だったんだよな。
彼女のその戦闘に対する意欲は、とてもテンマさんに似ていると思う。そんなことを言ったらエリニュスは激怒しそうではあるが。
テンマさんが良識を持ったらこんな感じになるのかなぁと、俺はそう思いながら、エリニュスを静かに見つめた。
数十分後。列は進み、右の列にいたグレイが、受付へと辿り着いた。
俺は遠目に、その様子を観察してみる。
「はい、次のお方、前へどうぞ。お名前と階級、ご所属の流派を教えてください」
受付の女性にそう催促されたグレイは、無表情で口を開く。
「名は、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス。階級は無階級。所属は、『流派・箒星』だ」
「『流派・箒星』……?」
その名が聞きなれなかったのか、受付嬢はキョトンとした様子で首を傾げていた。
そんな時、グレイの後ろで身内同士バカ騒ぎをしていた三人組が、彼へと声を掛ける。
「あー、何処かで見たような顔だなと思ったら、お前、『流派・孤月』から逃げ出した、泣き虫グレイか。久しぶりじゃねーか」
三人組のリーダー各と思しき、ピアスをした茶髪の男が、馴れ馴れしくグレイの肩に手を回す。そして彼は、背後に立つ仲間二人へと笑みを浮かべた。
「おい、お前ら、こいつ、泣き虫グレイだよ。覚えてるだろ?」
「あー、何かガキの頃にいたなぁ。師範代に才能が無いから剣士になるのはやめて他の道を探せって言われて、みっともなくわんわん泣きわめいていた奴」
「いたいた。確か、姉貴が【剣王】になって、自分も才能があるんだって勘違いして入ってきた癖に、全員にコテンパンにされてたんだよな! なっつかし~! 何、お前、まだ剣士の道を諦めてなかったの? 姉貴が首狩りに殺されて道場から消えてから、てっきり剣を捨てたと思ってたんだけど?」
ゲラゲラ笑う男たち。
俺は、グレイがいつものように暴れるのかと思い、ヒヤヒヤしていた。
だが……グレイはただ無表情のまま、男たちを見つめるだけだった。
そして彼は再び受付へと顔を向け、静かに口を開く。
「登録を頼みたい」
「は、はい。無階級の、『流派・箒星』のグレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス様ですね。畏まりました。こちらの紙にサインをして、少々お待ちを―――」
受付嬢が最後まで言い終える前に、ピアスの男がさらにぐいっとグレイの肩を引き寄せる。
「おいおいおいおいおい、正気か? 泣き虫グレイ。良いか、剣王試験に挑む剣士は、殆どが階級持ちだ。俺たち三人は当然【剣候】の座についているし、周囲にいる他の奴らも、【剣鬼】か【剣候】の座に付いている。お前みたいな無階級の剣士は殆どいない。それに……ぷっ、何ていったか? 『流派・箒星』? 何だよその聞いたことのねぇ田舎流派は! そんなわけのわからない流派で【剣王】になれると思ってんのかよ、泣き虫グレイ!」
「箒星って、なんだよそれ! 天体観測する流派かぁ? はっはっはっ!!」
「今すぐ受付を取り消した方が良いんじゃないの? グレイレウスくーん? 昔みたいに、またみんなにボコボコにされて泣いちゃうよーん?」
ギャハハハハと笑い声を上げる男たち。だがグレイはそれを無視して、受付を済ませる。
「グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス様の剣王試験の受付、完了致しました。試験開始まで、こちらの用紙を持って、砦の中で待機してください」
「了解した」
グレイはペンを置いてサインを書き終えた後、紙を手に、そのまま砦へと向かって歩き出す。
ピアスの男はグレイの肩から手を外すと、チッと舌打ちをして、再度、口を開いた。
「おい、グレイレウス。今、【剣王】で最強と呼ばれている男が誰か知っているか? 昔、孤月流で散々お前をいたぶってきた、キリシュタット様だ!! またお前はあの方に無様な姿を見せるのか? えぇ?」
「……」
「クソが。泣き虫グレイの癖に無視しやがって。いいぜ。俺たち三人がまた、お前にヤキを入れてやるよ。ここは、お前みたいな人間には相応しくない場所だ。せいぜい、剣王試験を楽しみにしてるんだな、泣き虫グレイ!!」
グレイは一切の反応を示すことなく、砦の中へと入って行った。
その光景を見て、ロザレナが不愉快そうに眉をひそめる。
「何、あいつら。ムカつく連中ね。というか、グレイレウスがあいつらに対して何の反応も示していないのが不思議だったわ。いつものあいつだったら、その場で蹴りくらい入れそうだけど?」
「そう、ですね……」
グレイレウスは弟子の中で一番冷静な性格をしているように見えるが、ああ見えて沸点が低い。
俺や、仲間、姉のことを貶されると、あいつは間違いなくキレる。割と怒りやすい。
それなのに、あの場を耐えて見せた。
その姿を見て……俺は、グレイレウスの成長を感じた。
(あいつ……もしかして、俺の言葉をちゃんと守っているのか……?)
力を持つ者は、常に正しくあらねばならない。
俺は、今朝、弟子たちに向けてそう教えを説いた。
あいつは、剣を抜くべき時と場所を理解して、矛を納めた。その在り方は、真の強者に通ずるものと言えるだろう。グレイは、着実に、【剣神】への道を歩みだしている。
「だが、何も、俺は聖人になれとは言っていない。もし、剣王試験であのガラの悪い連中と戦うことがあったら、遠慮なくぶっ飛ばしてやれ、グレイ。お前がもう過去の自分ではないことを、奴らに知らしめてやれ」
「? 何か言った? アネット」
「いいえ、何でもございませんよ、お嬢様」
俺はそう言って、ロザレナに向けて微笑を浮かべた。
さらに数分が経過し、随分と列が前に進んだ。
受付まであと数十人といったところで、受付を済ましたアグニスが紙を手に、こちらへとやってくる。
「来ると思っていたぞ、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス」
「あんたもね、アグニス。あんたにジェシカに、メリア。これで、あたしが知る限りの剛剣型の強者が全員揃ったということね」
「ほう? メリアという名の者は、知らないな。ハッハッハッ、それほど強者が揃っているということは、今回の祭り事は楽しめそうだな! ロザレナ、お前と戦えることを、心から祈って――――」
アグニスがそう言いかけた、その時だった。
俺たちが並んでいる列の先頭、受付で、悲鳴が上がった。
「あ、亜人……! 龍人族が何でこんなところに……っ!」
俺たちが並んでいる中央の列を担当していた受付の男性が、そう言って、怯えた表情を浮かべる。
そんな彼の前に立っていたのは……メリアだった。
周囲の人間も、メリアに対して、何処か忌避感を覚えているような様子だった。
「……私の名前は、メリア・ドラセナベル。階級は無い。流派は……名前はないけど、【剣神】ジャストラム・グリムガルドの弟子。これで試験の登録をして欲しい」
「あ、亜人なんかを、栄えある剣王試験に参加させるなんて、できるわけないだろ!! 魔物の手先め!! 【剣神】の弟子だっていうのも、どうせ嘘に決まっている!!」
「……王都の中央にある掲示板に張られていた剣王試験の広告には、人種による制限は書かれていなかったはず。私は、嘘は言っていない。【剣神】の弟子であることも事実」
「うるさい! 近頃、王都に災厄級が出現するのも、全部お前たち亜人のせいなんだろう!? セレーネ教の教えでは、亜人は魔物を先祖とする悪しき種族だという話だからな! 人類を害する敵だともめ!! お前たちの言葉は全て人間を惑わす甘言だ! ベルゼブブに奪われた俺の家族を返せ!!」
「……」
ゼェゼェと荒く息を吐く受付の男性と、しゅんとなって、顔を俯かせるメリア。
その光景を見て、ロザレナが、前に行こうとする。
「ちょっと、あんた!! メリアがあんたにいったい何をしたって言うの!? 亜人だからって、言って良いことと悪いことが―――」
「お待ちください、お嬢様」
俺は、お嬢様の腕を掴んでお止めする。するとお嬢様は、怒りの形相で振り返った。
「何で止めるの、アネット! メリアはあたしの友達なのよ!? 友達が貶されて、黙ってなどいられないわ!」
「お嬢様のお気持ちは、痛い程分かります。ですが、剣王試験の参加者を決めるのは……主催者側です。そして、いつかメリアさん本人が言っていたことでもありますが、この聖グレクシア王国では、基本的に亜人は嫌悪される対象です」
俺の言葉に同意するように、アグニスも開口する。
「そこのメイドの言う通りだ。俺は亜人ではなく、牛型の獣人族だが……今回剣王試験に出場するにおいて、トラブルを避けるために、この通りフードで角を隠している」
そう言って、ポンポンと頭を撫でるアグニス。
そんな彼に、ロザレナが疑問を呈した。
「何で隠す必要があるのよ? あんた、亜人じゃなくて獣人族でしょう? 差別されるいわれはないはずだわ」
「分からないのか? 人族にとって、角が生えている者は総じて亜人扱いなのだよ。龍人族や夢魔族には角が生えているからな。俺もこの国では奴らと一緒くたにして見られてしまう。もっとも……獣人族も王国貴族からは嫌悪される対象だ。どこまでいっても、種族間の壁というものは無くならぬものなのだ」
「意味分かんない。別に、メリアもアグニスも、普通に喋ることができる人間じゃない。見た目が違うってだけで、どうしてそんなに差別する必要があるのよ?」
「フッ、お前のような奴が多ければ、この国も不自由がなかったのかもしれないが……如何せん、世の中そのような奴は少数派だ。根幹にあるのは、セレーネ教の教育ともいえるが……おっと、こんなところで教団を否定してはまずいな。とにかく、郷に入っては郷に従え、だ。理不尽だと思って反抗したところで、お前も友人共々試験を降ろされるだけの話だ。選択は謝らぬことだな」
ロザレナにそうアドバイスした後、アグニスは砦へと向かって去って行った。
ロザレナは、未だ受付の男性に罵詈雑言をぶつけられるメリアを見て、下唇を噛む。
「あたしには……何もできないの? どうすれば……」
ロザレナがそう呟いた、その時。
砦の中から、一人の少女が姿を現した。
「ちょーちょー、そんな騒いで、どうしたの?」
そう言って仮設テントの前に現れたのは、ローズピンク色の髪をした、胸元を開けった色っぽいねーちゃ……ゴホン、訂正。可愛らしい女の子だった。
彼女は受付の男性とメリアの間に立ち、交互に顔を見つめると、「んー?」と、受付の男性へと疑問の声を放つ。
そんな彼女に対して、男性は顔を赤く染めながら、慌てて姿勢を正した。
「こ、これは、【剣王】ラピス様! も、申し訳ございません! お見苦しいところを……!」
「んー、これって、もしかしてあれかな? 亜人が【剣王】試験を受けるのは駄目だーって、怒ってた系のアレなのかな?」
「は、はい……。ラピス様もご存知の通り、亜人はセレーネ教において、魔の存在とされている種族です。ですから、我が国の剣王になる資格はないかと……」
「やーん、もぅ、そんな怖い顔しないの。せっかくの男前が台無しだよぉ?」
ラピスと呼ばれた少女は、受付の男性の顎を掴むと、自分の目と無理やり合わせる。
「ねぇねぇ、君ぃ。あとでラピちゃんが、イ・イ・コ・ト、してあげるから、この子はスルーしてあげてくれないかなぁ。お願い~」
「で、ですが、亜人を試験に参加登録しては、我々の上官であるルクス様が……!」
「人族だけじゃ、試験も面白くないって~。ラピちゃんは、色んな種族が戦ってこそ、剣王に相応しい存在が産まれるんじゃないかなぁって思うの。ね? おねがい~」
「で、ですが……」
「えー?」
ラピスが、受付の男性に向けて大きな胸の谷間を見せつける。
すると男性はゴクリと唾を呑み込み、谷間に釘付けになりながら口を開いた。
「わ……分かりました……そこの亜人を参加登録します……」
「フフ、話が分かる人は嫌いじゃないよ。あ・り・が・と♡」
そう言って、受付の男性のおでこを指でトンと叩いた後、ラピスは振り返り、メリアへと声を掛ける。
「良かったね、龍人族ちゃん。これで試験が受けられるよ」
「……どうして、私を助けたの? 貴方、人族なのに……」
「助けたわけじゃないよー。私はただ、色々な種族がいた方が楽しいと思っただけ。それじゃあね、試験、頑張ってー。ばいばいドラグニクル~」
手を振って、砦に戻って行くラピス。
それと同時に、周囲から、人々の声が聴こえてくる。
「【剣王】『幻惑剣』ラピス・ソレイシア様。相変わらず、お美しいな……お近づきになりたい……」
「馬鹿、あの方は特定の男性を作らないって話だぞ? 気に入った男性を虜にした後、興味がなくなったら、即座にポイって捨てるって噂だ。男を手玉に取るのが趣味だという話らしい」
「それでもいいから、お近づきになりたい……」
がやがやと、そんな会話が耳に入ってくる。
俺は、砦の玄関口へと歩いて行くラピスの背中を静かに見つめた。
(『幻惑剣』ラピス・ソレイシア、か……)
亜人差別の色が濃いこの国で、よく、メリアを助けたものだな。
良い奴……なのか? あんまりよくない趣味をお持ちのようだが。
生前の俺だったら良いように手玉に取られていそうだな。うん。良い歳こいて童貞のまま死んだ生前の俺だったら、あの娘は最大の弱点になっていた可能性がある。危ない危ない。
「……何で、あの女の背中をじっと見つめているのかしら、アネット」
ハッとして前に視線を向けると、そこには、ジト目で俺を睨み付けているお嬢様の姿があった。
ロザレナは眉をピクピクと動かしながら、再度、口を開く。
「貴方、そんなに、胸が大きい子が好きなのかしら~?」
「い、いえ、そういった意味で彼女を見ていたわけではありませんよ、お嬢様」
「自分も胸が大きい癖に! どれだけ胸を求めれば気が済むのよ、このおっぱい大魔神!!」
そんなに胸を求めていませんが!? というか、自分が胸が大きくなることは全然求めていませんでしたが!? 死に際の俺は、モテモテハーレムを求めていただけで、けっして自分が女になることは望んでいませんでしたが!?
ロザレナに不名誉なあだ名を付けられた俺は、プンプンと怒る主人と共に、ゆっくりと進行する列を進んでいくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ラピスは砦に入った後、大きくため息を吐く。
すると、部下と話していたルクスが、会話を止めて、彼女の元へと向かって行った。
「……亜人を剣王試験に迎い入れたと聞いたぞ、ラピス」
「あら、ルクス。お耳が早いのね」
「君は理解しているのだろうか。亜人は、セレーネ教において忌むべき存在だ。もし万が一、亜人などが【剣王】になってしまったら―――」
「ごめーんっぴ。ラピちゃん、そっちの方が面白そうと思ったのー」
「相変わらずの快楽主義者のようだが、気を付けたまえ。君は【剣王】でも下位の存在。今回の試験結果で、君よりも有能な人材が見つかった場合、君は、【剣王】の座からふるい落とされる可能性もある」
「やーん、もーう、そうゆうむっずかしーお話は、ラピちゃんだいきらーい。ルクスはほーんと、話していておもしろくなーい。もっとたのしーお話してほしーなー」
そう言ってラピスはルクスに背中を見せ、砦の奥へと向かって行く。
その瞬間、ラピスはルクスに見られないように、べーっと舌を出した。
「亜人差別なんて、なくなればいーのに。ほーんと、【剣王】なんてろくでもない奴ばっかり。誰か、全員の鼻っ柱を折ってくれないかな~」




