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第9章 二学期 第271話 王宮晩餐会編―⑦ 王宮への侵入


《アンリエッタ 視点》



「ついに、この日が来た―――」


 私、アンリエッタ・レルス・オフィアーヌは、窓の外に見える城を見つめ、笑みを浮かべる。


 私にとって、四大騎士公になることは、長年の夢だった。


 だけど、実家であるバルトシュタイン家で、その夢を叶えることはできなかった。


 バルトシュタイン家は戦士の家。純粋な力こそが評価される。


 代々当主の座を継ぐ者が発現する【怪力の加護】を持つ者こそ私たちの世代には現れなかったが、その代わりに、私の兄は化け物揃いだった。

 

 一人目。妾の子である、ジェネディクト・バルトシュタイン。


 子供の頃、私は他の兄弟たちを先導して、率先してジェネディクトを虐めていた。


 だけどジェネディクトは十五歳の時に剣の才能を開花させた。


 結果、あの男はお父様に認められ、短い間だったが騎士団長の座に就いた。


 二人目。末の次男である、ゴーヴェン。


 子供の頃から、彼は異質だった。


 私たちがジェネディクトを虐めていても、一切、興味を抱くことはなく。


 彼はただ、王国の歴史書を真剣に読んでいた。


 大人しい性格のため、兄弟の誰もが、ゴーヴェンを危険視していなかった。


 だが―――――二十歳の頃に、ゴーヴェンは突如、ジェネディクトを無実の罪に嵌め、失墜させたのだった。


 それからというものの、ゴーヴェンは頭角を現し、バルトシュタイン家当主に上り詰め、聖騎士団団長を襲名する。


 目的のためなら一切躊躇することはなく、ゴーヴェンは当主になって早々、他の兄弟たちを皆殺しにしていった。


 私は運よく、いちはやく彼に臣従の意を示すことで難を逃れ、命を拾うことができた。


 ジェネディクトとゴーヴェン。この二人がいたからこそ、私は、バルトシュタイン家の当主になれなかったといえるだろう。


 だけど、今日この日、私は、オフィアーヌ家当主となり、四大騎士公の仲間入りを果たす。


 私を蔑ろにした元夫のジェスターも、私をコケにしたアリサも、憎きアリサの子アネットも、もういない。


 あぁ、何て清々しい朝なのだろう。


 私は、今日から、新しい自分になれる。


 王国で最も権威のある四大騎士公、大貴族となるのだ―――。

 

 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



《アネット 視点》



「よし。準備はできたね、アネットさん」


 建物から出ると、ブルーノがそう声を掛けてくる。


 その言葉に、深くフードを被った俺は、コクリと頷いた。


 この作戦に参加するのは、俺、ブルーノ、アレクセイ、コルルシュカ、エリーシュアの、5人。


 フランエッテは……ブルーノに説明するのが面倒だったので、一先ず、今まであいつが住んでいた実習棟の屋上にある小屋にこっそり帰しておいた。


 学生寮はあいつがミスをして俺のことを漏らす可能性もあるので、とりあえず、この騒動が終わるまで、あいつにはあの小屋に居てもらおう。


 すべてが終わったら、また満月亭に帰って来させれば良い。


 その時は……彼女のことを、弟子の3人に紹介したいところだ。

 

(だけど……その前に、俺には、やることがある)


 計画を脳内で反芻し、繰り返しシュミレーションをする。


 失敗は許されない。表に出ることになる以上、失敗すれば俺だけでなく、お嬢様やレティキュラータス家に大きな災いがふりかかる可能性だってある。


 慎重に、事に臨まなければいけない。


「アネットさん?」


 こちらを見つめ、首を傾げるブルーノ。


 俺は思案することを止め、ブルーノに向けて笑みを浮かべる。


「すみません。少し、これからのことを脳内でシュミレートしていました」


「無理もないよ。君はこれから、決死の覚悟で表舞台に出て、賭けに出るんだ。緊張するなと言う方が無理な話だ。……だけどね、アネットさん。これだけは覚えておいて欲しい。僕やアレクセイは、君の味方だ。もし失敗したとしても、君と共に地獄へと行く覚悟はできている。そうだろう? アレクセイ?」


「あぁ。アンリエッタを倒せるなら、俺も協力は惜しまないぜ!」


「ありがとうございます、お二人とも。コルルシュカとエリーシュアの言葉に従い、最初に貴方たち二人に声を掛けて良かったです」


「以前、話していたコレットのことだが……すまない。彼女はどうやらアンリエッタの監視の目が厳しく、僕たちと一緒には来れない様子だった。だけど、彼女も僕たちと志を同じとする仲間であることは間違いない。僕たちは、オフィアーヌ家をアンリエッタの手から取り戻す、同志だ。必ず、作戦を成功させよう、アネットさん、アレクセイ、エリーシュア、ソフィーリア」


「はい!」「あぁ!」「畏まりました」


「……あの、コルルはその名前を捨てたので、できたらソフィーリアではなく、コルルシュカと……」


「良し。時間だ、行こう、みんな。――――王宮へ!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 数十分後。俺はみんなと共に、無事、城の前へと辿り着くことができた。


 当然、城門前には検閲が入り、橋の前に立つ衛兵たちは訪れる貴族たちの身分と荷物チェックをしてから、客人を城の中へと入れている。


「どうする、兄上。俺や兄上、エリーシュアが城の中に入るのは問題ないと思うが、アネットさんを城の中に連れて行くのは難しいぞ? 万が一衛兵に身分がバレたら、アンリエッタの耳に入る可能性もある。そうなったら、計画は全ておしまいに……」


「そうだな、アレクセイ。アネットさんの正体は、誰にも気付かれてはいけない。これは絶対条件だ。城の中の衛兵にも、アンリエッタの手の者がいる可能性が高いだろう。顔を見られたら一発アウトだ」


「だったら、どうしたら……」


「勿論、僕はこうなることも予め予想していたよ。お前は会議中、殆ど寝ていたから分からなかったのだろうがな。……アネットさん」


 そう言って、ブルーノは手に持っていた鞄の中から、ロープを取り出した。


「事前に話し合っていた通り、これを使って、城門とは反対側の堀の下に降りて……地下水路から、城の中に侵入するんだ。僕とアレクセイ、エリーシュアはこのまま衛兵たちのチェックを受けて、城の中に入る。後で中で落ち合おう」


「分かりました。にしても……また、地下水路ですか……」


「そうだね。ベルゼブブのことがあった後で地下水路に行くのは気が引けるとは思うが……もう、地下水路にはベルゼブブはいない。安心して欲しい」


 まぁ、ベルゼブブを倒したのは俺だから、それは端から分かっているのだが。


 俺はコクリと頷き、ロープを受け取った。


「それじゃあ、気を付けて。ソフィーリア、アネットさんのことを頼んだよ」


「コルルシュカです」


 ブルーノは手を挙げて、建物の影から出ると、そのままアレクセイと共に城門に懸かる橋へと向かって歩いて行った。


「アネット様。どうか、お気を付けて」


 エリーシュアも心配そうにこちらに会釈し、ブルーノの後を追って行く。


 城門の前に懸かる橋には、既に大勢の貴族たちが列を成していた。


 その光景を見つめた後。コルルシュカと二人になった俺は、ロープを手に、城の裏手へと向かうべく歩みを進める。


「アネットお嬢様。ひとつ、言っておきたいことがございます」


「何だ?」


「もし万が一の事が起こった場合、コルルは、いつでもアネット様のためなら喜んで死ぬ覚悟です。それだけは、覚えておいてください」


「急に何を言っているんだ、お前は……」


「いざとなったら、躊躇なく、私を囮にしてください。私の望み……それは、アネット様が平穏無事に生き永らえることですから。私は正直、アンリエッタなんてどうでも良いです。お嬢様の命が第一なんです」


「コルルシュカ、お前を囮になんかしないよ。全員、五体満足で作戦を終える。それ以外に、道はない」


 ブルーノ、アレクセイ、エリーシュア、コルルシュカ、コレット。


 味方は誰一人、死なせはしない。


 俺は今日、アンリエッタを降し――――無事に、お嬢様の元へと帰るんだ。





 城の裏手は、正門と比べて、人の気配は殆ど無かった。


 周囲をキョロキョロと確認した後、俺は、近くにあった街路樹にロープを巻き付け、堀の下へとロープを垂らす。


 そして、ロープを使って、堀の下へと降って行った。


 地面へと降り立った後、俺は、上にいるコルルシュカへと声を掛ける。


「コルルシュカ、降りて来い!」


「は、はい、お嬢様……きゃっ!」


 コルルシュカは恐る恐るとしたロープに手をかけるが……手を滑らせ、俺の元へと落ちて来た。


 俺はそんな彼女をキャッチし、お姫様抱っこをする。


「……よっと」


「お、お嬢様……! コルルは今、死んでも良いくらいに幸せです……! このままお嬢様の腕の中で眠りたいくらいです……!」


「アホ。ほら、さっさと降りろ」


「残念です……」


 俺はコルルシュカを地面に降ろし、目の前に広がる川を見つめる。


「このまま川岸を歩いて……橋の下にある地下水路から、城へと侵入する。そこで、ブルーノ先生たちと合流を果たす」


「はい」


 俺とコルルシュカは頷き合うと、鞄の中からランタンを取り出し、地下水路へと向かって歩き出した。





 ピチョンピチョンと水音が鳴り響く中、ランタンを片手に、薄暗い地下水路の中を二人で進んで行く。


 周囲を警戒しながら歩いている途中。


 俺は、隣にいるコルルシュカに向けて口を開いた。


「……ギルフォードも、王宮晩餐会にいるのかな」


「その可能性は高いと思います。彼は、第三王女エステリアル様の騎士ですから」


「俺が今からやろうとしていることを知ったら、ギルフォードは、どう思うんだろう」


「お怒りになられるのではないのかと。あの方にとっては、アンリエッタや分家の一族も恐らく殺す対象に入っているでしょうから。お嬢様のやろうとしていることは、ギルフォード様の思想とは相反することだと思います」


「そうか。そうだよな」


「ですが……きっとアリサ様は、お嬢様の成そうとしていることは、正しいと仰るはずです。権力を欲することもなく、分家の者と協力し、一丸となって巨悪を討つ。貴方様の存在で、私はエリーシュアと和解することができた。分家のブルーノとアレクセイも、アネット様の人と形を見て、協力を受け入れた。アネット様の御力で、バラバラになりつつあったオフィアーヌ家はまとまりつつあります。アネット様が今やっておられることは、正しい道です。私は、そう信じています」


「……ありがとう」


「お嬢様。コルルは、ひとつ、気になることがございます。アネットお嬢様はこれから……どうするおつもりなのですか?」


「どうする、とは?」


「このまま貴族の仲間入りを果たし、オフィアーヌ家の当主となられるのか。それとも、レティキュラータス家のメイドに戻られるのか」


「それは――――」


 その時、俺は口を閉ざすと、コルルシュカに手を伸ばし、止まるように指示をする。


 そして……目の前に広がる暗闇を、ジッと、睨み付けた。


「お嬢様?」


「黙っていろ。何か……来る」


 カツカツと、革靴の音が地下水路に鳴り響く。

 

 俺はそれと同時にコルルシュカの手を引いて、柱の影に隠れる。


 そして数分程すると、ランタンを手に持った……黒いスーツの男が姿を現した。


 男はそのまま歩みを進めて、地下水路の奥へと歩いて行く。


 このまま通り過ぎるのかと思っていた、その時。


 彼はハット帽に手を当てながらこちらに振り返り、不気味な笑みを見せてきた。


「――――おやおや。まぁまぁ。まさか、このような日に鼠が現れるとは思いもしませんでした」


 懐から複数の針を取り出し、それを指の間に挟むと―――俺に向かって、投擲して来る。


 暗器『音切り針』か……!


 俺はコルルシュカをお姫様抱っこすると、後方へと下がり、その針を避けた。


 そしてハット帽の男と距離を取ると、コルルシュカを降ろし、背後へと立たせた。


 現在、俺は深くフードを被っているため、顔は見られていない。


 俺が無言で男を睨み付けていると、彼は帽子を外し、胸に当て、頭を下げてくる。


「私は、聖騎士団、黒獅子隊隊長フォルター。ゴーヴェン様の命により、この地下水路の警護を任された、特務の騎士でございます」


 ゴーヴェンの配下……! 


 まさか、地下水路を聖騎士が守護しているとは思わなかった……!


「はてさて、困りましたね。貴方はいったい、どなたなのでしょう? このような場所から王城に侵入しようとしていらっしゃることから、仄暗い背景を持っている方だとお察しいたしますが……」


「……」


 フォルターと睨み合っていると、コルルシュカが俺の手を引っ張った。


「聖騎士……! 逃げましょう! 私が囮になりますので、その先に……!」


「おやおや、貴方にとってその方は、随分と大事な方のようですね。ですが生憎と私は、情などは知らぬ身。残念ですが貴方がた二人は、ここで、このフォルターが殺してさしあげましょう」


 フォルターは腰から剣を抜くと、俺に向かって走って来た。


「……!! お嬢様……っ!!」


 コルルシュカが前に出て、俺を庇おうとしたが……俺は逆にコルルシュカの手を引っ張り、後ろへと下げた。


 そして彼女へと、言葉を掛ける。


「前に言っただろ。俺は強いって」


「え……?」


「下がっていろ、コルルシュカ。一瞬で終わらせる」


 生憎と、今の俺は、箒丸を持っていない。


 なので……この聖騎士は、素手で対処するほかないだろう。


 俺は両手に闘気を纏うと、【瞬閃脚】を発動させ、フォルターへと距離を詰めた。


(だが、何も問題はない)


「なっ……!?」


 驚きの表情を浮かべるフォルター。


 相手は、武器や動きを見るに、暗殺者と見える。


 ならば、圧倒的攻撃力で、即効で終わらせるのが吉……!


 俺は闘気を纏った拳を、彼の顔面へ目掛け振り放った。


 その瞬間、フォルターは吹き飛ばされ―――背後にあった柱に激突し、カハッと、血を吐き出した。


 俺は「ほう」と感心して、口を開く。


「確実に意識を奪ったつもりで拳を放ちましたが……驚きました。貴方、結構お強いですね」


「あがっ……! はぁはぁ……! とてつもない闘気に、【瞬閃脚】……!? 何者ですか、貴方は……! 私は、ゴーヴェン様の一の配下なのですよ……!!」


「だとしたら、聖騎士団も大したことはありませんね」


「まさか、貴方は……リーゼロッテを排除した者ですか!?」


 その言葉に、俺は目を細める。


「前々から、リーゼロッテが何も言わずにゴーヴェン様の元を去ったのには、疑問を抱いていたのです。我ら黒獅子隊の中でも、リーゼロッテのゴーヴェン様に対する信仰心は本物だった。表の部隊……白鷲隊に移り副団長になっても、その忠義は変わらなかった。なのに、リーゼロッテは突如学園の教師を辞め、何も言わずに騎士団を去った。私は、考えました。彼女は、何者かに倒され……魔法か何かで口を塞がれたのではないのかと」


 正解だ。やはり、聖騎士団内でもリーゼロッテの行動を不審がる者もいたということか。


「あのリーゼロッテを倒せる者など、そうはいない。考えられる相手とすれば、剣聖か剣神のみでしょう。ですが、剣聖と剣神に、聖騎士団副団長の口を塞ぐメリットはない。だとすれば……外部の実力者となる。それは、貴方ですね、謎の侵入者よ」


「……だったら、どうする?」


「我が主君の敵となるのならば……神の名において、貴方を断罪致しましょう、侵入者!!」


 そう言ってフォルターは立ち上がる。


 そして手に持っている剣に手を当て、魔法を詠唱した。


「――――――毒蛇よ! 我が敵を貪り喰らえ! 【ポイズ―――」


 俺は【瞬閃脚】を発動させ、フォルターの元へと瞬時に移動すると、彼の腹部に一撃、拳を叩きこんだ。


「ごふぁっ!?」


「わざわざ、魔法剣の詠唱に俺が付き合うとでも思っているのか? リーゼロッテもそうだったが、お前ら聖騎士特有のくだらない哲学だの思想だのに付き合ってやる暇はない。寝てろ」


 俺の一撃に、フォルターは白目になり、気絶する。


 そんな彼をドサリと地面に落とすと、俺はパンパンと手を叩き、背後にいるコルルシュカへと声を掛ける。


「さぁ、コルルシュカ、行こう。ブルーノ先生たちもきっと上で既に待機しているはずだ」


 コルルシュカは目をパチパチとさせると、祈るようにして手を組み、恍惚とした表情を浮かべる。


「アネットお嬢様……めちゃくちゃ、かっこいいですぅっ!! コルルを抱いてください!!」


「何アホなことを言ってるんだよ……早く行くぞ」


「はい♡」


 目がハートなままのコルルシュカに引きつつも、俺たち二人は王宮を目指し、歩みを進めて行った。





 梯子を上り、重い鉄の蓋をどかしてみると、そこは、王宮の中庭だった。


 辺りに誰もいないことを確認した俺は、外へと出て、コルルシュカへと手を伸ばし、彼女を持ち上げる。


 そして、すぐにフードマントを脱ぎ、メイド服姿となった。


「とりあえず……マントのままだと、王宮の中で怪しまれるだろうからな。メイドの方が自然と考えたわけだが……その、髪を降ろしただけで、大丈夫だったかな?」


 俺は不安な表情を浮かべ、前髪を撫でる。


 するとコルルシュカは鞄にマントを仕舞いながら、コクリと頷いた。


「大丈夫ですよ。ブルーノ様たちと合流するまで、コルルがお嬢様の壁になりますから。ご安心ください」


「途中でアンリエッタと鉢合わせなんてことになったら、全てが終わるんだが……まぁ、良い。待ち合わせは、ブルーノ先生とアレクセイさんに用意されたオフィアーヌ家の待合室、で、良いんだよな? 早く行くとするか」


「はい。アネットお嬢様」


 俺の分のマントをコルルシュカに私、鞄に仕舞ってもらった後。


 俺はコルルシュカの後ろに隠れ、中庭から城の中へと入り、王宮の廊下を進んで行く。


 流石は聖グレクシア王国の王城だ。白の中はとても豪奢な造りとなっており、廊下の天井には、巨大なシャンデリアがいくつも吊り下がっていた。


 俺は元剣聖とはいえ、今まで生きてきて一度も、城の中に入ったことはなかった。


 普通、剣聖は王宮晩餐会などの催事に呼ばれるものだが……俺はその、貴族が嫌いだったため、こういった場所に顔を出すことは一度もなかったのだ。

 

 その度にハインラインに「【剣聖】として国の催事には必ず参加しろ」と言われてはいたが、俺は断固として拒否していた。代わりに代理としてハインラインに何度も出席してもらっていたが……今思うと、俺もめちゃくちゃなことをやっていたものだ。今更だが、あのエロジジイには申し訳なく思う。


「……あまり、怪しまれてはいませんね」 


 他家のメイドがたくさんいるせいか、周囲の人は俺たちに特に気にした様子は見せていなかった。というか、貴族たちはメイドには興味ないのか、一切、こちらに視線を向けることはなく。彼らは、貴族同士としか、会話していなかった。


「……想像した通り、中には人が多いが……思ったよりも、俺たちに注目する人間はいないんだな」


「はい。お嬢様はレティキュラータス家は勿論のこと、フランシア家といった御家と親交が深いようですが、元々、この二つの御家は貴族にしては珍しく、使用人に対して差別感情がない御家なのです。通常、貴族というものは使用人を基本的に替えの効く道具としか見ておらず、興味を向ける対象ではございませんので」


「オフィアーヌ家は……どうだったんだ?」


「先代当主ジェスター様や夫人であるアリサ様は、お嬢様と同じく、とてもお優しい御方でしたよ。ですが、お二人も貴族としては異端と言えますね。ただ、まぁ……今のオフィアーヌ家は、お二人の代とは全く、違うものになっていると思いますが。アンリエッタが使用人を大事にするとは思えません」


 まぁ、レティキュラータス家やフランシア家が他の貴族とは違うというのは、最初から俺も分かっていはいたことだ。


 エルジオ伯爵やルーベンス伯爵は、貴族にしては人間ができすぎているからな。


 前世の時代に居た貴族というものが、ろくでもない連中ばかりだったことは、今でもよく覚えている。


 そうして、貴族たちの間を潜り抜け、エントランスロビーへと辿り着く。


 その場所にも、たくさんの貴族の姿があった。


 そこに――――俺は、今、誰よりも会いたい人を見つける。


(お嬢様……!)


 エントランスホールに居たのは、エルジオ伯爵とロザレナお嬢様だった。


 深紅のドレスを着ている彼女の姿を見て、俺は思わず硬直してしまう。


 今すぐ、お嬢様の元へと駆けだしたかった。無事を伝えたかった。


 この一週間、ちゃんと食事を摂っていたのだろうか? 少し、痩せたのではないか?


 お嬢様の姿を見ただけで、俺の心がざわついて仕方が無かった。


「アネットお嬢様」


 その時、コルルシュカが俺の肩を掴み、首を横に振った。


 俺はそれに頷き、エルジオ伯爵とお嬢様に見つからないように、その場を後にする。


 今、俺を知っているあの二人に遭遇するのは、一番まずい。


 俺はコルルシュカの背後に隠れ、そのまま廊下を進んで行った。


 そして――――俺たち二人は、迎館ホールへと到着を果たした。


 この迎館ホールの先にあるのが、晩餐会の会場、王宮広間だ。


 開場は、あと三十分後。午後十時過ぎとなっている。


 迎館ホールも生憎と、大量の貴族たちの姿でごった返していた。


 俺とコルルシュカはすぐに柱の影に隠れ、人の目から隠れた。


「アネットお嬢様。ロザレナ様が晩餐会に来ていたのは、意外でしたね。てっきり、お嬢様がいなくなったことに精神を病んで、部屋の中に閉じこもっていると思っていましたが」


「そう……だな。いや、きっとルナティエがお嬢様のメンタルを立て直したんだ。ルナティエなら俺の言葉を汲み取ってくれると、信じていたからな」


「……そんなに、フランシアの令嬢のことを信頼していらっしゃるのですね」


 コルルシュカがぶーっと、頬を膨らませる。


「何だよ、その顔は?」


「何でもー。ただ、メイドとしては、面白くないなと思っただけですー」


「いや、俺はコルルシュカのことも信頼しているよ。信頼していなきゃ、今回の件でこれだけ動いてもらっていないさ」


「…………もう、女たらしなんですから。そんな言葉でコルルの機嫌が直ると思っていたら、大間違いです。コルルの機嫌を直したいのなら、毎晩添い寝していただかないと駄目です」


 耳を真っ赤にさせながらそっぽを向くコルルシュカ。


 そんな彼女の横顔を、笑みを浮かべながら見つめていた……その時。


 突如迎館ホールの中に、大きな声が鳴り響いた。


「貴方!! いったい何をやっているのか分かっているの!!」


 声が聞こえてきた場所へと視線を向けると、そこに居たのは、激昂する貴族の女性と、震える一人のメイドだった。


 その女性を見て、コルルシュカが俺を庇うようにして前に立ち、声を掛けてくる。


「……お嬢様。アンリエッタです」


「! あれが……!」


 ファーの付いた扇子を持ち、派手なドレスを見に纏った、濃い緑色の髪の女性。


 何処かシュゼットに似ているようにも見えるが……彼女とは、大きく雰囲気が異なっていた。


 アンリエッタを例えるのならば、怒り狂う貴婦人、だろうか。


 シュゼットとは異なり、冷静さ、余裕というものが彼女には無さそうだ。


 そんなアンリエッタの隣には……俯き、意気消沈した様子のシュゼットが見える。


 その姿は、俺が今まで見て来た常に強気で堂々としているシュゼットとはかけはなれたものであり、今の彼女はまるで……行き場を無くした、幼い少女のように見えていた。


 そんなシュゼットが身に纏うエメラルドグリーンのドレスのスカートには、染みが広がっている。


 その前に立つメイドはコップを手に持ちながら、怯えた様子で、頭を下げた。


「も、申し訳ございません、アンリエッタ様、シュゼット様! わ、私、ご命令通りにシュゼット様にお水をお持ちしたのですが……足を滑らせてしまい……! ほ、本当にすみませんでした……!」


「すみませんでした、じゃないのよ!! これから王宮晩餐会なのよ!? エリーシュアの代わりに、小領貴族出身の貴方をわざわざシュゼットちゃんの付き人にしてあげたというのに……とんだ役立たずね!! 水ひとつまともに運べないなんて!!」


「すみません! すみません!」


「そこに跪きなさい、セラ! 私が直々に貴方に罰を与えてあげるわ!」


「……お母様。私は、別に、何とも思ってはいませんので、それくらいで……」


「シュゼットちゃんは黙っていなさい! こんな姿を他家に見られては、オフィアーヌ家がろくにメイドの躾もできていないのだと、侮られてしまうわ……! セラ! 覚悟は良いですね!!」


「はい……奥様……」


 セラと呼ばれたメイドは、その言葉に従い、床に跪く。


 そしてアンリエッタは閉じた扇子を振り上げると――セラの頭上に目掛け、扇子を振り降ろした。


 何度もバシバシと扇子で叩かれるセラ。彼女は涙を堪え、必死に、我慢していた。


「……行きましょう、アネットお嬢様。ここに居ては危険です」


 コルルシュカが、俺の腕を引っ張ってくる。


 だが俺はそれを手で押しとどめ、前に出た。


「お嬢様? ―――ッ!? お嬢様、いったい、どこへ!?」


 俺はコルルシュカから離れ、アンリエッタの元に行くと、頭を下げ、彼女へと声を掛けた。


「オフィアーヌ家夫人、アンリエッタ様。どうか、それくらいでお止めになっては如何でしょう」


「無礼者!! 許可なく私に声を掛けてくるとは、どこのメイドですか!! これは、オフィアーヌ家の問題!! 口出しをするとは、貴方の仕える家が、オフィアーヌ家と戦う意思があると見なしますよ!!」


「申し訳ございません。ですが、ここは王広間へと続く、迎館ホール。ここで騒ぎを起こされますと、他の貴族の方のお通りの妨げとなります。―――王広間へと続く道でトラブルが起こった場合、対処せよ。これは、聖王陛下から賜れた、命令でございます。どうかご容赦を……」


「なるほど。貴方は、王家に仕えるメイドですか。ふん。分かりました。今日は気分が良いので、許してあげましょう。それよりも……貴方、何故、頭を下げたままなのですか? 顔を上げなさい」


 その言葉に、俺はビクリと肩を震わせる。


 そして俺は、思考を巡らせ……口を開いた。


「申し訳ございませんが、そのようなことはできません。かの四大騎士公、オフィアーヌ家夫人であるアンリエッタ様の前で、私のようなメイドは、頭を下げ続けることしか許されませんから。どうか、ご容赦を」


「……」


 俺の言葉に数秒黙った後、アンリエッタは笑い声を溢し、俺の横を通って行った。


「流石は王宮仕えのメイドね。躾がちゃんとなっているわ。うちにもこれくらい躾が行き届いているメイドが欲しいところね」


 そう口にして、アンリエッタとシュゼットは王広間へと向かって、去って行った。


 俺は顔を上げ、額の汗を拭い、ふぅと息を吐く。


 すると、背後に立っていたオフィアーヌ家のメイド……セラが、声を掛けてきた。


「あ、あの! ありがとうございました! 助けていただいて!」


「え? 助けた?」


 俺は、王宮のメイドを演じていたつもりだったんだが……?


 俺が首を傾げていると、セラはニコリと微笑みを浮かべ、開口した。


「だって、そのメイド服、レティキュラータス家のものだよね? 王宮のメイド服とは違うものだもん。まぁ……奥様とシュゼット様は、気付いていられないご様子でしたが」


 その発言に、俺は思わず、ダラダラと汗を流してしまう。


(そう、か……各家によって、メイド服のデザインが違うんだった……目の前のこのセラって子は、エリーシュアと同じメイド服を着ているし……あ、危ねぇぇぇぇ!)


 俺が慌てふためいていると、セラが、こちらに頭を下げてきた。


「わざわざ危険な嘘を吐いてまで助けていただいて……ありがとうございました! お二人は、レティキュラータス伯爵と共に、王宮晩餐会にいらっしゃったのですか?」


「え? 二人?」


「ごほぉんっ!!」


 背後を振り返ると、そこには、珍しく怒った表情をしているコルルシュカが立っていた。


 わざとらしい大きな咳払いをした後、コルルシュカは俺にジト目を向けてくる。


「……おじょ……コホン。貴方の、その、正義感に溢れた性格は、素晴らしいものだとコルルも理解しております。ですが……時と場合を考えてください。コルルは、貴方がオフィアーヌ夫人の元に向かって行った時、心臓が止まるかと思いました。流石に今のは、無謀すぎる行いです」


「ご、ごめんなさい……つい、身体が動いて……」


「今度から気を付けてください。次、同じようなことをしたら、コルルは本気で怒りますからね」


 常に表情に変化のないコルルシュカが本気で怒るところは、逆に見たくもあるが……それを言ったら、面倒なことになりそうなので、やめておこう。


「フフッ、お二人は仲が良いんだね。良いなぁ、セラは、オフィアーヌ家のメイドになったばっかりで、仲が良い同僚がいないから……」


「セラ! いつまで油を売っているのですか!」


「っと、ごめんね! 私、もう行かないと! お名前、聞いても良いかな? 私、君たちとお友達になりたくって!」


「な、名前……」


 俺とコルルシュカは思わず、顔を見合わせてしまう。


 コルルシュカは大きくため息を吐き、セラに向けて、口を開いた。


「私はコルルシュカです。そして、こちらの先輩メイドが、クラリス(・・・・)です」


「コルルシュカさんと、クラリスさん……うん、覚えた! また後で! 晩餐会で会えたら、お話しようね!」


 そう言ってセラは、ぱたぱたと、アンリエッタとシュゼットの元へと向かって走って行った。


「クラリス、か……後でクラリスに怒られないかな……」


「実際にレティキュラータス家にいるメイドの名前を名乗っておいた方が、万が一あのセラというメイドがアンリエッタに私たちのことを話をした時に、予防線を張っておくことができるでしょう。クラリスも、まぁ、晩餐会に来ている可能性も低いでしょうしね。こういう格式高い場所へ連れて来られるのは、恐らくマグレット様だと思います。あの新人メイドはきっと、御屋敷でルイス様の面倒を見ているでしょう」


「クラリス……ごめん。ちょっとだけ、お前の名前を借りるぞ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「くしゅん!」


 レティキュラータス家の御屋敷で、洗濯物を干しているクラリスは、大きくくしゃみをする。


「……? 風邪でも引きましたかね……?」


「クラリスー! 遊んでー!」


「はい、少々お待ちください、ルイス坊ちゃま……ってぇッ!! 何、廊下に落書きをなされているのですかっ!! あぁー、こっちにもぉっ!! わ、私、本当に一人で、御屋敷を管理できるのでしょうか……早く帰って来てください、メイド長ー!! 助けてください、アネット先輩ー!! 何でこんな時に休暇を取っているんですか、コルルシュカせんぱ……いえ、あの人はいてもいなくても、ろくなことにならないので、別に良いですが……って、わぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ルイス坊ちゃま!! 落書きを再開しては駄目ですってー!!」


 一人御屋敷を任されたクラリスは、一人、奔走するのだった。

読んでくださって、ありがとうございました。

書籍1~4巻、発売中です。

作品継続のために、ご購入、どうかよろしくお願い致します。

前話で誤字報告してくださった方で、ブルーノの台詞で「僕たちが今までやってきたことは何だったんだろうな、シュゼット×アレクセイ⚪︎」と報告してくださった方がいましたが、申し訳ございません、ここはシュゼットで正しいです。ブルーノは長年争っていたシュゼットに対して、言っていました。

分かりにくくて申し訳ございません。

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― 新着の感想 ―
シミュレーション、ですね アネットのポンコツさ具合を出すためにあえて間違えたのかもしれませんが 普通に間違えたのなら英語の綴りとかこじ付けてみるのも良いですよ
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