第10章 二学期 第285話 剣王試験編ー③ 久しぶりの学園生活
国葬を終えて――――――翌日。十月九日。午前七時。
ベルゼブブ・クイーンの襲撃から九日。
長い休校を終えて、今日から、久しぶりに学園が始まる。
メイド服に着替えた俺は自室の姿見の前で一回転し、服装に乱れがないかチェックする。
問題がないことを確認した俺は「良し」と口にし、扉へと向かい、部屋を出る。
そして、向かいにあるお嬢様の部屋のドアをノックした。
「お嬢様、朝ですよ。今日から学園が再開されますよー」
「ぐかーぐかー」
「相変わらずのいびきでのお返事、ありがとうございます。失礼致します」
俺は慣れた手つきでドアノブを回して、お嬢様のお部屋へと入る。
するとやはり予想通り、お嬢様はベッドから転げ落ち、床に頭ごと落下していた。
深紅のネグリジェの肩紐が少しずれていたので、俺は一瞬ドキリとするが……いや、もう、朝のお嬢様のとてつもない寝相を何度も見てきた身としては、割とこの光景にも慣れつつある。男として女性の半裸を見慣れているという言い方は語弊がありそうなものだが。
俺はため息を吐いた後、お嬢様の前に立って、声を掛けた。
「お嬢様、朝ですよ! 起きてくださいっ!」
「んんぅ~~アネットぉ~~?」
目を擦りながら、起き上がるロザレナお嬢様。とてつもなく朝に弱い我が主人。
この毎朝のやり取りをするだけで、何だか、自分が満月亭に帰って来たことを実感するな。
オリヴィアの料理の手伝い……もとい彼女の朝食の監修をした後。
食堂で料理の配膳をしている時に、あることに気付く。
「あれ……? グレイがいない……?」
テーブルには既にロザレナ、ルナティエ、ジェシカ、マイス、フランエッテの姿があるが、グレイレウスの姿がどこにもなかった。
(ジークハルトはマイスと食事の席を一緒にしたくないのか、先に登校して行った)
俺がその光景を見て首を傾げていると、皿を持ってやってきたオリヴィアが隣に立ち、声を掛けてくる。
「グレイくんなら、裏山の修練場だと思いますよ」
「え? こんな朝早くから、ですか?」
俺の疑問の声に、ルナティエが言葉を返す。
「ここのところ、あいつはずっと朝食の場には姿を見せていませんわよ。まぁ、アネットさんが満月亭を離れてからのことですから、貴方は知らなくて当然ですか」
「ずっと、朝食の場に来ていない? まさか、朝から修行をしているのですか?」
「逆よ、アネット」
「お嬢様?」
ロザレナはため息を吐いた後、コーヒーの入ったカップを手に取る。
「あいつは、夜間ぶっ通しで修行しているのよ。寮に帰って来るのはいつも夕方の六時くらい。その時にシャワーと食事をして、五時間くらい睡眠を摂って……また深夜に裏山に行くの。アネットが死を偽装していた時もこのサイクルを続けていたから、当初、あたしはあいつには心がないのかと思ったわ。アネットのことを心配しない、薄情者だってね。まぁ……結局は、誰よりもアネットの死を信じていなかったのは、あいつだったみたいだけど。そこはちょっと悔しいわね」
そう言ってロザレナはカップを口に付けると「にっがぁーい、なにこれ」と、渋い顔をする。そんな彼女に、隣に座っていたルナティエが「それ、わたくしのモーニングコーヒーですわよ! あんたの紅茶はこっちですわよ!」と、激怒した。
俺はテーブルの上にトレイを載せ、全員分のサラダを配膳した後、顎に手を当て考え込む。
まさかあいつが、そこまで時間を削って【瞬閃脚】の修行していたとは思わなかった。
師としては、身体を壊すからそんな無茶な修行は止めろと、言いたいところだ。
だが……今のあいつが俺の言葉を聞くのかどうか……。
俺は正直、母親を優先しなかったあいつに、少し失望している。
俺が知るグレイレウスという男は、口下手で愛想も悪いが、情に厚く、誰よりも優しい奴だとそう思っていた。
だけど、あの男は、母親を助けることよりも【瞬閃脚】を会得することを優先しやがった。
俺は、家族を大事にしない奴が大嫌いだ。
勿論、グレイと奴の母親の間に蟠りがあるのは分かっている。
だとしても……妹が必死に母親を助けようとしているのに、【剣王】になって賞金を稼ぐことよりも【瞬閃脚】の会得に重きを置くのは、俺としては看過できない行為だった。前世と今世において、母親がいなかった俺には、特にな。
(だけど……それは、俺の知る今までのグレイとは異なった行動に見える。俺が奴の本質を見誤ったか、もしくは奴が悪い方向に変化したか、それとも――――)
グレイは……口下手だ。俺は、奴の考えを理解しきれていないのだろうか?
俺は「ふぅ」と短く息を吐いた後、 お嬢様に声を掛ける。
「ロザレナお嬢様。私、少し、裏山に行って来ます」
「え? いいけど、朝ごはんは?」
「戻ってきたら、急いで食べます。少し、失礼致します」
「え、ちょ、アネット!?」
俺は食堂を後にし、足早に、裏山の修練場へと向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――1025! 1026! 1027!」
昨晩グレイと別れた裏山に、奴はいた。
木々が薙ぎ倒されクレーターのようになっている場所で、グレイは汗だくで腕立て伏せを行っていた。
上半身裸になっているその身体には、無数の痣や傷ができている。
奴は苦悶の表情で腕立て伏せを行っていたが、限界が来たのか。
腕を滑らせ、地面に顔を打ち付けた。
「ぐっ!? またかっ……! まだ今日のノルマが終わっていないというのに……ッ!」
地面に拳を叩きつけるグレイ。
「このままじゃ、駄目だ!! オレは……このまま【剣王】になっても、母のような人間を真に救える剣士には、なれる気がしないッ!! 【剣王】や【剣神】になって、何を成すのか!! オレのゴールは、ただ【剣神】になって終わりではないッッ!! そうだろう、ファレンシア!!!! お前の夢を借りたままの紛い物では、オレは何も成すことができないのだッッ!!!!! オレは―――オレの意思で、願いを持って、【剣神】にならなければならないのだ!!!!!」
起き上がり、空に向かって咆哮を上げるグレイ。
「オレは――――――母のような弱者を救うことができる力が、欲しいッッ!! オレ自身が弱者だということは、よく分かっている!! オレには、速剣型の才能しかない!! 速剣型を極めるしか、能が無い!!!! 他の型も納める才能を持った者が【剣神】になれるということは、重々に理解しているッ!! だが、オレにはこれしかない!! これしかないんだ!!!! なら……限界まで、鍛え上げるしか道はないだろう!! 剛剣型でもないものが筋肉を付けたところで無駄なのかもしれないが、【瞬閃脚】を行うにはオレの身体は小さすぎる!! 他人よりも筋力を付けなけいといけないのは必然だ!!!! オレは絶対に、諦めないッッ!!!!」
そう叫んでゼェゼェと荒く息を吐いた後、グレイは再び地面に腕を付け、腕立て伏せを始める。
「1! 2! 3! 4! 5―――――」
俺はその光景を見た後、後頭部を掻き、奴に声をかけずに踵を返す。
「あんな必死なお前の顔を見て、止めろなんて……言えるかよ」
それは師としての言葉じゃなかった。師としては、失格だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
満月亭の寮生たちと紅葉した並木道の中を進み、学園へと向かって歩いて行く。
ちなみにフランエッテは、今までと一緒……いや、【剣王】から【剣神】になったことで今まで以上に強者を演じなければいけなくなったため、俺たちとは別々に学園へと登校していた。本当、あいつの苦労を想うとお疲れ様ですと言った感じだ。いや、俺がその苦行を押し付けてしまっている張本人なんだけどな、うん。
5メートル先を歩く、日傘を差した少女は、周囲の生徒たちに畏敬の目を向けられながら、生徒たちが退けていった道を悠然と進んで行く。
まるで王族が歩いているかのような光景だ。
フランエッテ自身も、不敵な笑みを浮かべ、妖しげに目を細めているから様になっている。血のような紅い目も神秘的だ(カラーコンタクトだが)
「しっかし、あのゴスロリ女、演技モードが入るとすごいわね」
そう言って、俺の腕を抱き隣を歩いていたロザレナが、呆れたため息を吐く。
俺はその言葉にコクリと頷いた。
「そうですね。彼女がそう演じるだけで、まるで虚像が現実に現れたと錯覚してしまいます。あそこには……孤高を好む、本物の吸血鬼の姫がいる」
「普段はただの手品師なのにね」
「いや、お嬢様。あれは手品ではなく、一応、魔法だったと思いますよ?」
「じゃあ、鳩を大量に出したり、剣を薔薇の花に変えたり、傘をカエルに変える魔法は、何て魔法なのよ?」
「……鳩の方は召喚魔法だと思いますが……他の二つは分からないです……」
後で聞いてみたが、フランエッテ自身も、自分が何をしたのか分かっていないらしい。ルナティエにも聞いてみたが、フランエッテが行使した魔法は、召喚魔法を除いて、何の属性の魔法なのか判別できないものだった。
ルナティエの考えとしては―――適当な詠唱を唱えることで、運よく未知の魔法と合致し、わけのわからない魔法を行使できているのではないのかということ。うん、最後まで意味分からん。
本当にあいつは、魔法の才能があるのかないのかよく分からない奴だな……。
だけど、重力の魔法の時のように、唐突にものすごい魔法を産み出しそうな気配もある。まさに、トッリキーな奴だ。魔法剣には攻撃魔法型、バフ・デバフ型、治癒魔法型しかいないが、あいつは俺が今考えた新たな枠、道化師型に当てはめられるかもしれない。うん、本人は攻撃魔法型と言っているが、あいつは道化師型だ。
「えへへへへ~。何はともあれ、アネットとまたこうして一緒に学校に通うことができるの、すっごくすっーごく、嬉しいわ!」
俺の腕をギューッと抱き、ニコニコ満面の笑みを浮かべるお嬢様。
俺はその様子に引き攣った笑みを浮かべ、彼女に声を掛ける。
「あ、あのお嬢様、腕を抱いて歩かれるのは、その、ご遠慮願えないでしょうか……」
「え~? 何で~? あ! もしかして、アネット、照れてるの? うりうりうり~」
俺の肩に頭を擦り付けてくるお嬢様。
一時的に俺が死を偽装していなくなってからというものの、お嬢様はこうして俺に過度なスキンシップを取るようになってしまった。
『アネット~おはよ~えへへぇ』
帰って来てから二日間、お嬢様を起こすと、彼女は決まって俺に抱き着いてくる。
俺はそれをひっぺ剥がしてから、部屋を出て、彼女に着替えを催促するのだが……毎回いつまで経っても俺から離れてくれず、疲れ果ててしまう。
『お嬢様……料理がしにくいので、離れてください……』
『む~~~っ』
料理を作る時は流石に危ないから、強く言って聞かせているが、とてもしつこかった。
『アネット! どこに行ったのーっ!!』
『うぉわぁ!? お嬢様、ここ、トイレですトイレ!!!!』
トイレをしている時に無理やりドアを破壊して入って来た時には……流石の俺も狼狽えた。
というわけで、何故かお嬢様は最近四六時中ベタベタモードだ。
何だか、幼い頃の、奴隷商団から助けたばかりのお嬢様に戻ったみたいで、見ている分には微笑ましい。微笑ましい、が……彼女はあの時とは違い大人なので、なるべく俺に抱き着かないで欲しい。俺はこんななりをしてはいるが、中身はれっきとした男なので。
「お、お嬢様。いい加減、おやめください。人目もありますし、貴族のご令嬢がメイドの腕を抱いている姿は、あまり良くないかと」
「え~? アネット、貴族だったじゃない。なーんも問題なんかないわよ~」
「いや、そういう問題じゃなくてですねっ!?」
こ、小ぶりな山が……何かとは言いませんが、山が! 当たっているのですが!?
俺がロザレナの様子に動揺し、ロザレナは楽しそうに俺の腕を抱き鼻歌を歌う。
その姿を寮生たちが微笑ましく(ルナティエだけ何故かジト目)見守っていた、その時。
俺は、ふと並木道に視線を感じて、植え込みの木へと視線を向けた。
すると、そこには……何故か木に身体半分を隠した、シュゼットの姿があった。
「え」
俺は思わず、口をあんぐりとして、唖然としてしまう。
「……」
シュゼットは何も言わずに真顔で、俺に向けてハグ待ちのように両手を差し伸べた。
何……何なの、あの人。怖い……怖いわ、あたくし……!
俺はシュゼットの様子にダラダラと汗を流しながら、その光景をスルーして、歩みを進めて行った。
「エリーシュア。アネットが来ないのですが」
「シュゼット様。流石に手を広げたらいつでもアネット様が抱き着きに来るとは限らないと思いますよ」
何か、背後から、そんな声が聴こえてきたが……俺は聞こえないふりをして、みんなと共にその場を去った。俺は、何も見ていない……うん、並木の合間に現れた不審者なんて見ていない……というかこんなところでハグなんてできないですお姉様。
時計塔の三階でオリヴィアとマイスと別れ、俺たち一期生たちは四階の廊下を進んで行く。
すると、その時。
ジェシカが何処か緊張した面持ちを浮かべていた。
それに気付いたロザレナが、俺から離れ、彼女に声を掛ける。た、助かった……やっとロザレナの腕組みから解放された……。
「ジェシカ……教室に行くの、怖い?」
「え、あ、ううん。もう、大丈夫。前までの私は、戦うことを恐れていたけど……もう平気。逃げ腰はやめたから。たとえキールケがまた教室を支配していたとしても、真っ向から戦うよ。もう、やられっぱなしのままは嫌だから。だって、私は……」
「【剣聖】になるんだもの、ね」
そう言ってロザレナが笑みを浮かべると、ジェシカも笑みを浮かべ、コクリと頷いた。
「うん……! ジークハルトくんも来るだろうし、大丈夫! これからは、ロザレナにだって敗けないんだからっ! それじゃあねっ!」
そう言ってジェシカは去って行った。
手を振ってその姿を見送ったロザレナの隣に、ルナティエが立った。
「まぁ、ジェシカさんももう、貴方に守られっぱなしではないでしょう。あの子は、今まで誰かを傷付けてまで叶えたい夢がなかったから、無抵抗に虐められてましたけど……今は、剣士としての道を歩み出した。そうでしょう?」
「ええ。あたしはもう、あの子に手を貸すことはしないわ。これからは、同じ夢を追う同志……いいえ、倒すべき、敵なのだから」
そう言って前を進むロザレナお嬢様を、ルナティエは一瞬、意味深な視線で見つめる。
だが、すぐに目を伏せて笑みを浮かべると、「そうですわね」と言って、ロザレナの後をついて行った。
俺もダブルお嬢様がたの後を……半歩遅れて、従者として、ついて行った。
四階最奥にある黒狼クラスの前に辿り着くと、入り口横に、背を付けて気だるそうに立っている人物を見つける。
その人物とは、アルファルドだった。
ルナティエはその姿を見て、呆れたため息を吐く。
「何、貴方。そんなところで何しているんですの」
「あぁ? テメェが言ったんじゃねぇか。朝の登校にはついて来なくて良いってよ。というか、オレ様もテメェら仲良しこよしの中に入る気はさらさらねぇからな。だから従者であるオレ様は、こうしてここでテメェが来るのを待ってやったんじゃねぇか。感謝しやがれ」
「いや、教室の中に入って待っていれば良いじゃありませんの。ディクソンが辞めたことで、前までは空席でしたけど、既に貴方の従者の席はありましてよ?」
「……そういうことじゃねーだろうが」
後頭部をがしがしと掻き、舌打ちをするアルファルド。
その姿を見て、ルナティエは、彼が言いたいことにいち早く気付く。
「なるほど。随分と殊勝になったものですわね、貴方も。気にしているんですの、ベアトリックスさんとヒルデガルトさんを」
「ハッ。クラスメイトとの軋轢を産むリスクを考えて、テメェはオレ様を従者にした。その後のことを処理すんのはテメェの仕事だ、クソドリル。オレ様は後ろで見物でもしてやるよ」
「はぁ。分かっていますわよ」
そう言ってルナティエはアルファルドを連れて、教室へと入って行った。
去り際にアルファルドは一瞬、俺を見て、ハンと鼻を鳴らして不敵な笑みを浮かべた。
まぁ……あの顔を見るに、あいつは端から俺が死ぬとは思っていなかったみたいだな。
「……どういうこと? アルファルドは何で、教室に入らなかったの?」
首を傾げる我が主人に、俺は、説明する。
「アルファルドは、ベアトリックスさんやヒルデガルトさんと溝が深いので」
「あ、そっか。特別任務の時もヒルデガルトはアルファルドに怒っていたものね。あたしは、まぁ、ルナティエが使える奴だって決めて引き込んだのなら、良いと思うけど。ルナティエの決断に、間違いはないと思うし」
「お嬢様は随分と、ルナティエ様を信頼されているのですね」
「ち、違うわよ! 信頼とかじゃなくて、その、あいつは……あーもう、いいわ! 行くわよ、アネット!」
「フフ、はい、お嬢様」
そうして俺とお嬢様も、教室の中へと入って行った。
教室に入った瞬間、雑談をしていた生徒たちは口を止め、入り口に立つルナティエとアルファルドを見つめる。
その姿に気付いたヒルデガルトが、席を立ち、二人の元へ向かって行った。
「ま、待ってください、ヒルデガルトさん!」
ベアトリックスが慌てて席を立ち、ヒルデガルトの元へと向かう。
ルナティエとアルファルドも歩みを進め……教室の中央で、四人は向かい合う形となった。
「……ルナティエっち……いや、ルナティエさん。あーし、言ったよね。アルファルドを仲間にするのは反対だって。特別任務の時だけならいざしらず、何で、まだそいつを連れてるの? おかしくない?」
「ヒルデガルトさん。わたくしの考えは変わりませんわ。アルファルドは、毒蛇王クラスの元副級長であり、有能な人材です。彼は必ず、黒狼クラスを勝利へ導く鍵となりますわ」
「勝つためなら、クラスメイトを地獄に叩き落した奴も迎い入れるっていうの?」
「ええ、そうですわ」
「なによ、それ……!! みんな!! 知ってるでしょう!? ベアトリっちゃんは、そこにいるアルファルドと父親のせいで、長い間ずーっと、借金を背負わされてきたの! しかも、不当な利息で、この子は盗みや犯罪にまで手を出してお金を稼いできた! 十三~十四歳の子がだよ!? あり得ないよね!!」
クラスメイトの一部に、ヒルデガルトに同意するような雰囲気が現れる。
「あーしは、いくら勝つためだって言っても、そいつを黒狼クラスに入れるのは反対!! だって、あーしは、ベアトリっちゃんを傷付けたそいつを絶対に許すことができないからっ! 副級長だからって、何やっても良いと思ってるのかな、ルナティエさんは!!」
「ヒルデガルト・イルヴァ・ダースウェリン。前にも言いましたけど……貴方、何のために騎士学校に入ったんですの?」
「はぁ?」
「仲良しごっこがやりたいのなら、他所でやりなさい。わたくしは、本気で剣の頂を目指している。わたくしは敗北することが、何より嫌いです。この騎士学校での戦いでだって、敗ける気は一切ない。在学中に全ての教えを吸収して、一切の失敗なく、わたくしは勝利のための布石を打つ。全ては、己の夢のために」
ルナティエは一歩、歩みを進める。その姿を見て、ヒルデガルトは眉間に皺を寄せた。
「あんたの夢のために……そいつを受け入れろって言いたいの?」
「わたくしの夢のため? 違うでしょう? 皆、騎士位を取るために、剣の腕を磨くために、この騎士学校に入ったはず。わたくしは副級長として、このクラスを勝利に導く。絶対に」
ルナティエはヒルデガルトの至近距離に立つと、彼女の目に自分の目を見せた。
「それで……貴方は、何のために騎士学校に入ったんですか?」
「……ッ! あーしは、別に、騎士になりたくてこの学校に入ったわけじゃ……ただ、親に言われて……」
「貴方の私的な友情ごっこで、わたくしや他の皆さんの夢を、邪魔するつもりですの? わたくし―――――何も、貴方やベアトリックスさんに嫌がらせしたくて彼を従者にしたわけではありませんわよ!! 彼だって、今、新たな夢を抱いて、ここに立っている!!!! 過去のことを水に流せとは言いませんわ!!!! ただ、わたくしの考えを止めたいのでしたら、代わりに勝利への策を用意しなさいと言っているのです!!!!! 貴方のそれは、クラスのためを考えて行動しているわたくしに対して、代替え案もなくただ感情論で駄々をこねているだけにすぎませんもの!!!!」
「……ッッッ!!!!」
ヒルデガルトは下唇を噛むと、眉間に皺を寄せ、ルナティエを睨み付ける。
そんなヒルデガルトの袖を、ベアトリックスが引っ張った。
「ヒルデガルトさん。私は、大丈夫です。それに、同じクラスにいると言っても、彼は多分、私たちには干渉してこない。いや……彼は端から他のクラスメイトとも干渉する気はないでしょう。そうですよね、アルファルドさん」
「あぁ。オレ様はテメェらと仲良しこよしする気はねぇよ」
「……分かった。だけどあーしは、やっぱり、ルナティエさんは副級長に相応しくないと思う。それだけ」
そう言って、ヒルデガルトは自分の席へと戻って行った。
そんな彼女の後についていき、心配そうに声を掛けるベアトリックス、ミフォーリア。
俺はどちらも、間違ってはいないと思う。
ルナティエは勝利のために、ヒルデガルトは友達のために、お互いの正義がぶつかり合った。
結果、騎士学校という場所であるからこそ、ルナティエの言葉が正しいと考える生徒が多いように見えた。
本来はこういうの、級長であるロザレナがやるべきことだと思うのだが……うちのお嬢様は理詰めするというよりは、「あたしが決めたのだから、文句言うな! ぶん殴るわよ!」という、暴君っぷりを発揮しそうだからなぁ。
「ん? 何、アネット、あたしを見て。あ、分かった。今日もお嬢様は可愛いなって、見惚れちゃったのかしら? ふふん。もっと見て良いわよ!」
うん、まぁ……うちのお嬢様は可愛いから良いか!
適材適所。生徒たちをカリスマと一騎当千の武力で牽引していくのがお嬢様の役目で、ルナティエが生徒たちの統率を担当する。我ながら、我が黒狼クラスはなかなかに、バランスが取れているのではないだろうか。
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