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第10章 二学期 第290話 剣王試験編ー⑧ 三弟子はさらなる研鑽を積む


 ヴィンセントの問題を片付け、何とかジェシカをあしらい、逃げおおせた後。


 深夜午前零時。俺はいつものように、裏山にある修練場へと訪れていた。


 俺はコホンと咳払いをして、前に立つロザレナとルナティエに声を掛ける。


「では、改めてお聞きます。お二人は、剣王試験を受けるつもりなのですね?」


「ええ! 勿論よ!」「はい。当然ですわ」


「了解致しました。これからお二人には、剣王試験に向けて稽古をお付けます。まず、ロザレナお嬢様ですが――――――」


「少し、待ってくださいますか、師匠」


 俺の言葉を遮り、ルナティエが手を挙げた。


 ルナティエは隣に立つロザレナを一瞥した後、再び俺に目を向けてくる。


「わたくし、今回は、マリーランドの時のように……ロザレナさんと一緒に稽古するのは避けたいと考えていますわ。あと、わたくしの稽古内容も、ロザレナさんには秘密にしてくださると助かります」


「はぁ!? 何よ、それ。というかあんた、今朝から何か感じ悪いわよ! あたし、あんたに何かした?」


「今回の剣王試験は、マリーランドや特別任務とは異なり、わたくしと貴方は剣王の座を狙う敵同士ですわ。なら……こちらの手札を貴方に見せるわけにはいかないのも当然でしょう? わたくし、何か間違ったことを言っていますか?」


「あたしは、何であんたが急に態度を変えたかって聞いてんの」


 睨み合うロザレナとルナティエ。


 俺は短くため息を吐いた後、パンと手を叩いた。


「喧嘩をするのなら、私は稽古をしませんよ。冷静になってください、二人とも」


 ロザレナは「ふん」と言ってそっぽを向き、ルナティエは「申し訳ございませんでした師匠」と言って頭を下げた。


 俺は後頭部を掻き、そんな二人に向けて口を開く。


「ルナティエの言いたい事は理解しました。確かに、同じ門下生ではありますが、これからの貴方たちは剣王の座を狙うライバル同士になる。要求通り、今回はお互いに敵同士ということで、それぞれ個別で指導いたしましょう」


「……わたくしの我儘を聞いてくださり、感謝いたしますわ、師匠。ですが、あの……あそこにいる手品師は放置していて良いんですの?」


 背後を振り返り、ルナティエの指を差す先へと視線を向けてみる。


 するとそこには、唸り声を上げて、魔法の詠唱をするフランエッテの姿があった。


「――――我が名は、フランエッテ・フォン・ブラックアリア!! 冥界の邪姫にして、真祖の吸血鬼であるッ!! フハハハハハハハハハハハハハ!! 父たる闇の始皇帝よ!! 母たる暴虐なる黒炎の主よ!! 我が元に来たれ、そして、我が怨嗟を聞き届けたまえ―――――――――――【ダークインフェルノフレイムソォォォォォォォォォォォォォォォォォドッッッ】!!!!!!」


 天空へと手を伸ばし、派手なポーズを取るフランエッテ。


 しかし、何も起こらない。


 俺はその姿を見つめて、思わず、顔を引きつらせてしまう。


「ま、まぁ、あの手品師には、時間が空いた時に稽古を付けますから大丈夫です。当分、魔力を感知しないことには、安定して魔法を使用できませんしね」


「安定して使用できたとしても、剣を薔薇に変えたり鳩を大量に召喚したところで、宴会芸の役にしか立たないと思うのですが……」


 まぁ、ルナティエの言う通りなのだが……【次元斬】さえ安定して使用できるようになれば、奴は、そこそこ戦えるようになるのではないかと俺は思う。


 とはいってもフランエッテには攻撃の要となる技がないから、重力で足止めしたところで、相手が闘気を操作できる剛剣型だった場合、ダメージを与えることができずまったく役に立たない結果になってしまうだろう。……いや、それは速剣型相手でも同じことか。そもそも【次元斬】が当たらなければ、意味がないからだ。


 効果があるとすれば、魔法剣型のみといえるか。相手がバフやデバフを駆使したところで、きっと重力魔法は関係なしに発動するだろうからな。それも、あの女が使うのは世間で知られている一般的な属性魔法ではない代物。確実に、初見の相手は驚き戸惑うこと間違いなしだ。


「いや……【次元斬】は敵の本体に当てる以外にも、使い道があるかもしれない。たとえば、周囲にあるものに【次元斬】を当て、敵に目掛け何かを落下させるとか……」


「師匠?」


「あ、あぁ、すみません。では、この修練場で修行を行うのはお嬢様、少し森に入って開けたところにある場所で修行するのは、ルナティエ様に致しましょう。こうすれば、お二人はお互いの剣の稽古を見られずに、修行することができます」


「分かりましたわ。では、わたくしは、先に自分の修練場へと行ってきます。ロザレナさんの指導が終わって師匠が来るまで、自主トレーニングでもしておきますわ」


 そう言ってルナティエは、森の中へと消えて行った。


 その姿を見つめて、ロザレナは腕を組み、フンと鼻を鳴らす。


「何なのよ、あいつ。アネット、何であいつが機嫌が悪いのか、知ってたりする?」


「本人から聞いたわけではないですが、何となくは。きっと、ルナティエ様は、今回の剣王試験でお嬢様に敗けたくないのだと思います」


「え、でも、あたしたちって、いつもお互いライバル視しているわけだから……それって普段と何も変わらないんじゃないの? 機嫌悪くなる必要がある?」


「いいえ。恐らく今回、ルナティエ様はいつにも増して真剣なんですよ。本気で、お嬢様を倒そうとしているんだと思います」


「ふーん?」


 ロザレナは分かったような分からないような表情を浮かべて、首を傾げる。


 だが気を取り直したのか、彼女は俺にニコリと笑みを向けてきた。


「ま、いいわ。さて、アネット。あたしに課す新しい稽古って、どんなものなのかしら? そうだ! そろそろあたしにも、かっこいい剣技を教えてよ! グレイレウスが使っていた【烈波斬】とかさ!」


「いいえ、お嬢様がこれからするのは、筋トレです」


「…………は?」


「筋トレです」


 お嬢様はポカンとした表情を浮かべた後、俺の肩をがっしりと掴んできた。普通に痛い。


「アネット、冗談を言っているのかしら? 何、筋トレって?」


「いだだだだ……い、いいえ、冗談ではありませんよ。お嬢様の次の稽古は、筋トレです」


「何でよ!? 何で今更基礎トレーニングしないといけないのよ!?」


「いえいえ、お嬢様。今回のはいつも行っているものではありませんよ。ちょっと特殊な方法を用いて、トレーニングをしていただきます」


 俺は背後を振り返り、稽古場の隅に置いてあった麻袋の元へと向かう。


 そしてその中から、四つの鉱石を取り出すと、お嬢様の元へと戻った。


「これは、『闘気石』と呼ばれるものです。オフィアーヌ家の御屋敷に行っていた時に、物資保管庫にあったもの数点貰い受けました。お嬢様の稽古に使えそうだと思いましたので」


「『闘気石』? それって、何なの?」


「簡単に説明するのなら、闘気を吸収して重くなる石です。試しに、持ってみてください」


「うん……」


 ロザレナは訝し気な表情を浮かべながら、石の一つを受け取る。


 そして彼女は小首を傾げた。


「なにこれ。全然、軽いんだけど?」


「次は、闘気を全開にしてみてください」


「全開? 身体全体に纏えってこと?」


「はい」


「分かったわ。―――――――たぁぁっ!!!!」


 両手の拳を握り、身体全体に闘気を纏うロザレナ。


 彼女の身体に纏っている闘気は、凄まじいものだった。


 炎のように揺らめき、周囲に暴風が吹き荒れる。


「ふふん! どうかしら、アネット! あたし、前よりも闘気の量が増えて――――――って、あれ!?」


 その瞬間、ロザレナの手がガクンと下がり、石が、地面へと転がり落ちて行った。


「わぁ!?」


 そして落下した石は、ドシャァァァンと土煙を上げて、地面に亀裂を走らせる。


 その光景を見て、ロザレナは驚いた様子で、目をパチパチと目を瞬かせた。


「……はぁはぁ……なにこれ……何で、石が急に重く……って、あたし、何か疲れてる? 何で!?」


「『闘気石』がお嬢様の闘気を吸収したからです。一日経てば、石の中にある闘気が空となり、再び石が軽くなります。……これからお嬢様には、この時間になったら毎日欠かさず石に闘気を込めて、肌身離さず石を四肢に身に付けて貰います。そして……闘気がゼロの状態で、筋トレをしていただきます。つまり、簡単に説明するのなら、限界ギリギリの状態で重りを付けて、トレーニングをしろってことですね」


「えぇ!? そんなトレーニングをして、意味あるの!?」


「良いですか、お嬢様。今のお嬢様に足りないものとは、何でしょう?」


「えー……なんだろ。わかんない」


「貴方は、グレイとルナティエと戦った時、戦いにくいと考えたはず。それは何故ですか?」


「うーんと、あいつらの足が速い、から?」


「その通り。これは、闘気と体力、そして足の筋力を増やすためのトレーニングです。闘気とは、生命エネルギーそのもの。闘気を吸いとる石を身に付けることで、貴方は気絶寸前のギリギリの状態に陥る。その状態で重しを付けて、トレーニングすることで……身体は、何とか、闘気を振り絞ろうとすることでしょう。結果、身体の奥底に仕舞われていた闘気が無理やり引き出されます。そして、重しによって足の筋力も鍛えられます。一石二鳥ということです。ぶい」


「……修行内容自体は、シンプルだけど……これ、結構やばい修行なんじゃないの? 

 気絶寸前のところで持ちこたえて、トレーニングしろってことでしょ? やばくない?」


「はい。やばいです。ですが、お嬢様。これが、剛剣型の通常(・・)トレーニングなんです。剛剣型は自分の身体を限界まで痛めつけることによって、身体の奥底にしまってある闘気を引き出していく。そして、重しを付けて足の筋力を鍛えることにより、速剣型の歩法への手がかりを模索していく」


「え、速剣型の歩法……!? あたしにも、グレイレウスやルナティエみたいに、【縮地】を習得しろってこと!?」


「いいえ。お嬢様は純粋な剛剣型。多分、私が直接【縮地】を教えようと稽古をしても、長い時間がかかって上手くいかないでしょう。ですから、トレーニングを通して、自分なりに素早く動ける方法を見つけ出してください。何も【縮地】を覚えろと言っているわけではありません。素早い相手にどう動いて対処するべきかを、自分の手で見つけろと言っているんです」


「【心眼】があるじゃない」


「【心眼】は、集中を必要とするのと、一時的に無防備になるデメリットがあります。あれは、魔法剣型や暗殺者などの正体不明の攻撃に対して有効な技。向かい合って速剣型と戦う時は、不利です」


「…………あたしに、速剣型の歩法って、必要なの?」


 上目遣いでそう口にするお嬢様に、俺はコクリと頷く。


「ご自身でも既に気付いていると思いますが、はっきり言いましょう。剛剣型の剣士は……速剣型の歩法を覚えなければ、上へは行けません。歴代の【剣聖】【剣神】の剛剣型に、速剣型の歩法を使えない者は一人もいませんでした。【剣王】の座が、そこのスタートラインだと考えてください。【剣王】となれば、二つの型を使用する剣士も現れる。この先に待っているのは……本物の才能を持った者たちだけです」


「分かったわ」


 頷き、真剣な表情を浮かべるロザレナ。


 俺はそんな彼女にニコリと微笑んだ後、エプロンのポケットから、小型のベルトと小さな袋、そして、一枚の紙片を取り出す。


「さて、お嬢様。この小袋に『闘気石』を入れて、ベルトで縛り、両手両足に身に付けてください。これから先、剣王試験前日まで、お手洗い、入浴、就寝以外は、『闘気石』を外さないでください。毎日、修行開始前の午前零時に、闘気石に闘気を補充すること。トレーニング内容は、こちらの紙に書いています」


「……えっと……修練場外周のランニング100周、腕立て500、腹筋500、素振り500回、最後にアネットと組手をして、アネットの手に持つ風船を割ること……!? 何よ、これ!? こんなの、一日でやれっていうの!? 闘気が切れて、体力ギリギリの状態で!?」


「あぁ、私との組手は一か月内のノルマですので、一日の内で達成できなくても構いません。ちなみに、気絶して一日のトレーニングノルマが達成できなかった場合、翌日にノルマの回数が追加されますのでご注意を。剣王試験までノルマが残り、達成できなかった、その時は……」


「そ、その時は……? もしかして、いつもみたいに、剣王試験に出ることができなかったり……?」


「いいえ。試験前日に、お嬢様のノルマを終わらせられるよう、心を鬼して私が無理やりお手伝いしますので。安心してください」


「鬼だ……心とかじゃなくて、本物の鬼がいるわ……」


 ロザレナは俺を、ジト目で睨み付けるのだった。





「はぁはぁ……! うそ、でしょ……! なにこれ、想像よりもキツイんだけど……! 息が、吸えない……!」


 両手両足に闘気石を身に付けたロザレナは、身体の殆どの闘気を失い、体力ギリギリの状態で……修練場の周りをランニングしていた。


 その中央では、フランエッテが魔法の詠唱を唱えている。何だこの光景は。


「――――我が名は、フランエッテ・フォン・ブラックアリア!! 冥界の邪姫にして、真祖の吸血鬼であるッ!! フハハハハハハハハハハハハハ!! 深淵に封印されし悪魔の神よ!! 冥界の門に住まう双頭の山羊よ!! 我が元に来たれ、そして、我が憎悪の声を聞き届けたまえ―――――――――【ダークインフェルノフレイムソォォォォォォォォォォォォォォォォォドッッッ】!!!!!」


 しかし、何も起こらない。


「はぁはぁ……」


「――――我が名は、フランエッテ・フォン・ブラックアリア!! 冥界の邪姫にして、真祖の吸血鬼であるッ!! 我が剣よ!! 悪魔の声に――――」


「うっさい、手品師!!!! 静かに修行しなさいよ!!!!」


「妾は手品師じゃない!! 妾は、冥界の邪姫様じゃ!!!!」


 俺は弟子二人の修行を見届けた後、麻袋と箒丸を手に持ち、森の中に入り―――――ルナティエの元へと向かった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「やっと来ましたわね、師匠」


 森の中にある、開けた場所(グレイの奴が突進しまくって木々を薙ぎ倒してできた場所)には、ルナティエの姿があった。


 彼女は素振りしていた剣で空を斬ると、カチンと、優雅な所作で腰の鞘に納めた。


 俺はそんな彼女に、微笑みを浮かべて声を掛ける。


「ルナティエは……これからのロザレナお嬢様との関係を、悩んでいるのですね?」


 俺のその言葉に、ルナティエは目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべる。


 だがすぐに、彼女は困ったような笑みを見せた。


「……師匠には、全て、バレていたんですのね」


「そりゃあ、何だかんだ言っても、貴方とは付き合いも長いですから」


「ふぅ。仰る通りですわ。わたくしは、今、彼女との関係を悩んでいますの。師匠、聞いて……くださいますか?」


「はい」


 その後、ルナティエは、天馬(ペガサス)クラスの生徒に級長になって欲しいと勧誘されたことを、俺に打ち明けてきた。


 このまま黒狼(フェンリル)クラスの副級長の座で満足して良いのか。


 このままロザレナにリベンジせずに終わって良いのか。


 ルナティエは、今日一日、そのことで悩んでいたらしい。


「……確かに、ロザレナさんには、わたくしの態度が悪く映ったかもしれませんわ。でも、今までのような関係のままだったら、わたくし……昔の自分を取り戻せないと思ったのです。わたくしはあの子に敗けてから、ずっと、あの子を超えることだけを考えて剣を振ってきました。ですが、学級対抗戦を終え、マリーランドで共闘してから……ロザレナさんを友人として見るようになってしまいました。絆が産まれてしまいました。どんな手を使ってでもロザレナさんを倒すという目的意識が薄れてしまったのです」


「昔の自分に戻るために、お嬢様への態度が冷たくなってしまったと?」


「はい。師匠、はっきりと言いますわ。わたくしは――――剣王試験で、全力で、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスと戦おうと思っています。そして、そこで答えを決めようと思いますの。黒狼クラスの副級長のままでいるか、それとも、天馬クラスの級長になるかを!!」


 真剣な表情で、まっすぐと俺を見つめてくるルナティエ。


 だが、その瞳は、不安で揺れていた。


「師匠。わたくしは分かっていますわ。貴方が、どんなことよりもロザレナさんを優先するということは。貴方は、剣の師である前に、ロザレナさんのメイド。ですから……ロザレナさんを倒そうとしているわたくしに剣を教えるのは、難しいですわよね。大丈夫ですわ。わたくし、剣王試験の稽古は、自分だけでやってみせ――――」


「分かりました。ルナティエ、貴方を、お嬢様に勝てるように鍛えましょう」


「…………え?」


 呆けたようにポカンとするルナティエ。


「え、良いんですの? わたくし、ロザレナさんの敵になるんですわよ? もし、わたくしとロザレナさんで一つしかない剣王の座を奪い合うとなった場合、わたくし、どんな卑怯な手を使ってでもロザレナさんを蹴落としますわよ? そんな女に力を貸して……良いんですの……?」


「何を言っているのですか。私はロザレナお嬢様のメイドである前に、貴方の師匠でもあります。貴方がお嬢様を倒したいと考えているのなら、それに手を貸しますよ。確かに、お嬢様は私にとって大切な方ではありますが……それと同じくらい、ルナティエ、貴方も私にとって大事な人なのですよ」


「し、師匠ぉ……!」


 ルナティエは潤んだ瞳を袖で拭くと、笑みを浮かべた。


「入学初日のあの日……まさかロザレナさんのメイドである貴方が、わたくしの師となるとは想像もしていませんでしたわ。そして、そのメイドが、ロザレナさんを倒すべくわたくしに剣を教えてくださることも、想像していませんでした。人生とは、予期しないことが起こるものですね」


「そうですね。私は最初、貴方のことを、傲慢で高飛車なお嬢様だと勘違いしていましたから。ロザレナお嬢様を害す敵だと思っていました。まさか、そんな貴方が、私にとって大事な弟子になるなんて想像もしていませんでしたよ」


「もー、なんですの、それ」


「貴方は、本当は誰よりも孤独で、一人で戦うしかないか弱い少女だった。ですが……今は違います。今の貴方は、強い。私が認める一端の剣士です。もう、他者の言葉を気にはしていませんね? リューヌやキュリエール、他の誰かがが貴方を才能がない剣士だと言っても、私はそうは思わない。何故なら貴方は―――」


「努力の天才、ですわよね?」


 俺はニコリと微笑み、頷く。


「そうです。剣を抜きなさい、ルナティエ。貴方がさらに上へ行けるように、鍛えてさしあげます。勿論、贔屓はしませんよ。お嬢様にもルナティエにも、全力で稽古を付けますので」


「ええ。当然ですわ。全力のロザレナさんを倒さないと、意味がありませんもの」


 ルナティエも腰のレイピアを引き抜く。


「ルナティエ。貴方には今まで色々なものを教えてきました。ですが、今回の修行は、剛剣型への理解を深めるものにします。これから貴方には、ロザレナお嬢様に最初に課した修行をしていただきます」


「え……? ロザレナさんに課した、最初の修行……? それって――――」


 俺は麻袋を地面に放り捨てると、ルナティエが言葉を言い終わる前に、地面を蹴り上げ、箒丸を上段に構える。


 そして彼女に向けて……上段の剣を放った。


「――――――ッッ!?」


「ステップ1、上段の剣に対応できるようになること」


 俺が降り降ろした箒丸に、一瞬、【縮地】を使用して後方に退却しようとするルナティエ。だが、俺の剣速に逃げることは不可能だと悟った彼女は、即座に意識を切り替えて、額の前で闘気を纏った剣を横にして構えた。


「良き決断です。ですが―――――剛剣型に相対した時、貴方の闘気では、完全に防御することはできませんよ」


 箒丸が、ルナティエの剣に当たる。


 その瞬間、俺の箒丸の威力を殺しきることができなかったルナティエは、そのまま後方へと吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がって行き……背後にある木へと背中を激しく打ち付けた。


「かはっ!」


 肺の中にある空気を全て吐き出し、ルナティエはゴホゴホと咳き込む。


 俺はそんな彼女に対して、箒丸を肩に載せ、声を掛けた。


「ロザレナお嬢様は、ルナティエと決闘を行う前、私のこの剣を何度も受け、結果―――受け止めるきることはできなくとも、転倒することなく防げるようになりました。そうしてお嬢様は並みはずれた動体視力を手に入れ、上段の剣を得意とするようになったのです」


「ゼェゼェ……わたくしにも、上段の剣を防げるようになれと、そう言いたいんですの? 師匠」


「いいえ。貴方はオールラウンダー。私は先ほど、一般的な剛剣型の【剣王】レベルの上段を放ちましたが……今の貴方がどう足掻いたところで、この上段を防げる手段はないでしょう。闘気の量が少なすぎるので」


「だったら……この修行に、何の意味が……」


「行きますよ」


「え、ちょ、まっ―――――――」


 俺は地面を蹴り上げ、再びルナティエへと接近する。


 ルナティエは即座に立ち上がると、額から流れる汗を拭き、口を開いた。


「なるほど、分かりましたわ。師匠は最初、わたくしに、剛剣型への理解を深める修行を課すと言っていましたわよね。剛剣型であるロザレナさんには、上段の剣を防ぐ術を教えた。オールラウンダーであるわたくしには……残念ながら、この剣を防ぐ術はない。ということは……他の方法で対処しろということ! つまりこの修行は、師匠の上段をいかにして対処するか、ということですわ!!!!」


 ルナティエの言葉に、俺はニヤリと笑みを浮かべる。


 そんな俺に、ルナティエはレイピアを構えると、斬撃を飛ばしてくる。


「師匠が相手であるのなら、わたくしも全力で、抵抗してみせますわ!――――――――【水流・烈風裂波斬】!!!!!」


 ルナティエが、水属性魔法と烈風裂波斬の融合技を放ってくる。


 ルナティエが何度も繰り返し剣を振るごとに、折り重なった水の刃が、俺に向かって襲いかかってくる。


 ほう。面白い技だ。


 ルナティエから【水流・烈風裂波斬】の名は聞いていたが、この技を直に見るのは初めてだな。魔法剣と速剣型の技を融合させるとは、オールラウンダーらしい技と言えるだろう。


(見たところ、水属性魔法と融合させたことにより、【烈風裂波斬】よりも威力が高くなっているな。この技でキュリエールを倒したと言っていたが……確かに、魔法を使わずに生身の状態のあいつにだったら、ダメージが入るのも頷ける威力だ。魔法を使わない魔法剣型など、紙装甲にも等しいからな)


「だが……その技が剛剣型に効くと思ったら、大間違いだぞ」


 俺は上段に剣を構えたまま、身体全身に、【剣王】相当の闘気を纏う。


 そして、無数に飛んでくる水の刃に自ら飛び込んで行った。


「なっ……!!」


 ドガァァァァァン!!!! 


 土煙が巻き起こるが、俺はその煙の中を進み、ルナティエの元へと向かって行く。


 多少浅い傷はできてはいるが、俺はほぼ無傷。


 その姿を見たルナティエは、ギリッと歯を噛み、【縮地】を発動させた。


「くっ……!」


 だが、俺も同時に【縮地】を発動させ、ルナティエはの元へと接近する。


「しゅ、【縮地】も使うんですの!? 対ロザレナさんの修行にしては、やりすぎじゃなくって!?」


「何を言っているのですか。私は今、剣王レベルの剛剣型の実力で、ルナティエを相手にしているのです。剣王レベルだったら、【縮地】を使用できて当たり前です」


 まぁ、俺の前世の時代の話だが。


 今の【剣王】の実力がどれくらいなのかは知らん。


 俺は闘気を纏った上段の剣を、ルナティエに向けて振り降ろす。


 その剣を、闘気を纏った剣で防いだルナティエだが……威力を殺しきれず、またしても後方へと吹き飛んだ。


 ザザザザザーと背中を地面に擦り付けながら、地面に横たわるルナティエ。


 彼女は苦悶の表情を浮かべて膝立ちで起き上がると、口の端から流れている血を拭った。


「……はぁはぁ……これが、【剣王】の領域なんですの……! ロザレナさんよりも、強敵に感じますわ……!」


「いえいえ。闘気の量だったら、先ほどの私の攻撃よりも、お嬢様の方が上ですよ。貴方が今私を強敵に感じたのは、私が【縮地】を使ったからです。良いですか、ルナティエ。剛剣型の剣士は、【剣王】の座に就いた後、皆、壁に当たるものなんです。その壁とは……速度。基本、剛剣型の才ある者は、速剣型に対抗するために、【剣王】になった後、【縮地】を習得しようと努力します。ですが、その殆どが習得できずに、ふるいに落とされます。と、まぁ、そんな感じで……【剣王】になった者は皆、他の型に手を出し始めるものです」


「……ロザレナさんも、速度を追い求めるようになる、と?」


「はい。想像してみてください。常人離れした闘気を持つお嬢様が【縮地】を習得した時、どうなると思いますか?」


「…………化け物、ですわね。それこそ、【瞬閃脚】を持つ速剣型の剣士しか、対抗できないと思いますわ」


「はい。【瞬閃脚】は【剣神】相当の技。つまり、速度を得たお嬢様は、【剣王】になると同時に、【剣王】最強格の剣士になることになる」


 緊張した面持ちでゴクリと唾を呑み込むルナティエ。


 俺は続けて、ルナティエに向けて口を開く。


「ルナティエ。【剣王】の座に就くということは、貴方にも壁が来るということです。良いですか。【剣王】には、オールラウンダーでなくとも、他の型を使用できる剣士が確実にいます。そうなった時、一を極めて二を浅く使用できる剣士と、広く浅くしか学べない剣士の間に、差が出て来るでしょう」


「師匠の言いたいことは、分かりましたわ。この修行を経て、【剣王】レベルに対抗できる手段を身に付けろと、そう言いたいのですわね?」


「はい。ルナティエには、ステップ1~3までの課題を用意しています。このステップ1は、剛剣型への対処法となっています。私は延々と、貴方様に上段の剣を放ちます。ルナティエはそれを、どうやって止めるのか――――日々、研究して、戦いの中で考え抜いてください」


「全てのステップをクリアできなかった、その時は?」


「ロザレナお嬢様を倒せないと思ってください。いや……私が彼女に挑むのを止めます。傷口が広がるだけだと思いますので」


「……ッッ!! 何としてでも、全てのステップをクリアしてみせますわ!! 来てください、師匠ッ!!!!」


 ルナティエのその発言に笑みを浮かべた後。俺は上段に構え、走って行った。







「はぁはぁ……もう無理、動けませんわ~~」


 ルナティエは体力が切れて、地面に大の字になって横たわっていた。


 結局、あの後、ルナティエは俺の上段を対処することができなかった。


 まぁ、仕方ない。素早さのない純粋な剛剣型ならまだしも【縮地】を使用できる剛剣型相手では、今の弟子全員、攻撃を止めるのはかなり難しいだろう。


 ルナティエには、かなりの難題を強いているが……この先こいつが剣士としてやっていくには、この壁を超えてもらわないといけない。


 言い方が悪いが、【剣王】というのは【剣神】になれなかった者たちのことでもある。


 あそこが、剣士として辿り着く者の最後の関門。


 頂点に手を伸ばし続ける者たちの強さ、そして性質の悪さは、半端ではない。


 【剣王】になった成長途中の者が、他の【剣王】に剣を折られたなんて話も、俺の時代では数多くあった。


 だから……ルナティエが折れないように、もっと強くする必要がある。


 とはいっても、彼女はオールラウンダーのため体力が少ない。ロザレナのような限界ギリギリの修行を課しては、あっという間に身体が壊れてしまうだろう。


 俺は目をグルグルと回すルナティエにクスリと笑みを溢した後、「では、休憩です」と言って、その場を去った。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 最後に向かった先は――――――裏山の頂上。


 そこでは相も変わらず木々が薙ぎ倒されており、上半身裸のグレイが、【瞬閃脚】の修行を行っていた。


「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」


 地面を蹴り上げ、猛スピードで加速するグレイ。


 だが、地面を蹴り上げる回数が二回止まり。三回蹴り上げなければ、【瞬閃脚】には至らない。


 グレイは速度をコントロールできず、そのまま周囲にあった大木に体当たりし、薙ぎ倒した。


 ドッシャァァァァァンと盛大に音を上げた後、木の上に覆いかぶさっていたグレイは、額から血を流しながら首をコキコキと回して起き上がる。


 森林破壊しまくってんじゃねぇぞ、このマフラー男。


 いや、今マフラー男はしていなから、上裸男か。何でも良い。


「……何故だ。何故、三度地面を蹴り上げることができない……」


 悔しそうに下唇を噛むグレイ。


 俺はため息を吐いて、グレイに声を掛けた。


「前に大森林に行った時に言っただろう。3センチほどの高さで小さく飛ぶことが、【縮地】と【瞬閃脚】におけるコツだと」


「……!? 師匠(せんせい)!?」


 俺の姿を見て、驚きの声を上げるグレイ。


 俺はがしがしと後頭部を掻くと、麻袋を地面に置き、箒丸を手に持ったままグレイの前に立った。


「かかって来い。実戦で相手の動きを見て覚えろ。俺が【瞬閃脚】を使って、お前に稽古を付けてやる」


「し、しかし、師匠(せんせい)。貴方は、オレが【瞬閃脚】を習得することに、反対していたのでは……?」


「少し、考えが変わった。とはいっても、未だに俺は反対しているけどな。お前は、母親とベアトリックスを救うことを第一に考えた方が良いと思う」


師匠(せんせい)。オレは、別に、母と妹を見捨てたわけではありませんよ。オレは……このまま剣王になって、ただ賞金を母と妹に届けても、駄目だと思ったのです。オレが目指すべき場所は、そんなところではない。オレは、母や妹のような人間を真に救う剣士になりたいのです。だから―――【剣王】などただの通過点にすぎない。オレは、【瞬閃脚】を習得したい。オレは、今すぐにでも……【剣神】になりたいのですッ!! 【瞬閃脚】習得は、そのためですッ!!」


 こいつは目先の【剣王】と賞金なんかよりも、ずっと先を見ていたということか。


 先月までは剣王試験剣王試験うるさかった小僧が、もう【剣王】など興味もないってか。


 口下手野郎が。それを最初から言えって言うんだ。


「お前の気持ちは、十分に分かった。オラ、来い。【瞬閃脚】を見せてやるよ」


「はい!」


 俺とグレイは見つめ合うと、同時に姿を掻き消した。


 グレイが使用するのは【縮地】。俺が使用するのは【瞬閃脚】。


 グレイの速度を遥かに超え、宙を飛び交う影となった俺を見て、グレイは周囲を駆け抜けながら笑みを溢した。


「やっぱり、師匠(せんせい)の【瞬閃脚】は美しいです。大森林に行った時に見せてもらってから、ずっと思っていました。オレは……貴方のように、自由に、宙を駆け回ってみたいと」


 夜の裏山。雲の切れ間に三日月が浮かぶ深夜に、俺たちは剣と箒をぶつけ合い、宙を舞った。

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