第9.5章 二学期 第278話 晩餐会後日談―② 四大騎士公会議への招待状
「それで、アネットさん。聖王が暗殺されたことは、聞いているかい?」
皆と和やかな会話をした後。
ブルーノが、そう、俺に真面目な顔で声を掛けてきた。
俺はその言葉に頷き、口を開く。
「はい。コルルシュカから聞きました」
「そうか、ソフィーリアから……」
「コルルシュカです」
コルルシュカの毎度のツッコミを無視して、ブルーノは顎に手を当て、思案気な様子を見せる。
「聖王の腹部に突き刺さっていたのは、ジュリアンの短剣だったみたいだ。だけど、暗殺した者がわざわざ短剣をその場に残して行くのはおかしい。ジュリアンも、自分を暗殺犯に仕立て上げた者は別にいると言っているようだしね。彼は、犯人の候補として、エステリアルの名を挙げていると聞く」
「ということは……さらに、両陣営はバチバチになっているということですね」
俺の言葉に、ブルーノは「うん」と答える。
そんなブルーノの横に立っていたアレクセイが、後頭部を掻きながら開口した。
「あー、ってことはだ。暗殺者の正体は未だ分かっていないとして、王様が亡くなったってことは、これからますます王位継承者同士の争いが激化するってことだよな。巡礼の儀って、いつ始まるんだっけ?」
「巡礼の儀は、聖女が日を取り決める規則になっている。だが、少なくとも年内か年始には始まるという話だ」
「王子は、四大騎士公の血を引く従者を連れて、大陸の各所にある祠? 聖所? を巡るんだよな。規定期間内に祠巡りを終えて、一番多くの祠を巡り、王都に戻ってきた者が次の王子となる……よく分からないんだけどよ、何で、王子は、四大騎士公の血を引く従者を連れて行く必要があるんだ? それ以外の従者は、連れて行っても意味無いんだよな?」
アレクセイの疑問に、シュゼットは扇子で仰ぎながら、言葉を返した。
「私も詳しいことは知りませんが、四大騎士公の血を引く者しか、各所の祠の扉を開けることができないようです。バルトシュタインにしか開けられない祠、オフィアーヌにしか開けられない祠、フランシアにしか開けられない祠、レティキュラータスにしか開けられない祠、があるそうです。その他にも理由があるみたいですが……私は知りませんね」
「そうだな。シュゼットの言う通り、巡礼の儀の詳細は不明となっている。……もうまもなく巡礼の儀が始まる現在において、各王子たちは着々と、四大騎士公の血を引く従者を集めているようだ。ジュリアン陣営には、ゴーヴェン、キールケ、ルクス……亡くなってしまったが、アンリエッタも、ジュリアン陣営に属していた。ルーベンス伯爵も、信仰深いことから、セレーネ教派閥のジュリアン陣営に付くのかと思われていたが……今のところ、彼がジュリアン側に付いたという情報は聞いていない」
ブルーノの説明に、俺は小さく手を挙げて、質問を投げる。
「あの、ルクスとはいったい、誰なのですか?」
「フランシアの分家、メリリアナ家の嫡子だよ」
「あ、なるほど。分家も含まれるのですか」
ということは、ジュリアンは元々、バルトシュタイン、フランシア、オフィアーヌの従者を得ることに成功していたのか。まぁ……アンリエッタは正式なオフィアーヌの血族ではなく、バルトシュタインの末裔だから、少し意味は違うのかもしれないが。どうにも、バルトシュタイン家の人間が多い派閥だな。
「次に、エステリアル陣営。エステリアルの従者になっているのは、ジェネディクト……だけだな。後は謎の仮面の男や、他にも配下がいるような気配はあるが、現状、四大騎士公の血を引く配下は、ジェネディクトしかいないと聞く」
いや……ギルフォードは、オフィアーヌの血を引いている。エステルは少なくとも、バルトシュタインとオフィアーヌの配下を従えていると言って良いだろう。
(みんなに……ギルフォードのことを、話しておくべきか……?)
俺は顎に手を当て、逡巡する。
その時、背後に立つ誰かが、ポンと肩を叩いてきた。
振り返るとそこには、コクリと頷くコルルシュカの姿が。
俺はコルルシュカに頷きを返し、皆に向けて口を開く。
「あの……!」
その後、俺はみんなに、仮面の騎士ギルフォードのことを話した。
すると全員、目を丸くさせて、心底驚いた表情を浮かべる。
「エステリアル王女の従者、仮面の騎士が……先代オフィアーヌ家の嫡子、ギルフォードだって!?」
「お、おいおい! アネットさんだけじゃなくて、ギルフォードも生きていたのかよ! じゃあ、あいつもここに呼んでやろうぜ! それで、みんなで一丸となってオフィアーヌ家を支えて―――」
アレクセイのその言葉に、コルルシュカが待ったをかける。
「お待ちください。ギルフォード様は、私たちの仲間になることは、ないと思います。彼の目的は復讐です。フィアレンス事変を起こした、バルトシュタイン家と王家を滅ぼすのが彼の目的であり、オフィアーヌ家を建て直すことには、恐らく積極的ではありません。むしろ……今の私たちが近付けば、彼は剣を振って来ると思います。多分、元分家の皆さんのことを、よく思っていないと思うので……」
俯きそう口にするコルルシュカに、エリーシュアは心配そうな様子で声を掛ける。
「ソフィー……さっきアネット様が言っていたけど、貴方はずっと、フィアレンス事変からギルフォード様と一緒に旅をしていたんだってね。大変、だったね。それなのに私、貴方の気も知らないで、学級対抗戦のあの日……貴方に酷いことを……」
「エリー。私は別に、気にしていません。むしろあの日は、私の方こそ大人げなかったです。ごめんなさい」
そう会話を交わす双子を一瞥すると、シュゼットは短く息を吐き、辛そうな表情を浮かべる。
「兄様……ギルフォードが生きていた、ですか。私はこうしてアネットのおかげで、分家の人間と和解できましたが……フィアレンス事変を直に体験したギルフォードの憎悪は、きっと、私たちが計れないほど凄まじいものなのでしょう。アンリエッタが死んだところで、彼の憎悪は止まらない。我々オフィアーヌ家の人間で、彼を止めることができれば良いのでしょうが……申し訳ありませんが、私も彼の気持ちは少しだけ分かります。バルトシュタイン家と聖王は、一度、滅んだ方が良いと、そう思ってしまいます」
「驚いたな。シュゼット、お前、他人の気持ちを理解することができたのか?」
「……ブルーノ先生? 私だってこう見えて、十八歳のうら若き乙女ですよ? 繊細な乙女心を持っているのですから、言葉には気を付けてくださいね? うっかり串刺にされてしてしまっても、仕方ありませんよ?」
「……うら若き乙女が、串刺しにするとか言うのかねぇ?」
「アレクセイ兄様?」
「ぎょわぁ!? 兄上、助けてくれぇ!!」
シュゼットに笑顔を向けられたアレクセイは、ブルーノの後ろへと隠れる。
蟠りは多分、解けたのだと思うが……シュゼットの暴君っぷりは、あまり変わら無さそうだ。
「……話を戻すが、次に、フレーチェル陣営。フレーチェル陣営は……正直、あまり情報がない。というのも、貴族の間では聖王になれる器とは思われておらず、誰も、情報を探ろうとはしていないのが現状だ。ダースウェリン家のヒルデガルトとは、仲が良いとは聞くが……彼女が従者であるという話は聞かないな」
え。ヒルデガルト、あの王女と交流があるのか!?
俺が驚いていると、ブルーノは続けて、口を開く。
「ジークハルト陣営は、配下がゼロと聞く。彼自身が、学園で従者を見つけると言っているようだが……未だ、配下を会得した様子はない。何故配下探しを学園内だけに絞っているのか、理由は不明。マイスウェルは、王位継承権を剥奪されているため、従者はいない。最後に―――大穴、ミレーナ陣営。彼女は王宮晩餐会で突如と現れた死んだはずの第六王女で、配下にはあの剣神ヴィンセント・フォン・バルトシュタインが付いている。剣神が背後に付いている時点で、ゴーヴェンを従えるジュリアンや、ジェネディクトを従えるエステリアルとほぼ戦力的には互角といえるだろう」
ミ、ミレーナさん……。ついに、ヴィンセントの計画が動き出し、偽りの王女として名乗りを上げたんだよな……。
俺的にはミレーナさん(ヴィンセント)を応援してやりたいが、今思うとミレーナさんが王女とか、分けがわからない状況だな。エステルも急にミレーナが王家の仲間入りをして、頭に?マーク浮かんでいたことだろう。
「ミレーナ陣営は、正直、どこまでの強さを持っているのか未知数だ。とはいえ、あのヴィンセントが背後に付いているのは恐ろしいといえる。あの残虐非道と有名な、赤子の腸を食べるのが好きと言われるバルトシュタイン家の長男がバックに付いているんだ。いったい、何を考えているのか……予想もできない」
「いや、あの、ブルーノ先生。ヴィンセント様は、普通に、この国を良くしようと頑張っているだけなのですが―――」
「そんなわけないだろう、アネットさん! バルトシュタイン家の長男なんだぞ!? 彼ら一族が、ただこの国を良くしようと動くはずがない! 父親であるゴーヴェンと対立して、他の王子派閥に付いていることも、はっきり言って不気味だ!」
「そ、それは、単にゴーヴェンと対立しているだけであって……」
あの悪人面、実はとってもいい子なんです! みんな、信じて!
「まぁ……ゴーヴェンとヴィンセントは警戒しておくに越したことはありませんね」
シュゼットお姉様! ヴィンセントくんは警戒しなくて良いの! あの子、言動が悪人なだけで「クハハハハハハハ! 民を守らなければ!」とか言っているだけなの! 多分、今の王子の誰よりも民のことを考えてくれている子だと思うの!
俺の必死の弁解も無に、オフィアーヌ家のみんなの中では、ヴィンセントは警戒対象に入れられたとさ。何なんだよあいつ、マジで俺とオリヴィアしかあいつの本性を理解していないんじゃないのか? いや、ミレーナさんと、あと秘書さんも分かってくれているって言っていたっけ。にしても少ない! ヴィンセントのことを分かってあげられる人材、少なすぎる!
俺があの悪人面を思い浮かべて引き攣った笑みを浮かべていると、王広間に、杖を突いた老人……当主代理だったギャレットが姿を現した。
「お爺様?」
ブルーノはすぐにギャレットの傍へと駆け寄り、彼の身体を支える。
「おぉ、すまないな、ブルーノよ」
「いえ。それよりもお爺様、何故、こちらに?」
「新たな当主となった者に、ワシ自ら、最初の仕事を任せようと思ってな」
そう言ってギャレットは俺の前まで歩いて来ると、丸メガネの奥からこちらをジッと見つめる。
眉毛が濃いため、どこに目があるのか分からない。正直、こちらを見つめているのかも判別できなかった。
「……よく似ているな、アリサに。目は、父親であるジェスター似じゃな」
「お爺様。挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。アネット・イークウェス……じゃなかった。アネット・オフィアーヌです」
「うむ。よくぞアンリエッタの策略を見抜き、オフィアーヌの孫たちをまとめあげてみせた。ジェスター譲りの知略と、アリサ譲りの度胸がある娘じゃ。きっと二人もお主を誇りと思っておろう」
「ありがとうございます」
「当主となったお主に、渡すものが三つある。最初は、これじゃ」
ギャレットは首から下げていた、鍵?のようなペンダントを、俺に渡してきた。
俺はそれを受け取り、首を傾げる。
「あの、こちらは……?」
「オフィアーヌ家の当主が代々受け継ぐ……王家の宝物庫の鍵じゃ」
その言葉に、全員に緊張が走る。
それもそのはず。先代当主、俺の父親ジェスターが王家の宝物庫を覗いた結果、フィアレンス事変が起こったのだから。
そんな全員の顔を確認すると、ギャレットは微笑を浮かべた。
「安心せい。宝物庫の鍵と言っても、それは、宝物庫の扉の前にまで行くことのできるだけの通行許可証のようなものだ。王家の宝物庫が隠されている迷宮には、オフィアーヌ家の初代当主が召喚したとされる神獣、毒蛇王がいる。毒蛇王は、そのペンダントを持たない者には容赦なく襲い掛かる。災厄級の魔物並の力を持つと言われる、伝説の大蛇じゃ」
「なるほど……これは、通行許可証のようなものなのですね」
俺はその鍵を受け取り、ジッと見つめる。
するとギャレットが鍵を持つ俺の手の上に、手をかざし、呪文を唱えた。
「――――――我、オフィアーヌ家の当主として、彼の者に、番人の役目を引き継がせる。大蛇よ、オフィアーヌの血を引きしこの者を、番人として認めたまえ」
その瞬間、俺の脳裏に、ある光景が飛び込んで来た。
王城の地下水路―――さらに奥にある隠し扉。
そこを開けると、強大な迷宮が広がっている。
幾重もの罠が仕掛けられた迷路のような迷宮を正しい道順で進んで行くと、黄金に輝く巨大な扉が見えてくる。
その扉の前にいるのは……白色の大蛇。
とぐろを巻いていた大蛇は、大きな顔を持ち上げ、こちらに黄色い目を向けてくる。
俺は気が付けば、大蛇の前に立っていた。
『……貴様が、新たなオフィアーヌの当主か』
脳内に響き渡る、女性の声。
困惑し俺が何も口にできないでいると、大蛇は驚いたように目を見開いた。
『何と。お前は、ジェスターの子か。不思議なこともあるようだ。てっきり次は分家の者がここに来るかと思っていたが……まさか正当な後継者がここに来るとは。……ん? いや、待て、お前……何か妙だな? 魂が……その肉体と合致していない……? 血は確かにオフィアーヌのものだが、宿っている魂は別のもの、異なる肉体と魂……?』
まさかこの蛇、俺が転生していることに気付いているのか!?
大蛇は俺の身体を訝し気にあらゆる方向から見つめた後、首を横に振った。
『なるほど。大体のことは理解した。お前は15年前のあの時、バルトシュタイン家の末裔によってここに連れて来られた赤子か』
『は……?』
『まぁ、良い。貴様を新しいオフィアーヌ家の当主として認めよう。門を守りし、新たなる守護者よ。初代オフィアーヌ家当主オルテンシアの名のもとに、血と盟約に誓い、貴様を我が主と認めよう』
大蛇がそう言った瞬間、俺の意識が、オフィアーヌ家の広間へと戻った。
俺は眉間に手を当て、ブルブルと頭を横に振る。
「今のは……」
俺が困惑の声を溢すと、ギャレットはフッと微笑を浮かべる。
「驚いたか。オフィアーヌ家の当主は代々、神獣である毒蛇王と契約を結び、王家の宝物庫の場所を頭に叩き込まれるんじゃ。宝物庫の場所を知っているのは、この国でも聖王陛下とバルトシュタイン家当主、オフィアーヌ家当主だけだ」
「……なるほど」
代々オフィアーヌ家の当主は、こうして、知識を共有しているんだな。
……俺の真意を考えると、少しばかり、毒蛇王には申し訳なくなってくるが。
「大丈夫ですか、アネット?」
心配そうに声を掛けてくるシュゼットに、コクリと頷く。
そして俺はギャレットに顔を向け、口を開いた。
「それで……お爺様。私に渡したいという、残りの二つは?」
「あぁ、二つ目は、オフィアーヌ家の宝物庫の場所じゃ。この紙に記しておる」
そう言って、ギャレットは俺に折りたたんだ一枚の紙片を手渡してくる。
それを受け取り開こうとすると、ギャレットは手でそれを押しとどめた。
「それは、一人の時に開けるのじゃ。宝物庫の場所は、当主しか知ってはいけない決まりじゃからの」
そういえばヴィンセントも、バルトシュタイン家の宝物庫は当主しかその場所を知らないと言っていたな。
だが、残りの二つの御家……レティキュラータス伯であるエルジオはロザレナだけでなく、俺にも、宝物庫を教えていたな……ルナティエも、まだ次期当主候補だというのに、ルーベンスに宝物庫の場所を教えられていた。
……あの伯爵二人はあまり伝統とか気にしない、ただの親馬鹿だったということで、片付けておくとしよう。
恐らく宝物庫には、他のレティキュラータスとフランシア同様、四大騎士公が代々受け継いできた神具があるのだと思う。
もしかして、俺も、その神具を装備することができるのだろうか……?
俺はとりあえず折りたたまれた紙片を、コルルシュカに渡して置いた。
「最後の三つ目じゃが……これじゃ」
ギャレットに最後に渡されたのは、一通の便箋だった。
俺はそれを受け取ると、裏を見て、宛名を確認する。
「……え? ゴーヴェン・ウォルツ・バルトシュタイン!?」
俺の驚きの声に、オフィアーヌ家のみんなも驚いた様子で俺の周りに集まり、便箋に目を向ける。
そんな俺たちに、ギャレットは静かに口を開いた。
「四大騎士公会議への招待状じゃ。聖王陛下の崩御について、騎士公全員で話し合いたいのじゃろう」
俺は封を切り、手紙に目を通す。
『―――拝啓 アネット・オフィアーヌ様』
『この度は四大騎士公への就任、おめでとうございます。突然ではありますが、聖王陛下の崩御に関しまして、四大騎士公で会議を行うことになりました。実地日は、二日後、十月七日午前十時からとなります。場所は、聖騎士団の宿舎二階にある本会議場で行います。ぜひ、ご参加ください』
俺たちはその手紙を読み終えると、全員、同時にため息を吐く。
「どう思う? アネットさん、兄上、シュゼット。これ……ゴーヴェンの罠とかじゃねぇのかな?」
そう言って緊張した面持ちでアレクセイが声を発する。
そんなアレクセイに、ブルーノは口を開いた。
「その可能性も、無くはないだろう。昨日の王宮晩餐会では、マイスウェル王子やエステリアル王女、ジークハルト王子が味方に付き、難を凌いだが……ゴーヴェンは第一王子ジュリアン派閥の人間だ。ジュリアンは絶対に、アネットさんがオフィアーヌ家の当主になったことを快く思っていない」
「ですが、ジュリアンは現在、アネットに構っていられる程の余裕はないのではないでしょうか? 今ジュリアンは聖王陛下暗殺の濡れ衣を、何者かによって被せられている。そちらの対処の方で忙しいのでは?」
「確かに、シュゼットの言う通りだな。だったら、四大騎士公会議にアネットさんを誘ったのはゴーヴェンの意思となるのだろうが……意図が読めないな。流石に、アネットさんを会議場に呼び出して、暗殺するなどという暴挙を、ジュリアンが暗殺疑惑をかけられている今のこの状況でやるとは思えないが……」
うーんと悩むブルーノとシュゼット。
いや……何度も言っているがブルーノ、俺は、このまま当主をやるつもりは……。
「とりあえず、全員でアネットさんを守りながら会議に参加するでOKじゃねぇか? 四大騎士公会議って、当主の秘書やら騎士やらを連れて行くこともできるんだろ?」
「流石に全員では無理だろう。だけど、そうだな。僕と……シュゼットの二人でアネットさんに付いていけば、問題はないか。僕が知略でアネットさんをサポートし、シュゼットが武力でアネットさんを守り抜く。完璧な布陣といえるだろう」
「そうですね。あのゴーヴェンを相手にする時は……過剰な策を打っておいても、無駄ということはないでしょう。アネットを守るには、目下、ジュリアンとゴーヴェンの二人に気を付けておくとしましょう」
頷き合うブルーノとシュゼット。何か、共通の敵が出てきて結束が強くなってきたな、この二人も。
しかし……まさか、この俺が四大騎士公会議に出ることになるとはな。
人生、どう転ぶか分からないものだ。いや、メイドに転生している時点で、わけがわからない状況ではあるのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
みんなで朝食を終えた後。
俺はコルルシュカと二人で、オフィアーヌ家の屋敷を散策していた。
「にしても……母さんの服にこんなことを言うのもあれだが……ドレスは相変わらず着慣れないな……」
俺はスカートを踏まないように懸命に廊下を進んで行く。
そんな俺に、背後をついて来るコルルシュカが、クスリと笑みを溢した。
「とてもよく似合っておいでですよ。アネットお嬢……お館様は、メイド服だけでなく、これからはもっとたくさんの可愛いお洋服を着るべきかと。せっかく、可愛い美少女に産まれたのですから。これからは数多の老難男女を魅了していきましょう」
無表情で力説するコルルシュカに、俺は思わず、引き攣った笑みを浮かべてしまう。
「もう、呼び方は前みたいにお嬢様のままで良いよ。可愛いお洋服は、勘弁して欲しいかなぁ。俺、育ちは貴族でも何でもないんだし」
「何を仰いますか。って、お嬢様? 今から、何処に向かわれようとしているのですか?」
「ん? せっかくだから、メイドさんたちのお手伝いでもしようかなって。朝から何もしていないっていうのも、何だか違和感があって」
「なりません。お嬢様はもう、オフィアーヌ家の当主なのですよ? 使用人の仕事をなさるのは、絶対に禁止です」
「そんなこと言われても……って、あれ?」
俺は、廊下の端に立っている二人を視界に捉える。
そこに居たのは、ガゼルとメイドのセラだった。
二人は俺の姿に気付くと、慌てて同時に頭を下げてくる。
「アネット様。おはようございます」
「ア、アネット様! おはようございますっ!」
「ガゼルさん、セラさん、おはようございます」
俺はニコリと微笑み、二人の前に立つ。
するとセラは、顔を青ざめさせて、口を開いた。
「あ、あああああの! 王宮晩餐会で、失礼な口を利いてしまい、申し訳ございませんでした……っ! わ、私、アネット様にお友達になりたいなどと言ってしまって……! まさか、オフィアーヌの先代当主様のご息女だとは思わず……っ! ど、どうか、メイドのお仕事を辞めさせないでくださいっ! おかあちゃんがアンリエッタ様に土下座までして、やっとの思いで取ってくれた仕事なんですぅ……! ここ以外に働き口がないんですぅ!」
目をウルウルと潤ませて、祈るように手を組むセラ。
俺はそんな彼女の肩を優しくポンと叩き、首を横に振った。
「そのようなことでお仕事を奪いはしませんよ。晩餐会でのことは、良いんですよ。気にしないでください。私も元は貴方と同じメイド。お友達と思ってくださっても構いません」
「で、でも、アンリエッタ様は、主人に失礼な態度を取ったメイドは、即、解雇すると……!」
「私は、アンリエッタとは違います。そのようなことで、いちいちメイドを解雇などしません」
「アネット様ぁ……っ!」
ブワッと涙を溢れさせ、泣きじゃくるセラ。
そんな妹を優しい目で見つめた後、ガゼルは俺に向かって片膝を突き、頭を下げる。
「アネット様。我らオルビフォリア兄妹は、このご恩を一生忘れません。ガゼル・ヴァン・オルビフォリア、これからはオフィアーヌ家のために身を粉にして働いてまいります。獣の肉を欲する時は、狩人として森でたくさんの肉を獲ってみせましょう。騎士学校で御身の敵となる存在がいましたら、私が矢を射ってみせます。何なりとご命令を」
兄に続いて、メイドのセラも涙を拭うと、片膝をついた。
「セラ・トレリス・オルビフォリアも、メイドとして、アネット様に絶対の忠義を捧げます! オフィアーヌ領南東にあるオルビフォリア家は、いついかなる時も、アネット様の味方であることを誓います!」
俺に忠誠の意を示してくれる、オルビフォリア家の二人。
俺はそんな二人に笑みを浮かべた後、セラの足元にある、雑巾が入ったバケツに手を伸ばした。
「ありがとうございます。……では、お掃除、お手伝い致しますよ、セラさん。窓を拭けばよろしいのでしょうか?」
「え……? えええええええええええええええええええええ!?!? そ、それは、私の仕事ですので、アネット様が御屋敷をお掃除する必要はございません!」
「暇ですので、少しお手伝い致します」
「ちょ、ちょちょちょちょちょちょ、アネット様ぁ!?」
俺がバケツを持って移動すると、セラが慌てて追いかけてくる。
そんな俺たち二人の姿を見て、背後から、ガゼルとコルルシュカの声が聞こえてきた。
「と、当主自らが、掃除をするだと……!? そんな話、聞いたことがない……いや、確か先代当主の妻、アリサ様が、よくメイドの反対を押し切って屋敷の掃除をしていたとは聞いたことがあったな……? 似た者親子、といったところなのか……?」
「はぁ……まったく、お嬢様は相変わらずなのですから。でも、そこが素敵なところです」
読んでくださって、ありがとうございました。
読者様のコメントで知ったのですが、「このライトノベルがすごい!」?というサイトがあるみたいですので、9月23日までらしいので、そちらの投票もお願いいたします~。
コメント、返せずに申し訳ございません。
いつもお優しいご感想、痛み入ります。
励みにさせていただいております……!
作品継続のために、書籍1~4巻のご購入、よろしくお願いいたします。




