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第28話 元剣聖のメイドのおっさん、再びお嬢様にキスされる。



「えいっ! えいっ! えいっ!」


「・・・・・・・・何をやっている」


「とりゃっ! とりゃっ! とりゃっ!」


「だから、何をやっていると聞いている」


 満月亭の裏にある小高い山の修練場で剣を振っていると・・・・いつの間にかあたしの背後に、マフラーを巻いた男、グレイレウスがが立っていた。


 あたしは彼に肩ごしに一瞬視線を向けた後、そのままジェシカに借りた木剣で素振りを行っていく。


「見て!! 分からないの!! かしら!? 剣の!! 修行を!! しているのよ!!」


「剣の修行だと? フン、そんな幼稚な修練をするのなら他所に行け。目障りだ」


「なッー---なんですってぇ!?」


 その発言が聞き捨てならなかったため、あたしは剣を振るのを止めて、グレイレウスへと鋭い目を向ける。


 すると彼はあたしの睨みなど意にも返さず、静かに口を開いた。


「・・・・・オレは本気で『剣神』を目指している。故に、そのような幼稚な真似をこの修練場でされると気が散って仕方がない。目障りだ。消え失せろ」


「あたしだって本気で『剣聖』を目指しているのよっ!! それに、ここ、満月亭の寮の人なら誰だって使って良いはずよねっ!? 何で、貴方に指図されないといけないのかしらっ!?」


「・・・・・・・お前が、『剣聖』だと? それは本気か?」


「何よ? 貴方もクラスメイトたちみたいにあたしを笑う気? ふんっ、だったら笑いたければ笑えばいいわっ!! 他人にどうこう言われても、あたしの目指す野望は変わらないんだからっ!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 彼は無表情のまま静かにあたしを見つめると、小さく息を吐き、背中を見せる。


 そして、去り際、ポツリと声を発した。


「・・・・・・入学早々、フランシア家の息女に決闘を申し込まれたようだが・・・・あの小娘は基本的な剣の技術を幼少時から叩きこまれている。お前のその剣の力量では、太刀打ちできないと思え」


「へぇ? 耳が早いのね。人との関わりが苦手そうな貴方がそのことを知っているだなんて驚いたわ」


騎士たちの夜典(ナイト・オブ・ナイツ)はこの学校の生徒にとっては一大イベントだからな。決闘が起これば、一日でその噂は学校中に広まっていく」


「変な学校ね。決闘が校則に組み込まれているなんて。それも、騎士養成学校ならでは、なのかしら?」


「まったく、自分がどんな状況に立たされているのかも知らず、能天気な奴だな・・・・・・。寮生のよしみで助言しておくが、今すぐこの学校を辞めて去った方が良いぞ。この学校において一度付いた敗者の烙印というのは、地獄そのものだからな」


「地獄・・・・・?」


 そう言い残し、彼は林の中へと消えて行った。


 あたしは地獄という言葉を反芻して呟いてみる。


「地獄・・・・地獄・・・・地獄・・・・・? 決闘に負けても別に死ぬわけじゃないわよね??」


 うーんと腕を組んだ後、頭を振って、あたしは切り替えることにした。


「まぁ、いいわ。今は、剣の修練あるのみよ!! あのドリル髪の女を倒すためにね!!」


 そうして再び剣を上段に構え、あたしはひたすら『唐竹』の素振りを行っていった。









「お嬢様、こんなところで大の字になって寝られておりますと、風邪をお引かれになりますよ?」


「あれ・・・・アネッ・・・・ト?」


 ロザレナは目を擦りながら上体を起こすと、ぼんやりとした表情でこちらの目を見つめて来た。


「ごめんなさい・・・・剣の素振りをしていたらいつの間にか疲れて眠ってしまっていたみたい・・・・」


 そう口にして半目になっている彼女にクスリと微笑んだ後、俺はロザレナの横に腰かけ、星々が浮かぶ満天の夜空を見上げる。


「お嬢様とお二人でお話する時は、夜空を見上げることが多いですね。こうして二人で座っていると、御屋敷でお嬢様と月を見上げた時のことを思い出します」


「そうね。あの時の丸い満月はとても神秘的で・・・・綺麗だったわ・・・・」


「まぁ、今日は三日月なんですけどね。ですが、丸くない月もそれはそれで絵になるものです」


「・・・・・・・・・・」


「お嬢様? 深刻そうな顔で俯かれて・・・・どうなされたんですか?」


「・・・・ごめんなさい、アネット」


「フフッ、その『ごめんなさい』は、どれに対してのごめんなさい、なんでしょうか?」


「その・・・・夜遅くなってもあたしが寮に戻って来ないから、心配してここに来てくれたことと・・・・あたしが貴方の反対を押し切って決闘を受け入れてしまったことの・・・・謝罪よ」


 そう言うと神妙な顔をして、ロザレナは立ち上がった。


 そして木剣を握りしめ、彼女は満点の星空を、悔しそうな目をして見上げる。


「あたしは、今日の朝、クラスメイトに自分の夢をバカにされて・・・・とても、悔しかった。なれるわけがないだとか、頭がおかしいだとか、薬をやっているんじゃないかとまで言われて・・・・・。でも、やっぱり何より悔しいのは、お母様とお父様、お爺様やお祖母様、ルイスに、マグレットさん、コルルシュカ・・・・そしてアネットのいる、あたしの大好きなレティキュラータスの家を馬鹿にされるのが・・・・悔しくて、あたしは悔しくて仕方がなかったっっっ!!!!!!!」


 そう言って彼女は涙をキラキラと輝かせて空中に飛ばしながら、歯をギリッと噛みしめた後、叫んだ。


「最初は、アネットだったら、貴方だったら挑まれた戦いからは絶対に逃げないだろうなって思って、『剣聖』を目指すんだったら戦いから逃げちゃダメだなって、そう思ってあの人の決闘を受け入れた。だけど・・・・・だけどもう、あたしは、そんな気持ちで戦うことはできないわっ!!!! あたしは・・・・あたしは、あいつらを見返してやりたい!!! あたしの夢を馬鹿にしたあいつらを、レティキュラータスのみんなを家の格だけで馬鹿にしたあいつらを!!!! 床に手を付けさせて、謝らせてやりたいっっっっ!!!!!!」


 そう声を大にして叫ぶ彼女のその姿は、まるで月に向かって遠吠えを上げる一匹の狼のようだった。


 彼女は、きっと、今まで何度もこういう場面に出くわしてきたのだろう。


 幼少の頃、出会った当初に俺が何故『剣聖』になりたいかを問うた時、彼女は真っ先に「お父様とお母さまをバカにする奴らをギャフンと言わせたい」と、そう言っていた。


 レティキュラータスという貴族の家に産まれただけで、彼女は常に周囲の貴族からバカにされてきていたんだ。


 だから、15年間溜まりに溜まった鬱憤が、今日の騒動をきっかけに、今、限界点を超えて爆発してしまっていた。


 悔しさに目に涙を滲ませ、青紫の狼は、三日月に吠える。


 ただのメイドである俺にできることは、そんな傷付いた狼に・・・・そっと、寄り添い、支えることだけだ。


「!? アネット・・・・?」


 突如、後ろから抱きしめてきた俺に、ロザレナは驚いたようにこちらに視線を向けて来た。


 俺は傷を癒すようにして、そんな彼女の頭を優しく撫でる。


「お嬢様。必ず、勝ちましょう」


「・・・・・・・・え?」


「私が貴方様を勝利に導きます。決闘の日まで日数がいくつあるのかは分かりませんが、その限られた時間の中、私は全力を持って貴方様をお鍛えします。アネット・イークウェスの名に懸けて、共にレティキュラータスの名を穢した不届きものに、目にものを見せてやりましょう」


「アネッ・・・ト・・・・・」


 この世界で誰よりも泣かせたくない・・・・笑顔でいて欲しい大切な御方を泣かせたんだ。


 何者だろうが、絶対に容赦はしない。


 『剣聖』として・・・・いや、ひとりの男として、必ずやこの子を勝利に導き、自身の手で汚名を晴らさせてやる。


 それが、今、俺が何を捨ててでも最優先にやるべきことだ。


「アネット・・・・・」


 その時、ロザレナがこちらに向き直り、潤ませた瞳をこちらに見せて来た。


 何事かと首を傾げていると、彼女はそのまま顔を俺に近づけていきー----。


「ー--------んっ」


「ッッッ!?!?!?」


 幼少時以来の、キ・・・・を、されてしまったのだった。


 しかも、今回は結構長めの・・・・大人の、キ・・・・だった。


「んっ・・・・・んんっ・・・・・」


「ッ!? ッ!?!?」


「んっ・・・・・ふぅ・・・・。えへへへ。久しぶりに、キス、しちゃったね」


 そう言って彼女は顔を離すと、頬を赤く染め、にこりと微笑む。


 俺はそんな彼女の姿に何も言うことができず。


 ただただ目を見開き、口元を手で触れて、ポカンとしてしまう。


「お、お嬢、様・・・・・?」


「もう、何よ、そんなに呆けた顔をして。・・・・・キス、嫌だった?」


「え、は? い、いえ、そ、そんなことは、あの・・・・」


「あたしはとっても気持ちよかったよ。アネットとの久しぶりのキス。ねぇ・・・・もしそれ以上のことをあたしが貴方としたいって言ったら、アネットは何て言う?」


「はッ!?!? そ、そそそそそそそれ以上!?!? な、なななななな、何を、言ってらっしゃるのですか、お嬢様ぁっっ!?!?!?」


「あれー? 顔が真っ赤よー? クスクス、いったい何を想像していたのかしらねー?」 


「お、お嬢様!! からかうのはやめてくださいっ!!」


「フフッ、ごめんなさい。そうよね、今はそんなことを言っている場合じゃないわよね」


 そう言ってロザレナは俺から離れると、突如真剣な表情を浮かべる。


 そして彼女は地面に正座をし、木剣を自分の前へ置くと、頭を下げ、凛とした声を放った。


「ご指導ご鞭撻、よろしくお願い致します、アネット・イークウェス師匠」


 そうして頭を上げた彼女の顔は、もう先ほどの弱々しい雰囲気は一切なく。


 彼女の瞳は以前と変わらない・・・・いや、以前以上の、頂を見据える、獰猛な猛獣のような紅い瞳を爛々と輝かせているのだった。

28話を読んでくださってありがとうございました!!


昨日投稿できなかったので、今日は3話分投稿してみたのですが・・・・いかがだったでしょうか?


最近は読んでくださる人もたくさん増えてきて、本当に嬉しく、そして皆様に飽きられないかどうか、とても緊張感を持って執筆しております笑


これからも皆様のご期待に添えられる作品を書けるように、精進して毎日書いていこうと思います!


続きは明日投稿すると思いますので、また読んでくださると幸いです!


では、明日歯医者に行くことを物凄く怖がっている三日月猫でした! また明日!

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 木剣どこから調達してきたんだろ… [一言] 少し前に何か言われても我慢しようって約束してたのに微塵も我慢できてない…将来が心配だわ(笑)
[一言] 夢が嘲笑われるのはとても苛々するでしょう。しかし最低限の剣の腕も付けていない現状では嘗められてもただ受け入れるべき事実だけの事になります。 そして決闘負けたら地獄と言われるけど、そもそも現状…
[一言] 勝つためにどんな手を使うのか…何か秘策があるのでしょうか??出来れば勝って欲しいですね! 次話が楽しみです!
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