第10章 二学期 第292話 剣王試験編ー⑩ 覚醒まであと一歩
その後。俺は、弟子四人の稽古を続けて行った。
修行を開始してから、三日後。十月十二日。
ロザレナは、闘気を増やす修行で、かなり苦戦している様子だった。
「はぁはぁ……!」
修練場で膝を付けて、俯き、大きく呼吸を乱すロザレナ。
修行を開始してから三日で気絶することは無くなったが、相変わらず、一日のトレーニングノルマを達成することができていなかった。
そのため、既に、ノルマは三日分も加算されていた。
「お嬢様。休憩なさいますか?」
「ゼェゼェ……アネット……ルナティエの調子は、どう?」
「ルナティエの希望で詳細な稽古内容は明かせませんが……彼女は今まさに、自分の壁を超えようとしています。本気で、【剣王】に……いえ、お嬢様を倒そうと努力していらっしゃいます」
俺のその言葉に、ロザレナは不敵な笑みを浮かべ、顔を上げる。
「だったら――――あたしもこんなところで止まってはいられないわね!! 限界くらい、軽く超えてみせるわッッ!!!!」
そう叫び立ち上がると、ロザレナは額から流れる汗を袖で拭いとる。
そして彼女は紅い瞳で虚空を睨み付け、修練場の周囲を走り出した。
「おりゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!! 敗けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!!!」
そう言って走り出した彼女の身体に、薄っすらと闘気の気配が現れる。
だがすぐにその闘気は『闘気石』に吸われ、消滅していった。
その光景を見て、俺はニヤリと、笑みを浮かべる。
「順調に、身体の奥底にある闘気を引き出されていますね。全てのノルマを終え『闘気石』を外したその時。お嬢様はきっと、ご自身の成長に驚かれることでしょう。その日がとても楽しみです」
俺はそう言って、その場を後にした。
二日後。十月十五日。
ルナティエの稽古場に訪れ、俺はいつもと同じように、彼女に稽古を付けていた。
しかし修行を開始してからというもの、ルナティエはまだ、ステップ1をクリアできていなかった。
「あぐぁっ!?」
今日も今日とて俺の上段に吹き飛ばされたルナティエは、ゴロゴロと転がり……後方にあった大木へと背中をぶつける。
痛みに顔を歪めながら、ルナティエは剣を杖替わりにして立ち上がると、すぐに戦闘態勢を取った。
元々、あいつは、数多くの敗北を重ねてきている身の上。何度吹き飛ばされようとも、その目に諦めの様子は見られない。飽くなき勝利への渇望―――それがルナティエの強さの源である。
その在り方は、ロザレナの持つ剣聖への執着心と、似たものだろう。
二人は同様の精神性の持ち主。だからこそ……この試練を、ルナティエも乗り越えられるはず。
「……足が震えていますよ。どうしました? 限界なら、今日は終わりにしますか?」
「いいえ……!! 今日こそ、このステップ1を乗り越えてみせますわ……!!」
その言葉に笑みを浮かべた後、俺は上段に剣を構え、ルナティエへと向かって走って行く。
ルナティエは立ち上がると、剣を構えながら、こちらをまっすぐと見据える。
(見たところ、構え方に変化は何もなさそうだ。ルナティエはロザレナとは異なり、身体的能力でこの剣を抑える術を持たないだろう。さぁ……どう乗り越えてみせる、策略家の剣士……!)
俺が剣を振り降ろした瞬間、ルナティエは屈んでみせる。
すると俺の剣は、ルナティエの背後にある大木を真っ二つに斬り裂いた。
剣が大木に突き刺さり、隙ができる。
その瞬間、ルナティエは屈んだ態勢で、【縮地】を発動させる。
なるほど。背後にある大木を利用することによって、上段を振り降ろすまでの時間稼ぎをしてみせたか。
俺は大木から剣を引き抜くと、即座に振り返り、背中に向けて突かれた剣に対して、上段の剣を放った。
時間稼ぎをしたところで、俺の上段の剣の方が、速度が速い。
ルナティエの頭上に、俺の箒丸が叩き込まれる――――――――その瞬間。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
ルナティエは顔を逸らし、上段の剣をギリギリで避けてみせた。
俺はその光景を見てニヤリと笑みを浮かべると、「ほう」と感心した声を漏らす。
つま先立ちになり、足で地面を叩くと、姿を掻き消すルナティエ。
そして彼女は後方へと下がると、俺に向けて斬撃を飛ばしてくる。
「【水流・烈風裂波斬】!!!!」
水の刃が俺に向けて放たれる。
それと同時に足で地面を叩き、ルナティエは【縮地】を使って再び姿を掻き消す。
(見事だ……!)
俺が斬撃を上段で消し飛ばした瞬間、ルナティエは背後に回り、俺の首元にレイピアを突き付けた。
「はぁはぁはぁ……!」
背後で荒く息を吐くルナティエに、俺は戦闘態勢を解き、優しく声を掛ける。
「お見事です。これでルナティエは、上段の動きの癖を理解して、上段を振る前に回避の行動を取れるようになりました。最後の、隙だらけの相手に斬撃を飛ばして、完璧に相手の背後を取った策もお見事でした。もし、攻撃を回避しただけで背後を取っていたのなら、【剣王】相手では普通に攻撃を防がれていたでしょう。今までの経験が生きましたね」
「ゼェゼェゼェゼェ……! ギリギリ、でしたけどね……!」
「はい。ステップ1はクリアですが、これからも最初の10分間はこの修行を行いましょう。良いですか、ルナティエ。上位の剣士は、相手の腕や足の動きを見ただけで、次にどうのような攻撃が来るか察知できるものなのです。貴方にはこれから、剛剣の上段だけではなく、あらゆる型の攻撃動作を頭に叩き込んでいただきます」
これは、アレスの門下生であれば、誰でもできた技術だ。
少し意味合いが違うが、マリーランドで戦った時、アレスが俺の動きを完璧に把握していたのも、これと似た技術と言えるだろう。まぁアレは、ただ単に今まで俺と一番組手をしてきたあいつだからこそ、俺の動きを把握できたという話だが。
とにかく、これからルナティエが必要になるのは、できるだけ相手の攻撃を受けない能力。つまりは、見切りという技術。
オールラウンダーであるからこその体力や闘気の少なさは、戦闘において、致命傷になり得る。
だから彼女には、ダメージを負わない能力を身に付けさせる。
ハッ。これからルナティエと戦う奴は、相当、やりにくいだろうぜ。
だって奴は全ての型の攻撃を使用でき、尚且つ、全ての型の攻撃を見切る能力を手に入れるのだからな。
この【見切り】ができるのも、今の時代だと、俺とハインライン、ジャストラムくらいしかいないんじゃねないか?
まだ剛剣型の上段をギリギリ見切れるだけのレベルだが……これから相当強くなるぜ、ルナティエは。
俺は、彼女の素養に相応しい能力を与える。後は、その能力を使って、どう格上と戦っていくかだけだ。そこは、ルナティエの頭脳にかかっている。
「では、次は、ステップ2に移ります。ステップ2は、私が【縮地】で動いて攻撃するので、それを見切ること。あぁ、勿論対速剣型ですので、私は闘気を纏いません。【剣王】レベルの速剣型の実力で攻撃します。良いですね?」
「は……? ちょ、ちょっと、待ってください、師匠……! 休憩……!」
「行きますよ。構えてください」
そうして、ルナティエと俺は修行を続けて行った。
四日後。十月十九日。
俺はグレイに稽古を付けていたが……彼への稽古は、佳境に差し掛かっていた。
森の中。俺とグレイは木々の合間を駆け抜け、お互いに剣をぶつけ合う。
「――――ッッ!!!!」
グレイは地面を蹴り上げるが、それは二回まで。【瞬閃脚】の三回には至らない。
だが、徐々にコントロールができるようになっており、二回の【縮地】の速度にも慣れ、大木に激突することは少なくなっていた。
もう既に……そこらの並の剣士よりは速く動けている。
弟子の中では一番、彼が速い。他に速剣型がいないので当然の話だが。
―――キィィィィン。
俺が振った剣に、ギリギリで小太刀をぶつけ、相殺するグレイ。
【瞬閃脚】を使用する俺の速さにも目が慣れてきているようだ。
反応は良し。だが、まだまだ詰めが甘い。
俺は即座に【瞬閃脚】を使用して、彼の背後へと回る。
こちらの動きに目が追い付いているが、俺はグレイが防御の構えを取る前に、彼の背中を蹴り上げた。
「かはっ!?」
血を吐き出し、空へと舞い上がるグレイ。
俺は地面を蹴り上げ、瞬時にグレイの元へと跳躍する。
そんな俺に気付き、グレイは空中に浮かびながらも、両手に持った剣をクロスにし、防御の構えを取る。
「良いか、グレイ。一流の速剣型の剣士は、こういう戦い方をするものだ。一瞬たりとも気を抜くなよ。お前に―――少しだけ、本物の速さというものを見せてやる」
「!?」
俺はグレイのクロスした剣に箒の一閃を放つ。
その威力に苦悶の表情を浮かべるが、グレイは何とか持ちこたえる。
俺はクルクルと空中を回った後、付近にあった大木の枝に着地し、そのまま【瞬閃脚】を発動させ―――再び、落下するグレイへと向かって空中に飛ぶ。
そんな俺の攻撃に気付き、防御しようと小太刀を構えようとするが……それが一歩間に合わず。俺は箒丸を構えながら、グレイの横をすれ違う。その瞬間、俺の持っていた箒丸の剣閃によって、グレイの頬に切り傷ができた。
「なっ……!」
「さらに、加速していくぞ」
俺は再度付近にあった木々に足を付けると、瞬き程の速さで三度蹴り上げ、【瞬閃脚】を発動させて空中に舞い上がる。
グレイも気付いただろう。俺が攻撃する事に上空へと舞い上がり、一向に、自分が落下しないことに。
これが、一流の速剣型の攻撃方法。名を―――【瞬閃剣】。
この剣技は至ってシンプル。何度も【瞬閃脚】を使用することで、空中にいる獲物を斬り刻んでいく技だ。
だが、【瞬閃脚】というものは、瞬時に使用することで、その勢いは増し、スピードが上がっていくもの。
つまり、俺が何度も地面に着地するごとに、奴は、空中の上で無防備に斬り刻まれることを余儀なくされてしまうのだ。
再び大木に足を付けた俺は、【瞬閃脚】を使用して空中にいるグレイへと向かって行く。
グレイは再び防御しようとするが、一歩間に合わず、奴の肩から鮮血が噴き出した。
「は……速すぎる……ッッ!!」
「身体で覚えろ。速剣型の戦い方を。こいつが【瞬閃剣】と呼ばれるものだ」
通算、五分間で何十回も往復した後、俺はグレイを、地面へと叩き落した。
ドシャァンと土煙を巻き上げ地面に落下するグレイ。俺はその目の前に降り立つ。
土煙がなくなった後。グレイはゲホゲホと咳き込み、膝立ちになる。
動きを見せただけで、致命傷は与えていない。グレイの身体は切り傷だらけにはなっているが、今後の修行には支障がない状態だった。
俺はそんな奴の前に立ち、肩に箒丸を載せながら、声を掛ける。
「お前が【瞬閃脚】を覚えれば、自動的に【瞬閃剣】を会得することにも繋がる。空中に舞い上がったら最後、殆どの剣士は、速剣型から逃げる術を持たない。剛剣型は全身に闘気によるガードを張るだろうが、言ってしまえばそれは我慢比べ。闘気で身体を守っていても、攻撃に転じることができなければ体力の底が付く。魔法剣型も空中の上ではどうしようもない。攻撃魔法の詠唱をする暇がないからな」
「師匠。では、どうすれば、【瞬閃剣】から逃れられるのでしょうか?」
「まぁ、色々な方法があると言えばあるのだが、基本、逃れるよりも予防した方が早い。上位の剣士たちが速剣型を相手にする時、不用意に背中を相手に取られないことを意識する。空中に飛ばされては敵わないからな。だから、相手が【瞬閃脚】を使用できる速剣型だった場合は、背中だけは取られないように気を付けろ。今みたいになったら、抜けだす方法はほぼないと思え」
「はい!」
「【瞬閃剣】から逃れる方法は、まぁ、速剣型の剣に対して【見切り】を使用できる剣士だったら解除できるが……そこはおいおいだ。今のお前には、【瞬閃脚】会得のために、俺の速剣型の足運びを見て学んでもらう。良いな」
「はい!」
そうして俺とグレイは再び姿を掻き消すと、空中を舞い、剣をぶつけ合っていった。
二日後。十月二十二日。
ついに、フランエッテが、魔力のコントロールをできるようになった。
ただそれと同時に、ある事実が発覚する。
いやこの件については予め俺も予想していたことだった。
「――――――【次元斬】!」
フランエッテは剣を横薙ぎに振るが、しーんと静まり返るだけで、何も起こらない。
彼女は目をウルウルとさせて、背後に立つ俺に視線を向ける。
「……師匠ぁ~。何で魔力の制御ができるようになったのに、【次元斬】が発動しないんじゃ~~!!」
「恐らく、フランエッテが使っている魔法は……全部、魔法の名称が異なっているのだと思いますよ」
「ほへ?」
「ベアトリックス先生の受け入りですが……魔法というものは、本来、正しい詠唱と名を口にすることで、発動するものです。通常は、自分の属性に合った魔法を、魔導書に書かれている詠唱を何度も読み上げることで習得していくものなんです。それなのに、フランエッテは、自分で勝手に魔法に名を付けて発動させてしまっている……そうでしょう?」
「ぎくっ! そ、それは、そうじゃが……じゃ、じゃあ、この【次元斬】の正しい名前は何というのじゃ、師匠! 魔導書を探せば書いてあるのかの!」
「いいえ。貴方の使用する魔法は、正体不明の属性。つまり……帝国にでも行って消滅した古代魔法の文献を漁らないことには、正しい名前を見つけることすらできません。王国で最も魔法に精通しているオフィアーヌ家の書庫にも無かったのですから、それ以外に道はありませんよ。残念ながら」
「なんじゃとッ!? つまり、帝国に行かねば、妾は一生、【次元斬】を低確率ガチャのまま使用しないといけなくなると、そういうことなのか!?」
「はい」
コクリと頷く俺に、フランエッテが肩をがっしりと掴んできた。
「師匠~! 妾と一緒に帝国に行って欲しいのじゃ~! 妾にはこの剣しかまともに戦えそうな技がないんじゃ~~! このままじゃ、ロザレナたちに手品師と呼ばれたままになってしまうのじゃ~~!」
「今すぐ帝国に行けるわけないじゃないですか! フランエッテの魔法についてはいずれ私も解決策を見つけられるように協力しますから、落ち着いてください!」
「ぶぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!! 妾は、手品師じゃないのじゃ~!!!! 冥界の邪姫様なのじゃ~~~!!!!」
俺から手を離すと、目元に手を当て、子供のように泣きじゃくる冥界の邪姫様。
俺はコホンと咳払いをして、そんなフランエッテに声を掛ける。
「そう悲嘆に暮れる必要はありませんよ、フランエッテ。貴方には、私なりに考えた、貴方の戦い方を教えてさしあげましょう。前にも聞きましたが、フランエッテは旅一座の旅芸人だったんですよね?」
「手品師じゃないのじゃ~~!!」
「いや、手品師じゃないのは分かりましたから。フランエッテは、ジャグリングとか、投げナイフとかやったことありますか?」
「ぐすっ、ひっぐ。うむ。妾は旅芸人として一流じゃったからな。一通りの芸なら何でもできるぞ」
「では、今ここで、投げナイフの技術を見せてみてください」
俺は袋から五本のナイフを取り出すと、それを、フランエッテに手渡す。
そして俺は遠く離れたところにある木の元に向かい、そこにチョークで的を作ると、中心に点を書き、的にコンコンと拳の裏をぶつけた。
「この中心に目掛けて、ナイフを投擲してみてください」
「分かったのじゃ」
俺が大木から離れると、フランエッテはナイフを構える。
そして、それを勢いよく、投擲してみせた。
最初の一投は、まっすぐと飛んで行き、見事中心に命中。
続けて二投目、三投目は、左右に湾曲して投擲される。
そして二投目と三投目は、中心点の左右に突き刺さった。
その光景を見て、俺は思わず目を見開いて驚いてしまう。
「これは……」
四投目と五投目は、刺さっているナイフの柄に命中し、地面に落ちる。
全てを投げ終わった後、フランエッテはドヤ顔をしてこちらに笑みを見せた。
「どうじゃ? 妾、力は無いが、手先の器用さだけは誰にも敗けるつもりはないぞ?」
「素晴らしいです。想像以上です。ここまでのナイフ捌きの能力があるのなら、暗殺者の素養もあるかもしれませんね」
「ぐぬ……それは、嫌なのじゃ。妾は、魔法剣士になりたいのじゃ」
「勿論、冗談です。暗殺者になるには、フランエッテの気配は些か目立ちすぎですから。それに、貴方にはどう見ても速剣型の素養が無い。鈍い暗殺者などすぐにやられてお終いです。向いていません」
「ぐぬぬ……それはそれで貶されているようなのじゃ……」
人差し指をくっつけ、不満そうな表情を浮かべるフランエッテ。
俺はナイフを回収すると、再びフランエッテの元へと戻って行く。
「では、次は、このナイフたちを全て魔法で別物に変えてください。できる限り、怪しまれずに、投擲しやすいものが良いですね。例えば……ジャグリングのピンとか、羽ペンとか?」
「ま、待つのじゃ! 妾が今できるのは、薔薇とカエルだけじゃ!! カエルは苦手なので、おすすめしない! というかやりたくない!! ということで、魔法で物に変えられるのは、薔薇だけじゃ!!!!」
「そうですか。では、他の物に変えるのは今後の課題ということで。とりあえず、一本、ナイフを薔薇に変えてみてください」
「わ、分かったのじゃ」
ナイフを受け取ると、フランエッテは魔法の詠唱を開始する。
「――――妾は、フランエッテ・フォン・ブラックアリア! 冥界の邪姫にして、真祖の吸血鬼である! 我が剣に魔法を宿す! 来たれ、漆黒の炎よ! 我が剣に呪いの力を宿したまえ――――――【ダークフレイムインフェルノソード】!」
ボンと煙が起こり、手に持っていたナイフが薔薇に姿を変える。
【次元斬】と異なりこの変化魔法は発動に安定性があるようだが……恐らく、この薔薇に変える魔法も、名前が異なる魔法なのだろうな。というか、名前からしてどうみても間違いか。
「ふぅ。薔薇に変えてみせたぞ、師匠。それで、次はどうすれば良いのじゃ?」
「フランエッテは、薔薇の花と茎、どちらがナイフの切っ先だと思いますか?」
「え? 茎を持っておるから……多分、花の方が刃の方じゃと思うが?」
「そうですか。それでは、先ほどと同じように、あの大木に向けて薔薇を投擲してください。そして、木に当たる直前で……魔法を解いてみてください」
「う、うぬ」
フランエッテはダーツのように構えると、薔薇をまっすぐと的に向けて投擲する。
そして、薔薇が大木に当たる寸前で、指をパチンと鳴らした。
「我が魔法よ、真実の姿を取り戻せ―――――――【解放】」
その瞬間、薔薇はナイフへと姿を元に戻し、大木に突き刺さった。
その光景を見て、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「これはれっきとした、魔法による攻撃技ですよ、フランエッテ。相手は、自分に向かって飛んで来た薔薇を、ただの薔薇だと誤認するでしょう。もし、手で払いのけようとした瞬間に、魔法を解除することができれば……相手に間違いなく深手を負わせられる。加えて、剛剣型が闘気を解除していた場合にも、同様の不意打ちができる。フフフ……ハハハハハハハ!! 面白いな、魔法剣ってものは!!!! なるほど、こういった攻撃魔法もあるのか!!!! ハハハハハハ!!!!」
「ひ、ひぃ!? 何か師匠が急に笑い出しだのじゃがぁ!?」
「フランエッテ! 【次元斬】はとりあえず帝国に行くまでは諦めて、今後は、変化魔法で薔薇以外の新しい何かに変えられるか挑戦してみるんだ!! お前の旅一座で培った器用さと、投擲能力、そして他の物に姿を変化させる魔法は、上手く使えれば大化けすると見た!! 例えばだが……俺の【覇王剣】の斬撃を、他の物に変換することはできないだろうか? それで、向かって来た敵に対してそれを解放できたりすれば、面白いことになるぜ? ハハハハ!! 魔法剣!! ワクワクするなぁ!! 新しい境地っていうのは、どんな歳になっても楽しいものだぜ!! 俺ももっと面白い魔法を使えるようになりたいものだ!! ガハハハハハハ!!!!」
「何か師匠がハイテンションなのじゃが!? これ、そんなに凄いことなのかの!? 妾にはよく分からないのじゃが!? ナイフを薔薇に変えるだけの魔法じゃぞ!?」
薔薇以外のバリエーションが増えた時、相手は、フランエッテの持っている全ての物に対して警戒を抱くようになる。
フランエッテの攻撃で、何が飛び出して来るのか分からなくなり、不用意に近付くことができなくなるからだ。
今はまだ弟子たちの中では一番戦闘能力が低いフランエッテだが、その才能はもしかしたら、弟子たちの中でも1番群を抜いているのかもしれない。
重力を操作できる魔法、物体を変化させる魔法、召喚魔法。
恐らくこの三つが、フランエッテの内にある魔法因子なのだろう。
それらを極めた時、フランエッテは他の型を納めなくとも、純粋な魔法剣士として大成を掴めるに違いない。
今後も型破りな魔法を披露する、トリックスター的な活躍を期待したいところだ。




