第10章 二学期 第291話 剣王試験編ー⑨ 王女の苦悩/狂人と狂人の会合/やったね!新しい技を覚えたよフランちゃん!
深夜午前二時――――――聖グレクシア王国、王城四階。
この四階は基本的に、聖王の親族や嫡子などの王族が住む階層となっている。
しかし聖王亡き後、王族の殆どは暗殺を恐れ、それぞれが懇意にしている貴族の領地へと逃げ去っていた。
現在、王城に住んでいる王族は、ジュリアンとエステリアル、そして、フレーチェルのみ。
ジュリアンとエステリアルは城の中でお互いに睨み合い、東にある棟をジュリアン派閥が占拠し、西にある棟をエステリアルが占拠するなどして、王宮の中の勢力を二極化していた。
亡き聖王派閥に付く者など、既にこの王宮の中にはおらず。
聖騎士も使用人も、どちらかの派閥に付かないことには、まともに働くことさえ許されなかった。
そんな緊迫している状況の中であるため、深夜の王城四階など、誰も立ち寄らなかった。
だが、今―――四階のその廊下を、一人の少女がランプ片手に歩いていた。
「お父様……」
少女……第四王女フレーチェルは、五階へと続く階段を見上げ、眉を八の字にさせる。
五階は、聖王の居住エリアとなっているが、今現在そこに住む者は誰も居ない。
フレーチェルは手の甲で涙を拭うと、四階の東エリアへと歩みを進めて行く。
そして、ジュリアンの部屋の前に辿り着くと、部屋の扉の両脇を守衛している聖騎士に会釈をして、彼女はコンコンと扉をノックした。
「お兄様、フレーチェルです」
フレーチェルがそう声を掛けると、扉の向こうから「入りなさい」と声が聴こえてくる。フレーチェルは緊張した面持ちでゴクリと唾を呑み込むと「失礼します」と言って中へと入った。
ジュリアンは最奥にある机の上で、羽ペンを持ち、何かを書いていた。
そして一通り書き終えると、椅子から立ち上がり、入り口の前に立つフレーチェルへと声を掛ける。
「就寝中だっただろう? 夜分遅くに呼び出してしまってすまないね」
「い、いえ……この状況では、夜にお話するのも仕方ないかと……」
「分かってくれるか。そう、日中だと、あの女の監視の目が強いからな。まったく、あの女……エステリアルには困ったものだよ。妾の子の分際で、まさか長兄たるこの私に喧嘩を売ってくるとは。挙句、父上にも手をかけるとは実に許し難い大罪だ。女神アルテミス様は、彼の咎人をお許しにはならないだろう」
「お父様を暗殺したのは、やっぱり、あのネズミなのでしょうか?」
フレーチェルの言葉に、ジュリアンは目を細める。
「そうに決まっているだろう。何だ? まさかお前も、私が父上を殺したなどと、世迷言を言うわけではあるまいな?」
今まで優しい口調で話していたジュリアンが一変、その言葉に、怒りが灯す。
その様子にフレーチェルは慌てた様子で、ブンブンと頭を横に振った。
「め、滅相もございませんわ! た、ただ、私はあのネズミにそんな大それたことができるのかと、そう、思いまして……!」
「あれはもう、離宮の塔で泣いていただけの灰かぶりのネズミではないよ。何故、塔の閉じ込められていたあいつが、私たちと同等の地位を掴むことができたと思う? 奴は謀略で貴族を操り、影で邪魔者を排除してきて、成り上がったんだ。あの女がやることは単純明快。脅しと暗殺だ。王宮内で不審死した事件は、全部、あいつの仕業なんだよ。私たちの母親が病で亡くなったのも含めて、ね」
「え……?」
「おやおや、君はこのことにも気付いていなかったのか、フレーチェル。我らの母、第一王妃ディアベルが亡くなったのは、エステリアルのせいだよ。恐らくは、食事にでも毒を混ぜたのだろうさ」
「そ、そんな……!」
「確証はある。私の手の者に、父上が亡くなる直前の、朝方に食べていた料理を調べさせた。結果、ある毒が検出された。こいつだ」
そう言って、ジュリアンは、机の引き出しからひとつの袋を取り出す。
そしてその中から、ひとつの青い花を取り出した。
「その花は……?」
「これは、『呪いの蒼花』。大森林の第5界域で獲れる希少な毒草だ。同じ大森林に生息している『死に化粧の根』や『ナイトメア・マッシュルーム』に比べると、危険性は低い。だが、四枚の花びらを分けて対象に飲ませることで、死よりも重い苦痛を与えることができる植物と言われている。一枚目は怪我の苦しみ。二枚目は病の苦しみ。三枚目は精神の苦しみ。四枚目は老化の苦しみ。五枚目は――死の苦しみ。誰も触っていないのに身体が傷が付き、突如病が襲い掛かり、精神を病み、老いていく。さながらその症状は呪いそのものだと言われている」
「そんなものを、父上や母上に……!?」
「そうだ。エステリアルは、この花びらを粉状にして食事に混ぜ、何年もかけてじっくりと、父上を追い込んでいったんだ。症状がすぐ現れれば私もすぐに気付いたが、奴は時間をかけることで周囲を欺いた。私も気付いたのは、父上が手遅れとなった後だったよ。無論、王宮にいるコックは全て処断したよ。その裏にいるエステリアル本人を殺すことができないのは惜しいがね」
そう口にして、ジュリアンは長い薄紫色の髪をかきあげて、ふぅとため息を吐く。
そんな彼に、フレーチェルは声を張り上げた。
「や、やはり、エステリアルは私たち正統なる王族の敵ですわね! フレーチェルはお兄様が聖王になることを全力で応援しますわ!」
「応援、か。ありがとう、フレーチェル。君ならそう言ってくれると思っていたよ」
「はいですわ! だって私は、お兄様の妹ですから! とうぜ―――」
「だったら……エステリアルを殺すのに協力してくれないか、フレーチェル」
「……ぇ?」
ジュリアンの言葉に、フレーチェルは小首を傾げる。
そんな彼女に、ジュリアンは爽やかな笑みを携えながら、続けて口を開いた。
「君は私を聖王に推挙してくれているのだろう? なら……私のために命を賭して他の王子を排除してはくれないか、フレーチェル」
その言葉に、フレーチェルは答えることができず、ただ身体を震わせるだけだった。
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――――――バルトシュタイン領・某所。荒野の廃教会。
そこに、修道女とその従者……リューヌとバドランディスの姿があった。
リューヌは教会の扉の前に立つと、コンコンと扉をノックする。
「アルザード・ハイゼンベルク様。いらっしゃいますかぁ?」
リューヌのその声に、扉の向こうから返事はない。
その様子にリューヌはため息を吐くと、ゆっくりと扉を開けて中へと入った。
「失礼致します。……おや、お食事中でしたか」
廃教会の祭壇の前。
そこでは、十字架に磔にされ首元から血を流す女性と、その前に立つ長身で細身の男の姿があった。
男は振り返ると、頬が裂け、むき出しとなった歯茎を見せながら、リューヌへと濁った眼を向ける。
「誰であるか?」
「わたくしです。リューヌです」
「おぉ……! 我が親愛なる盟友、リューヌ殿であったか……! ハッハッハッ! 何、そんなところで立っていないで、中へと入られよ! ささっ、茶でも振る舞おうではないか! 今からこの女の血で茶を作るが、構わないかね?」
「いえ、お構いなく」
そう言って断りを入れた後。リューヌは前を見つめたまま、背後にいるバドランディスへと小声で話しかける。
「……バドランディス。最初に言った通り、この先どんなことがあっても、けっして剣を抜かないでください。下手をしたら貴方は、ここで死にます」
「…………はい」
肩越しに頷くバドランディスを一瞥した後、リューヌは歩みを進めて、アルザードと呼ばれた男の前に立つ。
「今日は、アルザード様に、お伝えしたことがあって来たのです」
「ふむふむ。我輩に話とは、何であるか、リューヌ殿」
「アルザード様は、先月、災厄級の魔物が王都を襲ったことを知っておられますかぁ?」
「知らぬ。我輩は人間の世のことに興味はない。災厄級などというものは自然の摂理。放っておくことに越したことはないからな。ブハハハハハ!」
「その災厄級を倒した魔法剣士……フランエッテ・フォン・ブラックアリアという名の少女が、【剣神】の仲間入りを果たしました」
「【剣神】? あぁ、人間どもが定めた強さの序列か。そのようなものに、興味は―――待て。今、貴様、フランエッテ・フォン・ブラックアリアと、そう言ったのか?」
「はい」
「そ、その名は……我が姫君の名ではないかァッ!!!! おぉ、ついに、我らが愛しの姫君、冥界の邪姫フランエッテ・フォン・ブラックアリア様がお目覚めになられたのかッッッ!!!! 憎き高位人族どもよッッ!! 高位人族が創り出した哀れな泥人形どもよ!!!! 今こそ、我らが夜の始祖たちが、貴様らに鉄槌をくだしてやろうぞ!!!! 蛮族たちめがァ!!!!」
「創世記の時代。この地に住むのは、高位人族と吸血鬼だけでした。彼らはお互いに大地を統べる者として相争っていました。ですが、両者の力は強大すぎるため、大地に甚大な傷跡を残してしまうことになってしまいます。それを憂いた高位人族と吸血鬼はお互いに四種の眷属を創り出し、自分たちの代理として戦わせました。人間と亜人。結果、人間が勝利し、高位人族は吸血鬼の長であるフランエッテを殺し、吸血鬼たちを滅ぼしました。これが、創世神話の真実。クスクス。貴方の聖女への怒りは最もです」
「滅びてなどはいないッッ!! 我輩のように闇の中に潜み生き残っておる者は何処かにいるであろう!! 多分!! それに、姫君が復活なされたのだ!! 最早、我ら吸血鬼の復活は時間の問題――――」
「残念ですが、わたくしは【剣神】になったフランエッテ・フォン・ブラックアリアが、貴方の言う吸血鬼の姫君だとは思っていません。確かに、彼女からはただならぬ気配を感じますが……その根底にあるものの性質は、貴方と異なるように思えます。わたくしの予想ですが、アレは名を騙っているだけの偽物、ただの人族かと。ですから―――ぐっ!?」
その時。アルザードはリューヌへと近寄ると、彼女の首に手を掛け、上空へと持ち上げた。そして彼は目を血走らせ、咆哮を上げる。
「貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様ァァァァァァ――――ッッ!!!! 我が姫君の名を騙っている偽物だとッッ!? 何だそいつは何だそいつはなんだそいつはなんだそいつはなんだそいつはなんだそいつはなんだそいつはなんだそいつはァァァァァァァッッ!!!! 許し難し!! 許し難しィ!!」
「リューヌ様!」
バドランディスは腰にある剣へ手を伸ばそうとするが、リューヌに言われたことを思い出し、下唇を噛んで寸前で手を止めた。
ギリギリと首を絞められるリューヌだが、その顔に苦痛の色はなく。ただ不気味に笑みを浮かべ、アルザードを見つめていた。
「ウグルァァァァァァァァァァァァァァァァァアァァァァッッッッ!!!!!!!」
リューヌを床に叩きつけると、アルザードはリューヌの顔に目掛け、連続で蹴りを叩き込む。
「何故だ何故だ何故だ何故だァァッッ!! 我輩は、今もこうして麗しのプリンセスの復活を待ち望んでいるというのにぃぃぃぃぃぃッッ!!!! 女神に属するあのクソアマがァァァァァァァッッ!!!! 聖女などと嘯きおってェ!!!!!! ヌォアワァアァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!! 許し難し!! 許し難しィッ!!」
顔面血だらけになり、グチャグチャになりながらも、リューヌは笑い声を上げる。
「あはっ! あははははははッッッ!!!!!」
「何を笑っているのだ、貴様ァ!! ヌハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
「あはははははははははははははははははははははははははッッッ!!!!!」
「ヌハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!――――――――――――む。どうしたのだ、我が盟友よ。そんなところで血だらけになって倒れて。むむっ、鼻の骨が折れているではないかッ!! 誰だ!! 我が友を傷付けおって奴は!!!! 許し難しィ大罪ィィイだぞォ!!! 我輩が誅を降してやらねばッ!!」
突如怒りを収めると、アルザードはリューヌの背を抱き起し、彼女の背後に立っていたバドランディスへと声を掛ける。
「貴様、見たところ、我が盟友リューヌの配下だな!? 今すぐ治癒魔法を掛けるのだ!! 彼女が可哀想であろう!!」
「え、あ、は、はい」
バドランディスは困惑しながらもリューヌに近付き、魔法を唱える。
リューヌは顔を血で赤く染めながら、瞳孔の開いた薄紫色の目を光らせ、アルザードに声を掛けた。
「相変わらず貴方は面白い方ですねぇ、アルザード様。わたくしにとって貴方は数少ない大事なお友達です。貴方のその狂気は、わたくしに宿る狂気と似て非なるもの。これからも異端同士、仲良くしてくださいねぇ」
「無論だ。して、そのフランエッテ・フォン・ブラックアリアというにせ……にせにせにせにせ偽物女ァ!! ……について、話が聞きたい。貴君のことだ。我輩にその話を聞かせるということは、その偽物を我輩に始末させたいのであろう?」
「ええ、話が早くて助かります。彼女は今、王国で絶大な人気を集め始めている魔法剣士です。これ以上人気を集めて、わたくしが今お仕えしているエステリアル様以外の王女の配下になられたら困ります。なので……その偽物を、アルザード様に始末していただきたいのです」
「ほっほう。了解した。我らが姫君を騙る偽物を処罰するのは最後の吸血鬼たる我輩の責務。だがしかし、貴君が自らそやつを処断しても良かったのではないのかな、我が盟友リューヌよ。何故、隠居している我輩にわざわざ頼む?」
「相手が【剣神】となると、流石のわたくしでも手に余りますので。勿論、策がないことはないのですが……これはエステリアル様の命ではなく、わたくしの独断です。なので、わたくしが動くのは色々と都合が悪いのですよ。わたくし、あの王女様にあまり信用されていませんしねぇ……まぁ、彼女のその判断は正解なのですが……クスクスクス」
「エステリアルが何処の誰なのかは知らぬが、了解した。この吸血鬼アルザードが、フランエッテ・フォン・ブラックアリアの名を騙る不届き者を成敗してくれよう」
アルザードはそう言って立ち上がると、腕を横に伸ばして、ファサッとマントを翻す。
そんな彼に、リューヌは口を開いた。
「風の噂では、【剣神】たちは剣王試験の最終試験会場に審査員として姿を現すという話です。あまり大事にはしたくないので、その場所で、秘密裏にフランエッテを処理していただけると助かります」
「良かろう。ヌハ、不届き者めがァ……我輩が成敗してくれるわァ!!!! ちなみに剣王という序列を決める大会に、我輩も顔を変えて参加してみても良いだろうか? 人間どもの決める強さの基準というものに、少しだけ、興味が沸いた。どうせ偽物プリンセスもそこに現れるのであ……ウ、ウヴァァァァァァァァァ!!!! 人間ごときが吸血鬼の姫君の名を騙りおってぇぇぇぇぇぇッッ!! 許し難しィイッッ!!!!」
地団太を踏むアルザード。
「はぁ、本当に、困った方ですねぇ」
そう言って、リューヌは不気味に微笑むのだった。
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《アネット 視点》
深夜午前二時。ルナティエとグレイの修行を終え、修練場へと戻って来ると、ロザレナが目をグルグルと回して地面に倒れ伏していた。
まぁ、初日は気絶するのも当然だろう。体力のないギリギリの状態でトレーニングをするというのは、かなりの肉体的疲労を伴うというもの。
とはいっても、情けはかけないけどな。後で達成できなかったノルマを聞き出して、翌日に回してやるとするか。
俺はお嬢様から視線を外し、奥で魔法の修行に勤しむフランエッテに声を掛ける。
「フランエッテ。明日も学校がありますし、今日の稽古は終了にしましょう。ルナティエも既に寮に帰りましたよ」
「……師匠。聞いて驚くが良い。妾……ある魔法を覚えてしまったのじゃ」
「はぁ? 魔力の制御ができるようになれと命じたのに、また意味分からない魔法を創り出したのですか?」
呆れ半分でそう口にすると、フランエッテはぶんぶんと首を横に振った。
「ち、違うぞ! わ、妾、魔力の制御を学んでいる途中で、あることを思い付いたのじゃ!! 見ていて欲しい!!」
俺はその言葉に大きくため息を吐くと、フランエッテの前に立った。
そしてそれと同時に、フランエッテは自分の剣に手を当て、詠唱を唱える。
「――――妾は、フランエッテ・フォン・ブラックアリア! 冥界の邪姫にして、真祖の吸血鬼である! 我が剣に魔法を宿す! 来たれ、漆黒の炎よ! 我が剣に呪いの力を宿したまえ――――――【ダークフレイムインフェルノソード】!」
その唱えた瞬間、ボンと煙が巻き起こり、昨日見たのと同じく、フランエッテの持っている剣が薔薇へと姿を変えた。
俺はその光景を見て、思わず眉間をピクピクさせてしまう。
「いや、これ……昨日見た魔法なんですが……」
「ま、待て! ここからじゃ……!」
そう言ってフランエッテは息を吐くと、魔法の詠唱を始める。
「我が魔法よ、真実の姿を取り戻せ―――――――【解放】」
そう唱えパチンと指を鳴らすと、再びボンと煙が巻き起こり、フランエッテの手の中にあった薔薇が、剣へと戻った。
俺はその光景を見て、思わず驚きの表情を浮かべてしまう。
「姿を変えたものを、元に戻す魔法……ですか」
「う、うむ。いや、待て、皆まで言うな、言いたいことは分かるぞ。これが非常にショボイ魔法だということは妾も十分に理解しておる。元に戻せたからなんじゃ、という話じゃよな。うむ。だが、妾が言いたいのはそういうことではない。魔力の制御……つまり、魔力を減らす、解除することはできるようになったと言いたいのじゃ。その、相変わらず魔力の発動条件がよく分からず、次元斬は5パーセントくらいの確率でしか発動せぬみたいじゃが……ま、まぁ、妾も少しは前に進んでたということで、大目に見て欲しい。たはは」
「フランエッテ」
「うひぃ!? ごめんなさいなのじゃ~!! 相変わらず魔力の感知が上手くできていないのじゃ~~!! 許して欲しいのじゃ~~!!」
「すごいですね。この魔法、戦力になると思いますよ」
「ぬへ?」
怒られると思っていたフランエッテは、俺の言葉に、頭を抑えながらパチパチと目を瞬かせる。
俺はそんな彼女に、微笑みを浮かべた。
「考えてみてください。剣を薔薇に変えて元に戻せるということは、例えば何処かの壁の穴に薔薇を予め差し込んでおいて……魔法を唱えて元の姿に戻すことで、そこを通って来た敵に対して、不意打ちで剣を刺すこともできますよね?」
「ほへ?」
「本音を言えば、薔薇ではなく、何か食べ物に変えることができたら、最強の魔法になる気がするのですが……相手の胃に入ったものを元の剣に戻すことができたら、一撃必殺じゃないですか? 流石に内側からなら、どんな相手も殺すことができます。最強の暗殺魔法です」
「ヒィィィィィィ!!!! 怖いのじゃぁぁぁぁぁ!!」
俺が目をキラキラと輝かせて解説すると、フランエッテがドン引きしていた。
思わず、生前の癖で、その武器をどう活かせば戦闘に役立てるかを即座に考えてしまった。俺はコホンと咳払いをする。
「……とにかく。一見弱そうな魔法でも、考え次第では強い魔法になることもあるのです。フランエッテ、魔法剣士には三つのタイプがあるのをご存知ですか?」
「うむ。攻撃魔法型、バフ・デバフ型、治癒魔法型の三つじゃろう?」
「私は、最初、次元斬を見て、貴方を攻撃魔法型だと思っていました。剣に魔法を宿して斬撃を飛ばすのは、攻撃魔法型の特徴ですので」
「何を言っておる。妾は、攻撃魔法型じゃ!」
「ですが……貴方は先ほど、物体を変化させ元に戻す魔法を披露してみせた。それを見て、さらによく分からなくなりました。妨害属性に含まれる、幻惑魔法の類のようにも思えましたから、一瞬デバフなのかとも思いましたが……貴方の魔法は幻ではなく実体がある。意味が分かりません。なので、貴方を当分、道化師タイプと称することにします」
「何じゃそれは!?」
「実態がよく分からないので。とりあえずの仮称です」
「ひどい! 妾は、師匠みたいに、派手な剣技を放ってみたいのじゃ!! 理想は、剣に漆黒の火を灯して、バーンと爆発させる魔法剣じゃ!!」
いや、それ、前に誰かがやっていたような……まぁ俺はルナティエから聞いただけで、俺は実際に学級対抗戦のお嬢様とシュゼットの戦いを見たことはないのだが。
「良いですか、フランエッテ。貴方は、長い間心臓が奪われていた分、他の人間とは異なる生き方をしています。恐らく貴方の魔法が特殊なのは、その時に魔法因子に異変が起こったからだと思います。貴方の中にある謎の魔法因子、考えられるのは、失われし古代魔法でしょう。能力が分からないと、明確にどういうタイプの魔法剣士の修行をすれば良いのか分かりませんが……私も裏で貴方の魔法が何なのか調べてみますので、その間は地道に魔法の制御や、【次元斬】の安定を目指してください」
「うぬ! 分かったのじゃ!」
「せっかくですし、あと10分くらい、一緒に魔力のコントロールをしてみましょうか。とはいっても、私も半人前なので、稽古というよりは一緒に修行するという感じになりますが」
「うむうむ! 師弟揃って魔法の修行に勤しむのじゃ! すごく良いことなのじゃ!」
俺は麻袋の近くに箒丸を置くと、代わりに魔法の杖を手に持った。
お嬢様からいただいた魔法の杖を見てクスリと笑みを溢した後、俺はフランエッテの隣へと並ぶ。
「良いですか、行きますよ、フランエッテ」
「うむ! 師匠!」
そうして俺たちは、二人揃って、魔力の制御を行っていった。
俺も、これから本気で魔法を極めるつもりなら、魔封じの術式をどうにかしなきゃいけないな。
コルルシュカの話では、帝国にしか、術式を解除できる魔術師はいないらしい。帝国かぁ……この状態で、行く機会なんてあるのかねぇ。
杖を構えて目を閉じていた、その時。
俺は、ふと、考える。
フランエッテは、適当に魔法の名を付け、唱えていた。
もしかして、あいつの唱える魔法……全部、名前を間違えているんじゃないか?
だから【次元斬】も、まともに発動しないのでは……?
もし魔力のコントロールに成功して、それでも【次元斬】の発動確率が低かった場合、その可能性は大きく上がるだろう。
(だけど、魔導書にも書かれていない、古代魔法の本当の名前を探すというのは……)
王国最大の魔法剣士の家系、オフィアーヌ家の御屋敷でもそれっぽい書籍は見つからなかったんだ。剣の国である王国じゃ、まず無理だな。
どうやら、俺の魔封じの術式、そしてフランエッテの真の覚醒には……魔法大国、帝国に行かなければならないらしい。やれやれと言った話だ。そんな暇、俺にあるのかねぇ……。




