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第9章 二学期 第273話 王宮晩餐会編―⑨ 偽りの王女


「――――――皆様、お待たせいたしました。これより、王宮晩餐会を始めたいと思います」


 パチパチと拍手の音が鳴り響くのと同時に、壇上に、使用人に支えられて、一人の男が姿を見せる。


 白いマントを纏い、黄金の王冠を被ったその人物は―――聖グレクシア王国の聖王、バルバロス・エル・ペラド・グレクシアその人だった。


 聖王バルバロスはゴホゴホッと咳をした後、やつれた表情で、クマの深い目を会場へと向ける。


「皆の者、よくぞ今宵は我が城へと来てくれた。余はこうして諸君ら臣下たちと晩餐会を迎えられたことを、嬉しく思っている。―――ゲホッ、ゲホッ」


「陛下!」


 使用人が、心配そうに聖王へと声を掛ける。


 聖王はそれを手で押しとどめ、口を開いた。


「良い。大丈夫だ」


 そう言って短く息を吐いた後、聖王は会場に集まる貴族たちを見つめ、開口する。


「一週間前、災厄級の魔物が王都に襲撃するという痛ましい事件が起こった。今、城下町では、現王政に対する反発が強まっている。これも、全ては余の采配が上手くいかなかったことに起因する。諸君ら臣下たちには迷惑をかけると思うが、今一度、領地の混乱を鎮めるように、よろしく頼む」


 聖王がそう口にした後、貴族たちは一斉に頭を下げた。


 その姿にうむと頷くと、聖王は、手を広げる。


「皆の者、今宵は王国の上に立つ者として、食事の席を共にし、結束を高めようぞ! 存分に英気を養うと良い! 宴を楽しまれよ!」


 その発言を皮切りに、貴族たちはワーッと歓声を上げ、王宮晩餐会が開幕した。


 歓声の中、聖王は使用人に介護されて、壇上の上にある玉座へと座らせられる。


 そんな時―――一人の男が、壇上にいる聖王の元へと近付いて行った。


「お待ちください。宴を始める前に……聖王陛下に、お伝えしたことがございます」


 壇上の前に立ったのは……漆黒の騎士、剣神ヴィンセントだった。


 ヴィンセントの登場に、貴族たちは声を上げるのを止め、彼に視線を向け黙り込む。


 聖王はヴィンセントに目を向けると、長い白髪の髭を撫でた。


「ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン、か。余に伝えたいこととは、何だ?」


 ヴィンセントはその言葉に床に膝を付き、胸に手を当て、頭を下げる。


「聖王陛下。第三王妃ネーヴェ様のご息女、第六王女様のことは覚えておいでですか?」


「無論、覚えておる。第六王女は、産まれてまもなくして何者かに攫われ、行方を晦ました。十中八九、王国に反感を持つ何者かによって殺されてしまっているだろう。……実に、痛ましい事件だった」


「もしも……もしも、第六王女様が、生きていたとしら……どう思いますか?」


 ヴィンセントのその言葉に、ザワザワと、王広間にどよめきが広がる。


 そんな中、ジュリアン王子の傍に立っていた大司教が、声を張り上げた。


「無礼であろう! 宴の場だというのに、陛下に辛い思い出を呼び起こさせる気か、貴様は! ゴーヴェンの躾はどうなっておるのだ、まったく!」


「セオドア大司教。自分は、陛下を悲しませたいのではなく、陛下が喜ばれるある人物をお連れしたのです。―――――ミレーナ・ウェンディ、こちらに来るのだ!」


 ヴィンセントは振り返り、観衆に向けて手を伸ばすと、そう呼びかける。


 だが、広間はシーンと静まり返るだけだった。


 そんな中、カチャカチャと食器の音だけが、鳴り響いていた。


 ヴィンセントはチッと舌打ちをすると、人込みの中へと進んで行く。


 そして……食器を手に持ち、料理をリスのように頬張る、一人の少女を脇に挟んで壇上の前に戻って来た。


 そしてその少女を床に降ろし立たせると、ヴィンセントは、ミレーナに手を差し伸ばし、声を張り上げる。


「ご覧ください! 彼女の名は、ミレーナ・ウェンディ! 辺境の村で、村人に拾われて命を繋いでいた……第六王女様本人です!」


「もにゅもにゅもにゅ……」


 口元をソースだらけにして、スパゲッティとハンバーグを一緒に口に放り込むミレーナ。


 その姿を見て、聖王はピクリと眉を顰める。


「そ……そやつが、か?」


「……」


 聖王の前だというのに気にせず食事を続けるミレーナを見て、ヴィンセントは眉間に皺を寄せ、ビクビクと身体を震わせて怒りを耐える。


 そんな二人を見かねてか、観衆の中から、オリヴィアが飛び出した。


「ミレーナちゃん! ……じゃなかった、ミレーナ様! お顔をお拭きください!」


 オリヴィアは、そのままミレーナに近付くと、ハンカチで口の周りを拭きはじめる。


 そして、一通り綺麗になったのを確認すると、オリヴィアはミレーナから皿を奪い、観衆の中へと戻って行った。


「あぁ……! まだ食べている途中だったのにぃ……!」


「……黙っていろ。殺されたいか?」


「ぴぎゃう!?」


 ヴィンセントの小声での恫喝に、顔を青ざめて、直立不動するミレーナ。


 大きくため息を吐いた後、ヴィンセントは改めて、聖王に向けて口を開いた。


「聖王陛下。改めまして、彼女が、十二年前に生き別れになられたミレーナ王女です。私は今日というこの場で、陛下と王女を引き合わせようと……ずっと考えていたのです」


 ヴィンセントのその言葉に、大司教は壇上の前に行くと、聖王に向けて口を開いた。


「陛下! こやつが言っていることは、全部でたらめです! その少女が第六王女である証拠が、どこにあるというのだ、ヴィンセント!!」


「ククク。随分と慌てているな、セオドア。そんなに、この娘が第六王女であると困る理由でもあるのか? それとも……『死に化粧の根』だけでなく、まだ、何か不正を隠しているのかね? セレーネ教は」


「き……貴様ぁ!! 私はただ、嘘を騙るなと言っているだけだ!! 偽りの王女を連れてきて、病で弱られている陛下の御心を傷付けるつもりか!! いくらバルトシュタイン家の長兄であろうと、その罪は重いぞ!!」


「いつ、俺が、証拠がないと言った? ―――陛下。こちらをご覧ください」


 ヴィンセントはそう言って、懐からペンダントを取り出した。


 そのペンダントを見た聖王バルバロスは、目を見開き、驚きの声を上げる。


「お……おぉ、それは……! ネーヴェが産まれたばかりの赤子に渡したという……王家のペンダント……! まさか、本当に、その少女は第六王女だというのか……!」


「に、偽物だ! 作りものであろう!」


「では、陛下にこのペンダントの真偽を見ていただきましょう、セオドア大司教」


 ヴィンセントは壇上へと上がると、聖王の前で跪き、ペンダントを手のひらの上に載せる。


 聖王はそれを受け取ると、ペンダントを眺め、目を細めた。


「……王家の紋章に、希少価値の高いフレイダイヤ鉱石……余が見間違うはずがない。これは、王家に産まれた者に渡される、本物の王家のペンダント……!」


「ミレーナ王女は、川に流されていたところを村人に拾われたと聞きます。その時に、このペンダントが、おくるみの中に仕舞われていたという話です」


「その村人には、感謝しなければならないな……! 後で、礼を贈らねば……! ミレーナ・ウェンディ! 前に来るが良い!」


 聖王の言葉にミレーナはビクリと肩を震わせると、ダラダラと汗を流しながら、聖王の前に立った。


 聖王は瞳に涙を溜め、ミレーナの肩をポンと叩く。


「よくぞ、無事で生きていた、我が娘よ。貴殿を正式に、第六王女―――ミレーナ・グレクシアとして認めよう。ヴィンセントよ。お主さえ良ければ、ミレーナの騎士になってくれぬか。お主が、この娘を支えてやれ」


「はっ。勿論でございます、陛下。……それと、もうひとつ、お伝えしたいことがございます」


「何だ?」


「ミレーナ様は、今の王国を良く思っておりません。彼女は、この腐敗した王国の現状を正す――――正しき聖王を、目指しております」


 ヴィンセントの言葉に、ザワザワと騒ぎ始める観衆たち。


 セオドアも、ヴィンセントの発言に、声を荒げた。


「貴様! 陛下を前にして、王政批判か!」


「ミレーナ様は、陛下を否定しているわけではない! かの御方はこの国に巣食う権力者どもに、怒りを覚えておられるのだ! 今こそ、皆に明かそう! ベルゼブブの騒動の方が目立ち、あまり表だって言われてはいないが……聖騎士駐屯区にある大聖堂に隠されていた『死に化粧の根(マンドラゴラ)』を見つけたのは、何を隠そうミレーナ様のおかげだ! 彼女こそが、セレーネ教の闇を暴いた張本人である! 国教であるセレーネ教、それも人々を守る聖騎士たちの駐屯区に、民を蝕む『死に化粧の根(マンドラゴラ)』が栽培されていたのだぞ!? セレーネ教は長年、それを隠していたのだ!! 国の腐敗以外に何と言う!! ミレーナ様は、その光景を見て、この国を変えられようと決意されたのだ!!」


「そ、それは、リューヌ司教が勝手にやった行為だ! 聖女様を含めて我々セレーネ教は、一切、関与をしていない!!」


「もし本当に関与してなかろうとも! この国が腐敗しているのは事実! 私は、ミレーナ様を聖王にすると、ここで宣言しよう! セレーネ教を肯定するジュリアン様でもなく、民の暴動を煽るエステリアル様でもなく、ミレーナ様こそが、この国を導くにたる真の王だ!」


 ヴィンセントの言葉に、唖然とし、口を閉ざす貴族たち。


 そんな静寂の中、聖王はコホンと咳払いをすると、ヴィンセントに声を掛けた。


「そう熱くなるな、ヴィンセント。お主の気持ちも、ミレーナの気持ちも、よく分かった。正式に王女と認めた以上、ミレーナには、王位継承権を与えてやろう。だが……聖王となるのは、巡礼の儀を勝ち残った者のみ。ここで語ったところで、意味はないぞ」


「はっ。せっかくの宴の場で騒々しい真似をしてしまい、申し訳ございませんでした、陛下」


「許そう。だが、ここからは静かにしていただきたいものだ」


「仰せのままに」


 頭を下げるヴィンセントに頷いた後、聖王はミレーナの頭をポンポンと撫で、笑みを浮かべた。


「流石は我が血を引きし娘だ。復帰と同時に、セレーネ教の不正を暴くとはな。他の王子たちとも交流し、良き聖王を目指すが良い」


「……あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ」


 ものすごい勢いで小刻みに震えるミレーナの姿は、まるで残像のように見えていた。


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……」


 エステルは、ミレーナの頭を撫でる聖王に対して、憤怒の表情を浮かべる。


 そんな彼女に対して、ギルフォードはそっと声を掛けた。


「……おい。そのような顔をここでするな。せっかく築いたお前の心象が悪くなるぞ」


「僕と母をゴミのように捨てた男が、正妻の子が戻った途端、親面をするだと? ふざけるなよ、バルバロス。お前だけは、絶対に許しはしない」


「エステル」


「……分かっているよ。今の僕は、国民の希望を背負う白銀の乙女だ。その立ち位置を崩す気はない」


 頭を横に振るエステルを一瞥した後、ギルフォードは壇上から降りるヴィンセントとミレーナに視線を向け、口を開いた。


「あの娘は……本当に第六王女なのか?」


「いいや。彼女はフランシア領にある辺境の村出身の、ただの学生だよ。幼い頃、僕と共に奴隷商団に捕まっていた子供でもある。偽物だと断言できる一番の証拠は、第六王女を殺したのはこの僕だからだ。僕が、川へと流した。生きているはずがない。間違いなくミレーナは、髪の色とペンダントで創り上げられただけの、偽りの王女だよ」


「では、ヴィンセントは何故、このような真似を?」


「彼女を傀儡とするためだろう。彼は、この国の実権を、ミレーナを使って裏から牛耳ろうとしているんだ。フフフ……ちょうど退屈していたところなんだ。良いよ、勝負をしようか、ヴィンセント、ミレーナ。聖王になるのは……この僕だ」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



《ロザレナ 視点》




 ミレーナとかいう女の子が王女として名乗りを上げるという、よく分からない騒動はあったけれど……その後、王宮晩餐会は恙なく進んで行った。


 王宮晩餐会というのは、はっきり言って、子供にはとてもつまらないものだった。


 あたしとルナティエは壁際に立ち、ボーッと貴族たちの交流を眺める。


 すると、その時。ふいに、同い年くらいの男の子二人が声を掛けてきた。


「四大騎士公の……ご令嬢様がたですよね?」


 貴族の嫡子たちだろうか。彼らは何処か照れた様子でこちらに笑みを見せてきた。


「いやぁ、お美しい方々だ。こんなに綺麗なご令嬢を見たのは産まれて初めてです」


「本当、本当。こんなに綺麗な女の子、他に見たことないよ」


「……何、あんたたち」


 あたしは思わず鋭く目を細め、男の子たちを睨み付けてしまう。


 彼らは、そんなあたしの様子にビクリと肩を震わせた。


 その光景を見てルナティエはため息を吐くと、貴族の嫡子たちに声を掛けた。


「何なんですの、貴方たちは。わたくしたちに何か用ですの?」


「い、いや、その……これから、社交ダンスがあるのはご存知ですよね? もし良かったら、僕たちと踊っていただけないかと思いまして。僕はマルセル子爵家の長男、ヘイゼルです」


「俺はガラトロス男爵家の子息の、アランドロンだ。なぁ、レティキュラータス家のご息女。単刀直入に言うが、俺はお前に一目惚れをしたんだ。長い青紫色の髪に、勝気そうな鋭い目、俺の好みドンピシャだ! 俺と踊ってくれよ。ガラトロス家が相手なら、相手としても、申し分ないだろ?」


 その発言に、あたしは思わずピクリと眉を動かしてしまう。


 そんなあたしを見て、ルナティエは慌てて前に立った。


「まったく、身の程知らずというか何と言うか……この子をダンスに誘うのは、やめておきなさい。最近のロザレナさんは、虫の居所が悪いんですの。勿論、わたくしも遠慮致しますわ。貴方がたでは、わたくしと釣り合いそうにもありませんもの。他を当たってくださいまし。オーホッホッホッホッホッホッホッ!!」


「うるさいな。俺はお前を誘ってなんかいない、ドリル髪」


「ド、ドリル髪ですってッ……!?」


 ルナティエを押しのけると……何て名前だったかしら? アランドロン? って奴は、あたしの腕を掴んで来た。


「なぁ、良いだろ? 俺と一緒に踊ってくれよ。俺たち、結構お似合いだと思うんだよな」


 あたしは眉間に皺を寄せる。


 そんなあたしに、ルナティエが慌てて声を掛けてきた。


「お、抑えなさい! ロザレナさん、ここで暴れるのは禁止ですわ!」


 ……そうだ。ここで他の貴族をぶん殴りでもしたら、お父様に迷惑をかけてしまう。いくらムカつく奴がいても、けっして、一般人には手を出すなと……アネットにも言われていた。我慢しなければ。


「本当に、綺麗な顔をしているな、君。白い肌に、猫みたいなアーモンド型の吊り目。俺の将来の妻にぴったりだ」


 我慢。我慢。我慢。無視していたら、きっと、こいつだって……。


「ははっ、何だ、黙りこくって。照れてるのか? 風の噂で、レティキュラータス家の息女は騎士学校に通っていると聞いたが……剣なんて捨てて、うちの人間……俺の妻になりなよ。俺だったら、君を苦労させないよ?」


 剣を……捨てる?


 ふざ……けた、ことを……。


「かよわい女の子である君が、【剣聖】になんかなれるはずがないんだ。女の子は女の子らしい未来を進むべきだよ。君に剣なんて似合わないさ」


「ちょ、それは――――」


 ルナティエが、顔を青ざめさせる。


 あたしは、左腕で拳を握り、アランドロンの顔面へとストレートパンチを繰り出そうとした。


 しかし、その時。


 あたしがパンチを放つ前に……一人の青年が、あたしの腕を掴むアランドロンの腕を、握りしめた。



「――――――彼女は、【剣聖】になる女性ですよ。人の夢を否定して自分の価値観を押し付ける貴方には、相応しくない。いえ……私が、貴方と一緒に踊ることを許さない」



 背後を振り返るアランドロン。


 そこには……スーツを着て、目元だけを隠したマスク、ヴェネチアンマスクを付けた、栗毛色の長髪の青年が立っていた。

 

 彼はニコリと微笑み、あたしに視線を向けてくる。


「ロザレナ・ウェス・レティキュラータス様。今宵の社交ダンス、私と踊ってくださらないでしょうか?」


「え……?」


 その声に、聞き覚えがあった。だけど、目の前の人物が誰なのか、あたしには分からなかった。


 ルナティエも、突如現れたその人物に、訝しげな視線を向ける。


「ちょっと、貴方、急に何を言って―――」


「ルナティエ様。どうか、私を、止めないでいただきたい。その理由は……賢い貴方なら、分かるでしょう? 私の言葉を信じてくれた、貴方なら」


「…………ぇ?」


 ルナティエはビクリと肩を震わせ、硬直する。


 そして、その青年をジッと見つめた後、突然、彼女は瞳を潤ませた。


「……そういうこと……ですの。なるほど、貴方が誰なのか分かりましたわ……ぐすっ、ひっぐ。ロザレナさん、貴方は、この人と踊りなさい。良いですわね?」


「はぁ!? 何であたしが知らない男なんかと!!」


「良いから! わたくしの言う通りにしなさい! 貴方は彼に、選ばれたのですから……」


「……はぁ?」


 あたしは腕を組み、意味が分からないと、ルナティエにジト目を向ける。


 そして大きくため息を吐くと、しぶしぶと頷いた。


「分かったわよ。まったく、何であたしが見ず知らずの男と……」


「ちょ、ちょっと待てよ! ロザレナ、君は俺と―――」


 慌てるアランドロンに、青年は後ろで結った長い髪を靡き、口を開く。


「残念だけど、彼女は私と踊ります」


「ふざけるなよ! 横取りする気か!?」


「横取り? 笑わせてくれる。私は……ぜーーーーったいに!! お前のような男と、おじょ……ゴホン。ロザレナ様を、一緒には躍らせない!! というか、自分に自信があるのか知らないが、一方的すぎるだろ!! まぁ? それが、イケメン貴族様に許された肉食系ナンパ術なのかもしれませんが!? 私のような奥手の生涯独身非モテ童貞には、分からない領域かもしれませんが!? 何が言いたいかというと、お前のことが全然気に喰わない!! 誰よりも大切なこの方に、触れてほしくない!! 少しは非モテ男の怒りを思い知れ、イケメン野郎ゴラーッ!!」

 

「は……はぁ?」


 捲し立てるようにわけのわからないことを怒鳴りつけると、仮面の青年はゼェゼェと荒く息を吐く。


 そしてあたしの手を掴むと、中央で社交ダンスを踊る人々の前へと進んで行った。


「ちょ、ちょっと! ……って、あれ?」


 あたしは、そこで、不思議な感覚に陥る。


 あたしの手を握る彼の手が……何度も触れてきた手のような感触がしたからだ。


 というか、男の子にしては、手が小さい……?


「ロザレナ様は、社交ダンスというものを、踊ったことがございますか?」


「え? な、ないけど?」


「そ、そうですか……そうですよね……」


「そうですよね、って、あんた、何か失礼なこと言ってない!?」


「い、いえ! 私が教えてさしあげますよ! とはいっても、私も生前……じゃなかった、昔、一度パーティーで踊ったことがある程度のものですが。得意とはいえない技術力ですが、簡単な動作だけなら教えてさしあげられると思います」


 そう言って彼は社交ダンスの場に出ると、あたしの腰を抱いてくる。


「きゃっ!? ど、何処触ってんのよ!!!!」


 普通、男の子に腰なんて触られたら、嫌悪感丸出しになって、暴れているはずだ。


 それなのに、あたしは何故か……彼を殴ることをしなかった。


 彼も何故か耳まで顔を真っ赤にさせ、恐る恐るといった様子で、あたしの腰を抱いてきた。


「も、申し訳ございません……! ですが、社交ダンスとは、こういう形でするものでして……手、手はこちらに」


 あたしの手を、ギュッと握ってくる仮面の青年。


 そして彼はその都度、足の動かし方をあたしに教えながら、ユラユラと踊り出した。


「そう。左脚は、後ろに。ステップを踏むようなイメージで。今度は右脚をさらに後ろに。良いですよ。とても、自然な動きになっています」


「っとぉ……結構難しいわね、ダンスって」


「実は、剣とダンスも、通じるものがあるのですよ。私が知る剣士に、踊りながら戦う者もいました」


「へぇ? って、何であんた、剣士のことが詳しいの? あんたも、騎士学校の生徒とか?」


「……いいえ。ただの趣味ですね」


「ふーん?」


「あ、そこは、右脚を後ろです、お嬢……」


「お嬢?」


「お嬢……お上手ですね」


「んん~?」


 あたしは思わず、ジト目で彼を睨み付けてしまう。


 彼はコホンと咳払いをすると……突如あたしの身体を抱き寄せ、激しく、踊り始めた。


「ちょ、ちょっと!?」

 

「ほらほら、ついて来れますか?」


「……やったわね~! 舐めないでよね! 相手の動作を見て覚える能力は、師匠の元で培われてるんだから! あたしはもうちゃんと踊れるわ! そっちこそ、ちゃんとついてきなさいよ? こけたりしたら、笑ってやるんだから!!」


 そう言ってあたしたちは互いに素早くステップを踏み、社交場で激しく踊り始める。


 そんなあたしたちを驚いた様子で見つめる、同じように踊っている若い貴族の男女の姿があったが―――あたしたちはそんな光景など無視して、お互いに競い合うように、ダンスを踊っていった。


 社交ダンスというのはお互いにお互いを配慮しながら踊るものだと思うが、これではまるで戦いだ。お互いにミスを狙って、激しく踊る、まさに剣の振り合い。


 だけど―――何故だろう。とても、楽しかった。


 あたしは自分でも気づかないうちに、大きく笑い声を上げていた。


 こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。


 それこそ、あたしは、アネットがいなくなってから一度も笑っていなかった。


 あの子がいないと、あたしの世界は暗闇のままだから。


 あの子が傍にいないと、あたしは、あたしでいられなくなる。


 それなのに、あたしは今、笑うことができている。


 それは、何故? 何でなの?


 とにかく―――この人と踊ることが、とてもとても、楽しくて仕方が無かった。


 この時が永遠に続けば良いと、そう、思うくらいには。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「……まったく。わたくしも良い女、ですわね」


 そう言ってルナティエは、ロザレナと踊る仮面の男へと視線を向ける。


 そして彼女は涙を拭い、口を開いた。


「貴方は、あの人のダンスの相手に選ばれた。だから、一旦ここは、譲りますわ。ですが……わたくしともいつか……踊って欲しいですわね。そう、いつか……きっと……」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



《ロザレナ 視点》



 社交ダンスの時間が終わり、音が止んだ。


 それと同時に、仮面の青年はあたしの腰から手を離す。


 そしてふぅと息を吐くと、彼は、踵を返した。


「待って!」


 あたしは何故か、彼を呼び止めてしまった。


 どうしてあたしは、今、彼を呼び止めてしまったのだろう?


 理由が分からない。だって、あの人は、さっき会ったばかりの人のはずだ。


「行かないで!」


 行かないでって……何で? 何でそんな言葉が、喉をついて出るの?


「……すみませんが、私には、やらなければならないことがあるのです」


「また……あたしと、会ってくれる……?」


「勿論です。私は、貴方の―――」


 その続きを口にすることは無く、仮面の青年は、その場から去って行った。


 あたしはただその背中を、悲しそうに、見つめることしかできなかった。

読んでくださって、ありがとうございました。

書籍1~4巻、発売中です。

作品継続のために、ご購入、どうかよろしくお願い致します。

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