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第9.5章 二学期 第279話 晩餐会後日談―③ オフィアーヌの宝物庫

「アネット様!? 何をなさっておられるのですか!?」


 御屋敷中から、メイドたちの声が鳴り響く。


 俺はそんな彼女たちの声を無視して、雑巾を絞り、窓を拭き続けた。


「セラ! 何故、お止めしなかったのです! 新当主様を働かせるなど、言語道断ですよ!」


「メイド長~!! 止めましたよ!! 止めたんですけど、アネット様は黙々とお掃除なさって~!!」


「アネット様! とにかく、おやめください! 掃除なら、私たちが……って、え?」


 眼鏡を掛けた二十代前半くらいのメイド長が、窓に指をキュッキュッと擦り、その指を見て、驚きの表情を浮かべる。


「か、完璧に掃除ができている……! これは、素人の仕事じゃない……! まるで何十年もメイド業をこなしてきたような、並み大抵のレベルじゃない、技術力……!」


「ふぅ」


 一通りの仕事を終えると、俺は額の汗を腕で拭い、バケツを手に、洗い場へと足を進める。


 まっすぐと続く廊下を歩いて行くと、背後から、メイド長の声が聞こえてくる。


「なっ……! 廊下もピカピカ……! こ、これをアネット様は一人でなさったというのですか……!」


 これでも一応、レティキュラータス家のメイドですので。

 


 その後、俺は、ありとあらゆる仕事を手伝っていった。


 洗濯した洋服を広げ、中庭にある物干し竿へとかける。


「き、綺麗!? 私が洗うより、何倍も綺麗なんですケド!? てか、輝いてるんですケド!? やばっ、宝石!?」


 ギャルっぽいメイドにお褒めの言葉をいただき。


「な……何だ、この美味すぎる料理は……! 本当にアネット様が作ったんですか!? 一品だけとお願いしたのに、俺のメインディッシュの料理が……この一品に敗けている……!?」


 料理長がお昼の献立に悩んでいたので、手伝いを申し入れたんだが……意図していないところで、料理長のテンションを下げてしまった。も、申し訳ございません……。


 暇だったので色々なところで手伝いをしていったが……結果、俺は、メイドたちとコックたちに囲まれ、こう言われてしまった。


「「「「自分たちの仕事が無くなってしまうので、アネット様は、他の事をなさってください!!!!!!!」」」」


「は、はい……」


 流石の俺もそんなことを言われたら、引き下がざるを得なかった。


 俯き、落ち込みながら廊下を歩いていると、背後をついてきたコルルシュカが、可笑しそうに声を掛けてきた。


「フフフ……レテキュラータスの御屋敷と同じようにはいきませんね、お嬢様。ここではお嬢様はご当主様なのですから、メイドのお仕事はできませんよ」


「産まれてきてからずっとメイドの仕事をやってきたから……動いていないと逆に違和感があるんだよなぁ。ロザレナお嬢様……俺には、貴方が必要みたいです……貴方のように汚部屋製造機のダメ人間の傍にいないと、俺は、満足できない身体になってしまいました……しくしく」


「お、汚部屋製造機……主人に対して、酷い言いぐさですね、お嬢様。まぁ、否定はしませんが」


 そう、コルルシュカと会話しながらとぼとぼと廊下を歩いていた、その時。


 俺は、ある部屋の前へと辿り着く。


「ここは……」


 扉に掛かっているネームプレートを見る。どうやらそこは、オフィアーヌ家の書庫だった。


(オフィアーヌ家の貯蔵する書物か。魔法剣士の家系らしく、魔法に関する書物とかありそうだな)


 俺は脳裏に中二病女の姿を思い浮かべた後、扉を開き、中へと入る。


 すると、そこには……つま先立ちで本棚に手を伸ばしている、高身長の少女の姿があった。


 あのコーラルレッドの髪の少女は……同じ黒狼(フェンリル)クラスの生徒であり、ガゼルと共にこちらに寝返った元暗殺者、アストレア・シュセル・アテナータだ。


 アストレアは俺と目が合った瞬間、バランスを崩し、本棚から大量の本を落とし……床に倒れ込んだ。


「お、おわーっ!?」


「アストレアさん!?」


 俺は慌てて彼女の元へと駆け寄る。


 彼女はドシーンと地面に倒れ伏した後、「あいたたた」と後頭部を撫でるが、見たところ、怪我を負っている様子はなさそうだった。


 というか……パンツが丸見えになっています。純情ボーイ(ガール)である俺は、思わず横に目を逸らす。熊さんパンツなんて見ていません。図体の割に随分と可愛らしいものを履いているんですね見ていません。


「アネット様! おはようございますっ!」


「お、おはようございます」


 そう言って頭に本を載せたまま立ち上がるアストレア。


 相変わらず、アストレアは、元気&ドジっ子っぷりを発揮しているようだ。こんなでかい図体で見た目はいかにもな体育会系な様子なのに、確か、信仰系の魔法因子を持つ修道士(ヒーラー)なんだよな、この子。ギャップがものすんごい……。


「アストレアさんは、こんなところで、何をなさっていたのですか?」


「ブルーノ先生に許可をいただいて、オフィアーヌ家が所有する魔導書を見させていただいていましたっ! 自分、修道士ですので! 治癒魔法を極めて、みんなの怪我をもっともっと治すことができたら良いなって、そう思っているんです!!!!」


「そ、そうなんだ……こ、声、でかいね……」


「あ、うるさかったですか!! すみません! すみません!」


 何度も頭を下げてくるアストレア。


 この子が傍にいて大声で励まされたら、怪我人も元気が出そうだな……いや、逆にうるさすぎて休むに休めない可能性もありそうか。


「にしても、魔導書、ですか」


 俺は大量の本棚が置かれているオフィアーヌ家の書庫をぐるりと見渡し、ふむと頷く。


 約束、したからな。俺も魔法剣を習得して、フランエッテの奴に魔法剣を教えられるように、修行しないとけないか。


「アストレアさん。この書庫から何冊か本をお借りする場合は、ブルーノ先生に申告すれば良いのでしょうか?」


「はえ?」


「蠅……? ベルゼブブ……?」


「あ、すみません、アネット様が変なことを仰るので、思わず、驚きの声を溢してしまいました!! そんな必要、ないと思いますよ!! だって、ここの本は全部、当主であるアネット様の所有物なのですから!!!! 好きにして大丈夫だと思います!!!! えぇ!!!!」


「そ、それは……どうなんでしょう? 私、新参者ですし……」


「何を言ってるんですか、アネット様!! 貴方はこの屋敷の主なんですよっ!! もっと、熱く燃えていきましょう!! ファイアーっ!!!!」


「ファ……ファイアー?」


 駄目だ、この元気っ娘。俺と会話のテンションが違いすぎる。


 もしかして……このハイテンション修道士が、これからオフィアーヌ家専属の治癒術師になったりするのか……? や、やばい。ガゼルはまともだが、こっちのファイアー娘は何か色々とやばい。俺と相性が悪い。


「元気が足りませんよ、アネット様! もう一度、ファイ……ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 何もないところで転び、頭から地面にぶつかるアストレア。


 再びお目にかかった熊さんパンツに呆然としていると、背後の扉が開かれ、書庫に、ブルーノが現れる。


「おや、アネットさん。ここにいたんだ」


「ブ、ブルーノ先生! ちょうど良いところにいらっしゃいました! 私、ここにある書物を何冊か借りたいのですが、大丈夫でしょうか!?」


「ここにある本は全て君のものだ。好きにしてもらって構わない。クスッ、これからは、いちいち僕に許可を得なくても大丈夫だよ」


「ありがとうございます」


「何の本を借りるんだい?」


「魔法剣の書物を」


「へぇ? 魔法剣に興味があるのか。流石は、オフィアーヌ家の当主様だね」


 ニヤリと笑みを浮かべるブルーノに、俺は、質問を投げる。


「あの、ブルーノ先生は、魔法剣を得意とされているのですか?」


「そうだね。僕は、疾風属性魔法が得意な魔法剣士だ。速剣型の技も少しは使えるけれど、サブウェポン程度だね。剛剣型は苦手で、逆に全然、使えないね」


「ブルーノ先生は、魔法剣と速剣型を得意とされているのですね」


 タイプ的には、ジェネディクトと同じというわけか。


 俺は顎に手を当て思案する。この際だから、あれも、聞いてみるか。俺は魔法剣に関してはまったく知識が無いからな。


「……もうひとつ、質問なのですが……ブルーノ先生、重力を操る魔法を、ご存知でしょうか?」


「重力、だって?」


「はい。斬撃を飛ばし、その斬撃に当たった者は、体重が増加し……身動きが取れなくなる。そんな、魔法です」


 ブルーノは難しい表情を浮かべると、目を横に逸らし、考え込む。


 そして数秒程してこちらに視線を戻すと、再び開口した。


「悪いけれど、そんな魔法は存在しないはずだ。似たような魔法で、地属性特一級魔法【アース・クエイク】というものがあるが……あれは、魔法で地面を揺らし、効果範囲内に地震を起こすものだ。重力ではない」


「そう、ですか……」


 やはり、フランエッテが使ったものは、普通の魔法ではないということだな。


 現在発見されている、炎熱、疾風、水、地、毒、妨害、補助、情報―――の、どの属性にも属していない魔法。


 考えられるのなら、それは―――。


「可能性として挙げるのなら、重力の魔法は、失われた古代魔法と言えるね」


 同じ考えに至ったブルーノが、そう、口にする。


 そしてブルーノは、書庫の奥へと、歩みを進めて行った。


「アネットさん、来てくれ。こっちに、古代魔法に関する文献があるんだ」


「あ、はい。分かりました」


 俺とコルルシュカは、尻を天に向けて気絶するアストレアを無視して、ブルーノの後をついていく。


 こうしてブルーノと共に本を見て回っていると、お嬢様が病に倒れられた時のことを思い出すなと、ふと、思った。






 結局、三時間かけて本を見て回ったが、重力属性魔法に関する書物は見つからなかった。


 まだ、読み切れていない本は大量にあったが……お昼時のため、解散となった。


 ブルーノ先生は、また後で調べてくれるみたいで、それらしいものが見つかったらあとで教えてくれると言ってくれた。


 俺は、簡単な魔法剣の教材本だけ借りて、その場を去った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



《ロザレナ 視点》




「うぅぅぅ……アネットが、帰って来ない……」


 午後五時。あたしは玄関の床に横たわり、ジッと扉を見つめる。


 すると、その時。扉を開けて、誰かが満月亭に入ってきた。


「アネット!?」


「……わたくしですわよ」


「何だ、ルナティエかぁ」


「何だとはなんですの。失礼ですわね。わたくしが夕飯の食料を買って帰ってきたというのに……! 重たい荷物を持って帰って来たわたくしに、労いのひとつもないのですか!」


 ルナティエのその言葉に、背後に立っているアルファルドが舌打ちを打つ。


「はぁ? てめ、クソドリルこの野郎、荷物を持ってんのはオレ様だろうが。てめぇは金払ってるだけだろ。てか、何で玄関の前で伸びてんだよ、この馬鹿力女は。アネットが生きていたんだから、もっと喜んでいると思ってたんだが?」


「アルファルド~何で、アネット、満月亭に戻って来ないんだと思う~? 何で、あたしのもとに帰って来ないの~? ねぇ、何で~?」


「はぁ? 知らねぇよ。てめぇに愛想尽かしたとかじゃねぇの? もしくは、貴族の生活が辞められなくて、もうメイドに戻りたくねぇとかな」


「んんっ! ……ロザレナお嬢様、私、オフィアーヌ家の当主になりますから、もう、お嬢様のメイドはできません! ごめんなさい!(声真似)」


「キヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! ルナティエ、てめ、似てんじゃねぇか!」


「オーホッホッホッホッホッホッホッ! アネット師匠のことは誰よりも見ていますから、ものまねくらいわけないのですわぁ!! わたくしってば、何でもできる天才ですもの!! オーホッホッホッホッホッホッホッ!!」


 あたしはユラリと、立ち上がる。


 そして、馬鹿笑いしている二人に向けて、両手を広げ、ラリアットをかました。


「この性格最悪主従がぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っっ!!!!!」


「ごふっ!?」「ですわっ!?」


 あたしの闘気を纏ったラリアットに、二人はカハッと息を吐き出し、吹き飛ばされ―――玄関のドアに激突する。


 あたしは白目になって倒れ伏した二人を見下ろし、ゼェゼェと荒く息を吐く。


 すると、その時。ドアを開けて、何者かが入ってきた。


「アネット!?」


「む……何故、クズ女とクズ男が玄関で倒れ伏しているんだ……? おい、ロザレナ。ゴミは外に捨てておけ」


「何だ、グレイレウスか……」


 そこに居たのは、トレーニング帰りなのか、肩にタオルを掛けた汗だくのグレイレウスだった。


 あたしは瞳を潤ませて、グレイレウスに声を掛ける。


「グレイレウスぅ……どうして、アネットは帰って来ないのぉ?」


「お前に愛想を尽かしたからではないのか? フッ、やはり、アネット師匠(せんせい)はオレを一番弟子にする気のようだ。そのうち、師匠(せんせい)はお前にこう言いにやって来るだろう。―――お嬢様、私は、貴方ではなく、グレイを一番弟子にします。貴方は破門です。ゴリラなので(裏声)―――とな」


「ふんッッ!!」


「せんせいっ!?」


 あたしはグレイレウスにラリアットをかまし、グレイレウスはその場に崩れ落ちる。

 

 そしてあたしは、玄関で横たわる三人の近くで、目元に手を当てわんわんと泣き始めた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! どいつもこいつも、性格最悪しかいないわ~~!! アネット~~!! いつになったら帰って来るのよぉぉ~~!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」


 そう大声で泣いていると、背後からジェシカの声が聞こえてくる。


「……な、何か一階に降りてきたら、泣き喚くロザレナと、ルナティエとグレイレウスとよく知らない男の子が倒れてるんだけど……!? 何これ!? こわっ!!!!」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ―――午後十一時。


 コンコンと、部屋をノックされた。


「お嬢様」


「あぁ、分かった。今行く」


 俺はワンピースタイプのネグリジェの上に茶色のカーディガンを羽織ると、机の上にあるランプと紙片を手に、外へと出た。


 すると廊下には、同じくオイルランプを手に持ったコルルシュカの姿があった。


「メイドたちも休憩に入り、現在、御屋敷の中を歩いている方は殆どおりません。今が、宝物庫に行くチャンスかと」


「分かった」


 俺は頷き、コルルシュカと共に廊下を歩いて行く。


 今朝、ギャレットから渡された紙片には、こう書かれていた。


『なるべく当主以外の者に、オフィアーヌの宝物庫の場所を教えないこと。宝物庫に入る時は、人の目が無い深夜にすること』


 恐らく、代々のしきたりなのだろう。


 ヴィンセントも、バルトシュタイン家の宝物庫は、当主以外その場所を知らないと言っていたしな。


 とはいえ……レテキュラータス伯は、ちゃっかり、俺に宝物庫の場所を教えているのだが。


「まぁ……だったら俺も、メイドを連れて行っても良いのかな」


 俺は廊下を歩きながら、背後をついてくるコルルシュカにチラリと視線を向ける。


「どうかいたしましたか、お嬢様」


「いや、宝物庫に入るのは、俺だけだと何か寂しいから、お前にも入ってもらおうかなと思って」


「それは……どうなんでしょう。今朝ギャレット様が言っていた通り、宝物庫の中には、代々オフィアーヌ家当主しか入ってはいけない決まりで―――はっ。まさか、お嬢様、怖いのですか? それで、私を頼っているのですか? きゃー、勿論です一緒に行きますこの私にお任せくださいそしてちゃっかり腕など組んでくださいませ我が主」


「……お前は無敵か」


「そして暗がりの中で深まる主従の間を越えた禁断のラブロマンス。……コルルシュカ、抱かせろ(壁ドン)(声真似)。きゃー、ドンドンドンドン壁を突いてくださいー! この雌豚コルルをもっと責めてくださいー! きゃー!」


「……お前は無敵か」


 圧倒的ポジティブシンキング。俺の周囲で精神的に一番強いの、こいつなんじゃないのか……?


 いや……フィアレンス事変を経験して生き残っていることからして、こいつが他のオフィアーヌ家のメイドに比べて険しい人生を送ってきているのは間違いないか。


 こいつ、こんなふざけた言動を取る割には、かなりの苦労人なんだよな……同情の目。きっとこうやって道化を演じているのも、自分の過去を気取らせないための配慮で……同情の目。


「なんですか、お嬢様。ジッと見つめて。はっ、まさか、ついにコルルとSMプレイをしたくなったのでしょうか? いつでも歓迎です。ばっちこいです。さぁさ、お部屋に戻りましょう。今すぐ戻りましょう」


「……お前は無敵か」


 うん、訂正。呆れた目。


「そんな日は一生来ないから安心しろ、馬鹿メイド」


「あふん」


 俺は変態メイドの頭に軽くチョップを叩きこんだ後、二人で暗闇が広がる廊下を進んで行った。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 オフィアーヌの宝物庫は、御屋敷の裏にある、毒蛇王(バシリスク)の像の地下にあるという話だ。


 確か、レテキュラータスは黒狼(フェンリル)の像の下、フランシアは天馬(ペガサス)の像の下にあったか。


 屋敷内に無数に像があるとはいえ、どの家も同じように神獣の像の下にあるというのは……どうなのだろうか? バレないのかな?


 いや、当主しか知らない呪文を唱えることで門が開くらしいから、セキュリティ的には問題はないのか。


 俺は毒蛇王(バシリスク)の像の前に立つと、手をかざし、紙片に書かれていた呪文を唱えた。


「ええと―――――――我、蛇の血に連なる者なり。初代当主オルテンシアの魂よ、我を宝物庫へと導きたまえ」


 呪文を唱え終えると、像がゴゴゴと奥へと動き出し、地下への階段が開かれる。


 これが、オフィアーヌ家の宝物庫への入り口か。


 俺とコルルシュカはお互いに頷き合った後、ランプを掲げながら、階段を降りて行った。




 長い階段を降りて見えてきたのは……緑色の炎が灯る燭台が壁に掲げられた、ドーム状の一室だった。


 円形状の周囲には宝箱や壺といった金銀財宝のようなものが置かれており、中央の台座には、杖が刺さっている。


「あれが……オフィアーヌの【英傑の神具】、か。名を、『毒蛇王(バシリスク)の宝杖』。レテキュラータス家は二対の刀で、フランシア家は槍と指輪、オフィアーヌ家は杖か。魔法剣士の家系らしいといえばらしいな」


 バルトシュタイン家の神具は……何だろう。戦士の家系らしく、大剣とか戦斧とかか? いや、ただの武器では、【怪力の加護】で壊れてしまうな。神具というものはどうやら、その家の加護や能力に合致した造りになっているような気がする。フランシア家の『天馬の指輪』は、治癒能力に特化した神具。フランシアは元々信仰系の修道士を輩出してきた家、理にかなっている神具といえるだろう。


「なら、オフィアーヌの神具の能力は、何だ? 代々優秀な魔法剣士を輩出していることから、魔法に由来するものだということは分かるのだが……」


 俺は台座まで歩みを進める。


 そして、地面に刺さっている杖を握り、引き抜いた。


 二メートルはある巨大な杖には、蛇を模した装飾が巻き付いており、てっぺんにある蛇の頭は、緑色の宝玉を口に咥えている。手に持つと、ずっしり重い。


 とても豪奢な造りとなっている杖だが……そこで俺は、ある違和感を覚える。


「あれ……?」


 子の杖には、青狼刀を触った時のような、威圧感というか……力強さをあまり感じなかった。俺は思わず、首を傾げてしまう。


「これ、本当に神具なのか? あんまりすごい武器には見えないが……」


 俺がそう独り言を呟いていると、突如、背後から声を掛けられる。


「その杖は、魔力が空になっているのでな。毒蛇王(バシリスク)の宝杖は、日々魔力を貯めることで、その真価を発揮する神具となっている」

 

 背後を振り返ると、そこには、丸眼鏡を掛けた杖を突く白髪の老人の姿があった。


 白髪の老人―――ギャレットは、俺の傍で歩いて来ると、続けて口を開く。


「すまないな。そろそろお主が宝物庫に行くのではないかと、夜の散歩がてら見に来てしまった。おせっかい爺を許してくれ、アネットよ」


「お爺様……いえ。私も、部外者にこの場所を教えてはいけないと教わっておきながら、コルルシュカを連れて来てしまいました。申し訳ございません」


「良い。ソフィーリアの実家、レーゲン家は、オフィアーヌ家にとって交流深き家。レーゲン家の使用人は世代ごとに、当主と共に何度かこの宝物庫へと入っている。気にするでない」


「コルルシュカです」


 先々代当主にもそれを言うのか、コルルシュカ。やはり無敵か。


「知っておるか、アネットよ。オフィアーヌ家とは、代々王家の宝物庫を守ってきている一族だが……お役目は、それだけではないのだ。我らはフィアレンスの森、そして、大森林に最も近い場所に生きる一族。大森林とは、全ての生命が誕生としたとされる、神秘の秘境。その森を管理し、王国領土に魔物が出ないようにするのも、我らオフィアーヌの責務じゃ」


 そう言って俺の前に立つと、ギャレットは、俺の背後を見つめる。


「あれを見てみるが良い、アネット」


 ギャレットの視線を追い、宝物庫の壁へと視線を向ける。


 そこには、古代の壁画が描かれていた。


「――――四騎士が、森から現れる銀髪の兵士と戦う絵……」


黒狼(フェンリル)と共に先頭に立っている、赤い刀を持って戦っている紫色の女剣士が、レティキュラータス初代当主、剣聖ラヴェレナ。次に、鷲獅子(グリフォン)と共に、爪の武器を振り回している黒髪の格闘家が、バルトシュタイン家初代当主、拳聖グランディアルド。中央で天馬(ペガサス)に乗り槍を構えているのが、フランシア家初代当主、槍聖アルトリウス。最後に、後方で毒蛇王(バシリスク)と共に杖を掲げている女性が、オフィアーヌ家初代当主、法聖オルテンシアじゃ」


「初代当主が戦う壁画ですか……今現在は剣聖という呼び名しか残っていませんが、当初は、聖と付く称号が他にもあったんですね。剣聖ラヴェレナ、拳聖グランディアルド、槍聖アルトリウス、法聖オルテンシア……ですか」


 そんな初代四大騎士公と戦っているのは、銀髪の兵士たち。


 あれは、もしかして、アレスが言っていた……滅んだとされる高位人族(ハイエンシェント)なのだろうか……?


 レティキュラータスの代々の当主に、ラヴェレナは、ある言葉を残していた。


 それは……―――――『女神に気を付けろ。奴らはこの国を裏から支配する人の形をした怪物、人類の敵だ』という、忠告の言葉。


 女神に最も近い人物。それは、セレーネ教トップの聖女。


 もしかして、これは、聖女のことを言っているのか?


 銀の髪は、全ての種族の祖たる高位人族(ハイエンシェント)の証。


 もしくは、アレスのように高位人族(ハイエンシェント)の模造品、ホムンクルスとして産み出された者。

 

 じゃあ、エステルは何で、銀の髪なのだろう……?


 聖王家は、何処かで高位人族(ハイエンシェント)と交じった、とかか?


 現存する高位人族(ハイエンシェント)は聖女だけという話だが……。


 分かってきたような、分からないような。


 だけど、四大騎士公の宝物庫を見ることで、着実に真実へと向かって行っているような感覚はある。


 過去、初代四大騎士公は、高位人族(ハイエンシェント)と戦争をしていた。


 そして今、敵である高位人族(ハイエンシェント)が、セレーネ教という宗教のトップに立っている。とりあえず、今はこれだけ分かれば上々か。


 どっちみち、アレスを脅して剣聖としてコキ使うだけ使って殺した聖女様には、良い感情を抱いてはいない。いつかぶっ飛ばせるのなら、ぶっ飛ばしてやりたいところだ。……まぁ、積極的に喧嘩を売る気はないが。お嬢様に危険が及ぶようなことは、極力避けさせてもらう。


 あとはバルトシュタイン家の宝物庫さえ見ることができたらコンプリートだが、あのゴーヴェンに頼み込んで宝物庫に入るのは……無理だな。ヴィンセントが当主になるのを待つとするか。


「……」


 俺は杖を所定の位置へと戻し、台座へと突き刺す。


 するとそんな俺を見て、ギャレットが首を傾げた。


「どうした? 持って行かないのか?」


「……多分、まだ、私に扱えるものではないような気がします。私は、低級魔法しか使用できませんし、魔力操作も完璧ではありません。杖に魔力を充電しても、今のところ特に意味は無いかと」


「そうか」


「それでは……地上に戻ろうかと思います」


 俺が地上へと戻ろうとすると、ギャレットが待てと手で制してきた。


 俺はそんな彼に首を傾げ、口を開く。


「何でしょう?」


「地上に戻る前に、こいつを持っていけ」


 そう言ってギャレットは、宝物庫の奥へと歩いて行き……宝箱を開けて、ひとつの古い書物を手に取った。

 

 そして戻って来ると、彼はその書物を俺に突き出してくる。


「こちらは?」


「ジェスター……お前の父親の日記だ」


「え……?」


「これには、お前の両親が何故死んだのか、書かれている。本来であれば、王家が焚書すべきものであるが……ワシは長年隠し持っていた。ジェスターの形見は、これしかなかったからのう。これは、お前が持つべきものじゃ」


「お爺、様……」


 俺は思わず、目を瞬かせてしまう。


 そんな俺に、ギャレットはフッと笑みを溢した。


「お主……本当は、当主など、やる気はないのだろう?」


 ギャレットの言葉に、俺はさらに、驚きの表情を浮かべる。


「何で……そう思ったのですか?」


「勘だ。お主がこれからどうしようとも、それは、お主の決定。隠居したワシが言うことではない。じゃが……辞めるのなら、当主の責務を果たしてから辞めるのじゃな。信頼できる、次の後継人を決めるが良い」


「お爺様……」


「じゃが……ワシとしては、お主はオフィアーヌ家の当主として、一番相応しい人物だと思っておる。あれだけ争い合っていたシュゼットとブルーノの仲を取り持ったのじゃ。お主なら、これから良き当主となれる。ワシは、お主が創り出すオフィアーヌの未来を見たい。とはいえ、無理強いはせぬ。己が道は、己で道を決めよ」


 肩をポンと叩くと、ギャレットは杖を突いて、階段を上って行く。


「その日記帳には、何故、お主らの両親が亡くなったのかも書いてある。それを読んでから判断するのも悪くはなかろう」


 そう言って、ギャレットは去って行った。


 俺は、手に持っている父の日記帳を、ジッと静かに見つめた。


作品継続のために書籍1〜4巻のご購入どうかお願い致します

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― 新着の感想 ―
アネットが魔法剣の才能に開花してくれるのはいつの日か……。 この先の展開がどうなるのか楽しみにしています! 書籍は発売と同時に買い集めている私ですが、今後のことを考えて、保存用にもう一冊ずつ購入しよ…
へこたれない変t…忠実な存在は無敵な存在の一種なんだなぁ…
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