第10章 二学期 第293話 剣王試験編ー⑪ 剣王の名を冠する者たち
「……」
窓から陽光が差し込む王宮の廊下。
そこに、白銀の鎧甲冑を着込んだ騎士が歩いていた。
金の髪に薄紫色の瞳の美しい顔立ちをした青年。
そんな彼に向かって、突如、廊下の奥から一人の女剣士が走って来た。
「ルクスゥゥゥゥゥ!!!! その首、貰ったァァァァ!!!!」
「また君か、クローディア」
騎士は腰の鞘から剣を抜くと、剣に手を当て詠唱を唱える。
「―――――神よ、我が剣に光の力を……【聖剣】!」
そして騎士は光を纏った剣を、襲撃者に向けて光の如き速さで振る。
クローディアと呼ばれた女剣士は軽やかにバク転をして、その光の剣を寸前で避けてみせた。
その後、地面に着地すると、彼女は切れた頬から流れる血を長い舌を舐め取り、不気味な笑みを浮かべる。
「あはぁ♡ いいねェ、いいねェ、ルクスゥ!! あたし、イッちゃいそうだよ!! 流石は、黄金剣の再来と呼ばれている男だねェ!! あたしの出身、奈落の掃き溜めには、こんな綺麗な顔をして強い奴はいなかった!! ゾクゾクするねェ!! その顔をグッチャグッチャにしてやりたいねェ!!」
「クローディア。今日は、王宮の一室を借りて、剣王試験について会議をするという話ではなかったか? それと、今の情勢的に、城の中での抜刀は控えた方が良い。王子殿下たちにいらぬ心配をかけてしまうことになる」
「ファァァァッック! そんなの関係ねェだろォ? 『聖剣』! 奈落の掃き溜めで男と女が出逢ったら、ヤることは決まってんだよォ!! スラムのガキでも分かることよォ? 命を賭けて、ド突き合いッ!! ヒィーッハァァ!!!! 生殖行為も殺し合いも同じってことだよォ、分かったかい? 童貞坊やァ?」
血の跡が染みついたのこぎりのような刀を肩に載せて、黒髪の女剣士は、中指を立てて舌を出す。
スリットが入った修道服に、鉄の胸当て、背中にあるのは巨大なノコギリ刀を納めるための鞘。
彼女の名は、【剣王】クローディア・アイゼンスター。
王国最大のスラム街『奈落の掃き溜め』出身で、セレーネ教に拾われてからは異端審問官として活躍していた、元殺し屋だ。
その実力は、【剣王】の中でも三番手、上位の腕前。二つ名は『断罪剣』。
そんな彼女に対して、ルクスと呼ばれた騎士の青年がため息を吐き、口を開く。
「君のその戦闘好きな性格は分かってはいるが、時と状況を選びたまえ。【剣王】として相応しい振る舞いをしていただきたいものだ」
「Death!!!! そんなつまらねーこと言ってんじゃないのよォ、お坊ちゃん!! 剣士ってのは、強い奴をブッ倒す時に一番快感を覚える生き物だろう!? あたしはこんなクソの肥溜めみてェな【剣王】の座に居続けるわけにはいかないのよォ!! 早く【剣神】になって、本当の化け物どもと殺し合いがしたいんだよォ!!」
「【剣神】になりたいのは、皆同じだ。だが【剣王】同士で殺し合ったところで、【剣神】になれはしない」
睨み合う白銀の聖騎士と黒髪の女剣士。
すると、その時。黒髪の女剣士の背後から、何者かが駆け寄って来た。
「もう、クロちゃん、ここはお城なんだよ!? これ被って大人しくしてて!」
背後からローズピンク色の髪の少女が、クローディアと呼ばれた女剣士の頭に紙袋を被せた。
すると、その瞬間。クローディアは先程までの様子とは一変、俯き、小声でぼそぼそと喋り始める。
「……あ、ありがとうございます、ラピさん。私、日の光に当たると何故かあんなふうになってしまって……みなさんの大切な時間を奪ってしまって本当に申し訳ございませんでした……あぁ……駄目だ……私なんて死んだ方が良いんだ……ルクスさんやラピさんにも迷惑をかけてしまって……もう駄目だ、死のう……」
ガリガリと自分の手首を掻きむしろうとするクローディアを、ラピと呼ばれた少女が慌てて止める。
「ちょ、ちょい待ち! それやめれーって、私、前に言ったよね!? 死んじゃ駄目! これ以上【剣王】が減ったら、流石にシャレにならないって! ただでさえ人員不足なんだからさ!」
そう言って、クローディアの手を止めようとする、ミディアムヘアーの少女。
彼女の名は、【剣王】ラピス・ソレイシア。二つ名は『幻惑剣』。
妨害属性魔法の幻惑魔法を得意とする、王国ではレアな能力を持つ魔法剣士だが、その実力は【剣王】でも下位とされている。
いつも胸元を開けている服を着ており、男性を虜にして、手玉にするという悪辣な趣味を持っている。
ラピスがクローディアの手を必死になって止めようとしていた、その時。
廊下の奥から、二人の青年が姿を現した。
「おや、全員、もう集まっていたのか」
そう言って声を掛けたのは、背中に太刀を装備した、オレンジ色の髪の青年。
名を、【剣王】アレフレッド・ロックベルト。二つ名は『熱剣』。
敗北する度に闘気の量が増加するという能力以外、目立った能力を持っていないが、王都の民からの人気が高く、人格者。暴食の王の一件で活躍したことから、【剣王】の中でも上位の実力を持っているとされている。しかし実際の能力は中堅といったところ。ムッツリスケベなところが玉に瑕。メインは剛剣型だが、サブで速剣型の歩法も使用できる。
「美しき同胞諸君、ボンジュール」
アレフレッドの隣に立った、紫色の長髪の天然パーマの青年は、手鏡片手にそう口を開く。
彼の名は、ロドリゲス・フォン・エンドクライブ。二つ名は『美麗剣』。
彼は画商として王宮勤めしている貴族エンドクライブ家の長男であり、聖騎士養成学校に通うシュタイナーの兄でもある。基本、美しいものには敬意を払うが、醜いものはとことん見下す、困った性格をしている。ただ、彼は見た目ではなく、内面を見て美醜を判断しているらしい。【剣王】の中での実力は、やや下位より。光り輝く鞭のような剣を手にして攻撃する。速剣型。
アレフレッドとロドリゲス。二人は、ハインラインの弟子だった。
そんな二人に、ルクスはニコリと笑みを浮かべ、挨拶をする。
「『熱剣』のアレフレッド、『美麗剣』のロドリゲスか。久しぶりだな」
その挨拶に、アレフレッドはコクリと頷く。
「そうだな、ルクス。……ルインとヘンリーのことは残念だったな。『三切斬剣』のルインは暴食の王に喰われ、『燕爪剣』のヘンリーは先月のベルゼブブによってやられてしまった。あとは、フランエッテが昇進して抜けたか。ただでさえ人員不足だった剣王が、六人にまで減らされた。これは由々しき事態だ」
「その通りだ、アレフレッド。だからこそ、我々も今までサボッていた分、後進育成に努めなければならない。立て続いての災厄級の到来だ。王国民は、不安でいっぱいになっていることだろう。剣王試験では、彼らの不安を払拭できるような、優秀な人材を取らなければならない」
そう答えた白銀の聖騎士の名は……【剣王】ルクス・アークライト・メリリアナ。
二つ名は『聖剣』。
フランシアの分家、メリリアナ家の長男であり、ルナティエの従兄弟に当たる。
敬虔なセレーネ教徒であり、ジュリアン派閥の騎士でもある。
【剣王】としての実力は二番手。そう、彼よりも上が、【剣王】にはまだいる。
「――――――揃いも揃って、相変わらず湿気た顔をしているな、お前ら」
紫髪のオールバックヘアーで、肩に上着を掛けた、偉そうな男が姿を現す。
彼は肩に娼婦を抱きながら、剣王たちの前に立った。
彼のその登場に、全員(紙袋を被っているクローディア以外)が、嫌な表情を浮かべる。
「珍しく、キリシュタットも来てたんだ……」
「俺が剣王会議に来ちゃいけない理由でもあるのか? ラピス」
「ん、いや、ないけどさぁ……貴方がいると話し合いもまともに進まないというか……」
「ハハハハ! 雑魚が、一丁前に吠えるな。俺は【剣王】の中で一番強い。俺がお前たちの長だ。異存のある奴はいるか? あるのなら今すぐかかって来い。欲しいものがあるのなら、力づくでだ。それが俺たち剣士の流儀って奴だろう?」
キリシュタットの言葉に、誰もが口を噤む。
キリシュタットは満足そうな表情を浮かべると、踵を返した。
「よし。反対意見はないな。それじゃあ、みんなで一緒に考えようじゃないか。これから先に始まる、剣王試験の内容をな。集まった雑魚どもの中からそれなりに使える雑魚を探すんだ、これは、難しい作業になるな。ハハハハハ!」
彼の名は、【剣王】キリシュタット。二つ名は『餓狼剣』。
ある事情で一家から追放されているため、本名は名乗ってはいない。
だが、彼の出自は、剣王の誰もが知っている。
その本名は……キリシュタット・フォン・オルベルフ。
そう、彼はレティキュラータス家の分家、オルベルフ家の―――――長男だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
十月二十二日。剣王試験まで、あと八日。
放課後。いつものようにロザレナと共に満月亭へと帰宅すると、寮の前に見覚えのあるピンク色の馬車が停まっていた。
「またか……」
俺がため息を吐くと、隣に立っていたロザレナがキョトンとした表情を浮かべる。
「またって、何? というか、あの馬車何なの? アネットの知り合い?」
「……そのようなものです。以前、私がオフィアーヌ家の血を引いていると分かった王族の方が、私を配下にするために、スカウトしに来たのですよ。すぐに済ませますので、お嬢様は何も余計なことは言わないように。よろしいですね?」
「わ、分かったわ」
緊張した面持ちのロザレナに笑みを浮かべた後、俺は彼女と共に、満月亭の玄関口へと向かう。
すると、満月亭の前に立っていたのは、案の定、フレーチェル王女とお付きの騎士二人だった。
フレーチェル王女は俺の顔を見ると、笑みを浮かべる。
「あら、今、お帰りでしたの? アネット・オフィアーヌ」
「フレーチェル殿下……またいらしたのですか……」
「勿論です。考えを改めて、私の配下になりなさい、アネット・オフィアーヌ。何が不満なのですか? 王女の配下となれるのですよ? 地位も名誉も財産も確約されたものです。これ以上の喜びはないはずです」
そう言って腰に手を当て、フンと鼻を鳴らすフレーチェル。
そんな彼女に、以前ゾーランドと名乗った老騎士は慌てた表情を浮かべ、もう一人の若い騎士は呆れた様子でため息を吐いた。
「ひ、姫様! そんなに上から目線では、先代オフィアーヌ伯も良い返事をしませんよ! 下手に行かねば!」
「旦那。姫さんはもう、四大騎士公の配下を探すのを止めにした方が良いのではないですか? 聖王を目指すのではなく、有力な王位継承者の傘下に入った方が良いと思いますぜ?」
「グリウス、馬鹿者! 姫様のお考えを否定する気か!」
老騎士が青年騎士を叱っている間、フレーチェルは一歩前に出て、俺に向けて口を開く。
「私が聖王になったら、貴方の願いを何でも叶えて差し上げますわ。望むものは、全て差し上げます」
フレーチェルのその言葉に、俺は短く息を吐き、開口する。
「フレーチェル殿下。その誘いでは、貴方様を慕う臣下ではなく、金目当てのゴロツキしか寄って来ませんよ。勿論、私も貴方様の配下になるつもりはございません」
「え? な、なんで……?」
「無礼を承知で問いを投げさせていただきます。殿下は、聖王になって、この国をどのように変えていきたいとお考えなのですか?」
「そ、それは……私が認める、可愛いものだらけの国に……」
「可愛いものだらけにして、いったい、誰が救われるのですか? 御言葉ですが、今この国に生きる者の中には、飢えで死んでいく者もおります。そんな最中、誰が貴方様の『可愛いものだらけの国』に共感し、ついていく者がいるというのでしょうか?」
「飢えで死んでいくもの? そんなはずはありません! 聖グレクシア王国は、大陸の中でも、最も美しく豊かな土地を持っている国! フランシア領で獲れる食料は、全国民にいきわたっているはずです! 飢えで困窮している者など、どこにもいませんわ! お兄様も言っていましたもの! 聖グレクシア王国の民は皆、幸せだと!」
「何も……知らないのですね」
「え?」
俺の心底失望した瞳を見て、フレーチェルはビクリと肩を震わせる。
「王女殿下。貴方が今まで見てきたのは、上層の世界だけです。王都の堀の下にある下層の世界……『奈落の掃き溜め』にどのような世界が広がっているのか、ご存知ですか?」
「『奈落の掃き溜め』……? な、なんですの、それは?」
フレーチェルは、老騎士ゾーランドへと視線を向ける。
老騎士は首を横に振り、俺へと視線を向けてきた。
「アネット様、申し訳ございません。姫様は、今まで兄君であるジュリアン殿下としかお話したことがなく、外の世界のことを知らないのです。いや……少し異なりますね。姫様は、ジュリアン殿下から聞いた聖グレクシア王国しか、知らないのです」
なるほど。ジュリアンによって都合の良い情報しか与えられて来なかったというわけか。王家やセレーネ教に与する者にとって『奈落の掃き溜め』は、無い物も同然の世界だからな。世間知らずの御姫様に対して、臭い物に蓋をしたわけだ。
「そ、そんな……この王国に、飢えで苦しむ人が住む場所がありますの? だったら何故、お父様やお兄様は、そこに住まう民を救おうとはしなかったのですか?」
「姫様。そんな簡単に済む話ではないのですよ。『奈落の掃き溜め』ができた背景には、帝国との戦によるものや、バルトシュタイン家が権力を専横し領地を接収したことなど、多岐に渡る要因があるのです。それに……あの場所ができてからもう数十年以上は経っている。今更『奈落の掃き溜め』の荒くれ者の住民を上層に上げては、王都が混乱することになるでしょう。彼らも、上層の人間と関わりたくはないはずです。進んで堀の下で暮らしている者もおりますので」
「旦那の言う通りだぜ、姫さん。『奈落の掃き溜め』の奴らの殆どは、王家と貴族を憎んでいる連中です。姫さんが奴らを助けると言っても、はいありがとうございますって、進んで施しを受けるとは思いませんねぇ」
「…………嘘です……やっぱり私は、この美しい聖グレクシア王国に、そんな場所があるとは思えませんわ……」
俯くフレーチェル。
俺は再びため息を吐くと、ロザレナを連れて、王女たちの横を通った。
「申し訳ございませんが……私は、自分の命を賭してまで、貴方を聖王にしたいとは思いません。他を当たってください」
「……」
俺の言葉に、フレーチェルは拳をギュッと握り、俯くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……で、どうするよ、旦那。アネット・オフィアーヌ以外に、ジュリアン派閥にもエステリアル派閥にも属していない四大騎士公の末裔を探すか?」
満月亭の玄関前で残された青年騎士グリウスは、そう、フレーチェルの隣に立つ老騎士へと声を掛ける。
その言葉に、ゾーランドはコクリと頷き、顎に手を当てて口を開いた。
「私は、アネット・オフィアーヌ様が、姫様をお支えしてくださるのにぴったりな人材だと思ったのだが……こうなっては仕方あるまい。グリウス。他に、目ぼしい人材はいるか?」
「まぁ、でかいところで言ったら、フランシア伯か新オフィアーヌ伯、あとは戦力になるかは分からないがレティキュラータス伯と言ったところか」
「フランシア伯は、間違いなくフレーチェル殿下の下には付かないだろう。あの方は大局を見る御方だ。権力のある王子にしか付かない。恐らくジュリアン派閥かエステリアル派閥のどちらかに付くだろう。オフィアーヌ伯は……情報は少ないが、まだ幼い子供だと聞く。少々心配が残るところだが、先代にああも拒絶されては、望み薄かもしれないな。レティキュラータス伯は……最後の局面まで考慮しておこう」
「こっちも選んでる立場じゃないと思うけどな。だったら、四大騎士公本家の人間ではなく、地道に分家の者に声を掛けるしかないな。分家の奴には権力欲しさにどうしても巡礼の儀に出たい奴もいるだろう。そういう奴を狙っていこう」
「本当であれば、殿下に真に忠誠を誓っている者を仲間に引き入れたかったのだが……致し方なし、だな。ジュリアン殿下がフレーチェル殿下にエステリアルの暗殺を命じた以上、早く騎士公の配下を見つけて独立する他あるまい」
ゾーランドの言葉に、フレーチェルは俯き、涙を堪える。
「私が……お兄様の言う通り、エステリアルを暗殺すれば……私はお兄様に捨てられずに済むのかな……」
「いや、姫さん。あんたじゃどう考えてもエステリアルは殺せないだろ。大方、ジュリアン殿下は、あんたを利用して―――」
「グリウス。よせ」
ゾーランドはそう言ってグリウスを黙らせると、しゃがみ込み、フレーチェルの肩を掴んだ。
「姫様。貴方様が、いくらエステリアルを憎んでいたとしても、他人を殺すことができないのは知っています。姫様は、お優しい御方です。私も姫様のそういうところが好きです。ですからその在り方を損なわないですください。大丈夫です、私とグリウスで、姫様の御命は何としてでもお守り致しますから」
そう言って、ゾーランドは優しく微笑むのだった。
満月亭の物陰で、フレーチェルたちのやり取りを見ていたマイスは、深くため息を吐く。
そして踵を返すと、彼は寮の裏手へと向かって行き、静かに口を開いた。
「……救われないな」




