表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

318/331

第10章 二学期 第283話 剣王試験編ー① 国葬の裏側で


 「――――――――……」


 王都の住宅街を、グレイレウスは一人、歩いていた。


 彼は手に持った紙を見ながら、雑踏の中を悠然と進んで行く。


 そして一件の住宅の前に立つと、彼は「ここか」と口にし、ドアをコンコンとノックした。


「はい、どなたでしょうか?」


 すると、数秒程してドアを開けて出て来たのは、オカッパ頭の少女……ベアトリックスだった。


 ベアトリックスは来訪者に対して、驚きの表情を浮かべる。


「え……兄さん!?」


「何だ、その驚きようは」


「いや、だって、兄さんがうちに来るなんて……何で? というか、どうやってここの住所が分かったんですか!?」


「お前は以前、満月亭で行ったロザレナの復帰パーティーで、オレに、母親の顔を見に来いと言っていただろう。その時お前は、自分の家の住所を書いた紙きれをオレに渡してきた。まさか、忘れていたのか?」


「あー……いえ、だって、その、本当に来るとは思いませんでしたから……」


「チッ。くだらん。なら、帰るぞ」


「兄さん!?」


 グレイレウスは踵を返す。


 その瞬間、彼の脳裏に、マリーランドで戦った……砂となって消える寸前の姉ファレンシアの言葉が響いた。


『グレイ。貴方に私の夢、全部あげる。私の夢は、【剣神】になることと、帝国で生き別れになった母さんとベアトリックスを幸せにしてあげること。あと、マリーランドのスイーツを網羅することでしょう? あとは……』


『あとは、グレイ。貴方が幸せになること、かな』


『グレイは多分、まだ許していないだろうけど……母さんとベアトリックスのこと、考えてあげてね。たった二人の家族なんだから』


『そう。まだ、蟠りがある感じなんだね。でも、そろそろ大人になりなさい。私が貴方を可愛がったように、貴方には可愛い妹がいる。今度はお兄ちゃんとして、貴方が頑張る番』


 グレイレウスは眉間に皺を寄せると、がしがしと後頭部を掻く。


 そして彼は振り返ると、ベアトリックスに声を掛けた。


「……母さんは、いるのか」


「え……?」


「容態はどうだ? 一応、見舞いも買ってある」


 そう言って、グレイレウスは籠に入っているフルーツを掲げてみせた。


 ベアトリックスは一瞬嬉しそうな表情を浮かべるが、すぐに表情を引き締め、コホンと咳払いをした後、家の中へと向かって行く。


「どうぞ。入ってください、兄さん」


「あぁ」


 そうして、グレイレウスは、ベアトリックスの後に続いて家の中へと入った。





「……」


 家の中に入ったグレイレウスは、思わず、驚いて硬直してしまう。


 彼の目の前にあったのは、ひとつのベッド。


 その上には、幸薄そうな藍色の髪の女性が横になっている。


 それだけ見れば、どこにもある風景かもしれない。


 だが……女性の両足は膝から下が木質化しており、足の先から伸びた根っこが、空中をうねうねと彷徨っていた。


 驚いて立ち止まっているグレイレウスに、女性は気付き、視線を向ける。


「あら? ベアトリックス、お客さん? ――――――って、貴方は……も、もしかして……」


 グレイレウスの顔を見て、女性は口元に手を当て、身体を震わせる。


 グレイレウスは短く息を吐くと、ベアトリックスにフルーツの籠を押し付け―――――ベッドの前に立ち、ぶっきらぼうに口を開いた。


「……お久しぶり。母さん」


「やっぱりグレイレウスなのね……!! こんなに……こんなに大きくなって……!!」


 涙を流す母親にチッと舌打ちをすると、グレイレウスは、母の足に視線を向ける。


「もう、足は動かないのか」


「あぁ……この足ね。私、王都に来てから『死に化粧の根(マンドラゴラ)』を服用してしまってね……こんなになってしまったの。あ、でも、今は『死に化粧の根(マンドラゴラ)』を使っていないわ! 私もベアトリックスに怒られて、反省して――――」


「父に捨てられ、ベアトリックスと逃げた王国で、さらに薬物に逃げて……お前は母親失格だ!! 俺と姉さんを捨てたことはこの際どうでもいい!! オレが許せないのは、お前にはベアトリックスがいながら、娘を守るどころか、現在進行形であいつに苦労をかけていることだ!! あいつがダースウェリン家に搾取され、今までどんな苦労を背負ってきたのか、知っているのか!! その自覚がお前にはあるのか!!」


「兄さん!!」


 ベアトリックスは、トレイに載せていたコップを落とし、グレイレウスの腕を掴んだ。


「兄さん! お母様は悪くないんです! お母様は、兄さんと姉さんのことをいつも想っていた!! 全部、帝国の父が悪いんですよ!! だから、お母様を責めないで!!!!」


「だが―――――っ!!」


 グレイレウスは、自分の腕を掴む妹を見て、声を止める。


 揺れる瞳、小刻みに震える小さな身体。


 彼は怯える妹を見つめた後。ふぅと大きく息を吐き、静かに口を開いた。


「いや……今更オレがお前の兄面するのもおかしい話か。オレは、お前たち親子が王都に来ているのを知っていて尚、今まで避けていたわけだからな。大人になれ、か。ファレンシア姉さんに言われた言葉を、オレはまだ守れていない。いつまでたってもガキのままだ。これでは師匠(せんせい)にも呆れられてしまう」


「え……?」


「ベアトリックス。母の足の木質化は、足を斬り落とすことで治ったりはしないのか?」


「お医者様の話では……難しいそうです。木質化の部位を切除しても、また、新たな個所から木質化が始まるみたいです」


「そうか。だったらもう、他に治す手立てはないのか? このまま母さんが『死に化粧の根(マンドラゴラ)』になるのを見ているしかないと?」


「それは……」


 ベアトリックスは下唇を噛み、下方に視線を向けた後、顔を上げ、グレイレウスに真剣な表情を向ける。


「私、今、騎士学校で魔法薬学研究部に所属しているんです。そこで、オリヴィア先輩と一緒に、『死に化粧の根』の治療を研究している……のですが……」


「何だ、歯切れが悪いな」


「……研究費用が足りないんです。学園の施設では、『死に化粧の根(マンドラゴラ)』を治す設備や、魔法資材が足りていない。これ以上研究を進めるには、別途、研究所を建てる必要があるんです。オリヴィア先輩のお兄様、ヴィンセントさんがスポンサーになってくれるというお話でしたが、彼はまだバルトシュタイン家の当主でないため、まとまったお金を動かすことができず……当主になるまで待って欲しいというお話でした」


「国は研究費用を出してくれないのか? 他の貴族や、修道院は?」


「無理、ですね……。王国は今、それどころではないので……皆、次の王位継承戦のことしか頭に入っていません。そもども誰も、『死に化粧の根(マンドラゴラ)』に侵されている人間を助けようなんて人はいないんですよ。みんな、自業自得だって、そう言うのですから……」


「つまり……金が足りず、手詰まりということか」


 コクリと頷くベアトリックス。


 グレイレウスはため息を吐くと、再度、開口する。


「いくらだ」


「え?」


「だから、研究費用はいくらと聞いている」


「金貨……三千枚相当かと……」


「剣王試験の合格者の賞金は、確か、金貨一千枚だと言っていたな。二千枚足りないが……オレたち弟子の中で一人でも他に合格者が出たら、そいつから二千枚借りれば問題はない、か。良いだろう。金の方はオレが工面してやる。お前はオリヴィアと共に、治療の研究を進めておけ」


「え? え?」


 混乱するベアトリックスを無視して、グレイレウスは、ベッドの上にいる母親へと視線を向ける。


「母さん。オレは、あんたが嫌いだった」


「……ええ。分かっているわ。私は……夫の言葉に従い、貴方たち姉弟を捨てたのですから……」


「だが……ファレンシアはこう言っていた。帝国で生き別れになった母さんとベアトリックスを幸せにしてあげたい、と。ファレンシアは最後まで、あんたを恨んでいなかった。だから……」


 グレイレウスは踵を返し、赤褐色のマフラーを揺らす。


「ファレンシアに夢を託された身として、オレは、あんたを見殺しにはしない。グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロスの名に懸けて……オレがあんたとベアトリックスを救う。絶対にな」


 そう言って、グレイレウスは入り口へと向かって歩みを進めて行った。


 背後から、母親の「ごめん……ごめんね、グレイ……」という言葉が聞こえてきたが、グレイレウスはそれを無視した。


「ベアトリっちゃーん! お母さんのお見舞いもとい、遊びに来たよ~!」


「遊びに来ましたであります~!」


 ちょうどその時。


 豪快に扉を開けて、ヒルデガルトと従者のミフォーリアが姿を現した。


 ヒルデガルトはグレイレウスの姿を見つけて、驚いた表情で硬直する。


「え、あの……あれ? もしかして、ベアトリっちゃんのお兄さん? てか、あれ? 何、このシリアスな空気。うちら、もしかして空気読めてない的な? 出直して来た方が良い感じ?」


「……お前らは……ベアトリックスの友人か」


 コクリと頷くヒルデガルトとミフォーリア。


 そんな彼女たちにフンと鼻を鳴らすと、グレイレウスは「良い友達を持ったな」とベアトリックスに声を掛け、そのまま家を出て行った。








           第10章 剣王試験編







 俺が学生寮に戻ってから、翌日―――十月八日。午前九時。


 王都では、聖王の国葬が派手に行われていた。


 城門前では、巨大な棺が聖騎士たちによって担ぎ出され、城門前に集まった人々はわざとらしくハンカチで目元を拭い泣いている。


 前列にいる身なりの良い富裕層が、恐らく、親聖王派……所謂、保守派と呼ばれる、ジュリアン支持者たちだろう。


 対して、後列に並び、聖王に対して「ざまぁみろ」だとか、不遜な態度を取っているガラの悪いヤカラが、エステリアル支持者だ。


 なんというか……支持者層が綺麗に別れているものだな。


 俺は国葬に参列する大勢の人々に視線を向けながら、その列には参加せず、大通りを歩いて行く。


 そして……大通りの端にある建物の壁際に背を預け、国葬を見つめながら、ぼーっと待ち人を待った。


 数分後。十字路の左の道から、雑踏に混じり、見覚えのある青年の姿を見つける。


 俺はそんな彼に対して手を挙げ、声を掛けた。


「よう。母親には会えたのか? グレイ」


 そう声を掛けると、俺の姿に気付いたグレイは、小走りにこちらへと駆け寄って来た。


師匠(せんせい)、お待たせしてしまい申し訳ございません」


「いや、そんなに待ってねぇよ、気にすんな。しかし、まさかお前が、母親に会いたいからって、途中まで俺に付き添いを頼むとはな。お前は弟子たちの中では一番我を貫くというか、メンタルが強い奴だったから、少し意外だったぞ」


「国葬の日にわざわざ御足労をお願いしてしまい、すみませんでした」


「で……母親と妹はどうだった?」


「……想像していたよりも、酷い有様でした。分かってはいたんです。母は、オレやファレンシア、ベアトリックスとは違い、精神的に弱い人間であることは。父に捨てられたあの人が、王都に来れば、こうなることは分かっていた……なのに、オレは母を責めてしまいました。なるべくそういうことを言わないように我慢するつもりだったのに……本当にオレはいつまで経っても成長のない、ガキのままです」


 拳を握り、俯き、震えるグレイ。


 俺は短く息を吐くと、奴の肩にポンと手を置いた。


「お前はまだガキなんだからそれで良いんだよ。今気付けただけ、上等だ。後は、どうするかだろ。お前のことだ。もう、やるべきことは見つけたんじゃないのか?」


「はい。オレは今月末に行われる剣王試験で賞金を得て、それを……母の『死に化粧の根(マンドラゴラ)』の治療費に充てようと思っています。今までは、【剣神】がオレのゴールだと思っていましたが……母と妹を見て、考えを改めました。【剣神】になって、何を成し遂げたいのか。オレは力を得て、どんな人間になりたいのか。これからはそこを一番に考えていきたいと思っています」


「良いんじゃないか。だけど、お前、真面目すぎなんだよ。もう少し、肩の力抜きやがれ」


 俺はそう言って、グレイの頭を乱暴に撫でた。


 髪をぐしゃぐしゃにしながら、奴は照れた様子で「はい」と、そう返事をした。


 その後、俺はグレイから、奴の母親とベアトリックスとのやり取りを聞いた。


 ベアトリックスの事情は本人から聞いて既に知っていたが……何というか、この親子は聖王国にある悪意の被害者だということを、改めて認識し直した。


 『死に化粧の根(マンドラゴラ)』に侵された母親を救うべく奮闘する若き兄妹に、俺も何か力になれることはないのかと、そう思った。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 グレイと共に満月亭の学生寮に戻ると、寮の前に、見知らぬド派手な馬車が停まっている姿を発見する。


 全身ピンク色で、乗車台の方は、ハートやら熊やウサギなどのキラキラの装飾が付いている。何だ、このファンシーで目に痛い馬車は……? バルトシュタイン家のものやフランシア家のものとは違うな。いったい誰の馬車なんだ?


 俺とグレイはその馬車を横目に、門を潜り、満月亭の中に入る。


 すると、玄関先に、見たことのないピンクとハートの柄の鎧を着た聖騎士二人と……ピンク色の髪の少女の姿があった。


 その少女はこちらを振り返ると、地面に届くような長いツインテールを揺らし、俺たちに視線を向けてくる。


「あら。外出中でしたの。まぁ、ちょうど帰って来たようですし、構いませんわ。初めまして、アネット・オフィアーヌ。私のことは勿論、知っていますよね」


「貴方は……フレーチェル殿下……?」


 その顔は、王宮晩餐会で見た、第四王女フレーチェルだった。


 ブルーノの話では、確か、貴族たちに聖王の器ではないと期待視されておらず、未だ四大騎士公の配下を一人も持っていない王女という話だった。


 彼女はニコリと微笑むと、再度、口を開く。


「まさか、本当にオフィアーヌ家当主を辞めて、メイドに戻っているとは。正気の沙汰ではありませんね。貴族の身分を捨てて使用人になる人間など、世の中どこを探しても、貴方だけなのではなくって?」


「御言葉ですが……私は、オフィアーヌの名を捨てたわけではありません」


 そう軽い牽制を口にしてみるが、フレーチェルは意にも介さなかった。


「名を捨てたわけでなくとも、現に貴方はメイド服を着ているではありませんの。面白い御方。もしかして……オフィアーヌの名があるから、自分は守られているだなんて……そんな、甘いことを考えているのですか?」


 そう言ってフレーチェルはパチンと、指を鳴らした。


 その瞬間、フレーチェルの左右隣に立っていた聖騎士が、腰の鞘から剣を抜き、俺たちに向かって――――駆けて来た。


 その光景を見て、グレイは俺の前に出ると、腰から二本の小太刀を抜き放つ。


師匠(せんせい)。奴らを斬っても構いませんでしょうか」


 本来、王女護衛の聖騎士相手に剣を抜くのは、あまり得策とは言えないが……いや、向こうが先に剣を抜いてきたんだ。この際、仕方ないか。こちらには正当防衛という大義名分がある。


 まったく、王族の中にここまで無鉄砲な馬鹿がいるとは、思わなかったぞ。


「良いだろう。やれ、グレイ。ただし、殺すな」


「御意」


 グレイは地面をタタンと二度叩くと、姿を掻き消す。


 そして、目にもとまらぬ速さで、聖騎士二人の横を通り過ぎ……彼らの鎧の拘束具を斬り落とし、地面に落とした。


「なっ……!」


 驚きの声を上げる聖騎士二人の首に向けて、グレイは、手に持っていた二本の刀を突きつける。


「鈍い。貴様らでは、オレの太刀は見切れまい。剣を仕舞え、聖騎士ども。さもなくばこのまま首を叩き落とす」


 聖騎士たちは悔しそうな表情を浮かべた後、腰の鞘へと剣を納めた。


 それを見て、フレーチェルは……何故か、パチパチと拍手を鳴らしていた。


「アネット・オフィアーヌ。流石に、護衛の一人は付けているようですわね。お見事な腕前を持つ騎士を持っているようで」


「何の真似だ、貴様」


 グレイがフレーチェルに殺気を向けたので、俺はすぐに声を掛ける。


「やめろ、グレイ。下がれ」


「はっ」


 そう声を掛けると、グレイは聖騎士を警戒しつつ、剣を下ろし、後方へと下がった。


 俺は前に出て、グレイの隣に並び、フレーチェルに向けて口を開く。


「王女殿下。いきなりこれは何の真似でしょう? 私はフレーチェル殿下に対して、何か不敬な行いをしてしまったのでしょうか?」


 理由は分かっている。フレーチェルは、どちらかというと、ジュリアン派閥に近い人間だ。王宮晩餐会のあの日、彼女は俺を処断する方に手を挙げていたからな。


 俺が警戒心向きだしてフレーチェルの前に立つと、彼女は、ニコリと微笑みを浮かべた。


「貴方を試してみたのです。無策でオフィアーヌの当主を降りた愚者だったのなら、このままジュリアンお兄様への手土産として、貴方を拘束するつもりでしたけど……流石に、そこまでの馬鹿では無かったみたいですわね。ふんふん。度胸も頭脳もある、と。先代オフィアーヌ家当主、アネット・オフィアーヌ。貴方、私に仕える気はなくって?」


「は?」


 いきなりの勧誘に、俺は思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。


 すると、フレーチェルは両手を広げて、口を開いた。


「私の目的は……この聖グレクシア王国を、可愛い国にすること! 可愛いは、正義なのです! 私が聖王になったら、国民全員に、私自らがデザインした可愛いお洋服を着るように命じますわ! そして、建物を全て愛らしいピンクの柄で覆い尽くすのです! 私は必ずジュリアン兄様や灰かぶりのネズミを倒し、聖王になってみせますわ!!!!」


 そのわけのわからない演説に、俺とグレイは思わず、ポカンと呆けた表情を浮かべてしまう。


 この王女……まぁ、悪い奴では……ない、のか……? 


 というか、ただの馬鹿……か?


 俺は表情を引き締め、フレーチェルに声を掛けた。


「あの……フレーチェル殿下は、ジュリアン王子の派閥にいる……というわけではないのですか? 王宮晩餐会の日、貴方様は私を拘束するべきだと、ジュリアン様の意見に賛成していましたよね?」


「フレーチェルは、ジュリアンお兄様のことを、誰よりも尊敬していますわ。あの時は……ただ、選択に困っただけですのよ。まぁ、というか、灰かぶりのネズミと同じ意見に合わせるのも不本意でしたしね。私、基本的にはお兄様の言うことには賛成ですので」


「灰かぶりのネズミ……とは、いったい誰のことを言っているのですか?」


「決まっています。エステリアルのことです。あの女は、離宮の塔の中で死にゆくはずだったのに……あろうことか、今ではお兄様と並ぶ最有力の王位継承者になっている。フレーチェルは、それが許せませんの。この私を差し置いて、第三王女が支持されているのも腹が立ちますわ。妾の子の癖に」


 俺は思わず、拳に力を入れてしまう。


 お前ら王族が……エステルを追い詰めたから、あいつも暴力という手段を取らざるを得なくなったんだろうが。何がネズミだ。お前の姉だろうが。


 俺が睨み付けていると、フレーチェルは突如、動揺した様子を見せる。


「な、何? ど、どうしたの? 急に、怒った顔になって……わ、私、何か変なことを言いました? ご、ごめんなさい、アネット・オフィアーヌ。先ほど騎士を嗾けたことは謝りますわ。そ、その、私も、手段を選んでいる場合ではなくって……」


 急におろおろとし始めるフレーチェル。


 そんな彼女の前に、右隣に立っていた騎士が前に出て、フレーチェルの代わりに口を開いた。


「突然の無礼、誠に申し訳ございませんでした、先代オフィアーヌ伯。我が名は、ゾーランド。フレーチェル殿下の、お付きの騎士でございます」


 そう言って頭を下げた後、髭面の騎士は再度、開口した。


「フレーチェル殿下は現在、巡礼の儀に向け、四大騎士公の血を引く騎士を探しておられるのですが……未だ、一人も配下を見つけることができていないのです。今までは、聖王陛下やジュリアン殿下の庇護のもとにおられましたが、聖王陛下が亡き今、ジュリアン殿下も聖王になるべく、他の王子に対して容赦をしなくなりました。なので……後ろ盾のなくなったフレーチェル殿下は、焦っておられるのです。巡礼の儀が始まる前に、自分が、何者かによって陛下のように暗殺されるのではないのかと」


「……つまり、フレーチェル殿下は、元々、ジュリアン派閥、エステリアル派閥の、どちらの派閥でもなかったと? ただ、尊敬していた兄に従って、イエスマンになっていただけだと?」


 俺のその言葉に、ゾーランドはコクリと頷く。


「我ら二人は、亡きフレーチェル殿下の母君から、殿下をお守りせよと任された身。元より、王妃殿は分かっておられたのです。フレーチェル殿下が……巡礼の儀を勝ち残れる器ではないことを」


「……」


「国葬の日にこの場を訪れたのも、他の王子たちの目を掻い潜り、貴方様に接触するためなのです。最初、フレーチェル殿下はジュリアン様に貴方様を渡すなどと言っておられましたが、こちらにはそのような気は一切ございません。こちらが剣を抜いたのは、ただ、先代オフィアーヌ伯の護衛が如何ほどな実力を持つのか計りたかっただけのこと。どうか、ご容赦を」


 ええと……まとめるなら、フレーチェルは温室育ちの王女で……元々ジュリアンやエステルのように、王子同士で戦える力を持っていない、ということか。


「我々、フレーチェル様の騎士は、殿下が生き永らえることだけを考え、動いております。先代オフィアーヌ伯様。殿下の配下にならなくても良いので……どうか、アンリエッタを嵌めたその知略を、フレーチェル殿下が生き残る道にお貸しくださらないでしょうか?」


「ゾーランド! 私は、聖王になることを諦めてはいなくってよ! 勝手に話を進めないでくださいます!?」


 ポカポカと、ゾーランドの背中を可愛らしく叩くフレーチェル。


 確かに、力のない王子王女にとって、巡礼の儀は死地に赴く戦いと言って良いだろう。


 ゾーランドという聖騎士が焦り、俺に懇願してくる理由もよく分かる。


 だが……。


「申し訳ございませんが、私は、特定の王子に力を貸すつもりは――――」


「――――――――何故、お前がここにいる、フレーチェル」


 その時。背後から声が聴こえてきた。


 振り返るとそこには、ジークハルトの姿があった。


 その姿を見て、フレーチェルは驚きの声を上げる。


「ジークハルトお兄様……何故、ここに?」


「それはこちらの台詞だ。この場所は、校則上、学園の関係者以外立ち入り禁止とされている。即行消え失せろ」


「え、偉そうなことを仰って! 貴方だって、私と同じで四大騎士公の配下を一人も見つけられてない弱小候補のくせに!」


「黙れ。学園長に報告するぞ。流石のお前も、バルトシュタイン家の当主の耳に入り、ジュリアンにこのことが知られるのは……よく思わないだろう?」


「……っ!! だいっきらいです!! ジークハルトも!! アネット・オフィアーヌも!! みんなみんな、だいっきらいです!! うわぁぁぁぁぁん!!!!」


 そう叫んで、フレーチェルは、ピンク色の馬車へと駆けて行った。


 え、何で、俺も嫌われているんだ……?


 ゾーランドと同僚の騎士は、呆けた顔をしている俺に会釈した後、急いで馬車へと向かい……馬車を走らせ、去って行った。


 ジークハルトはその光景を見て舌打ちをすると、そのまま、寮の中へと入って行こうとする。


 そんな彼に対して、グレイが手を伸ばし、声を掛けた。


「待て。おい、真面目男。お前は、師匠(せんせい)……いや、アネット・オフィアーヌを自分の配下にするつもりがあるのか? それを聞いておきたい」


「? 何故そんなことを聞く?」


「ああいった勧誘をされるのは、今後、この方の迷惑になる。お前にもそういった考えがあるのなら……この場でオレが切り伏せてやる、と言っているんだ」


 グレイはそう言って、ジークハルトを睨み付ける。


 ジークハルトはため息を吐くと、首を横に振った。


「安心しろ。私にそのつもりはないさ。というか……私は、元々、本気で聖王を目指すつもりがない」


「……何?」


「……話過ぎたな。失礼する」


 そう言い残し、ジークハルトは去って行った。


 王子の中にも、色々な考えを持っている人間がいるんだな。


 ジュリアンやエステルといった真っ向からぶつかる力を持った有力候補に、ミレーナのようなダークホース、フレーチェルのような、部下が主君の守りに入っている候補、ジークハルトのように諦めている候補、マイスのような最初から継承権を持たない元候補。


 よくよく考えれば、王族に産まれただけで、全員、殺し合いに強制的に参加させられたわけだからな。本当に、大変な話だぜ。


 俺はため息を吐いて、グレイと共に、寮の中へと入った。


第283話を読んでくださってありがとうございました。


コミカライズ版のWEB連載が今日、スタートいたしました。

下のURLから一話無料で読めますので、ぜひ、ご覧ください。

https://comic-gardo.com/episode/2551460909653450001


書籍版1~4巻も発売中です。

作品継続のためにご購入や布教、よろしくお願いいたします。

https://amzn.asia/d/b5Fj2rh

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
毎世代こんな継承戦をする国の王族って刑罰が確実に待ってる感じみたいだ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ